南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
Re: 中帰連とは (切れたので続き)
投稿者: usotaiji 投稿日時: 2006/07/16 19:31 投稿番号: [11058 / 41162]
左の中帰連など何するものぞ
右狂気の自由主義史観研究会だね
渡辺龍二センセ
歴史創作作家でつかそれとも学校教師でつか?
これは メッセージ 11056 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11058.html
Re: 日本人の先祖の所作
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/16 19:21 投稿番号: [11057 / 41162]
これは メッセージ 11052 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11057.html
Re: 中帰連とは (切れたので続き)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/16 19:05 投稿番号: [11056 / 41162]
―――――――
証言は、それが『いつ記録されたものか、本当かどうかの検討ができるか』という2点がとても大事です。日本人の中にも南京大虐殺を目撃したとか虐殺したという証言をした人もいました。しかし、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されています。例えば、元軍人であれば同じ部隊の人がまだ生きていたりしたので、周囲の人の証言や記録を調査すれば、彼は南京にいなかったとか作り話であるということなどが判明します。
渡辺龍二【テロとの戦い「日中戦争」】より
これは メッセージ 11055 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11056.html
Re: 中帰連とは
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/16 19:03 投稿番号: [11055 / 41162]
>>昨日も別トピで教えたように、中国帰還者連絡会(中帰連)というのは精神病患者の会なんだよ。
>先日もあるTV番組で、中国の捕虜収容所の元職員が、日本人の捕虜には自分達より、良い食事を与えていたと言ってたな。
>捕虜になった日本兵を今だにキチガイ呼ばわりするとは、軍国主義の洗脳は恐ろしいの。
俺がいつ「キチガイ」呼ばわりした?
「精神病患者」と労わってるだろ?!
これまで本名での証言は例外なく全て嘘だったことが確認されている。
中帰連と他のニセ証言者との違いは、精神病患者か嘘吐きかの違い。
捕虜への洗脳、認罪学習
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo7.html撫順2(戦犯管理所と戦犯裁判)
(抜粋)
認罪学習は、徹底して行われた。みんなでしつこく何回も何回も犯罪行為を確認し、自己批判・相互批判が繰り返された。
「学習」とは言うものの、罪の自白とつるしあげ合戦である。「なんだ、それぐらい、俺なんかもっと凄いもんね」「お前、それぐらいじゃ足りんだろう」などとエスカレートしていったのだった。
(略)
戦犯たちは総括書という形で、文章にして提出した。当然、文章の巧拙や想像力の大小によって、罪業に迫力の差がでてくる。
文章の上手い戦犯はほめられ、他の戦犯の文章指導や代筆までやり、悪鬼そのものの日本軍が作成されていった。
中帰連とホラ話「三光」
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo8.html(抜粋)
洗脳の人生
中帰連の人が書いたこういうタイトルの本があったので買ってみた。いかに洗脳されたか、を記述したものかと思ったら、金返せと言いたいぐらい違っていた。
本人の言う洗脳体験とは、天皇の臣民から一人の自由人として「個」を確立したことつまり、「皇国史観を洗い流したこと」が「洗脳」なのだそうだ。
そして、中共政府の「人道と平和に対する姿勢」に全幅の信頼を置いている。
中帰連のHPを覗いたら、すべてそのような考えで貫かれていた。
朝鮮戦争ではアメリカ空軍捕虜19名も洗脳されて嘘の供述書を書かされた
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo9.html(抜粋)
供述は微に入り細に入り、具体的に述べられているのが怖い。
(略)
後日、米国に帰国した捕虜達は供述書の取り消し書というのに署名したが、それは四分の一の人だけだった。残りの人達の洗脳が解けることはなかったのである。
おなつかしや一等兵どの(東史郎展)
http://www.asahi-net.or.jp/~KU3N-KYM/tyousa02/tushu4.htm(抜粋)
「東日記」は、どうやら戦後になってからの作文のようである。
偽造資料、ニセ証言者たち
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page049.html田所耕三
秦賢介
中山重夫
曽根一夫
東史郎
船橋照吉
『南京戦・元兵士102人の証言』に登場する102人の元兵士
など、その他多数…
朝日新聞との闘い・われらの場合
都城23連隊の戦史を汚すことは断じて許さぬ
http://www.history.gr.jp/~nanking/books_bungeishunju875.html(抜粋)
昭和59(1984)年8月4日、朝日新聞夕刊に5段抜きの大見出しが躍った。
「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」と題されたこの記事は、翌5日朝刊の全国版にも掲載され、一大センセーションを巻き起こす。
(中略)
中山「首になる。仕方ないじゃありませんか。嘘の報道を大見出しの記事として全国版に掲載したんですから。その責任をとって首になるのが当然じゃありませんか」
支局長「その責任は重々、感じています。しかし首になると私は困ります。私の家族のために助けて下さい。お願いします。この通りです(両手をついて頭をさげる)」
―――
証言は、それが『いつ記録されたものか、本当かどうかの検討ができるか』という2点がとても大事です。日本人の中にも南京大虐殺を目撃したとか虐殺したという証言をした人もいました。しかし、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であった
これは メッセージ 11046 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11055.html
Re: 日中戦争は日本の国土防衛戦争
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 16:13 投稿番号: [11054 / 41162]
モスレムの善はクリストの悪
クリストの善はモスレムの悪
国家間関係は倫理観では判断できない。国際条約を通してしか判断できない。
国際条約上、明らかに、武力侵略をしたのは中国国民党軍であり、
日中戦争は海外領土を含めた日本の国土防衛戦争
謝罪すべきは中国だ。
アホのpipoが答えねばならんのは、
国民党政府や南京防衛軍が、南京市民の生命安全を守るため、どのような措置をとったのかの詳細だ。
逃げずに答えろよ、ボケ!
