ビックリ台湾!?

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地震

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2010/03/04 10:12 投稿番号: [2121 / 3149]
8時18分と・・・

地震

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2010/03/04 10:10 投稿番号: [2120 / 3149]
台湾時間、8時42分、台湾南部高雄縣を中心に台湾全土が揺れたそうですが・・・?

在台湾の方、リアルタイムで情報を求む。

KA VA LAN復活

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/03/04 09:19 投稿番号: [2119 / 3149]
この前けなされたから、台所の隅にほったらかしていたのを、昨晩取り出して飲む。飲用量は15〜20cc程度、チーズをかじりながら飲む。やがて眠れたが、催眠効果は1時間しか続かない。それから夜明けまで夢うつつ。

Re: クルマとウイスキー

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/03/03 18:44 投稿番号: [2118 / 3149]
  大急ぎで釈明しなければならないが、台湾のウィスキーだからといって偏見なんかまったくない。ブランディも台湾産があるし、台湾製ウィスキーなんかとっくにあるものと思っていた。ただ、ウィスキーの品質には雲泥の差があって、日本のメーカー品とは言え、合成アルコールに「カラメル色素」で着色しただけのまがい物が堂々とスーパーや酒屋に並んでいる。飲んでいて腹が立つやら情けないやら、「人間、こんなもの飲むようになっちゃオシマイだなぁ」というような代物だ。昔、「響」の21年ものを張さんの弟に持って行ったことがあるが、免税の安いのを買ってきたかと思われたらしく、嬉しそうでもなかった。だけど、ふつう、自分で買って飲まないよなぁ、「響」なんて。三年ほど前か、近くの「リサイクル・ショップ」に桐箱入りの「THE WHISKY」が置いてあって、値段を聞くと3000円だという。もちろん、飛びつき買いである。これは30年近くまえに大いに話題になり、「贈答用」として大企業が買い占めて「あっ」というまに市場から姿を消した「幻のウイスキー」だ。当時の定価は五万円で数量限定、名の知れた陶工の久谷焼に入っている。一年半前、張さんの姪に「パパのお土産」として渡してやったが、あの久谷焼くらいは捨てずに残っているだろうか。
「カラバン」を一口飲んではみたいのだが、じつは何年も禁酒中である。禁酒の効果とは大変なもので、36項目の血液検査の値がわずか半年ですべて正常値に入った。掛かりつけの先生は「もう、なんでもないから無理しなきゃ飲んでもいいよ」と仰ってくれるが、べつに飲みたいとも思わない。
昔、台北でウィスキーを買おうと夜の町を捜し歩いたがどこにも売っていなかった。そういえば、いつ行ったって、台湾を含む中華圏では夜の街頭の「酔っ払い」をまったく見かけない。日本ほど酒に寛容な国はないらしい。「寛容」というのではなく、外国人の目から見ればだらしないだけなのだろう。

クルマとウイスキー

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/03/02 13:55 投稿番号: [2117 / 3149]
  インターネットには「がせネタ」が溢れかえっている。もう、完全な作り話もデッチアゲもあるし、「一のことを十言う」ような針小棒大の話も多い。検閲も審査も認可もないうえに匿名だから嘘もハッタリも書き放題、なにしろ、ここには夢のような表現の自由がある。
中国の30代主婦のブログが中国ニュースに取り上げられた。「日本の友人から聞いた話」として、その日本の友人のトヨタ車のガソリンタンク落下事故を自分のブログに載せたのである。その一部始終、非常に詳しい内容で、「トヨタネッツ中部」(本来はネッツトヨタ中部)にそのクルマ(ヴォクシー)をリコールに出したところ、サービス工場が「タンクのボルトを閉め忘れ」たのそうだ。わたしはクルマにはあるていど詳しいつもりだが、どうも内容がうさん臭い。ヴォクシーに、国土交通省に届けたガソリンタンクの交換、またはその脱着を伴うリコール案件が本当にあったのか、あとで調べてみたい。ともかく、「友人から聞いた」こうした話で「日本はすでに先進国ではない」と断じている。もっとも、「先進国」なんて定義も決まりもないし、ものさしによって順位も変わるからどうでもいいことだが、あれだけの詳しい内容から察すると、そのご当人、または「友人」の語学力は大変なものだと感心する。

ちょっとクドくなって恐縮なのだが、例の「台湾製ウイスキーの優勝」の記事が見つかった。出品された四品のなかで「カバラン」が堂々の第一になったのは紛れもない。しかし、審査は1月24日に行なわれている。どんなに驚いたとしても「エイプリルフールではないのか」というスコットランド人の声は強引だろう。しかも四位で「最下位」のイングランド産は「機械油の風味」というから、どんなものか、むしろ、そっちのほうを飲んでみたい。

【大いに転送を】台湾産ウイスキーが英国産を破って優勝

             台湾の声

  1月24日に英国スコットランドのエディンバラ・リース港で開催されたウイスキーのテイスティング大会で、台湾産のウイスキー「カバラン」(KAVALAN)が優勝し、ウイスキーの本場のスコットランド人を驚かせたと英国紙「タイムズ」などイギリスのメディアが報じた。

