竹島
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
隠岐島
投稿者: NEO_SWAT 投稿日時: 2004/09/07 18:45 投稿番号: [5604 / 18519]
>
驚いたことに下條氏は「隠岐島」と「隠州」を同列に考え、島名と行政区画単位を混同しているようです。単純な反論ですが、たとえば「因州」といったら「因幡」のことであり、決して「因島」のことではありません。
この反論にも 混同が みられるような 気がしますが...
「隠岐島」って島名でしたっけ?
隠岐地方の 島々を 総称して「おきのしま」とは いいますが、一島嶼としての 隠岐島は ないのでは?
#島根県民なのに自身はないですが
ただ、引用部分だけ よむと 下條氏も 強引ですね。
これは メッセージ 5595 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5604.html
>『隠州視聴合紀』、韓国の見解
投稿者: NEO_SWAT 投稿日時: 2004/09/06 09:48 投稿番号: [5603 / 18519]
これは メッセージ 5598 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5603.html
『隠州視聴合紀』の解釈について
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/09/06 08:36 投稿番号: [5602 / 18519]
1.もし『隠州視聴合紀』(1667年)が当時の日本の領有意識を正しく反映しており
2.もし「此二島」が「此州」と同等の意味を持つならば
3.竹島一件で放棄した領土はどうなるか。
川上氏ら日本の名だたる論客が揃って注意深く避けたのも当然でしょう。
これは メッセージ 5596 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5602.html
Yes
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/09/06 08:27 投稿番号: [5601 / 18519]
此二島=此州と対比して読むことも出来るでしょう。
二島ワンセットです。
ちなみに竹島一件以前だった筈。
(以下略)
これは メッセージ 5599 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5601.html
朝日新聞 1953年10月23日
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/09/06 00:16 投稿番号: [5600 / 18519]
朝日新聞
1953年10月23日
日韓会談決裂後の二十一日、対馬暖流を調査中の島根県水産試験船島根丸は竹島を訪れ、記者は同島に上陸、東島南側の砂砂利で去る十五日、韓国が立てた標石を発見した。長さ一メートル七○の「独島遭難漁民慰霊碑」で、米軍の誤爆によって同島に出漁中の韓国人十四人が死亡、または行方不明となった霊を慰めるために同国慶尚北道知事が立てたものだ。碑の左側の岩の上にコンクリートで固めた五〇センチ、横二〇センチ、高さ二五センチの御影石の標石を発見、石の表には「独島LIANCOURT」と刻まれており、1952年8月15日韓国アルペン協会が同島を訪れたのを記念し、去る15日建立したもので、日本側で立てた標柱のかわりに韓国領土であることを示したものと思われる。韓国調査団が訪れて間もないものとみえ、米国製煙草のすいがらや、空箱、フィルム箱、赤白の測量ボールなどがところどころに散在していた。東島の頂上には四本の測量ポールが立っていた。「島根県隠岐郡五箇村竹島」の標柱は引き抜かれたらしく、どこにも見当たらなかった。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/pole.jpg
これは メッセージ 5591 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5600.html
>『隠州視聴合紀』1
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/09/05 22:49 投稿番号: [5599 / 18519]
>他の文献を調べたところ、下條正男氏以外に田川孝三氏が「日本の乾の方の限界は此の州(州はシマの意である)なのであると釈読しなければならぬ(注7)」と書いているのが判明しました。
内藤正中を省略するのは、どうしてですか?何か都合が悪いのでしょうか。
内藤氏は州=島とは明確に述べてはいませんが、「竹島を日本の乾地と思って記述したことは当然とみなければならない」としてますね。
まぁ、どうでもいいですが。私は必ずしも州=島とも考えませんから。5126参照。
これは メッセージ 5594 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5599.html
『隠州視聴合紀』、韓国の見解
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/09/05 22:26 投稿番号: [5598 / 18519]
半月城です。
田中邦貴さんは、#5570に対する回答はまだなようです。代わりに、『隠州視聴合紀』にある「此州」を韓国がどう解釈しているのか、田中さんが指定した金学俊氏の本から引用します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この部分は日本の乾地、すなわち西北境界が雲州と断定した。したがって西北境界を越えた所ある二つの島 松島と竹島、すなわち独島と鬱陵島は日本の領土ではないことを認めたわけであり、したがって朝鮮の領土であることを認めたわけである。
換言すれば、日本の公式報告書と言える『隠州視聴合記』は、既に一六六七年に独島を朝鮮の領土として認めていたのである(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
金氏は「此州」を雲州として、鬱陵島とは解しませんでした。ここで、雲州は隠州の誤りと思われます。それはさておき、金氏の主張は、田中さんの「州は島の意味です。これについては、中国・韓国もそう解釈しています」という見方とはほど遠いものです。さすがは狼少年です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=2137
