竹島
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それが道理かね?
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 19:31 投稿番号: [5758 / 18519]
>つまりどちらにより正当性があるか、日韓保護条約以前に日本は竹島に領有を閣議決定した。
日本は「日本の所謂松嶋は朝鮮の于山島であり、于山島は朝鮮の領土」であることを知りながら、「先占の法理」なるインチキ国際法を振りかざしているだけと思いましたが。
分かり易く云えば「隣家の自転車を勝手に自分のものとしてノートに書いたから自分のものである」と強弁しているようにしか聞こえないのですが。
これは メッセージ 5756 (net_browney さん)への返信です.
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『竹島図説』
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 19:24 投稿番号: [5757 / 18519]
>宝永年間に記された竹島図説でも隠岐ノ松島と記されているなど、日本側には竹島の存在とその領土的な意思を伝える書籍が幾らも残っていると提示したでしょうが。
領域権原を論ずるに重要となるのは、それが国家権力によって行われた行為か否かです。
『竹島図説』は民間人が伝聞情報に基づき記した私文書に過ぎず、そこに日本政府たる幕府の行為は認められません。
松嶋が隠岐国に属していたのであれば、幕府の資料を提示すべきでしょう。
これは メッセージ 5755 (net_browney さん)への返信です.
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国際法ね
投稿者: net_browney 投稿日時: 2004/10/22 19:17 投稿番号: [5756 / 18519]
>本当に<判例>を勉強したのならば、『現実に存在し、かつ長期にわたって存在してきた事態や権益をなるべく変更しないこと』と云う確立された国際法の原則に沿って判例を当てはめて合理的解釈を加えなければならないことくらいは解るはずだ。
国際法において重要とされるのは、最終的な決定ですよ。
つまりどちらにより正当性があるか、日韓保護条約以前に日本は竹島に領有を閣議決定した。
一方、韓国側はそれに対して何ら抗議もなく。
また、それ以前の如何なる文献を調べても韓国側には竹島を領有した意思を示す文献がない。
竹島領有は日韓併合の経緯とは別の日本の先占に基づくものだ。
韓国側が主張する根拠となるのは、戦後実行支配した事実のみ
それに対して日本側は定期的な抗議を繰り返していることでも、韓国側には領有に時効に結びつく要件はない。
これは メッセージ 5753 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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都合のいいときだけ歴史的なか
投稿者: net_browney 投稿日時: 2004/10/22 19:13 投稿番号: [5755 / 18519]
>まあ、歴史的権原が皆無の日本にしてみれば
宝永年間に記された竹島図説でも隠岐ノ松島と記されているなど、日本側には竹島の存在とその領土的な意思を伝える書籍が幾らも残っていると提示したでしょうが。
一方、韓国側には高宗が調査した鬱陵島内図・鬱陵島外図には、竹島らしい島は何ら記されず。
鬱陵島検察使日記でも鬱陵島の最高峰聖人峰から臨んでも島はひとつもなかったとの記載があります。
つまり同時点でも竹島の存在を示す資料はまったくない
これは メッセージ 5744 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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>複数国が
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2004/10/22 18:58 投稿番号: [5754 / 18519]
>同じ場所の領域権原を主張すれば、
>その時点で実効支配の要件が未成立になるだけ。
そう?
領有権の主張に正当性が認められれば、
実効支配という要件は必要とされないのでは?
所有権の帰属が確定していれば、
占有している者がどちらでも、所有者がかわる事はないでしょ?
所有権の帰属を確定しえない場合に、占有者を所有者と認めるのであり、
他者が異議を唱えても、主張に正当性が認められない限り、
占有行為に対して、不当性を証明できなかったのであるから、
占有は有効であると考えられます。
これは メッセージ 5750 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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確立された国際法の原則
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 18:58 投稿番号: [5753 / 18519]
本当に<判例>を勉強したのならば、『現実に存在し、かつ長期にわたって存在してきた事態や権益をなるべく変更しないこと』と云う確立された国際法の原則に沿って判例を当てはめて合理的解釈を加えなければならないことくらいは解るはずだ。
愚生はお前さんのようにインチキ国際法を振り回すつもりはないが、国際法の原則から観れば現実に占有している方が圧倒的に有利なことは解るはずだろう。
その上で、道理が重要だと主張して居るのだよ。
日本に韓国の占有を覆す道理があるのかね?
具体的には、歴史的権原の優位はあるのかね?
これは メッセージ 5752 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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都合の悪い国際法主体の行為を無視
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 18:50 投稿番号: [5752 / 18519]
> <判例>や<国際法>を議論するのはお前さんの勝手なのではあるがな。
「韓国政府の言動と矛盾した勝手な愚生の主張」と「判例を援用した主張」。どちらが説得力がありますかな?