  イギリスの報道によると、昨年11月に英国イングランド北部のセント・ジョージ醸造所が3年もののウイスキーの販売を始めたことから、本場のスコットランドがウイスキーの実力を見せつけようと、同大会ではスコットランド産3銘柄と、イングランド産1銘柄に加え、「極東からやって来たウイスキー」として台湾産ウイスキー「KAVALAN」と対戦した。

  ところが、銘柄を隠して試飲が行われた結果、1位になったのは台湾の「KAVALAN」だった。2位、3位がスコットランド産で、イングランド産は4位だった。審査員にはウイスキーを30年間にわたって評論してきた専門家も参加しており、審査は公平に行われたが、台湾産ウイスキーの優勝に、「オーマイゴッド!」「エイプリールフールじゃないのか?」などと地元スコットランド人から驚きの声があがったという。

  そして、なぜ台湾産の「KAVALAN」ウイスキーがうまかったのかが話題となった。「タイムズ」では、台湾人の情熱とスコットランド醸造技術が組み合わさり、気温が高い台湾では、2年ものでも早く熟成されたのではないかと分析されている。

  「KAVALAN」は台湾の飲料メーカー「金車」が製造した初の台湾産ウイスキーで、豊富な湧き水が得られる宜蘭県員山郷に醸造所があり、2008年から発売開始した。銘柄名の「KAVALAN」は、台湾宜蘭の先住民であるカバラン族から名づけられた。「KAVALAN」は台湾の空港免税店やショッピングセンター等で販売されている。   しかし、こうした期待を覆して最高得点を獲得したのは「極東からの新参者」と紹介された台湾銘柄「カバラン(Kavalan)」だった。「カバラン」の獲得点数は40点満点中、27.5ポイント。

  続いてスコットランド・ラングス(Langs)社の3年物のプレミアムブレンドが22ポイントで2位。3位は同じくスコットランドのキングロバート(King Robert)で20点。4位がイングランドの3年物モルトウイスキーで、獲得点数は15.5点だった。

  最下位はスコットランド銘柄のブリックラディック X4+3(Bruichladdich X4+3)で、獲得点数はわずか4.5ポイント。大会に参加したスコッチ評論家チャールズ・マクレーン(Charles MacLean)さんは、「食用油でもディーゼル油でもなく、機械用油の風味」と手厳しい評価を下した。

田舎道を歩くとき

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/27 21:58 投稿番号: [2116 / 3149]
>もうひとつ、彼女が中国人だとわかった特徴がある。足のつま先を90度近く開いて立っていた。<

映画監督黒沢明が指導する武士の歩き方はハの字歩きです。日本の女性は屋敷の中では内輪歩きをするのが礼法ですが、昔の旅では女性もハの字でないと転ぶ危険が大きいのじゃないかな。

ハイヒールを穿いてハの字歩きをするとたいへん見苦しいので、両足を前向きに揃える。ファッションモデルは両足を前向きに揃えた上に、内輪歩きをします。しかも座敷の上の日本女性のようにつつましく歩くのでなく、揚々闊歩しなければならないので、ステージで転ぶことがある。

中国人女性

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/27 15:55 投稿番号: [2115 / 3149]
  母の家は旧市内にあって、近くに商店街がある。商店街の衰退が言われて久しいが、そこはどういうわけかいつも賑わっていて、土日の午後などは人でごった返す。確かに安い店が数軒あるのだが、それだけであの賑わいは不思議な気がする。
中国人が非常に目に付く。商店街の一角には彼ら(彼女ら)を主客とする「中国食料品店」まであって、そこには海外版の「人民日報」まで置いてある。中華街とはかなり離れているから古くからの中国人ではないし、もちろん、観光客でもなく、日本で生活しているのは間違いない。いったい、この人たちはどういう「ビザ」で来ているのだろう。これも「ご時世」で、わたしは差別主義とは無縁だから、正当なビザで滞在している人たちになにかを言うつもりはまったくない。昔はぼろい漁船などに乗って集団で密航してきたのを記憶しているが、いまは簡単にビザが出るのだろう。台湾同様、日本も中国が最大の貿易相手国だから、双方の人民が相互理解と寛容の気持ちでとにかく仲良くやっていかなければどうにもならない。
先日、スーパーのレジに並んでいたら、わたしの前に60歳を越えたと思われる中国人女性がいた。顔と服装ではまったくわからない。だが、わたしはすぐ判別できた。彼女、金のビアスと宝石の付いた金の指輪をしていた。子供のころから重いピアスをしているためか、耳の穴がかなり大きくなっている。世界に「金」を好まない人はいないだろうが、普段の生活で日本の女がそれを装飾に使うことは殆どなく、せいぜいプラチナの指輪だろう。中国人はなにしろ「金」が好きだ。中国の歴史がそうさせている。王朝支配が安定し、繁栄した時期もあったろうが、ときによって四方八方、どこから流族集団がくるかわからない。簡単に「もって逃げる」財産は「金」と「宝石」しかなかったわけだ。「匪賊」がいなかった日本人の遺伝子にはそれがない。もうひとつ、彼女が中国人だとわかった特徴がある。足のつま先を90度近く開いて立っていた。
良い悪いの話をしているのでは絶対にない。