韓国の見方ですが、韓国政府は『隠州視聴合紀』の解釈に関して、59年に日本政府へこう反論しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本側は、自己の主張を補強するために『隠州視聴合記』を引用したが、その引用が大きな誤読であるので、もう一度、原文を精読する必要がある。この本は書名のように隠州国隠岐島に関する記事で、隠州が日本の乾地(西北限界)になっているというのである。その原文を引用すると
隠州在北海中 故云隠岐島 按倭訓海中言遠故名与 南方至雲州美 戍亥間行二日一夜有松島 又一日程有竹島 此二島無人之地 見高麗 如自雲州 望隠州 然則 日本之乾地 以此州為限矣
ここで、いわゆる松島はすなわち独島、竹島は鬱陵島をさすもので、この二島から高麗(韓国)本土を望見する距離関係がちょうど雲州から隠州を望観するのと同じなので、それすなわち日本の西北部は此州で限界とするというのである。
これを日本側は誤読して前の二島を日本の西北部の限界としたのは誤りである。『隠州視聴合記』の記事こそ正当な見解であると見なければならない(注2,P378)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
これに対して日本政府は反論をあきらめたのか、62年の反論書では単に『隠州視聴合紀』が松島、竹島を認識していたことだけを下記のように記すのみでした。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
寛文7年(1667年)に出雲藩士 齋藤某が編した『隠州視聴合記』は隠岐の漁夫らの実見談を採録したものであるが、その巻1に、
「鬱陵島・・・西北方に行くこと二日一夜にして松島(今の竹島)あり、また一日程で竹島(今の鬱陵島)があり、この二島 人なき地・・・」
と記している(注2,p425)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
結局、日本政府は日本の「西北の限界」問題については沈黙したままでした。このやりとりを見るかぎり「州」をシマと呼ぶのが困難で回答不可能だったように思えます。
(注1)金学俊『独島/竹島 韓国の論理』論創社,2004, P100
(注2)愼𨉷廈『独島領有権資料の探求、第4巻』(韓国語)独島研究保全協会,2001
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5570 (NEO_SWAT さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5598.html
下條正男氏への批判、『隠州視聴合紀』4
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/09/05 22:24 投稿番号: [5597 / 18519]
(注3)川上健三『竹島の歴史地理学的研究』(復刻版)古今書院,1996(初版1966)
(注4)田村清三郎『島根県竹島の研究』島根県,1996
(注5)中村栄孝『日鮮関係史の研究』下、吉川弘文館,1969,P447
(注6)塚本孝「竹島領有権問題の経緯」『調査と情報』289号、国立国会図書館,1996
(注7)田川孝三「竹島領有に関する歴史的考察」『東洋文庫書報20』1988,P41
(注8)『日本書紀』前編、吉川弘文館、2002,P5
(注9)『広辞苑』岩波書店
しゅう【州】シウ
〓中国の行政区画の一。古代では全土を分つ大きな行政区画の称(九州・十二州の類)。次第に細分化され、郡との区別がなくなったので、隋では郡を廃し、州に県を統轄。近世、県と共に府に属した。辛亥革命の後、省の下に道・県を置き、州の名称は全く廃止。
〓くに。日本の国郡制度の国。「九州・武州・六十余州」
〓もと、台湾の行政区画の一。
〓(state) アメリカ合衆国・オーストラリアなどの行政区画。
〓(provinciaラテン) 古代ローマで、各総督の下に置かれた地方領土。
〓(Landドイツ) ドイツなどの地方行政区画。「邦」とも訳す。「バイエルン州」
〓地球上の大陸を分けた称。洲。「アジア州」
(注10)下條正男「竹島問題考」『現代コリア』1996.5, P70
(注11)金学俊『独島/竹島 韓国の論理』論創社,2004, P103
(注12)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書,2004, P171
(注13)『大日本史』巻308,志3、隠岐国4郡、読み下し文
(
)内は小文字で書かれた部分を示す。
隠岐の国、下、(延喜式、一に淤岐、あるいは意岐とする)。
また隱伎三子島という(古事記、案ずるに国は海中にあるゆえ名がついた。邦をいうに、海洋でいう澳をなす。隠岐はすなわち澳である)。
およそ4島、分けて島前、島後という(隠州視聴合記、隠岐国図、属島は179で、総称して隠岐小島という)。
別に松島、竹島があり、これに属する(隠岐古記、隠岐紀行、案ずるに隠地郡の福浦より松島に至るには海上69里、竹島に至るには100里4町である。韓人は竹島を称して鬱陵島という。すでに竹島といい、松島といい、我が版図となした。智者を待つが知れない。ついては、以て考えに備える)。
(注14)大西俊輝『日本海と竹島』東洋出版,2003, P178
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5596 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5597.html
下條正男氏への批判、『隠州視聴合紀』3
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/09/05 22:23 投稿番号: [5596 / 18519]
さらにダメ押しを書くと、昔の日本人も「此州」を隠州と読んでいたようです。具体的にいうと、水戸黄門が編纂を始めた『大日本史』がそのような読み方をしました。
<于山国の歴史、『大日本史』>
http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.649http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.650
『大日本史』における『隠州視聴合紀』の解釈では、竹島、松島を隠岐の属島179に含めず、「我が版図」扱いにしませんでした。かわりに『隠岐古記』や『隠岐紀行』から松島、竹島を「我が版図」と考えました。ただし、どうしてそのようになったのかは誰も知らないとつけ加えました(注13)。
この資料の存在により、はからずも日本政府や下條正男氏の『隠州視聴合紀』に関する解釈は我田引水だったことがはっきりしました。
