竹島

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相手の発言を変形して言い直すこと

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/07/07 07:26 投稿番号: [14720 / 18519]
shuku_remusさん

>>>
  相手の発言は、出来るだけその発言の通りにお受け取りください。
相手の発言を変形して言い直しすることを多用するのは良くない習慣です。
改めることをお奨めします。
<<<

相手の発言を出来るだけその通りに受け取ることが重要であることには、全く異存ありません。

しかし、掲示板という文字だけによるコミュニケーションにおいて、相手が文章に込めようとした意図を 100% 理解することはそもそも不可能だと私は考えています。言い換えると、出来る限り相手の書いた文章に沿ってその意味を理解することは当然として、それでも、その理解内容が相手の意図とずれている可能性があることを覚悟しておく方が良いと考えます。

誤解の生ずることが避けられないのであれば、誤解が生じた場合に出来るだけ早くそのことを発見して対話の中で修正していくよう努めることが必要だと考えます。そして、そのためには「相手の意見を自分の言葉で言い直す」というのが一つの有効な手段だと思います。

使い古された単純な例を挙げます。

○対話例1
------------------
No.001 題名 数珠を買いました   投稿者 ○野×夫

ふたえに曲げてくびに掛ける数珠を買いました。
3000円でした。

------------------
No.002 題名 Re:数珠を買いました   投稿者 ◇田△介

> ふたえに曲げてくびに掛ける数珠を買いました。
> 3000円でした。

へえ、随分安いですね。

------------------
No.003 題名 Re:数珠を買いました   投稿者 ○野×夫

> へえ、随分安いですね。

そうですか?   こんな相場だと思いますが…
------------------


○対話例2
------------------
No.001 題名 数珠を買いました   投稿者 ○野×夫

ふたえに曲げてくびに掛ける数珠を買いました。
3000円でした。

------------------
No.002 題名 Re:数珠を買いました   投稿者 ◇田△介

二重に折って首に掛ける数珠が3000円とは、随分安いですね。

------------------
No.003 題名 Re:数珠を買いました   投稿者 ○野×夫

> 二重に折って首に掛ける数珠が3000円とは、随分安いですね。

すみません、「ふたえに曲げて、くびに掛ける数珠」ではなくて
「ふたえに曲げ、てくびに掛ける数珠」です。

------------------
No.004 題名 Re:数珠を買いました   投稿者 ◇田△介

あ、「手首に掛ける数珠」でしたか。なら、そんな相場ですね。

------------------


上の二つの対話例を比べると、明らかに2の方がコミュニケーションのやり方として優れていると思います。

私が、しばしば相手の意見を自分の言葉でまとめ直すのは主にこの理由からです。

当然、私の言い直しが元の意図と異なっているのであれば、そのことを教えていただきたいと思いますし(元々そのために言い直しているのですから)、もし元の文章に比べて、あまりにも甚だしい誤解があると感じたら、そのことを指摘して私の理解力を批判していただければ良いと思っています。

以上が私の考えですが、shuku_remusさんは何故「相手の発言を変形して言い直しすることを多用する」ことが良くない習慣だと思われるのでしょうか。

よろしければ教えて下さい。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/07/07 07:22 投稿番号: [14719 / 18519]
shuku_remus さん

遅くなりました。

>>>
>このまとめ方に shuku_remusさんは同意してくださるでしょうか。

  違います。

  二つの言い方がある場合、副次的な言い方の方を割注にしています。「多竹魚海鹿」
は二つの言い方と関係ありません。
<<<

すみません、話を進める前に一点確認させて下さい。shuku_remusさんが引用された個所の少し前で私は次のように書いています。

☆日本語の表現が入り組んでいて少し分かり難いですが、
  結局、「俗言磯竹島」は副次的な情報であるから割注に
  なっているということですよね。


shuku_remusさんのお考えは、そもそも☆の認識が間違っているということでしょうか。それとも☆の認識は容認できるが、その後の箇条書きによるまとめ方には同意できないということでしょうか。

内容から考えて、前者のような気がするのですが、shuku_remusさんが、☆ではなく「このまとめ方に〜」の部分を引用してコメントしていらっしゃることを考えれば後者の可能性もあり、念のため確認させていただきたく思います。

