Re: 雨港基隆
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/03/12 22:57 投稿番号: [1463 / 3149]
初めての訪台は「美麗島事件」の前年だったが、「台湾の旅」というガイドブックを買って持って行った。著者は「須藤」さんだったと記憶している。この本は書棚を探せばまだあるはずだが、もちろん「基隆」にもページを割いていて、「雨が多く、ここでは銅像の蒋介石もレインコートを着ている」という記述があった。まさか、鬼神も恐れぬ「世界的偉人」が雨合羽を羽織っているとは驚きだが、その人がマントを着ている写真をよくみるから、その間違いではなかろうか。すでに民主台湾から個人崇拝が放逐されたので件の銅像などは残っていないだろう。
昔、台中の駅前ロータリーにも立派な銅像がたっていたが「これはワイヤーロープで足を引っ掛け、トラックで引っ張れば数分で作業完了だな」と思ったことがある。結局、そんな一銭にもならない「破壊的」、「革命的」な行動をする人は現れなかったが、あるとき、それがいつの間にかなくなっているのに気づき、自分にはなんの関係もないのになんだか無性に嬉しくなったのを覚えている。
最近はあまり聞かないが、昔は保守派のエライ人や政治家が盛んに「日本人は蒋介石に感謝しなければならない。それは蒋介石が終戦時にラジオ放送で《以徳以怨》の声明をして在華日本兵を無事に帰してくれたからである」と喧伝していた。が、これでも読書人のはしくれ、そんな見えすいた問題のすり替え、レトリックはわたしには通用しない。
ところで、「台湾民主記念館」は、また元の名に戻されたと聞くが実際はどうなのだろう。いかに関心が高くても台湾に住んでいるわけではないからそのあたりはよくわからない。もう二十年以上も前に、知り合いになった台湾のご年配とクルマでその前を通りかかったとき、その方が「あんなもの引きずり出してやるんだ」と憎々しげに言われたのを覚えている。以前、わたしがこの「台湾」の掲示板のどこかで「中正記念堂の跡地をどうするか」という架空の提言してちょっと賑わったことがある。この都心の一大資産は近い将来、だれが総統になるにせよ、「均富」という国民党のスローガンのひとつを実現させるために使ってもらいたい。が、まず無理だろう。どのような政治思想、手法を使っても実現不可能なスローガンである。
これは メッセージ 1462 (unhoo さん)への返信です.
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