これは メッセージ 11053 (pipopipo555jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11054.html
Re: 日中戦争は日本の国土防衛戦争
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/16 14:16 投稿番号: [11053 / 41162]
>日中戦争は、国際条約に基づく日本の領土防衛行為
日本の領土拡大行為でしょうが。
拡大しないとも、撤退するとも、きいたことがないが。
列強の一員どころか、列強を差し置いた超一流植民地主義帝國に成り上がったと錯覚したんだね。食糧も性処理も補給がないままに南京まで突っ走った軍上層部の知りぬぐいが「捕虜はとらぬ方針」なり。悲劇の捕虜大量銃殺。夜も寝ずに証拠隠滅のため死体処理させられた兵隊さんがあわれ。
これは メッセージ 11050 (ipodsd さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11053.html
日本人の先祖の所作
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/07/16 14:15 投稿番号: [11052 / 41162]
「アッ…」悲鳴を上げながら後ろに倒れた姉は、素早く起き上がると、夢中で妹を抱きしめた。姉の髪は乱れ、土に親しんだらしい手はプルプルと震えていた。「何を邪魔しやがるんだ。こいつからだ。本岡、石田、ズボンを引き裂け」私はこう同僚に叫ぶと、姉の肩先を再び蹴りあげた。二人は姉に飛びかかっていった。「ベリ、ベリ・・・・」と音を立てて、姉のズボンはズタズタに引き裂かれ、破れ目からは白い肌が見える。恐ろしさと悲しさにもだえる姉は、泳くようにして私の足に夢中になってしがみついて、こう言った。
「この娘はまだ少女です。この娘は近いうちに結婚します。私が代わりになりますから、この娘だけは…」
姉は、乾き切った唇を震わせながら、両手を合わせて鬼畜の私に頼む。三姉妹の、私を食いいるように見つめる涙の眼差しが、私の胸に突き刺さった。
「ウフフ、こいつは近いうちに嫁入りするんだとさ。こりゃおもしろい。まずこっちからいただきだ!」
私は勝ち誇ったようにこう言うと、初めて入口の扉に赤い紙の張ってある意味が分かった。だが、既に野獣に成り下がった私の耳には、両手を合わせて頼みこむ姉の言葉も届かなかった。嫁入りの日を指折り数えて待っている愛する妹を、野獣の毒牙からわが身を捨てても必死になって守ろうとする姉の目には、抑え切れない悲しみと恨みの涙がとめどもなく流れていた。
だが、今まで既に、幾多の戦場で若い女を見れば強姦し、「駐屯地」では慰安所に監禁された若い女たちを辱かしめ、人間としての良心を失ってしまっていた私は、今では男を知った女では満足できなくなり、男を知らない女をとまでに逆上し切っていたのだった。
「おい、本岡、石田やるんだ!」私が姉妹に向かって顎をしゃくると、二人の同年兵は、二人の姉妹に獣のように飛ぴかかり、殴る、蹴る、突き倒す。
「助けて、媽々!」この姉妹の叫びと共に、狼どもの怒声が起こり、それがやがて満足そうな高笑いに変わった。ついに三人の鬼どもは、平和な労働の中に幸せな生活を求めていた清らかな三人の姉妹を、毒牙にかけ、彼女らに一生消え去ることのないいまわしい汚点を与えてしまったのだ。
私達は表に飛び出ると、部隊が前進している方向を透かすようにして見た。部隊は既に民家に火をつけたのか、狭い山間にはあちこちに黒い煙が渦を巻きながら上がっていた。
「敵の襲撃を防御し、我が軍の攻撃を有利ならしめるため、本作戦地域において無人地帯を作る。部隊は一切の家屋を焼却し、女、子供、年寄りといえどもすべて射殺すべし」
昨夜揚子江を渡河する時、馬の上からがなり立てた連隊長浜田浩大佐の命令が、咄瑳に私の頭に浮かんできた。
「オィー、ひとなめにするか。こんな部落があったんじゃ俺たちの苦労の種だ!」
私は、未だ名残惜しそうに入口でモゾモゾしている本岡と石田の方を振り向くと、マッチをする格好をして見せた。嫁入り前の少女を毒牙にかけた私は、それでも飽きたらず、今度は家に火をつけ、姉妹もろとも灰にすることを企てたのだった。私は、今はなんら抵抗する気力もなく床に投げ出されている三姉妹を、仲間の手を借りて一室に押し込めると、扉を固くしめた。
「フン、これで俺たちのやった証拠もなくなる。連公(連隊長のこと)の命令通りで成績も上がる。一石二鳥たぁこのことだ。ウハハ・・・・」
私はあざけるようにして外に出ると、足下に転がっていた竹箒に火をつけ、軒下に点々と火をつけて歩いた。火は忽ち姉妹を閉じ込めた部屋を包み、少女の嫁入りを祝うため入口の扉に張ってあった「喜」の字型の赤い紙が、見る間に焼け落ちた。火は次から次へと燃え移り、箱庭のように美しく立ち並んでいたこの小さな部落は、忽ち火の海となり、生き地獄と化してしまった。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11052.html
Re: 日中戦争は日本の国土防衛戦争2
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 14:07 投稿番号: [11051 / 41162]
日中戦争は、国際条約に基づく,租借地、租界、特殊権益地、などを含む日本領土の防衛行為であり、居留民の生命安全の確保のための正当防衛行為であった。
国際条約とは以下のような条約である。
・日清戦争の下関条約
・北清事変の北京議定書
・日露戦争のポーツマス条約
・第一次大戦のヴェルサイユ条約
これらの立派な国際条約に基づく日本の国土や権益を武力で侵害したのはチャイナ。
日中戦争は、日本の領土が武力侵害され、居留民の生命安全が脅かされたことに対する正当防衛行為。
これは メッセージ 11050 (ipodsd さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11051.html
Re: 日中戦争は日本の国土防衛戦争
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 14:00 投稿番号: [11050 / 41162]
日中戦争は、国際条約に基づく日本の領土防衛行為であり、居留民の生命安全の確保のための正当防衛行為であった。
前述の上海事変(1937年8月)の経緯から明らかなことは、戦闘を仕掛けたのは国民党軍である。このことは1937年7月7日の盧溝橋事件、25日の郎坊事件、26日の広安門事件、29日の通州事件といった一連の事件を仕掛けたのも中国側であることからして、戦争をしたかったのは中国であり、不拡大方針の日本軍に武力行使を仕掛けたは中国であるということ。
ところが日本軍の前に敗戦に次ぐ敗戦で、ついには、一気に首都南京までもが同年12月に陥落させられてしまい、手を出した蒋介石は自業自得で何もいえなかったのに、関係のなかった共産党が今頃になって、わめき散らしているのが、捏造南京大虐殺。自分が手を出して、コテンパンに叩きのめされ、悔しがってるだけの、お粗末な一席。
まあとにかく、日中戦争は、国際条約に基づく日本の領土防衛行為であり、居留民の生命安全の確保のための正当防衛行為であったということと、東京裁判などというものは裁判前に結論ができていた事実無視の茶番劇ということ。
これは メッセージ 11046 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11050.html
Re:実話, 南京防衛軍司令官の敵前逃亡
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 13:34 投稿番号: [11049 / 41162]
謝罪すべきは中国、日本は中国に謝罪と損害賠償を請求すべきだ。
Re: 日中戦争は日本の正当防衛行為5
日中戦争の直接的端緒
上海事件
1937
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=54225上海事変から南京陥落にいたる不毛な戦乱の責任が中国側にあることは明らか。謝罪すべきは中国。日本は中国に謝罪と損害賠償を請求すべきだ。
この1937年8月の上海事変が全面的日中戦争の直接的起点であり、航空機による無差別攻撃に対し発進基地のあった当時の首都南京を攻撃したのは当然の対応。また、人海(塵芥?)戦術による上海包囲網等の攻撃に対し、作戦基地であった首都南京の攻略で対抗したのも戦術の一つ。
ところが、首謀者の蒋介石や南京防衛軍司令官唐生智ら上層部は、日本軍の投降勧告を無視し、兵隊には徹底抗戦を叫びながら、自分たちだけは南京から脱出(夜逃げ)したため、南京防衛は混乱に陥り、ハチャメチャになってしまった。これが捏造南京大虐殺の実態。
そもそも、投降勧告を無視し、首謀者のみ逃げ出し、混乱壊滅した中国軍が何をしたかは明らか。
上海事変から南京陥落にいたる不毛な戦乱の責任が中国側にあることは明らか。謝罪すべきは中国。日本は中国に謝罪と損害賠償を請求すべきだ。
これは メッセージ 11048 (ipodsd さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11049.html
Re:実話, 南京防衛軍司令官の敵前逃亡
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 13:20 投稿番号: [11048 / 41162]
論点をずらすなよ、ボケ!
虐殺だ、虐殺だ、何ぞと泣き言をわめく前に、そんなに大事な南京市民の生命安全を守るため、南京防衛軍や国民党政府は、どんな措置をとったんだよ。
言って見ろよ。
ボケ!