よろしくお願いします。

Re: 家鴨と兎さんへ

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/07 00:03 投稿番号: [14718 / 18519]
ありがとうございます。私も楽しませていただきました。くずし字はなかなか難しいもので、くずし字解読辞典でああでもない、こうでもない、と考えてみるのは楽しいものです。

いずれはこういう文書もすらすらと読めるようになりたいものです。昔の人はどうやって文字に対するこういう深い知識を得たのでしょうね。

Re: 『りゃんこ島領土編入並に貸下願』完成

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/06 23:52 投稿番号: [14717 / 18519]
  僭越ながら一言。外務次官の名は「捨己」と存じます。

Re: 島己第五号の暫定判読

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2006/07/06 22:56 投稿番号: [14716 / 18519]
  Am_I_AHO_1stさんは、ご存じの癖に
楽しまれているところがおありなのでし
ょう。

  写は置でないことも、前でなく別であ
ることも本当は、とうにお分かりですね。

  縣、中井養三朗、並、出、処、貴省の
御意見承知、此段の崩しが、お分かり
になるのですから。

  山縣さんの癖字気が付かれていたと
あたし、思っています。

Re: 『りゃんこ島領土編入並に貸下願』完成

投稿者: torezojp 投稿日時: 2006/07/06 22:11 投稿番号: [14715 / 18519]
島己第五号
島根県西郷町中井養三朗より
りやんこ島領土編入並に貸下
の件別添写の通り願出候処
右に関し貴省の御意見承知致度
此段照会候也

明治三十七年十月十五日

内務次官 山縣伊三朗
外務次官 珍田捨巳殿


山縣伊三朗の先の文の崩し字癖の特徴から愚老も
”別添写”と読んでも無理はないかと存じます。
先ずは、祝着。

島己第五号の暫定判読

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/06 21:00 投稿番号: [14714 / 18519]
島根縣西郷町中井養三朗より
りやんこ島領土編入並に貸下の件
差使置の通り願出候処
右に関し貴省の御意見承知致度
此段及照会候也

明治三十七年十月十五日

内務次官 山縣伊三朗
外務次官 珍田捨巳殿

家鴨と兎さんへ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/06 20:47 投稿番号: [14713 / 18519]
  ええ、どうも「写」は無いような気がしますね。「置」ではないかと。

  前二文字は「差使」の可能性もあるかもしれません。

  「差し使わし置きの通り」(「使」を「遣」の意味で用いている)

  100%確実と云う自信は持てませんが、これですと、全体として、事前に内務省から外務省へ中井が願い出た詳細を知らせてあり、それに対する外務省の意見を照会する意味になると思われます。
  ただ、草書としてもあまり見かけない書きかたです(笑)ないとは断言できませんが。

  「決」は一般的な草書体とすると一部を除いて似ていなくもないのですが、どうもそれは無いような気がします。

『りゃんこ島領土編入並に貸下願』完成

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/07/06 19:59 投稿番号: [14712 / 18519]
「1904年9月29日   中井養三郎から政府への貸下願い」と「1904年10月15日   中井養三郎出願の件」を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/5occupation1904liancourt.html

漢字は暫定的にある方の解読を採用しました。あくまでも暫定です。

今まで竹島サイトを中心に再構築をし、概ね国立公文書館からの資料取り寄せが完了し、後は島根県立図書館、米子市立図書館、及び米子歴史資料館に行って資料をGETするのみとなりました。


現在、尖閣諸島問題の掲示板で竹島HP同様に資料のアップロードを本格的に開始しました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/

日本の実効支配のコーナーに、「秘第128号の内」と「秘第260号の内」を掲載しました。竹島資料を大きく上回る数の膨大な資料を入手しましたので、どうぞご期待下さい。毎週資料をアップロードします。本当ビックリしますよ。資料を入手した本人がビックリしているので、皆さんが驚くのも無理ありません。

※ここは竹島掲示板なので基本的に竹島資料を調査・解析しますが、もし尖閣諸島の資料で解読が難しい漢字があった場合は、この掲示板に掲載することをお許し下さい。私は昔の漢字は不得意ないので、その時はよろしくお願いします。