ケーキ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/26 19:23 投稿番号: [2114 / 3149]
売れ残りクリスマスケーキ、消費期限張り替え販売   プリンスホテル
2月26日16時0分配信 産経新聞

  プリンスホテルは26日、新横浜プリンスホテル内の店舗で、2009年12月23日〜25日にかけて、消費期限のシールをはり替えたクリスマスケーキ47個を販売していたと発表した。うち9個が社内ルールで定めた消費期限を1日過ぎていた。また消費期限を誤って表示したケーキ1288個も販売していた。

  販売したのは、「苺のショートケーキ」(3500円)と、「ツインデコ」(3000円)。

  プリンスホテルによると、12月23日に製造した同24日が消費期限のケーキ29個の消費期限を25日に張り替えて販売。さらに売れ残った9個を26日の期限に張り替え販売したという。また、同様に24日の製造したケーキ18個も消費期限を張り替えた。横浜プリンスホテルの製菓部長が指示したという。

  同ホテルではクリスマスケーキの消費期限を2日間としており、9個は、消費期限を過ぎていたことになる。また、クリスマスケーキ1288個について、消費期限を3日間と誤って表示していた。

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これは、落ちぶれたりとは言え、まだまだ日本が第一級の国家である証拠だ。中国でトヨタのリコール問題の街頭インタビューをやっていたが、「日本が一流国の証拠ですよ」と答えていた人がいた。ありがたい。

Re: 寄せ書き

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/24 15:22 投稿番号: [2113 / 3149]
日の丸の寄せ書きや「千人針」は出征した日本兵全員が持っていたのではないだろうか。最近はあまり聞かないが、アメリカ人が寄せ書きの日の丸を「持ち主の遺族に渡してくれ」と在米の日本人に託したりして新聞ネタになることがある。昔はそれが美談あつかいだった。米兵が戦死した日本兵の雑嚢から記念の戦利品として漁ったものに違いが、捨てないで返そうとおもっただけでも救いか。
昔、隣の家のおばぁちゃんの家にずっと男の名前の表札が出ていた。息子の戦死公報を受け取っても「かならず生きて帰ってくる」と。

トヨタ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/24 12:48 投稿番号: [2112 / 3149]
明日、トヨタ自動車社長がワシントンの公聴会に呼ばれて尋問を受ける。アメリカの「愛国」議員連中にとっては、かつては自国の誇りだったGMすら押し倒した憎きトヨタである。おそらく、つるし上げの様相になるだろうが、「お坊ちゃん」社長がオロオロと立ち往生の醜態を見せないか人ごとながら心配だ。たぶん、そうなるだろう。

「日の丸」「君が代」の押し付けは絶対反対だが、敬意は持っている。だから、マーカーペンで「がんばれ」だのなんだのという落書きは実に不愉快。

Re: 寄せ書き

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/23 16:29 投稿番号: [2111 / 3149]
冬季オリンピックは台湾のテレビには全然出なかったし、台湾の新聞も報道しなかったようだ。

支那事変が始まると、出征する兵士は。日の丸の旗の白地のよころに大きく「武運長久」と墨書した旗を親戚や友人から贈られて持って行った。支那事変以前からそんな風習があったのかどうかは知らない。

寄せ書き

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/23 12:24 投稿番号: [2110 / 3149]
冬季オリンピックもそろそろ終わる。これまで日本は銀と銅がそれぞれ1個。カネもかけてないし、これが順当なところだ。日の丸の寄せ書きを振ってるやつがいた。世界広しとは言え、およそ、自国の旗にべたべたと「落書き」をするのは日本人ぐらいのものだろう。「寄せ書き」は日本の習慣だといってもなかなか外国人の理解は得られないと思う。戦前は白地には書いたが、日の丸の中にまで筆は入れなかった。いまはマーカーペンで所かまわずだ。恥ずかしい。

Re: アメリカの国債

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/22 06:16 投稿番号: [2109 / 3149]
ついこの前、日本が保有しているアメリカ国債が、中国の保有額を追い越して世界一になったというニュースがあったが、それではその額がそれぞれ幾らだったか調べようとしたけれども、もうそのニュースは探し出せなくなった。

その代わり2009年6月のアメリカの国債の総額は約(10億×35000)ドルだったという数値が見つかった。1ドル=90円とするとこれは(900億×35000)円=31500兆円になる。日本の赤字国債900兆円の35倍である。アメリカが日本の35倍の赤字国債を持っていても、誰もアメリカ国が借金で潰れそうだと言わないから、日本がその35分の1のたった900兆円しかないのは心配無用である。

Re: 統帥権

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/21 12:21 投稿番号: [2108 / 3149]
昭和19年(1944)7月22日、マリアナ沖海戦の敗戦により、東條内閣が退陣。マリアナ群島を完全占領した米軍は大急ぎでB29爆撃機の基地を構築していた。マリアナからの爆撃の脅威を国民がひしひしと感じた。このときにわしは雑誌の記事で読んだのだが:

「大正12年(1923)の関東大震災の後、時の内閣は東京の市街を整理しようとしたが、反対党の党首鳩山一郎が反対して予算を通さなかったので、徳川時代のごちゃごちゃした道路がそのまま残った。あのとき道路が整理できていたら、アメリカの爆撃からの脅威は、だいぶ軽かったはずだが、鳩山一郎が国家の利益を考えずに党の争いしか考えなかったのは憎むべきである」