これは メッセージ 11047 (pipopipo555jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11048.html
Re:実話, 南京防衛軍司令官の敵前逃亡
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/16 12:44 投稿番号: [11047 / 41162]
総司令官がトンズラしたからといって、
戦場に残され武器を放棄し捕虜にした敵兵を、後ろ手にして江岸まで連行し、銃殺命令で全員射殺したことが正義だ、
という理窟が、どうしても、逆立ちしてもわからぬ。
対比して又、1億玉砕を叫んでいた総司令官が、戦に負け戦犯に問われるやいなや自殺を図る、これこそ兵、民を棄てての敵前逃亡でなくて、何ぞや。
これは メッセージ 11045 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11047.html
中帰連とは
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/16 11:30 投稿番号: [11046 / 41162]
>昨日も別トピで教えたように、中国帰還者連絡会(中帰連)というのは精神病患者の会なんだよ。
(中帰連:google より)
私たちは、先の日中15年戦争の間、日本軍国主義の積極的な手先となって数多くの非人道的な罪を犯し、敗戦後、中国の「撫順戦犯管理所」(969名)と「太原戦犯管理所」(140名)とに、戦犯として拘留されました。
中国の戦犯管理所では強制労働がないばかりか、有り余る時間が私たち戦犯に与えられました。中国政府の戦犯にたいする方針は「戦犯とても人間である。その人格を尊重せよ」という人道主義の政策であり、管理所の全工作員も個人の恨みを超えて、この政策を忠実に実行されました。工作員たちは、日々コウリャン飯を食べながら、戦犯には白米飯と豊かな副食を精一杯調え、罵る戦犯には笑顔で応え、病人には高価な貴重薬を惜しげもなく投与しました。その他、衛生・運動・文化・学習などすべてに好い条件を保証されました。
この人道的で暖かい待遇は、私たち戦犯に大きな感動と反省とを呼び起こしました。昔、私たちが犬畜生同様に虐待し、財を奪い、焼き、殺して来たその中国人から、今こうして優遇されている。私たちは、中国人の道義性の高さに感動し、このことをどう理解すべきか、真面目に考え始めました。
こうして私たちは真剣に学習するようになり、世界の変化や日本の実状を知り、ものの道理を弁えるようになりました。特に、自己の過去を反省する学習によって、人間の良心を取り戻し、過去の罪を告白して、中国人民に謝罪する認罪運動を巻き起こすことが出来ました。
罪を許されて帰国した私たち千余名は、1957年、中国帰還者連絡会を創立し、現在まで40数年間、一貫してそのたたかいをつづけてまいりました。私たちの活動の出発点は、「認罪」(過去の戦争の非を認めること)であります。私たちは、常にこの認罪の立場に立ちながら、二度と日本に侵略戦争への道を許さず、同時に日中友好、ひいては世界の平和に、いささかでも貢献出来ればと考え、残り少ない人生を共に手を携えて活動しております。
(先日もあるTV番組で、中国の捕虜収容所の元職員が、日本人の捕虜には自分達より、良い食事を与えていたと言ってたな。
捕虜になった日本兵を今だにキチガイ呼ばわりするとは、軍国主義の洗脳は恐ろしいの。)
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11046.html
Re:実話, 南京防衛軍司令官の敵前逃亡
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/16 11:07 投稿番号: [11045 / 41162]
>この敵前逃亡・夜逃げした中国軍の責任糾弾無く、何が、捏造南京虐殺か!
まったくです。
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著によれば、唐生智が処刑されたという当時の報道は事実ではなく、実は共産党に走って戦後も生きていたとのことです。(P102など)
それにしても、本当に酷い話ですね。
唐生智が日本軍の降伏勧告を拒否したのが12月10日の正午です。
―――――――――――
投降勧告を拒否した南京防衛軍の司令官唐生智はこの日の午後七時、「本軍は複廊陣地において、南京固守最後の戦闘に突入した。
各部隊は陣地と存亡をともにする決心で死守せよ」と下命し、指令なく寸地でも陣地を放棄、撤退したものは軍法にもとづいて厳罰に処すと伝えた。
また、保有している船舶は全て一律に運輸司令部が接収、管理するように命じ、勝手に拘留しておくことを禁じた。
宗希簾の第36師に命じて長江沿岸を厳重に警備させ、指令長官部の許可がなければいかなる部隊の渡江も厳禁とした。
また、憲兵、警察に対しては「隊伍を離脱した兵隊が制止をきかないで渡江しようとした場合には武力で阻止せよ」と命じた。
「南京城と生死を共にする」と言い切った唐生智の覚悟のほどをしめした厳命であった、渡江の手段を断って、「背水の陣」を敷こうとしたのであるがこの「死守作戦」が大きな悲劇を生むこととなってしまう。
『南京事件』笠原十九司著(捏造学者)
――――――――――
上記のように唐生智は「死守」を命令しておき、自分は12月12日の夕方に手下だけを連れて船で漢口に出航しました。
その日の夜、南京に残された支那兵たちが慌てて逃げようとして日本軍と衝突し、戦闘が始まりました。
これは メッセージ 11044 (ipodsd さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11045.html
Re:実話, 南京防衛軍司令官の敵前逃亡
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 10:28 投稿番号: [11044 / 41162]
そもそも首謀者の蒋介石は南京を切り捨て早々と脱走し、南京防衛軍司令官唐生智ら上層部は、南京攻防戦直前まで部下の兵士やメディアには徹底抗戦を叫び、日本軍の投降勧告を無視しながら、自分たちだけは直前に南京から敵前逃亡、夜逃げし、市民や兵士の生命安全確保の人間としての義務を無視・放棄した。
この敵前逃亡・夜逃げした中国軍の責任糾弾無く、何が、捏造南京虐殺か!
そもそも、この敵前逃亡した上層部、つまり国民党政府は、この敵前逃亡の時点で南京住民を虐殺していたということである。
国民党軍の十八番の清野作戦による一連の自国民大虐殺と同じである。
本来、住民の生命安全を守る義務のある政府・軍隊であるなら、負けるための無駄な戦闘は避け、秩序正しく投降勧告を受け入れ、市民の生命安全を確保すべきであっただろーが。
城壁都市内での市街戦は凄惨を極めることは常識。完全爆撃破壊されても文句あるまい。市民が生き残ったことだけでも日本軍に感謝すべきだ。
こうした中で、混乱壊滅し倫理観の全く欠如した狡猾な中国兵が何をしたかは明らか。
政府からも人民からも見放され、生きるすべを失った中国兵が何をしたのかは明らかだ。
これが捏造南京大虐殺の実態。
南京での国民政府、国民政府軍の実態を明らかにし、責任の糾弾をすることなく、日本軍を非難するなど論外である。
Re: 日中戦争は日本の正当防衛行為5
日中戦争の直接的端緒
上海事件
1937
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=54225上海事変から南京陥落にいたる不毛な戦乱の責任が中国側にあることは明らか。謝罪すべきは中国。日本は中国に謝罪と損害賠償を請求すべきだ。
これは メッセージ 11041 (yousunwai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11044.html
Re: 虐殺は嘘15 誰も知らなかった虐殺1
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/16 10:20 投稿番号: [11043 / 41162]
これは メッセージ 11037 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11043.html
Re: これが、お前達の先祖の所作だ
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/07/16 10:18 投稿番号: [11042 / 41162]
>あれ、あれ、これって元々deliコーヒー君の芸風じゃん
>××○○をわらう(劇爆)
そーそー、それって元々アホpipoのすり替えの芸風じゃん
○ヌケ
ペテン師
目××鼻○○をわらう(激爆げらげら)
アホ
ボケ
これは メッセージ 11040 (pipopipo555jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11042.html
Re: これは実話です、撫順の日本人自虐洗脳
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/16 10:16 投稿番号: [11041 / 41162]
>マルチ商法。
もっとも、古典的なのが、何度も同じ事を繰り返す
「キム説法」
キム君のは、サイキック・ドライブという心理学的方法で、一応、洗脳を狙っている。
致命的なのは、史実に基づいていないので、先入観のない子供にしか通用しないことだが、油断してはいけない。
これは メッセージ 11034 (asia1867 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11041.html
Re: これが、お前達の先祖の所作だ