「此州」を「隠州」と解釈したのは堀和生氏も同様ですが、最近では大西俊輝氏も韓国側の見解を支持してか、こう記しました。
「さて戌亥(いぬい)の方向を、二日と一夜たどれば島あり、松島という。そこから一日程にして竹島がある。これは俗に言う磯竹島のことである。竹や魚や海鹿(あしか)が多い。此の二島は無人の地である。ここから高麗を見るに、隠州から雲州を望むが如き有様である。してみると日本の乾(いぬい)の地とは、此の隠州を以て限りと為すものであろうか。云々(注14)」
妥当な訳です。なお、韓国側の主張については次回記します。
(注1)斉藤豊仙 『隠州視聴合紀』(1667年)
(『續々群書類従 第九』圖書刊行會,1906,P450より引用したが、論文によっては下記と一部異なる。書名も下條氏は『隠州視聴合記』としたが、下記『續々群書類従 第九』では『隠州視聴合紀』となっており、「紀」の字が使われている)
隠州視聴合紀 巻一
国代記
隠州在北海中 故云隠岐島・・・従是 南至雲州美穂関三十五里 辰巳至伯州赤碕浦四十里 未申至石州温泉津五十八里 自子至卯 無可往地 戍亥間行二日一夜有松島 又一日程有竹島(俗言磯竹島 多竹魚海鹿)此二島無人之地 見高麗如自雲岐(ママ)望隠岐(ママ) 然則日本之乾地 以此州為限矣
(注2)愼𨉷廈『独島領有権資料の探求、第4巻』(韓国語)独島研究保全協会,2001
(つづく)
これは メッセージ 5595 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5596.html
下條正男氏への批判、『隠州視聴合紀』2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/09/05 22:21 投稿番号: [5595 / 18519]
『広辞苑』によれば、「州」の方は行政区画単位などに用いられるようで、自然にできた島などの意味はないようです(注9)。もっとも両者は時には混用され「アジア州」「アジア洲」などとも書かれるので、その区別は絶対的なものではないかもしれません。ちなみに、下條氏は「州」をシマと読める根拠をこう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
愼氏は何ら疑うことなく、「此の州」を「隠州」のこととされているが、「州」には「島」の意味があり、隠岐島を隠州とするように「此の州」を鬱陵島のこととしても問題はないのである。
現に李ヨクも『星湖[イ塞]説類選』の中で、安龍福の功で鬱陵島が朝鮮に復したことを「一州の土を復す」と記しているからだ(注10)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
驚いたことに下條氏は「隠岐島」と「隠州」を同列に考え、島名と行政区画単位を混同しているようです。単純な反論ですが、たとえば「因州」といったら「因幡」のことであり、決して「因島」のことではありません。こうした誤りは「一州の土」についても同様です。金学俊氏はこう反論しました。
「州が島の意味で使われる場合がなくはないが、このような場合は群島や、行政体制を持つ村がある場合にだけ該当する。
例えば、安鼎福が書いた『星湖[イ塞]説類選』にあるように、「安龍福の功労で鬱陵島、独島などを取りもどした」という意味であって鬱陵島一島を取りもどしたという意味ではない(注11)」
安龍福が「朝鬱両島監税将」すなわち「二島」の監税将を名乗り「一島の土」ではなく「二島の土」を取りもどしました。「二島の土」がすなわち「一州の土」であり、下條氏の主張は成り立ちません。
さらに下條氏の間違いですが、同氏は『星湖[イ塞]説類選』の著者を李ヨクとしましたが、正しくは金氏がいうように安鼎福です。安鼎福は星湖・李ヨクの弟子にあたります。どうも下條氏は杜撰なようです。
このように漢字の読み方に関しても下條氏は分が悪いのですが、さらに斉藤豊仙の松島、竹島認識についても読み違いをしているようにみえます。下條氏はこう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
実際『隠州視聴合記』中の別の記事「知夫郡 焼火山縁起」にも、「伯耆の国の大賈 村河氏、官より朱印を賜り大船を磯竹島(鬱陵島のこと)に致す」と記されており」「齋藤豊仙が鬱陵島を日本領として『隠州視聴合記』に書くのは当然のことなのである(注12)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
斉藤豊仙は、竹島(鬱陵島)へ渡航する村川家の船を「朱印船」と理解していたようでした。いうまでもなく、朱印船とは「外国」への渡航を幕府から許された船をさします。実際は、村川家の船は朱印船でなく奉書船に近いのですが、斉藤が朱印船と認識していた事実は、斉藤が渡航先の松島、竹島を日本領ではなく、外国と考えていたことを暗示します。
これは鳥取藩の認識にも共通します。幕府の竹島渡海免許を村川家などに取り次いだ同藩は、後日、幕府から「お尋ね」を受けましたが、それに対し「竹嶋は因幡 伯耆附属ニては(ママ)無御座候」「竹嶋松嶋其外両国え付属の嶋 無御座候」と回答し、松島、竹島が同藩の所属ではないことを明らかにしました。
したがって、鳥取藩や出雲松江藩などが自藩の国絵図に松島、竹島を描かなかったことはいうまでもありません。結局、斉藤豊仙も松島や竹島を日本領と認識していなかったとみるべきではないかと思います。
また、『隠州視聴合紀』の内容をみても、下記で詳細に書いたように、文脈上で日本の限界を隠州と解釈するのが妥当です。
<『隠州視聴合紀』の読み方>
http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.651<「高麗を見る」ワナ>
http://www.han.org/a/half-moon/hm089.html#No.633(つづく)
これは メッセージ 5594 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5595.html
下條正男氏への批判、『隠州視聴合紀』1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/09/05 22:20 投稿番号: [5594 / 18519]
半月城です。
今回も下條正男氏の著書『竹島は日韓どちらのものか』に対する批判を続けたいと思います。
RE:5090, NEO_SWATさん
>この本で一点気になった部分があります。
『隠州視聴合紀』の解釈の部分なんですが、「此州を以て限りと為す」の「此州」は鬱陵島だと云う解釈は大丈夫なんでしょうか?