「また鳩山一郎は党争のために、軍人に統帥権干犯という言葉を教えた。この知識を得た軍人は、それから事毎に統帥権という言葉を濫用し、ついに国家を今日の危機に導いた」

この記事を読んだとき、わしは20歳の若造であったから、そのまま信じた。鳩山一郎は戦前どうしても総理大臣になれなかったが、戦後やっと総理大臣になったときは歩行不自由な老人だった。鳩山一郎の孫が現在日本の総理大臣になっている。

虎屋羊羹

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/20 21:16 投稿番号: [2107 / 3149]
ああ、虎屋だった。前の投稿で虎屋という名が思い出せなくて、単に「羊羹」にしておいたが、2006年春の日本旅行で、家を守ってくれている老妻に何かお土産がなくっちゃと、あれこれ探して、買ったのが虎屋羊羹。「のしを付けますか」と聞かれて、必要ありませんと答えた。のしがついていると桃園の税関で税金をかけられるかなと、咄嗟に考えたのだが、実際は「2週間の旅行で荷物はそれだけですか。それなら検査は要りません」とパスした。大きいもの2本箱入りのほかに、小さいもの10個ぐらいは、どんな包装をしてくれたか思い出せない。

小さいものは老妻やわし自身、台北に住む娘、来訪客が喜んで食ったが、それであきてしまい、大きいものは1年以上置いてから、みんなでがんばって食わなくちゃと、食うことが義務になった。

Re: 和菓子

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/20 19:40 投稿番号: [2106 / 3149]
  昔、張さんに「虎屋」の羊羹を土産に持っていったことがある。「虎屋」の羊羹はだいたいが贈答用で、二本セットで一万円ちかい。店も一流デパートやホテルアーケードの「特等地」にあって、そんじょそこらの「和菓子屋」やスーパーには置いてないのである。どういうわけか羊羹は「日持ち」がする。さすがに表面は固くなるが、カビも生えず腐りもせず、常温で「何年も」もつ。

「こんどはバカに丁寧な人が来たよ。婆ァさんや、お茶をだしな。羊羹を切って…。ああ、古いのでいい、昭和三年のがある」   【小言幸兵衛】三遊亭円生。

Re: 和菓子

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/20 17:28 投稿番号: [2105 / 3149]
アンパンは和菓子のうちだろうと思う。和菓子のうちで焼き上げて作るのはカステラとアンパンだけ。アンパンは室温で3日保存してもわるくならない。和菓子の羊羹は真空パッケージで、おまけに砂糖がたくさんはいっているから、1年でも保存が効く。

上記のほかの和菓子は、買った日に食うのが原則とわしは理解する。

日本のお正月の餅は、ぺったんぺったんと搗いているうちに、空気中のほこりを搗きこんでしまう。ほこりに付着している微生物の菌糸や胞子が餅の中で生長し、餅の内部からカビが生える。

台湾では旧正月に砂糖入りの餅を作る。これはもち米に水を加えて、石臼で惹き、できた米汁を布袋にいれて、重しで押して水分を減らす。水分が適当に減ったら、砂糖を加えて、型にいれて蒸して直径20〜30cm、厚さ5cmの製品とする。砂糖は多量には入れないで、薄甘の程度にする。この製造過程では、出来上がった餅のなかに生きた菌糸や胞子が含まれていないから、カビが餅の内部ら生長することはない。砂糖は赤ざらめを使うのが伝統なので、製品は淡褐色である。

奇妙なことには内地人(日本時代の在台日本人)の子どもはこの台湾餅が大好きである。よって台湾人が交際上の贈り物にするに適する。内地人は台湾餅を包丁で5×5×1cmに切って、炭火であぶって食べる。台湾人の食べ方は、あぶって食べるほかに、てんぷらにして食べる。

台湾人のお菓子はすべて最後に天火で焼くか、蒸して製品とする。故に買ってから一週間ぐらいは安全である。

統帥権

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/20 12:17 投稿番号: [2104 / 3149]
五代目、柳家小さん師匠は昭和11年、初年兵で入隊した翌月の2月26日未明に非常呼集でたたき起こされ、野中四郎中尉の指揮でなにがなんだか判らぬうちに警視庁の襲撃に参加したという。このあたりは自叙伝にも詳しいが、その最中、上官の命令で落語の「子褒め」をやったというから面白い。
この事件は天皇が激怒されて「朕、近衛師団を率いてみずから鎮圧にあたる」と仰せられ、事件は数日で収束した。首謀者はことごとく銃殺刑となったが、反乱軍と鎮圧軍の間では一発の弾も撃っていないことになっている。皇軍同士が相撃ち合ったのでは「至尊」とされた統帥権はどうなるのか。松本清張の力作「昭和史発掘」にもそれは出ていない。
しかし、わたしが40年ほど前に、事件を直接目撃した人から聞いた話では、ほんの数発だが双方で撃ち合いがあったのだという。だが、事件後、とにかくそれはなかったことにされ、わずかでもそれを口にした人は特高警察に連行されて「でたらめを言うな」とさんざん脅されたそうな。
こんど、陸上自衛隊の「一佐(大佐」が大勢の前で自衛隊最高指揮官の首相の発言を批判し、「注意処分」を受けた。これをとりあげて問題にするマスコミはほとんどないが、わたしは懲戒免職にすべきだったと思う。
戦前の軍人は政治的発言を強く戒められていて、まして「最高指揮官」つまり、天皇統帥権に文句をつけたりすれば懲戒免職どころか、軍法会議で銃殺刑にもなりかねない。

