生きて虜囚の
投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/08/20 17:26 投稿番号: [7073 / 41162]
(5)、日本人の悪しき習性、
恨み憎しみの記念碑を作った中国、韓国などと比較して日本人の、なんとオメデタイ、能天気な振る舞いでしょうか!。原爆による大量虐殺の加害者を糾弾するどころか、逆に被害者である日本人が侵略戦争というあやまちを犯したとして(?)犠牲者に謝罪をするという、世界に前例の無い広島の原爆慰霊碑を作りました。
これこそ敗戦後の米軍防諜部による多額の資金投入により行われた「戦争の罪悪感を日本人の心に植え付ける」ことを目的とした心理作戦( War Guilt Information Program )により洗脳され、さらに占領軍という、絶大な権力者の意向に迎合し、その加害責任のすり替えに自らも協力するという、日本人特有の卑屈な習性、の産物でした。
この「長いものには巻かれろ」という事大主義の卑屈な習性は、日本人のD N A 遺伝子に深く刻み込まれているものです。
慰霊碑の件に限らず敗戦後のシベリアの捕虜収容所に抑留された六十万人にも及ぶ日本兵の間でも、ソ連当局への迎合から共産主義への非同調者を「反動分子」とする密告が盛んにおこなわれました。
その結果自己の信念に忠実な日本人が反革命あるいは反ソ行為の罪を着せられて、ソ連の裁判に掛けられた末、二十年から二十五年の刑を宣告されて、強制収容所送りとなる事態が起きました。
密告や仲間への裏切り行為で積極的にソ連側に協力し、政治将校に取り入り、その権力を背景にして日本人に対する支配権を握り、現地ではシベリア天皇(本名、浅原正基、ペンネーム諸戸文夫、当時のモロトフ「ソ連外相」の名をもじったもの)やチタ(地名)法皇と称された者もいましたが、その連中の中には帰国後、今度は百八十度の思想転換をして某大学の教授にまでなった、変わり身の早い卑劣な男もいました。
平成十年(1998年)六月、中国系アメリカ人の反日団体である「アライアンス」が組織した、「731部隊展、アジアの忘れられた ホロ・コースト」に参加するため日本から渡米した元731部隊隊員 S が、シカゴ空港で入国不適格者 リストに名前があるという理由で入国拒否されて、日本に強制送還されました。(朝日新聞六月二十三日付)
一説によれば731部隊の悪行の「語り部」として活躍していた彼をアメリカに密告したのは、皮肉にもアライアンスや日本の N G O 組織だったと言われていました。
注:)731部隊
旧満州(中国東北部)に設置された日本軍の細菌兵器の研究、開発を行う部隊で、中国人捕虜などを使い人体実験をおこないましたが、 敗戦後は米軍に実験データーを全て引き渡すことを条件に、戦犯の訴追を免れました。
広島市が受けた懲罰は、戦争遂行の途上において受けるべき、日本全体への報復の一部である 原爆投下は報復の為の懲罰だと連合国が言っているのに、何十万人も懲罰により肉親が殺されて、広島市民は悔しくないのですか?。それでも過ちは繰り返しませんと(加害者)に卑屈な謝罪をし続けるのですか?。謝罪について殺された死者は納得し、犠牲者の霊が浮かばれますか?。死者に対して恥ずかしく思いませんか?。
そして外国から訪れる人達も指摘するこの碑文の内容に、更なる疑問を感じないのでしょうか?。
これまで原爆を持ったことのない日本が、投下の過ちを二度と繰り返さないと大量虐殺の犠牲者に誓うことに、どんな意味があるのか?、についてです。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genbaku-2a.htm#shuusei
お人よしというか根性無しというか。「生きて虜囚の」ばかりが、日本人じゃない。外的自己と内的自己の分裂葛藤。いったん敗けて捕虜になると聞かれもしないのに敵に機密をべらべらしゃべり、おまけに、敵機に同乗して空から自軍の基地の所在地まで教えたという。お人よしというか、情けないというか。敗戦で虚脱感にうちひしがれる日本人、昨日まで鬼畜米英を叫んでいたのに今日は手のひらを返したように進駐軍にこびへつらう日本人。GHQの言論統制とWGIP「War Guilt. Information Program」(戦争に対する罪の意識を広める政策)ですっかり洗脳(アメリカナイズ)された日本人。そして、日米経済戦争で企業戦士として闘う日本人。「生きて虜囚の」ばかりが、日本人じゃない。
