南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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アメリカの終戦記念番組

投稿者: tsuchidamakoto 投稿日時: 2005/08/20 20:51 投稿番号: [7079 / 41162]
8月15日からの一週間アメリカの歴史チャンネルで日本の特集がありました。ヒロシマ、長崎、原爆の製造、東京大空襲、ミッドウェイ、サイパン、沖縄、731部隊等々、一時間番組が毎日3本。なかなか公平なプログラムでした。南京事件は無かったとリポーターにはっきり言った日本の学者がいました。

古来からの中国人同士の 南京大虐殺

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/20 19:24 投稿番号: [7078 / 41162]
ありがとうございます。

この話を聞いて、チベットがどういうことになっているのか、大方、想像できます。

多分、見るに耐えない状況なのでしょうね。

中国人は、恐ろしいです。

「南京大虐殺」の例

投稿者: oldfirehall 投稿日時: 2005/08/20 19:19 投稿番号: [7077 / 41162]
>>「南京大虐殺」とは古来、中国人同士が南京にて数百万単位で殺しあった史実に基づく出来事です。「南京大虐殺」とは中国人同士の殺し合いの歴史呼称です。
>こんな事件があったのは知りませんでした。この中国人同士が殺しあった事件というのをもう少し教えて下さい。

●「南京大虐殺」の例
・「王敦の乱」(東晋)
南京が舞台となり、多くの住民が巻き込まれた

・「内乱」(宋)
皇室内部の対立から内戦となる、主戦場となった南京では多くの住民が巻き込まれて犠牲となった、結局この内戦で宋は血統が断絶し自滅した

・「侯景の乱」(梁)
人口約100万人の南京で、100人に1人か2人しか生き残らなかったと伝えられる大虐殺を行なわれたとのことー「資治通観」

・「王頒の虐殺」(隋)
これも100万都市南京を舞台にして、大虐殺が繰り広げられ、南京は城壁まで残すことなく徹底的に破壊されたという

・「太平天国の乱」(清)
一ヶ月に及ぶ大虐殺ー「能静居士日記」

・「張勲の虐殺」(中華民国)
張勲は「辮髪部隊」を率い、「革命軍」の拠点南京で虐殺を繰り広げる

etc.

>「南京事件」と呼びましょう!

投稿者: jamingwithed 投稿日時: 2005/08/20 18:41 投稿番号: [7076 / 41162]
大賛成です。

黄文雄氏監修の「やっかいな隣人・中国」で見て、私も初めて知りました。黄文雄氏の著などを見て、それについてもっと詳しく書かれた著書を探してみようと思います。

「やっかいな隣人・中国」にはこう載ってましたね。

梁の時代に起こった南京虐殺は六百万人いた市民が六万人になり、比較的、近代史の虐殺は、太平天国が崩壊する際の天京(南京)で起こった大虐殺と、辛亥革命後の張勲による南京大虐殺があげられる。

中国では大量の人骨が出土した場合「万人坑」として騒がれ「万人坑」が発掘されるたびに日本軍の大量虐殺の証拠として大々的に報道されるが、それが日本軍によるものだという証拠はないし、この「万人坑」についての記述は、中国の古典に多く記されているものだ。

歴史的に見ても、中国では、南京における虐殺が集中的に多発しているようですね。あそこは中国の歴史や地理から見て一体どういう土地柄なんでしょう。ご存知の方いませんか?

mmkkiさんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/20 18:05 投稿番号: [7075 / 41162]
>「南京大虐殺」とは古来、中国人同士が南京にて数百万単位で殺しあった史実に基づく出来事です。
>「南京大虐殺」とは中国人同士の殺し合いの歴史呼称です。

こんな事件があったのは知りませんでした。この中国人同士が殺しあった事件というのをもう少し教えて下さい。

中国人の残虐性を説明できる良い材料です。

「南京事件」と呼びましょう!

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/20 17:42 投稿番号: [7074 / 41162]
日本人の皆さん!

「南京大虐殺」とは古来、中国人同士が南京にて数百万単位で殺しあった史実に基づく出来事です。

日本人が関与した南京での戦争行為は、
「南京事件」という呼称こそ相応しいものです。

「南京大虐殺」とは中国人同士の殺し合いの歴史呼称です。

このふたつは分けて考えるべきです。

「虐殺」と呼べるのは、中国がチベット人に行なった殺戮行為や、終戦直後日本人(一般市民)が満州本土より帰還中に韓国人から受けた陵辱殺戮行為(非人間的殺戮行為)などです。

生きて虜囚の

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/20 17:26 投稿番号: [7073 / 41162]
(5)、日本人の悪しき習性、
恨み憎しみの記念碑を作った中国、韓国などと比較して日本人の、なんとオメデタイ、能天気な振る舞いでしょうか!。原爆による大量虐殺の加害者を糾弾するどころか、逆に被害者である日本人が侵略戦争というあやまちを犯したとして(?)犠牲者に謝罪をするという、世界に前例の無い広島の原爆慰霊碑を作りました。

これこそ敗戦後の米軍防諜部による多額の資金投入により行われた「戦争の罪悪感を日本人の心に植え付ける」ことを目的とした心理作戦( War Guilt Information Program )により洗脳され、さらに占領軍という、絶大な権力者の意向に迎合し、その加害責任のすり替えに自らも協力するという、日本人特有の卑屈な習性、の産物でした。

この「長いものには巻かれろ」という事大主義の卑屈な習性は、日本人のD N A 遺伝子に深く刻み込まれているものです。

慰霊碑の件に限らず敗戦後のシベリアの捕虜収容所に抑留された六十万人にも及ぶ日本兵の間でも、ソ連当局への迎合から共産主義への非同調者を「反動分子」とする密告が盛んにおこなわれました。

その結果自己の信念に忠実な日本人が反革命あるいは反ソ行為の罪を着せられて、ソ連の裁判に掛けられた末、二十年から二十五年の刑を宣告されて、強制収容所送りとなる事態が起きました。

密告や仲間への裏切り行為で積極的にソ連側に協力し、政治将校に取り入り、その権力を背景にして日本人に対する支配権を握り、現地ではシベリア天皇(本名、浅原正基、ペンネーム諸戸文夫、当時のモロトフ「ソ連外相」の名をもじったもの)やチタ(地名)法皇と称された者もいましたが、その連中の中には帰国後、今度は百八十度の思想転換をして某大学の教授にまでなった、変わり身の早い卑劣な男もいました。

平成十年(1998年)六月、中国系アメリカ人の反日団体である「アライアンス」が組織した、「731部隊展、アジアの忘れられた ホロ・コースト」に参加するため日本から渡米した元731部隊隊員 S が、シカゴ空港で入国不適格者 リストに名前があるという理由で入国拒否されて、日本に強制送還されました。(朝日新聞六月二十三日付)

一説によれば731部隊の悪行の「語り部」として活躍していた彼をアメリカに密告したのは、皮肉にもアライアンスや日本の N G O 組織だったと言われていました。

注:)731部隊
旧満州(中国東北部)に設置された日本軍の細菌兵器の研究、開発を行う部隊で、中国人捕虜などを使い人体実験をおこないましたが、 敗戦後は米軍に実験データーを全て引き渡すことを条件に、戦犯の訴追を免れました。