個人の主張が政府を代表しないのは当たり前。この個人の主張が「国際法主体である韓国政府の言動と整合のある愚生の主張」であれば説得力があるわけ。しかし、残念ながら愚生さんの主張は、韓国政府と矛盾している。そしてその矛盾を「個人の主張」で棄却し無視している。
「個人の主張だから、都合の悪い国際法主体の行為を無視した国際法を主張します。許してちょんまげ」は、成立しないのよ。
>お前さんは日本政府を代弁するのかね?
愚生さんと違い、日本政府の法律行為の事実に基づき、ICJの判例を援用して主張しております。国際法主体である日本政府の行為を無視し、判例も提示できない国際法を主張した記憶がないんだがね。
なんか投稿制限が入ってウザイので、今日はこれにて。それでは、都合の悪い事実を無視し判例さえ提示できない「合理的解釈(自称)」をお続け下さい。
これは メッセージ 5751 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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まだ解らぬか
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 17:39 投稿番号: [5751 / 18519]
<判例>や<国際法>を議論するのはお前さんの勝手なのではあるがな。
そもそもお前さんに、それらの事実を参考に合理的解釈を加えて正しい結論に至る能力があんのかと問うているのだが。
明らかな証拠を突きつけられても理解しようともせず逃げ回るだけの相手に議論が可能なのか。
>当たり前の話ですが、愚生は何ら韓国政府を代弁しません。「SF条約に署名してない韓国には関係ない」は愚生の主張です。
そのとおりである。
お前さんは日本政府を代弁するのかね?
これは メッセージ 5749 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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>ということは?
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 17:36 投稿番号: [5750 / 18519]
>対外的に紛争地域であるということですなw
対外的なんて全く関係ないんよ。複数国が同じ場所の領域権原を主張すれば、その時点で実効支配の要件が未成立になるだけ。当事国以外の第三国や国連機関の認識も関係ない。
これは メッセージ 5739 (tmakuma さん)への返信です.
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必死なようだが。
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 17:31 投稿番号: [5749 / 18519]
韓国の国際法主体が「韓国政府」ではなく、愚生の主張の「愚生」であることを証明できなければ、何の意味もない。
所詮韓国政府を無視した「愚生の主張」を正とした論理展開なわけよ。わかる?
↓
当たり前の話ですが、愚生は何ら韓国政府を代弁しません。「SF条約に署名してない韓国には関係ない」は愚生の主張です。
これは メッセージ 5748 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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参考
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 17:27 投稿番号: [5748 / 18519]
これは メッセージ 5747 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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ありありと解るよ。
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 17:24 投稿番号: [5747 / 18519]
>解るものに解ればよし、解らぬものはそのままでも結構。
韓国政府との矛盾を説明しきれずに「愚生の主張」で逃げたことが。
↓
当たり前の話ですが、愚生は何ら韓国政府を代弁しません。「SF条約に署名してない韓国には関係ない」は愚生の主張です。
これは メッセージ 5746 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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そうか、気付かぬか
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 17:22 投稿番号: [5746 / 18519]
なるほどな。
解るものに解ればよし、解らぬものはそのままでも結構。
これは メッセージ 5745 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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どうぞご自由に
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 17:16 投稿番号: [5745 / 18519]
>お前さんが前回のように、またぞろ逃げ回って。
↓これのことか。
当たり前の話ですが、愚生は何ら韓国政府を代弁しません。「SF条約に署名してない韓国には関係ない」は愚生の主張です。
これは メッセージ 5744 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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いいのか
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 17:12 投稿番号: [5744 / 18519]
お前さんが前回のように、またぞろ逃げ回って恥を晒すのは一向に構わないがな。
まあ、歴史的権原が皆無の日本にしてみれば、逃げ回りたくなる気持ちも分からないではないが。
取り敢えず国際法に於いて<判例>は参考程度にしかならんことは分かったかね?
これは メッセージ 5743 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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また始まった。
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 17:10 投稿番号: [5743 / 18519]
>国際法を論ずるのならば、この問題に関しては二国間関係が重要
また、法理も提示できない妄想か。そう思いたければ、そう思っているがよい。説得力は皆無だけどな。
これは メッセージ 5742 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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浅いな
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 17:08 投稿番号: [5742 / 18519]
国際法を論ずるのならば、この問題に関しては二国間関係が重要になる。
ICJに於いても近代国際法が普及する以前の13世紀に遡って審理が行われたこともあるのだよ。
つまりは、歴史的権原こそが重要なのだ。
これは メッセージ 5741 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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へ?