東京裁判で一般人や将兵から抗議が(あまり)なかったからといって、即「生きて虜囚」に反すると言ったり、南京大虐殺の証拠にしたりするのは浅慮短絡。
恨み憎しみの記念碑を作った中国、韓国などと比較して日本人の、なんとオメデタイ、能天気な振る舞いでしょうか!。原爆による大量虐殺の加害者を糾弾するどころか、逆に被害者である日本人が侵略戦争というあやまちを犯したとして(?)犠牲者に謝罪をするという、世界に前例の無い広島の原爆慰霊碑を作りました。
これこそ敗戦後の米軍防諜部による多額の資金投入により行われた「戦争の罪悪感を日本人の心に植え付ける」ことを目的とした心理作戦( War Guilt Information Program )により洗脳され、さらに占領軍という、絶大な権力者の意向に迎合し、その加害責任のすり替えに自らも協力するという、日本人特有の卑屈な習性、の産物でした。
この「長いものには巻かれろ」という事大主義の卑屈な習性は、日本人のD N A 遺伝子に深く刻み込まれているものです。
慰霊碑の件に限らず敗戦後のシベリアの捕虜収容所に抑留された六十万人にも及ぶ日本兵の間でも、ソ連当局への迎合から共産主義への非同調者を「反動分子」とする密告が盛んにおこなわれました。
その結果自己の信念に忠実な日本人が反革命あるいは反ソ行為の罪を着せられて、ソ連の裁判に掛けられた末、二十年から二十五年の刑を宣告されて、強制収容所送りとなる事態が起きました。
密告や仲間への裏切り行為で積極的にソ連側に協力し、政治将校に取り入り、その権力を背景にして日本人に対する支配権を握り、現地ではシベリア天皇(本名、浅原正基、ペンネーム諸戸文夫、当時のモロトフ「ソ連外相」の名をもじったもの)やチタ(地名)法皇と称された者もいましたが、その連中の中には帰国後、今度は百八十度の思想転換をして某大学の教授にまでなった、変わり身の早い卑劣な男もいました。
平成十年(1998年)六月、中国系アメリカ人の反日団体である「アライアンス」が組織した、「731部隊展、アジアの忘れられた ホロ・コースト」に参加するため日本から渡米した元731部隊隊員 S が、シカゴ空港で入国不適格者 リストに名前があるという理由で入国拒否されて、日本に強制送還されました。(朝日新聞六月二十三日付)
一説によれば731部隊の悪行の「語り部」として活躍していた彼をアメリカに密告したのは、皮肉にもアライアンスや日本の N G O 組織だったと言われていました。
注:)731部隊
旧満州(中国東北部)に設置された日本軍の細菌兵器の研究、開発を行う部隊で、中国人捕虜などを使い人体実験をおこないましたが、 敗戦後は米軍に実験データーを全て引き渡すことを条件に、戦犯の訴追を免れました。
広島市が受けた懲罰は、戦争遂行の途上において受けるべき、日本全体への報復の一部である 原爆投下は報復の為の懲罰だと連合国が言っているのに、何十万人も懲罰により肉親が殺されて、広島市民は悔しくないのですか?。それでも過ちは繰り返しませんと(加害者)に卑屈な謝罪をし続けるのですか?。謝罪について殺された死者は納得し、犠牲者の霊が浮かばれますか?。死者に対して恥ずかしく思いませんか?。
そして外国から訪れる人達も指摘するこの碑文の内容に、更なる疑問を感じないのでしょうか?。
これまで原爆を持ったことのない日本が、投下の過ちを二度と繰り返さないと大量虐殺の犠牲者に誓うことに、どんな意味があるのか?、についてです。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genbaku-2a.htm#shuusei
お人よしというか根性無しというか。「生きて虜囚の」ばかりが、日本人じゃない。外的自己と内的自己の分裂葛藤。いったん敗けて捕虜になると聞かれもしないのに敵に機密をべらべらしゃべり、おまけに、敵機に同乗して空から自軍の基地の所在地まで教えたという。お人よしというか、情けないというか。敗戦で虚脱感にうちひしがれる日本人、昨日まで鬼畜米英を叫んでいたのに今日は手のひらを返したように進駐軍にこびへつらう日本人。GHQの言論統制とWGIP「War Guilt. Information Program」(戦争に対する罪の意識を広める政策)ですっかり洗脳(アメリカナイズ)された日本人。そして、日米経済戦争で企業戦士として闘う日本人。「生きて虜囚の」ばかりが、日本人じゃない。
東京裁判で一般人や将兵から抗議が(あまり)なかったからといって、即「生きて虜囚」に反すると言ったり、南京大虐殺の証拠にしたりするのは浅慮短絡。
これは メッセージ 7072 (asdll58 さん)への返信です.