場当たり的な返答ばっかりだな
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/19 12:44 投稿番号: [37167 / 41162]
<mario_porco_rosso>
残念ながら、軍票はその多くが裏付けのないまま発行されたため、軍票の乱発により日本軍の占領地域ではインフレが悪化しています。
史料によれば、開戦当時の物価を100とした場合、東京の物価は終戦時で200〜300であったのに対し、上海では5,000をはるかに超え、ビルマでは何と200,000にもなったといいます。(以上、高木健一「香港軍票と戦後補償」P161より)
あなたの言うとおり、軍票が「国内円と等価」であるとしたなら、上海やビルマでは軍票の価値は敗戦前にすでに紙くず同然になっていたことになります。
しかし、サンフランシスコ講和条約により、日本は軍票に対する支払いを免除されていますね。終戦後もそうした軍票を持っていた人々にとっては、まったく「紙切れ」です。
大正年間の決定が、昭和の戦争にも適用されたと信じる根拠はありません。
しかも、途中から軍票の発行は日本政府ではなく額面上は朝鮮や中国の銀行によって行われましたからね。
だからこそ、関東軍は日本政府の統制を受けずに(つまり本国の予算に縛られずに)、勝手に戦費を調達できたわけですよ。
現実には、講和条約を理由に、払い戻しの請求はすべて退けられています。
<nyankotyanndamon>
第二.在中邦人に付いては左の取扱による
一.在留邦人の持ち帰り金に付いては一千円とす
二.軍票携行に代え総領事に於いて預かり証を発行す
三.預かり証の様式は左記に依る
(イ)発行番号
(ロ)金額(但し軍票建てとする)
(ハ)発行年月日
(ニ)終結地名、総領事名
(ホ)預託者名、帰還先住所
四.預かり証は正副二通作成し正を預託者に交付し副を総領事保管す
<mario_porco_rosso>
中国儲備銀行が設立されたのは、まさにそのためなのですよ。
日本軍が正規に発行する軍票には、あなたの挙げるような制約がついて回ります。軍事予算に上限があるかぎり、当たり前のことです。
だからこそ、日本国外に銀行を設立し、あたかも資本の裏づけがあるような体裁を作った上で、独自に紙幣を乱発し続けたのです。
こうして戦争末期には膨大な紙幣が発行され、占領地域内に極端なインフレを引き起こしました。
日本軍は、無法な借金で戦争行為を維持し続けた、ということなのですよ。
いずれにせよ、中国儲備銀行は日本の(あるいは日本軍の)意向で設立されたことには、間違いないですね?とすれば、それが発行した儲備券は、基本的に日本軍の軍票と同じ性格を有していたことになります。
またその設立は、追加された日本側の資料から「蒋介石政権の発行する法幣を駆逐し、中国大陸での戦争遂行を有利にすること」「および中国現地での戦費や物資の調達」が目的だということになりますね。
結局、中国儲備銀行は、日本軍が戦争を遂行するための道具であった、ということですね。
残念ながら、軍票はその多くが裏付けのないまま発行されたため、軍票の乱発により日本軍の占領地域ではインフレが悪化しています。
史料によれば、開戦当時の物価を100とした場合、東京の物価は終戦時で200〜300であったのに対し、上海では5,000をはるかに超え、ビルマでは何と200,000にもなったといいます。(以上、高木健一「香港軍票と戦後補償」P161より)
あなたの言うとおり、軍票が「国内円と等価」であるとしたなら、上海やビルマでは軍票の価値は敗戦前にすでに紙くず同然になっていたことになります。
しかし、サンフランシスコ講和条約により、日本は軍票に対する支払いを免除されていますね。終戦後もそうした軍票を持っていた人々にとっては、まったく「紙切れ」です。
大正年間の決定が、昭和の戦争にも適用されたと信じる根拠はありません。
しかも、途中から軍票の発行は日本政府ではなく額面上は朝鮮や中国の銀行によって行われましたからね。
だからこそ、関東軍は日本政府の統制を受けずに(つまり本国の予算に縛られずに)、勝手に戦費を調達できたわけですよ。
現実には、講和条約を理由に、払い戻しの請求はすべて退けられています。
<nyankotyanndamon>
第二.在中邦人に付いては左の取扱による
一.在留邦人の持ち帰り金に付いては一千円とす
二.軍票携行に代え総領事に於いて預かり証を発行す
三.預かり証の様式は左記に依る
(イ)発行番号
(ロ)金額(但し軍票建てとする)
(ハ)発行年月日
(ニ)終結地名、総領事名
(ホ)預託者名、帰還先住所
四.預かり証は正副二通作成し正を預託者に交付し副を総領事保管す
<mario_porco_rosso>
中国儲備銀行が設立されたのは、まさにそのためなのですよ。
日本軍が正規に発行する軍票には、あなたの挙げるような制約がついて回ります。軍事予算に上限があるかぎり、当たり前のことです。
だからこそ、日本国外に銀行を設立し、あたかも資本の裏づけがあるような体裁を作った上で、独自に紙幣を乱発し続けたのです。
こうして戦争末期には膨大な紙幣が発行され、占領地域内に極端なインフレを引き起こしました。
日本軍は、無法な借金で戦争行為を維持し続けた、ということなのですよ。
いずれにせよ、中国儲備銀行は日本の(あるいは日本軍の)意向で設立されたことには、間違いないですね?とすれば、それが発行した儲備券は、基本的に日本軍の軍票と同じ性格を有していたことになります。
またその設立は、追加された日本側の資料から「蒋介石政権の発行する法幣を駆逐し、中国大陸での戦争遂行を有利にすること」「および中国現地での戦費や物資の調達」が目的だということになりますね。
結局、中国儲備銀行は、日本軍が戦争を遂行するための道具であった、ということですね。
これは メッセージ 37150 (mario_porco_rosso さん)への返信です.