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 17:05 投稿番号: [5741 / 18519]
>『先例拘束性』はない
建前はね。判例を良く読みなさい。思いっきり先例を引用してるからw。結局、慣習法の成立認定に先例は有効なんだよ。また、palmas島判決の法理を逸脱した判例も存在せず。
>手前に都合の良い<判例>
韓国に都合の良い判例は皆無だけどな。「戦争などの方法を通した現象変更」なんて判例さえ存在しない。
これは メッセージ 5740 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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ん?
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/22 17:01 投稿番号: [5740 / 18519]
<国際司法裁判所のPulau Ligitan and Pulau Sipadan 島の判例より>
ICJ規程59条参照のこと。
国際司法裁判に関しては『先例拘束性』はないのだよ。
判例を参考にするのは結構なことではあるが、判例は絶対ではなく、その効力は裁判の当事者のみ、かつその事件についてのみ及ぶと云う基本認識が肝要であろう。
特にこの様な議論に於いては、手前に都合の良い<判例>のみを持ち出して正当性を主張する傾向が見受けられますが、『先例拘束性』が存在しない前提での理解が大事ですね。
これは メッセージ 5738 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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ということは?
投稿者: tmakuma 投稿日時: 2004/10/22 16:58 投稿番号: [5739 / 18519]
>・独島が対外的に紛争地域として認められないように管理していくことに力点を置いています。
これがすでに成り立たず
対外的に紛争地域であるということですなw
これは メッセージ 5738 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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韓国海洋水産部のurinara国際法と自爆
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2004/10/22 16:39 投稿番号: [5738 / 18519]
http://www.momaf.go.kr/japan_2003/issue/issue_2.html
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<韓国海洋水産部の主張>
・独島の領有権を強固化するもっともよい方法は独島に対した平穏で実効的な支配を続くことであり、このような実効的な支配が長期間続く場合、独島の領有権に対した異議提起は消えるはずです。
・国際法上戦争などの方法を通した現象変更がない限り、「実効的支配」であるかどうかが領土主権の核心要件です。
・実効的支配は「国家権力の継続的で平和的な行使(continuous and peaceful display of sovereignty)」が主要関鍵です。
・独島が対外的に紛争地域として認められないように管理していくことに力点を置いています。
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韓国海洋水産部は、初歩的な間違いをしているようです。国際法上の実効支配は「平和的・継続的」であるという部分は正解。しかし「平和的」というのは、「戦争が発生したか」「対外的に紛争地域として認められたかどうか」が判断基準ではありません。
そもそも、この「対外的に認める」主体はどこでしょうか?国連ですか?アメリカですか?意味不明な文章です。
それでは、国連憲章に基づき設置された国際法の番人である「国際司法裁判所」の判断をみてみます。
<国際司法裁判所のPulau Ligitan and Pulau Sipadan 島の判例より>
The Court further states that "at the time when these activities werecarried out, neither Indonesia nor its predecessor, the Netherlands, ever expressed its disagreement or protest".
ある国の占有に対して、「他国から抗議や不同意の表明がされてない」ことが基準であり、「現象変更」なんて関係ありません。
もう少し、韓国海洋水産部の主張を見てみましょう。
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<韓国海洋水産部の主張>
日本政府が独島の領有権に対して疑問を提起するごとに、わが政府の確固たる立場を日本側に伝えています。
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「日本が疑問を提起している」と認識しております。即ち、「韓国の竹島占有に対する日本の不同意」を認めてくれております。(本当は「疑問を提起」ではなく「日本領」と主張してるんだが、urinaraフィルターが働いている)
いずれにしても、「本当の国際法」において「紛争地域」として成立要件を満たしてくれてくることを認めて頂きありがとうございます。
韓国海洋水産部の自爆です。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5738.html
過去ログのお知らせ
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/10/19 20:26 投稿番号: [5737 / 18519]
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5737.html
老中の御尋
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/18 16:04 投稿番号: [5736 / 18519]
Am_I_AHO_1stです。
元禄時代に老中から鳥取藩に対して「御尋の御書付」が出されたのは、幕府が「松島」の存在を知らなかったからと言うよりも、隠岐郡代の斉藤が認識したように竹嶋松嶋二島にて一個の「州」を構成しているとの認識下に於いて、因幡・伯耆両国へ附属の島嶼であれば幕府の一存にて放棄するに差し障りがあるからではないでしょうか。
つまりは、幕府の老中は慎重に因幡・伯耆両国へ附属の島嶼ではないことを確認して竹嶋を放棄したのではないでしょうか。
その放棄した竹嶋には、幕府が旗本阿部四郎五郎を通じて得た知見である「竹嶋之内松嶋」が含まれていると考えても宜しいと存じます。
これは メッセージ 5733 (hangetsujoh さん)への返信です.
