ビックリ台湾!?

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Re: 淡水天元宮の桜

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/22 20:41 投稿番号: [1467 / 3149]
淡水天元宮の桜は吉野桜という品種だそうです。吉野桜と、染井吉野とは別品種と了解しています。東京の上野公園、千鳥ヶ淵、小金井公園などの桜は染井吉野で、はわしから見ると、白い花と言いたくなる。

子どものときに、花咲じじいなどの絵本で見た桜は、淡水天元宮の桜ぐらいの色に描かれていました。今回天元宮の桜を見て、子どもの時に見た絵のとおりの色なので、かなり気に入りました。5年後にはあのあたりの桜はたいしたものになって、日本人が台湾へ花見に来るかもしれません。

淡水東北部の丘陵地帯にはもう一種の桜があって、色がもっと赤い。その桜は、山桜と呼ばれているようで、咲き具合が、染井吉野や天元宮の吉野桜とはちがっている。染井吉野や天元宮の吉野桜は花が樹を覆っているという咲き具合ですが、山桜は細枝にたくさんの花が着生しているという咲き具合です。

Re: 淡水天元宮の桜

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/03/19 14:35 投稿番号: [1466 / 3149]
「天元宮」とはどんなところか、Yahoo!奇摩を見ようとしたが、「世界のヤフー」には欧米と中韓の9カ国しかない。「はて、台湾も香港もあったはずだが…」と思ったが、検索で簡単に引き出して、とにかくは「お気に入り」に。
「台湾にも桜があったのか」と、自分の無知を白状しなければならないが、桜にもいくつかの品種があって、日本人は明治時代に全国に広まった「ソメイヨシノ」以外は見向きもしない。八重桜などは文句のないほどキレイな桃色の花がビッシリと咲くもののなぜか完全に無視されてしまう。「元天宮」の桜は写真でみると「八重桜」のようだが、だからといって好みの問題をとやかく言うつもりはまったくない。
日本の百円玉は桜のデザインだが、能無しで無感覚な役人の好みにあったのか、ごちゃごちゃとした最悪の図柄である。桜の花弁は五枚と決まっているのだが、重なり合うように七枚も八枚もみえて、できそこないの薔薇のようだ。おそらくは造幣局のエライ人が「これがいい」と決めたのだろう。

淡水天元宮の桜

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/19 05:33 投稿番号: [1465 / 3149]
淡水の東北方はゆるい丘陵地で、そこに天元宮という宗教建築がある。わしは宗教には無関心だから、どんな宗教に属するのか知らないが、仏教のお経の題目を刻んだ石碑もある。しかし、純粋な仏教、ではないようだ。そこの桜が満開になったから、見に行こうや、行こうやと三月18日の午後、知人のマイカーに押し込められて行った。なるほど日本種の桜が植えてあって、樹数も多い。まだ樹齢が若いが、成長が早いそうで、今後一年一年と壮観になるだろう。花の色は染井吉野よりも濃いピンク。桜が咲くと全域が歩行区にされて、車は通れない。坂道の連続だから、脚腰の弱い人には向かない。

Re: 雨港基隆

投稿者: urfraternity 投稿日時: 2008/03/13 13:27 投稿番号: [1464 / 3149]
横から失礼、おもしろく読ましていただいたので降水量を知りたいと思いましたら、台湾の気候データは有料だそうですね・・・中国並みかと失望しましたが次ぎのデータをhttpで見つけました。字が小さくて見にくいとは思いますが・・何となくわからぬでもない・・。
//contest.ks.edu.tw/~river/know/201know/c7graquarter3.pdf
と言ってもどの河が基隆近くを流れているのかわかりませんが、年に4000mmから5000mmだそうで・・・これだけですごい量と思います。世界トップは6000mmかもしれませんが・・・。

Re: 雨港基隆

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/03/12 22:57 投稿番号: [1463 / 3149]
  初めての訪台は「美麗島事件」の前年だったが、「台湾の旅」というガイドブックを買って持って行った。著者は「須藤」さんだったと記憶している。この本は書棚を探せばまだあるはずだが、もちろん「基隆」にもページを割いていて、「雨が多く、ここでは銅像の蒋介石もレインコートを着ている」という記述があった。まさか、鬼神も恐れぬ「世界的偉人」が雨合羽を羽織っているとは驚きだが、その人がマントを着ている写真をよくみるから、その間違いではなかろうか。すでに民主台湾から個人崇拝が放逐されたので件の銅像などは残っていないだろう。

  昔、台中の駅前ロータリーにも立派な銅像がたっていたが「これはワイヤーロープで足を引っ掛け、トラックで引っ張れば数分で作業完了だな」と思ったことがある。結局、そんな一銭にもならない「破壊的」、「革命的」な行動をする人は現れなかったが、あるとき、それがいつの間にかなくなっているのに気づき、自分にはなんの関係もないのになんだか無性に嬉しくなったのを覚えている。

  最近はあまり聞かないが、昔は保守派のエライ人や政治家が盛んに「日本人は蒋介石に感謝しなければならない。それは蒋介石が終戦時にラジオ放送で《以徳以怨》の声明をして在華日本兵を無事に帰してくれたからである」と喧伝していた。が、これでも読書人のはしくれ、そんな見えすいた問題のすり替え、レトリックはわたしには通用しない。

  ところで、「台湾民主記念館」は、また元の名に戻されたと聞くが実際はどうなのだろう。いかに関心が高くても台湾に住んでいるわけではないからそのあたりはよくわからない。もう二十年以上も前に、知り合いになった台湾のご年配とクルマでその前を通りかかったとき、その方が「あんなもの引きずり出してやるんだ」と憎々しげに言われたのを覚えている。以前、わたしがこの「台湾」の掲示板のどこかで「中正記念堂の跡地をどうするか」という架空の提言してちょっと賑わったことがある。この都心の一大資産は近い将来、だれが総統になるにせよ、「均富」という国民党のスローガンのひとつを実現させるために使ってもらいたい。が、まず無理だろう。どのような政治思想、手法を使っても実現不可能なスローガンである。

