これは実話です、撫順の日本人自虐洗脳1
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2006/07/15 19:27 投稿番号: [11027 / 41162]
●中国帰還者連絡会(中帰連)
中帰連は昭和32年に結成され、撫順・太原からの帰国戦犯の約半数が加入した。日中友好協会にも団体加入、親中国運動を展開した。
それはつまり反日・反米・反韓・反台であった。
昭和40年、日共と中共党が文化大革命をめぐり対立、日中友好協会も中帰連も代々木・反代々木で分裂、反代々木系は、(正統)をくっつけた。
その頃、中共では戦犯達を改造した先生が撫順監獄にぶちこまれ、改造を迫られるという漫画みたいなことになっていた。
●洗脳の人生
中帰連の人が書いたこういうタイトルの本があったので買ってみた。いかに洗脳されたか、を記述したものかと思ったら、金返せと言いたいぐらい違っていた。
本人の言う洗脳体験とは、天皇の臣民から一人の自由人として「個」を確立したことつまり、「皇国史観を洗い流したこと」が「洗脳」なのだそうだ。
そして、中共政府の「人道と平和に対する姿勢」に全幅の信頼を置いている。
中帰連のHPを覗いたら、すべてそのような考えで貫かれていた。
当然、彼らにとって、中共の軍拡・核開発やチベット・ウイグルでの民衆弾圧は不可触領域である。
●三光
昭和32年、「三光」という本が、衝撃をもって日本人の前に現れた。
内容の過激さゆえ、当初は驚きと同時に疑いをもって見られていたのだが本多勝一氏の朝日新聞連載「中国の旅」で「三光」という語はかなり定着してしまった。
「三光」という言葉は日本語ではない。国民党と中共党がお互いに相手の残虐さを罵るために使ったプロパガンダ用語である。
にもかかわらず「三光」は日本の歴史教科書にまで載るようになった。
中共の歴史観は、階級闘争史観に立っていて、それはつまり、一握りの反動分子と多数の善良な人民大衆という、二極化された構図を前提としている。
権力者は悪人で、一般大衆は善人で虐げられ続けてきた、という決めつけである。
日本の戦争は一部の悪玉によって牽引されたものではない。その上そんな単純な論理で清算できるものでもない。
中帰連の方々は自分が強姦魔であったり、殺人鬼であることを高らかに白状しているわけだが、それをすべて日本軍や日本国のせいだと言っているのだ。
世の中には人一倍性欲の強い人間や、粗暴で人を殺しても何とも思わない人間が、一定の割合で実在するのである。
そんな奴が軍人になり、殺人や強姦を犯したら、それは個人の資質のなせることであり、そんな個人犯罪の責任まで追及されたら軍や国はたまったものではない。
そして、悪行が凄ければ凄いほど、日本軍は極悪非道な存在になるというわけだ。
彼らの自供が「強制された嘘」ではなく、「自発的に語った本当のこと」なら、要するに殺人嗜好、強姦癖の人間が自分の罪を軍や祖国になすりつけ、本人は免罪された、ということである。
帰国のための方便として、洗脳されたふりをして、帰国後は供述を翻したまともな(もともと犯罪など犯していない)人も多いのだ。
ことさら言い立てるのは、面妖である。
戦争という異常な状況下でやったことだ、というのだが、同じ状況下で何もしなかった人もいるのだ。
「ゆきゆきて神軍」のあのおっさんは、戦後、金銭上のトラブルで殺人を犯した。彼の考えたことは、日本軍は戦争で多くの人間を殺した、それに比べれば自分の殺した一人ぐらいどーってことないだろう。彼は執拗に日本軍ひいては天皇を糾弾する行動に出た。
また、金喜姥も個人的資質による殺人を日本人による民族差別に責任をすりかえた。
親中派の活動は反日一辺倒だが、それはまた彼らの生活の糧にも直結している。日中間の経済活動は、窓口として彼らを通さないと成り立たない時期があった。そして、今でも隠然たる影響力を発揮している。