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何でそうなるの?
投稿者: net_browney 投稿日時: 2004/10/17 23:11 投稿番号: [5735 / 18519]
>
そのとおりです。「竹島一件」以後は官民ともに松島(竹島=独島)は竹島(鬱陵島)と一体であるという認識が不動のものになりました
その一件以降に高宗が調査した鬱陵島内図・鬱陵島外図には、竹島らしい島は何ら記されず。
鬱陵島検察使日記でも鬱陵島の最高峰聖人峰から臨んでも島はひとつもなかったとの記載があります。
つまりこの時点でも、朝鮮側は竹島の存在を自覚していなかった。
現実に宝永年間に記された竹島図説でも隠岐ノ松島と記されていたことでも明らかですよ。
「改正日本輿地(ヨチ)路程全図」
http://www.lib.meiji.ac.jp/biblio/ashida/rotei/rotei.jpgこの地図で色違いだったというだけで竹島と付属であったとの考えはどうでしょうかね?
それと最近の朝鮮日報の記事によれば、反韓外国人を国外追放することが韓国政府は正式に決定したそうですよ。
インターネットで反日活動を行う外国人も日本が国外追放したとしても、韓国人には責める道義はないと思いませんか?
そんな外国人でも居住し永住権を与えて、しかも多額の社会保障まで約束してくれている日本に少しは恩を感じるのが人の道だと思いますけど?
これは メッセージ 5733 (hangetsujoh さん)への返信です.
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日本に放棄の資料が有ろうとも
投稿者: jaway 投稿日時: 2004/10/17 22:23 投稿番号: [5734 / 18519]
朝鮮側に領有を示す資料が一切ないのだから、
無主の地と言う以上の話にはならないんでは?
これは メッセージ 5733 (hangetsujoh さん)への返信です.
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「竹島一件」後の松島(竹島=独島)
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/10/17 22:03 投稿番号: [5733 / 18519]
半月城です。外務省に対する批判をつづけることにします。
RE:5726, Am_I_AHO_1stさん
>そして「竹島一件」が決着し、竹島が放棄されると必然的に松島も放棄され、それ以降大谷・村川が松島を「経営」することはありませんでした。
それは当時の日本に於ける一般的な認識である「竹嶋之内松嶋」からは必然的な結論に思われます。
そのとおりです。「竹島一件」以後は官民ともに松島(竹島=独島)は竹島(鬱陵島)と一体であるという認識が不動のものになりました。それを広範なレベルで確実なものにしたのが、外務省推薦の史料「改正日本輿地(ヨチ)路程全図」です(注1)。
外務省はホームページ「竹島問題」で竹島=独島を「日本の固有領土」とする根拠らしき古文献として、唯一、具体的に提示したのがこの地図ですが、それすらヤブヘビになっているようです。
この地図は「官許」すなわち江戸幕府公認であり、しかも出来が良かったので「竹島一件」以後の江戸時代を代表する地図になりました(注2)。その復刻版をみると松島、竹島の諸島近辺の海は薄緑色に着色され、あたかも両島が「竹島列島」ないしは「竹島群島」であるかのように描かれました(注3)。
さらに念の入ったことに、松島と竹島の間を文字で直接つなぐかのように『隠州視聴合記』に記述された「見高麗猶雲州望隠州」「竹島 一云磯竹島」「松島」という文字を左45度の角度にそろえて記載しました。これほど完璧に両島の一体感を表現した地図はまずないでしょう。
この地図などのおかげで、幕府が竹島(鬱陵島)を放棄したことは、とりもなおさずそれと一体と考えられていた松島(竹島=独島)をも放棄したと受止められたようです。外務省ご自慢の史料は、ここでも韓国に有利に働くようです。
そうした松島同時放棄の認識は、その後の日本政府の官撰図にみることができます。まず、幕府秘蔵の官撰図である伊能忠敬の日本地図に両島は記載されませんでした。さらに重要なことは、幕府が唯一出版した官撰図『官板実測日本地圖』にも竹島=独島は記載されませんでした(注6)。
竹島=独島を日本の版図外とする認識は明治政府にも引き継がれ、政府内の地図作成機関により再確認されました(注4)。その結果、太政大臣は松島(竹島=独島)を「本邦関係無」とする指令まで発するにいたりました(注5)。そのため、明治時代の官撰図である『大日本管轄分地図』にももちろん竹島=独島は記載されませんでした(注6)。
このように日本は歴史的に1905年まで一貫して竹島=独島に領有意識をもっていなかったことになります。
なお、外務省が特筆大書する長久保赤水の「日本輿地路程全図」ですが、最近の研究者はこれにソッポを向いているようです。塚本孝は「竹島領有権問題の経緯(第2版)」でこの地図にまったくふれませんでした。外務省の期待をよそに、同図は領有権問題にはほとんど影響ないという判断をしているようです。
同様に、大西俊輝氏の『日本海と竹島』、内藤正中氏の『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』などもふれていないようです。さらには、竹島=独島を日本領とするには我田引水的解釈も辞さないとみられる下條正男氏ですら、これにはまったくふれていないようです。やはり「日本輿地路程全図」は日本にとって不利な材料と判断したのでしょうか。
