南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 18:59 投稿番号: [37200 / 41162]
オマケとして、相互預入金を書いておきますね。

同業者預金    776,627,000元

政府預金     313,344,000元

公金預かり金   585,212,000元

借入金      622,322,000元

貸借対照表の資産の部・負債の部の意味は理解出来ますよね、今は金融関係のお話をしているんですからね。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 18:30 投稿番号: [37199 / 41162]
昭和十八年時点での資産負債表に依れば以下の通(政府資料より抜粋)

23,151,333,000元

発行兌換券

9,825,283,000元

因みに交換比率は1:16です。

計算が合いますか?

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:52 投稿番号: [37198 / 41162]
更に其れとは別に中華民国政府は儲部銀行券三千九十萬四千九十七圓七十五銭の借り入れをしていますよね。

日付は昭和十七年十月1日
           周佛海
横浜正金銀行御中

この様な関連を説明できないような論文は、金融に関した論文では無いんでしょう。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 17:47 投稿番号: [37197 / 41162]
>其れでは何故、円借款が必要だったのですか?
>昭和十七年の時点で三億円、五年据え置きの五年均等払い。
>之を説明出来ないと、あなたの様な主張は出来ませんよ。

これがどのような種類の費用に当てられるにせよ、先般の小林教授の研究資料から考えて、儲備銀行の紙幣発行高と比べればごくわずかであることは明らかですね。

小林教授の研究によれば、1942年12月時点での儲備券発行額は34億8000万円になっていました。あなたが指摘する円借款の金額の10倍になります。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4n13&sid=1143582&mid=37082#under-deli

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:43 投稿番号: [37196 / 41162]
いいえ違います、私が持っている資料と合わない論文を論文とは呼べないと言っているのです。

あなたが示す前は関心もありません、馬鹿な研究者の単なる論文ですからね。

歴史的価値はありません。

残念でしたね。

Re: 銀行のコルレス − 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:41 投稿番号: [37195 / 41162]
お前さんは引っ込んでいなさい、説明は一般的な経済学の引用だからね。

お馬鹿さんを証明したいの、君の唐変木としての?

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 17:40 投稿番号: [37194 / 41162]
>現に外務省に在る資料を、調べなかった様な人を専門家とは言いません。

つまり、外務省にある波多野教授の論文の存在を、いやそれ以前に、その論文が日中共同研究の結果であることも知らなかった、というか指摘できなかったこと、

そして簡単に手に入るその論文を読もうともしなかったこと、

このことから考えると、あなたは「専門家」とは言えない、ということになりますね。

いや、どうもご指摘(というか告白)ありがとうございました(笑)

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:24 投稿番号: [37193 / 41162]
儲備銀行がインフレを起こす程、新券を発行したとしましょうね。

其れでは何故、円借款が必要だったのですか?

昭和十七年の時点で三億円、五年据え置きの五年均等払い。

之を説明出来ないと、あなたの様な主張は出来ませんよ。

Re: 銀行のコルレス − 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/10/19 17:13 投稿番号: [37192 / 41162]
>時間と例えの関連が理解出来ない様だね

日本の銀行とアメリカの銀行のコルレス契約書を見せてね、
太平洋戦争当時の!

Re: 銀行のコルレス − 横

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:09 投稿番号: [37191 / 41162]
唐変木は、時間と例えの関連が理解出来ない様だね、それとも嘘吐く癖が直らないの?

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:08 投稿番号: [37190 / 41162]
>問題は、中国設備銀行が、預けあいによる信用供与を「元手」にして、その信用枠をはるかに超える額の「紙幣」を発行した、ということにあるのではないですか?

↑私の手元にはその様な資料は在りません。

資料を参考の為に見せてください。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 17:07 投稿番号: [37189 / 41162]
簡単に調べれば判ることを、間違う研究者を専門家とは言いません。

専門家の論文とは、何処から突かれても良い様に纏めるものです。

現に外務省に在る資料を、調べなかった様な人を専門家とは言いません。

素人でも簡単に調べることが出来るのですから。

因みに私が外務省と著作の件で交渉しているものは、現在迄の處、専門家の人は誰も手を着けていません。

現に在る資料を無視すると言うことは、論文を書く以前の問題ですから、評論するに値するとは通常思いませんよ。

序でに、完全な間違いでないと云うことは、自分に都合の悪ところの資料を省いてあると言うことですよ、日本の研究者がやりたがる手法です。

素人には昔は調べようが無いので其れでも良かったのでしょうが、現在は馬鹿でもチョンでも調べることは出来ます。

銀行のコルレス − 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/10/19 17:05 投稿番号: [37188 / 41162]
>例えば、東銀行が預金口座を設けていないサン銀行に送金したい場合、ニューヨーク銀行がサン銀行に預金勘定をおいていれば、一旦、ニューヨーク銀行がサン銀行に立替払いをし、ニューヨーク銀行にある東銀行の預金勘定で決済することができます。>