広島市が受けた懲罰は、戦争遂行の途上において受けるべき、日本全体への報復の一部である 原爆投下は報復の為の懲罰だと連合国が言っているのに、何十万人も懲罰により肉親が殺されて、広島市民は悔しくないのですか?。それでも過ちは繰り返しませんと(加害者)に卑屈な謝罪をし続けるのですか?。謝罪について殺された死者は納得し、犠牲者の霊が浮かばれますか?。死者に対して恥ずかしく思いませんか?。

そして外国から訪れる人達も指摘するこの碑文の内容に、更なる疑問を感じないのでしょうか?。

これまで原爆を持ったことのない日本が、投下の過ちを二度と繰り返さないと大量虐殺の犠牲者に誓うことに、どんな意味があるのか?、についてです。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genbaku-2a.htm#shuusei

お人よしというか根性無しというか。「生きて虜囚の」ばかりが、日本人じゃない。外的自己と内的自己の分裂葛藤。いったん敗けて捕虜になると聞かれもしないのに敵に機密をべらべらしゃべり、おまけに、敵機に同乗して空から自軍の基地の所在地まで教えたという。お人よしというか、情けないというか。敗戦で虚脱感にうちひしがれる日本人、昨日まで鬼畜米英を叫んでいたのに今日は手のひらを返したように進駐軍にこびへつらう日本人。GHQの言論統制とWGIP「War Guilt. Information Program」(戦争に対する罪の意識を広める政策)ですっかり洗脳(アメリカナイズ)された日本人。そして、日米経済戦争で企業戦士として闘う日本人。「生きて虜囚の」ばかりが、日本人じゃない。

東京裁判で一般人や将兵から抗議が(あまり)なかったからといって、即「生きて虜囚」に反すると言ったり、南京大虐殺の証拠にしたりするのは浅慮短絡。

裁判と弾圧3

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/20 16:59 投稿番号: [7072 / 41162]
[その6:日本語での法廷通訳の中断]
全被告と弁護人の多くが日本人である以上、東京裁判の法廷における発言は、すべてが日本語に通訳されなければなりません。ところが そうではなかったのです。

昭和二十一年(1946年)五月十三日に弁護側が裁判管轄権を争う動議を裁判所に提出しましたが、その動議を巡る論争の中で 「原爆投下問題」に関するアメリカ人弁護人の発言内容が、突然日本語に通訳されなくなるという事態が起きました。五月十四日に ブレークニー弁護人の弁論の途中から日本語への法廷通訳が突然中断されてしまい、日本語の裁判速記録によれば、以下通訳なしと記録されました。

法廷におけるジョージ・山岡弁護人などの弁護人発言、それに対するキーナン主席検事、マンスフィールド検察官らの異議申し立ての 応酬はいずれも英語のままで、日本語には通訳されませんでした。そこで清瀬一郎弁護団、副団長が発言台に立ち、法廷でのすべての 発言を日本語に通訳するように求めましたが、その後も依然として英語による論争が続き日本語には通訳されませんでした。

午後の法廷で清瀬副団長が再び発言を求め、日本語による通訳がおこなわれなければ公平な裁判とはいえないと抗議しました。裁判長 は必要な翻訳は出来るだけ早い機会に提供すると発言しましたが、ブレークニー弁護人による

検察側の異議申し立ては、(戦争に)勝った方の殺人は合法的であり、敗けた方の殺人は非合法である、という議論のように思える
という発言が日本語に通訳されたものの、しばらくすると再び日本語への通訳が中断されてしまいました。ブレークニー弁護人が 法廷で、発言した内容は、その後東京裁判記録の日本語 版からは抹殺されてしまい、日本人の目に触れることはありませんでした。更にウエッブ裁判長が法廷で日本人弁護側に提供を約束した、 「法廷通訳が中断した際の英文速記録」を日本語へ翻訳した書類は、裁判終了まで遂に提供されませんでした。

* [その7:裁判の違法性]
東京裁判それ自体の違法性については、太平洋戦争の原因 (二)にある、3:パル判事の言葉、の中で詳細に述べています。


ここまで述べた事実から、それでも東京裁判は公正な裁判だったと思いますか?。そこから導き出された結論、すなわち日本を侵略国家 と断罪し、正義は連合国側にあるとした判決の正しさを信じますか?。続けてお読み下さい。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genin-1.htm#kyokou

裁判と弾圧2

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/20 16:58 投稿番号: [7071 / 41162]
[その3:証拠の採用基準]
証拠の採用について東京裁判(極東国際軍事裁判所)の条例によれば、「本裁判所は証拠に関する専門技術的規則に、 拘束せらるることなし」と規定されていました。つまり証拠の採用については国際的に確立された普遍性のある司法の慣習、 ルールに基づくのではなく、戦勝国の裁判官が自分達にとって都合の良いように、勝手に判断するということでした。

その結果、洋の東西を問わず通常の裁判では証拠としての信憑性(しんぴょうせい)、証明力の欠如から、証拠として決して採用され ることのない、

1. いわゆる伝聞証拠、
2. 宣誓なしの証言、
3. 反対尋問のために出廷できない人物による供述書、
4. 原本が無い文書のコピー、
5. 全体ではない日記の抜粋、

などが、この裁判では堂々と証拠として採用されました。

* 伝聞証拠とは
証拠となるべき体験を、「直接体験者」自身が公判廷で供述する代わりに、他の方法で公判廷に提出される証拠のことです。

分かり易く言えば伝聞とは「ウワサ」や「また聞き(間接的に聞く)」のことです。例えば容疑者 A が B に話した 内容を B が直接証言するのではなく、B から聞いた話として C ( あるいは C   から聞いた   D   や、E )が証言することです。

そこには B と C ( あるいは C と D や E )の間での言い違え、聞き違え、誤解に加え、作り話が入る可能性があり 、裁判の常識では信憑性に欠けるため証拠とはみなされません。


* [その4:司法の原則]
英米法に限らず近代法治国家における司法の原則である、「なに人も、自分に関係がある事柄について 、裁判官になることができない」、とする大原則が守られたのかどうか。


「答」:守られませんでした。戦勝国が国際法規には拘束されず自分達に都合の良いルールを作り敗戦国を裁くという不合理以外に、 その運用においても著しく公平性を逸脱していました。フィリピン代表のハラーニョ判事は、バターンの死の行進の生存者でした 。

通常の裁判であれば、被害者がその事件の加害者を裁く裁判官には到底なり得ず、裁判官としての欠格理由 に該当したため即座に交代させられるべきでしたが、彼は最後まで判事の席に留まりました。

ウエッブ裁判長についてもそれまではオーストラリアがニューギニアで開廷した軍事裁判で、日本人に対する戦争犯罪の訴追の 業務に係わっていました。つまり検事の職務に従事していたため戦犯裁判に予断と偏見があり、裁判長としては不適格のため本来忌避 されるべき者でした。

それは野球に例えると対戦相手チームの選手を今度は、球審にして相手チームと試合をするようなもの でした。

いんちきな裁判のことを英語では、Kangaroo Court   (カンガルー裁判)といいますが、カンガルーの国 からやってきた裁判長の法廷指揮は、決して公平なものではありませんでした。


