>>抗議など、しなかった・・・
投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/08/19 20:57 投稿番号: [7054 / 41162]
>日本政府は謀略と暗殺で中国大陸を侵略すべく虎視眈々と長年にわたって、狙っていたのを、、消極的に堪忍袋が破裂したとは、、呆れますよ。
_____________________________________________________
蒋介石の次男蒋緯国は、抗日戦争勝利後、日本へ乗り込んで、日本の対支侵略軍事計画の内容を見ようとした。しかし、どんなに探してもそれらしいものは見つからなかった。それで日本にはそんな計略がなかったことがわかった。
彼は蒋介石の死後間もないころ(だったと思う)、そのことを国民党の機関紙『中央日報』に書いた。わしはその文を切り抜いて保存してあるのだが、今それを探すのはめんどう、探し出して日本語に翻訳するのもめんどうだ。わしは台湾人だから、この問題に深く踏み込む立場にない。しかし必要があれば探し出して翻訳して、このトピに書き込んでもよいぞ。
蒋緯国がそんな文章を『中央日報』に書いた理由は、蒋介石の偉さを吹聴するためだった。「日本軍は何の計画も無く戦争にはまり込んだが、蒋介石総統は戦う前から綿密な計画を持っていた。だから勝てたのだ。蒋総統は偉い」というのだ。
蒋介石には蒋経国、蒋緯国という二人の息子がある。兄の蒋経国は前妻の子(後妻は宋美齢)、弟の蒋緯国は養子で、血のつながりはない。養子であることは公にされなかったが、秘密ではなかった。蒋介石周辺の者は、誰でも知っていた。養子は政治に参与させてもらえず、軍人とし育てられ、純軍人として一生を終えた。
これは メッセージ 7050 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/7054.html