イスラエル/パレスチナ和平
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イラクのユダヤ人(第3部)1
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 00:47 投稿番号: [13363 / 20008]
http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/622.html
究極の犯罪者ども
[シオニストの指導者たち]
彼らは、ユダヤ人の国を確立させるためには、パレスチナの住民を周辺のイスラム諸国に追い出し、そしてそれらの諸国からユダヤ人を移入させなければならないことを、最初から分かっていた。
●テオドル・ヘルツルはシオニズムの建設者であり、それを社会工学(social engineering)によって成し遂げることができる、と考えていた。彼の1885年6月12日の日記に、彼は次のように書いている。シオニストの移住者は「一文無しの人間達をかきたてて国境を越えて連れて来なければならないだろう。中継する国々の中では彼らのために雇用を斡旋し、我々自身の国では雇用を拒否することによって。」
●ネタニヤフ首相の思想的な先達者であるウラジミール・ジャボチンスキー(Vladimir Jabotinsky)は、このような移送が実力によってのみ実行できたことを率直に認めた。
●イスラエルの初代首相であるダヴィッド・ベン・グリオンは、1937年のシオニスト会議で次のように語った。提案されるどのユダヤ人国家であっても『アラブ人口を区域外に移さなければならない。もし可能なら自発的な意思で、だめなら強制的に、である。』と。1948〜49年に75万人のパレスチナ人が根こそぎにされその土地が没収されたあと、ベン・グリオンは安価な労働力市場を充たすべきイスラム諸国のユダヤ人に目をつけなければならなかった。「密使たち」が、トリックか恐怖のどちらかを使ってユダヤ人たちを立ち去るように「説得する」ために、これらの国々にもぐりこまされた。
イラクのケースではその両方が使用された。教養の無いユダヤ人たちは、盲が見えるようになりびっこが歩けるようになり、たまねぎがメロンのように大きく育つメシア的イスラエルの話を吹き込まれた。教養のあるユダヤ人たちは爆弾を投げつけられた。
爆弾事件の2、3年後、1950年代の初期に、イラクで一冊の本が出版された。アラビア語で「シオニストの蝮の毒」と題された。著者は1950〜51年の爆弾事件の捜査を行った一人であり、その本の中で彼はイスラエル人たち、特にイスラエルから派遣された特使の一人であるモルデカイ・ベン・ポラット(Mordechai Ben-Porat)が、それに関与すると見ている。これが世に出るや否やその本は本屋からも姿を消した。米国大使館を通して働くイスラエル・モサドの局員がこの本をすべて買い上げ破壊した、と噂された。私は3度にわたってイスラエルで手に入れたものを私まで送ってもらおうとしたが、そのたびにイスラエル検閲当局は郵便局でそれを妨害したのだ。
[英国指導者たち]
英国はいつでもその最大の植民地的利権に添って行動した。この理由でアーサー・バルフォア(Arthur Balfour)外相は1017年に、第1次世界大戦でのシオニストの協力に対する見返りとして、ロスチャイルド卿にかの有名な手紙を送ったのである。第2次世界大戦の間、英国人たちは西側陣営にある顧客となる国々を維持することに第一の関心を抱いていた。一方でシオニストたちの最大の関心はヨーロッパのユダヤ人をパレスチナに移住させることであった。それがナチスとの協力を意味するとしても、である。(私の本の中で、私はベン・グリオンとシオニスト指導者たちによるこの種の交渉の例を数多く取り上げている。)
第2次大戦後、国際社会のチェス盤では共産主義者が資本主義者に対して戦った。米国とイラクを含む数多くの国々で、ユダヤ人たちは共産党の大きな部分を代表した。イラクでは労働者階級インテリゲンチャである何百人ものユダヤ人が共産党と社会党のヒエラルキーの最重要ポストを占領した。資本主義陣営でその顧客となる国々を維持するために、英国はそれらの政府に親英の指導者を確保しなければならなかった。そしてもし、イラクの中でのように、そういった指導者が追い出された場合には、一つか二つの反ユダヤ暴動が、首都に進駐して「正当な」指導者を復権させるための格好の口実となりえたのである。
その上、もしすべてのユダヤ人社会をイスラエルに移植することによってイラクから共産主義の影響を取り除く可能性があるのなら、そのときには、それをしない手は無いのだ。特にイスラエルとイラクの指導者が共謀している場合には。
これは メッセージ 13362 (jyonnconner さん)への返信です.
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ユダヤ教の狂信による人種差別政策に
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/18 00:36 投稿番号: [13362 / 20008]
よって60年もの間、子供が老人になるほどの長き年月、侵略&弾圧&虐殺を続け未だ恥じることも反省することもできない外道ども。
ナチス・ドイツがナチズムの狂気に走り侵略と人種差別政策による迫害&虐殺の悪業の果てにイスラエルの長き悪業のほんの数分の一、十数年程度で敗れ去るとほとんどのドイツ人はナチズムを恥じ反省した。
そしてイスラエルは更に何十年もナチスと同じように滅びるまで侵略&弾圧&虐殺を続けることだろう。
タチの悪いことこの上ない。
しかし、ユダヤのクズどものバカさ加減も哀れなものだ。
去年のレバノン侵攻でパレスチナ&レバノン人の民間人を千人以上虐殺した時、イスラエル側の被害を言い立てて一生懸命誤魔化そうとしていたアホ弁なんかのバカがいたが多く殺した方が悪いって理屈なら紛れもなくイスラエルが悪いってことになる。
やっぱバカナンだねぇ。
これは メッセージ 13348 (jyonnconner さん)への返信です.
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Re: かかしさんにお願い
投稿者: tdg_name_ngo 投稿日時: 2007/05/18 00:34 投稿番号: [13361 / 20008]
この
文章はやっぱ全然へん
わたしは別にマドンナではないですし。
そのことで、かかしさんが失礼なことを言わないよう遠慮する必要ないじゃないですか
わたしたちはかかしさんに迷惑をしてます
と訴えたのに
逆に
あなたの失礼は目身余るとか
遠慮をしてきたとか
わたしは
大騒ぎが
うざーい
と言っただけで、話しかけてもいないので
すごい剣幕できちがいみたいに
わめきたてたのは
どなたですか
もう一度読んでみてください
意味がわからない人みたいですね
これは メッセージ 13355 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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ナクバと二重の軛
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/18 00:25 投稿番号: [13359 / 20008]
これは メッセージ 13345 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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1948年3月29日付け国連記録2
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/17 17:43 投稿番号: [13358 / 20008]
【商店街 No.13318】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5
aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13318>しかし、ではイギリスは撤退するというのだから、
では、一体誰が駐留するというのかと問われれば、たちまち困ってしまいますが、とりあえず、英軍がもうしばらく駐留を続け、
まずは、停戦を実施し、国連で対応を練り直すということくらいしか考えられませんが、、、
>国連平和維持軍のようなものを送るとかでしょうね。
末尾が切れてしまいました。続けます。
【エルサレム、3月28日】
パレスチナのアラブ最高委員会・カーリジ長官は、今日、アラブ側はパレスチナ戦争からエルサレムを除くことに同意する可能性がないことを明らかにしました。
アラブ側は、今度の戦いでも聖地を庇護することを断言し、カーリジ長官は、エルサレムにいる100,000人の人々を守ることができなかったユダヤ人に責任がある聖地を、ユダヤ人が防衛すべく国際部隊に応援してもらおうだなんて「衝動的なユダヤ人の反動」である
と非難しました。
[Page.2]
Tel Aviv, 28 March:-
The battle for the plain of Sharon and the twin cities of Tel Aviv and Jaffa was taking shape today as the last of 12,000 to 15,000 Arab farmers and villagers began moving out of the Jewish area around, Tel Aviv and Natauya. This was seen as the government to full-scale civil war in the area.(NY HERALD TRIBUNE)
Jerusalem, 28 March:-
A ship cntaining 800 uncertified immgrant was repoted to have been intercepted by the British Navy the Palestine coast.(NY TIMES)
【テルアビブ、3月28日】
テルアビブとヤファの姉妹都市であるシャロン市の平地での戦闘は、今日、テルアビブやネタニア周辺のユダヤ人区域から10,000〜15,000人のアラブ農民や村民が移動し始めるという具体的な形が取られました。
これは、この地域において全面な内戦状態に突入したものと見られます。
【エルサレム、3月28日】
伝えられるところによると、証明書を持っていない800人の移民が乗っている船は、パレスチナの沖合いで英国海軍に阻止され続けているという。
【商店街 No.13318】の続き
>Plan Dalet
http://www.palestineremembered.com/Articles/General/Story1552.html>Walid Khalidi:
>Plan Dalet The Zionist Master Plan for the Conquest of Palestine Middle East Forum
・・・
「それに続く内容(↑)がどこに書いてあるのか?」と読んでみたら、そんなものはどこにもなかった。
結局、googleで探してみたら、↑の紹介URLと同じものは、これ(↓)だけ。
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/palestine/2007/05/1948515_cf73.htmlさも、「Plan Dalet」に書かれているかのように見せかける
商店街。
セッセと、ありもしないことを広めるのに
ムダな汗を流しております。
不思議じゃない不思議じゃない、
君は
ジューブン
生きているヨ(わら
これは メッセージ 13352 (ojin_8823 さん)への返信です.
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シオニスト語録
投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/17 16:30 投稿番号: [13357 / 20008]
http://www.whatreallyhappened.com/palestinians.html
http://www.youtube.com/watch?v=ooTKpGGlU3Qいくつか抜いてみましょうか
10. Ben Gurion also warned in 1948 : "We must do everything to insure they ( the Palestinians) never do return." Assuring his fellow Zionists that Palestinians will never come back to their homes. "The old will die and the young will forget."
(われわれはありとあらゆる手段でパレスチナ人がもどってこれないようにしなくてはならない。
老いぼれは死に、餓鬼はそのうちわすれるさ。)
11. "We have to kill all the Palestinians unless they are resigned to live here as slaves." Chairman Heilbrun of the Committee for the Re-election of General Shlomo Lahat, the mayor of Tel Aviv, October 1983.
(われわれはパレスチナ人全てぶち殺すべきだ。連中がここで奴隷になる気があるなら話は別だがな。)
12. "Every time we do something you tell me America will do this and will do that . . . I want to tell you something very clear: Don't worry about American pressure on Israel. We, the Jewish people, control America, and the Americans know it." - Israeli Prime Minister, Ariel Sharon, October 3, 2001, to Shimon Peres, as reported on Kol Yisrael radio. (Certainly the FBI's cover-up of the Israeli spy ring/phone tap scandal suggests that Mr. Sharon may not have been joking.)
(アメリカがぴーぴーうるさいが心配するな。アメリカを支配してるのはわれわれユダヤだ。アメリカもそれをしってる)
16. "We must use terror, assassination, intimidation, land confiscation, and the cutting of all social services to rid the Galilee of its Arab population." Israel Koenig, "The Koenig Memorandum"
(われわれはテロ、暗殺、脅迫、土地略奪、ありとあらゆる公共サービスの停止等をもちいてガリラヤのアラブ人を追い出さなくてはならない。)
17. "Jewish villages were built in the place of Arab villages. You do not even know the names of these Arab villages, and I do not blame you because geography books no longer exist. Not only do the books not exist, the Arab villages are not there either. Nahlal arose in the place of Mahlul; Kibbutz Gvat in the place of Jibta; Kibbutz Sarid in the place of Huneifis; and Kefar Yehushua in the place of Tal al-Shuman. There is not a single place built in this country that did not have a former Arab population." Moshe Dayan, address to the Technion, Haifa, reported in Haaretz, April 4, 1969.