最後に決めぜりふをひとこと言わせて下さい。

『尖閣諸島は竹島と同じく日本固有の領土である』

Re: 取り敢えず、95%解読

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/06 00:04 投稿番号: [14711 / 18519]
個人的には「写」ではなく「置」でないかという気がしますね。そして、どうも不自然な感はありますが、その前の文字は「決」ではないかと。

「前に決め置きの通り」。

ただ、やや正確に欠けており、またこういう部分での「決」の書き方がこれで普通なのかどうかは不明です。

素人なので、あくまで一つの提言程度にお考えください。

「添」ですと

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/05 22:45 投稿番号: [14710 / 18519]
  相当に癖があると云っても、怪しすぎますね。
  山県の筆跡は概ね草書と云って宜しいかと思われますが、「添」と判読するのは相当難しいのでは。

Re: 取り敢えず、95%解読

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/05 22:14 投稿番号: [14709 / 18519]
「別添写しの通り」という表現はしばしば見かけますが、どうでしょうかね?

Re: 取り敢えず、95%解読

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/05 21:22 投稿番号: [14708 / 18519]
>貸下の件前○写・・・は前でなく別

  「別」では一画多いと思いましたが、一方で「前」では一画少なく、どちらも怪しく、現時点では確定できません。
  「写」と判読した箇所は、「置」が適当かもしれません。

  「別?○置の通り願出候処」若しくは「前?○置の通り願出候処」の頭の三文字が確定すれば、100%解読でしょうけれども、未だにどわすれが解消しません。

  ワールドカップが終わったら調べてみましょう。

Re: 取り敢えず、95%解読

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2006/07/05 00:35 投稿番号: [14707 / 18519]
島己第五号
島根県西郷町中井養三朗より
りやんこ島領土編入並に貸下
の件別○写の通り願出候処
右に関し貴省の御意見承知致度
此段照会候也

明治三十七年十月十五日

    内務次官 山縣伊三朗
外務次官 珍田捨巳殿

さすが、Am_I_AHO_1stさんは博聞強記ですわね。

貸下の件前○写・・・は前でなく別
で判読できないでしょうか?

100%お教えくださいな♪

Re: 「仕」

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/04 23:24 投稿番号: [14706 / 18519]
  なるほど、つかまつるではなく、そうろうでしたか。了解しました。しかし、お詳しいですね。

「仕」

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/04 22:59 投稿番号: [14705 / 18519]
  山県の筆跡には癖がありますが、「仕」の人偏には読めないと思いますね。
  現時点では、確率としては「候」だろうと思われます。
  「願出候処」の字体と照らし合わせてみて下さい。

  でわ

取り敢えず、95%解読

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/04 22:55 投稿番号: [14704 / 18519]
島根県西郷町中井養三朗

りやんこ島領土編入並に貸下

の件前○写(?)の通り願出候処

右に関し貴省の御意見承知致度

此段照会候也

明治三十七年十月十五日

内務次官山県伊三朗

外務次官珍田捨己殿

Re: 少し訂正

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/04 22:54 投稿番号: [14703 / 18519]
「○○及照会○也」は、「此の段に及び照会仕(つかまつ)る也」と読むのはいかがか?

もう一箇所

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/04 22:51 投稿番号: [14702 / 18519]
の件前○写の通り願出○○→の件前○写の通り願出候処

  残る一箇所は、ど忘れしたのか、出てきませんね。

  やはり、後日にしましょう。

不明確な箇所

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/04 22:48 投稿番号: [14701 / 18519]
  山県の筆跡に癖があり、100%確かではありませんが、可能性として次のように解読できるかもしれません。

右に関し貴○の御意見○○○度→右に関し貴省の御意見承知致度

○○及照会○也→此段及照会候也

少し訂正

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/04 22:32 投稿番号: [14700 / 18519]
  先の投稿に一部加筆訂正します。