日本とアメリカが戦争している時に、日本の銀行とアメリカの銀行が
コルレス契約していたのかねぇ〜?   相変わらず、よ〜分からんなぁ〜、
ニャンコチャンの言うことは。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 16:43 投稿番号: [37187 / 41162]
>銀行間預け合い勘定に関して

は、それがいち銀行レベルの商取引にとどまる限り、特に問題はない、と言うことは分かりました。

問題は、中国設備銀行が、預けあいによる信用供与を「元手」にして、その信用枠をはるかに超える額の「紙幣」を発行した、ということにあるのではないですか?

そのために、戦争末期にかけて、儲備券の乱発がインフレを招いたのですね?

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 16:37 投稿番号: [37186 / 41162]
>波多野なる人物が書いた文書で、
>あなたが示した又は引用した部分は
>完全に間違いと言っている。


以下は、あなたの、今日の書き込みですよ。

>>また陸軍は39 年には「杉機関」によって…(以下略)

>↑これは完全な間違いとは言いませんが、中国や其の援助国も
>日本に対して、之と同じ手法を採っていたことも
>書く必要がありますよね

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4n13&sid=1143582&mid=37165#under-deli

波多野教授の記述は、「完全な間違い」なのか、それとも「間違いではない」のか、どちらなんですか?(苦笑)

あなたは、引用された記述に対して、次の2つについて述べたにとどまります。
①設備銀行の「『発足』が41年である」に対し、設立は40年12月、営業開始が41年1月だ」と述べた。

②上に引用した部分を「完全な間違いではない」としつつ、追加の記述を求めた。

少なくともこれで、波多野教授の記述が「完全な誤り」だと述べたことにはならないように思えますが?


なお申し添えておきますが、私は自分のことを歴史や経済の専門家であると考えてはおりません。むしろ素人であると思っています。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 16:22 投稿番号: [37185 / 41162]
2.コルレス契約

外国為替の決済は、海外の銀行に預金口座を持っていることが必要なわけですが、すべての銀行に預金口座を作っておくのは大変です。そこで、預金口座をおいていない銀行とは、他の銀行がもつ預金取引関係を利用して、間接的に決済する取り決めを行っています。

例えば、東銀行が預金口座を設けていないサン銀行に送金したい場合、ニューヨーク銀行がサン銀行に預金勘定をおいていれば、一旦、ニューヨーク銀行がサン銀行に立替払いをし、ニューヨーク銀行にある東銀行の預金勘定で決済することができます。

内国為替は、一般に中央銀行においてある預金勘定で決済されるため、国内の銀行同士では、預金の預け合いがなくても決済されます。しかし、外国為替の決済では、あらかじめ海外の銀行との間で、個別に決済に関する取り決めをしておくことが重要になります。

そこで、日本の銀行は、海外の銀行との間で為替業務の代行に関する契約を結んでいます。これを為替取引契約(Agency Agreement)といい、この契約の相手先のことをコルレス(Correspondent)と呼んでいます。コルレス契約では、手形の取立依頼、送金の支払委託、信用状の授受、決済勘定などの取決めを行っています。

コルレス先で預金勘定をおいている取引銀行先をデポ・コルレス(Depository   Correspondent)といいます。また、預金勘定のことを為替決済勘定と呼んでいます。
一方、為替決済勘定をおいていない先をノン・デポ・コルレス(Non Depository Correspondent)といいます。ノン・デポ・コルレス先の口座振替は、他の銀行を通して間接的に行われます。

コルレス先
デポ・コルレス
為替決済勘定をおいている取引銀行先

ノン・デポ・コルレス
為替決済勘定をおいていない取引銀行先


デポ・コルレス先の預金は、並為替で勘定が引き落とされる一方、逆為替では入金が行われます。この出金と入金が相殺されて、口座勘定の残高は、僅かな増減に収まります。
決済勘定残高の過不足調整は、為替市場で外貨を売買して調整されることになります。