「此州」が「此嶋」となっていれば全く問題ないと思うのですが...
半世紀前、日本の限界とされた「此州」が、此島すなわち竹島(鬱陵島)なのか、それとも隠州すなわち隠岐なのか日韓間で外交論争になりましたが、結論からいうと『隠州視聴合紀』の「此州」を竹島(鬱陵島)とみるのは困難です。それを検証したいと思います。
56年9月、日本政府は見解書を韓国政府に送りましたが、そのなかで斉藤豊仙の『隠州視聴合紀』についてこう紹介しました。
「さきに掲げた『隠州視聴合紀』(一六六七年)も松島(今の竹島)及び竹島(鬱陵島)をもって、日本の北西部の限界と見ており、・・・(注2,P330)」
この主張の出所は、外務省関係の川上健三説かなと思って同氏の著書を調べたのですが、意外なことにそこには鬱陵島を日本の限界とする主張はありませんでした。
「寛文七年秋八月に命を奉じて隠岐島を巡見した際に、著者自ら視 または聴いたところを採録したものであるが、それが後述するように竹島(鬱陵島)渡海の最盛期における著作であったことは、特に注目に値する。この記述中にある隠岐に近い「松島」というのが、今日の竹島であり、さらにそれより一日程の行程にある「竹島」というのが鬱陵島である(注2)」
どうやら、川上氏は著書の出版時点である66年には「日本の限界」問題を避けているようです。韓国政府の反論を暗に認めたのかもしれません。また、田村清三郎氏も『隠州視聴合紀』を書いても「日本の限界」については何もふれませんでした(注4)。さらに、中村栄孝氏の研究書をあたったところ、そこでは「日本の限界」に関する記述のみがすっぽり抜けていました(注5)。
狐につままれた思いで「竹島日本領派」である塚本氏のレビューを見ましたが、そこには『隠州視聴合紀』の名前すらありませんでした(注6)。何か不都合でもあるのか、あるいは題名にある「竹島領有権問題」を考えるうえで、『隠州視聴合紀』論争は同氏にとって取るにたらない問題なのでしょうか。
他の文献を調べたところ、下條正男氏以外に田川孝三氏が「日本の乾の方の限界は此の州(州はシマの意である)なのであると釈読しなければならぬ(注7)」と書いているのが判明しました。
はたして日本で「州」をシマと読む例はあるのでしょうか?「洲」の字なら、これをシマと読む例は『日本書紀』に下記のようにあります(注8)。
淡路洲(あはぢのしま)、佐度洲(さどのしま)、大八洲(おおやしま)
これをサポートするかのように『広辞苑』でも「洲」を下記のように説明しています。
しゅう【洲】シウ
〓川の中にできた島。す。「洲渚・汀洲」
〓地球上の大陸。
(つづく)
これは メッセージ 5090 (NEO_SWAT さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5594.html
竹島記念切手
投稿者: thunder652001 投稿日時: 2004/09/04 19:00 投稿番号: [5593 / 18519]
北朝鮮も発行してたとさ。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5593.html
竹島に韓国側の標石
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/09/04 01:06 投稿番号: [5591 / 18519]
日韓会談決裂後の二十一日、対馬暖流を調査中の島根県水産試験船島根丸は竹島を訪れ、記者は同島に上陸、東島南側の砂砂利で去る十五日、韓国が立てた標石を発見した。長さ一メートル七○の「独島遭難漁民慰霊碑」で、米軍の誤爆によって同島に出漁中の韓国人十四人が死亡、または行方不明となった霊を慰めるために同国慶尚北道知事が立てたものだ。
これは メッセージ 5590 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5591.html
画像加工の得意な方は至急メール下さい。
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/09/03 20:02 投稿番号: [5590 / 18519]
これは メッセージ 5589 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5590.html
国際裁への提訴(1954年9月25日の記事)
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/09/03 08:06 投稿番号: [5589 / 18519]
これは メッセージ 5583 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5589.html
ずるいのではありません!
投稿者: wattari_kattari 投稿日時: 2004/09/01 17:26 投稿番号: [5588 / 18519]
これは、あさせんにんのいつものことです。やつらは、タカリ・ネダリ・ハッタリ人種で、過去の事例や問題を何回言われても何のことだか解らないし、解ろうともしない、捏造もヘッチャラな顎で腕押しの嘆息(短足)人種なのです。
「厚顔無恥顎だし細目」そういう動物です。
まともに、相手にしてはいけませんよ!
えさをやってはいけません!!!
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5588.html
渤海
投稿者: mattouya 投稿日時: 2004/09/01 10:13 投稿番号: [5587 / 18519]
>渤海ってのはどこ?