島根県西郷町中井養三朗

りやんこ島領土編入並に貸下

の件前○写(少し怪しい?)の通り願出○○

右に関し貴○の御(先の投稿で「明」としたのは誤読)意見○○○度

○○及照会○也

明治三十七年十月十五日

内務次官山県伊三朗

外務次官珍田捨己殿

  以上、「○」と表記した未解読部分と疑問符を付したものを除いて、ほぼ確かでしょう。

  残りは後日。

Re: 内務次官→外務次官(訂正)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/04 19:19 投稿番号: [14699 / 18519]
  外務大臣と書いてしまったが、外務「次官」でした。失礼。

Re: 中井養三郎出願の件 内務次官→外務次

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/04 13:00 投稿番号: [14698 / 18519]
  さっと見た感じで、細かく観ていませんが、取りあえず、ほぼ確実なところだけ

島根県西郷町中井養三朗(「郎」ではなく「朗」)

りやんこ島領土編入並に貸下

の件前○写の通り願出○○

右に関し○○の明○○○○○度

○○及照会○○

明治三十七年十月十五日

内務次官山県伊三朗(こちらも「郎」ではなく「朗」)

外務次官珍田捨己殿

Re: 内務次官→外務次官

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/03 23:45 投稿番号: [14697 / 18519]

  確かに判読が難しいですねぇ。

  ほんの一部ですが、お役に立つなら。



  並びに貸下の件、○○写の通り願出○○。

  右に関し ・・・・・・・・照会○○



  外務大臣   珍田捨己   殿

中井養三郎出願の件 内務次官→外務次官

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/07/03 21:18 投稿番号: [14696 / 18519]
puracyakaさん、Am_I_AHOさん、有難う御座います。

またまた漢字の確認をお願いします。

1904年9月29日に中井養三郎からの竹島におけるアシカ漁独占願いは、同年10月15日に内務次官から外務次官へ伺いの旨提出されておりますが、何と書かれてあるのかさっぱり分かりません。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/archives/liancourt-sakai3.jpg

島己第五号
島根県西郷町中井養三郎より、りやんこ島領土編入並びに貸下の件、???右に関し????

明治三十七年十月十五日

内務次官 山縣伊三郎

外務次官???


このぐらいしか自力では分かりません。ホント昔の人は字が達筆ですね。どうかご教授下さいませ。

滴水

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/03 17:01 投稿番号: [14695 / 18519]
  「たるみず」ですね。

  海驢生殖地

  砂礫

  漁舎

  潴水

  滴水

  船艀碇泊場

Re: 『公文録』の大谷家「図面」

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/02 22:36 投稿番号: [14694 / 18519]
太政官判断における資料の距離について、私は「海里」の可能性も一応排除はせずに検討材料としておいたのですが、幸い、半月城さんから、それは否定されました。

以下の保坂教授の理解も、半月城さんからは否定されたわけです。私はそれはそれでよろしいかと思います。

ttp://japanese.joins.com/article/article.php?aid=74243&servcode=100§code=100

それにしても半月城さんの太政官判断への理解はどうでしょう。「江戸時代の海上の距離感は航路の所要時間のみから割りだされたようなので、誤差は大きくて当然なのはいうまでもありません」としていらっしゃいますが、

>明治政府は「版図の取捨は重大之事件」との緊張感を持って竹島、松島を版図外にしました。それを ahirutousagi2さんは「その地理的な位置理解は、いわゆるアルゴノートとダジュレーに該当」と決めつけていますが、それでは明治政府の官僚をあまりにも見くびりすぎるのではないでしょうか。かれらはそれほど無能ではないと思います。

と仰る。江戸時代のことだから地理的な理解は誤差があって当然としておきながら、私がその位置をアルゴノートとダジュレーの位置に比定すると、烈火のごとく否定する。

しかも、私は当時の明治政府の関連の地図を根拠に、その可能性の妥当性を述べているのに対し、半月城さんからは「かれらはそれほど無能ではないと思います」しか出てこない。

ちょっとどうかと思います。間違いなく、太政官は当時、竹島と松島を版図外としたのです。それは島根の資料からも否定しない。しかし、その位置は鬱陵島までにある二島を版図外とする理解であって、それは結局はアルゴノートとダジュレーにほかならず、その理解は三年後の天城の調査においても反映されていると考えられます。