↑此等の取引は現在でも行われており、戦前戦後共に何の問題も無い預け合い勘定です。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 16:21 投稿番号: [37184 / 41162]
銀行間預け合い勘定に関して

1.外国為替決済メカニズム

外国為替は、現金を動かすことなく海外との資金決済を行う方法です。日本の銀行は、送金小切手や電信指図という手段を使い、海外の銀行に立替払いをしてもらって決済します。海外の銀行が、日本の銀行に代わって、送金小切手の呈示をした人にお金を支払ってくれるのです。
その仕組みは、日本の銀行が、あらかじめ海外の銀行に開いておく預金勘定にあります。送金小切手は、その預金からお金を支払ってもらうための支払指図書の役目をします。海外の銀行においてある「預金勘定」の振替機能が、決済の秘密です。

≪送金(並為替)の場合≫

今、日本の日本商事が、米国のアメリカ社へ100万ドルの電信送金を行うとします。この時、日本商事は、取引銀行である東銀行へ行って送金の依頼をします。1ドル=100円とすると、日本商事は、東銀行から100万ドルを購入して、米国に送金することになります。日本商事は、1億円の円でドルを買います。
東銀行は、日本商事の円口座から1億円を引き落とし、コルレス銀行先であるニューヨーク銀行へ、アメリカ社に対して100万ドルを支払うよう指図する電報を打つのです。
電信指図を受けたニューヨーク銀行は、自行にある東銀行のドル口座から100万ドルを引き落として、アメリカ社の口座に振り込むという仕組みです。こうして、実際に現金を送ることなく、銀行の仲介で送金が行われます。
これは並為替の例ですが、お金を取り立てる逆為替の場合も、口座振替で決済することができます。

≪取立て(逆為替)の場合≫

日本商事が米国のアメリカ社に100万ドルの商品を輸出するケースを取り上げてみましょう。日本商事は、アメリカ社を支払人とし、東銀行を受取人とする額面100万ドルの外国為替手形を振り出します。これを船積書類とともに東銀行に持ち込みます。
東銀行は、この外国為替手形を買い取り、円に替えて日本商事の口座に1億円を振り込みます。東銀行が、日本商事に対して立替払いをしています。実際には、手数料として手形割引料や為替手数料を差し引かれるので、日本商事の口座への振込額は少なくなります。
東銀行は、ニューヨーク銀行へ為替手形と船積書類を郵送し、ニューヨーク銀行にアメリカ社への代金取立を依頼します。
ニューヨーク銀行は、為替手形をアメリカ社に呈示し、アメリカ社の口座から100万ドル引き落として東銀行の口座に振り込みます。
ここでも、ニューヨーク銀行にある東銀行の預金口座が決済の役割を果たしています。

↑之を知らないと、NHKのような馬鹿な間違いを起こすんですよ。

一部の経済学者も犯す間違いですけどね。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 16:07 投稿番号: [37183 / 41162]
儲壜銀行に関する設立の意味は理解出来ましたか?

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 15:46 投稿番号: [37182 / 41162]
昭和17年7月11日

一.中央儲備銀行に対する1億円借款供与方の件
   新旧法幣の全面交換、旧法幣の使用禁止に伴い新法幣の流通拡充工作は
   之を強力に推進せしむるの要ある處中央儲備銀行券の発行高約十二億円
   に対し正貨準備(法幣限度四十%)は現在既に不足し居り今後に於ける
   新法幣発行が法制上不可能となるに於いては中央通貨整理工作上重大な
   る支障となるべし
   お申し出に対しては我が方は中央通貨整理工作に対する全幅協力の精神
   より発券準備の為の一億圓借款を欣然応諾することとし尚細目に付いて
   は青木顧問を通し協議致すべし

二.〜三.省略

四.中央儲備銀行の正金銀行に対する月額新法幣三百万元の預け入れ停止の件
   中央儲備銀行設立に関する覚書により中央著備銀行より正金銀行に預け
   入れ居れる月額新券三百万元を四月以降停止致し度申出ある處軍票価値
   維持の為にせる新通貨預け入れ措置は新法幣に依る紙幣統一成り日支相
   協力して新法幣と軍票との価値一定することとなるたる今日に於いては
   一応其の使命を完了したるを認めらるるも一面新法幣取引部面拡大に伴
   う日本銀行と中央儲備銀行間の資金的相互便宜供与の方策の一環として
   処理する方適当とも見らるるを以て目下関係方面と之が処置に付き研究
   中なり