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/16 09:43 投稿番号: [11040 / 41162]
>はい、はい。
>今回も出典(ソース)を隠匿したけど
あれ、あれ、これって元々deliコーヒー君の芸風じゃん
××○○をわらう(劇爆)
これは メッセージ 11039 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11040.html
Re: これが、お前達の先祖の所作だ
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/16 09:36 投稿番号: [11039 / 41162]
これは メッセージ 11038 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11039.html
これが、お前達の先祖の所作だ
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/07/16 04:44 投稿番号: [11038 / 41162]
石井部隊の玄関から、何回か厚い丈夫な扉を開けてはいって行くようになっている、幅1メートル50、長さ15メートルぐらいの廊下の中央から右に行く通路があって、その両側に、鉄格子のついた留置所がずらりと並んでいた。その中にペストを感染さすところがあった。
その第一番目の留置場では、中国の労働者風の、薄紺の服を着た四〇歳前後の男があお向けに寝たままペストを感染させられていた。薄暗い光線を受けて、目をつぶったままの青白い顔は、蝋細工のようだった。動けないように縛りつけてあるのか薬でねむらしてあるのか分からないが、ちょうど屍室の死体のようであった。
その隣の留置所には35、6歳になる、骨と皮に痩せてしまった男が、後手に縛られてすわっていた。
ゴム製の手袋と外皮と靴をつけてマスクした軍医が、その男の、一握りほどしかない股を押さえつけて、蚤に食いつかせてペストを感染させていた。痩せた肩から落ちそうになった、ボロボロの薄い破れ服の間から見える骸骨のような胸には、直径一寸近くの潰瘍が五つ、痛そうにカサブタを作って、胸いっぱい赤く色どっていた。
「これはペスト菌を感染さした痕ですよ」と石井が説明した。
「ペスト患者の特徴は足元がふらつくことですよ」と石井はつけ加えた。
軍医に革の鞭でひっぱたかれて立ちあがった男は、二、三歩フラフラッと歩いたかと思うと、枯木のようにドターンと倒れて、ウーッと長いうめきをあげた。
廊下は突き当たってすぐ右に曲がった。曲がったすぐのところに、手錠と足錠をかけられた35、6歳の、農民風の三人の男が、両膝を立てて、その上に両腕を置いて座らされていた。3人とも痩せ衰えているが、憎悪に燃え立つ6つの瞳は、射るように私たちを見上げていた。
その目は薄暗い窓の明かりを受けて、鬼気をともなって私に迫った。私は背中に冷水を浴びたようにおののいた。
「これは凍傷実験をやったのです」と石井が説明した。5本の指は第2関節から先が腐れ落ちて、その切れたところは、赤色と乳白色が入り混じってドロドロになって腐れ、ただれていた。これは凍傷後、零度の水と体温ぐらいの湯につけて処置して、その結果を実験したのである。
無限の痛恨と堪えがたい痛みをこらえて、両手を抱えるようにして坐っている3人の目は、いまにも飛びかかりそうな形相で石井をにらみすえていた。
廊下を3メートルぐらい行って左に曲がると、すぐ解剖室の入口に出た。3人の軍医が頭をすりつけて何かのぞき込んでいたが、石井を見ていっせいに敬礼をした。
幅3メートルぐらいの室の真ん中に大きな解剖台があり、その上に人間の胴体が置かれていて、肋骨が一本一本はっきりと見え、血がポタリポタリ滴ってドス黒く光っていた。
頭蓋骨が断ち割られて、脳みそが出たままの頭が、胴体の右側に転がっており、バラバラに切断された手と足は、室の右隅に放り投げてあった。生臭い臭いがプンと鼻をついた。
「解剖した死体はあの竈に入れて焼いてしまいます。臭いがしないように、煙突はとくに高くしてあります。この解剖室で働いていた軍医で、気違いになったのがありますよ」と、石井が冷ややかな笑いを浮かべて説明した。
こうして、4000人の愛国者は、あるものはコレラ、ペスト、チフス、赤痢その他いっさいの細菌を植えつけられて殺され、あるものは生きたまま解剖され、その他のものは、凍傷実験をやられたり、生きたまま神経を抜きとられたり、トーチカ爆破の実験に使われて爆破されたり、小銃弾傷の実験で毒殺されるなど、この世において、これ以上ありえないあらゆる苦痛を強いられて殺されていった。
あの高い煙突から、毎日毎夜、白い煙が大空に吐き出されてゆく。あの白い煙の中に、日本帝国主義にたいする無限の憎しみと恨みをこめて倒れていった愛国烈士の、無言の厳粛な抗議がひびいている。あの白い煙は中国人民の勝利と人類の幸福を築く尊い礎石となって、人類の歴史の上に永遠に日本帝国主義の罪悪を刻みつけている。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11038.html
虐殺は嘘15 誰も知らなかった虐殺1
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/16 02:27 投稿番号: [11037 / 41162]
1. 当時の南京の人口は20万しかいない
2.難民帰還で人口はむしろ急増した
3.大量虐殺された死体やそのための設備跡がない
4. 日本軍には軍事目的がなく、作戦記録もない
5.東京裁判の証言者以外に累々たる死体を見た者がいない
東京裁判で証言台に立った紅卍会許伝音副会長、ベイツ教授らは、いたるところに死体が転がっていたと証言しているが、入城した将兵、百数十名の新聞記者やカメラマンは、誰一人この光景を見ていない。15人の国際委員会の委員、5人の外国人記者はじめ、第三国人は誰一人として見ていない。ベイツ教授自身、占領3日後の時点では「秩序ある日本軍の入城で南京に平和が訪れたのは何よりです」と新聞記者に挨拶していた。(『東京日日新聞』昭和12年12月26日号)【注1】
6.マギー牧師が見た殺人は1人のみ
東京裁判で証言台に立ったアメリカのジョン・マギー牧師は、膨大な殺人、強盗、強姦、暴行、累々たる死体などを見たかのような証言をした。しかし、ブルックス弁護士が「殺人行為の現行犯をあなた自身はどのくらいご覧になりましたか」と反対尋問すると、答えは「1件のみです」。その1件すら歩哨に誰何(すいか)されて逃亡した者を射殺したケースだった【注2】。この場合は合法的な殺人であり、虐殺には当たらない。あとはみな伝聞あるいは想像ないし創作だった。
7.写真、映像の記録が何もない
日本軍が南京に入城してから治安が回復し、市民が安堵した表情で食糧を受け取っている写真は多数ある。これに反し、虐殺を示すと検証された写真は1枚もない。これまでに、南京での虐殺写真だとして報道されたものは、どれも偽写真や合成写真であることが明らかにされてきた。
虐殺そのものを収めた記録フィルムも全くない。専門家によって唯一実写と認められているフィルムは、マギー牧師によるもの。その中にも虐殺を思わせるシーンは全くなく、多くは戦傷者の治療風景である。
平成8年4月に開館された長崎原爆記念館ではフィルムが映写されたが、これは米国製の映画『ザ・バトル・オブ・チャイナ』(フランク・キャプラ監督)の一部だとわかった。この映画は米国で戦意発揚のために作られた反日宣伝映画。実写ではなく、やらせであることが明らかになっている。
8. 箝口令は引かれていないのに誰も伝えていない
南京入城には、百人以上の日本人の記者やカメラマンが同行した。当時はまだ報道管制が行われていない。しかし、戦後、日本人は東京裁判で報道されるまで誰も「大虐殺」を知らなかった。見ていれば、報道しただろう。また、陥落の直後の南京には、大宅壮一、西条八十、草野心平、石川達三、林芙美子らのジャーナリストや作家・文人が行っていた。しかし、戦後言論の自由が完全に保証されてからも、誰一人、「大虐殺」を書き記したり、発表した者がいない。
10. むしろ国際委員会からは感謝状が出た
南京落城近しというときに、英米仏独は国際委員会を作って、非戦闘員である市民を収容する安全区を作った。日本は安全区に対して中立を守るのであればこちらも中立を守ると約束し、砲撃しなかった。これに対し、ラーベ委員長は日本軍に対して、「私どもは貴下の砲兵隊が安全地区を攻撃されなかったという美挙に対して、また同地区における中国民間人の援護に対する将来の計画につき、貴下と連絡を取り得るようになりましたことに対して感謝の意を表するものであります」との書簡を送っている。
11. 食料を送って受領書と感謝状を受けた
難民区に20万もの人がひしめいて、食糧が不足したため、日本軍は、食料、被服等を給与して民心の安定を図った。特に、昭和13年正月には大量の食糧を送り、紅卍会支部長より受領書、感謝状が贈られている。日本から食糧をもらっている当時の写真はいっぱいある。それに対して、虐殺の写真は1枚もない。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06b.htm【注1】
正確には、昭和12年12月16日号
【注2】
マギーは日記に「その殺人が現実に起きたとき、われわれはそれを見ていなかった」と書いている
これは メッセージ 10992 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11037.html
Re: シナ兵による日本軍捕虜虐殺
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/16 01:50 投稿番号: [11036 / 41162]
>>へえ、どこで?写真については偽だとか認めていたようだけど記事そのものもデマだとして謝罪してた?