(注1)外務省ホームページ「竹島問題」
<日本は古くより竹島(当時の「松島」)を認知していた。このことは多くの文献、地図等により明白である。
(注:経緯線投影の刊行日本図として最も代表的な長久保赤水の「改正日本輿地(ヨチ)路程全図」(1779年)では現在の竹島を位置関係を正しく記載している。その他にも明治に至るまで多数の資料あり>
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html(注2)<長久保赤水の地図>
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm089.html#No.630(注3)長久保赤水「新刻 日本輿地路程全図」『江戸時代 日本全圖歴覧』日本地圖選集刊行委員会編、人文社、1990
(注4)<明治政府の地図作成機関の竹島=独島認識>
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm095.html#No.693(注5)<太政大臣の竹島=独島放棄>
http://www.han.org/a/half-moon/hm084.html#No.580(注6)<江戸、明治時代の官撰図>
http://www2s.b
これは メッセージ 5726 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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同じ指摘が何度もあったと思いますけど
投稿者: net_browney 投稿日時: 2004/10/17 20:35 投稿番号: [5732 / 18519]
>この主張が無理であることはいうまでもありません。幕府ははじめから松島を知らなかったので、松島(竹島=独島)を「依然として」日本領土と考えるはずがありません。ここでも日本政府の主張は破綻しています
宝暦年間(1751年から1763年)に編述された竹島図説でも、隠岐国松島もしくは隠岐ノ松島と、鬱陵島というより隠岐の島の属島としての認識がなされています。矢田高当の長生竹島記でも松島の名前で竹島の存在が言及されていますよ。
このように江戸時代にはすでに竹島の存在に言及する資料は隠州視聴合記の記載だけで(それもずいぶんと無理があるような気もしますが)江戸幕府が竹島の存在を知らなかったとするのは無理があります。
だいたいあなたが繰り返し問題としているの他一島の件は安龍福事件でしょう。
この事件の主役である安は、干山島を「すこぶる大きな島」と称している。彼が示している鬱陵島からの方角といい、この島は竹島ではなく隠岐と考えるのが妥当だと過去にも再三指摘されたと思いますけど。
これは メッセージ 5724 (hangetsujoh さん)への返信です.
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>朝鮮民族は泥棒民族ですよ
投稿者: hanasinokamiawanaijigensa 投稿日時: 2004/10/15 11:54 投稿番号: [5731 / 18519]
これは メッセージ 5728 (japan_goblin さん)への返信です.
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やはり在日は送還するべきだ
投稿者: japan_goblin 投稿日時: 2004/10/15 11:50 投稿番号: [5730 / 18519]
半月城さんの反論を聞けばわかるでしょう。
日本で生活し日本人の税金で社会福祉をうけながら恥知らずにも反日運動を行う。
もし韓国であれば反国家主義者として有無と言わせず逮捕されるところです
このような恥知らずの外国人を受け入れてくれた日本の恩をあだで返す虚言と妄言を繰り返す
一刻も早く半世紀前の韓国がやったように六十万の在留者から財産を没収し本国への送還を行うべきでしょう。
日本は日本人の国であり、その日本を侮辱する外国人を受け入れる必要はまったくないのです
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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また恥をかきに来たの半月城さん
投稿者: japan_goblin 投稿日時: 2004/10/15 11:44 投稿番号: [5729 / 18519]
>現時点で竹島=独島に関する歴史論争の趨勢は決したようなものではないでしょうか
そうですね。韓国には一片も領有の根拠がないとのことが明らかですね。
韓国と朝鮮民族は恥知らずな泥棒民族だ。いや強盗民族と言ったほうがいいかな?
罪もない日本人を虐殺した連中です。
私は誇りをもって抹殺を主張します
アジアの平和のために朝鮮民族を残らず根絶やしにするべきでしょう。
そうは思いませんか?
これは メッセージ 5707 (hangetsujoh さん)への返信です.
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朝鮮民族は泥棒民族ですよ
投稿者: japan_goblin 投稿日時: 2004/10/15 11:38 投稿番号: [5728 / 18519]
ご指摘の資料については私の方はよくわからないのですけどね。
少し憶測が過ぎるのでないですか?