黄海の奥の方、
山東半島と遼東半島に囲まれている
大きい湾のような海です。
これは メッセージ 5586 (jaway さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5587.html
環渤海地域
投稿者: jaway 投稿日時: 2004/09/01 09:08 投稿番号: [5586 / 18519]
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5586.html
久々にそのフラッシュ見た・・・
投稿者: kmtoqut 投稿日時: 2004/08/30 22:34 投稿番号: [5584 / 18519]
ついでに「ジョンイルの大爆笑」も久々に見ようとしたけど、削除されてた。総連の圧力がかかったかな。
これは メッセージ 5583 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5584.html
超重要メールが着ました。その2
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/08/30 22:17 投稿番号: [5583 / 18519]
下記は私の質問に答えて頂いた回答です。
===============転載開始===============
どうも。
私が記事を見たのは、京大の人文科学研究所漢字情報研究センターの図書室で
す。OPAC等の検索で見つけたのではなく、
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/institute/collect.htmlに、人民日報を創刊号ないし発刊初期のものから揃えているの記述を発見しま
した。電話で問い合わせて確認してみたところ、すぐに出せる状態ではなかっ
たらしく、翌日以降に来てくれと言われ、行ってみると用意してあったように
すぐに出してきてくれました。ちなみに私は、専門とは全く関係がないけど、
一応学内の人間です。学外だとどういう扱いになるかちょっとわかりません。
今ふと思い立ってNACSIS Webcatで検索してみたところ、マイクロフィルム版
が引っかかります。
http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=AN10497616該当記事 (1953年1月8日, 第1650号) は、福岡であれば、西南学院大学が、ど
うやら所蔵しているようです。こちらをあたってみるのも一つの手だと思いま
す。
--
- Kunitaka Tanaka <kunitaka1974@hotmail.com> からのメッセージ:
> 前略
>
> メールありがとう御座います。
>
> 下記の貴殿の文章に、「しばらく前に図書館で現物を確認した」と
> ありますが、ちなみにどの図書館に行かれたのでしょうか?
> またそのとき図書館に行って検索したときの、検索方法をお教え下さい。
>
> どうぞ、よろしくお願いします。
===============転載終り===============
来週当たり図書館に行ってuploadします。
余談ですが、下記は”偉大な韓国の歴史”を語ったサイトです。
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Darts/3036/uri.swf
これは メッセージ 5582 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5583.html
超重要メールが着ました。
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/08/30 22:11 投稿番号: [5582 / 18519]
ある方から超重要メールが届きました。これをuploadすれば、
かの国の国民はグーの根も出ません。下記に転載します。
(名前とサイトはXXXとZZZで隠してあります)
=============転載開始=============
どうもこんにちは。XXXXXXXXXXと名乗っている者です。一応英語版ZZZZZで挨
拶したことがあるんですが、覚えていらっしゃるでしょうか?
人民日報 1953年1月8日版の記事について、縮尺版を所有していませんが、し
ばらく前に図書館で現物を確認したので、参考になるかわからないけど、報告
させてもらいます。
問題の記事は、4面「資料 琉球群島人民反對美國?領的鬥争」という題で、沖
縄の地理的説明を行っている第一段落に、尖閣諸島を琉球群島の一部と見なす
記述があります。具体的には
http://www.geocities.jp/ktakai22/murata.htmlにある通りです。
1956年以前なので、中共の新聞なのに繁体字を使っています。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/6afterwar.htmlの地図のように写真があると良かったんですが、新聞ということでコピーでき
ず、貸し出し禁止、持ち込めるのは鉛筆だけ、と図書館の制限が厳しく、でき
たことはといえば、書き写すことだけでした。もしかしたらマイクロフィルム
化してくれるかもしれないけど、確認していません。
こんなところです。いかがでしょうか?
=============転載終り=============
これは メッセージ 5566 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5582.html
Tanaka_Kunitaka氏に質問です
投稿者: naver138 投稿日時: 2004/08/30 04:54 投稿番号: [5580 / 18519]
韓国語版のURLをNAVER翻訳掲示板にさらすのはOKでしょうか?
さらすと見る人が増えるのは確実ですが、あそこの韓国人には変な行動を起しそうな奴も多いので。
これは メッセージ 5566 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5580.html
>大西
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/08/30 01:20 投稿番号: [5579 / 18519]
大西氏の本はこのあたり、間違っていますので、気をつけてください。私も大西本でこのあたり勘違いしたことがあります。それにしても兎一行の調査報告は「紛失」しているそうです。要約はしっかりとあるのですが。何か都合の悪いことでもあるのかと、思わざるを得ないですね。
大西本は気をつけてください。かと言って大西氏だけが問題と言うよりは、ほかの本もちょっといろいろ一長一短のような気がしますが。
これは メッセージ 5576 (tydkemvo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5579.html
下條氏
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/08/30 00:34 投稿番号: [5578 / 18519]
最近、球界再編の掲示板で油を売っていてここには久しぶりに来ました。どうも野球にうつつを抜かしていて、竹島のことはさっぱり知識が記憶の彼方に、という感じになってきました。半月城氏の書き込みについていくつかだけ気になった点を書かせてもらいます。
>この一節からわかるように、下條氏は石島と観音島を直接結びつける文献資料をまったく提示せず、単なる当て推量で石島を観音島と断定しました。
そもそも石島については文献資料は何かありましたでしょうか。どの島と判断するかは積極的根拠となるものがないだけに難しいこと。方言説とて積極的な根拠とは言いがたいもの。となると、不明とするのが良心でしょう。独島と強弁するも観音島と強弁するもたいした違いはない。
下條氏が「石島はどこを指すのか判然としない」としたことはそれはそれで慎重な姿勢は望ましいものです。ちなみに私は石島を観音島であるとしますが、かりにホームページで主張したり活字でどこかに書くとなれば(ま、ありえませんが)不明とするくらいの良心は私にもあります。
>韓国語の「形便」を形状と誤訳したためと思われます。韓国語で「形便」とは、うえの内藤氏の解釈のように「状況」とか、あるいは「成りゆき」「事の次第」などを意味します。
