Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/06/27 23:51 投稿番号: [14686 / 18519]
shuku_remusさん
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それでよいです。「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である」と読み取られ、
「斉藤豊仙はそのような "正当な論理とは言えないこと" を主張している」と見做される
ことを恐れ、そう読み取られないよう「多竹魚海鹿」を割注にしたものと考えました。
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ご回答ありがとうございます。
私は、「多竹魚海鹿」を本文にしても「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である」と読み取られる恐れは全く無いと思いますし、斎藤豊仙もそのような恐れは持たなかっただろうと考えますが、shuku_remusさんが異なるお考えだということは了解しました。
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二つの言い方がある場合、本文では、或いは通常はどちらを主として使用する
かを分かりやすくため、簡便な方法として、例えば副次的な言い方の方を割注に
するのは、割注の普通の使い方です。
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日本語の表現が入り組んでいて少し分かり難いですが、結局、「俗言磯竹島」は副次的な情報であるから割注になっているということですよね。
そこで「副次的」という言葉をキーワードとして私とshuku_remusさんの考えを対比してみると、次のようになるかと思います。
○te2222000の考え
- 「俗言磯竹島」は副次的な情報なので割注になっている。
- 「多竹魚海鹿」も副次的な情報なので割注になっている。
- 「此二島無人之地」は副次的な情報ではないので本文になっている。
○shuku_remusさんのお考え
- 「俗言磯竹島」は副次的な情報なので割注になっている。
- 「多竹魚海鹿」は副次的な情報ではないが、別の理由で割注になっている。
上で述べたように私は、この「別の理由」に賛成しませんが、shuku_remusさんが私と異なるお考えであることは了解しています。
このまとめ方に shuku_remusさんは同意してくださるでしょうか。
これは メッセージ 14676 (shuku_remus さん)への返信です.
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