Re中曽根総理に至って国民に内緒で謝罪

投稿者: arubekisugata_soumoukukki 投稿日時: 2010/02/20 00:16 投稿番号: [2103 / 3149]

やはり。。。

幼少の頃からの神様、中曽根先生は、
過去の失政を「正当化、誤魔化し名人」です。
数々の「微妙な嘘発言に気をつけねばなりません」。

無念です。

※CIA工作員、似非右翼「児玉、中曽根、ナベツネ方々の御活躍」。

1960年代
ワタナベ記者ってだれだ

児玉氏、ワタナベ記者は
隠密に協力し舞台裏の交渉を推進

中曽根大勲位
ええ、読売新聞記者の●●(渡辺氏部下)君は、
40年以上も前から、韓国をいっしょに行き来した仲です。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552018716&tid=h7bb3m35aaiwfb3u&sid=552018716&mid=12671&thr=12552&cur=12552&dir=d

もみ消しは、得意技。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552018716&tid=h7bb3m35aaiwfb3u&sid=552018716&mid=59966&thr=59966&cur=59966


また教えて下さい(RO).。

感謝

投稿者 : unhoo氏
つい2、3日前、日本がアメリカ国債の最大保持国に戻ったというニュースが出たばかり。アメリカ国債の額は、日本と支那が持っている分の合計だけでも900兆円とは桁ちがいのはずだが、そのためにアメリカという国が潰れそうだという話が出たことはない。したがって、日本という国がたった900兆円の赤字国債で潰れるおそれはないと信ずる。

ところで、日本政府が自国民の窮乏を顧みず、韓国の経済危機を二度まで助けてやったとき、日本国民の中には歯軋りして怒った者もあって、ヤフー掲示板に怒りの投稿があった。しかし日本のマスコミは救済の報道を小さくして、ついにもみ消したようだ。

戦後初期の日本歴代政府は韓国側の謝罪要求を決して受け入れなかった。田中角栄政府までは。ところが中曽根総理に至って、国民に内緒で謝罪した。それがばれたとき、中曽根は「向こうが謝れとうるさく言うのだから、あやまってやればよいじゃないか」と、国民にたいしてふんぞり返った。そのときわしはヤフー掲示板に何か投稿した記憶があるが、何と書いたかはもう思い出せない。

アメリカの国債

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/19 22:57 投稿番号: [2102 / 3149]
つい2、3日前、日本がアメリカ国債の最大保持国に戻ったというニュースが出たばかり。アメリカ国債の額は、日本と支那が持っている分の合計だけでも900兆円とは桁ちがいのはずだが、そのためにアメリカという国が潰れそうだという話が出たことはない。したがって、日本という国がたった900兆円の赤字国債で潰れるおそれはないと信ずる。

ところで、日本政府が自国民の窮乏を顧みず、韓国の経済危機を二度まで助けてやったとき、日本国民の中には歯軋りして怒った者もあって、ヤフー掲示板に怒りの投稿があった。しかし日本のマスコミは救済の報道を小さくして、ついにもみ消したようだ。

戦後初期の日本歴代政府は韓国側の謝罪要求を決して受け入れなかった。田中角栄政府までは。ところが中曽根総理に至って、国民に内緒で謝罪した。それがばれたとき、中曽根は「向こうが謝れとうるさく言うのだから、あやまってやればよいじゃないか」と、国民にたいしてふんぞり返った。そのときわしはヤフー掲示板に何か投稿した記憶があるが、何と書いたかはもう思い出せない。

國は会社でない

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/19 16:59 投稿番号: [2101 / 3149]
>これは赤字国債だけで900兆円という日本国の数年先を語らずして物語っていないか。<

國はどんなに赤字が増えても潰れることはないらしい。ある時期にイタリヤが赤字のために潰れると言われていたが潰れなかった。韓国は過去に何回も赤字で潰れそうだったが、毎回日本が救済したのでないかな。そのとき日本もすでに貧乏しはじめていたにもかかわらず、日本政府が自国民の窮乏よりも韓国国民の窮乏を重視したのはのは何故だろう。現在日本の赤字900兆円はそのときの救済金が含まれているのでなかろうか。

今から30年前に邱永漢が台湾へ帰って来たとき、「日本国民の80%が自分を中産階級と思っている。このような状態では共産主義は日本国民から相手にされない」と言っていたが、今では日本国民の大部分が自分を「泣きたくなるような貧乏人」と思っている。なぜそんなことになったのか?