* [その5:判決合議の欠如]
オランダ代表判事のレーリンクによれば、

驚くべきことに、十一ヶ国の代表判事が全員集まって判決について討議する機会は一度もなかった。その上判決については七人の判事 (米、英、中、ソ、ニュージーランド、フィリピン、カナダ)が内密に判決文を書き、それを既成事実として他の四人(フランス、オラ ンダ、オーストラリア、インド)にその結果を渡した
のでした。

フランス代表のベルナール判事によれば、

本裁判を構成する十一名の裁判官が、判決の一部または全部を口頭で討議するために、会合することを求められたことは一度もなかった。 自分が多数判決の終わりに署名したのは裁判所の評議の通例の形式を尊重することを承認したものであって、判決自体を承認したもの ではない。
と述べました。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genin-1.htm#kyokou

裁判と弾圧

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/20 16:53 投稿番号: [7070 / 41162]
>どうも、裁判上のつぶし合いと弾圧によるつぶしでは異なることくらいは理解しましょうね。

単細胞。

当事者(松井等)の裁判ですら、反論、抗議、証拠を無視したり潰したりするようなのは、裁判というよりリンチ、弾圧に近い。相手は勝者であるばかりか、交渉は日本人の不得手な英語で主導権を握られていただろう(たとえば、以下引用「東京裁判の虚構」の[その6:日本語での法廷通訳の中断]参照)。こんな状況下で、当事者以外の敗戦国の一般市民や将兵が批判抗議することは非常に困難であっただろう。(そのうえ、すでに触れた、抗議下手な日本人の国民性がある。)

>GHQにより徹底した言論統制下に置かれていたことから、極東国際軍事裁判(東京裁判)に対する疑問や批判は封じられたばかりか、被告全員を無罪としたインドのパル判事による判決書は、刊行が禁止された。

判決後弁護側は、連合国軍最高司令官へ再審査を申し立てるが、却下され、直ちにアメリカ連邦最高裁に訴願するが、これも却下された。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/tokyosaibann.htm

東京裁判の虚構

* [その1:中立国の裁判排除]
正義と文明の名の下に裁くと称した東京裁判においてアメリカなどの戦勝国は、自らの行為 についても同時に審理の対象として、その理非曲直を法廷で裁き、法の客観性と、公平性、 そして正義を裁判所に求めたのかどうか。

「答」:ノーです。太平洋戦争にはスイスなどの中立国が存在したにもかかわらず、それらの国の代表者を裁判には参加させま せんでした。戦勝国が思い通りの裁判をするためには、中立国による公平な立場からの意見、判断は邪魔な存在となるからでした。

東京裁判が人道に対する罪を裁くと称して、
南京虐殺(?)、バターンの死の行進(フィリピン)などを裁きながら、連合軍兵士が戦場において日本兵や日本人捕虜に対して犯し た数多くの残虐行為や、米国が東京大空襲を初めとする六十もの都市に対する無差別攻撃や、広島、長崎への原爆投下などの際に数十万人もの 非戦闘員を無差別に大量虐殺した戦争犯罪は、決して裁かれませんでした。

更に戦争終了後にもかかわらず、ソ連が六十万人もの日本兵捕虜を満州(中国東北部)や朝鮮からシベリアに移送し、 強制労働に従事させ六万人の死者を出した犯罪についても同様でした。

平和に対する罪を裁くのであれば、
昭和二十一年(1946年)四月まで有効であった日ソ不可侵条約を一方的に破り、 日本がポツダム宣言を受諾し降伏する一週間前の昭和二十年(八月八日)に、突如日本に軍事攻撃を開始したソ連の戦争犯罪も、当然 裁かれるべきでした。
なぜ裁かれなかったのか?。その理由とは、連合国の犯した戦争犯罪が法廷で裁かれない様に、東京裁判の条例 (原語では、 Charter つまり憲章)を彼等に都合の良いように定め、日本と日本人のみを裁くことに決めたから です。

東京裁判を分かり易くいえば、 J と A が喧嘩をした場合に、 J が A のここを殴った、あそこを蹴っ たという A の訴えを採り上げ法廷で審理をするが、 喧嘩の原因となった A が相手( J )を挑発した行為 や、J に加えた残虐な大量殺人の犯行は一切審理しなかったということです。

それらは東京裁判の裁判管轄権外であるとの理由で、訴えを却下しました。

この事実をご存じでしたか?。そして東京裁判の在り方についてどのように感じましたか?。もちろん J とは日本であり、 A とはアメリカに代表される連合国のことですが。  

注:1)裁判管轄権
裁判管轄権を一言でいえば、裁判所の持つ裁判権を行使する範囲のことです。あらかじめ喧嘩の一方(日本)のみを裁く裁判所 条例を作り、その上でおこなった裁判とは、客観的に見れば著しく公平性を欠く裁判、つまり復讐の ための裁判であったということです。

(中略)

連合国側の犯した数多くの戦争犯罪は、その後まったく裁かれずに現在に至っていますが、これこそが彼等の唱える正義と文明の正体なのです。

(中略)

* [その2:偽証罪の規定]
偽証罪の規定が存在しない裁判所条例の下で、証人のおこなった証言が証拠としての 証明力、信憑性(しんぴょうせい)に疑問の余地が無かったのかどうか。

「答」:たとえ証人が偽証(ウソの証言)をしても罰せられない裁判とは、敗戦国の被告たちを有罪にするためにはウソの証言でもか まわないとするものであり、裁判の名に値しないほど不正で不公平なものであり、正義を求める裁判とは無縁のものでした。

これこそが「国際世論」というもの。。。

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/20 11:48 投稿番号: [7069 / 41162]
これこそが「国際世論」というもの。。。

http://edition.cnn.com/2005/WORLD/asiapcf/08/15/pacific.victoryday/index.html

《アメリカ合衆国   CNNニュース》視聴者アンケート(QUICK   VOTE)

あなたは、日本が第二次世界大戦の犠牲者に対する補償支払いをするべきであると思いますか?
Do you think Japan should make compensation payments to victims of World War II?

Yes 1% 131926 votes
No 99% 16904521 votes
Total: 17036447 votes

日本は補償するべき        1%

日本は戦後補償の必要は無い   99%

これが国際世論というもの!

皆さんも参加しましょう!

>>松井石根大将は冤罪なのか?

投稿者: bukurababukura 投稿日時: 2005/08/20 11:25 投稿番号: [7068 / 41162]
タイトルの問いに、答えがないとあたかも勝ち誇っているようにみえる、
あなた様は本当におばかさんですね。

では、ご自分でお調べになって、その結果を皆様にお知らせすれば良いでしょうに。
目糞鼻くそで御座います。

先に述べた山下将軍、今村将軍裁判では、証人を志願した兵士たちが、
B・C級にするぞと脅され、証言拒否された事実があります。勝者による報復裁判の
スムースな進行に邪魔だったからですよ。

あなた様は帝国陸軍についてどの位ご存知なのですか?

歩兵銃の性能は?
機関銃小隊は一大隊につきいくつありました?   機関銃の性能は?

なによりも、第十軍および上海派遣軍に対する兵站は?

このような基礎も知らぬまま、一日当り何人、三ヶ月で何人なぞと机上の計算をされる  
あなた様が不遜かつ下郎と申しあげているのです。

NHKTVをみてアウシュヴィッツを語るなんて、笑止千万!

ヒムラー、ハイドリッヒ等がヒトラーの許可を得てから「殺人工場」が稼動するまでの歴史は  
ご存知なのですか?