雨港基隆

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/12 10:32 投稿番号: [1462 / 3149]
戦前基隆は台湾でいちばん雨の多い土地とされて「雨の基隆」という流行歌までできた。戦後もしばらくは「雨港基隆」という言葉が生きていた。

しかし今では「雨港基隆」は死語である。わしも忘れていて、最近ひょっと思い出したところだ。気候の長期変化が起こったのである。

今の日本人は「基隆」をなんと読んだらいいのかわからないようだ。戦前の日本人はキールンと読んでいた。小学校の地理科でそう教えていたので、日本人がみな知っていたはずだ。横文字でのつづりは Keelung が世界に通用していた。

霧社事件

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/10 14:03 投稿番号: [1461 / 3149]
nachitakao様

霧社事件の原因については、双方の当事人物が事件の渦中で全部死亡したので、すべての伝説は憶測にすぎません。しかし原住民側が、真っ先に日本人小学生を皆殺しにしてしまったことは事実です。まるでそれが目的であるかのような行動でした。

Re: 台湾紀行

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/03/10 01:04 投稿番号: [1460 / 3149]
unhoo様:
北原白秋が来た時、彼はたっての願いで北投温泉に宿泊しました。佐藤春夫
は和歌山県の新宮中学でストライク指導の廉で中退させられ、東京にでて、中学を終えたのです。慶応予科をでています。先輩であり、言葉を戦後交わした時があります。実家が新宮ですが、姪が三好達治に嫁いだので、良く姪御にあいに来ました。隣の家でありましたが、大きな二階立ての家で昔は医院でした。昭和6年でしたか、台湾の霧社事件が終わって1年後、春夫氏は単身40日の予定で霧者を細かく観察しました。すでに治安も回復したのに、通訳と歩く霧社以東の山道が
物騒だと他人が言いましたが、本人はぜんぜん意に介しない台湾紀行をかきました。日本から本物大作家が台湾を紹介した紀行文では最初であります。
4編ありますが、代表的な文は「霧社』であります。佐藤春夫全集にのりました。前年は事件に関する記事は軍か総督府から出版されたものばかりでしたが、春夫の内容は平民が原住民と同じレベルの目で見た旅行記で、新鮮であったそうです。非常に原住民に同情的であります。手元にありましたが、
大寮近くの義守大学の図書館に寄贈しました。昨年の話ですが、総計30冊
です。
HEITOTAKAOHONOR=NACHITAKAO

Re: 李登輝前総統

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/03/05 19:05 投稿番号: [1459 / 3149]
  大正12年、つまり関東大震災の時ですね。わたしの母はその前年ですが、外出歩行以外は達者です。しかし、先生と御同年の前総統も放り投げたという「パソコン」を、先生が自由に楽しまれているとは素晴らしいことであります。パソコンについては、わたしもインターネットとメール以外はダメで、まだわからないことが山のようにあります。

  パソコンのリカバリーで、「マイ・ピクチャー」に記録したデジカメの写真がすべて消えました。それらは去年の9月に来日した張さん一行の100枚ほどの写真と、インターネットで見つけて気に入った数枚の女性ヌード写真です。「ああ、もったいないことをしたなぁ」と思っても後の祭りです。しかし、そのデジカメのカードは成田空港の出発ロビーでカメラから抜いて張さんに渡し、郵送で送り返してもらったことを思い出しました。彼女たちは帰国後、弟さんのパソコンで写真を見たり、印画紙をもらっていたのです。で、早速、「こういう仕儀ではあるが、そちらのパソコンに写真が残っているか」と弟さんにメールしました。すぐに、「すぺてCDに残してあるから安心されたし。それを複製して郵送する」という返事がありました。

李登輝前総統

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/05 15:55 投稿番号: [1458 / 3149]
unhooは李前総統と同じ年にうまれました(1923年)。しかし李氏は1月生まれ、unhooは12月生まれです。今から5年ぐらい前だったか、李氏が新聞記者にこんなことを話していました:「最近電脳を習ってみたが、覚えなきゃならんことがたくさんあってかなわん。お手上げじゃ」。

Re: 霾る台北

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/03/04 18:21 投稿番号: [1457 / 3149]
  パソコンが壊れて、友人に「リカバリー」を施してもらった結果、復旧しました。インターネットに繋げ直すのも「設定CD-ROM」が無効らしく、プロバイダから電話で教えてもらいながらやっとできました。いくらお客さんだからって、忍耐強く教えてくれるものです。ただ、これまでの「お気に入り」や画像を残して置かなかったので、すべてキレイに消えてしまいました。
先生は「奥の細道」にも造詣が深いのですね。この「奥の細道」から一瞬、「unhoo先生は、ひょっとして、李登輝その人ではないか」と緊張しましたが、まぁ、そうではありますまい。台湾のご年配には李登輝さんと考えを同一にする方が大勢おられるのは承知しています。わたしも浅学ながら俳句、川柳、漢詩などにたまには目を通すこともあります。ありますが、「つちふって」という季語は初めてお目にかかりました。最後に「○○市」と持ってこられたのも驚きでした。

霾る台北

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/04 02:21 投稿番号: [1456 / 3149]
タイトルは「つちふるたいほく」と読んで貰うつもりです。