(イスラエルにアラブ人のすんでなかった土地などない)
24. "One million Arabs are not worth a Jewish fingernail."
--
Rabbi Yaacov Perrin, Feb. 27, 1994 [Source: N.Y. Times, Feb. 28, 1994, p. 1]
(アラブ人100万人の命はユダヤ人のつめ一つにも値しない)
25. "We Jews, we are the destroyers and will remain the destroyers. Nothing you can do will meet our demands and needs. We will forever destroy because we want a world of our own." (You Gentiles, by Jewish Author Maurice Samuels, p. 155).
(我々ユダヤは破壊者だ。そしてそうありつづけるだろう。
誰も我々をとめられない。我々は破壊をつづける。なぜなら我々は我々だけの世界を欲してるからだ。)
"The Promised Land extends from the River of Egypt to the Euphrates. It includes parts of Syria and Lebanon."
(約束の地とはエジプトの川からのびている。シリアとレバノンの一部もそうだ)
はっきりいってパレスチナ人全員が集団自決でもやってくれれば話は早いな
ふふふ
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=103208&n=1>はっきりいって中東の平和を望むならパレスチナを崩壊してしまう方が手っ取り早いでしょうね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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Re: 民族浄化:本当の敵は誰なのか ①
投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/17 15:13 投稿番号: [13356 / 20008]
>そうだとすれば結果的に民族浄化となったとしても、その責任は追い出されたアラブ人にもおおいにある。
これはひどいっすよ。ダーレット計画は基本的にはユダヤ人国家の安全確保でしたが、そのためにはパレスチナ人の土地を収奪することも認められていたのですから。
1948年4月上旬、ダーレット計画の最中に発生したディル・ヤシン事件は(これはイルグンの暴走だと思う)、パレスチナ人の間に恐慌を引き起こしましたが、4月中旬にはハガナがティベリウスの攻撃。この時、パレスチナ人村落は壊滅的な打撃を受けました。4月下旬、ハガナはイギリス軍撤退を機にハイファを攻撃。この時点においてはまだ数万人のパレスチナ人が残っていましたが、この攻撃によってほとんどが難民と化しました。5月に入ると、北部の町が次々と占領される事態となっています(アラブ人国家に割り当てられた地域まで占領された)。
いずれにせよ、イスラエル建国以前にもパレスチナ人の迫害は行なわれていたことは間違いないと思います。
中東戦争がはじまると、さらに多くの難民が発生しましたが、やはりこれはイスラエル側による攻撃が最大の原因と考えられています。イスラエルはアラブ諸国が「ユダヤ人なんぞ地中海に叩き落してやるから、安心して避難しろ」という放送があったと主張していますが、実際にこの放送内容は現時点でも確認されていません。
また、「移住委員会」という機関が設置されましたが、この機関の方針は
①パレスチナ難民の機関の妨害
②戦争により接収したパレスチナ人村落の除去
③パレスチナ難民の周辺アラブ諸国への定住化の促進
であり、それを元にパレスチナ人村落の除去が行なわれ、また、ベングリオンは難民の帰還は一切認められないと明言しています。
しかし、イスラエル建国後、逆にアラブ各国からユダヤ人が難民と化したという事実。こちらになると語られることさえありません。現在、アラブ諸国でユダヤ人が比較的残っているのはモロッコだけであり、他国のユダヤ人コミュニティは完全に壊滅しました。シンパはちっとも問題にしませんけどね。
これは メッセージ 13346 (physics4dummys さん)への返信です.
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Re: かかしさんにお願い
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2007/05/17 14:29 投稿番号: [13355 / 20008]
ひむかさん、
お断り申し上げます。
私はあなたがイスパレにしろ頑張れトピにしろ、参加者の皆さんからマドンナ的存在の人だということを尊重して、あなたには失礼なことを言わないように遠慮してきました。それに引き換えあなたの失礼は目に余ります。
何度も申し上げましたが、私にかまわないでください。読みたくないなら無視リストに入れといてください。お互いに無視しあいましょう。それが得策です。
これは メッセージ 13349 (himuka21 さん)への返信です.
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パレスチナの今後の予想
投稿者: oldfirehall 投稿日時: 2007/05/17 13:36 投稿番号: [13354 / 20008]
これまでパレスチナには独立する機会が何度かあったが、どうやらその機会を逃したようだ。パレスチナの現状からして、そう思わざるを得ない。これまでの約100年間の経緯を見るにつけ、事ここに至ってパレスチナ人に独立国家を維持していくだけの当事者能力があるとはとても思えない。世界の主要国はもちろん、アラブ諸国の中にさえ、口先ではともかく心の底からパレスチナの独立が可能だと思っている国など実際はほとんどないのではないのだろうか。特にアラブ諸国は、「パレスチナ独立」という大義名分にはどこも逆らえないし、「パレスチナ問題」を政治的に利用している面もあるので、表立ってはいえないが、本心は「現状では、ちょっと独立は難しいな」と感じている国が大多数ではないかという気がする。
パレスチナに行ったことがある人なら誰でも分かるが、岩石砂漠や荒野の合間のところどころにオアシスがあるだけのウエストバンクと、人口過剰でスラム化したガザを合わせても6165k㎡しか土地のないパレスチナに、現状でも300万人(うち難民170万人)が住んでいるのである。石油が出るわけでもなく、特別な産業とてないパレスチナでは、世界からの半永久的な支援がなければ、生きていくことさえ難しい。しかもこの地に、さらにヨルダン、シリア、レバノン、エジプトなどで暮らしているパレスチナ人が300万人以上(うち難民250万人)帰ってこようかというのであるから、土台生活が成り立つわけがないのである。
もちろん、いざパレスチナという国家が「独立宣言」したとしても、実際は周辺諸国のパレスチナ人が大挙して帰ってくるということにはならないだろう。なぜなら生活基盤のないところに、何の見通しもなく帰ってきたところで、たちまち窮民となるのは目に見えているからである。
ヨルダンなどは、かなり前からパレスチナ難民が望めば「ヨルダン国籍」を与える政策に転換しており、現在ではヨルダン領土内のパレスチナ難民のヨルダン人化が進行しているという。
レバノン、シリア、エジプトなども、ヨルダンに倣い、パレスチナ難民に積極的に国籍を与える政策を取り、パレスチナ難民を可能な限り国民として吸収すべきである。
既に「第一次中東戦争」から60年近くが経過し、難民も第二世代、第三世代となっているわけだから、いつまでも難民に「反イスラエル闘争」を戦って故郷に帰るべきなどと示唆するのではなく、まず第一に現在居住している国への帰化を促すべきである。
今後は「パレスチナ」という独立国家の建設より、現実的にパレスチナ人が自立して生きていける道を示すことの方が重要になってくるのではないだろうか。
そういう意味では、ウエストバンクをヨルダンの統治下に、ガザをエジプトの統治下に置き、それぞれの地域でパレスチナ人が「自治政府」を作り、高度な自治を行なっていくというのが、二十一世紀の現状からした現実的な「パレスチナ問題」の解決策になっていくのではないだろうか。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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ナチズム劣化コピペマン
投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/17 10:20 投稿番号: [13353 / 20008]
今日と明日は会社休みだから非常にお気楽な気分だったけど(ゴールデンウィークに出勤した振替休日)、相変わらず劣化コピペマンは香ばしいな。もっとも、最近は相手にされるのが怖いらしくて、最近”返信”もしてこなくなったが。
>すでにナチの悪逆非道すらも越えた人非人、人の心を捨て悪魔に魂を売り渡した外道どもだな。
▲ナチは1942年から、ポーランド各地のゲットーや各国のユダヤ人を次々と抹殺していった。もっとも、その以前から、1941年6月のナチのソ連侵攻に伴い、ソ連占領地域のユダヤ人は行動部隊によって老若男女関係なく、全員射殺されて、巨大な穴に埋められた。イスラエルはこれを越える蛮行をパレスチナ人にやっているのだろうか?
もっとも、占領地区はゲットーに例えることはできる思うが、ナチのゲットーにおいては、1年で1万人近い餓死者が出るような想像を絶する状況。もし、イスラエルの蛮行がナチを超えるなら、1年に最低数万単位の餓死者が出ていなくてはならないの。しかし、いずれもありえない話である。
いずれにせよ、ナチの行為に関しては全くの無知であるのもかかわらず、イスラエルの行為はナチを超えると断言できる、お前は超能力でもあるのか?(嘲笑)
これを悪質なデマゴーグという。
>ユダヤ教の神様ってのは実は蝙蝠の翼や黒い尻尾でも生えているんじゃあないかなぁ?
▲アホ。ユダヤ教徒、キリスト教、イスラーム教の神は同じ。ユダヤ教の神を侮辱することはイスラームを侮辱することと同じ。ヤハウェもアッラーも神の名ではなく、「神」と言う意味であり、それは中東か宗教を少しでもかじっているなら常識である。相変わらず日本の書物は「イスラームの神はアッラーです」「ユダヤ教の神はヤハウェです」と間抜けなことを書いているが、鼻息荒い劣化コピペマンの知識レベルはこのレベルと言うこと。初心者なら別にいいが。
いずれにせよ、イスラエルを非難するのは結構であるが、ユダヤ人そのものユダヤ教そのものを否定することは狂信者のすることであり、常識と理性のある人間のすることではない。つまり、劣化コピペマンは我ら凡人を超越した存在なのである。ナチズムに到達する日も遠くないかもしれない。
これを悪質な人種差別主義者と言う。
>どうもその手の眷属としか思えない分かり易い人間のクズのサンプルがその辺跋扈してるし
▲と、結局罵詈雑言しかできない。こういう奴は社会においては信頼されない。
ネタ元のP−naviもパレスチナにおけるファタハとハマスの抗争はいつもの事ながら隠蔽か。もっとも、それに書いているイスラエルの行為は激しく非難されてしかるべきであるが、臭い物に蓋と言う姿勢は相変わらずご健在のようだ。
これは メッセージ 13348 (jyonnconner さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13353.html
1948年3月29日付け国連記録
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/17 09:19 投稿番号: [13352 / 20008]
その前に、前回の報告で載せられなかった
商店街の発言
を加えておきます。
【商店街 No.13318】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5
aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13318>>5月15日は決定的な意味を持ちます。
その日までは、イギリスの統治が続いているのですから、アラブ軍は国境を越えることができません。
もし正規軍が国境を越えれば、それはイギリスに宣戦布告するということですから、そんなことはあり得ません。
29 March 1948
http://domino.un.org/pdfs/AAC21P37.pdfJerusalem, 28 March:-
Two large-scale Arab attacked on Jewish convoys resulted in the death of 70 Jews. At Kabiri, East of Naharia, 45 Jews were killed when 250 Arabs ambushed a convoy of five trucks and an armed car. Arab casualties were believed to have been 6 dead and 4 wounded.
In the other engagement 25 Jews were killed and 24 wounded in a 30-hour fight with 3,000 Arabs one and half miles from Bethlehem in the Solomon's Pool area. The convoy, which was returning after carrying supplies to Kfar Etzion convoy, contained 59 armored vehicles. After a truce had been negotiated by the Jewish Agency and the Arab Higher
Committee, with the British as intermediaries, 149 survivors of the convoy surrendered to the Arabs and were escorted to safety by British troops. Hagana estimated the Arab dead and wounded at 135.