>ホー、猿脳君はおもしろいこというね。写真はデマだけど、デマ写真を解説した文章はデマじゃないんだってよ。コーヒー君も同じかね?
俺の問題にしたのは事実関係(記事そのものもデマだとして謝罪していたかどうか)だよ。記事が事実だとは言ってない。記事そのものの真偽については、今のところ保留だ。
だから、
>それにCNNの記事は数ある証言、証拠の一つにすぎない。
だと言っている。コーヒー君は、CNNの記事と一緒に他の証拠(日本軍の手記等)もあげていたろう。
さらに俺は、
>ま、それはともかく、
1。自国民にたいする略奪暴行虐殺。
2。日本民間人にたいする拷問虐殺。
3。漢奸にたいする拷問虐殺。
このような無法行為をしていたシナ兵が殺し合いの相手である日本兵捕虜にだけは、紳士的にふるまったというなら、よほど頭がいかれて(ぴーポーして)いる。
と言っている。こういうのは無視して、CNNの記事だけにこだわる(意図的?)視野狭窄はぴーポーだ。
これは メッセージ 11019 (pipopipo555jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11036.html
Re: これは実話です、撫順の日本人自虐洗
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/16 01:35 投稿番号: [11035 / 41162]
>中共の歴史観は、階級闘争史観に立っていて、それはつまり、一握りの反動分子と多数の善良な人民大衆という、二極化された構図を前提としている。
権力者は悪人で、一般大衆は善人で虐げられ続けてきた、という決めつけである。
日本の戦争は一部の悪玉によって牽引されたものではない。その上そんな単純な論理で清算できるものでもない。
強く同感。共産主義がどれほど浅薄で偽善的でダメなイデオロギーであるかということは旧ソ連、現シナ、北朝鮮などが証明している。
>そして、悪行が凄ければ凄いほど、日本軍は極悪非道な存在になるというわけだ。
彼らの自供が「強制された嘘」ではなく、「自発的に語った本当のこと」なら、要するに殺人嗜好、強姦癖の人間が自分の罪を軍や祖国になすりつけ、本人は免罪された、ということである。
国家も国民も軍隊も一部の戦争犯罪者も一蓮托生。「自分の罪を軍や祖国になすりつけ、本人は免罪され」ようといのなら許せない。ドイツ(人)がナチスに対してとったやりかたと同じだな。それから、ここで日本、日本人の罪(しばしば捏造、歪曲、誇張されたそれ)だけをいいつのって連合国の罪は棚に上げている連中。
これは メッセージ 11027 (sinnjitu_itiro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11035.html
Re: これは実話です、撫順の日本人自虐洗脳
投稿者: asia1867 投稿日時: 2006/07/15 23:13 投稿番号: [11034 / 41162]
応用編として
催眠商法。
マルチ商法。
これは メッセージ 11032 (sinnjitu_itiro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11034.html
Re: 鬼畜日帝兵士の実的刺突
投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/07/15 23:07 投稿番号: [11033 / 41162]
>
彼は泣いて私に訴えた。日本の兵隊の良心に最後の望みを託して、必死に訴え続けた。私にも母親が一人残っていて、私の帰りを待ちわびていた。この少年の叫びが私の心に痛く突き刺さった。然し少年の願いを聞き入れるわけにはいかなかった。少年の願いを聞き入れることは、私の命との引き換えでしか許されません。私は胸をえぐられる思いはしたものの、反射的にその願いを無視せざるを得ませんでした。そして、「戦争に非道は付き物なのだ」と自分に言い聞かせた。
人間を殺すことが兵隊の仕事なのだから、
人間としての良心を捨てることが一人前の兵隊になるための第一歩。
良心が捨てられない兵隊は兵隊として失格。
そのようなものは、ジェンキンス氏のように軍隊から脱走するしかない。
これは メッセージ 11028 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11033.html
これは実話です、撫順の日本人自虐洗脳2
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2006/07/15 23:01 投稿番号: [11032 / 41162]
●フォト・ジャーナリスト
平成10年、ある日本人ジャーナリストが撫順戦犯管理所から日本人戦犯の供述書を手に入れ、各マスメディアに売り込んだ。
これらは朝日や地方紙が大々的に報じ、雑誌「世界」で7人分が公開された。
鈴木啓久中将の供述書というのには、従軍慰安婦の強制連行を命令したとか、中国人民への残虐行為を命令したなどとある。
全く「噴飯モノ」としか言いようがない。なにが嬉しくて師団長自らが、兵の下半身の疼きに心を砕かなければならないのだ。
こんなものに飛び付くマスコミも無知丸出しだが、売り込んだジャーナリストというのも浅ましい。
こういう、さもしい輩を利用して、中共は頃合いをみて今後も小刻みに流し続けてくるだろう。
しかも、本人の死亡を待って、反論される危険を避けているようだ。
周到に洗脳されたことを知ったうえで、「帰国後、戦犯の多くが管理所での供述を翻していない事実は重い」として懸命に事実にしたがっている。
中帰連のHPを見ると中帰連の回りには、中帰連を利用して糊口を凌ごうという、私以上にあやしい方々が貼り付いているように見える。
▲中帰連活動陳列館
パンフレットには「改造日本戦犯陳列室」となっている。
中帰連の謝罪と日中友好・反戦平和の活動の数々を展示。郭沫若に 送った感謝と友好を誓った額、著作物、交流活動の写真など。
自己啓発セミナーと言うのが流行ったことがあった。受講者を人里離れた施設に閉じこめ、自己啓発という洗脳を行うのだが、外界と隔離して徹底的な人格破壊をもって思考の方向を変える、というものである。
このノウハウはアメリカから伝えられ、ルーツを遡ると朝鮮戦争に至る。
北に捕まった米軍兵士が戻ってきた。
彼らは一様に徹底的に洗脳されていて、あまりの見事さにアメリカはその洗脳技術を解析し、技術としてまとめた。
この手法はオウム真理教でも大いに活用された。
H13.11.5
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo8.html
これは メッセージ 11027 (sinnjitu_itiro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11032.html
Re: 鬼畜日帝兵士の実的刺突
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/15 22:59 投稿番号: [11031 / 41162]
>我々初年兵が辿り着いた索格荘という部落は、・・・(以下蛇足)
はい、はい。
今回は出典(ソース)を隠匿したけど、また中帰連だね。
昨日も別トピで教えたように、中国帰還者連絡会(中帰連)というのは精神病患者の会なんだよ。
いい加減に芸風を変えようね。
――――――
侵略戦争−体験と反省
絵鳩 毅
絵鳩氏の略歴
一九一三年、鳥取県主まれ。
一九三八年、東京大学文学部卒業後、文部省勤務。
一九三九年、山梨県女子師範学校、上田高等女学校教員。
一九四一年、臨時召集で東部第六四部隊入隊。
一九四二年、北支那派遣軍第一二軍第五九師団第五四旅団第二一大隊機関銃中隊に転属(陸軍軍曹・分隊長)。
敗戦後シベリアに捕虜として五年間、戦犯として中国に六年間抑留。五六年起訴免除。
帰国後は、高等学校教員、郵便局長を経て、中国帰還者連絡会常任委員長などを歴任。
(えばと つよし 元中国帰還者連絡会常任委員長)
――――――
これは メッセージ 11028 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11031.html
Re: シナ兵による日本軍捕虜虐殺
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/15 22:47 投稿番号: [11030 / 41162]
>写真はデマだけど、デマ写真を解説した文章はデマじゃないんだってよ。コーヒー君も同じかね?