サンフランシスコ講和条約ですでに日本領土と認められ、また連合国も歴史上、朝鮮の領土と認められたことは一度もないと言及しています。
その事実をひっくり返さない限りは、歴史的云々は全ておまけですよ。
だいたい、韓国側も一度として竹島を韓国領土と認識した証拠を示したことはない。竹島が韓国領土だったとの証拠の地図とやらを検証してみれば、何れもやたら鬱陵島に近かったり別の島である可能性が極めて高いものばかりだ。
>これに限らず、竹島=独島に関する史実が明らかになればなるほど日本政府の「固有領土」の主張が我田引水的解釈であったことが次第に露呈していきました。
韓国政府は連合国の決定を無視して李承晩ラインを日本の漁船を拿捕し四十人以上の死傷者を出し、さらに数千人を最長で13年にわたり抑留した。この国際法を無視した行為に対して謝罪もしていない。
朝鮮民族のような汚い泥棒民族の主張を鵜呑みにするほど恥をかくことはありませんよ。
あなた自身が恥をかくだけです
これは メッセージ 5724 (hangetsujoh さん)への返信です.
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でどころ
投稿者: diedielove999 投稿日時: 2004/10/14 02:30 投稿番号: [5727 / 18519]
写真は見たが、出所もお願いできないでしょうか。
これは メッセージ 5723 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
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さて、もう一点
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/12 11:50 投稿番号: [5726 / 18519]
幕府の「竹島渡海免許」は実質上松島を含む「竹島列島」ないしは「竹島群島」への渡海許可として機能していました。
そして「竹島一件」が決着し、竹島が放棄されると必然的に松島も放棄され、それ以降大谷・村川が松島を「経営」することはありませんでした。
それは当時の日本に於ける一般的な認識である「竹嶋之内松嶋」からは必然的な結論に思われます。
また日本政府がかつて主張したように、松島は放棄せず継続的に「経営」したのならば、大谷・村川家も松島から撤退しなかった筈ですが、その様な事実は存在しなかったわけです。
これは メッセージ 5725 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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RE:江戸幕府の松島(竹島=独島)認識
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/12 11:31 投稿番号: [5725 / 18519]
Am_I_AHO_1stです。
半月城さんwrote:
>
たしかに、米子の商人・大谷家に残る文書で松島は「竹嶋之内松嶋」「竹嶋近辺松嶋」「竹嶋近所之小嶋」などと記され、ほとんど松島は竹島の属島として扱われていました。
はい。
大谷・村川家の見解がそうなのであれば、それを老中に取り次いだ旗本の阿部四郎五郎が同様に認識したであろう事はご指摘のとおりです。
>
鳥取藩が松島、竹島を国絵図に描かなかったのは、それらは同藩の所属でないと認識していたからに他なりません。同藩は、先の幕府の質問状に対し「竹嶋は因幡 伯耆附属ニては(ママ)無御座候」「竹嶋松嶋其外両国え付属の嶋 無御座候」と明言し、竹島、松島は自藩領ではないと回答していました。
老中阿部豊後守(旗本阿部四郎五郎とは別人のようである)からのお尋ねに対して鳥取藩がその様に回答したのですから、両者間には日本海内に「竹嶋松嶋」の両島が存在する共通認識が存在することになるでしょう。
『隠州視聴合紀』で斉藤が「二島」と表現し、鳥取藩が「竹嶋松嶋」と表現したように元禄期の日本では両島を併称するのが一般的であり、幕府に対する鳥取藩の公式回答でその認識は日本政府の最高機関にまで達したと考えることが出来ます。
>「元禄9年(1696)1月に徳川幕府は鬱陵島の経営を放棄するに決したが、今日の竹島への渡航は禁止されず、依然として日本領土と考えていた(注2)」
過去の日本政府の主張は無理筋ですね。
そもそも竹島(江戸時代の松島)は鬱陵島の附属島と考えられていたため、鬱陵島への渡海許可があれば別段の許可を必要としなかったわけですから、当時は竹島群島ないしは竹島列島に類似した認識をされていたわけです。
余談ですが、過去にこのトピで阿部四郎五郎を旗本と表記したところそれは老中ではないかとする指摘が日本側論者からありましたが、その後調べた結果全くの別人であるようです。
その日本人論者は「捏造」とまで書きましたが、他者を批判するときはよくよく調べてからでないと逆に恥を書くことになります。
阿部四郎五郎と同姓同名の老中も実在しましたが、それはずっと時代が下って安政年間の備後福山藩主阿部正弘の別称四郎五郎との混同と思われ、勿論それより百年以上前の元禄期に存在した旗本とは全くの別人です。
これは メッセージ 5724 (hangetsujoh さん)への返信です.