五.中央儲備銀行正金銀行間預け合い勘定に関する件
   青木顧問と協議の上決定致し度し

以下省略。

↑君が参考にする研究には出て来ない部分だよね。

資料不足の研究の恐ろしいところだよ、一般人を間違いに導く。

Re: 軍票>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 14:38 投稿番号: [37181 / 41162]
明治37年2月 軍用手票製造及び使用法(大蔵大臣)

大正3年9月3日 臨時派遣部隊軍資金支弁順序(大蔵省)軍票発行

大正4年5月9日 青島守備軍「公報」第16号軍告示軍票及び圓銀壱圓均照左開行市換算

大正7年8月7日 シベリア及び北満へ出兵の場合に於ける軍用手票取扱順序大蔵大臣より陸軍大臣へ
秘乙第1812号大正7年7月18日 金兌換軍票、金貨及び外国貨幣取扱手続

昭和13年9月22日 軍用手票発行要領(閣議決定)
支那事変派遣経費支弁軍用手票取扱手続(大蔵大臣達)
支那事変派遣部隊経費支弁軍用手票取扱手続の実行方に関する件(理財局長依命通牒)

↑此の年表は総て当方で書き加えたものですよ。

改訂していますので良くお読みください。

Re: 軍票>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 14:31 投稿番号: [37180 / 41162]
時局に関し西西比利亜派遣軍の使用する軍票、金貨及び外国貨幣取扱手続別紙之通御決済の上陸軍一般へ御達相成度
金兌換軍票、金貨及び外国貨幣取扱手続きの件
    陸軍一般
兌換軍票、金貨及び外国貨幣取扱手続く左の通定ム

軍票>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 14:09 投稿番号: [37179 / 41162]
>軍票は日本円と兌換出来る通貨です。

それでは、またぞろウィキペディアの改訂をお願いします(苦笑)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E7%94%A8%E6%89%8B%E7%A5%A8

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 13:32 投稿番号: [37178 / 41162]
波多野なる人物が書いた文書で、あなたが示した又は引用した部分は完全に間違いと言っている。

Re: ご説明します>maximirion

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 13:30 投稿番号: [37177 / 41162]
軍票は日本円と兌換出来る通貨です。

あなたの指摘は、完全な間違いです。

中国大陸で軍票は、発行中止となり回収命令が出ています。

よく調べなさい。

儲備券と代えていったのは、法幣を主とするものですよ、軍票は軍に持参すれば誰でも円と等価交換出来ました。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 13:29 投稿番号: [37176 / 41162]
>根據が在ることを書いているのかないのか、
>彼の論文なるものを読もうとは思わない。

それでは、波多野教授の主張の正しさ(ないしは誤り)を論じることはできないですね。


>一時にせよではなく、間違いの個所は端的に指摘しました

それ以外の本筋の部分、つまり儲備銀行設立に関する日本の関与については、あなたが指摘できる誤りはない、と理解してよろしいでしょうか?(笑)


であれば、私は教授の記述を正しいと受け入れることにします。

というか、教授の論文内容は、現在の日本政府の公的な見解に準じる、と考えてよさそうですから。なぜなら件の論文は、日中両政府による共同研究の成果として作成されたもので、日中両国の専門家が集まって議論を重ねた末にできたものです。

その敬意を考えれば、その論文の内容は、私のような素人にとっては十分信頼に足るものである、と思われますので。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 13:27 投稿番号: [37175 / 41162]
あなたの様な素人が専門家の中に居るから間違いが大きくなるんですよ。

枝葉末節というものの積み上げを歴史の資料と言います。

儲備銀行に関して調べるに一番最初に調べることでしょう。

どの様な法律に依って作られたのか、どの様に国民に周知したのか、日本と中国の対応はどの様なものだったのか。

儲備銀行券と軍票の関係を示す資料は真実かとか。

金融事情の実際を記載したものは事實を書いて居るのかとか。

日本軍の戦争遂行の為だったというのは誤りですね、何故なら、日本軍は和平交渉に傾いていましたからね、其の為の交渉を国民党政府と何度も試みていたときですよ、この銀行設立は。