IMEには霾の字があって、ヤフーの掲示板にこの字を使っても、化け字にならないことがわかりました。IMEによるとこの字の訓読はバイまたはメイです。

今日、霾る台北の空はかすんで、太陽は黄色い光芒に包まれています。台湾まで漂流してくる黄砂は超微細な砂塵ばかりですから、汚い感じはありません。視界距離はさほどわるくはありませんが、5.6km離れた101ビルは、まったく見えません。5.6kmとは、グーグルアースで測量した正確な値です。

「つちふる」をヤフーで検索したら、たくさんの記事が出ました。俳人たちが「霾」を詠むためのに奮闘していますが、まだ人をうならせるような名作は出現していません。『奥の細道』には「雲端に霾る心地して・・・」という記述があるとのことですが、句はありません。芭蕉にも「霾」は難題だったと見えます。

わしは霾った今日の台北のうつくしさが嬉しかったから、愚作を一句掲げます。

     霾って夢のやうなる台北市    unhoo

台湾に土が降る

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/02 21:25 投稿番号: [1455 / 3149]
徳川時代の日本語に「つちふる」という言葉があって、蒙古の黄砂が日本まで吹き寄せられてくる現象を言う。日本ではこの現象がおこるのは春だけだから、俳句では「土降る」が春の季語になっている。北京は蒙古に近いから、この現象は春とは限らず、年中起こるそうだ。

霧の字の「務」の部分を「貍」に変えた字があって、その字一字だけで「つちふる」と読む。

台湾の気象局の発表によれば、昨日から黄砂が台湾に達したそうで、この現象は3日続く見込みで、第三日目の明日がもっともひどいであろうという。台北では今日の昼間は、久しぶりに日が照ったが、たしかに太陽の光が黄色っぽい。わしの家ではこの3日間はなるべく窓を開けないことにしている。台湾まで吹いてくるのはよほど細かな砂塵であろう。

Re: 台湾紀行↓訂正

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/26 02:08 投稿番号: [1454 / 3149]
佐藤治夫   間違い
佐藤春夫   と訂正

Re: 台湾紀行

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/26 02:03 投稿番号: [1453 / 3149]
佐藤治夫が台湾へ来たことがあるとは知らなかった。

わしがまだ三十台のころ、わしと同年齢の友人が、佐藤・谷崎の夫人交換の事件をしきりにわしに話していました。なぜそんな話しをしたがるのか、当時はわからなかったが、だいぶ後に気が付いた。奴はわしと夫人交換をたくらんでいたのです。わしが鈍感で話しが軌道に乗らなかったから、奴はついにあきらめました。今では奴もよぼよぼのジジイになって、古女房との金婚祝いもとうにすませました。

昭和一桁時代に北原白秋も台湾へ来たことがあります。白秋は接待を受けたお礼に、台湾に「華麗島」という美称を贈りました。この美称は内地人、本島人双方から喜びをもって受け入れられました。これが戦後、美麗島に変わってしまいました。

Re: 台湾紀行

投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2008/02/21 04:31 投稿番号: [1452 / 3149]
tokyo_cachito3`sama:
横から入り申し訳ありません。2005年にCA.のPasadena cityで李前
総統の講演があり前を歩く総統は背が高く、顎だ出ていて威風堂々としていたが顔は笑った顔を記憶しますね。NY州のコーネル大学で講義を日本語に通訳
したとき、教授は李前総統をしっていました。彼が蒋径国から受け継いだ後は、まさしく関が原の合戦宜しく毎日が政治策略との戦争であったとか。一番策略を陰謀化したがフロリダに隠居して華麗な生活をしていた宋美麗であった。金銭をばら撒き、米国政治家まで巻き込んで追い落としを図った。だが当時のレーガン大統領、国務省担当官の頭はもう古い政治体制を捨てていた。
李前総統の意図と米国の民主化とが一致した時点で新総統はきまった。

台湾を日本に大作家として紹介したのは昭和6年の台湾紀行を書いた佐藤春夫
であった。佐藤春夫全集の1巻に集る1ヶ月の足で見た彼の台湾紹介は絶品である。是で「霧社」など3編の台湾短編紀行が日本に知られたそうです。中学で
ストライキを先導して退学にあい、谷崎潤一郎の奥様と交換をした慶応ボーイは私の地元の道むかいに実家があり(前の家)、新宮中学(和歌山県)の先輩ですが。海外から見ると、Sapio雑誌で書いている連中は中道のまともな論旨を
発表している感じです。左翼は終戦後から同じ頭で反論している感触です。
毎年12月13日には南京市でサイレンがなりひびきます。昭和12年のこの日を全市民に南京虐殺事件を覚えさせる共産党式の愛国心教育だそうです。
こんな教育で生育した若者が北京で競技する日本とのサッカーに冷静に観賞
するのは無理でしょう。応援団も命がけです。少しはずれましたが了承ください。

Re: 李登輝は法統に合わない総統?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/02/15 22:20 投稿番号: [1451 / 3149]
unhoo先生

ご見解、ご説明をありがとうございました。

  ご返事を書いてからいよいよ「投稿ボタン」を押そうとして、どこのキーに触れたのか判りませんが画面がヤフーのホームページに…。こうなると復元は不可能で「履歴」にも残っていないのです。ときどき、これをやって失敗し、「ありゃりゃ」と思っても後の祭りです。これを「水泡に帰す」とか「元も子も失う」、あるいはちょっと難しい表現で「九ジンの功をイッキにカク」などと申しますが、これはきちんと漢字に転換できません。

李登輝は法統に合わない総統?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/13 14:37 投稿番号: [1450 / 3149]
李登輝氏が総統になったことは、当時の外省人に言わせれば法統に合わないのだそうだ。それでは法統とは何ぞやと聞いても、彼等は返事できなくて、黙ってしまう。彼等は理論を述べていたのでなく、感情を述べていたのである。蒋介石の一族か、または蒋介石父子の譜代の家来でない者が、総統という地位に就いたことに反発していたのだ。李登輝総統の在位12年間、外省人は法統論をぶつぶつ言い続けていた。しかし陳水扁が総統になったときには、彼等もやっと脳の掃除ができて、法統論を言わなくなった。