Re: 和菓子

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/19 14:12 投稿番号: [2100 / 3149]
  100パーセント減資が決まったJALはいよいよ明日で上場廃止となり、株主名簿も裁断、焼却されるだろう。現在、東証には一円で2億3千万株の「売り」が出ているが、もちろん売買が成立するわけはない。株券も「電子化」されているので、紙屑も残らないという惨状である。自分の退職金と次の「渡り先」しかアタマにない運輸省(国土交通省)の天下りが、一時は世界一にまで上り詰めた大会社を潰してしまった。これは赤字国債だけで900兆円という日本国の数年先を語らずして物語っていないか。ソ連の崩壊のつぎは助ける仲間もない日本か。慄然とする。

Re: 和菓子

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/18 16:14 投稿番号: [2099 / 3149]
「内府様または中納言様ご下向の由に候間、万端、ご下向次第に仕るべく候」
世に言う「直江状」の最後の文言だ。あまりの凄まじさに、これは後世の偽作ではないかという説も強いが、「会津征伐」は事実なので、上杉景勝が家康を怒らせたなんらかの信書があったのは間違いない。
司馬遼太郎の小説に、鶴ヶ城で景勝が老臣と京の銘菓を愛でる件(くだり)があり、わたしも時代小説は好きなのだが、わずかなりとも「菓子」の話が出てくるのは他に記憶がない。
台北で「和菓子屋」をやったら儲かるかな。三月には久しぶりに行こうかな、台湾。

和菓子

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/18 02:13 投稿番号: [2098 / 3149]
和菓子は作ったあとでもう一度火を通すことがないので、なるべく買ったその日に食ってしまうことが奨励される。その点が不便である。

アメリカに住みついている親戚が、ニ世やニ世の配偶の白人女性に台湾を見学させるためにつれて帰り、拙宅を訪れた。和菓子を出したところ、二世たちはとてもおいしいと喜んでいた。

台北で和菓子を売っているのは日系のデパート。町にも和菓子専門の店が見つかる。

カステラや羊羹も和菓子のうちだと思うが、これは保存が効く。

さしみ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/18 01:51 投稿番号: [2097 / 3149]
台湾人は戦前さしみをほとんど食わなかったが、戦後ぼつぼつ食うようになり、戦後20年ごろには普遍的になった。台湾語で「油魚」という魚のさしみが人気があったが、その魚の日本名はアブラボーズと言って、水銀含有量が高いので、人の食料にすることは禁止されていることがわかり、台湾でも禁止になった。

支那には「冷食不如熱食、生食不如熟食」(冷たい食べ物よりも熱い食べ物がよい、なまの食べ物よりも火を通した食べ物がよい)という言葉があるが、わしも年をとるにつれて、嗜好がそのように変わり、いまではさしみやすしはあまり食わない。

台湾ウィスキー

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/17 20:00 投稿番号: [2096 / 3149]
台湾でウィスキーを製造していることが、わしにはビックリ台湾の題材となった。匂いと味とは、わしにはウィスキーにまちがいない。催眠酒として効果は良好。わしの用量は1回30cc程度、チーズか南京豆を齧りながらちびりちびり飲む(舐める)。空き腹に烈酒は胃を刺激していけないと聞いている。値段は聞いたけれども、どうもジョニーウォーカーブラックレベルよりも高いように感じた。晩飯が始まるので一応中止。

Re: どこかの品評会

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 16:55 投稿番号: [2095 / 3149]
  話は続きます。その山の手のアメリカ人女性、当時、小学生の女の子と幼稚園児くらいの男の子がいて、その子たちに和菓子をあげたことがある。和菓子だから「餡」が入っている。その味が初体験だったらしく「これはなんだ」と興味津々で聞いてきた。「bean paste」と答えても不思議そうな顔をしていたのを覚えている。寿司やラーメン、牛丼などに続いて「和菓子」が世界に普及しそうな気もするがどうだろうか。和菓子ならいくらでも創作ができ、それでなお「和菓子」と称することもできる。世界にお菓子のない国はなかろうが、張さんたちが来るとスーパーで買った和菓子を大量に持って帰る。これまで気づかなかったが台湾には同じようなものがないに違いない。
和菓子のコンクールというものがあるようだ。「優勝・大賞・金賞・特別賞」など、考え付く限りの「賞」があって大抵の和菓子屋にその表彰状が飾ってある。賞を貰ったのは嘘ではないだろうからいっこうに構わないのだが、もちろん、公的なものではないし、わたしが素直でないせいか、どうも宣伝臭を感じてしまう。
さて、台湾ビールと先生が買われた台湾のウィスキーである。べつにからむつもりはまったくない。しかし、ビールやウィスキーのコンクールが本当にあるのだろうか。日本にはおそらく数千の酒の蔵元があるのだが、そうしたものは聞いたことがない。わたしが以前、日本で出版された台湾の旅行ガイドブックに「台湾ビール」のことが出ていて、しかも、毎年連続して獲得しているデュッセルドルフかどこかの「国際的な」賞も「実体がない」とハッキリ書いてあったのを覚えている。和菓子屋の賞状と同じようなものではないだろうか。あえて憎まれ口を書いた。