Thirteen other incidents occurred during the day, in which 5 Jews, 3 Arabs and 2 Britons were killed, and 12 Jews, 5 Arabs, and 8 Britons wounded. (NY TIMES)
Jerusalem, 28 March:-
Official and unofficial reports listed at least 106 Jews and Arabs as killed in Easter weekend violence throughout Palestine. (UNITED PRESS, NEW YORK HERALD TRIBUNE)
Jerusalem, 28 March:-
Dr.hussein Khalidi, Secretary of the Arab Higher Executive Committee for Palestine, said today that there is no possibility that the Arabs will agree to remove Jerusalem from the Palestine war.
Asserting that the Aravs will protect the City's holy places during the coming battles, Dr.Khalidi charged that what he termed "sudden Jewish efforts" to obtain an international force to protect the Holy Land's Shrines were due to a realization by the Jews that they could not protect their 100,000 people in the Jerusalem.
【エルサレム、3月28日】
2件の大規模なアラブ人の攻撃でユダヤ人輸送軍団が攻撃され、70人のユダヤ人が殺害されました。
ナハリアの東、カビリでは、5台のトラックと1台の装甲車からなる輸送軍団が250人のアラブ人に待ち伏せ攻撃を受け、45人のユダヤ人が殺害されました。
アラブ人の死傷者は6人、4人が負傷したという。
他の交戦では、ソロモン池(?)地区から1.5マイルでは3000人のアラブ人との30時間に及ぶ戦いで25人のユダヤ人が殺害され、24人が負傷しました。
クファ・エツジオンの軍団へ搬送した後のその輸送軍団は、59台の装甲車両も含まれます。
ユダヤ人当局とアラブ最高委員会(Arab Higher Committee)と交渉後、イギリス人を仲裁人として、アラブ人らに囲まれた輸送軍団の149人の生存者はイギリス軍によって安全に護送されました。
ハガナは、アラブ人の死者と負傷者を135人と推定しています。
その日、他にも13件起きました。
ユダヤ人5人、アラブ人3人とイギリス人2人が殺害され、ユダヤ人12人、アラブ人5人、そしてイギリス人8人が負傷しました。
【エルサレム、3月28日】
公式・非公式の報告によれば、パレスチナ全域でイースター後の暴力によって106人のユダヤ人とアラブ人が殺害されました。
【エルサレム、3月28日】
パレスチナのアラブ最高委員会・カーリジ長官は、今日、アラブ側はパレスチナ戦争からエルサレムを除くことに同意する可能性がないことを明らかにしました。
アラブ側は、今度の戦いでも聖地を庇護することを断言し、カーリジ長官は、エルサレムにいる100,000人の人々を守ることができなかったユダヤ人側に責\xC7
これは メッセージ 13343 (ojin_8823 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13352.html
こいつらは
投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/17 03:37 投稿番号: [13350 / 20008]
イラク難民も”自発的避難民”とそのうち呼称するだろう
こいつら
www.heinleinsociety.org/conventions/conjose2002/ConJ_Connell.html
これは メッセージ 13347 (messatu9tintincult さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13350.html
かかしさんにお願い
投稿者: himuka21 投稿日時: 2007/05/17 02:33 投稿番号: [13349 / 20008]
また
いろいろ
考えたのですが、
あどべんさんもこのように以上をきたしておりますので、このとぴへはご遠慮していただけないでしょうか
こくなんさんは感情的にこの問題を考えてらっしゃるようで、かかしさんと話もできるのではないでしょうか
でも私とあどべんさんは全くかかしさんについては違う感情をもっています。
イラクとぴを見さしていただいて、かかしさんは言論をたのしんでらっしゃるのだとわかりましたが、ここは
そのようなところではございません。
あどべんは私にかなり近い時限にいるため、あのようになってしまうのでしょう
まじめにいっているのですが、ここはあなたのような者のくるようなところではない
意味わかりますか
私はこのかぼそい生命体で地球をひっぱってきました。
ですから、ここでの、私のまわりでのことは現実に激しく影響します。
ですから、いままでそうであったように、ここでの大騒ぎはあどべんをあのようにかえました。わたしがかかしさんにこういうと
いつもあらしとかストーカーとかのことをおっしゃいますが
あなたのせいでしょ
あなたがそうさせているのではないですか
あどべんはかかしさんが大嫌いですよ
彼のことはわかってあげてくださいね
遊ぶのはこくなんさんのとびだけにしてください
ここにはこないでください
私たちにはかかわらないでください
それでも
こられるなら
かならず
あなたには災難がふりかかります
ぱれすちなげりらやアルカイダから命をねらわれるかもしれませんよ
これほど私はあなたから迷惑をこうむっています
私の友人あどべんは掲示板からきえました。再度言いますが
あのストーカーは彼です。
私たちがやろうとしていることはあなたとは違います。
私はあどべんにお会いできてもいません
全く関係ないあなたがどうして私たちのなかに割り込むのですか
あの飯家さんは
わたしにそろそろ
あきらめたら
とおっしゃいましたよ
あのひとには
全く関係ないことですのに、案山子さん同様おつむがいかれていらっしゃいますね
こんな現状をつくったかかしをゆるせません
せきにんとれよ
てめえ
大人だろうが
これは メッセージ 13347 (messatu9tintincult さん)への返信です.
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消される村、取り上げられる土地
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/17 01:50 投稿番号: [13348 / 20008]
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200705132343.htm
イスラエルによる隔離壁や入植地建設などによって、パレスチナ人の土地は日々、削り取られていっているが、チューバスに近いアカバ村では村の80%が消されそうになっているというニュースが入ってきた。
アカバ村の村議会長が語ったところでは、イスラエル当局は弁護士を通じて、新しい村の境界を定めた地図を手渡してきたという。正当化されえないイスラエル軍の命令では、村の80%の土地が地図から消えていただけでなく、境界内に残った5、6軒の家を除いて、境界外になってしまった残りのすべての建物を取り除けとしている。
岩の多い丘の上にあるアカバ村は、三方をイスラエル軍が「軍事封鎖地域」と宣言した土地に囲まれ、家を新築したり、増築したりするスペースがないために多くの人が近隣へと移住し、1000人いた人口は300人までに減少している。
今回の新しい地図がやって来るのに先立ち、少なくとも28人/軒の村人は家屋の破壊令状を渡されていた。イスラエル軍の新地図によると、これらの家は村の境界の外に位置するということになる。
村議会長は、村人たちが何年にも渡り、家屋破壊をイスラエル法廷に持ち込んで闘ってきたが、いまだに裁決が下りていないと語った。議会長はイスラエル軍が裁決を下されるのを避けるために、[地図を持ち出すなどの]トリックを仕掛けてきていると考えている。(11日付)
( Israeli Army deletes 80% of Palestinian village buildings (アカバの場所がわかる西岸地図あり)より)
関連記事: Dr. Barghouthi warns of Israel’s illegal plan displace a Palestinian village
壊される家があれば、作られる家もある。しかし、作られるのは、イスラエルの入植者のためのものだけだ。
イスラエルの日刊紙・ハアレツが報じたところでは、イスラエル政府はエルサレム周辺に新たに2万戸の入植者用住宅を、東エルサレムのアブ・ディース付近では500戸の入植者用住宅を建設することを計画しているという。
(イスラエルの)エルサレム市助役のヨシュア・ポラック氏は、この計画がベツレヘムの東にあるグッシュ・エツィオン入植地群とエルサレム市の北部の入植地をつなげるものだと説明している。
が、イスラエル左派メレツ党のビビ・アラウ氏は、この計画の意図するところは、比較的落ち着いているエルサレムを特に狙い、パレスチナ人を挑発することだけだと語っている。
イスラエルはエルサレムにおけるユダヤ人人口の優位を保つために、人口バランスについてつねに気を遣ってきた。イスラエルのエルサレム研究所からは、エルサレム内のパレスチナ人の出生率がユダヤ人の2倍であるという研究結果が発表されている。
このままでいくと、2020年までにはユダヤ人人口は現在の60%から54%になり、パレスチナ人人口は34%から40%に増加、さらに2035年だと50%にまで上昇すると研究所は仮定している。
パレスチナ自治政府のエレカット主任交渉人は、この入植地の増加は、西岸と東エルサレムからイスラエルが撤退することを求めたアラブ和平プランへの、イスラエルの回答だと見られると語った。
「イスラエルはエルサレムでパレスチナ人の家や団体の建物を取り壊しているいっぽうで、東エルサレムに不法な入植地を3つも建設することを承認している。これらの入植地は自分たちの街に住むエルサレムのパレスチナ住人たちの存在(プレゼンス)を危うくするものだ。」(エレカット氏)
(後略)
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そして今も延々と弾圧と虐殺は続く。
殺し奪い踏み躙り続ける60年。
短い期間のことなら衝動的な暴走ってのもありかもしれないがこれは確信犯、つーか明らかに計画的に続けている。
すでにナチの悪逆非道すらも越えた人非人、人の心を捨て悪魔に魂を売り渡した外道どもだな。
ユダヤ教の神様ってのは実は蝙蝠の翼や黒い尻尾でも生えているんじゃあないかなぁ?
どうもその手の眷属としか思えない分かり易い人間のクズのサンプルがその辺跋扈してるし。
これは メッセージ 13338 (jyonnconner さん)への返信です.
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シオニストの世界では
投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/17 01:00 投稿番号: [13347 / 20008]
>おじんさんが出し資料に関して、ただそれを反論せずにデマゴギーと言い切ってしまうのはどうかな?イスラエル領からアラブ人が出て行った理由が強制的に追い出されたのか自発的に避難したのか、それには充分に議論の余地がある。
エスニック・クレンジングを”自発的避難”と呼称するらしい。
ユダヤってのは自然災害なんだなー
(笑
これは メッセージ 13346 (physics4dummys さん)への返信です.
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Re: 民族浄化:本当の敵は誰なのか ①
投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/05/16 23:25 投稿番号: [13346 / 20008]
>1948年のイスラエル建国時に、
ユダヤ人がパレスチナ人に対して、エスニック・クレンジングを行ったこと。
>こんなことは、既に歴史的事実、史実なのであって、
そんなことを議論するつもりなどない。
歴史的事実だといってるのは反イスラエル勢力であって、完全に証明されているわけではないですよね。私もこのあたりの歴史はちょっとはかじってますが、歴史学者の間ですでに全面的に受け入れられてる事実じゃない。
おじんさんが出し資料に関して、ただそれを反論せずにデマゴギーと言い切ってしまうのはどうかな?イスラエル領からアラブ人が出て行った理由が強制的に追い出されたのか自発的に避難したのか、それには充分に議論の余地がある。
当時のイスラエル領のアラブ人たちが民兵として武装しユダヤ人を攻撃していたことは事実であり、善良に平和に暮らしていたアラブ人がある日突然イスラエル軍に武力で追い出されたというわけではないでしょう。近隣アラブ諸国からの援助もあったのだし、いずれアラブ連合軍が攻めてくるという期待もあったはず。
イスラエル軍がアラブ人を攻撃した事実はあるだろう。だがそれは一方的なものではない。1948年の時点ですでにイスラエル地域でアラブ人対ユダヤ人の戦争が起きていたと考えるべきで、アラブ人は単にその戦いに負けて避難せざる終えなくなったのかもしれない。
そうだとすれば結果的に民族浄化となったとしても、その責任は追い出されたアラブ人にもおおいにある。イスラエルだけを責めるのはおかしい。
これは メッセージ 13331 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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ナクバの日に内部抗争とは、、、
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/16 22:47 投稿番号: [13345 / 20008]
これは メッセージ 13327 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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かかしさんごめんなさい
投稿者: himuka21 投稿日時: 2007/05/16 20:22 投稿番号: [13344 / 20008]
下の投票イラクトビに朝書いたつもりで、見てみてないので、投票拒否にあったとおもってしまって今日は出かけたのですが、
一日考えてみてやっぱり
かかしさんの
おっしゃっているとうりなんだろうと
思いました
ほんとのこといって
あどべんには
もう表現できないくらい頭にきていますら
かかしさんにもそれが行ったようです
ごめんなさい
とりあえず
これは メッセージ 13341 (himuka21 さん)への返信です.