総統とか、総理の地位が転がり込んで来た者にとっては、その地位をしっかり掴んでおくことが先決問題である。地位を確保して、はじめて政治上の抱負を実行することができる。だから陳水扁氏はそれまで拒絶していた青天白日満地紅旗への敬礼や、三民主義の歌を歌うことを、総統に当選した後は実行した。小泉純一郎氏は、公約であった八月十五日の靖国参拝を、八月十三日というわけのわからぬ日に切り替えた。そこは大事の前の小事と、意地を引っ込めたのである。

李登輝が総統になた当初、意外な言行があったとしても、それは大事の前の小事を引っ込めただけのことである。

蒋経国が死んだ日から、李登輝氏は総統府から大直の蒋経国官邸まで、3km以上の道のりを、毎日2回車隊をつらねて遺体を礼拝しに行った。3回行った日もあった。おそらくは周囲に「法統に合わない」というつぶやきを感じて、俺は蒋経国から任命された副総統で、憲法により総統の職位を継承するのだぞということを、強調して見せたのであろう。蒋経国が死亡してから遺体が大溪に建築された遺体保存所に移されるまで1ヵ月半以上、毎日2回か3回押しかけられて、喪主の蒋孝勇氏はずいぶん迷惑したにちがいない。だから蒋孝勇氏は、数年後に喉頭癌で死ぬまで、最も強硬な反李登輝派だった。

台湾紀行

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/02/12 01:07 投稿番号: [1449 / 3149]
  司馬遼太郎の「台湾紀行」を読み返している。昔、新刊本で買ったこの本が「また読んでくれ」と言わんばかりにヒョイと出て来たのである。これはそんな安い本ではなかったので買った本屋まで覚えている。巻末には、当時は初対面だった中華民国総統・李登輝との対談が載っていて興味深い。だが、この李登輝と言う人がわたしにはいまだに謎である。総統就任時の記者会見で「2.28事件」についての感想を求められたとき、この台独の宗家のような人が、「君のように若い人がどうしてそんな昔のことを聞くのか」と、けんもほろろにこれを一蹴している。これが本心でなかったのは自明だが、このあたりは常人にマネのできることではない。前の投稿で「お追従だって本気でやれば誰も気がつかない」と書いたが、蒋経国にはあの大きな口を開けて、これ以上はできないような笑顔を向けていた画像を記憶している。彼は孫文、訒小平、葉剣英などと同族の客家人であるが先鋭的な「反中国」で、今日の民主台湾を築き上げた特別功労者でもある。大変な親日家であり、「尖閣は日本の領土」と発言してもいる。だが、先の選挙で一挙に政治基盤を失い、もはや影響力はまったくない。ちょっと言いにくいことを思い切って言えば、真実を言えば、日本の保守層や右翼陣営が喜ぶ、「親日、反中国」も、度を越すと台湾の政治地図から追放されるのである。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2008/02/12 00:56 投稿番号: [1448 / 3149]
>食肉用の馬は日本では飼育されておらず、輸入されているわけでもない。あれはすべて、年明け数回の「三歳未勝利戦」に敗退した一群の競走馬なのである。

これがですね、最近はちょっと違いまして、世界各国から輸入されたものが多いんです。

先日も長野から馬刺しや干し肉などが送られてきたのですが、これが全部モンゴル産。

地方の特産品であるはずのものさえこの有様ですよ。

国共内戦

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/02/11 23:14 投稿番号: [1447 / 3149]
  本は横に積んでおくのがいいらしいが取り出すのが面倒だ。田中角栄が中南海の毛沢東の私邸に「伺候」したのは随分まえの話だが、この中国の「帝王」の部屋には「和綴じ」の書物が本棚に山のように積まれていた。角栄さんはその中から「楚辞集註」という本を貰ってきたが、なんだか、皇帝から蔵書を下賜されたというふうで「誠に恐憚の至りに耐えず」であった。当時の日本は佐藤内閣の長く重苦しい時代が終わり、田中角栄人気とともに日中国交回復の熱に浮かされていて、そうした光景もにこやかに迎えられたのである。しかし、糸で綴じた昔の本は中国語ではなんというのだろうか。ただ「書」というだけかもしれない。成金趣味のコテコテした調度品や骨董を並べておくより、積み上げた古本の山のほうがよほど凄みがある。田中とその一行を「帝王の間」に案内したのは、昔、ハマーショルド国連事務総長をして、「まれにみる優雅な人物で、自分が野蛮人のように思えた」と言わしめた周恩来である。このとき、この人物が毛氏のまえで身を捩(よじ)り、人見知りをする幼稚園児のように含羞(はにか)んでいる姿がテレビに映っている。これには田中とその番頭たちが驚いたらしいが、むろん、「こんな者たちが拝謁に参りましたが…」という周恩来一流の演技である。この程度の才覚がなければ権力闘争の渦のような中南海では生きてゆけない。お追従だって本気でやれば誰も気がつかない。こうした飛び切り一級の者たちが、つまり、国民党政府のいう「流族集団」が、「戦争の疲弊に乗じて」瞬く間に中国大陸を奪取してしまった。そのあたりはまるで大掛かりなマジックを見るようで、百万を越す戦死者が出たであろうその「国共内戦」と言われる戦史を詳しく知りたいのだが、日本語で出版されたものはなぜかまったく見つからない。その一方で、望みもしないのに負け戦の敗残兵や難民を大量に抱え込んでしまった人々の苦難も併せて知らなければならないだろう。