訳し方としては「状況」あたりが正しいですね。ただ「形状」という意味がこの単語にないのではありません。あたかもそんな意味はもともとないようには書かないで下さい。知らない人が誤解します。嘘だと思うなら国立国語研究院の国語辞典はネットで見られますのでご確認を。
文脈でどう読めるか、どう読むのが適当かということになるわけですから、誤訳と言うよりは恣意的解釈といったほうがいいかとも思いますね。
>このように、猫の目のように自説をしばしば変えざるをえない下條氏ですから、あわれ、金炳烈氏から「良心的日本人」の対極に位置づけられてしまったようです。
私は金炳烈氏の「独島論争」という本で竹島問題に入門したのですが、おかげさまで随分苦労しました。間違いが多すぎて。一例をあげておきましょうか。いちいち間違いをメモしていないので、たまたま印象に残っている部分を一つ。
「竹島 松島 朝鮮附属ニ相成候始末」
此儀ハ 松島ハ竹島ノ隣島ニシテ 松島ノ儀ニ付 是迄掲載セシ書留モ無之 竹島ノ儀ニ付テハ元禄度後ハ暫クノ間 朝鮮ヨリ居留ノ為差遣シ置候処 当時ハ以前ノ如ク無人ト相成…
これについて金氏は次のような訳文をつけています。
韓国語訳を反訳
この件の松島は竹島の隣島であり、松島の件についてはこれまで掲載された書類もない。竹島の件については元禄以降、しばらくの間、朝鮮から居留のために、借りたことがある。当時は以前のように無人島であった。…(p.249)
そして、これについて金氏は「鬱陵島が元来朝鮮の島であるのをしばらく借りて、返したもの(p.250)」としています。「差遣シ置候」を「[朝鮮から]借りたことがある」とは、どうでしょう。
>一事が万事です。
これは韓国側にもあてはまりそうです。
これは メッセージ 5571 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5578.html
大西さんは
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2004/08/29 23:50 投稿番号: [5576 / 18519]
1899年の兎さんの調査がどこまで何を発見した調査だったのか気になるところですが、そこに立ち会ったフランス人ラボーテさんが韓国にリアンクール岩の存在を教えたのであろうという解釈なんでしょうか?
これは メッセージ 5575 (tydkemvo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5576.html
前言撤回します、すいません
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2004/08/29 22:52 投稿番号: [5575 / 18519]
フランス人ラ・ボーテがなんたらかんたらという記載があったので、もうすこし研究してみます。
前の投稿はなかったことにしてください。申し訳ありません。
これは メッセージ 5574 (tydkemvo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5575.html
>日本の研究者は・・・
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2004/08/29 20:58 投稿番号: [5574 / 18519]
半月城さん : wrote
--------------------------------------------
石島の比定で下條氏の考えがどう変遷したのか、その詳細は後回しにして、まず日本の研究者は石島をどの島に考えているのか分類してみます。
1.竹島=独島:内藤正中(注2)、大西俊輝(注3)
2.石島は不明:塚本孝(注4)
3.観音島:無?
日本人研究者は、石島を竹島=独島ないしは不明と考えているようですが、そのなかでただ一人(?)、かつての下條氏は、石島は鬱陵島直近の観音島であると断定してこう記しました。
------------------------------------------------
-
↑上記の大西俊輝さんですが、著書「日本海と竹島」の70ページから71ページに「大韓帝国勅令」にふれた項がありますが、
--------------
(引用始め)
------------------
-
石島とは岩石の島の意である。慶尚道の方言「石(トク)」を踏まえ、トクトすなわち独島(リアンクール岩)だと、大韓民国政府は解釈する。それを前提に、1900年の時点で、独島はコリア領であったと主張する。
だが石島は勅令41号の第2条でのみ、唐突に出現する。そしてその後も語られることはない。石島とははたして独島のことだったのか。
--------------
(引用終わり)
--------------
と結んでいます。
韓国は石島が独島だと主張するが、はたしてそうであろうか、と疑問を呈しています。
大西俊輝さんは石島は独島とは見ていない(少なくとも断定はしていない)ようですが?
これは メッセージ 5571 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5574.html
下條正男氏への批判、勅令41号(3)
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/08/29 16:34 投稿番号: [5573 / 18519]
(注1)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004
(注2)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000、P176 引用
「1900年(光武四・明治三二)一〇月二五日の大韓帝国勅令四一号で、鬱陵島を「鬱島」と改称し、島監を「郡守」と改正するとともに、「鬱島郡」の区域に鬱陵島、そして「竹島」と「石島」を含めると明定したことにより、石島すなわち独島に対する大韓帝国の領有権が明確に示されたのである」
(注3)大西俊輝『日本海と竹島』東洋出版、2003, P76 引用
「石島の文言のある勅令は、中央官・禹用鼎と、地方官・蠔季周の報告に拠ったもの、そこに立ち会うのがラ・ボーテである。だから彼らの島の認識は一致していなければならない。勅令は鬱陵島の属島として、竹島と石島を記す。そしてラ・ボーテの報告は、鬱陵島の属島として、竹島と于山島を記す。となれば石島とは、すなわち于山島を指すものとなる。それは遙かな岩礁の島、独島(リアンクール岩)のことだった」
(注4)塚本孝「竹島領有権問題の経緯(第2版)」『調査と情報』289号,国立国会図書館,1996、P6 引用
「鬱陵島の海岸近くには今日 観音島をはじめいくつかの岩礁島“石の島”があるので、勅令の石島がそれら周辺岩礁島の総称ないし 代表格たる観音島のことでなく 必ず竹島のことであるというためには、今少し証明が必要であると思われる」
(注5)下條正男「竹島問題、金炳烈氏に再反論する」『現代コリア』1999.5
<石島と観音島>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.695(注6)金炳烈『独島論争』(韓国語)DADAMIDIA社発行、2001
(注7)<竹島=独島編入にたいする反発>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.697 (半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5572 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5573.html
下條正男氏への批判、勅令41号(2)
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/08/29 16:32 投稿番号: [5572 / 18519]
通常、研究者は自説を撤回したり変更したときは、事が重大なのでその理由を明確にするものですが、下條氏は何の説明もなしに自説を突然ひるがえしたようです。昔の自説はまるでなかったかのような書きぶりです。
一体、「石島は今の観音島とすることが出来る」と断定した主張はどこへ行ってしまったのでしょうか?