せめて、下記の本でも熟読して下さい。

William Shirer:

The Rise and Fall of the Third Reich

Simon & Schuster, NY, 1960

ナチスについての書物でもっともお奨めです(1,245ページ)。

少しは、オリコウさんになって下さいね。

遁走 yominokuni56 へ

投稿者: chankoro_kirai 投稿日時: 2005/08/20 09:55 投稿番号: [7067 / 41162]
昨日、別トピで沢山の人から責められて遁走したと思ったら、
今度はここで恥をかいているのか。

中国カテに帰って返答しろよ。

どうせここでも最後は遁走するのだろうが。

こちらにも、一応ご返信

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/08/20 08:22 投稿番号: [7066 / 41162]
あなたのレス、抽象的で、わかりにくいです。何かを主張しようと思うのであれば、なるべく具体的な話を書く方がいいと思います。

一応突っ込んでおきますので、もう少し具体的に、書き直してみてください。



>>東京裁判では、10万未満となってたはず。
>10万以上ですか

私の言っていることはこれだけなので、話はこれでお終いなんですけどね。以下、どこかから写してきたような、オリジナリティのない抽象的な「感想」をつらつら書き並べられても、読む方は、面白くも何ともありません。


で、いきなり、「あの」松尾さんのページへのリンクですか。

http://www.history.gr.jp/nanking/mistake.html

何で、ネットの世界ではすっかり馬鹿にされきっている松尾さんのページなどにリンクを貼るんでしょうか?   あなたまで同じレベルに見られます。

しかもトップページにリンクを貼られても、リンクの意図がさっぱりわかりません。


>好い加減な裁判、勝者の報復裁判である事が良く分かる。

細かい「事実」の話をしている時に、突然、「東京裁判論」などというマクロテーマに話をすりかえられても困るのですが。
今は、「東京裁判の正当性」などという話はしておりません。「東京裁判での判決では10万未満」なんてとんでもないことを言い出す方が出てきましたので、おいおい、それは違うよ、と指摘しただけの話。

「好い加減な裁判」と主張するのでしたら、きちんと具体例をあげた方が説得力が増します。まあ、この種の話は、読む方も飽きていると思いますので、くれぐれも「コピペ」なんかで手を抜かないように。


>柳川平助、中島今朝吾、裁判以前に病死
>長勇は戦死。

だから、何だと言うのでしょうか?   ここにこの文章をもってくる意図が、わかりません。


>事実であるなら、得体の分からぬ証言を宣伝する必要も無い。
>しかも、軍歴を詐称する必要も無い。

説得力のある文章を書きたいのでしたら、「得体の分からぬ証言」「軍歴詐称」の具体例を出すものです。これではさっぱりわかりません。


>朝日と撫順戦犯管理所に収容されていた兵士等。

???   「東京裁判」とは関係ないと思いますが・・・。
しかし、「朝日」や「撫順戦犯管理所に収容されていた兵士」が「信用できない」とする根拠は、何でしょうか?   実際に、「撫順戦犯管理所に収容されていた兵士」が書いたものに、当ってみましたか?


>怪しげな証言と勝者の報復裁判
>信用できるか?  

別に、「東京裁判」の証言を隅から隅まで「信用」する必要はありませんし、個別の証言を疑ってかかるのでしたらそれはそれで結構です。念のためですが、「敗者の証言」にも、相当「怪しげ」なものがありますよ。

しかし、初めから「すべて間違いである」と決め付ける必要もないでしょう。少なくとも歴史家の間では、「東京裁判速記録」は、(玉石混交の)「データ」の山として認識されていると思います。


>何事に付けても騒ぐ人権屋は、なぜ東京裁判を正当化するのだろう?

すべての「人権屋」なるものが、「東京裁判」を「正当化」している、ということの具体的な説明をどうぞ。「人権屋」というのは、「人権をもとに金もうけをしている人」という意味でしょうか?   この表現自体、一方的な誹謗であるような気がしますが、いずれにしても、具体例がないと、よくわかりません。

例えば私の手元に、粟屋憲太郎氏の『東京裁判論』という本がありますが、この本は、「東京裁判」を、冷静な研究対象として捉えていますね。別に「正当化」はしていません。


>出鱈目裁判が正しいのなら、冤罪という言葉は必要ない。

日本語として、論理的にわかりにくい文章です。松井大将が「冤罪」であると主張するのであれば、その具体的な論拠をどうぞ。まさか、「南京事件の被害者は数万人に<過ぎなかった>から「冤罪」だ」、って言うんじゃあ・・・。


>くれぐれも、「法螺話の嘘」を繰り返さないように、お願いしますね(^^)

私の言っていることは、「東京裁判の判決文には「10万人以上」と書かれている」という単純な事実。どこが「法螺話」なのでしょうか?   まあ、数字だけ捉えれば、「10万以上」「20万以上」というのは、「嘘」とまで断定できる数字ではないと思いますけれどね。

>誰も答えられないようですね?

投稿者: aiippai71 投稿日時: 2005/08/20 06:46 投稿番号: [7065 / 41162]
yominokuni56さんと複数の方たちのやり取り
はっきり言って意味が無い。
yominokuni56さんの言っている意味はわかりますが
あの時の状況で誰が抗議できますか?
卑怯者の軍隊?
下らない質問しか出せなく、尚且つ相手の意見には耳も貸さず「お疲れさん」だの「はい、がんばりましょう」とかしか言えないくせに自分が優位に立っているつもり?

これだけ多くのレスを出していても誰一人として貴方に同調する人が現れないのは何故だか少し考えた方が良いですよ。

誰も答えられないようですね?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/20 06:25 投稿番号: [7064 / 41162]
南京へ侵攻した上海派遣軍を筆頭に第10軍など延べ人数にして約15〜17万人の兵士が参加、侵攻していることはご存知でしょう。

そして敗戦後、南京事件が東京裁判で明らかになり、松井石根大将が有罪となりましたが、、この当時、この南京侵攻作戦に参加した兵士の生き残りは、どうしていたのでしょうかね?

恥の文化の日本人が、無かった事件を存在したとして、その行為を咎められ、責任者は絞首刑となっておりますよ。
日本は生き恥をさらしたこととなっております。

「生きて虜囚の辱めを受けず、、」と死よりも恥を重んじ、自決あるいは自爆、万歳突撃をして亡くなった兵士の数は民間人をも含めて、カナリの数に上っております。

兵士の犯した罪で松井大将はその防止策を取らなかった罪で絞首刑とされております。
実行犯とされる士官、下士官、兵士はダンマリを決め込んだのでしょうか?

卑怯者の軍隊だったのでしょうか?
天皇陛下に恥じをかかせて、無視したのでしょうか?


それでも、ダンマリを決め込まなきゃならないとしたら、、それは事件に関与したと考えるのが当然ですよね。

いまだ、誰も答えてはいない(笑)

>抗議など?よりも 酸素が必要だぞ

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/20 06:22 投稿番号: [7063 / 41162]
脳みそ少しかき回して、酸素入れてあげなきゃ〜

もう   脳死状態じゃないか(笑)

>松井石根大将は冤罪なのか?誰も?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/20 06:20 投稿番号: [7062 / 41162]
>それにしても、あなた様の文章は日増しに下品になります。   戦争の犠牲者に付いて語るならば、それなりの倫理感をお持ちなさい、痴れ者が!