恭喜発財

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/02/11 18:24 投稿番号: [1446 / 3149]
  「恭」の字はこれで良かっただろうか。台湾ではどの家でも「富貴」など、考えつく限りのめでたい字の張り紙がしてある。もちろん、すべて原色の赤で中間色なんか探してもみつからない。これもかなり前の話だが、結婚を控えた台湾の母娘が日本のデパートで「婚礼用品」を整え、台湾で挙式するまでのルポを日本のテレビ局がオンエヤしていた。わざわざ日本まで買い付けに来るのだから裕福な家庭なのだろうが、かつて、なんでも「日本製」といえば有難がられた時代があったのである。結婚式にブーケ(花束)は欠かせない。彼女達は深紅のそれを探していたがついに見つからず、ピンクの花束(もちろん生花と見紛うほど良くできた造花である)を買って帰った。テレビカメラは挙式直前の彼女の家にまで入り込み、彼女は大勢の家族の前でスーツケースから様々な品物を取り出した。もちろん、そこには婿殿も来ていたのだが、彼はブーケを見るなり「この色は良くない」と真顔で言う。済まなそうに「これしかなかった」と弁解する彼女に、思わぬ助太刀が現れた。後ろの椅子に腰掛けていた彼女の祖父である。立ち上がって「それがいいんだ。まっ赤っかはだめ」と日本語で声をあげた。日本のテレビが来ていたから思わず日本語を使ったのかもしれないが、番組としてはこの場面が予期せぬ「絵」になったのである。婿殿と日本語世代の花嫁の祖父に色彩感覚の齟齬があるのは説明するまでもない。もちろん、「よい、悪い」の話でない。

司馬遼太郎ばかり読んでいるから文体が似てきた(笑い)。

さしみ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/11 10:07 投稿番号: [1445 / 3149]
さしみの台湾語が生魚片だから、馬刺は生馬片ですね。

台湾のデパートに生馬片が売り出される可能性はないが、将来生猪片が出ないともかぎらない。生牛片も可能性なしとしない。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: yuwfui 投稿日時: 2008/02/10 11:06 投稿番号: [1444 / 3149]
まこと様

  いきなり、語気つよく言っても理解出来ません。

  理路整然と説明するのが、投稿者の責務では

  ありませんか?   馬刺しと言えば、長野、熊本、

  が本場と聞きますが〜〜その根拠は??????

食用馬問題

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/10 01:07 投稿番号: [1443 / 3149]
「ばか、食用馬は日本で飼育している。よく調べて書き込め、シナ人。」

↑   makoto3618jpf殿、貴殿こそ他人の投稿をよく読んでから書き込むべきですぞ。

ところで、台湾ではさしみのことは生魚片と言います。生の魚を一片一片に切ったものという意味です。

アメリカのTV番組で見たが、ドッグレースで勝てない犬、あるいは年齢が増えて勝てなくなった犬は、人里離れたところに建てられた檻へ送られ、粗末な食物をあてがわれて、死を待つだけだそうです。ペットとして貰い受ける人があるのか、ないのか、テレビではそこまでは説明していなかったようです。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: makoto3618jp 投稿日時: 2008/02/09 19:48 投稿番号: [1442 / 3149]
ばか、食用馬は日本で飼育している。よく調べて書き込め、シナ人。

旧正月用の下着

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/08 22:06 投稿番号: [1441 / 3149]
十年前に台湾ワコールが旧正月前に真っ赤な女性下着、つまり真っ赤なブラとパンティを売り出して「これをご着用になって旧正月をお過ごしになると、お金持ちになれます」と宣伝した。こんな知恵は日本人職員から出るはずはなく、台湾人職員の献策によるものにちがいないが、それが見事に中って、大いに売れた。それ以来台湾ワコールは、旧正月前に真っ赤な「内在美」(女性下着のこと)を売り出しては一儲けしていた。

しかし赤い色を使ったことで特許権を取ることはできないから、最近はほかの会社も、台湾のために旧正月前には真っ赤なのを特製して売り出している。

わしの推定では、今の台湾女性は、旧正月になると老いも若きも80%以上が真っ赤な下着をご着用あそばして、今年こそはお金を儲けるぞと、ほくほくしているらしい。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/02/01 21:17 投稿番号: [1440 / 3149]
  張さんは初め何かの冗談かと思ったらしい。スーパーの精肉コーナーで「馬刺し」と書いたトレイを見つけたのである。これが漢字圏以外から来た外国人なら何とも感じないだろう。だが、「刺身」という言葉は台湾人なら知っている。薄くスライスされた生肉に「馬刺し」とあれば「馬肉の刺身」だとは一目瞭然、どうにも隠しようがない。中国語では刺身を「魚肉片」と書くらしいが、江戸期に生まれた寿司は先進国ではすっかりお馴染みだから、その切れ身がマグロだろうが鯛だろうが誰もおどろかない。だが、あろうことか、まぎれもない馬の生肉なのである。ちょっと意外ではあったが世界のどの国でも馬肉は食用になっておらず、われわれ日本人がいくら「食文化、食文化」と騒いでも、獣肉をナマで食らいつくとは野蛮も野蛮、神をも恐れぬ所業であって、欧米先進国では絶対に容認されない「食品」である。張さんが顔色を変えて驚くのは無理もない。
だが、食肉用の馬は日本では飼育されておらず、輸入されているわけでもない。あれはすべて、年明け数回の「三歳未勝利戦」に敗退した一群の競走馬なのである。馬主がどれほどカネを注ぎ込んでも、その夏までに一勝もできなかったサラブレッドには「乗馬用」の運命しか残っていない。競馬関係者が「乗馬用」と言えば聞こえはいいが、早い話がキロいくらの「食肉用」であって、本当に「乗馬クラブ」が引き取ってくれるラッキーな馬は微々たる数である。
昨年、張さんの家族が三人連れで遊びに来たが、皇居前広場で警視庁だか皇宮警察だかの十頭ほどの騎馬隊のトレーニングに出合った。張さんの娘御は大喜びでシャッターを切っていたが、台湾の人には馬は珍しかったのだろう。
皇室に関することはちょっと書きにくいが、それらが以前に、競馬場で「三歳未勝利」の後方を走っていた馬だとすれば、それはもう、眼も眩むような幸運をつかんだというほかはない。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/30 20:41 投稿番号: [1439 / 3149]
  空港ターミナル手前の駐車場あたりから滑走路方面を写した画面がもう一枚あった。飛行機の尾翼がズラリと並んでいて遠くに海が見える。もちろん、台湾海峡である。これが「証拠写真」になって、あの全景は「入国側」ではなく、「出国側」から写したものだと確認することができた。ところで、その「飛行機」という言葉だが、これが最近はほとんど使われない。新聞もそうだし、言葉にはうるさい筈のNHKでも「航空機」と言って「飛行機」とは言わない。本来、漢語や日本語は非常に豊饒な言葉で、「飛行」と「航空」とは微妙に意味が違うのである。説明はしづらいのだが、以下の言葉から私の意図するところを汲んでいただきたい。≪飛行士、飛行雲、飛行場、飛行船、飛行甲板、飛行艇≫、そして、≪航空写真、航空便、航空標識、航空母艦、航空路≫つまり、本来、これらは互いに置き換えることができず、国語にこだわる私としてはどうしても「航空機」と言えないのである。