半月城さんのように太政官判断で竹島・松島を版図外とし、しかもそれは現在の鬱陵島・竹島とすべきとする見方は、現在のわれわれの眼から見た島根県の提出資料の緻密さということ以外には何ら根拠がないのです。

そして、その図面の緻密さ(距離は相当にずれています)は、リアンクール岩の領有放棄にはつながるものではなく、前後の明治政府の理解とも矛盾するものです。

結局は1877年当時の太政官の地理的理解は、1881年の内務省の地図、あるいは軍艦天城の調査で明らかであると言えるでしょう。

Re: 『公文録』の大谷家「図面」

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/07/02 14:23 投稿番号: [14693 / 18519]
   半月城です。

   puracyakaさん、Re:14677
>1877年の太政官判断が仮に今の竹島だとしても

  puracyakaさんは、公文録付属の下記地図に記された「松島」を現在の地名でどこだとお考えですか?   奥歯に物を挟まず、ズバリお答えください。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/map/koubunroku_map.pdf
   なお、この「磯竹島略圖」は解像度の高いものに置きかえました。その際、あいまいであった磯竹島と朝鮮との間に書かれた説明文を下記のように書換えました。
  「磯竹島ヨリ朝鮮國ヲ遠望スル酉戌ニ當リ海上凡五十里許」

   磯竹島、すなわち竹島(鬱陵島)と朝鮮との距離は「およそ50里」とされましたが、これは 200km になります。大谷家が活躍した江戸時代には「浬(カイリ)」の単位は使用されていなかったので、50里は 200km になります。
   この距離は公文録所載の「旧政府評議の主旨」に書かれた距離よりやや遠くなっています。そこには下記のように40里(160km) と記されました。

  「島(竹島)への道のりをたずねると、伯耆から160里ほど、朝鮮へは40里ほどあるので、したがって朝鮮国の蔚陵島(鬱陵島)であるようだ(注1)」

   ついでに記すなら、安龍福が隠岐島で代官に供述した記録では「竹島と朝鮮の間 三十里」120km とあり、実際の距離140kmに近くなっています(注2)。そのかわり、かれは竹島と松島との間の距離を50里、実際の2倍くらいに見ました。
   いずれにしても、江戸時代の海上の距離感は航路の所要時間のみから割りだされたようなので、誤差は大きくて当然なのはいうまでもありません。

(注1)半月城通信「明治政府、竹島=独島の版図外確認」
http://www.han.org/a/half-moon/hm113.html#No.846
(注2)半月城通信<新発見史料「朝鮮舟 着岸一巻之覚書」>
http://www.han.org/a/half-moon/hm113.html#No.845

東部グリーンランドの判例とSF条約

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/07/02 00:39 投稿番号: [14692 / 18519]
最近は、「サンフランシスコ条約で竹島の権原は曖昧なままだった」
「2条で放棄した鬱陵島に竹島は含まれている」という妄言を吐くuri
nara教の人もいなくなったようですが、条約解釈において有益な東部
グリーンランドの判例を紹介しておきます。

・デンマークとスウェーデン・ノルウェー連合による1819年9月1日の
  条約の解釈において、1819年7月16日の条約第一次草案より同年8月
  23日の第二次草案を優先させている。
  →SF条約でも、竹島を韓国領とした一次〜五次草案より日本領と
   したそれ以降の草案のほうが優先
・地理的な名称は、一般的な地図で使用されている範囲を示す。
  →竹島を鬱陵島の一部とした地図はない。条約の「鬱陵島の放棄」
   に竹島を含ませることはできない。

Re: 『中井養三郎出願の件』の地図

投稿者: puracyaka 投稿日時: 2006/07/01 21:17 投稿番号: [14691 / 18519]
砂?は砂礫でしょう。
?舎は漁舎だと思います。
??碇泊場の一字目は舩(=船)だと思いますが、二字目がわかりません。

韓国では、嘘も突き通せば真実ですか?