痴れ者が! ??これが貴方の品性でしょう、、

戦争に倫理感、、?
おかしな事を、、、戦争に倫理があるのか?  
人殺しを競う行動の倫理観とやらを聞きたいモノです(笑)

きれい事並べたところで、素養は隠せませんよ(笑)

正論を述べてからにしましょうね。
そう知れば品性も身につくものです(笑)

媚びを売るつもりは毛頭ありませんから、悪しからず、、嫌なら読むな、気にするな、
読むと言うことは少なからず罪悪感があるからだろうと思いますね(笑)

>>抗議など、しなかった?これ抗議?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/20 06:15 投稿番号: [7061 / 41162]
>蒋介石の次男蒋緯国は、抗日戦争勝利後、日本へ乗り込んで、日本の対支侵略軍事計画の内容を見ようとした。しかし、どんなに探してもそれらしいものは見つからなかった。それで日本にはそんな計略がなかったことがわかった。


何処を探したんでガス?
731部隊の証拠も計画書も無かったでガス?

小野田少尉への命令書も無かったでガス。

南京攻略侵攻作戦計画書も当然ながらありませんでしたでガス。

上海派遣軍も内地へ帰れるとばかり思っておりやしたでガス、、命令書もなかったでガス、、どこを探しても、、
中国大陸は広いでガス、日本人が探しにいっても   そんなもの無かったでガス

あほらしい   ことで   ガ〜〜ッス

>>抗議など、しなかった?どうもね?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/20 06:08 投稿番号: [7060 / 41162]
問題意識がないのかな?

松井石根の裁判記録など誰も聞いてはおりませんがね、、

こんなこと知っておりますよ。

実行犯とされた、彼の部下の兵士、下士官、士官、将校の抗議を聞いているのですが、、、?

解りませんか?

松井は刑死まえには自らの不甲斐なさを吐露し認めていましたね。

重光葵は彼の犯罪性を認めた発言をしておりますよ。

>その何らかの抗議について知りたいモノですがね。
無視したり、潰したりなど、そんなことはありませんでしたよ。

どうも、裁判上のつぶし合いと弾圧によるつぶしでは異なることくらいは理解しましょうね。

まともな正論を御願いしますね。
はい、頑張りましょう、、、

heinz_bar,,?君か、、

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/20 06:00 投稿番号: [7059 / 41162]
はい、   お疲れさん、、

>嘘に決まってます?ウソ言っちゃ遺憾ね

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/08/20 04:55 投稿番号: [7058 / 41162]
>30万の死体を山の様に重ねて写真を撮ると言うのかい?(笑)

中国では死体を山のように積み上げて、土をかけて造る人口の山を「京観」と言うそうだ。

つまり死体を山のように積み上げるのは、中国の伝統である。

万人塚も中国の伝統的虐殺文化だし、南京は中国王朝が変わるたびに、大虐殺が繰り返された土地。

太平天国の乱では100万人が南京で虐殺されたとも言われている。
南京を掘り返したら、人骨が大量に出てくるだろうね。

yominokuni56くんはしっかりと反日教育を教え込まれたようだね。



①   中国では、子供たちに日本に対する   『強い恨みを心に刻み込ませよ』   と教師の指導書に記載されていた。

②   南京大虐殺についても「この世のものとは思えぬほどの悲惨な大虐殺を強調し、日本帝国主義に対する深い恨みを心に刻ませる」とある。

③中国の教師用指導書に「日本の右翼勢力が、南京大虐殺の事実を隠し、侵略の事実を消し去る企みに対して、常に警戒しファッシズムを警戒するよう教える」

④朝鮮戦争について、中学の教科書には次のように書いている。
  「1950年、朝鮮戦争が勃発した。アメリカ帝国主義は横暴にも国連軍を指揮して朝鮮を侵略した。彼らは38度線を越えて、まっすぐ中国辺境まで攻め上り、わが国の安全をひどく脅かした」

⑤チベット問題について、中学教科書では「中国人民解放軍は1951年5月チベットを平和的に開放した」と書いている。

⑥1989年の天安門事件について教科書に全く記述がない。

>また、適当なことを

投稿者: asia1867 投稿日時: 2005/08/20 04:43 投稿番号: [7057 / 41162]
>東京裁判では、10万未満となってたはず。

10万以上ですか

http://www.history.gr.jp/nanking/mistake.html

好い加減な裁判、勝者の報復裁判である事が良く分かる。

柳川平助、中島今朝吾、裁判以前に病死
長勇は戦死。

事実であるなら、得体の分からぬ証言を宣伝する必要も無い。

しかも、軍歴を詐称する必要も無い。

朝日と撫順戦犯管理所に収容されていた兵士等。

怪しげな証言と勝者の報復裁判

信用できるか?

何事に付けても騒ぐ人権屋は、なぜ東京裁判を正当化するのだろう?

出鱈目裁判が正しいのなら、冤罪という言葉は必要ない。

くれぐれも、「法螺話の嘘」を繰り返さないように、お願いしますね(^^)

>>抗議など、しなかった?

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/20 02:55 投稿番号: [7056 / 41162]
>その何らかの抗議について知りたいモノですがね。
無視したり、潰したりなど、そんなことはありませんでしたよ。

そうかな。ちょっと調べたら以下のようなのがあった。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7154/generalmatsui.html
松井石根(まついいわね)大将

第五章   南京事件と東京裁判

* 編者解説
* 一、検事取調べの要旨
* 二、起訴状に対する意見
* 三、キーナン首席検事の冒頭陳述に対する意見
* 四、南京虐殺、暴行に関する証言に対する抗議
* 五、松井石根被告の宣誓口供書

以下「編者解説 」より。

(3)   キーナン首席検事の冒頭陳述は6月4日(公判第9回)に行われた。
  この陳述は英文4万字に及ぶぼう大なもので、「この裁判の原告は文明である」と大見得を切った。
  これに対して松井は、幾世紀にわたり、アジア、アラブ、アフリカを侵略し、植民地化した西欧帝国主義の戦争と、われわれ日本が戦った日清・日露戦争はじめ大東亜戦争とは、同じ戦争といっても本質的に違う。
  欧米の侵略戦争は「文明」に添った戦争で、日本の戦った戦争は「文明への反逆」であるとでも言うのか。「何が文明か」という強い反駁(はんばく)が大アジア主義としての松井にはあった。
  「共同謀議」についても、「日本は主権君主国である。米国の習慣や方式をそのまま我が国に適用するのは誤りである」と言い切っている。
  日本にはヒトラーのナチスのような独裁政権は無かった。
  天皇も議会も健在であり、昭和3(1928)年から終戦(1945)までの17年間に、日本の政権は16回も交代している。

(4)   南京事件については、第4項の「南京虐殺・暴行に関する証言に対する抗議」と併読していただきたい。
   キーナンは「無警告に南京を攻撃せり」と称して、松井軍司令官の降伏勧告文の散布と24時間の停戦猶予すら認めていない。
  国際法の陸戦法規に違反する「便衣隊戦術」や「清野作戦」(焼き払い)に日本軍はいかに悩まされた、第3国人の権益や国際関係の錯綜(さくそう)する中で、日本軍は多くの犠牲を払いつついかに戦ったか、このような事態の中で、松井はその軍紀風紀の粛清と、国際問題にいかに心を砕き、苦心を払ったかがこの文章で理解できよう。