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1948年3月19日付け国連記録
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/16 17:17 投稿番号: [13343 / 20008]
【商店街 No.13295】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5
aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13295>ハイファなどの巨大都市は、そうもいかないので、正規軍で軍事的に叩き出すのだ。「出て行くか、死ぬか、どっちでもお好きなように」と。
【商店街 No.13325】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5
aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13325>ユダヤ側によるエスニック・クレンジングの完遂は、「イギリスが徐々に撤退していくことで可能」となったのです。英軍が撤退していく地域には権力の空白が生じます。その権力の空白を埋めるのは、ユダヤ側とパレスチナ側の軍事力です。
19, March 1948
http://domino.un.org/pdfs/AAC21P34.pdfJerusalem, March 18:-
Haifa was the center of violence today when 6 British soldiers and 7 Jews were killed and 1 soldier, 1 British official of the Palestine Railways and 1 arab were wounded.
Jews sources reported that 250 armed Arabs attacked a Jewish armored car outside the Arab village of Ishwa in the foothils of Judea and killed its crew of 8 Haganah men.
Another Jewish convoy of 21 trucks, gurded by a British Army escort was attacked by Arabs on the Jaffa-Gazza road.
Jerusalem was generally quiet throughout the day.
The unofficial death toll since November 29 rose to 1,830. (N.Y.TIMES, N.Y.HERALD TRIBUNE).
Hebron, Palestine, March 18:-
Troops of the arab Legion moved into Palestine today and took over security control in to Arab districts. They are the first soldiers belong to a regular amy of a neighboring Arab state to enter Palestine in their own uniform "under authority of the Arab Leage".
Sheik Mohammed Ali Jabari, Mayor of Hebron, told a reporter: "They are here representing and under orders of the Arab League, not King Abdullah of Trans-Jordan".
The soldiers moved into evacuated British Army barracks in the Hebron district and into quarters in Nablus. (N.Y. HERALD TRIBUNE)
【エルサレム、3月18日】
6人の英兵と7人のユダヤ人、一人の兵士が殺害され、1人のパレスチナ鉄道英国公務員と1人のアラブ人が負傷という、今日の暴力の中心はハイファでした。
ユダヤ人の話によれば、250名のアラブ義勇兵がユダヤの丘のイシュワというアラブの町の郊外にいたユダヤ側装甲車を襲撃し、ハガナー隊員8人と乗務員1人を殺害したという。
一方、1台の英国軍自動車に先導された21台の護送ユダヤ輸送隊は、ヤファ〜ガザ間の道路でアラブ人による攻撃を受けました。
エルサレムは、今日一日中、およそ静かでした。
非公式の死者数は、11月29日(181国連決議)から1,830名に達しました。
【パレスチナ・ヘブロン、3月18日】
アラブ兵の部隊は、今日、パレスチナのヘブロンへ移動し、アラブ人地区の治安に配属されました。彼らは、近隣諸国としては始めての通常連帯の兵隊たちで、「アラブ連盟軍」という独自の軍服姿でパレスチナに入りました。
モハメッド・アリ・ジャバリ族長とヘブロン市長は記者たちに次のように話ました:「彼らアラブ兵はヨルダンのアブドラ国王ではなく、アラブ連盟の要請を受け、その代役を担って、今、ここにいます。」
兵士らは、3ヶ月間の任務に就くべく撤退を命じられたヘブロン地区英兵の兵舎に引越しました。
これは メッセージ 13340 (ojin_8823 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13343.html
劣化コピペマンのネタ元
投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/16 11:27 投稿番号: [13342 / 20008]
この劣化コピペマンのネタ元である阿部正雄はイラクのフセイン体制を褒め称えていたDQN。フセインの100%賛成選挙を呑気に信じていたほどであるから、その真贋能力と分析能力のレベルが知れる。イラク戦争の反対意見では本筋からかけ離れた頓珍漢な意見がたくさん見られたが、いくら左派でもフセイン体制を擁護する奴は皆無だった。御仁は貴重なその中でもお一人と言えるだろう。
この文章は何もかもイスラエルが悪いという実に香ばしい文章で、突込みどころ満載であるが、もっともふざけているのはこの文章。
>一般にまだ根強く残っているのは「アラブ人はユダヤ人を海に投げ込もうとしている」というシオニストの逆宣伝である
▲おそらくハマスの憲章を読んだことがないのか、わざととぼけているのかのどちらかだ。ハマスの憲章は英訳が出ているので誰でも読むことができるし、例え、英訳が出ていなくともハマスの方針は常識中の常識である。また、ハマスでなくてもパレスチナの教育内容やマスメディアを調べれば分かるはずである。このようなことを知らない、あるいは、わざととぼける人間にパレスチナを語る資格はない。
>イスラエルと戦前の日本の類似点を研究することは、日本軍国主義への反省として多くの貴重な教訓を与えてくれる。
>イスラエルの政治に色濃くつきまとうのは軍国主義である。ベンダサン氏が「日本人とユダヤ人」の中で、さかんに日本の平和主義者を攻撃し、日本の再軍備促進を叱汰激励するのもナチ・ドイツの政策を継承しているからである。彼はシオニストとして、かつてのナチの盟友、日本への軍国主義への郷愁を何とか現実に変えたいとの焦燥感を正直に(?)に告白しているにすぎない。
▲どあほ。
これは メッセージ 13338 (jyonnconner さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13342.html
Re: この地図見ていつも私のおもうことは
投稿者: himuka21 投稿日時: 2007/05/16 06:49 投稿番号: [13341 / 20008]
これは
ストーキング
ではありませんね。
そうでない書き込みも増えてきました。だってひむかをまもるためには必要ですもの。
誤解です。とおっしゃったけど
ほんとかかしさんて
すごい
以前boyの田宮さんがあどべんに言い寄って言い寄って
くっつきまくって
他のとびへ連れて行ったことがあるんです。ものすごく強く押し捲られるとあどべんは
動いてしまう人なんです。(そして
それが原因で彼はイスラエルに行った私は言っていた)
あなたがそうさせているということですよ
だって遠回りしてイスパレにちかずいた
めしあさんが
私がいすぱれでマドンナではやまこがとてもショックだったと見えるって
おっしゃっていましたしね
でもあどべんはあなたが好きだからストーカーをやっているわけではありませんから
だいいち私をおいて掲示板からいなくなるわけはないし
わからないそうなので教えてあげますがストーカーはあどべんです。
私とかれは特別にリンクされているから私にはわかるのですよ
でもあの大騒ぎ。。。ストーカーはあなたが希望したことですね
だから
うれしくて
たまんないんだ
ねえ
かかしさん
これは メッセージ 13339 (messatu9tintincult さん)への返信です.
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パレスチナと国連40年の記録
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/16 06:13 投稿番号: [13340 / 20008]
【商店街の発言
No.13295:『イスラエル』パレスチナ難民という原罪①】
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5
aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13295>自分が祖国であると観念している土地に、同じ人間が先祖代々、生き、生活してきたのだ。そして、エスニック・クレンジングによって、土地を奪ってきたのだ。
>真っ当な、人間らしい心があるのなら、罪の意識に苛まれる筈なのだ。
>1947年
>・11月29日:国連分割案採択
>1948年
>・3月19日:米が分割案の停止を求め、信託統治領を提案
>・4月1日:国連安保理は停戦案を採択
>・4月4日:「ダーレット作戦」発動
◇Palestine and the U.N. in Retrospect: The Forties
振り返るパレスチナと国連の40年
http://www.un.int/palestine/forties.shtml・The Special Committee on Palestine completes its work on 31 August 1947, with agreement on terminating the mandate but without consensus on settlement of the question of Palestine. The majority recommends partition of Palestine into two states with special international status for Jerusalem, while the minority (India, Iran and Yugoslavia) propose a federal state comprising an Arab state and a Jewish state, with Jerusalem as the capital of the federation. (Australia abstains on the two plans.)
181決議3ヶ月前の1947年8月31日、5月15日に結成されたパレスチナ特別委員会は意見が一致することなく解散する。
大多数はこの特別な国際情勢の中、二つの国にパレスチナを分割することを勧告する。
一方、少数派のインド、イランとユ−ゴスラビアはエルサレムを首都とするアラブとユダヤの2連邦制を提案する。(オーストラリアは棄権)。
・The General Assembly adopts resolution 181 (II) of 29 November 1947 on the future government of Palestine, setting forth a Plan of Partition with Economic Union, consisting of four parts: future constitution and government of Palestine; boundaries; city of Jerusalem; and capitulations. ・・・The result of the vote on resolution 181 (II) was 33 in favor, 13 against and 10 abstaining.
1947年11月29日、パレスチナの将来の国に関し4項目(未来のパレスチナ憲章と政府:境界線:エルサレム:そして降伏)からなる経済連合の分割案を国連決議181を採択する。・・・投票の結果は、賛成33、反対13、棄権10。
・The Security Council adopts resolution 42 (1948) on 5 March 1948, appealing to all governments and peoples, particularly in and around Palestine, to take all possible action to prevent or reduce such disorders as are occurring in Palestine.
1948年3月5日、安保理は
特にパレスチナ周辺、あるいはパレスチナにいるすべての国と人たちに
今、パレスチナで起こっているような騒乱を減らすかあるいは抑止するよう、決議42を発表する。
・3月19日:米が分割案の停止を求め、信託統治領を提案???
商店街が提示した3月19日の案件↑は、この国連記録には該当なし。
・The Security Council adopts resolution 43 (1948) on 1 April 1948, calling for an immediate truce in Palestine and calling upon the Jewish Agency for Palestine and the Arab Higher Committee to make available representatives to the Security Council for the purpose of arranging a truce.
1948年4月1日、安保理はアラブ最高委員会(Arab Higher Committee)とユダヤ人当局に対し即時停戦を勧告・・・。
・・・on 5 March 1948, appealing to all governments and peoples, particularly in and around Palestine,・・・
3月5日、特にパレスチナ周辺およびパレスチナ内部にいるすべての政府と人々に対しアピールする
は、商店街
が書かないところを見ると、パレスチナの参考本にはないらしい♪
・・・on 1 April 1948, calling for an immediate truce in Palestine and calling upon the Jewish Agency for Palestine and the Arab Higher Committee・・・
4月1日、ユダヤ人当局とアラブ最高委員会に対
これは メッセージ 13330 (ojin_8823 さん)への返信です.