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江戸幕府の松島(竹島=独島)認識
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/10/10 22:12 投稿番号: [5724 / 18519]
半月城です。
Am_I_AHO_1stさん、RE:5721
>松嶋(獨島)は竹嶋(鬱陵島)之内が当時の日本政府の見解であり、竹島と云うのは竹島と松島を併せて竹島列島或いは竹島群島とでも呼ぶべき地域として認識されていました。
たしかに、米子の商人・大谷家に残る文書で松島は「竹嶋之内松嶋」「竹嶋近辺松嶋」「竹嶋近所之小嶋」などと記され、ほとんど松島は竹島の属島として扱われていました。
しかし、それが当時、すなわち竹島(鬱陵島)渡海事業が行われていたころの日本政府の見解であったかどうかは疑問です。たしかに、旗本の阿部四郎五郎は「竹島近辺の松島」をしっかり認識していましたが、旗本個人の見解がそのまま日本政府の認識になったわけではありません。
それどころか、史料で見ると江戸幕府は松島(竹島=独島)の存在を知らなかったようです。日朝間に「竹島一件」紛争がもちあがったとき、幕府は調査のため鳥取藩へ質問状をだしましたが、そのときは松島を認識していなかったようです。これを再度記します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
老中・阿部豊後守は鳥取藩にたいし一七か条からなる質問「御尋の御書付」を問い合わせた。そのなかで注目される質問は「因州 伯州え付候竹嶋はいつの此より両国え附属候哉」「竹嶋の外両国え附属の嶋有之候哉」の二点である。幕府は、竹島が鳥取藩付属であると思いこんでいたようである。
また、幕府は竹島以外に因幡、伯耆両国所属の島が存在するかどうか尋ねたが、これはとりもなおさず当時の幕府は松島(竹島=独島)の存在を認識していなかったことを示している(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
江戸幕府が松島(竹島=独島)の存在を知らなかったのは無理もありません。幕府の地方認識は、伊能忠敬が測量をして地図を作るまでは幕府が各藩に作らせていた国絵図に頼っていたので、鳥取藩などの国絵図に松島が描かれていなければ、幕府はそんな小島を知るよしがありません。
鳥取藩が松島、竹島を国絵図に描かなかったのは、それらは同藩の所属でないと認識していたからに他なりません。同藩は、先の幕府の質問状に対し「竹嶋は因幡 伯耆附属ニては(ママ)無御座候」「竹嶋松嶋其外両国え付属の嶋 無御座候」と明言し、竹島、松島は自藩領ではないと回答していました。
幕府は「竹島一件」の決着で竹島(鬱陵島)を放棄しましたが、これに関連して日本の外務省は韓国との竹島=独島論争でこう回答しました。
「元禄9年(1696)1月に徳川幕府は鬱陵島の経営を放棄するに決したが、今日の竹島への渡航は禁止されず、依然として日本領土と考えていた(注2)」
この主張が無理であることはいうまでもありません。幕府ははじめから松島を知らなかったので、松島(竹島=独島)を「依然として」日本領土と考えるはずがありません。ここでも日本政府の主張は破綻しています。
これに限らず、竹島=独島に関する史実が明らかになればなるほど日本政府の「固有領土」の主張が我田引水的解釈であったことが次第に露呈していきました。
(注1)<江戸時代の「竹島一件」>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.6981(注2)塚本孝「竹島領有権をめぐる日韓両国政府の見解」『レファレンス』2002.6,P55,
国立国会図書館
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5721 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5724.html
竹島日本領の有力証拠発見!
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/10/08 22:14 投稿番号: [5723 / 18519]
これは メッセージ 5720 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5723.html
age
投稿者: keikeikoronbo 投稿日時: 2004/10/08 07:56 投稿番号: [5722 / 18519]
あげ
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5722.html
江戸幕府の認識
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/10/04 12:44 投稿番号: [5721 / 18519]
大谷家には阿部四郎五郎より松島(獨島)への渡海を許されたことを記す古文書があるそうですが、そこに記された『来年より竹嶋之内松嶋へ貴様舟御渡之筈ニ御座候、先年四郎五郎 御老中へ
得御内意申候』からも分かるように松嶋(獨島)は竹嶋(鬱陵島)之内が当時の日本政府の見解であり、竹島と云うのは竹島と松島を併せて竹島列島或いは竹島群島とでも呼ぶべき地域として認識されていました。
であるからこそ大谷家は「松島渡海免許」を携行していなくても「竹島渡海免許」を携行して居さえすれば松島へ渡航できたと考えるが合理的と思われます。
これは メッセージ 5719 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5721.html
画像加工の得意な方は至急メール下さい。
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/10/03 20:18 投稿番号: [5720 / 18519]
今回の資料は超一級です。
しかし、画像を少し回転させて2枚の画像をドッキングさ
せなければならないので私には出来ません。
お手数ですが、メール下さい。
これは メッセージ 5590 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5720.html
「松島(竹島=独島)渡海免許」の創作
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/10/03 18:31 投稿番号: [5719 / 18519]
半月城です。ML[zainichi]に書いた文を転載します。
めずらしいことがあるものです。ここのメーリングリストで竹島=独島問題に関する私の書き込みに反応があったのは何年ぶりでしょうか。
RE:[zainichi:28275]
>読ませて頂いてちょっと分からない点ですが、川上健三氏の「渡海免許」というのは何を根拠にしているのでしょうか?