国民党政府の法幣による、中国経済の崩壊を食い止める為に行ったものですね。

当時の金融関係と経済調査によると、国民党政府発行の法幣は下落を続けていたようですね、夫れに対し儲備銀行券は多少法幣に引きずられて下がったようですが、健全な通貨として通用していました。

mario_porco_rosso の場当たり的な返答

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/19 13:21 投稿番号: [37174 / 41162]
<mario_porco_rosso>
またその設立は、追加された日本側の資料から「蒋介石政権の発行する法幣を駆逐し、中国大陸での戦争遂行を有利にすること」「および中国現地での戦費や物資の調達」が目的だということになりますね。

結局、中国儲備銀行は、日本軍が戦争を遂行するための道具であった、ということですね。

maximirion
追加資料では、設立側の政府と日本側の双方に、「蒋介石政権の発行する法幣を駆逐し、中国大陸での覇権争いをを有利にすること」という目的の一致によって協力関係を構築し、政府間の合意で設立された銀行であることが明白なのだ。

都合よく解釈したことを根拠に「結局、中国儲備銀行は、日本軍が戦争を遂行するための道具であった、ということですね。」の結論付けに、客観性も説得力もない。


<mario_porco_rosso>
なお戦争末期、その儲備券の乱発により、急激なインフレを招いたことについては、特に追加はありませんが、いかがですか?

maximirion
「儲備券の乱発により、急激なインフレを招いた。」という一点を持って、戦時下のインフレを考察しようとする馬鹿は、mario_porco_rosso ぐらいしかいないという証拠だ。(笑)


<mario_porco_rosso>
軍票の損失補填を求めた訴訟は、戦後、日本が独立を回復したずっと後に起こされているんですが?(苦笑)

ちなみに中華人民共和国は、サンフランシスコ講和条約には加わっていません。ようやく1972年になって「日中友好宣言」を出し、実質的な講和となります。

その宣言の中で、確かに中国は日本に対する戦争補償を放棄してはいますが、これは中国国民が個人として損失補填を求めることを阻害するものではないでしょう?


>君は良いことを言うよね、中華人民共和国とは日本は戦争をしていません。

中華民国とは戦争をしていますね。言わずもがなのことでした。
中華人民共和国の建国は1949年ですものね。


maximirion
返答になってないだろう。
己の言質に責任も持たん奴ってことだな。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 13:16 投稿番号: [37173 / 41162]
根據が在ることを書いているのかないのか、彼の論文なるものを読もうとは思わない。

又、引用されたことに対しては当方の資料と比較し、間違いは間違い、正しいことは正しいという評価はする。

信憑性の何処を評価して欲しいかは、あなた自身が良く研究して、質問してください。

一時にせよではなく、間違いの個所は端的に指摘しました、此の所に関しては書いた人が関心が無いのか資料を探せなかったのか、外務省にはありますから、当方の調では。

mario_porco_rosso の場当たり的な返答

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/19 13:10 投稿番号: [37172 / 41162]
<mario_porco_rosso>
残念ながら、軍票はその多くが裏付けのないまま発行されたため、軍票の乱発により日本軍の占領地域ではインフレが悪化しています。

※軍票の乱発の事実や占領地のインフレが軍票の乱発であるという証明もなければ根拠も示せていない。

大正年間の決定が、昭和の戦争にも適用されたと信じる根拠はありません。

※一般的には、大正年間の決定が昭和の戦争では適用されずに変更されたという根拠を示さねばならない。

しかも、途中から軍票の発行は日本政府ではなく額面上は朝鮮や中国の銀行によって行われましたからね。

※軍票を中国の銀行から発行した事実はない。
朝鮮は当時日本国であるから、仮にそこで軍票が発行されたとしても不思議はない。

だからこそ、関東軍は日本政府の統制を受けずに(つまり本国の予算に縛られずに)、勝手に戦費を調達できたわけですよ。

※どこにも「だからこそ」とできる事項が提示されていないし論証もされていない。
朝鮮の銀行自体、日本政府の許可なく銀行券や軍票を発行できない。

現実には、講和条約を理由に、払い戻しの請求はすべて退けられています。

※総ての払い戻しの請求が退けられたとする論証もなければ根拠も示していない。
また、そのような事実もない。

日本軍は、無法な借金で戦争行為を維持し続けた、ということなのですよ。

※何がどのように無法な借金であって、その借金で戦争行為を維持したのか述べられていない。
また、論拠も論証も為されていない。

いずれにせよ、中国儲備銀行は日本の(あるいは日本軍の)意向で設立されたことには、間違いないですね?
とすれば、それが発行した儲備券は、基本的に日本軍の軍票と同じ性格を有していたことになります。