(5)   最後の「宣誓口述書」は前4項と重複する面が多いが、一言だけ付言するならば、このような松井の真実を吐露(とろ)しての自供も、また弁護人の数万言にも及ぶ理に添った証拠を提示しての最終弁論や弁護側証人の発言も、多数判決は一顧だにもせず、これらの発言を全く無視して、検察側証人のウソ八百のデタラメ証言のみを採用して、松井に極刑をかしたのである。
  「南京大虐殺事件」はまさしく東京裁判において捏造(ねつぞう)された事件であると言われるゆえんである。

(6)   松井にかした極刑の理由は、軍司令官として「責任無視」の不作為があったとするもの(訴因第55項)であって「俘虜及び一般に対する違反行為の命令・受権・許可による戦争法規違反」(訴因第54)では無いとされている点、すなわち、言うところの「虐殺」は組織的、計画的な命令によるものではないと判決している点、当然のことながら銘記(めいき)すべきである。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7154/generalmatsui.html


>キーナンは「無警告に南京を攻撃せり」と称して、松井軍司令官の降伏勧告文の散布と24時間の停戦猶予すら認めていない。
>最後の「宣誓口述書」は前4項と重複する面が多いが、一言だけ付言するならば、このような松井の真実を吐露(とろ)しての自供も、また弁護人の数万言にも及ぶ理に添った証拠を提示しての最終弁論や弁護側証人の発言も、多数判決は一顧だにもせず、これらの発言を全く無視して、検察側証人のウソ八百のデタラメ証言のみを採用して、松井に極刑をかしたのである。

いわゆる東京裁判は、裁判の名に値するかどうか。勝者によるリンチのようなものではないか。

当事者には部外者にはない経験、目撃があるだろうが、一方渦中にいる人間には事件、事態の俯瞰ができない。

たとえば、いまでこそ埋葬記録には重複があるとされているが、東京裁判当時それを実証するてだて、時間があったかどうか。また、いわゆる「百人斬り」は、新聞記事などを動かぬ証拠とされたようだが、それが現在ようやく抗議(裁判)されている。このような例は大小多数あろう。半信半疑とはたとえばこのようなことだ。

ご苦労様です

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/08/19 21:30 投稿番号: [7055 / 41162]
もう少し投稿していただければうれしいのですが。

またの投稿を楽しみにしています。

>>抗議など、しなかった・・・

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/08/19 20:57 投稿番号: [7054 / 41162]
>日本政府は謀略と暗殺で中国大陸を侵略すべく虎視眈々と長年にわたって、狙っていたのを、、消極的に堪忍袋が破裂したとは、、呆れますよ。
_____________________________________________________

蒋介石の次男蒋緯国は、抗日戦争勝利後、日本へ乗り込んで、日本の対支侵略軍事計画の内容を見ようとした。しかし、どんなに探してもそれらしいものは見つからなかった。それで日本にはそんな計略がなかったことがわかった。

彼は蒋介石の死後間もないころ(だったと思う)、そのことを国民党の機関紙『中央日報』に書いた。わしはその文を切り抜いて保存してあるのだが、今それを探すのはめんどう、探し出して日本語に翻訳するのもめんどうだ。わしは台湾人だから、この問題に深く踏み込む立場にない。しかし必要があれば探し出して翻訳して、このトピに書き込んでもよいぞ。

蒋緯国がそんな文章を『中央日報』に書いた理由は、蒋介石の偉さを吹聴するためだった。「日本軍は何の計画も無く戦争にはまり込んだが、蒋介石総統は戦う前から綿密な計画を持っていた。だから勝てたのだ。蒋総統は偉い」というのだ。

蒋介石には蒋経国、蒋緯国という二人の息子がある。兄の蒋経国は前妻の子(後妻は宋美齢)、弟の蒋緯国は養子で、血のつながりはない。養子であることは公にされなかったが、秘密ではなかった。蒋介石周辺の者は、誰でも知っていた。養子は政治に参与させてもらえず、軍人とし育てられ、純軍人として一生を終えた。

戦争は残念乍、参加者全員が有罪

投稿者: nominomi3 投稿日時: 2005/08/19 19:55 投稿番号: [7053 / 41162]
戦争犯罪を本当は誰も裁ける訳が無い。
だから、不毛の論議は無駄。
自己の信じるものを信じる。
自国の信じるものを信じる。
それしか無い。
余りに単純かな?

>松井石根大将は冤罪なのか?

投稿者: bukurababukura 投稿日時: 2005/08/19 16:12 投稿番号: [7052 / 41162]
第十四方面軍司令官山下奉文大将の訴因も部下の残虐行為に対する統制不足でした。

第八方面軍司令官今村均大将に対する訴因も同じです。

数多くの部下の残虐行為に対し、最高司令官の罪がとはれるものならば、マッカーサー元帥も有罪です。

それにしても、あなた様の文章は日増しに下品になります。   戦争の犠牲者に付いて語るならば、それなりの倫理感をお持ちなさい、痴れ者が!

>抗議など

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/19 14:51 投稿番号: [7051 / 41162]
>戦争における、恥、と文学における恥を同列に並べる理不尽さを貴方は感じませんか?
>戦陣訓、、、太宰の文学と共通するか?

これこそお笑い草。文学のなんたるか解っていない。無駄だろうが。

「生きて虜囚の」ねえ。(苦笑)

日本軍捕虜が、米軍に軍事機密を進んで漏らしただけでなく、わざわざ米軍爆撃機に同乗して日本軍基地のありかをここだあそこだと教えたとか。

明治維新以来、内的自己(伝統日本)と外的自己(欧米)に分裂している日本人の自己。このトピの連中もほぼどちらかに属するのだろう。

豹変。どうして抗議しない。は、ここに主因があるのだろう。

>抗議など、しなかった、事実だからか?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/19 06:28 投稿番号: [7050 / 41162]
>よくは知らないが、なんらかの形の「抗議」はあったのじゃないかな。状況が状況だから無視されたり押しつぶされたり。

その何らかの抗議について知りたいモノですがね。

無視したり、潰したりなど、そんなことはありませんでしたよ。

日本側弁護士もちゃんと付いておりましたし、東条英機以下A級戦犯とされた人達は全員無罪を主張しておりますよ。

インドのパール判事も原爆投下の責任も追及しておりますよ。
もっとも連合国側の負の部分の公表は占領が終わるまで伏せられた経緯はありますがね。


>「生きて虜囚の」だけが恥の文化じゃない。生まれてきてすみません(太宰治)も恥の文化だ。「人間失格」の冒頭は?心中はらわたが煮えくりかえるほどの怒りや義憤をおぼえても、生まれてきてすみません。大宰がいまだに日本人に人気がある(理解される)のはなぜか。


戦争における、恥、と文学における恥を同列に並べる理不尽さを貴方は感じませんか?
武士道なんてモンじゃ、、ありませんよね。

生きて

死よりも恥を重んじることが如何に、不合理なな事か?そして、実際に突撃しているのですよ。
太宰が恥を重んじ、突撃しましたか?
太宰の作品を読んで、突撃した読者?居ますか?勝手に自殺した者はいるでしょうが、、強制的自決ではありませんよね。
ナルシストの勝手なマスターベーション的自殺者でしょうね。