  夜景写真がカメラマンの「自己満足」というのは、なるほど先生のおっしゃる通りで、「そう言われればそうだなぁ」と膝を打った。もちろん見解は自由だから「いや、夜景は夜景でいいのだ」という意見もあるだろう。それについては話はちょっと脇にそれるが、ハリウッド映画は、「夜景」だからといって、「暗くてよく見えない」ということはなく、観客に不自然さを感じさせずに「夜だけどハッキリ見える」という撮影技術を持っている。そうしたテクニックはハリウッドが長い間かかって蓄積したもので、簡単にマネのできるものではない。昔みた中国映画だが、夜の路地裏のシーンが真っ暗で何も映っていなかった。「夜が暗いのはあたりまえだ」というレベルでは映画とはいえない。まぁ、中国は発展しているから今はそんなこともないだろう。
  話は変わって、昔、フィリピン人の出稼ぎの一団がわが家に出入りしていたことがある。ニセのテレフォンカードが大量に出回って公衆電話から国際電話が掛けられなくなり、わが家が彼らの電話ボックスのようになってしまった。もちろん、料金は「責任者」みたいな男が取り仕切って毎月払ってくれるのだが、この経験で良くも悪くも比国人の気質がよくわかった。かれらにはあまり経済観念がなく、忍耐心も不足していた。ただ、女性達の明るさと、あまりにも「気がきく」のには驚かされた。異文化の違いを寛容と相互理解で認め合うのは理想には違いないが、やはりその壁は厚いというほかはない。
  台北でもカトリック教会のある農安街あたりは比国人で溢れていると聞くが、空を見れば旅客機が飛んでいる現在、金満台湾にかれらが押しかけるのは時代の趨勢で平和共存しか選択の余地はあるまい。
  ただ、そうは言っても、受け入れ態勢も法整備もないまま労働力を外国人に頼る日本の現状には問題があって、最近の中国人の急増には唖然とさせられるものがある。もちろん犯罪には手を染めずに真面目に働く者が多いだろうが、中国人の空き巣がじつに多い。しかも、捕まっても「強制送還」だと思われているフシがあり、「昔の日本が中国でやったことに比べれば微々たるもの」とやられてはたまったものではない。
  昨年、親戚の女性から、「家の近くを中国人が歩いていて怖い」という電話があった。そこは外国人にはあまり用のない高級住宅地で、彼女が買い物から帰宅途中の路上で、若い二人連れの中国人が携帯電話で何事かを話しながら歩いているのに出くわし、すれ違いざまにピタッと通話を止めたという。「それだけで警察に連絡するのはよくない」と言ってあげたが、やはり気味が悪かったようだ。わたしはけっして「反中国」ではないし、程度の低い似非右翼のあんちゃん達や、あの薄気味の悪い狂信的な漫画家に同調して民族差別を煽り立てるつもりはまったくないが、なんだかんだと無制限にやってくる中国人の不審な行動、犯罪には毅然として立ち向かい、警戒する必要があろうと思う。

韓国にはしばらく行っていないが、この「反日」のかたまりような国の人々がなぜか日本人には非常に親切で、意外も意外、まさに百聞は一見にしかずである。日本人だからといって個人的に不当な扱いを受けることはまずないと断言してもいい。これは何度行っても変わらないからわたしの持論になっているが、個人的な経験と感想だから人によっては異論があるかも知れない。ただ、もちろん、「これはひどいな」というところもあったが、外国のアラ探しをして自分達の自慢をする程のバカではないからそのあたりは黙して語らずということにしたい。

調子にのって書いていたら2000字を超えてしまったので一部を割愛した。

「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/30 13:28 投稿番号: [1438 / 3149]
桃園機場のことではないが、「グーグルアース」の紹介写真には夜景が多いですね。夜景は、撮影した人にとっては、すばらしいゲージュツ写真が撮れたという満足感があるので、沢山の人に見せたいのだろうが、グーグルアースの利用者は、知らない町の光景、知らない土地の風景を見たいのだから、光と影だけの夜景写真では何の役にも立たない。何だ夜景かと、パチンと消してしまう。