※だれにも同意を得ずに「間違いないですね?とすれば、・・・」で結論付けても言い張っているにすぎない。


maximirion
※ を使って指摘したように、何のも論証せぬまま論拠も示さずに言い張ってるに過ぎないことは、明白なのだ。

ご説明します>maximirion

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 13:02 投稿番号: [37171 / 41162]
>どこが「まさにそのためなのですよ。」だ。

軍票は本来「領収書」あるいは「預かり証」のようなもので、当然ながら日本円と直接交換ができるものです。だからこそ、軍票の発行と使用には厳しいルールがあって当然です。

あなたの書き込みは、その「当然のこと」を繰り返しているにすぎないのですよ。


当時の日本軍、とりわけ中国大陸の日本陸軍は、戦争継続のため膨大な軍費を必要としていました。それをすべて軍票でまかなうことは、もちろん不可能です。

そのため1941年より軍票を回収し、中国儲備銀行の発行する儲備券と置き換えていったのです。


「そのため」とは、こういうことです。ご理解いただけましたか?

mario_porco_rosso の場当たり的な返答

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/19 12:52 投稿番号: [37170 / 41162]
<nyankotyanndamon>
第二.在中邦人に付いては左の取扱による

  一.在留邦人の持ち帰り金に付いては一千円とす

  二.軍票携行に代え総領事に於いて預かり証を発行す

  三.預かり証の様式は左記に依る
    (イ)発行番号
    (ロ)金額(但し軍票建てとする)
    (ハ)発行年月日
    (ニ)終結地名、総領事名
    (ホ)預託者名、帰還先住所

  四.預かり証は正副二通作成し正を預託者に交付し副を総領事保管す

<mario_porco_rosso>
中国儲備銀行が設立されたのは、まさにそのためなのですよ。

日本軍が正規に発行する軍票には、あなたの挙げるような制約がついて回ります。軍事予算に上限があるかぎり、当たり前のことです。

だからこそ、日本国外に銀行を設立し、あたかも資本の裏づけがあるような体裁を作った上で、独自に紙幣を乱発し続けたのです。

こうして戦争末期には膨大な紙幣が発行され、占領地域内に極端なインフレを引き起こしました。

日本軍は、無法な借金で戦争行為を維持し続けた、ということなのですよ。


いずれにせよ、中国儲備銀行は日本の(あるいは日本軍の)意向で設立されたことには、間違いないですね?とすれば、それが発行した儲備券は、基本的に日本軍の軍票と同じ性格を有していたことになります。


またその設立は、追加された日本側の資料から「蒋介石政権の発行する法幣を駆逐し、中国大陸での戦争遂行を有利にすること」「および中国現地での戦費や物資の調達」が目的だということになりますね。


結局、中国儲備銀行は、日本軍が戦争を遂行するための道具であった、ということですね。


maximirion
どこが「まさにそのためなのですよ。」だ。(笑)
全く相手の貼ったものの内容を掴めていない返答だ。
というより、貼ってあることと関係のなく己の主張を繰り返しただけの返答だな。

その繰言の返答に書いたことを実際には何一つ証明もしていなければ、実証的な根拠も示せていない。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 12:51 投稿番号: [37169 / 41162]
>上記に「41年1月」発足とありますが之は間違い、
>銀行設立1940年12月20日、銀行創立1941年1月6日(開業)。

枝葉末節ですね(苦笑)

発足=開業と考えればよいでしょう?


それ以外の記述、そもそも「儲備銀行の設立は日本軍の戦争遂行のためだった」が誤りである、という反論はないのですか?