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この地図見ていつも私のおもうことは
投稿者: messatu9tintincult 投稿日時: 2007/05/16 05:36 投稿番号: [13339 / 20008]
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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パレスチナ低抗運動の足跡5
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:52 投稿番号: [13338 / 20008]
また、ベン・グリオン自身、かつて一九四六年の米英調査委員会にたいし、「われわれは、アラブ人や非アラブ人を平等に扱い、アラブ的性格、言語、生活の維持もとくに生活水準の向上に凡ゆる努力を行なう」とのべている。
しかし、これは全くのごまかしである。その「平等」の扱いがいかに出鱈目であるかは、広河隆一著「ユダヤ国家とアラブ・ゲリラ」にも登場するイスラエル国内に住む弁護士のサブリ・ジュリス氏が凡ゆる弾圧にひるまず書いた「イスラエルのアラブ人」が一九六六年に発表されてからやっと明るみにでるようになった。
農民にたいする苛酷な差別や仕打ちも、農民を土地から追い出し、その土地のあとにユダヤ人の移民を入植させてしまおうという政策であり、こうした土地をすてて、都会に流入するアラブ労働者の数は増えている。五万四〇〇〇人のアラブ人労働者のうち、三万七〇〇〇人が出稼労働者で、その多くは、一週間あるいは一ヵ月に一度家に帰ることができるにすぎない。
こうしたアラブ人労働者にたいしてヒスタドルート〔イスラエル労働総同盟〕(第皿章参照)は、アラブの労働者は非組織労働者だから、非組織労働者の雇用に反対して闘うのは労働組合の義務だと理窟にならない理窟をつけてアラブ人を締め出してきた。この組織はユダヤ人の労働者をつくり出すのが目的であったため、アラブ労働者を加入させることなどおよそ問題にはしていたかったのである。
こうした差別は、教育の分野でも同じである。その教育政策は一貫して、アラブの民族的教育を抑圧し、アラブ人としての自覚を喪失させようと努めてきている。
宗教上の聖地にたいして、狂信的青年によるエルサレムの回教寺院・ユル・アクサ放火事件や、三大宗教の聖地エルサレムの現状を勝手に変更し、サンフランシスコのような近代都市に切換えようとしているなど、国連総会や安保理事会の一致した非難を尻目にこの聖地の美しさ、神聖さを破壊している。
(後略)
--------------------
ありゃ?ほとんどイスラエルの侵略による虐殺&弾圧の足跡になってる。
ま、それが実態だからな。
これは メッセージ 13337 (jyonnconner さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13338.html
パレスチナ低抗運動の足跡4
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:45 投稿番号: [13337 / 20008]
しかし、ここでもイスラエルは、”清無用”とばかり、家屋の破壊、投獄、拷問、戒厳令、集団懲罰、通行許可制など凡ゆる手段をつくしてパレスチナ人の追い出しを計っている。
とくにその中で最も強大な抵抗の基地になっているのはガザ地区である。僅か一〇〇平方マイルの地域に三五万人のアラブ人が住み、地域自体が一種の”収容所”の観を呈している。
これらすべては、一般市民の保護を規定した一九四九年のジュネーブ国際協定に違反するものとして、国連から占領下のアラブ人民の人権を調査したいと再三イスラエルに調査団の入国を求めているがイスラエルは頑強に拒否しつづけている。一九七〇年一二月の国連総会で圧倒的多数でイスラエル占領下におけるアラブ人の人権侵害が糾弾された。
6
占領地域のアラブ人
〈解説〉軍政による抑圧
一九四八年九月のパレスチナ戦争終結後も、イスラエル国内に残ったアラブ人は、約一六万人、現在では自然増加によって約三〇万人に達している。
しかし、シオニストたちは、一九四八年の独立宣言の中で白々しくも次のように言明した。
「イスラエル国は、イスラエルの預言者たちが夢想したような、自由、正義、平和に基礎をおくものとする。全市民の社会的、政治的権利は、信教、人種、性別による差別はなく全く平等とする。」
そして彼らは、世界の眼をパレスチナ難民にそそがせている間に、パレスチナの完全なイスラエル化を目標にこれらイスラエルに残ったアラブ人の土地を着々と没収した。それはアラブ人の土地の八○%に達している。
イスラエル創設の最初の一〇年間、イスラエル当局は、もっぱら軍政の施行を通してアラブ人にたいし厳しい抑制や圧迫政策をとり、必要とするアラブの土地をことごとく没収し、続々移住してきたユダヤ人を定着させた。
本文にもあるように、不在地主法(一九五〇年三月)と土地取得法(一九五三年)など一連の悪法は”土地の収奪を合法化するため”につくられた法律であった。かくて、イスラエル建国当時、一七五万ドナムあったアラブ人の土地は五〇万ドナムに縮小されてしまった。
しかし、六〇年代の初頭には、イスラエル政権は、少し戦術を変え、アラブ人との関係を改善するためにアラブ人への抑圧をやや緩めたが、その狙いは、イスラエル当局に協力し、シオニズムの政策に服従しないアラブ人と対抗する裏切り分子を支援するなど、いわば「分割支配」のアメとムチの政策であった。
現在、イスラエルに住むアラブ人は邪魔ものの第二級の市民として、その九〇%は軍政に基づく、悪名高い南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)にも通じるような治安地域の中に、いわば”外国人”として住まわされているのである。
では、このようなアラブ人への一切の抑圧手段として用いられた軍政とはどんなものであろうか?
この軍政制度は、イスラエルが創設されてから強大な権力をふるってきたのであるが、もともとこうした軍政制度は、一九四五年当時のイギリス委任統治政庁の国防法(非常事態法)と一九四九年六月のイスラエルの国防関係法(治安地域)にー基づいている。イギリスによる国防法は、かつてユダヤ人の移民制限から反英テロ活動を行なったイルグン。ツパイ。レウミ、シテュルンなどユダヤ人の過激テロ分子を取締るためつくられたもので、今のイスラエルの指導的法律家たちは、この法律が制定された一九四五年当時には、これらの法律は、文明国には例のない、ナチ・ドイツにも存
在せぬ悪法であり、市民の基本的権利を脅かすものとして反対したいわくつきのものであった。しかし、一たんイスラエルが建国されるとこのような法律を引継ぐことには、僅か一人を例外として、誰も反対しなかった。
〈解説〉奪われているアラブ人の基本的人権
イスラエルに招待されたジャーナリストや知識人は、イスラエル政府がお膳立てしたお定りのコースを視察したあと「イスラエルに住むアラブ人の生活は、アラブ諸国内のアラブ人よりも”より豊かな生活”を楽しんでいる」という記事を書いている。
たしかに、イスラエルのアラブ人の一部が、部分的に改善された面があるにしても、圧倒的大多数のアラブ人の基本的人権は守られていないし、その社会生活面でも多くの差別を受けている。
第一、イスラエルはその建国の根拠を国連分割案にもとめているが、その分割案では「すべてのものに市民的、政治的・経済的問題での平等がつ無差別の権利と人権や基本的自由の享受を保証」しており、「人種、宗教、言語、性別を基礎に住民にーたいする差別はしない」とうたわれていたのであった。
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パレスチナ低抗運動の足跡3
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:36 投稿番号: [13336 / 20008]
この分割案によって、ユダヤ人の国家に与えられたのは、パレスチナの五五%の国土であった。それまでに一八八○年から一九四七年までかかって七%ほどの土地しか購入できなかったのに比べれば、この五五%という数字はまさにそれ以前の八倍の領土を一挙に獲得したことになる。
しかもこの分割案では、灌漑できる土地の八三%を含む海岸地帯や高原地帯の肥沃な土地がユダヤ人国家に与えられ、またアラブ人の工業の約四〇%は「ユダヤ人国家」に割当てられる反面、ほんの僅かのユダヤ人工業が「アラブ人国家」に残されるという、いたれりつくせりの分割案であった。
しかし、シオニストにとっては国連分割案の可決もまだ紙の上での勧告案にすぎなかった。ベン・グリオンは、国連がその勧告を引込めないうちに、分割案を既成事実としてしまうために武力行動を励ました。
はたせるかな、分割案の可決に激昂したパレスチナ住民の激しい反対運動に刺激されて、この国連パレスチナ分割案を一たん通過させるのに全力を上げたアメリカ自身が、一九四八年三月二〇日に突然国連で分割案を放棄し、パレスチナの国連信託統治の提案を行なうという一八○度の方向転換を行なった。
サミ・ハダウィ氏は、この不思議なアメリカの豹変は、国連での討議がパレスチナ問題のもつ重要性に慎重な考慮を払っていなかったこと、アメリカ国内の政党政治の道具に供せられていたことによるものであるが、それはパレスチナ人が新たな事態のもつ意味に気づき、その陣容の整備にあたる以前に、シオニストたちにパレスチナを奪取させてしまうことを意図し、けしかけたと指摘している。
イギリスの委任統治が終る五月一五日には無政府状態が生じ、アラブ諸国の軍事介入も予想されるこの時期までに、イスラエルの軍事力による既成事実をつくり出す必要に迫られたのでいよいよパレスチナ人の追放は至上命令となったのであった。
その具体的現われがダレット(D)計画であった。この計画は、国連がユダヤ人に割当てた地域ばかりか、その外部の地域を支配すること、五月一五日後のアラブ軍隊の起こりうる侵入に対抗することを目標とした。
六週間後の五月一五日がそのタイム・リミットであった。
〈解説〉暴力と脅嚇による追放
今日のパレスチナの悲劇をつくり出したこの略奪作戦の真相が知られるのを恐れたイスラエルは、繰返し彼らが勝手に出ていったのだと主張した。そしてパレスチナ戦争は、「独立」したイスラエル国家への不法なアラブ諸国軍隊の軍事的干渉にたいする戦争であり、ユダヤ人は「祖国」防衛のために必死の戦いをつづけ、ついに優勢なアラブ軍を追い払ったという神話をつくり出した。
一〇〇万人といわれる悲惨なパレスチナ人を追い出したのは、軍事作戦と心理作戦を巧みに組合せたシオニストたちの脅迫によるものであった。
一般にいわれるように難民の発生は、アラブ諸国の介入によるパレスチナ戦争の勃発によるのではなく、一九四八年五月一五目の委任統治終了時には、すでにDプランによって難民の半分に近い四〇万人のアラブ人をその家から追い出していたことによるのである。
このDブランの中で最大の虐殺は、ベトナムのソンミ村の虐殺を上回るテイル・ヤシン村の惨劇であった。
一九四八年四月九日の真夜中、エルサレムにほど近いテイル・ヤシン村は、イルグンとシュテルン・ギャングのラロ分子によって占領され、このあと無差別の虐殺が行なわれたっ二五四人の男、女、子供が屠殺され、井戸に投げ込まれたが、その間、国際赤十字代表は同村を視察するのに一昼夜待たされた。生き残った村民はエルサレムを引き廻された。
イスラエルのアイヒマンとも呼ばれているメナヘム・ベギンは、「この虐殺は、正当づけられているばかりでなく、デイル・ヤシンでの勝利がなかったならイスラエル国家は生れなかっただろう」と評価したが、アラブ人の軍隊とは一切関係をもたず中立的だったといわれたディル村のアラブ人の惨殺は、明らかに他のアラブ人の間に大恐慌をつくり出すための心理作戦だったのである。