第一ターミナル

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/28 18:09 投稿番号: [1437 / 3149]
わたしのパソコンの背景写真は斜め前方から撮影した桃園機場第一ターミナルの全景になっている。「グーグルアース」の紹介写真から写し取ったものだ。ただ、その向きが出入国のどちら側なのかよくわからなかった。あのターミナルは体育館をさらに大きくしたような左右対称なのである。なんとか知ろうとして、「グーグルアース」と比べてみてどうやら結論は出た。「入国側」らしい。道路沿いの駐車場のクルマの向きが違う。道路をまたぐ鉄柱の案内標識はそのどちら側にも見えるが、そこから曲がり角までの距離が違っていて、道路に切れ切れにペイントされている車線を数えて結論を出した。なぜ建物の向きにこだわるのかといえば、「いつもあの角の台北行きのバス停に並んだな」という思い出があって、自分としてはどちら側でもいいというわけにはいかない。

Re: バナナ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/25 23:24 投稿番号: [1436 / 3149]
  胡蝶蘭は日本の業者への「ご進物」というわけですね。贈り主はなかなか如才のない人のようです。わたしが子供のころ、バナナやパイナップルは贅沢品でした。今、そうした輸入果物は一山いくらで売っていて、昔は安くて八百屋に山積みされていたスイカのほうが高級品になっています。近郊農家が例外なく億単位の資産家になって農業をやらなくなった結果です。

Re: バナナ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/25 00:32 投稿番号: [1435 / 3149]
ヒリッピンや南米のバナナは食ったことがありませんが、台湾ではバナナとパパヤは夏の方がうまくて、冬はうまくない。蓮霧は晩秋のものがいちばんよく、盛産期の初夏のものは水っぽくてまずい。

終戦の5,6年後に、台湾のバナナを日本へ輸出する商売が勃興しました。わしの家の庭に植えていた胡蝶蘭を、バナナ輸出業者が見つけて、数株売ってくれとたのまれました。日本のバナナ輸入業者に贈るのだという。胡蝶蘭は、日本では温室がないと、冬に凍死してしまうよと言ったら、そのことは説明しておきますと。

台湾の南端、恒春半島の低い山地に、胡蝶蘭の一種が野生していて、それを採集して、都市の園芸家に売るという商売が、日本時代からありました。日本時代に、一時濫獲のために絶滅しそうになったが、日米戦争中は採集しても買い手がないので、採集されなくて野生が増えて、戦後また採集業が復活しました。わしは、採集業者が売りに来たのを数十株買って植えたら、一年後にみごとに花が咲きました。それをバナナ輸出業者に見つかって、数株買われてしまったのであります。

戦後60年以上たった今では、野生の胡蝶蘭は絶滅したらしい。現在世界的に商業栽培されている胡蝶蘭は、人工交配で改良されたもので、野生原種にくらべると、花の形も、サイズも、色もはるかに進歩していますが、まれに栽培家のところに大切に保存栽培されている原種胡蝶蘭を見ると、楚々たる野生の姿に反って心を惹かれます。

バナナ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/22 21:45 投稿番号: [1434 / 3149]
  近所の八百屋に「台湾バナナ」があった。値段は覚えていない。プラスチックのザルの脇にマジックでそう書いてあっただけで、他に何の証明もない。日本で売られているバナナの殆どがフィリピン産だと聞いていたから、あらためて「Wikipedia」で調べてみたが、案の定、比国産が輸入量の99%を占めていた。あれが本当の台湾バナナだったのか疑わしい。デルモンテなどの米資本が広大な農場で栽培して流通システムも確立したので、台湾の零細農家が出荷するバナナは日本の市場からすっかり姿を消してしまった。若い人から「台湾バナナのほうが美味いのか」と聞かれても、もちろん台湾では何度か食べたが、比国産とハッキリ違うという印象もなく、味の優劣や糖度などは正直よくわからない。一時期、南米エクアドル産の大型のバナナも出回ったが、やたらに不味いのが知れてこれも姿を消した。

Re: 小選挙区

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/16 17:16 投稿番号: [1433 / 3149]
  国民党が台北の八議席を独占したという。落選した民進党の王某が約束どおり海に飛び込むらしいが、それは「寒波が去ってから」だという。しっかり救命具をつけてドボンとやるんだろうが、いくら台湾の海だってまだ水は冷たかろうし、心臓マヒに気をつけろよ。どうせなら、中山北路の端から端までパンツ一丁で逆立ちして歩くと言えば良かったと思う。次の選挙まで、「今日はここまで、今日はここまで」とやればテレビは追いかけるし、次回の当選は間違いない。前回の投稿で「選挙結果の論評はしない」とは言ったが、最低限の持論開陳は見逃してほしい。

  小選挙区制度は民主主義を破壊する。第二党以下の候補者の当選が阻まれ、大量の「死票」が出て、民意が議会に反映しにくいからだ。五割の投票で八割の議席が獲得できるのは、どう考えてもマトモな選挙制度とは言えない。台湾の有力なメディアは今なお国民党の支配下にあって、選挙戦になるとテレビは露骨に国民党候補の応援をする。そうしたなかで民進党がよくぞ健闘してきたものと思うが、今回の結果は陳水扁氏の拙速であまりにも急進的なやり方にも原因があったように思う。今日の台湾の政治地図、両岸の現状を正しく認識していれば、あの少年のような純粋さ、言葉を替えて言えば「未熟さ」では周辺に利用され、政敵につけ込まれるだけだ。