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2011/10/19 12:48 投稿番号: [37168 / 41162]
本筋から外れていますね(苦笑)

波多野教授は専門家なのかそうではないのか、彼の主張には根拠があるのかないのか、あなたのご意見を伺いたい。

あなたは件の記述の信ぴょう性を、一時にせよ疑う書き込みをしたのですからね。

場当たり的な返答ばっかりだな

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/19 12:44 投稿番号: [37167 / 41162]
<mario_porco_rosso>
残念ながら、軍票はその多くが裏付けのないまま発行されたため、軍票の乱発により日本軍の占領地域ではインフレが悪化しています。

史料によれば、開戦当時の物価を100とした場合、東京の物価は終戦時で200〜300であったのに対し、上海では5,000をはるかに超え、ビルマでは何と200,000にもなったといいます。(以上、高木健一「香港軍票と戦後補償」P161より)

あなたの言うとおり、軍票が「国内円と等価」であるとしたなら、上海やビルマでは軍票の価値は敗戦前にすでに紙くず同然になっていたことになります。

しかし、サンフランシスコ講和条約により、日本は軍票に対する支払いを免除されていますね。終戦後もそうした軍票を持っていた人々にとっては、まったく「紙切れ」です。


大正年間の決定が、昭和の戦争にも適用されたと信じる根拠はありません。

しかも、途中から軍票の発行は日本政府ではなく額面上は朝鮮や中国の銀行によって行われましたからね。

だからこそ、関東軍は日本政府の統制を受けずに(つまり本国の予算に縛られずに)、勝手に戦費を調達できたわけですよ。


現実には、講和条約を理由に、払い戻しの請求はすべて退けられています。


<nyankotyanndamon>
第二.在中邦人に付いては左の取扱による

  一.在留邦人の持ち帰り金に付いては一千円とす

  二.軍票携行に代え総領事に於いて預かり証を発行す

  三.預かり証の様式は左記に依る
    (イ)発行番号
    (ロ)金額(但し軍票建てとする)
    (ハ)発行年月日
    (ニ)終結地名、総領事名
    (ホ)預託者名、帰還先住所

  四.預かり証は正副二通作成し正を預託者に交付し副を総領事保管す

<mario_porco_rosso>
中国儲備銀行が設立されたのは、まさにそのためなのですよ。

日本軍が正規に発行する軍票には、あなたの挙げるような制約がついて回ります。軍事予算に上限があるかぎり、当たり前のことです。

だからこそ、日本国外に銀行を設立し、あたかも資本の裏づけがあるような体裁を作った上で、独自に紙幣を乱発し続けたのです。

こうして戦争末期には膨大な紙幣が発行され、占領地域内に極端なインフレを引き起こしました。


日本軍は、無法な借金で戦争行為を維持し続けた、ということなのですよ。


いずれにせよ、中国儲備銀行は日本の(あるいは日本軍の)意向で設立されたことには、間違いないですね?とすれば、それが発行した儲備券は、基本的に日本軍の軍票と同じ性格を有していたことになります。


またその設立は、追加された日本側の資料から「蒋介石政権の発行する法幣を駆逐し、中国大陸での戦争遂行を有利にすること」「および中国現地での戦費や物資の調達」が目的だということになりますね。


結局、中国儲備銀行は、日本軍が戦争を遂行するための道具であった、ということですね。

Re: 中国儲備銀行>nyankotyanndamon

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/19 12:39 投稿番号: [37166 / 41162]
<mario_porco_rosso>
それでは波多野澄雄氏のHPから別の引用をしましょう。同氏は筑波大学大学院教授で、外務省参与、ご専門は日本政治外交史とのことです。

この分野での専門家の記述と思われますが、いかがですか?(笑)


波多野澄雄氏が、「ご専門は日本政治外交史とのことです」と書いているが、「この分野での専門家の記述と思われます」と結んでいるのだから、何の専門家なのかも理解できていないわけだな。(笑)

しかも、内容としては外交史研究を専門とする一外交参与経験者の見解以上でも以下でもない所見だしな。

この人の外交姿勢が竹島の既成事実化や尖閣諸島の棚上げや北方領土への無干渉と2島返還論を保管していた現実を考えれば、売国奴的なことなかれ主義者としての見識であることも頷ける。

事実や現実と向き合って歴史を研究しているわけではないということさ。
彼の外交理念に沿って、外交的にどういう歴史認識が国益になるのかと言う前提がそこにはあるのさ。

彼にとって事実や現実の実装が研究によって求めるものではないであろうことは文脈から十分伝わってくる。
現時点での外交で、WinWin 50%50% の関係を気付いて国益を追及できる解決策を得るためには、どういう歴史認識を共有すべきかと言う研究者なのだよ。

だから、彼の外交姿勢や国家観及び歴史認識や国益認識に対しても異論は幾多もある。

孫引き専門のmario_porco_rosso は、自分で対論も反論も立てられないで、自分に都合のよさそうな論説を主張する権威に縋るしかないわけだ。(笑)