一九二〇年に創設されたハガナはその後、ユダヤ人移民の増大につれて次第に強大となったが、一九三七−八年にはイギリスのウィンゲート少佐の訓練を受け、一九四七年当時には、常備電撃軍パルマハを含めて約六万とみつもられていた。他の分派、イルグン・ツバイ・レウミは三〇〇〇から五〇〇〇、シュテルン・ギャングは二〇〇から三〇〇であった。
一九六七年のいわゆる”六月戦争”後、イスラエルの領土はそれ以前の四倍半の領土を新たにかかえこみ、一〇〇万人のアラブ人がその占領下に入ることになった。六〇万人がヨルダン川西岸地区、三五万人がガザ、三万三〇〇〇人がシナイ半島、六、四〇〇人がゴラン高原にいる。
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パレスチナ低抗運動の足跡2
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:17 投稿番号: [13335 / 20008]
一九四六年には米英合同調査委員会が現地を視察し、ナチ・ドイツの迫害を逃れたユダヤ人難民一○万人の即時受入れを勧告したが、イギリスのベバン外相は、現地での抵抗は必至として反対した。ベバンは「アメリカはユダヤ人を入国させたくないのでパレスチナヘの移住をすすめている」と拒否した。しかし、イスラエルの反英テロとアラブの低抗運動に直面し、イギリスは一九四九年の国連第二回総会でパレスチナ委任統治放棄を表明した。
そして、国連でのパレスチナ分割案を強引に通過させるにあたって、アメリカ・シオニストの共同戦線は、「ユダヤ人の票」と「パレスチナ」との取引を国際的権威でとりつくろうために国連を盛んに利用したのであるが、それはかつてイギリスとシオニストの共同戦線によって国際連盟を利用したのと同じであった。
〈解説〉委任統治政庁の果した役割
見落してはならないのは、「ユダヤ人国家」の創設に果したイギリス帝国主義の役割である。
委任統治の三〇年の歴史の中で実現されたユダヤ人の大量な移住は、イギリスの保護なしには到底考えられないものであった。もし、かりに、アラブ諸国が独立していたなら、アラブ人の永久的追放を意図する絶えざる異民族の移住を許すことなど考えられなかったし、一方、シオニズムの指導者たちの側でもイギリス政庁の果す役割を深く認識しており、イギリスのパレスチナにおける警察力増強を歓迎し、高等弁務官の権威を弱める住民組織の結成をめざすような動きにはことごとく反対したのであった。
例えば、イギリス政庁はユダヤ機関の要求にーつとめて協力し、ユダヤ機関は国土の天然資源の特許の権利、エルサレムを除いた電気の特許権、灌激の特許権、カリウムや他の鉱物を採掘する死海における特許権などを手に入れた。また、三〇年の委任統治の間に、シオニストの入植地は一九一七年当時よりも一二倍となり、その人口は三分の一を占めるまでにいたっている。
事実、イギリス政庁は、委任統治時代、ユダヤ人の入植者がまだ少数でしかなく、その軍事力が劣勢であった間は、パレスチナ・アラブ人の軍事支配の任にあたっていた。ハガナを正規軍なみの軍事力に訓練、成長させたのもイギリスであった。
一九三六年から三九年まで闘かわれたシオニストと帝国主義に反対するパレスチナ人民の大反乱は、当時のイギリス帝国主義軍隊の三分の一を巻込むほどの規模に発展し、アジア・アフリカ諸国の民族独立運動の中に不滅の金字塔として記憶される歴史的反帝国主義運動であったが、この大反乱がイギリスの手で最終的に鎮圧された以後は、シオニストの入植は、イギリス当局の援助をえなくても実行することができるようになったのである。
パレスチナ分割案が国連で可決され、イスラエル建国につづく一九四八年のパレスチナ戦争に、この国土の真の主人公のパレスチナ・アラブ人が参加できなかったのも、すでに委任統治時代にイギリスによってパレスチナ人民の絶滅作戦が行なわれたためである。イスラエルの軍事評論家は、今でも、もしパレスチナ人民がこの戦争以前にイギリス当局によって軍事的に解体されていたかったなら、あの戦争の結末がどうなっていたかは削らぬという疑いを捨てていないといわれている。
このように小国を餌食にして意にかけたい帝国主義のやり口を、サミ・ハダウィ氏は次のように評している。
「一九一七年にイギリス政府は、アメリカの参戦を獲得するためにパレスチナを売り、一九四八年には戦後のイギリス経済への借款を得るために、パレスチナ・アラブ人の追放といった事態を生みだして再びパレスチナを売り、同時にアメヅカの政治家は『ユダヤ人の票』ほしさにアラブ住民を売った。」
一九四八年のパレスチナ戦争で敗戦したシリア、エジプト、イラクなどアラブ諸国の軍人は、敗戦の原因をアラブ社会の後進的な政治形態にあるとし、戦いから帰ると自分たちの国の変革にのりだした。「本当の戦場はエジプトだ」という自覚を抱いたナセルたち「自由将校団」はやがて一九五二年七月二三目、ファルーク王朝を倒してエジプト共和国を樹立した。
5
パレスチナ人の追放
〈解説〉分割案の既成事実化めざす
一九四七年一一月二七日、国連が自らの原則を蹂躙して、全くシオニストの筋書によるパレスチナ分割案を勧告したことは、シオニストの大勝利であった。
シオニストにとってこの分割案こそ国連という国際的権威を”隠れみの”としてパレスチナの国土の大部分を大多数の住民の意志を全く無視したまま略奪できる方法であったからである。
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パレスチナ低抗運動の足跡1
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/05/16 02:09 投稿番号: [13334 / 20008]
http://homepage1.nifty.com/KASAI-CHAPPUIS/IchiroABEMasaoPalestine.htm
(前略)
ユダヤ人が一九世紀の終りにパレスチナにやってきたとき、その最初のユダヤ人たちはヨーロッパやロシアにおける迫害の犠牲者あるいは聖地への”巡礼”としてむしろ暖かく迎え入れられた。
一九一九年の一月、ワイズマンとファイサルは、バルフォア宣言の履行をうたった文書の中でユダヤ人の移民への協力を誓ったのもファイサルがイギリスから「大シリア王国」を獲得しようとするための譲歩であるとはいえアラブの寛容性を示すものであった。ヘルツル自身も第一アリアの移民にたいする「住民の友好的態度」を記録している(質問44注18参照)。
しかし、パレスチナにずかずか入ってきたシオニスト・ユダヤ人たちはワイズマンがいっていたようなパレスチナ・アラブ人に恩恵をもたらすような種類の人種ではなかった。暴力によるパレスチナ・アラブ人の追放というシオニストの野望が知られるようになるにつれて、当然のことながらアラブ人の烈しい抵抗にあった。
このことは、本文にもあるように、相次いで発生した騒乱のあとに派遣された使節団が「ユダヤ人国家」の創設はパレスチナ住民の権利と両立しないと異口同音に報告し、その度にイギリスの本国政府を動揺させたのである。以下その歴史を簡単に振り返ってみよう。
一九一九年、ウィルソン米大統領から派遣されたキング・クレーン委員会は、現地におけるアラブの独立要求の声に大きく影響され、ユダヤ人の移民の明確な制限、パレスチナをユダヤ人共和国にする計画の放棄、パレスチナの統一シリアヘの包含などを講和会議に勧告した。
一九二一年には、ユダヤ人の不法な移民に抗議して、反乱が発生、全面的なストライキが勃発し、パレスチナ・アラブ人会議は、バルフォア宣言こそ、ユダヤ人の大量移民の原因だと抗議文を送った、ユダヤ人、アラブ人に多くの死傷者を出したこの反乱に驚いた初代高等弁務官ハーバート・サミュエルは、ユダヤ人の移民中止を発表した。調査にあたったヘイクラフト委員会は、この暴動の原因をイギリスのユダヤ人優過政策とシオニストの権力拡張とし、イギリスの上院は、バルフォア宣言の廃棄を可決、辛うじて下院で否決されるほどであった。
一九二九年、数百人の死傷者を出したエルサレムの嘆きの壁事件の直後に派遣されたショウ委員会もユダヤ人移民の管理を強く要求し、さらにホープ・シンプソン委員会も、もはやユダヤ人を受入れる余地はないことを報告し、翌一九三○年、イギリスはパスフイールド白書を発表、ユダヤ人移民の制限とパレスチナにおける自治制度確立を勧告した。
しかし、一九三二年のナチ・ドイツの抬頭によってヨーロッパを追われたユダヤ人の移民は急激にふくれ上り、一九三三〜三五年の三年間には一三万三三〇〇人と激増した。アラブ諸政党は、(一)民主主義議会の設立、(二)ユダヤ人への土地の売却の禁止、(三)ユダヤ人の移民の中止を呼びかけ、発生後六ヵ月続いた一九三六年の歴史的な民族的反乱に発展し、同時に、隣接諸国からのアラブの義勇兵も参加した。
このときその鎮圧に手こずったイギリスは、公然とユダヤ人の武装訓練にとりかかったのである。
一九三六年には、エルサレムの大司教ハジ・アミン・エル・フセイニを指導者とする、主に民族資本家や地主の連合体であったアラブ高等委員会が結成された。
またこの大反乱のあと派遣されたピール委員会が、始めてアラブ・ユダヤ両国家という分割案を勧告したが、このときにユダヤ人国家に割当てられたのは、実際の所有の五・四%を遙かに上廻るパレスチナの四分の一の面積であった。一九三七年開かれた汎アラブ会議は、この案を断固拒否、またも大規模な反乱が発生し、多数の死傷者を出すにいたった。
一九三八年のウッドヘッド委員会は、実効的な分割案は不可能と報告した。一方、パレスチナの反乱もイギリス軍の力でようやく鎮圧された。
しかし、戦争がヨーロッパで拡大されるにつれ、イギリスは一九三八年、ロンドンの円卓会議で事態の収拾を企てたが失敗し、ついに一目も早いパレスチナ間題の決着を迫られ、一九三九年五月マクドナルド白書を発表した。これはアラブ・ユダヤの二民族共同国家の樹立と人口比におうじる立法議会をもうける、ユダヤ人の移民は今後五年間に七万五〇〇〇人とし、それ以上の移民はアラブ人の合意なしには許さぬというものであった。これによってユダヤ人の反英テロ活動が激化したのである。
一九四五年には、アラブ諸国の団結、独立の強化、法制、通貨、教育の二元化と関税障壁の撤廃などをめざすアラブ連盟が結成された。
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民族浄化:本当の敵は誰なのか ②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/16 01:03 投稿番号: [13333 / 20008]
丁度、1948年というのは、ソ連が東欧でサラミ戦術を行っていた真っ最中なのだ。
反ナチで親ソの勢力がその実体的担い手なのだ。
当時の東欧のユダヤ系は、反ナチ、親ソの勢力であり、
その限りで当時は、スターリンと利害が一致し
その尖兵としての役割も果たしたのではないかと直感している。
東欧のナチの収容所から解放してくれたのだから、
ユダヤ人にとって当初はソ連軍は文字通り解放軍だったのだ。
1948年2月のチェコ政変、
そのチェコ・スロバキアが、ユダヤに武器を売っていたこと。
かなり関係が深いと思われるのだが、文献を読んでいる。
東欧で共産党独裁体制が一度確立されるや、
その支配下の全民衆が抑圧されたのである。
ユダヤ人もその例外ではない。
スターリニズムに利用されるだけ利用されて、
その後は抑圧の対象となるのだ。
ヨーロッパで歴史的に迫害され、
ナチズムに迫害され、
スターリニズムに迫害され、
第二次大戦後の一時期には利用されるだけ利用されてその後迫害される。
ユダヤ人は、何重にも迫害されてきたのだ。
だから私は、ユダヤ人であるというだけで頭から否定などしない。
しかし、だからといって、そのユダヤ人が今度は、
迫害者になることを私は肯定はしないと言っているだけだ。