外務省の官僚であった川上健三氏は、江戸時代に「竹島渡海免許」を受けて竹島(鬱陵島)へ渡航していた大谷(おおや)家に伝わる古文献を引用し、我田引水的に「松島(竹島=独島)渡海免許」をひねりだしました。
その背景や妥当性を名古屋大学の池内敏氏がうまくまとめていますので、それを紹介することにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「寛文元年 松島渡海免許」
延宝九(1681)年、幕府巡検使に対する請書のなかで三代目 大谷九右衛門(勝信)は、「竹嶋之道筋ニ 弐十町斗廻り申小嶋」を「二十四 五年以前、阿部四郎五郎様 御取持を以 拝領、船渡海仕候」と述べる。
ここにいう「小嶋」とはおそらく松島(現在の竹島/独島)であり、この史料から、1650年代半ばころから松島渡海の始まったことが知られる。
こののち、四代目 大谷九右衛門(勝房)は元文 元(1740)年四月、寺社奉行に提出した請書のなかで三代目 九右衛門とほぼ同文によって松島拝領と渡海について述べる。
川上健三は、この三代、四代ふたりの九右衛門の記述を根拠にして松島渡海免許が幕府によって出されたことが明白だとする。その上で川上は、万治二(1659)年に阿部四郎五郎が松島渡海に関する幕府の内意を得、寛文 元(1661)年から大谷家の松島渡海が始まったと推測する。
ところで、三代目 大谷九右衛門は松島拝領と渡海について述べるものの、「寛文初年 竹嶋渡海免許」のごとき文書の存在には言及しない。
また、寛文六(1666)年、大谷船が朝鮮に漂着して対馬藩による所持品検査がなされた際、「竹島渡海免許」は見いだされたが「松島渡海免許」なるものは見当たらない。
発行からわずか十年を隔てない時期に、大谷船はなぜゆえに免許を携行しなかったのだろうか(注1,P34)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
池内氏はこうした素朴な疑問から出発して史料を検証しました。その一端は下記に紹介したとおりです。
<「松島(竹島=独島)渡海免許」>
http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.656
結論として池内氏はこう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
以上を要するに、「松島渡海免許」なるものは存在しないのである。万治〜寛文の交に現れた自体は新たな渡海免許の発行ではなく、渡海をめぐる大谷・村川両家の利害調整に過ぎなかった。寛文六年、竹島渡海の帰りに漂流した大谷船が「寛永初年 竹島渡海免許」の写のみを携行し、松島渡海免許を携行しなかったのは蓋(けだ)し当然であった(注1,P38)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
史料を丹念に検討すれば「松島渡海免許」は存在しないという結論が妥当なところを、川上健三氏は「竹島日本領説」に執着するあまり「松島渡海免許」を創作してしまったようです。ありもしないものを創作する行為、これは捏造といっても過言ではありません。
川上健三説には「竹島日本領派」の学者も公然と疑義をとなえました。具体的にいうと、国会図書館の塚本孝氏は遠慮がちに「松島(今日の竹島)については“竹島”の場合のような渡海許可の公文書は残っていない(恐らく出されなかった)(注2)」と記しました。
川上健三氏の意見が日本政府の主張の根幹になったようですが、そうした捏造史料を基礎に外務省は「竹島は日本の固有領土」という主張を続けてきたことになります。
なお、最近の竹島=独島に関する日本の本は「松島渡海免許」についてまったくふれていないようです。内藤正中氏や大西俊輝氏、はては下條正男氏までもが「松島渡海免許」にソッポを向いているようです。
その一方で、韓国の代表的な論者である愼𨉷廈氏が「松島渡海免許」を信じているようでまったく皮肉なものです。
(注1)池内敏「竹島渡海と鳥取藩」『鳥取地域史研究』鳥取地域史研究会発行,1999
(注2)塚本孝「竹島領有権問題の経緯」『調査と情報』第289号、
国会図書館,1996, P2
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5707 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5719.html
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