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 12:38 投稿番号: [37165 / 41162]
また陸軍は39 年には「杉機関」によって通貨謀略や法幣の偽造を行い、物資取
得に投入し、軍票は国民政府の法幣を追いつめて行く。太平洋戦争の勃発と租界占領によって上
海の法幣は弱体化し、汪政権は軍票の新規発行を停止し、旧法幣の流通禁止、43 年には儲備券に
よる統一を実現した。儲備銀行は東京を含め38 支店をもつ大銀行となった。

↑これは完全な間違いとは言いませんが、中国や其の援助国も日本に対して、之と同じ手法を採っていたことも書く必要がありますよね。

Re: 事実の把握>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 12:36 投稿番号: [37164 / 41162]
的確な補足、有り難う御座います。

Re: ちなみに>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 12:34 投稿番号: [37163 / 41162]
日本は日中戦争期間を通じて、物資の安定的獲得を目的として、占領地に中国聯合準備銀行、
中央儲備銀行(41 年1 月発足)などを設立し聯銀券や儲備券を発行し、国民政府の旧法幣と通貨
戦争を展開した。

↑上記に「41年1月」発足とありますが之は間違い、銀行設立1940年12月20日、銀行創立1941年1月6日(開業)。

中国側発表「中央著備銀行法」「整理貨幣暫行弁法」「財政部外国基金管理章程」「関係財政部令」「財政部長声明」「幹部人事」19日発表。

日華両国新聞は12月20日朝刊に掲載。

12月21日中央儲備銀行理事会第一回開催。

お勉強しましょうね、事實を。

論文が総て正しいとは限りません。

資料を見ずに書くと、素人からの間違いの指摘に反論出来ないようですね。

因みに外務省とは現在在る資料の著作の問題で交渉中です。

Re: 事実の把握>nyankotyanndamon

投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/10/19 12:28 投稿番号: [37162 / 41162]
>>ちなみに中華人民共和国は、サンフランシスコ講和条約には加わっていま せん。ようやく1972年になって「日中友好宣言」を出し、実質的な講和となります。

>↑君は良いことを言うよね、中華人民共和国とは日本は戦争をしていません。
____________________

横レス:

サンフランシスコ平和条約(1951年9月調印)は、連合国対日本の講和条約である。当時中国国民党の政権は大陸の領土を全部失って、台湾へ逃亡したので、中国を代表する資格なしとして、参与を認められなかった。他方中国共産党政権は、朝鮮で連合国と交戦状態のままであって、連合国の敵だったから、参与を許されなかった。

サンフランシスコ条約が締結された後、日本がどちらの中国政権と講和条約を結ぶかは、日本の選択に委ねられた。選択権が敗者の手に握られるという意外な事態が発生したのだ。当時アメリカは国を挙げて中共政権を憎んでいたから、アメリカの全権代表ダレスは、蒋政権を選択するよう、吉田首相に圧力をかけた。「もし中共を選択したら、アメリカの国会はサンフランシスコ条約を批准しないかもしれない」という脅かし文句まで使った。

吉田はダレスに書簡を送って「日本は中華民国政府と条約を結ぶ」と告げた。その報に、中華民国は沸きかえるように喜んだ。台湾へ逃れて目もあてられない状態になっていた中華民国にとって、講和会談の当事者になるということは、政権の余命を支えるための重要な効果を発生するからだ。中華民国側は喜びのあまり、日本の講和使節一行の搭乗機を、戦闘機隊で海上に出迎えて、台北松山飛行場まで護衛すると発表したほどだ。しかし台湾の新聞に「戦勝国が戦敗国の使者を、恭しく出迎えするということは、歴史に前例がない」と寄稿した者があったので、この件は取りやめになった。

吉田茂は、元台湾拓殖株式会社社長河田肇を全権大使に任命し、中華民国は外交部長葉公超を全権代表に任命した。会談の場所は、台湾の台北と決まった。

アマチュア外交官河田肇に外務省の役人数人が付き添い、めざましい活躍をした。

Re: 中国儲備銀行>nyankotyanndamon

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/10/19 12:16 投稿番号: [37161 / 41162]
いいえ儲備券がインフレを起こしたという資料は何処にも在りません。

専門家も資料は持ち合わせていないようですが。

若しあなたが知っていれば、教えてくださいな。

因みに支那事変頃には中国には15種類程度の通貨が在りましたよ、知っていますか?
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