20世紀初頭の東欧のユダヤ人達は大半はシオニズムを断固として拒否したのだ。
迫害の地を逃れ、シオンの丘を目指すことを断固として拒否したのだ。
迫害の地に踏み止まり、自らに迫害をもたらす
政治権力者を打倒することを目指したのだ。
ロシア革命、ハンガリー革命、ドイツ革命の一翼を担ったのだ。
しかし、革命は敗北し、スターリンによって革命は簒奪される。
ナチに殺されるか、スターリンに殺されるか、
どちらかしか選べない、この末期的状況に於いて、
全力で戦って敗北し、刀折れ、矢尽きたユダヤ人達が
シオンの丘に向かうことを私には否定する資格すらないのだ。
1920年代、1930年代のキブツは、
この地球という惑星に初めて現出した未来社会の萌芽なのだ。
<否定的なもの>と<肯定的なもの>
<醜いもの>と<美しいもの>
民族、宗教、イデオロギー、体制、
これらの背後にある、何が否定的で、何が肯定的なものなのかを
見極めなければならないのだ。
<本当の敵は何なのか>
この作業は簡単ではない。
だから、下らないデマゴギーには、もう対応しないので、勝手にやってくれ。
ナチスがユダヤ人迫害を行ったのは、国民の反ユダヤ感情を助長し、歪曲し、
ナショナリズムを煽ることにより、自らの政治的支持基盤としてきたことと、
対外的には、ユダヤ人をパレスチナに送ることによって、
現地のアラブ人に、統治者たるイギリスへの反英感情を作り出すことであった。
ユダヤ人が増加すればする程、現地アラブ人の反英感情が親独感情へと
向かうことも計算済みだったのであり、
政治力学上、そうなるのであり、そうなったのだ。
ユダヤとアラブの悲劇を措定したものは、
ヨーロッパに於ける歴史的なユダヤ人迫害に加え、
20世紀のイギリス帝国主義とナチズムとスターリニズムがあったのである。
スターリンにとって、中東アラブはイギリス帝国主義に
既にガッチリ掌握されていると認識していた。
だから反英テロ闘争を行うイルグンをも
何と反植民地主義の戦いと賞賛していたのだ。
何たる欺瞞。何たる政治技術主義。
中東アラブからイギリス帝国主義が撤退するのなら、
ユダヤとアラブの民衆が苦しもうが構わないということなのだ。
何たる破廉恥。
心あるユダヤ、アラブの人々は
何とか二民族共存を目指して苦闘していたというのに、、、
ユダヤ、アラブ両民族からなるパレスチナ共産党にとって、深刻な悲劇だ。
これは メッセージ 13332 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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民族浄化:本当の敵は誰なのか ①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/16 00:54 投稿番号: [13331 / 20008]
1948年のイスラエル建国時に、
ユダヤ人がパレスチナ人に対して、エスニック・クレンジングを行ったこと。
こんなことは、既に歴史的事実、史実なのであって、
そんなことを議論するつもりなどない。
手を変え、品を変え、デマゴギーを続けたいなら、勝手にやってくれ。
こんな汚らわしいデマゴギスト達に関わることすら拒否する。
1948年5月にイスラエル領となる予定の領内のパレスチナ人数十万人は、
一体どこへ行ったのだね?
1948年5月には、彼らはイスラエル国民になる筈ではなかったのかね?
国連分割案には、彼らを追い出してもよいと書かれているのかね?
誰がどうやって追い出したのだね?
イスラエル国民となる筈の人達、
そういう意味では、イスラエル国民がイスラエル国民を
エスニック・クレンジングしたのだ。
イスラエル建国時にユダヤ人はエスニック・クレンジングを行ったのかね?
行わなかったのかね?
どっちでもいいよ。
どっちか一つを選んでくれ。
エスニック・クレンジングなどなかったというのなら、
それで結構だ。
そんな人間とは関わりになりたくないので、関わらないでくれ。
事実を事実と認めない人間と話しても時間の無駄だからだ。
私は100%利己主義者だ。
私は自分自身がよければそれでよいのだ。
他人などどうなっても構わない。
自分が真実に近づければそれでよいのだ。
デマゴギーを暴くのが私の使命ではない。
勝手にやってくれ。
私はたとえ、政治的立場や思想の違いがあれ、
相互に議論することは行うが、
事実を事実と認めない自覚的なデマゴギストと
関わる時間がモッタイナイからだ。
私の問題意識は、
ユダヤとアラブとが、戦わざるを得ない状況に追い込んだのは、
一体誰なのかということだ。
<本当の敵は誰なのか>ということだ。
それは、欧米であり、ソ連なのだ。
その政治権力者であり、経済エリート達なのだ。
今は、その目的や実体構造について、文献にあたっている。
ちなみに、同時期にエスニック・クレンジングは
他にももっと大規模で行われている。
例えば、インド・パキスタン独立時には、
相互で1500万人ものエスニック・クレンジングを行っている。
相互に百万人もの死者も出している。
ユダヤ人が行った75万人のエスニック・クレンジングの20倍だ。
チェコ・スロヴァキアが第二次大戦後、独立時に300万人ものドイツ人を
エスニック・クレンジングしている。これはユダヤの四倍だ。
何もユダヤ人だけが、当時エスニック・クレンジングを行っていた訳ではない。
私は今、そのチェコ・スロバキアの1948年2月のチェコ政変と
スターリンが何故イスラエル独立を支持したのかの相互関連を調べている。
単純な事実だ。
ソ連が拒否権を行使していれば、イスラエル建国はなかったのだから。
あの狡猾なスターリンが見返りを求めない人道主義者である訳がないのだ。
第二次大戦に勝利したスターリンは、東欧を『解放軍』として軍事占領していた。
しかし、東欧各国で共産党への支持率は、僅か一、二割にしか過ぎなかった。
(ユーゴとチェコ・スロバキアを除く)
ソ連は、占領軍という軍事力を背景に、共産党も政権に加わらせ、
例外なく共産党に内務省を掌握させ、対立勢力を削いでいく。
内務省を掌握した共産党は、
デマゴギー、プロパガンダ、逮捕、拷問、不審死、暗殺、、、
ありとあらゆる陰謀を繰り返し、
サラミ・ソーセージの皮を一枚一枚剥いでいくように、
対立政治勢力を壊滅させていく。
ナショナリストの党、農民の党、ブルジョアジーの党を。
そして最後に共産党以外のあらゆる社会主義政党を。
これをサラミ戦術という。
こうして東欧に於いて共産党独裁体制が生まれるのだ。
これは メッセージ 13295 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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どっちにも言い分がある
投稿者: physics4dummys 投稿日時: 2007/05/15 16:30 投稿番号: [13329 / 20008]
いやはや、妹之山さんとおじんさんの話を両方きいていると、これがいったい同じ戦争なのか?
という疑問が生まれてきますね。
実は今私はポールアンダーソンのSF小説を読んでるんですが、過去へ自由自在にさかのぼれる技術を得た二つの勢力が現在の自分らの立場を強くしようと過去へさかのぼっては歴史を変えて行くという設定です。しかし、かた方の勢力が過去を自分らの都合のいいように変えて行くのを反対側がさらにさかのぼって変えてしまうということをもうずっと繰り返しているためいったい何がどうなってるのかさっぱり解らない状態になっている、というものです。
最初に主人公は片方の勢力に味方しますが、戦争が進むにつれ味方側がいうほど敵は悪い奴らじゃないし、またこちらが圧倒的な善であり向こうが確実は悪であるともいえないのだと考えるようになります。
お二人の話だけをきいていて、私に何の偏見もなかったら、いったいどっちの言ってることが本当なのか全く解らないし、どっちが悪いとも善いとも判断できませんねえ。戦争だからどっちもひどいことをしたのだというのは本当だろうし。
かなり勉強になります。
これは メッセージ 13328 (ojin_8823 さん)への返信です.
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Re: 「イギリスが徐々に撤退していくことで
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/15 08:26 投稿番号: [13328 / 20008]
>ユダヤ側によるエスニック・クレンジングの完遂は、「イギリスが徐々に撤退していくことで可能」となったのです。
英軍が撤退していく地域には権力の空白が生じます。
その権力の空白を埋めるのは、ユダヤ側とパレスチナ側の軍事力です。
独立が決定したとはいえ、このときパレスチナは、まだイギリスの委任統治領であり、イギリスが治安の衝にあたっていたのだ。しかし英軍は、アラブ側の暴行をだまって見ていた。むしろイギリスとしては、アラブの襲撃によって、ユダヤ人が圧倒され、国連の決定が実現されないことを望んだのである。彼らはこれを「無政府の実験」と呼んだ。無慈悲な「実験」は、ときにはイギリスの公然とした支持の下に容赦なく進行する。
アラブ人側はパレスチナ領内に、すでに正規軍、アラブ軍団をもっていた。この軍隊の隊員はすべてアラブ人だが、イギリスの指揮下にあって、つまり法的には英軍という二重の面をそなえた部隊なのである。この部隊が、イギリスの旗の下、適時、テロ集団と化した。たとえば、十二月には路上で十四人のユダヤ人の子供を射殺している。
英軍は国連の決定にもとづいて、翌一九四八年の五月をもって委託統治権を棄て、軍隊もそれまでに、ぜんぶ引き上げることになった。そして英兵が、逐次引き上げるに応じて、その穴を埋めるのは、アラブ軍団の役目だったのである。アラブ兵は英兵にかわって、各地の城砦、戦略的要点にはいることを命じられる。最後の英兵が、ハイファの港から乗船し、ユニオン・ジャックが降ろされたそのとき、これらアラブ軍団の兵士たちは、自動的に英軍ではなくなり、アラブ兵に変わっていたのだ。
【参照:
松村剛著
ユダヤ人
迫害・放浪・建国
中公新書pg.7】
これとまったく同じ状態なのが今のイラクですな。
警察になりすましてテロを実行する。
「歴史は繰り返される」
とは良く言ったものです。
>・パレスチナ正規軍 1618人
>・アラブ義勇軍 2830人
>・ハガナ
12万1110人
>
3月6日ハガナに総動員令
これも
商店街が取り上げてくれたハイファの「エスニック・クレンジング」論とやらから参照できます。
◇Capture of Haifa in 1948
http://en.wikipedia.org/wiki/Capture_of_Haifa_in_1948The battle
At 10:30 in the morning of April 21, 5,000 fighters from the Lehi and the Carmeli Brigade participated in the offensive that started from the Jewish neighbourhood Hadar HaCarmel and began shelling the Arab Muslim neighborhhod of Halisa. The 3,500-5,000 Arab irregulars and elements of the Arab Liberation Army could not mount a real defense. Furthermore, the 3,000 defenders of Al-Tira who tried to reinforce the city were intercepted by the British.