Re: どこかの品評会

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 15:00 投稿番号: [2094 / 3149]
「江戸前寿司」などと言う。この「江戸前」とは江戸の前、つまり現在の東京湾のことだ。この湾は昔から魚の宝庫で、徳川将軍家も、お膝元の武士、町人も江戸湾からあがる魚介類なしには生活できなかったことだろう。寿司が当時の庶民のファーストフードとして出現しのは「もっとも」と頷けるが、こんにち、飯の上に魚のナマの切り身を乗せただけの代物が世界中に認知され、普及したのは奇観とすら言えるのではないか。
横浜の山の手で英語を習っていた昔、アメリカの婦人が「raw fishは食べられない」と顔をしかめ、言外に「野蛮な食べもの」と言いたげな表情だったのを思いだす。これも昔、日本の家庭にホームステイに来たアメリカの女子高生が、「お皿に大きなナマの魚を一匹出されたらどうしよう」と真剣に悩んだそうな。

「出掛けに気がさしたから来るんじゃなかったよ。女が来ないのは忙しいからしょうがねぇや。そんなことをぐずぐず言う野暮じゃねぇんだが、新造も若い衆も顔をみせないのはどういうわけなんだ。刺身を持って来たってシタジがないじゃないか。ちぇ、ナマ魚が食えるかい、猫じゃねぇや」(三遊亭円生・居残り佐平次)

もう30年近く前、台中からちょっと南の、川を渡った大きな町(ちょっと名前を忘れた)の寿司屋で今は亡き張さんからにぎり寿司をごちそうになったことがある。わたしがネタを上にしたまま口に運んだら「寿司はネタを下にして食べるんだよ」と言われた。しかし、「寿司は本来は米の味を楽しむものだ。ネタを下にして食うのは田舎者」とどこかの本に書いてあった。
酒の「品評会」について書くつもりだったが初めから脱線してしまった。

今日の日経平均は急騰。ほっとした。

Re: どこかの品評会

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 09:54 投稿番号: [2093 / 3149]
「unhooの」と呼び捨てにしてしまいました。申しわけありません。「unhoo先生の」と訂正します。しかし、おもしろい話題ができました。

Re: どこかの品評会

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/17 09:25 投稿番号: [2092 / 3149]
月桂冠(これは会社の名だそうだ)の鳳麟大吟醸(この名は正確かどうか?)が、どこかの国で一等を取ったというので、2008年、2009年、2010年の新年をテレビで101ビルの花火放射を見ながらこの酒で迎えたが、どうかな?騙されたかな?

どこかの品評会

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 09:07 投稿番号: [2091 / 3149]
せっかくお買い上げになったunhooの寝酒をくさすつもりはさらにないのだが、この「品評会」なるものが大変に怪しい。台湾ビールも昔から「金奨連続優勝」を謳っている。だが。モノの本によると、こうした「品評会」なるものは存在しないのだという。ウィスキー、ビールに限らず、コーヒー、タバコなどの嗜好品については少なくとも国際的に権威のある「品評会」「博覧会」は実在しない。日本酒にだってそんなものはないし、スコッチのウイスキーにもない。もちろん、私的な「協会」を作って賞を出すのは自由だが、「金奨」なるものもその類だろう。

台湾産ウィスキー

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/17 08:05 投稿番号: [2090 / 3149]
台湾でもウィスキーを製造していて、しかも品質はなかなかよいのだそうだ。最近どこかの品評会で入賞したという。家人に1瓶買わせた。わしはウィスキーの匂いを嗅いで、良し悪しを評するほどの酒通でないが、催眠剤として使っている。台湾産ウィスキーの商品名は 「KA VA LAN」。

相撲の巡業

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/15 07:01 投稿番号: [2089 / 3149]
大相撲が全体で台湾へ来たと誤解されそうな書きかたをしてしまったが、そんなことははなく、大相撲力士ニ十人ぐらいと横綱一人という程度の顔ぶれで巡業に来ました。玉錦、武蔵山の2横綱が一緒にきたことがありました。昭和8年ごろです。ずっと後に双葉山も来ました。昭和14年だったと思います。

消防署

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/15 02:39 投稿番号: [2088 / 3149]
昭和一桁時代の高雄市(人口七、八万)の消防署あるいは消防隊の組織を、当時小学生だったわしの記憶から引き出すことは不可能です。火事があれば赤い消防車が出て行って火消しをしたことは事実。消防車が待機していた建物は、わしの記憶では一箇所しかありません。門松を立てに来る人は半纏をまとった消防隊員であったことは間違いありません。消防隊員が直接仕事をするのでなく、台湾人の人夫が消防隊員に指図されて仕事をしました。また大相撲の巡業があると、半纏をまとった消防隊員が戸別訪問して入場券を売りましたが、押し売りの傾向がありました。

Re: 正月

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/13 12:40 投稿番号: [2087 / 3149]
  先生の仰るところの「消防署」とは、江戸消防の流れを汲む民間の「消防団」のことではないかと思います。これなら現在も日本の津々浦々にあってだいたい町内会(隣組)などの自主組織なのですが、戦後も暫くの間は「半纏」を着ていたと記憶します。わたしの家の近くにも「○○町自治会・消防用具置場」があります。
もちろん、現在はヘルメットや「防火服」などが支給されていて「イザ」となれば出動というわけです。ただ、いまでは、戦前の「隣組」というイメージのそうした組織も半ば形骸化しているようです。

さて、「中華」のことです。なんだか掴み所のない漠然とした言葉ではあります。私見ですが「春節を盛大に祝う地域社会」といえば当たらなくとも遠からずといったところでしょうか。となれば、日本はたしかに「中華」ではありません。ちょっと無理かな。