>君が引用した
>「やつら(支那人)は、それを楽しんでました。 頭が切り落とされるのを待っていて、頭を手に取り、サッカーをしたのです。 ・・・本当に酷いことです。(以下略)・・・」
確証はないが、おそらく本当だと思うよ。
仮にサッカーの話が嘘だとしても、支那軍が捕まえた日本兵を全員(反戦兵士にする者以外)惨殺したことは紛れもない事実だよ。
#10908で他の事例も紹介しているだろ。
これは メッセージ 11019 (pipopipo555jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11030.html
鬼畜シナ人と朝鮮人。
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/07/15 21:50 投稿番号: [11029 / 41162]
中帰連の話ばかりではな。
小説が事実と述たもう金ちゃん。真実の歴史を学び、日本及び世界に謝罪しなければならないだろう。シナ人と朝鮮人は。
これは メッセージ 11028 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11029.html
鬼畜日帝兵士の実的刺突
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/07/15 21:27 投稿番号: [11028 / 41162]
我々初年兵が辿り着いた索格荘という部落は、戸数僅かに4、50戸程しかない小さな部落だった。わが大隊は、住民を追い出して無住としたこの全部落を宿舎に当てていた。北に高さ数百メートルほどの山を控え、南西側は楊柳の豊かな川原、東側は小高い丘になっていました。
この丘に中隊の兵隊が、岩を掘り下げ、その上に部落の家々の扉や切り倒した川原の木材をのせて、さかんに奄体壊(えんたいごう=散弾から身をまもり射手の射撃を容易にするための設備)を造っていた。この部落の豚や鶏は既に食い尽くされていた。部隊は、兵を割いて獲物探しに四周の部落を遠くまで荒らし回っていた。そして食糧になる一切が持ち帰られたが、中には潜んでいた部落民までも「戦果」として連れ帰っていた。
この本隊に命からがら追及してきた初年兵を待ち受けていたものは、大隊長による「検閲」でした。戦地での検閲は射撃と銃剣術が主な科目だったが、今回はいささか勝手が違っていた。伝えられた大隊命令には、今回の検閲では射撃のほかに、捕虜の「実的刺突」を加えると言明されていた。
検閲のその日、6月12日は雲一つない晴天でした。午前中は、部落の南の川原で射撃の検閲がこともなく済まされると、午後からはいよいよ部隊でも初めての「実的刺突」が行われることになりました。
その頃大隊では、30名ほどの中国人捕虜を抱えて持て余していました。彼らは皆逃げ遅れて捕らえられた「老百姓」(ラオパイシン=農民)でした。大隊長は、その捕虜を初年兵の刺突訓練のために、各中隊に4、5名ずつ分配させました。私は警備兵を連れて機関銃中隊に割り振られた4名を、大隊本部まで受領に行きました。
部落の東側に隣接した広い畑地には、すでに4本の柱が打ち立てられ、その後ろにはそれぞれに深い穴が掘られていました。周囲には中隊の警備兵が遠く取り囲んでいる。この様子を見てとった4人の捕虜達は一様にはっと顔色を変え、そして口々にこう訴えました。
「私は百姓です。助けてください」「私は八路軍ではありません。殺さないでください」と。
なかに15、6歳の少年が居た。彼は私にすがりつくようにして言った。
「大人(タイジン)、私にはたった一人の母親がいて、私の帰りを待っています。私を家に帰してください」
彼は泣いて私に訴えた。日本の兵隊の良心に最後の望みを託して、必死に訴え続けた。私にも母親が一人残っていて、私の帰りを待ちわびていた。この少年の叫びが私の心に痛く突き刺さった。然し少年の願いを聞き入れるわけにはいかなかった。少年の願いを聞き入れることは、私の命との引き換えでしか許されません。私は胸をえぐられる思いはしたものの、反射的にその願いを無視せざるを得ませんでした。そして、「戦争に非道は付き物なのだ」と自分に言い聞かせた。
やがて彼らは、使役兵によって4本の柱に結わえつけられ、人間から「実的」(生きた標的)に変えられてしまった。
午後の検閲が始まった。大隊長熱田勝利大尉は、馬にまたがり意気揚々としてその英姿を現わした。教育係助教だった私は、実的から百数十メートルはなれた畑の凹地に初年兵を集めて、敵状を説明し、「前方にいる者はすべて敵だ。必ず突き殺せ」と命令した。そして四列縦隊に並んだ先頭の4人に対して、先ず、「出発!」の号令を掛けた。
兵隊は土煙りを上げながら、無我夢中で畑の上り斜面を這って行った。やがて教官池田准尉の「突っ込め!」の号令がかかる。半狂乱の兵隊が着剣した銃を構えて突進する。よろめいて倒れる者がいる。敵を前にして立ち止まってしまう者もいる。誰だって人殺しは恐ろしい。
「馬鹿野郎、敵だ、突くんだ!」という教官の罵声を浴びて、兵隊は我に返る。自をつぶって銃剣を突き出す。だがその剣先は空を切ったり、上下へ大きくそれて、なかなか敵の胸を突き刺すことができない。「よし!」の許しが出るまで盲滅法突きまくる。
次の4人が出発する。事情は全く同じことが7、8回繰り返されて彼らの検閲はめでたく終了した。人間の血の色をした真夏の大陸の夕日が、中国人のなきがらと初年兵の青ざめた顔とを分け隔てなく照らす。長い腸を引きずって死んだ中国人も、血の気を失ってしまった日本兵も、今は一言も発しない。
この日の夜、中隊は初年兵のために酒をふるまい祝宴を張った。古年次兵たちは、「これでお前たちもやっと一人前になれたなあ。おめでとう!」と口々に言った。だが、初年兵の表情は重苦しくて、その夜は最後まで晴れませんでした
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11028.html
これは実話です、撫順の日本人自虐洗脳1
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2006/07/15 19:27 投稿番号: [11027 / 41162]
●中国帰還者連絡会(中帰連)
中帰連は昭和32年に結成され、撫順・太原からの帰国戦犯の約半数が加入した。日中友好協会にも団体加入、親中国運動を展開した。
それはつまり反日・反米・反韓・反台であった。
昭和40年、日共と中共党が文化大革命をめぐり対立、日中友好協会も中帰連も代々木・反代々木で分裂、反代々木系は、(正統)をくっつけた。
その頃、中共では戦犯達を改造した先生が撫順監獄にぶちこまれ、改造を迫られるという漫画みたいなことになっていた。
●洗脳の人生
中帰連の人が書いたこういうタイトルの本があったので買ってみた。いかに洗脳されたか、を記述したものかと思ったら、金返せと言いたいぐらい違っていた。
本人の言う洗脳体験とは、天皇の臣民から一人の自由人として「個」を確立したことつまり、「皇国史観を洗い流したこと」が「洗脳」なのだそうだ。
そして、中共政府の「人道と平和に対する姿勢」に全幅の信頼を置いている。
中帰連のHPを覗いたら、すべてそのような考えで貫かれていた。
当然、彼らにとって、中共の軍拡・核開発やチベット・ウイグルでの民衆弾圧は不可触領域である。
●三光
昭和32年、「三光」という本が、衝撃をもって日本人の前に現れた。
内容の過激さゆえ、当初は驚きと同時に疑いをもって見られていたのだが本多勝一氏の朝日新聞連載「中国の旅」で「三光」という語はかなり定着してしまった。
「三光」という言葉は日本語ではない。国民党と中共党がお互いに相手の残虐さを罵るために使ったプロパガンダ用語である。