>この消極的態度とも関連するが、寝耳に水、半信半疑(良心的、慎重)という状況でもあったのじゃないかな。

お笑いじゃないか?半信半疑で絞首刑か(笑)

部下の不始末で絞首刑となっているのに、その実行犯とされた部下が半信半疑とは、、、だから抗議すべきだったのじゃないか?おかしな人だね(笑)
数千人は存在したのじゃありませんかね。みんな半信半疑?それとも惚けたのかね(笑)


>消極(堪忍袋)的態度が一変し(キレ)て台風、地震みたいに場当たり的無軌道(やけくそ)にもなる。大東亜戦争ではそういう面が強かったように思う。

あははっは。
日本政府は謀略と暗殺で中国大陸を侵略すべく虎視眈々と長年にわたって、狙っていたのを、、消極的に堪忍袋が破裂したとは、、呆れますよ。
中国、韓国人が怒るわけだ(笑)
反省無き民族と言われる所以だね。

自国の戦争責任さえ裁けない国民だから、致し方もないだろうがね。

戦陣訓、、、太宰の文学と共通するか?

第1   敬    神

  神霊上に在りて照覧し給ふ。

  心を正し身を修め篤く敬神の誠を捧げ、常に忠孝を心に念じ、仰いで神明の加護に恥ぢざるべし。



第2   孝    道

  忠孝一本は我が国道義の精粋にして、忠誠の士は又必ず純情の孝子なり。

  戦陣深く父母の志を体して、克く尽忠の大義に徹し、以て祖先の遺風を顕彰せんことを期すべし。



第3   敬礼挙措

  敬礼は至純の服従心の発露にして、又上下一致の表現なり。戦陣の間特に厳正なる敬礼を行はざるべからず。

  礼節の精神内に充溢し、挙措謹厳にして端正なるは強き武人たるの証左なり。



第4   戦友 道

  戦友の道義は、大義の下死生相結び、互に信頼の至情を致し、常に切磋琢磨し、緩急相救ひ、非違相戒めて、倶に軍人の本分を完うするに在り。



第5   率先躬行

  幹部は熱誠以て百行の範たるべし。上正しからざけば下必ず紊る。

  戦陣は実行を尚ぶ。躬を以て衆に先んじ毅然として行ふべし。



第6   責    任

  任務は神聖なり。責任は極めて重し。一業一務忽せにせず、心魂を傾注して一切の手段を尽くし、之が達成に遺憾なきを期すべし。

  責任を重んずる者、是真に戦場に於ける最大の勇者なり。

 

第7   生死 観

  死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精神なり。

  生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし。



第8   名を惜しむ

  恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。



第9   質実剛健

  質実以て陣中の起居を律し、剛健なる士風を作興し、旺盛なる士気を振起すべし。

  陣中の生活は簡素ならざるべからず。不自由は常なるを思ひ、毎事節約に努むべし。奢侈は勇猛の精神を蝕むものなり。



第10   清廉潔白

  清廉潔白は、武人気質の由つて立つ所なり。己に克つこと能はずして物慾に捉はるる者、争でか皇国に身命を捧ぐるを得ん

一応、ご返信

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/08/19 06:13 投稿番号: [7049 / 41162]
真面目に返信する必要があるのかどうかよくわかりませんが、間違いや問題記述が目立ちますので、一応、コメントしておきます。


>10万未満じゃなく、10万以上ですか。

はい、正解。「東京裁判判決」では、「10万以上」と「20万以上」というふたつの数字を見ることができます。


>いくら、報復裁判でも、15万とか20万とかの数字は明記できなかったとの事ですね。

「20万人以上」の数字は、判決文中に明記されていますけど。よく見てください。

ついでに、秦郁彦氏にご登場いただきましょう。

>東京裁判でも、松井大将に対する判決のほうは犠牲者数を十万としている。二十万人との食い違いが気になるが、法廷は十万人でも松井を死刑にするためには充分なので、数をつめる必要を認めなかったのかもしれない。

秦氏の言う通り、「東京裁判」では、法廷はあまり「数」にはこだわっていなかったのでしょうね。「10万」だろうが「20万」だろうが、「大虐殺」の事実を示すことができればそれで十分、というわけです。


>くれぐれも、20万とか30万とかの数字は「嘘」ですから、「嘘」を繰り返さないように、お願いしますね(^^)

私は過去、「20万とか30万とかの数字」を主張したことはありませんけど。「繰り返さないよう」とは、どういうことでしょうか(^^)

余談ですが、私見では、笠原説上限の「20万」というのは、資料解釈と「虐殺」の定義の方法によっては「議論」としてありうる(上限の)数字、しかし中国側の「30万」というのは真面目な資料解釈を行う限りでは無理のある数字、と認識しています。私には、「20万」を「嘘」とまで決め付ける度胸はありません。

さらに言えば、「20万」と「30万」とでは、虐殺の定義も範囲も違いますので、「20万とか30万とか」と同列に並べて論じることはできないと思います。



>ついでに、松井石根将軍に対する
>論告での虐殺人数
>起訴での虐殺人数
>これらは、どんな員数になってる?

人に聞かないで、自分で調べてください。その上で、自分の論があるのであれば、展開してください。何を言いたいのかよくわかりませんが、具体的な数字をあげて議論すれば、もっと説得力が増すと思いますよ。


>犠牲者は気の毒だ。
>無理な徴発や暴行は有っただろう。

はい、ここはその通りですね。


>それをして、南京大虐殺とは。
>始めは南京城内、そして城外も、それで足らぬとして南京近郊、まだ足りぬと言って上海から南京に到る迄。

「始め」から、中国の主張は、虐殺範囲は「城内」ではなく「城外」を含む概ね「南京市」の部分だったと思いますが。「城内」のみを「範囲」として主張した事実はないと思います。

笠原氏などは「南京特別市」を「事件の範囲」として考えていますが、これは「事件の実態を的確に把握するのにはどのような範囲が適切であるのか」という視点からの判断であると思います。ここは「考え方」の世界ですから、別に中国に追随して、同じ範囲でモノを考える必要もないでしょう。



>数も増えていく10万、20万、30万、60万
>エーイ面倒だ、1000万
>次は3000万?
>いつまで、こんな与太話が続くのか。

「60万」や「1000万」や「3000万」を主張している方はいませんので、「与太話」なるものをでっちあげて、それをもっともらしく批判するのは、いかがなものかと思います。

ちなみに中国の主張は「南京裁判」の時からもう「30万以上」ですから、中国の主張に関する限りでは、「数も増えていく」というのは間違いですね。

↓与太話の典型

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/19 06:05 投稿番号: [7048 / 41162]
>いつまで、こんな与太話が続くのか。

こっちが聞きたいね。
教えて下さい。

>また、適当なことを

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2005/08/19 02:48 投稿番号: [7047 / 41162]
10万未満じゃなく、10万以上ですか。

いくら、報復裁判でも、15万とか20万とかの数字は明記できなかったとの事ですね。

くれぐれも、20万とか30万とかの数字は「嘘」ですから、「嘘」を繰り返さないように、お願いしますね(^^)

ついでに、松井石根将軍に対する
論告での虐殺人数
起訴での虐殺人数
これらは、どんな員数になってる?