Re: 正月

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/13 12:26 投稿番号: [2086 / 3149]
>明日の夜は中華世界の大晦日になります。どこの家でも豪華なご馳走がでますね。<

わしの家で今晩ご馳走が出るだろうと思いますが、すべては50歳になった末娘がやってくれます。

戦前わしの家庭では、父が新正月の祝いをやったけれども、内地人の家庭のように念入りではなかった。旧正月は母がやり、父は傍観していました。つまり新正月と旧正月と両方祝ったが、両方とも略式ですませました。戦後に友達になった台湾人に聞いてみると、日本時代には新正月前には年賀はがきを数十枚乃至數百枚発送し、新正月は休みが5日ある上に、よそからきた年賀はがきを見るたのしみがあるので、自然に正月気分が出たが、家庭行事はなかった、旧正月は休みがなかったが、家庭内で行事が多かったという人が多い。

>台湾は文化的にはまがう事なき「中華世界」と認識しています。先生はいかがお考えでしょうか。<

支那は孔子以前から清朝が滅びるまで、文化の形態が変わらなかったというので、19世紀や20世紀の西洋の哲学者、歴史学者は驚いていました。しかしそれはすでに過去のことです。支那大陸には三千年不変だった支那文化はもはや存在しないし、台湾人にも、台湾に来ている外省人にも、文化形態はそれぞれ独自に年々歳々変動しています。

Re: 正月

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/13 03:14 投稿番号: [2085 / 3149]
>門松が消防署の「副業」とは知りませんでした。それは現在の消防署と同じようなものだったでしょうか。まさか、纏だの鳶口だのという江戸時代の「町火消し」のようなものとも思われませんが…。<

小学時代の記憶が徐々に戻ってきたが、昭和一桁時代の高雄市の消防隊員は、半纏を着ていました。纏はなかった。正月の第何日目かに出初め式の梯子乗り秘芸の展示もありました。高雄市にはそれをやる広場はないので、大通りの適当な場所でやりました。それが一箇所でなかったのです。疲れてへたばらないように、手加減しただろうと思います。どうも消防隊のメンバーは皆内地人(在台日本人)で、台湾人は排除されたか、応募者がなかったらしい。

2月12日の晩10時に寝てしまったら、13日午前1時半に目が醒めたので、この投稿を書いています。その他のことは13日の夜が明けてから書きます。

Re: 正月

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/12 21:42 投稿番号: [2084 / 3149]
  門松が消防署の「副業」とは知りませんでした。それは現在の消防署と同じようなものだったでしょうか。まさか、纏だの鳶口だのという江戸時代の「町火消し」のようなものとも思われませんが…。
暮れになるといまでも「鳶職」の方々が注連飾りなどの即席の売店を出しています。まぁ、そうした風景も段々見なくなりました。「鳶」というのはいかにも日本的なもので「落語」などには町内の頭(かしら)として必ず出てきます。

「頭(かしら)はどうしたい?」
「頭は成田の講中に揉め事がありまして、どうも深川じゃおっつかない。明日、朝いちばんの電車で成田に発つそうで、そういう仕儀であるから今晩はちょいと早寝をしたいと…」
「頭に言っとくれ、普段から半天の一枚もやっているのは、こういうときに来て騒いでもらいたいからじゃないか。なにかてえと成田だ、成田だって言いやがる。そりゃ、ご不動様はありがたいですよ、ありがたいけどもね、茂造、成田が一銭でも貸してくれるのかい。なにかてぇと家(うち)に借りにくるじゃないか」
【寝床】   八代目・桂文楽

どうも、話が脱線しました。明日の夜は中華世界の大晦日になります。どこの家でも豪華なご馳走がでますね。
ところで、unhoo先生にお尋ねしたいと思います。先生が強固な「独立派」で、「中国嫌い」というのは重々承知しておりますし、台湾人は中国人に非ずという意見はわかるのですが、わたしは台湾は文化的にはまがう事なき「中華世界」と認識しています。先生はいかがお考えでしょうか。

Re: 正月

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/10 20:10 投稿番号: [2082 / 3149]
>ところが、門松はおろか、注連飾りも獅子舞もなく、凧揚げも羽根突きも晴れ着姿もない。<

日本はそんな国になってしまったのですか。

昭和一桁時代高雄に住んでいたが、門松は消防署の副業でした。門松に一等、二等、三等があって、それぞれ会社用、商店用、家庭用でした。ところがある年わしの家(住宅)に二等の門松が立てられて、左右数軒の住宅を圧倒しました。父に聞いたら今年は奮発したとのこと、とても嬉しかっですよ。小学四年か五年のことです。

正月

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/09 21:28 投稿番号: [2081 / 3149]
暮れから正月にかけて張さんたちがみえた。張さんの姪は四度目の来日になるが、こんどの日本の正月体験に胸を膨らませていたに違いない。ところが、門松はおろか、注連飾りも獅子舞もなく、凧揚げも羽根突きも晴れ着姿もない。大晦日や三が日のあまりの侘しさに、「普通の日と同じだ」と呆れていた。没落日本の現実である。台湾は旧正月の準備で大賑わいだろう。
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