にもかかわらず「三光」は日本の歴史教科書にまで載るようになった。
中共の歴史観は、階級闘争史観に立っていて、それはつまり、一握りの反動分子と多数の善良な人民大衆という、二極化された構図を前提としている。
権力者は悪人で、一般大衆は善人で虐げられ続けてきた、という決めつけである。
日本の戦争は一部の悪玉によって牽引されたものではない。その上そんな単純な論理で清算できるものでもない。
中帰連の方々は自分が強姦魔であったり、殺人鬼であることを高らかに白状しているわけだが、それをすべて日本軍や日本国のせいだと言っているのだ。
世の中には人一倍性欲の強い人間や、粗暴で人を殺しても何とも思わない人間が、一定の割合で実在するのである。
そんな奴が軍人になり、殺人や強姦を犯したら、それは個人の資質のなせることであり、そんな個人犯罪の責任まで追及されたら軍や国はたまったものではない。
そして、悪行が凄ければ凄いほど、日本軍は極悪非道な存在になるというわけだ。
彼らの自供が「強制された嘘」ではなく、「自発的に語った本当のこと」なら、要するに殺人嗜好、強姦癖の人間が自分の罪を軍や祖国になすりつけ、本人は免罪された、ということである。
帰国のための方便として、洗脳されたふりをして、帰国後は供述を翻したまともな(もともと犯罪など犯していない)人も多いのだ。
ことさら言い立てるのは、面妖である。
戦争という異常な状況下でやったことだ、というのだが、同じ状況下で何もしなかった人もいるのだ。
「ゆきゆきて神軍」のあのおっさんは、戦後、金銭上のトラブルで殺人を犯した。彼の考えたことは、日本軍は戦争で多くの人間を殺した、それに比べれば自分の殺した一人ぐらいどーってことないだろう。彼は執拗に日本軍ひいては天皇を糾弾する行動に出た。
また、金喜姥も個人的資質による殺人を日本人による民族差別に責任をすりかえた。
親中派の活動は反日一辺倒だが、それはまた彼らの生活の糧にも直結している。日中間の経済活動は、窓口として彼らを通さないと成り立たない時期があった。そして、今でも隠然たる影響力を発揮している。
これは メッセージ 11022 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11027.html
撫順戦犯管理所
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2006/07/15 19:24 投稿番号: [11026 / 41162]
●撫順戦犯管理所
中共/撫順
昭和11年(1936)日本が建設。当時は「撫順典獄」といった。
昭和20年8月、日本敗戦、その後の国共内戦で国府軍と中共党軍が撫順を制圧するたびに収監者が入れ替わり、
名称も「遼寧第四監獄」「遼寧省第三監獄」と替わった。
中共成立の翌年の昭和25年、日本軍や満洲国そして国民党軍の戦争犯罪人など、約1300人を収容、「旅順戦犯管理所」と改称。
大々的な日本人の洗脳が行われた。
昭和61年(1986)、一般に開放。
これは メッセージ 11022 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11026.html
中国帰還者連絡会
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2006/07/15 19:23 投稿番号: [11025 / 41162]
●中国帰還者連絡会
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(中帰連 から転送)
移動: ナビゲーション, 検索
中国帰還者連絡会(ちゅうごくきかんしゃれんらくかい)は中国の撫順戦犯管理所に抑留された旧日本軍の軍人が帰国後の1957年に結成した団体。中帰連。
731部隊、南京事件(南京大虐殺)、強制連行などについて積極的に証言を行うことで知られる。
2002年に全国組織としては解散され、撫順の奇蹟を受け継ぐ会への事業引継ぎを行っている。
これは メッセージ 11022 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11025.html
Re: これは実話です、君たちの先祖の所作
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2006/07/15 19:11 投稿番号: [11024 / 41162]
撫順反日洗脳施設出身者の労作ですか(わら
これは メッセージ 11022 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11024.html
Re: これは実話です、君たちの先祖の所作
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/15 19:10 投稿番号: [11023 / 41162]
>(こばやし たけし
中国帰還者連絡会会員)
はい、さらにアウトと。
事実の裏付け・検証のない証言なんぞ何の価値もなし。
貴君の日頃の妄言と同じだよ。
これは メッセージ 11022 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11023.html
これは実話です、君たちの先祖の所作
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/07/15 19:08 投稿番号: [11022 / 41162]
私は病父の片足をクイとつかんだ瞬間、激しく蹴飛ばされた。「何おっ、この死にぞこない奴」とばかり何度も何度も蹴り返した。病父はその度ごとに怒りをあらわにしたが、やがて目を閉じ、ぐったりと床に崩れ落ちてしまった。娘はワッと悲痛な叫び声を上げ、胸元に握り締めた手は怒りに震えていたが、忽ち寝台に突き倒されてしまった。
村上の「ぐずぐずするな!」のどなり声に、私は血に染まった病父の髪の毛をつかむと、中庭の石畳の上に引きずりだして、叩きつけた。「この老いぼれのくせに、ずいぶん手間取らせやがったなあ」と、フウフウ息をはずませていると、中から「おおい、よく見張っておけ!」のどなり声に混じり、娘の怒りの叫ぴ、被服の裂ける音、土器の転がり落ちる音・・・・がした。
わたしは、「チェッ、手前ばかりがうまいことしやがって、馬鹿馬鹿しい」とつぶやきながら、目を病父に向けると、ウ、ウ、ウと呻きながら手足をピクリ、ピクリ震わせていたが、目をカッと見開き私を睨みつけている目とぶつかった。「ううん、執念深い奴だ。こいつまだ睨みつけていやがるな」と、いきり立った私は、更に銃で殴りつけると、胸元を思いっきり踏みつけた。ボキリと不気味な音がし、カァと開いた口からどす黒い血の固まりを吐き出すと、そのまま動かなくなってしまった。「とうとう、お陀仏しやがった」とつぶやきながら、私はその死体を蹴り転がした。
村上は、シャツの袖を半分引きちぎり、胸を丸出しにし、帯剣を肩に引っかけ、フウフウ息を弾ませながら出てくると、いきなり私に向かい「おい行ってこい!」と言う。乱れた髪が額にもつれたままの娘は、引き裂かれた衣服をかき集めるようにして乳房を抑え、赤く腫れ上がった瞳は悲痛のどん底にいながらも、強い怒りに燃えたぎっていた。だが、獣欲に飢えた狂人さながらの私は、この娘に襲いかかり、犯した。
私が出てくると、村上は煙草をふかしながら、娘からぶんどったハンカチを鼻先にひらめかし、「一番戦果はこれでよし、お次の獲物と行くか」と言う。いつの間にか出てきた娘は、父親にすがりつき、「父親、父親」と叫びながら、父親を抱き起こしにかかった。ペットリと胸元から石畳を濡らしたどす黒い血の塊を見た途端、娘は怒りを込めて「日本鬼子!」と絶叫した。その形相のすさまじさに、二人は震えながらその場を逃げ出した。