投稿者: MorinagaPackunko 投稿日時: 2006/07/01 17:10 投稿番号: [14690 / 18519]
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1670953

1951年7月19日   韓国大使(ヤン)から国務長官への書簡。

一、大韓民国政府は、第二条a項の「放棄する」という語を、「朝鮮ならびに済州島、巨文鳥、欝陸島、ドク島およびパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一郡であった島々に対するすべての権利、権原および請求権を、一九四五年八月九日に放棄したことを確認する」と置き換えるよう要望する。


1951年8月10日   国務次官補(ラスク)から韓国大使への回答

草案第2条(a)を日本が「朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、ドク島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を、1945年8月9日に放棄したことを確認する」と改訂するという韓国政府の要望に関しては、合衆国政府は、遺憾ながら当該提案にかかる修正に賛同することができません。

合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を条約がとるべきだとは思いません。

ドク島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。

『中井養三郎出願の件』の地図

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/06/30 23:57 投稿番号: [14689 / 18519]
henchin_pokoiderさん、どうも有難う御座います。後日アップロードします。

掲題の件ですが、
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/archives/liancourt-sakai4.jpg
どなたか確認して頂けると幸いです。

一   位置
  東経百三十七度五十五分
  北緯三十七度十五分

一   凡例(←あってますよね?)
  海驢(アシカ)生息地
  砂?(←砂の次の字が読めません)
  ?舎(←最初の字が読めません)
  潴水(ちょすい)
  滴水(←これは何と読めばよいのでしょう?)
  ??碇泊場(最初の2文字が読めません)

※「潴」は訓読みで「みずたまり」、音読みで「チョ」なので、これで「貯水」の古語だと思います。昔の人は字が達筆だから苦労します。

漢字が得意な方、どうかよろしくお願いします。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/06/30 21:56 投稿番号: [14688 / 18519]
  te2222000さん

>私は、「多竹魚海鹿」を本文にしても「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である」
>と読み取られる恐れは全く無いと思いますし、斎藤豊仙もそのような恐れは持たなかった
>だろうと考えますが、shuku_remusさんが異なるお考えだということは了解しました。

  何度もご説明しましたが、te2222000さんには分かって頂けなく、誠に残念です。


>このまとめ方に shuku_remusさんは同意してくださるでしょうか。

  違います。

  二つの言い方がある場合、副次的な言い方の方を割注にしています。「多竹魚海鹿」
は二つの言い方と関係ありません。

  相手の発言は、出来るだけその発言の通りにお受け取りください。相手の発言を変形して
言い直しすることを多用するのは良くない習慣です。改めることをお奨めします。

                          shuku_remus

Re: henchin_pokoider氏へ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/06/28 00:45 投稿番号: [14687 / 18519]
jpgで送付しておきました。
島根に行くので有れば、公告だけでなく、海驢漁許可や土地の
貸借許可等の史料も探されたほうがいいでしょう。
まさに、「実効支配」の証拠です。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/06/27 23:51 投稿番号: [14686 / 18519]
shuku_remusさん

>>>
  それでよいです。「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である」と読み取られ、
「斉藤豊仙はそのような "正当な論理とは言えないこと" を主張している」と見做される
ことを恐れ、そう読み取られないよう「多竹魚海鹿」を割注にしたものと考えました。
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ご回答ありがとうございます。

私は、「多竹魚海鹿」を本文にしても「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である」と読み取られる恐れは全く無いと思いますし、斎藤豊仙もそのような恐れは持たなかっただろうと考えますが、shuku_remusさんが異なるお考えだということは了解しました。


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  二つの言い方がある場合、本文では、或いは通常はどちらを主として使用する
かを分かりやすくため、簡便な方法として、例えば副次的な言い方の方を割注に
するのは、割注の普通の使い方です。
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日本語の表現が入り組んでいて少し分かり難いですが、結局、「俗言磯竹島」は副次的な情報であるから割注になっているということですよね。

そこで「副次的」という言葉をキーワードとして私とshuku_remusさんの考えを対比してみると、次のようになるかと思います。

○te2222000の考え
- 「俗言磯竹島」は副次的な情報なので割注になっている。
- 「多竹魚海鹿」も副次的な情報なので割注になっている。
- 「此二島無人之地」は副次的な情報ではないので本文になっている。

