下條正男氏への批判、勅令41号(3)
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/08/29 16:34 投稿番号: [5573 / 18519]
(注1)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004
(注2)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000、P176 引用
「1900年(光武四・明治三二)一〇月二五日の大韓帝国勅令四一号で、鬱陵島を「鬱島」と改称し、島監を「郡守」と改正するとともに、「鬱島郡」の区域に鬱陵島、そして「竹島」と「石島」を含めると明定したことにより、石島すなわち独島に対する大韓帝国の領有権が明確に示されたのである」
(注3)大西俊輝『日本海と竹島』東洋出版、2003, P76 引用
「石島の文言のある勅令は、中央官・禹用鼎と、地方官・蠔季周の報告に拠ったもの、そこに立ち会うのがラ・ボーテである。だから彼らの島の認識は一致していなければならない。勅令は鬱陵島の属島として、竹島と石島を記す。そしてラ・ボーテの報告は、鬱陵島の属島として、竹島と于山島を記す。となれば石島とは、すなわち于山島を指すものとなる。それは遙かな岩礁の島、独島(リアンクール岩)のことだった」
(注4)塚本孝「竹島領有権問題の経緯(第2版)」『調査と情報』289号,国立国会図書館,1996、P6 引用
「鬱陵島の海岸近くには今日 観音島をはじめいくつかの岩礁島“石の島”があるので、勅令の石島がそれら周辺岩礁島の総称ないし 代表格たる観音島のことでなく 必ず竹島のことであるというためには、今少し証明が必要であると思われる」
(注5)下條正男「竹島問題、金炳烈氏に再反論する」『現代コリア』1999.5
<石島と観音島>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.695(注6)金炳烈『独島論争』(韓国語)DADAMIDIA社発行、2001
(注7)<竹島=独島編入にたいする反発>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.697 (半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 5572 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/5573.html