中帰連は昭和32年に結成され、撫順・太原からの帰国戦犯の約半数が加入した。日中友好協会にも団体加入、親中国運動を展開した。
それはつまり反日・反米・反韓・反台であった。
昭和40年、日共と中共党が文化大革命をめぐり対立、日中友好協会も中帰連も代々木・反代々木で分裂、反代々木系は、(正統)をくっつけた。
その頃、中共では戦犯達を改造した先生が撫順監獄にぶちこまれ、改造を迫られるという漫画みたいなことになっていた。
●洗脳の人生
中帰連の人が書いたこういうタイトルの本があったので買ってみた。いかに洗脳されたか、を記述したものかと思ったら、金返せと言いたいぐらい違っていた。
本人の言う洗脳体験とは、天皇の臣民から一人の自由人として「個」を確立したことつまり、「皇国史観を洗い流したこと」が「洗脳」なのだそうだ。
そして、中共政府の「人道と平和に対する姿勢」に全幅の信頼を置いている。
中帰連のHPを覗いたら、すべてそのような考えで貫かれていた。
当然、彼らにとって、中共の軍拡・核開発やチベット・ウイグルでの民衆弾圧は不可触領域である。
●三光
昭和32年、「三光」という本が、衝撃をもって日本人の前に現れた。
内容の過激さゆえ、当初は驚きと同時に疑いをもって見られていたのだが本多勝一氏の朝日新聞連載「中国の旅」で「三光」という語はかなり定着してしまった。
「三光」という言葉は日本語ではない。国民党と中共党がお互いに相手の残虐さを罵るために使ったプロパガンダ用語である。
にもかかわらず「三光」は日本の歴史教科書にまで載るようになった。
中共の歴史観は、階級闘争史観に立っていて、それはつまり、一握りの反動分子と多数の善良な人民大衆という、二極化された構図を前提としている。
権力者は悪人で、一般大衆は善人で虐げられ続けてきた、という決めつけである。
日本の戦争は一部の悪玉によって牽引されたものではない。その上そんな単純な論理で清算できるものでもない。
中帰連の方々は自分が強姦魔であったり、殺人鬼であることを高らかに白状しているわけだが、それをすべて日本軍や日本国のせいだと言っているのだ。
世の中には人一倍性欲の強い人間や、粗暴で人を殺しても何とも思わない人間が、一定の割合で実在するのである。
そんな奴が軍人になり、殺人や強姦を犯したら、それは個人の資質のなせることであり、そんな個人犯罪の責任まで追及されたら軍や国はたまったものではない。
そして、悪行が凄ければ凄いほど、日本軍は極悪非道な存在になるというわけだ。
彼らの自供が「強制された嘘」ではなく、「自発的に語った本当のこと」なら、要するに殺人嗜好、強姦癖の人間が自分の罪を軍や祖国になすりつけ、本人は免罪された、ということである。
帰国のための方便として、洗脳されたふりをして、帰国後は供述を翻したまともな(もともと犯罪など犯していない)人も多いのだ。
ことさら言い立てるのは、面妖である。
戦争という異常な状況下でやったことだ、というのだが、同じ状況下で何もしなかった人もいるのだ。
「ゆきゆきて神軍」のあのおっさんは、戦後、金銭上のトラブルで殺人を犯した。彼の考えたことは、日本軍は戦争で多くの人間を殺した、それに比べれば自分の殺した一人ぐらいどーってことないだろう。彼は執拗に日本軍ひいては天皇を糾弾する行動に出た。
また、金喜姥も個人的資質による殺人を日本人による民族差別に責任をすりかえた。
親中派の活動は反日一辺倒だが、それはまた彼らの生活の糧にも直結している。日中間の経済活動は、窓口として彼らを通さないと成り立たない時期があった。そして、今でも隠然たる影響力を発揮している。
これは メッセージ 11022 (kim_taek_joo さん)への返信です.