10時30分、レヒなどのユダヤ人側5,000人が攻撃を開始。3,500-5,000人の義勇兵やアラブ正規軍は動けなかった。
商店街
の珍説:
実は、アラブ側の兵隊さんたちは、皆、ハイファにいた!!
http://www.palestinefacts.org/pf_1948to1967_land_1948.php何でだろロー??
なんでだろロー??
そのうえで、「アラブとパレスチナの幽霊戦士たち」
がエルサレムを包囲し、ユダヤ人の食料や武器を積んだトラック軍団をせん滅したので
アリンス♪
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5
aa5jobjbf&sid=1143582&mid=13322実に説得力のある
商店街
の解説ではありませんか(わら
これは メッセージ 13325 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13328.html
パレスチナ情勢 ②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/15 01:47 投稿番号: [13327 / 20008]
これは メッセージ 13326 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13327.html
パレスチナ情勢 ①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/15 01:29 投稿番号: [13326 / 20008]
これは メッセージ 12739 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13326.html
「イギリスが徐々に撤退していくことで可能
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/15 00:33 投稿番号: [13325 / 20008]
Walid Khalidi:
Plan Dalet The Zionist Master Plan for the Conquest of Palestine
Middle East Forum
「イギリスが徐々に撤退していくことで可能となり、
国内へアラブ諸国が侵入してくることで終わることになった戦争」
(「アラブの解放」板垣雄三編 P.150)
ユダヤ側によるエスニック・クレンジングの完遂は、
「イギリスが徐々に撤退していくことで可能」となったのです。
英軍が撤退していく地域には権力の空白が生じます。
その権力の空白を埋めるのは、ユダヤ側とパレスチナ側の軍事力です。
・パレスチナ正規軍 1618人
・アラブ義勇軍 2830人
・ハガナ
12万1110人
3月6日ハガナに総動員令
ユダヤ側には連合軍側で第二次大戦を戦い抜いた
三万人もの歴戦の戦闘員が含まれます。
武器もチェコ・スロヴァキアから入ってきており、
(5月15日以降は戦車や飛行機もチェコ・スロヴァキアから入ってくる)
更には、1948年3月までに日産100挺の自動小銃の生産工場が稼動しており、
4月の第一週までには日産200挺に増産されることになっていました。
月産40万発の9ミリ銃弾も生産されていました。
更にはこれらの工場は、手榴弾15万発、3インチ迫撃砲3万発、
火炎放射器、対戦車砲、大口径臼砲ダヴィドカも生産していました。
(「アラブの解放」板垣雄三編 P.141)
「国内へアラブ諸国が侵入してくることで終わることになった戦争」は、
戦う前から勝負はついていたことは明らかです。
5月15日にアラブ軍が国境を越えた時には、
既にパレスチナ人は1万4823人の死者を出し、
既に数十万人も難民となっていたのです。
英軍が、徐々に撤退していく地域をユダヤ側が実効支配し、
他方、パレスチナ全土には、イギリスの統治権を主張することで、
5月15日までは、周辺アラブ諸国軍は、国境を超えられない
という機能を果たしました。
かくして、ユダヤ側のエスニック・クレンジングは、完遂されたのです。
1948年にイスラエルがエスニック・クレンジングを行ったことは、
現在では歴史的事実、史実です。
エスニック・クレンジングがあったかどうかが争点なのではありません。
エスニック・クレンジングにジェノサイドまでもが
ビルトインされていたのか否かが争点です。
http://www.gameou.com/~rendaico/seito_palesutina_history_kenkokumae.htm「ハガナーは、「ダレット計画」を発動した。
これは大規模な破壊活動で181号決議で定められたユダヤ人地域内の
アラブ社会を破壊し、住人を全て追い払おうという計画であった。
これは、ユダヤ人が迫害者に変わった瞬間となった。
イルグンとレヒのうとましい行為は国際世論の非難を浴びた上に、
ユダヤ−アラブの最後の絆を打ち砕きましたが、
結果として「ダレット計画」を成功に導いた。
「非公式の戦争」の間もユダヤ人国家の独立に向けた動きはやむことはなかった。
イギリス軍の撤退期限が1948.5.14になっており、
ベングリオンはこの日にユダヤ人国家の独立宣言を予定していた。
周辺アラブ諸国は、独立宣言を延期するように繰り返し警告したが、
ユダヤ人達にとって、独立を延期するなど到底考えられないことであった」
国境周辺に待機していたアラブ諸国軍の眼前で、
パレスチナのアラブ同胞にエスニック・クレンジングが
行われているのをただ傍観することしかできませんでした。
5月15日までは国境を超えられないのだからです。
「もしもアラブの侵入がなかったならばハガナの戦力の拡大はとどまるところを
知らなかったであろう。そしてハガナはペースを落とすことなく進撃を続け、
イスラエル西部の自然的境界線にまで到達しえていたであろう。
なぜなら、この段階では国内各地の敵の戦力のほとんどが
もはや麻痺状態にあったからである」
Haifa
http://www.palestineremembered.com/Haifa/Haifa/index.htmlPopulation 1922-1973 Year
Total Muslim Arabs Christian Arabs Jews
1922 24,634 9,377 8,863 6,230
1931 50,483 20,401 13,827 15,923
1938 99,090 51,090* N/A 48,000
1945 138,300 35,940 26,570 75,500
1949 88,893 3,566* N/A 85,327
* The statistic includes Muslim and Christian Arabs
これは メッセージ 13318 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13325.html
ガザ地区と西岸地区に占める難民の割合
投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/05/14 17:36 投稿番号: [13324 / 20008]
これは メッセージ 13308 (physics4dummys さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13324.html
ハイファ
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/14 17:05 投稿番号: [13323 / 20008]
>・4月4日:「ダーレット作戦」発動
>・4月9日:ヤシン村で254人を虐殺
>・4月21日:ハイファ攻撃開始
>・4月23日:ハイファ制圧
>・5月14日:イスラエル建国宣言
>アラブ軍の侵攻により戦争が始まったという『イスラエル建国神話』
>第一次中東戦争はアラブ軍の侵攻により始まったというのなら、それ以前に既に数十万人もエスニック・クレンジング済みだったのは、一体どういう訳だ?
>ハイファなどの巨大都市は、そうもいかないので、正規軍で軍事的に叩き出すのだ。
「出て行くか、死ぬか、どっちでもお好きなように」と。
まず、ハイファという町の位置は↓。
http://www.palestinefacts.org/pf_1948to1967_land_1948.php国連決議181分割案とハイファの位置づけ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:1947PartitionPlan.PNG最初の話題は、シンパの人が編集したらしい怪しげな翻訳?
参照の箇所をクリックしたって無駄。
反応なし。
http://wikipedia.qwika.com/en2ja/Capture_of_Haifa_in_1948//
--
-
余波
20,000 人のアラビア人は6 つのアラビアの国家からの力がイスラエル共和国に侵入し、破壊することを計画していたのでアラビアのリーダーがそれらに区域を残すように助言した後逃げた。 それ以上の20,000 はレバノン及びヨルダンの避難者に似合った。
--
-//
しかし、↑の原文はこれ(↓)。
商店街の仕業か?(わら
Aftermath
http://en.wikipedia.org/wiki/Capture_of_Haifa_in_1948//
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-
After a few days, only about 10,000 of Haifa's Arab residents remained. 20,000 Arabs fled. A further 20,000 became refugees in Lebanon and Jordan.
--
-//
「アラビア人は6 つのアラビアの国家からの力がイスラエル共和国に侵入し、破壊することを計画していたのでアラビアのリーダーがそれらに区域を残すように助言した」は、日本赤軍が信じてそれに加わったし、ご覧のとおり原文を
ねつ造
し、
「彼らの活動が今も続いている」ことに注意!(わら
そして2つ目がこれ(↓)。
The next day, April 23, the Arab leadership met with Stockwell to discuss the organization of the evacuation, despite the efforts of some Jewish civil leaders to block the flight. Most Muslims left the city and moved to Arab villages in the Galilee; however most Christians remained in Haifa, and still live there today.
4月23日、脱出を断念するよう数人のユダヤ人代表者らが説得するもガラリアのアラブへ行ってしまう。
それを商店街は次のように言った。
--
-「出て行くか、死ぬか、どっちでもお好きなように」と。
--
-
そして、そして3つ目は
商店街に「隠ぺいされてしまった」怨念のハイファという町の話。
◇Haifa
http://en.wikipedia.org/wiki/HaifaHaifa is located in the northernmost reach of the coastal plain designated as Jewish territory in the 1947 UN Partition Plan dividing mandatory Palestine, and was not excepted to the violence following that plan and culminating in the 1948 Arab-Israeli War.
On 30 December 1947 members of the Jewish militant group Irgun hurled two bombs into a crowd of Arabs who were waiting for construction jobs outside the gates of the Consolidated Refineries in Haifa, killing 6 and injuring 42, whereupon 2,000 Arab employees rioted and killed 39 Jewish employees in what has become known as the Haifa Oil Refinery massacre.
1947年12月30日、ハイファの精錬所で仕事を探していたアラブ人の人たちに向かって過激派イルグンが2個の手投げ弾を6名に死者と42人の負傷者が出た。それがきっかけで、アラブ人の暴動が起こり、ユダヤ人39人が殺害された。これは精錬所の虐殺として知られる。
事実が嫌いな
商店街♪
これは メッセージ 13295 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13323.html
Re: ダーレット計画
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2007/05/14 13:12 投稿番号: [13322 / 20008]
分離計画されたパレスチナ区の中にユダヤ人の村があり、アラブ人たちはアラブ連盟が「ジハード」を叫ぶ中、この村を孤立させた。
これを打破しようとトラック団を編成するもアラブ義勇兵軍らにせん滅される。
その地は高台に位置していたこともあって、いわゆるアラブ義勇兵による兵糧攻めを食らっており、ユダヤ人壊滅の恐れがあった。
・・・の続き。
しかし、反撃しようにも武器と食料を積んだトラック軍団が、ヒットラーのナチスと協力しパレスチナ追放となったパレスチナ・ムスリムのイスラム教の最高指導者であったハジ・アミン・アル・フセイニ
http://fr.wikipedia.org/wiki/Amin_al-Husseiniの甥率いるアブドゥル・カデルのアラブ救世軍に、ことごとく負けをきっしました。
追い詰められたユダヤ人側は、「ダレット計画」を発動します。しかし、破壊活動するにも武器はなく、エルサレム−テルアビブ間の輸送の連絡線を確保しなければなりませんでした。
1948年4月1日、テルアビブ−エルサレム間の連絡線の奪還を目指す「ナハション作戦」が開始されるも惨敗。
ダレット計画の実行前に頓挫してしまいます。
そんな折のヤシン村事件、4日後のユダヤ人バスが襲撃され75人殺害もあったりして、軍隊ではない過激派レヒの宣伝とその報復を恐れたパレスチナ人たちは逃げ出しました。ヤシンの虐殺事件にベングリオンは驚愕し、慌ててトランスヨルダンのアブドゥッラー国王に謝罪の手紙を送ったが、アブドゥッラー国王が抱いていたシオニズムへの好意は切れた。
http://www.gameou.com/~rendaico/seito_palesutina_history_kenkokumae.htm
これは メッセージ 13321 (ojin_8823 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/13322.html
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