法螺話と与太話。

南京へ観光に行ったと勘違いしている。
戦争は、殺し合い。
犠牲者は気の毒だ。
無理な徴発や暴行は有っただろう。

それをして、南京大虐殺とは。
始めは南京城内、そして城外も、それで足らぬとして南京近郊、まだ足りぬと言って上海から南京に到る迄。

数も増えていく10万、20万、30万、60万

エーイ面倒だ、1000万

次は3000万?

いつまで、こんな与太話が続くのか。

ウソ言っちゃ遺憾ね、中国

投稿者: perduememoire 投稿日時: 2005/08/18 23:17 投稿番号: [7046 / 41162]
「中国教科書・歴史を歪曲」ニューヨーク・タイムズ

中国では日本をたたくことが国民的な娯楽と伝える。

中国の歴史教科書こそ近年の歴史をきわめて選別的に教え、ゆがんだ見解を提供している」と述べ、
ゆがみの実例として

(1)中国軍はチベットやベトナムに侵攻したのに、自衛以外の戦争はしたことがないと教えている

(2)第二次大戦で日本は米国ではなく中国共産党軍により敗北させられたと教えている

(3)1950年代に毛沢東主席が断行した「大躍進」の政策失敗で三千万人も餓死した事実は教えない

(4)朝鮮戦争は米国と韓国が北朝鮮を侵略したことで始まったと教える−などをあげている

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=ffccf4x78&sid=1143582&mid=92881

すげーな、中国。
毛沢東時代に、南京虐殺で中国が捏造する人数をなんと百倍単位で抜いてるよ。

国民を何千万人も殺した毛沢東を崇拝する中国人に、靖国を責める資格はないと、ついこの間アメリカが言ってたな。

抗議?

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/18 23:08 投稿番号: [7045 / 41162]
>何故、抗議しなかったのでしょうかね?

よくは知らないが、なんらかの形の「抗議」はあったのじゃないかな。状況が状況だから無視されたり押しつぶされたり。

それよりも、「抗議」できる状況じゃなかっただろうし、まともに(つまり欧米式に)「抗議」できるようなら、もっと違った戦争をしていた(いなかった)だろう。

つまり、手のひらを返すような豹変は、台風一過とか散る桜花とか恥の文化とか関係あるのだろうね。「生きて虜囚の」だけが恥の文化じゃない。生まれてきてすみません(太宰治)も恥の文化だ。「人間失格」の冒頭は?心中はらわたが煮えくりかえるほどの怒りや義憤をおぼえても、生まれてきてすみません。大宰がいまだに日本人に人気がある(理解される)のはなぜか。

この消極的態度とも関連するが、寝耳に水、半信半疑(良心的、慎重)という状況でもあったのじゃないかな。10の実力があっても、いやあ私なんか、と5か6の(慎重な)態度。5しかなくても恥ずかしげもなく10、20を主張する欧米人の積極的態度。抗議のしかたにもあらわれる。

やましいところ(5)はあったのだろう。それを相手(欧米)から10だ20だといわれると、そうかもしれない(半信半疑)となる。

消極(堪忍袋)的態度が一変し(キレ)て台風、地震みたいに場当たり的無軌道(やけくそ)にもなる。大東亜戦争ではそういう面が強かったように思う。

嘘に決まってます?ウソ言っちゃ遺憾ね

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/18 21:58 投稿番号: [7044 / 41162]
南京特別市の人口は150万人から170万人とされておりやすよ。

アンタの20万人は南京保護区に保護された中国人の数でしょうね。

25万人に増えたと言うのはその保護区へ後から、保護をもとめてやって来た中国人でしょうね。

勘違いもいいとこだね(笑)

>決して30万人の死体の写真はない

程度の低い事、呆れるね。
30万の死体を山の様に重ねて写真を撮ると言うのかい?(笑)

>6.   そもそも、東京裁判でアメリカが日本を裁くために誇張した事件。証拠とされるものは殆んどが後付けで、初めに虐殺ありきだった。

おっ、、期待できそうね(笑)

東京裁判で南京虐殺事件の虐殺防止措置を執らなかった責任を問われ、松井石根大将はA級戦犯として絞首刑になっておりやすが、、無かった事件の責任を執らされたとすると、南京攻略戦に参加した兵士、下士官、士官、将校合わせて延べ人数約15万人強の日本人が居たわけで、敗戦後内地に帰還していた兵士も数万人はいたと考えられますよね。
彼らが実行犯なんですがね、、

何故、抗議しなかったのでしょうかね?
毎日、東京裁判の経緯は新聞で報道されておりやしたし、また「生きて虜囚の辱めを受けず、、」と突撃し、自爆、自決、万歳攻撃を繰り返した、死ぬことよりも恥を重んじた日本軍兵士が、、何故、日本国の恥、、天皇陛下の恥、、に対して抗議行動を起こさなかったのか?

あなた、不思議と思いませんか?(笑)

卑怯じゃ、あ〜〜りませんかね

それで、未だに   日本国の恥べき事件として世界中に知れ渡っておりやすよ。
何とかしましょうよね。
(笑)

>松井石根大将は冤罪なのか?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/18 21:43 投稿番号: [7043 / 41162]
あんた解る?

天皇陛下の恥、日本の恥   さらしたのに、誰も抗議しなかったこと、、?

頼むからおせ〜〜て、、御願い(笑)

また、適当なことを

投稿者: matunami2005 投稿日時: 2005/08/18 19:03 投稿番号: [7042 / 41162]
>東京裁判では、10万未満となってたはず。

判決文をアップしてありますので、こちらをご覧ください。

http://www.geocities.jp/yu77799/toukyousaiban.html



>嘘も繰返せば、事実となる。
>宣伝の常套手段。

「東京裁判10万未満説」を唱える方から、こんなセリフを聞こうとは。

くれぐれも、「嘘」を繰り返さないように、お願いしますね(^^)

>嘘に決まってます

投稿者: asia1867 投稿日時: 2005/08/18 17:45 投稿番号: [7041 / 41162]
広島、長崎の原爆犠牲者を上回ってればよかった。員数あわせ。

東京裁判では、10万未満となってたはず。

嘘も繰返せば、事実となる。

宣伝の常套手段。

嘘に決まってます

投稿者: jnwing2001 投稿日時: 2005/08/18 14:04 投稿番号: [7040 / 41162]
理由
1.   今も昔も中国人自信が嘘つきな民族である。

2.   20万にしかいなかった市民をどうやったら30万人も殺せるのか

3.   100歩譲って30万殺したとしましょう。   何故1ケ月後に人口が25万に増えたの?   そんな虐殺があったなら恐ろしくて人が集まらないでしょう。

4.   30万人殺した日本兵は、1ヵ月後に25万に膨れ上がった中国人を何故また虐殺しなかったの?   最初の30万が殺されたのに、後の25万は殺されなかった理由は?

5.30万虐殺の主張者は証拠といえばそれらしい写真を何枚か出すだけで、決して30万人の死体の写真はない。   また殆んどがあったあったと言う老人の伝聞ばかりで具体的根拠に乏しい話ばかり。

6.   そもそも、東京裁判でアメリカが日本を裁くために誇張した事件。証拠とされるものは殆んどが後付けで、初めに虐殺ありきだった。
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