Re: 小選挙区

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/15 01:23 投稿番号: [1432 / 3149]
  選挙結果については、台湾人民の「総意」ということで外国人のわたしがあれこれと論評することはできません。昨年の暮れあたりに消えてしまいましたが、この「台湾」のカテゴリーで、いくつものトピを立て、「われこそは両岸問題の第一人者、正義の調停者」とばかりに「ああすべき、こうすべき」と一人で頑張っていた御仁がいました。彼、「この問題については自分が考えて最終の解決策を見出したので、何百億もの値打ちがある。タダでは教えられない」と書いていたのを覚えていますが、だれからカネを貰うつもりでいたのでしょうか。国共両党が百億円ずつでも出してくれたら大儲けなんですが、本気で大使館に手紙を書く人なので、成功報酬を条件に自分を含めた巨頭会談のお膳立てくらいは画策したかもしれません。壮(躁)大な夢があっていいんですが、世の中にはおもしろい人もいたものです。

相撲は外国人にまだ誤解も多く、「筋肉より脂肪の多いほうが有利な唯一のスポーツ」だという英文の記事を記憶していますが、とんでもない偏見で、体脂肪率は一般の人より低く、「過食と稽古不足で贅肉が付くと相撲どころじゃない」と学生相撲のキャップテンから直接聞いたことがあります。

小選挙区

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/14 22:31 投稿番号: [1431 / 3149]
たしかに小選挙区のせいで外省系議員だらけになりました。投票者の人数で言えば、国民党に投票した人の数は民進党に投票した人よりも15%多いだけだそうです。本省人と外省人との区別は、厳然として存在します。外省人有権者が本省人候補者に投票する可能性は限りなく零に近いが、本省人有権者はいともあっさりと外省人候補者に票を献じてしまいます。

台湾とは限らず、どこの国で、お金が足りないと思っている家庭が絶大多数ですが、国民党は立法院で、あらゆる議案をボイコットして、政治の進行を不可能にした上で、民進党は政治をおこなう能力がない、そのために人民は貧乏していると宣伝し、本省人は簡単にこの宣伝にのってしまって、積極的な者は国民党に投票し、消極的な者は投票に行かないということになってしまいます。

蒋政権が死滅してから20年たったので、蒋政権時代の世情を体験した者(蒋政権時代すくなくとも25歳)は、今は45歳以上になっています。45歳以下の者は蒋政権時代を知らず、現在享受している人権、民主、自由は、蒋政権時代にもあったものと思い込んでいます。45歳以上の者でも南国人の楽天性のせいで、そんな時代が戻ってくる可能性はないときめてかかっています。

大相撲はNHKの海外向け衛星によって、台湾でもリアルタイムに見られます。時差のせいで、終結するのは午後5時です。台湾で見られるようになったのは、蒋政権死滅後約一年、李登輝総統によって「台湾の天空は開放された」と宣言されたときからです。「天空の開放」とは衛星放送を見る禁令が廃止されたことをいいます。

それからまた数年もたってから、NHKの衛星によって、大相撲の放送が見られることに、わしはやっと気がつきました。そのときは千代の富士の晩年期で、まもなく貴乃花(そのときは貴ノ花だったかな)が台頭しました。

Re: 売り上げ世界一の店(Re: No.1402)

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/14 17:44 投稿番号: [1430 / 3149]
  今度の選挙結果は、unhoo先生には茫然自失、「何たることか」と悲嘆にくれているのではないかと察して余りある。小選挙区制は英国のように民意が高く、民主主義がしっかり根を張っている国には適しているけれども、地方ボスや二世議員がカネと利益誘導で支配している台湾や日本には弊害が多い。それでも、日本は公職選挙法という、人が身震いするほど怖い法律があるが、台湾はどうなのだろう。まだ、レストランなどに大勢を集め、セミヌードの運動員のお姉さんが愛嬌を振りまきながら饗応しているのだろうか。

大相撲初場所が始まったが、これは衛星放送で世界のどこでも見られるらしい。誰でも知っての通り、東西の横綱(グランドチャンピオン)はユーラシア大陸の大半を制覇したジンギスカンの末裔であって日本人ではない。それどころか、ロシア人や欧州人まで活躍していて、この完全に国粋的な格闘競技はすっかり国際化されている。小錦や曙のようなサモア人はすっかり姿を消したがなぜなのだろう。もっとも巨体にものをいわせた「push、push」の押し相撲一点張りじゃ見てても面白くない。神事だ、国技だと勿体をつけ、「ただ勝てばいいんじゃないんだ」とウルサイことをいう人も多いが、そこは勝負の世界、四十八手で決まれば立派に白星が記録されて誰も文句は言えないだろう。初代「若ノ花」の「揺り戻し」という豪快な決まり手はまったく見なくなったが、体型の似た「安馬」あたりに覚えてほしい手だ。

売り上げ世界一の店(Re: No.1402)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/12 22:05 投稿番号: [1429 / 3149]
台湾に売り上げ世界一のマクドナルドの店があったとは、今まで聞いたことがなかったが、言われてみると思い当たるところがあります。ただし、その店はお説の「南京東路と林森北路の交差点」の店店でなく、マクドナルドが台湾に初上陸して開いた第1号店で、場所は民生東路3段135号です。第1号店開店の時期を調べたところ、幸いに資料が見つかりました。1984年1月28日と、日までわかりました。24年前ということになります。

その店が開いたときの盛況は、新聞、テレビに報道されて、全台湾を驚倒させました。一日に数百万元の売り上げと報道されていたから、本当に世界一だった可能性があります。その報によって、マクドナルド以外のアメリカのハンバーガー店が数軒台湾へ押し寄せ、台湾本土産のハンバーガー店も数軒創立されました。やがて競争に負けて次々と消えてしまったが、マクドナルドだけは今も健在のようです。

南京東路と林森北路の交差点の店は今でもありますが、それほど大きい店ではありません。昔は大きくて、今は小さくなったのかも知れません。

以前はひっそりと経営していた日本のモスバーガーが、最近2、3年のうち、どんどん店を増やしていますが、まだまだマクドのほうが優勢です。

売り上げ世界一の店(No.1402

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/12 21:08 投稿番号: [1428 / 3149]
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