それはたんなるプロパガンダだったのでしょうか?
それともそれは下條氏みずからがいう「我田引水的文献解釈」だったので、こっそり抹殺してしまったのでしょうか?
一事が万事です。下條氏の自説撤回や変更はこれにかぎりません。それらはここの掲示板でおいおい明らかにしますが、そうしたレベルの下條氏は、去る 96年から99年にかけて大胆にも韓国の学者と竹島=独島論争を展開しました。
下條氏は日本側論者の代表になった感がありますが、同氏の変遷ぶりや実力では結果は歴然としています(注6)。そのうえさらに同氏の韓国語に対する理解度の問題が加わります。下條氏は韓国語が未熟なのか、あるいは別な意図があったのか、独島の「形便」に関して誤読をした実績があります(注7)。
あるいはこれは、勅令41号に書かれた「石島」を竹島=独島でなく、どうしても観音島にしたてて、韓国は竹島=独島に領有意識をもっていなかったと主張したいがための曲解だったのかもしれません。
具体的にいうと、日本の領土編入にともなう「竹島調査団」の鬱陵島郡守・沈興澤 訪問(1906)に関連して、韓国語の「形便」を誤読し、こう記しました。
<「本郡所属の獨島」と記された報告を受けた中央政府が、新たな属島の出現に困惑し、改めて島の形状を報告するよう江原道府に命じた・・・つまりこの時、中央政府では「勅令41号」の石島と「本郡所属の獨島(竹島)」とを、全く別の島として認識していたのである(注5,P62)>
中央政府は日本の措置に困惑したのであり、べつに「新たな属島の出現」に困惑したわけではないし、また「改めて島の形状を報告するよう」求めたのでもありません。
中央の議政府では江原道庁からの報告書に対し、参政大臣 朴斉純は5月20日付の指令第3号で、内藤氏がいうように「獨島が日本領になったということは全く根拠のないことであるが、さらに独島の状況と日本人の行動について調査して報告すること(注2)」と指示したのです。
下條氏がうえのような資料の誤読をしたのは、韓国語の「形便」を形状と誤訳したためと思われます。韓国語で「形便」とは、うえの内藤氏の解釈のように「状況」とか、あるいは「成りゆき」「事の次第」などを意味します。
これに同氏は気がついたとみえ、最近の著書では「形便」の略語として「形状」を撤回したのか「概容」としました(注1,P131)。
このように、猫の目のように自説をしばしば変えざるをえない下條氏ですから、あわれ、金炳烈氏から「良心的日本人」の対極に位置づけられてしまったようです。
(つづく)
これは メッセージ 5571 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5572.html
下條正男氏への批判、勅令41号
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/08/29 16:31 投稿番号: [5571 / 18519]
半月城です。
最近、竹島=独島に関する書籍が相次いで出版されましたが、その中で下條氏の本には驚かされます(注1)。随所で以前とは違う説明がなされています。
ふつう、研究者はよほどのことがないかぎり自説をなかなか変えないものです。それというのも研究者が新説をとなえる時は相当な調査、研究が土台になっているためであり、他の研究者といえどもそれに異議をとなえるのは容易ではありません。
それくらい研究者の新説には重みがあります。ところが下條正男氏の場合、研究者と呼ぶのがふさわしくないのか、あるいはその研究手法に問題があるのか、自説をしばしば変えるようです。
たとえば、大韓帝国の勅令41号をめぐる解釈です。この勅令41号(1900)は領有権問題にとってきわめて重要です。もし、そこに書かれた「石島」が竹島=独島をさすのなら、同島は「狼どもの国際法」にてらすと韓国領とするのが妥当であり、竹島=独島を無主地と強弁して領土編入(1905)した日本の行為は無効になります。
石島の比定で下條氏の考えがどう変遷したのか、その詳細は後回しにして、まず日本の研究者は石島をどの島に考えているのか分類してみます。
1.竹島=独島:内藤正中(注2)、大西俊輝(注3)
2.石島は不明:塚本孝(注4)
3.観音島:無?