○shuku_remusさんのお考え
- 「俗言磯竹島」は副次的な情報なので割注になっている。
- 「多竹魚海鹿」は副次的な情報ではないが、別の理由で割注になっている。


上で述べたように私は、この「別の理由」に賛成しませんが、shuku_remusさんが私と異なるお考えであることは了解しています。

このまとめ方に shuku_remusさんは同意してくださるでしょうか。

Re: 米国の地図では

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2006/06/27 18:20 投稿番号: [14685 / 18519]
然則日本之乾地、以此州為限矣、♪

米国の地図では

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/06/27 12:10 投稿番号: [14684 / 18519]
http://www.lib.utexas.edu/maps/middle_east_and_asia/japan_divisions.jpg

竹島の北部に県境があるように見えるのですが。

Re: 石島は観音島

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/06/27 00:04 投稿番号: [14683 / 18519]
連続投稿で失礼します。

意味が分かりました。

…1880年7月軍艦天城がその松島に赴き測量した結果、同島が鬱陵島であることが判明した。久しく関心を集めてきた豊かな松島とは、まぎれもなく朝鮮領であったわけで、ここにおいて開拓願いはすべて却下され、この問題は終焉した。いまひとつの竹島=独島は全く不毛な岩嶼にすぎず、そもそも何らかの関心の対象となりえなかったからである(p.105)。

という文章における「いまひとつの竹島=独島は」というのは、まさに天城の調査でリアンクール岩について全く触れられていないということを意味しているのであって、竹島=竹嶼とは別のことですね。

自己解決しました。

Re: 石島は観音島

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/06/26 23:55 投稿番号: [14682 / 18519]
1899年の地図について、

There is no logic in that conclusion.

というのは普通の感覚だと思いますね。堀氏は「ほとんど正確」に見えるらしいですが。私はこの言及が堀氏の論文の置く足場を典型的に示しているように思います。

ふと、今、堀氏の論文のコピーをめくっていて、以下のような文章にも気がつきました。どうなんでしょう。

…1880年7月軍艦天城がその松島に赴き測量した結果、同島が鬱陵島であることが判明した。久しく関心を集めてきた豊かな松島とは、まぎれもなく朝鮮領であったわけで、ここにおいて開拓願いはすべて却下され、この問題は終焉した。いまひとつの竹島=独島は全く不毛な岩嶼にすぎず、そもそも何らかの関心の対象となりえなかったからである(p.105)。

まさかとは思いますが、もしかして、堀氏は天城の調査での竹島をリアンクール岩=独島とおもっているのでしょうか。文脈的にはそのようにも見えますが、あくまでぱらぱらめくっていて気がついただけで、よく分かりません。どうなんでしょう。

今、ちょっと疲れていて、前後の文章を読む気がしません。いずれにしてもここで「いまひとつの竹島=独島は全く不毛な岩嶼にすぎず」というのはどうかと思いますね。

Re: 『公文録』の大谷家「図面」

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/06/26 23:33 投稿番号: [14681 / 18519]
どうも有難うございます。個人的には、太政官は「北緯〜度、東経〜度の松島は」としているわけでもなく、また正確な地理認識がこの時期に伴っていなかった以上、島根県の資料そのものの緻密さに拘わらず、基本的には太政官の判断はその前後の政府の二島の理解が前提となるべきであり、そうであるならばリアンクール岩=松島、あるいはその位置にある島=松島と判断しての判断とは考えにくいし、また考えるべきでもないと思っています。

仮に、太政官はリアンクール岩を松島と判断して放棄した。そして天城の調査は単なる間違いで、その後の太政大臣三条実美の鬱陵島渡航禁止令などもその間違いに乗じたもの、という考え方をするとしても、それがすぐにリアンクール岩=朝鮮領とは結びつかないのは仰るとおりかと思います。

太政官への伺い文書などで元禄の朝鮮側との交渉が触れられていますが、そこで提示されているのは「本邦関係無し」ということであって、朝鮮領であると規定しているのではないということも、あるいは言えるのかもしれません。

結局は、1905年までは明確な領土認識が日本にもなかったとすべきでしょうから(だからこそ領土編入した)、「本邦関係無し」は何ら矛盾したものでもないでしょう。
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