竹島

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下條正男氏への批判、勅令41号(2)

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/08/29 16:32 投稿番号: [5572 / 18519]
   通常、研究者は自説を撤回したり変更したときは、事が重大なのでその理由を明確にするものですが、下條氏は何の説明もなしに自説を突然ひるがえしたようです。昔の自説はまるでなかったかのような書きぶりです。
   一体、「石島は今の観音島とすることが出来る」と断定した主張はどこへ行ってしまったのでしょうか?   それはたんなるプロパガンダだったのでしょうか?   それともそれは下條氏みずからがいう「我田引水的文献解釈」だったので、こっそり抹殺してしまったのでしょうか?

   一事が万事です。下條氏の自説撤回や変更はこれにかぎりません。それらはここの掲示板でおいおい明らかにしますが、そうしたレベルの下條氏は、去る 96年から99年にかけて大胆にも韓国の学者と竹島=独島論争を展開しました。
   下條氏は日本側論者の代表になった感がありますが、同氏の変遷ぶりや実力では結果は歴然としています(注6)。そのうえさらに同氏の韓国語に対する理解度の問題が加わります。下條氏は韓国語が未熟なのか、あるいは別な意図があったのか、独島の「形便」に関して誤読をした実績があります(注7)。

   あるいはこれは、勅令41号に書かれた「石島」を竹島=独島でなく、どうしても観音島にしたてて、韓国は竹島=独島に領有意識をもっていなかったと主張したいがための曲解だったのかもしれません。
   具体的にいうと、日本の領土編入にともなう「竹島調査団」の鬱陵島郡守・沈興澤 訪問(1906)に関連して、韓国語の「形便」を誤読し、こう記しました。

  <「本郡所属の獨島」と記された報告を受けた中央政府が、新たな属島の出現に困惑し、改めて島の形状を報告するよう江原道府に命じた・・・つまりこの時、中央政府では「勅令41号」の石島と「本郡所属の獨島(竹島)」とを、全く別の島として認識していたのである(注5,P62)>

   中央政府は日本の措置に困惑したのであり、べつに「新たな属島の出現」に困惑したわけではないし、また「改めて島の形状を報告するよう」求めたのでもありません。
   中央の議政府では江原道庁からの報告書に対し、参政大臣 朴斉純は5月20日付の指令第3号で、内藤氏がいうように「獨島が日本領になったということは全く根拠のないことであるが、さらに独島の状況と日本人の行動について調査して報告すること(注2)」と指示したのです。

   下條氏がうえのような資料の誤読をしたのは、韓国語の「形便」を形状と誤訳したためと思われます。韓国語で「形便」とは、うえの内藤氏の解釈のように「状況」とか、あるいは「成りゆき」「事の次第」などを意味します。
   これに同氏は気がついたとみえ、最近の著書では「形便」の略語として「形状」を撤回したのか「概容」としました(注1,P131)。
   このように、猫の目のように自説をしばしば変えざるをえない下條氏ですから、あわれ、金炳烈氏から「良心的日本人」の対極に位置づけられてしまったようです。
(つづく)
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