日本人研究者は、石島を竹島=独島ないしは不明と考えているようですが、そのなかでただ一人(?)、かつての下條氏は、石島は鬱陵島直近の観音島であると断定してこう記しました。
<さらに「勅令41号」に記された竹島は、今日の竹嶼であったので、石島は今の観音島とすることが出来る。何故なら獨島(竹島)でアシカ猟が始まるのは「勅令41号」が公布された三年後(1903年)で、それ以前は絶海の孤島だったからである(注5,P52)>
この一節からわかるように、下條氏は石島と観音島を直接結びつける文献資料をまったく提示せず、単なる当て推量で石島を観音島と断定しました。
ところが、最近、同氏は石島を観音島とする自説を撤回したのか「石島はどこを指すのか判然としない」として、こう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1900(明治33)年、大韓帝国は禹用鼎を鬱陵島に派遣、その報告をもとにして十月二十五日、鬱陵島を「鬱島郡」に昇格させ、郡守の常駐を決定した。
その際、大韓帝国政府は「勅令四十一号」を発布し、鬱島郡の行政区域を「鬱陵島全島と竹島、石島」と定めた。政府の認識では、鬱陵島には竹島と石島という二つの属島があったことになる。
しかしこの「勅令四十一号」には、属島の緯度や経度までは明記されておらず、竹島と石島が実際にどこの島を指すのか、正確さを欠いていた。
今日の竹島は、当時はまだ竹島と呼ばれておらず、古くは松島、そのころでは日朝ともにリャンコ島と呼ばれていたので、「勅令四十一号」にある竹島は、李奎遠の調査でも「竹島」とされた鬱陵島近傍の竹嶼と思われるが、石島はどこを指すのか判然としない(注1,P112)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5571.html
独島/竹島韓国の論理
投稿者: NEO_SWAT 投稿日時: 2004/08/27 17:02 投稿番号: [5570 / 18519]
>↑この本にもそう書いてありました。
目を とおして みたのですが...そんなの ありました?
これは メッセージ 5217 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5570.html
なんだかなー (笑)
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/08/25 18:10 投稿番号: [5569 / 18519]
「独島」が「島」に…ゲーム名変更命令に非難殺到
ネティズンが南北韓が共同開発した携帯電話ゲーム「独島(トクト)を守れ」の名称を「島を守れ」に変更され統一部が認可した事実が伝えられ、25日の統一部ホームページ(unikorea.go.kr)に非難の世論が殺到している。
ネティズンらは統一部ホームページのオンライン掲示板「国民参与の場」に競って「政府が介入し独島を放棄した」「親日究明は統一部から行うべき」といった文を載せ、一時はアクセスに支障が生じた。
ID「オヨンスン」というネティズンは、「中国の高句麗史歪曲問題で騒がしい中、政府が介入し韓国の島の名前も慎重に呼べとし、日本の顔色をうかがうのを見て情けない」と怒りを顕わにした。
チョソン・ドットコム
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/08/25/20040825000064.html
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5569.html
舛添氏曰く
投稿者: NEO_SWAT 投稿日時: 2004/08/24 16:16 投稿番号: [5568 / 18519]
手遅れ <竹島
#そうなのかなぁ
これは メッセージ 5540 (ruru3jou_3 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5568.html
AGE
投稿者: keikeikoronbo 投稿日時: 2004/08/20 23:33 投稿番号: [5567 / 18519]
MASU
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5567.html
韓国検索エンジンへの登録代行の返答
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/08/17 15:39 投稿番号: [5566 / 18519]
登録代行の返事が返ってきたので掲載します。
=============転載開始=============
田中邦貴
様
お問合せありがとうございます。
BASIC−JAPANの
春田と申します。
【お問合せ内容】
上記サイトへの登録を希望しております。ヤフーコリアへの代行登録の料金はお
幾らになりますでしょうか?
登録する際のHPタイトルは「竹島問題」、紹介文は「于山島は独島ではない。日
本の実行支配とGHQの処分など」です。
【お答え】
現在のヤフーコリアへの登録は、原則的に韓国での事業者登録が必要なようで
す。
従いまして、弊社ではヤフーコリアへの代行登録サービスは行っておりません。
ご了承下さい。
=============転載終り=============
もう一つ返答待ちの案件があるので、それに期待します。
下記は金将軍のフラッシュです。
http://yametokiya.at.infoseek.co.jp/flash/anata.swf
これは メッセージ 5565 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5566.html
韓国検索エンジンへの登録代行を依頼
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/08/16 21:23 投稿番号: [5565 / 18519]
これは メッセージ 5539 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5565.html
>「東海」を「日本海」と誤表記〜
投稿者: asumokaisei 投稿日時: 2004/08/16 12:07 投稿番号: [5564 / 18519]
ほんとにマスターベーションの好きな民族です。
空しく無いのでしょうか?
これは メッセージ 5563 (JT9D_400 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5564.html
また戯言を言ってます
投稿者: JT9D_400 投稿日時: 2004/08/16 03:27 投稿番号: [5563 / 18519]
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5563.html
北朝鮮
投稿者: NEO_SWAT 投稿日時: 2004/08/15 18:21 投稿番号: [5562 / 18519]
ただ 2位の 濱口氏は 竹島に 本籍を うつしてるんですよね。
はなし かわって...
北朝鮮との 国交正常化交渉の 必要条件として 拉致被害者10名の 件が とりざたされていますが、北とのあいだの 竹島問題は まったく きこえて きませんね。
また 高句麗がらみの 中国の 東北プロジェクトの 目先に 北の併合なんてのが...あれ?高句麗の件に対する北の反応はありました?
これは メッセージ 5561 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5562.html
>弾みはついた?
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2004/08/15 13:14 投稿番号: [5561 / 18519]
これは メッセージ 5556 (NEO_SWAT さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5561.html
Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ
[検索ページ]
(中東)
(東亜)
(捕鯨 / 捕鯨詳細)