日本の兵隊どもは、鶏を腹にぶら下げながら、なおも獲物をあさって駆けめぐり、「中太」(中隊長)は、木陰の椅子にふんぞり返り、逃げ遅れた部落民の怒りの目におびえながらも、軍刀片手に「おい、これだけの人数では、とても戦果を運搬できやしないぞ。もっと付近を掃討して奴等を連れて来い!」とどなりつけている。
なんの罪もない病父を殴り殺し、その娘を獣欲の毒牙にかけ、平和で幸福であった生活をかたっぱしからぶち壊し、荒れ狂った殺人鬼の私、それが今その親兄弟たちの温かい懐に抱かれて生きていることを考えると、強い慙愧の念に耐えない。そうだ、戦争だ。天皇や財閥の奴どものために、もう二度と人殺しの武器なんか手にするものか。
俺の前途には、中国人民の踏んだ血で綴られた真理の道、働く全世界人民の突き進んでいる平和への道があるのみだ。
(こばやし たけし
中国帰還者連絡会会員)
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11022.html
Re: 性奴隷
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/15 18:38 投稿番号: [11021 / 41162]
>(ゆあさ けん
中国帰還者連絡会常任委員)
はい、またアウト。
懲りないね。
これは メッセージ 11020 (kim_taek_joo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11021.html
性奴隷
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/07/15 18:26 投稿番号: [11020 / 41162]
当時の軍人の目から見ると「慰安婦」は公娼のように見えたのです。料金を払いますし愛想もよかったからです。然し彼女たちには本当のこと、つまり「私は強制され連れて来られた」とか、「帰ろうとしても脅迫され帰れなかった」などとは絶対に言えなかったのです。相手は軍人、ましてや将校、「日本軍を談議する」とか、「戦争に協力しない」として憲兵隊に通報される。またにこにこして兵隊を迎えなければぶん殴られるが関の山。ここに落ちたら泣いても反抗しても同じ、することはしなくてはならない。だから性奴隷です。これが植民地支配の実情です。
私は路安で一日に30人を相手にして急死した女性のことを聞きました。苦しくても逃げられなかったのです。
しかし「外出もできたから自由があった。お金を得たから奴隷ではない」などと言う若いマンガ家や「兵隊を拒否しなかったから商売だった」という大学教授もおります。これらは植民地支配や戦地の軍支配の実体を何も知らない人たちの言うことです。「慰安婦」は正しく日本軍の性奴隷だったのです。
私はまた彼女たちの性病検査をしました。前記の河南省に派遣される部隊が、まだ山西省南部に駐留しているときのことでした。周囲は山々で各分遣隊への道には点々とトーチカが作られておりました。赴任して間もなく大隊長に呼ばれたところ、「嬉しいことがある」とにこにこ顔で言われ、「慰安婦」六、七名が来たのです。別に性病検査の命令は受けなかったのですが、軍医の私しかいないのです。
私は産婦人科の経験は学生時代しかなく自信がなかったのですが、六、七名の「朝鮮人慰安婦」の性病検査をしました。リンパ腺にふれて腫大をみたり、クスコという器具を性器に突っ込み粘膜の異常をみる。尿道部を圧迫して腹が出るかを検査しました。そして全員合格とし、部隊には回覧を廻して「全員合格だが肉眼的所見によるものだから必ず予防具をつけること」と通知したわけです。
そこでは又こんなことがありました。「大隊長の子を宿した」と言う女性がいたのです。これには困りました。日本軍の権威に係わることです。そこで大隊副官と相談し「絶対に堕させること」にしました。私は検査官という武器=権力を持っておりましたから彼女も従わざるを得なかったのでしょう。結局よそに行って堕胎したようです。
私が3年半いた路安陸軍病院のことですが、兵隊は日曜の外出日には慰安所を訪れるのが最大の楽しみでした。整列した兵に「みんな持っているか」「はーい」、予防具を持っているかを確かめるのです。
また外出日に当番に当たると町を巡察します。肩から巡察の帯をつけて衛兵を連れ肩をいからして歩くのです。乱れた態度の兵を見つけると注意します。私は巡察時には慰安所には行かぬよう先輩から注意されました。その先輩は馴染みの慰安婦から「今日は偉そうな格好している」と冷やかされ、慌てて逃げてきたそうです。また路安では露営会議といって駐屯する部隊の副官が集まり、私も出席し、日曜日だけの外出では慰安所がいっぱいになるから、部隊に外出曜日を割りあてました。また物価騰貴の折から2円を3円に値上げしたように記憶しています。このように慰安所の経営は業者(軍属?)が行ったのですが、管理は軍がしていたのです。結局戦地の兵士は殆ど全部慰安所を訪れたでしょう。
以上のほか私が他の軍人と違う体験をしたのは、敗戦後も2700名の軍人と共に国民党軍に徴用され3年半も人民解放軍と戦ったわけですが、その中に軍人の妻となった朝鮮人慰安婦が何十名かおりました。そして全中国の解放時に軍人は捕虜収容所に収容されましたが、彼女たちは軍人の家族として家族隊で生活していました。その時、日本軍国主義の束縛から解放された彼女たちは、「日本軍に騙されいた」「村祭りで遊んでいたら軍人に集められつれて行かれた」「父親の『承諾書』を見せられたが父親は字が書けなかったのに」「苦しくて消毒薬をのんで死を図った」等々の不満が噴出したそうです。
また殆どの捕虜と家族は、1953年夏帰国を許され大部分は朝鮮に一部は日本に帰りましたが、日本の家庭では彼女らは受け入れられず、ただ働いて働いて多くは苦しみの中に亡くなられたと聞いています。
(ゆあさ けん
中国帰還者連絡会常任委員)
【略歴】
1916年
東京生まれ(父・開業医)
1941年
東京慈恵医科大学卒業
駒込病院勤務
1942年
北支山西路安陸軍病院赴任
1945年
太源にて敗戦
1949年
人民解放軍より釈放
政府病院勤務
1951年
河北省永年の捕虜収容所に家族と共に収容
1956年
起訴猶予で釈放、帰国
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11020.html
Re: シナ兵による日本軍捕虜虐殺
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/15 17:18 投稿番号: [11019 / 41162]
>へえ、どこで?写真については偽だとか認めていたようだけど記事そのものもデマだとして謝罪してた?
ホー、猿脳君はおもしろいこというね。写真はデマだけど、デマ写真を解説した文章はデマじゃないんだってよ。コーヒー君も同じかね?
君が引用した
「やつら(支那人)は、それを楽しんでました。 頭が切り落とされるのを待っていて、頭を手に取り、サッカーをしたのです。 ・・・本当に酷いことです。(以下略)・・・」
これは メッセージ 11018 (monkeybrain132 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/11019.html
Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ
[検索ページ]
(中東)
(東亜)
(捕鯨 / 捕鯨詳細)