いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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「ロシアの旅」(9) イワノフ

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 21:29 投稿番号: [48960 / 73791]
「ロシアの旅」(9)   イワノフ

「ああ、いい人なんだ、やさしい人なんだ」と、このとき私は思いました。直感です。私の直感は、結構あたるんです。

彼は、何か迷っている風でしたが、その横顔はいままでの制服の彼とはまったく違っていて、これからどう生きて行こうかと思案にくれている大学生のようにも見えました。そう思うと、お兄様のようにも見え、私はちょっぴり大人になった気分、自由になった自分を感じました。

「ロシアは、初めて?」
いきなり彼はそう訊きました。
「ええ、初めて。外国へ来たのが初めてなの...」
彼は意外な表情を浮かべました。
「シロコフへ行くのかい?」
「えっ、シロコフ?」
「うん、君たちがシロコフへ行くってフロントマネジャーから聞いたから...」
彼は、場違いな質問でもしたかのように照れ笑いを浮かべました。フロントマネジャーって、あのおばさんかしらと思いながら、
「シロコフって、観光地ですか?」
私が逆にそう訊くと、彼は驚いたような表情で私を見て、
「あれ、知らなかったの?」
「ええ、爺の予定は知らないんです。爺のお仕事についてきただけですから...」
彼は、いかにも不可解だという表情でまた河面に視線を落としています。
「小さな町さ。ここから車で一日ぐらい。鉱山がある。鉄道も走っているけど、観光地じゃない」
「え〜、そうなの?」
私は、爺がどうしてその町へ行くのか、鉱山のお仕事かしら、と思いましたが、爺が鉱山と関係があるとは知りませんでしたし、これからの予定がどうなっているのかもわかりません。爺とはいっても、私の祖母の古くからの知り合いで、その関係で今回の旅行も好意で私を連れてきているだけと思っておりましたから、詳しいことは訊けないでいました。ただ、爺が「ロシアへ行くからついてきなさい」と言われて、とても有頂天になりましたが、期末試験とか何やらで忙しくて、今回の旅行日程も知りませんし、旅行案内書も、なにも読んでおりませんでした。ただロシアのことは、共産主義が崩壊してペレストロイカとかで、東西の冷戦が終わったことぐらいしか知りませんでした。

「ロシアの観光地って、どこが有名ですか?」
私がそう訊くと、彼はますます驚いたような表情を浮かべ、
「何も知らないで来たの?」
「ええ...」
「う〜ん、たとえばモスクワとかレニングラードとか...。ここも有名なんだよ、近くにバイカル湖がある。バイカル湖へは行くの?」
彼は、不思議そうにそう訊きました。
「バイカル湖は知ってる、学校で習いました。でも、行くかどうかわかりません」
彼は、半ばあきれたような顔をしていました。このときになって、彼の英語がとてもわかりやすく、意外と流暢なのに気付きました。今朝のあのたどたどしい英語とは、まったく違っていたのです。

「どこへ行こうか?」
と彼がおもむろに訊きました。
車まで借りて、きっと私を案内する道順まで立てていたに違いありません。そう思うと、彼のこの困ったような質問におもわず吹き出しそうになりましたが、反面、気の毒にも思えました。彼もそんな私を見て、照れ笑いを浮かべています。
「お昼までに帰ってきなさいと言われているから...」
私がそう言うと、
「えっ、そうなんだ...」
彼は、がっかりしたような表情でした。
「ねっ、歩きましょうよ」
私は、彼の返事も聞かずにベンチから立ち上がると、ホテル沿いの古い街の中へと歩き出しました。

「僕は、イワノフ。君は?」
「私は直子、よろしく」
「大学生?」
「高校、高校一年生」
「えっ..!?」

彼は、私よりずっと年上なのに見かけによらずシャイなのかしら、と思いました。街は人通りもまばらで、静まりかえっております。

<では、失礼いたします。後日へ続きます>

直子

「ロシアの旅」(8)  青い瞳

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 21:24 投稿番号: [48959 / 73791]
「ロシアの旅」(8)   青い瞳

彼は、ロビーで待っておりました。手足が長くてスラリとした身体に、ラフな明るいジーンズの上下を着て、ほほえみながら私に近づいてきます。ブロンドの髪は、今朝の制帽でぺしゃんこになっていた髪ではなく、絹のようにふわりとしていて、無造作に額を覆っています。そして、私を見つめる彼の青い瞳に心が吸い込まれてゆくのを覚えました。
「あっ!」
いつか本で読んだことがある貴公子が突然私の目の前に現れ、抱きしめられる錯覚にとらわれて、思わず全身が硬直しています。でもこれもつかの間、ロビーの人たちの視線が一斉に私たちに向けられている気がして、私は落ち着きを失い、顔を伏せるように足早にホテルの玄関から飛び出しました。後を追いかけてくる彼の足音が分かっていても、かまわずそのまま通りまで出てしまいました。そして大きく深呼吸してみましたが、心の動揺はおさまりません。

「どうしたんだい?」
彼のその声に振り向くと、彼は驚いたようにその場に立ち止まってしまいました。私のくせなのですが、キッとした目で睨んでしまったようです。「あっ、ごめんなさい」と思っても、どうしようもありません。私は、その場でただうつむくばかりでした。
「この動揺は、何?」
剣道の試合とか、日舞の発表会でもこのように緊張した、いえ、このように動揺したことはありません。たとえ緊張とか、動揺していたとしても、大きく深呼吸するだけで消し飛んで行ったのに、今度ばかりは消えません。そばで心配そうに私をのぞき込む彼の視線がわかっていても、「どうしよう...」という気持ちばかりが先に立って、うつむくばかりでした。

「友達から車借りたけど...」
ふいに彼はそう言いました。私は気をとりなおし、
「歩きましょ、河を見たいんです」
と言いながら、彼の視線を避けるかのように通りをわたろうとしたとき、彼は私の腕をつかんで引き戻しました。見ると、まだ遠くからでしたが、一台の車がこちらへ走ってくるところでした。
「危ないよ」
「あっ、ありがと...」
そう言って彼を見上げると、今度は彼の方が照れくさそうな笑みを浮かべています。そんな彼を見て、やっと私の心が落ち着きはじめました。
「河を見たいんです」
私が再びそう言うと、彼は仕方がないと言った顔で左右を見回し、「じゃあ渡ろう」とばかりに私の背に手をあてて促しました。私は、つられて彼と一緒に車が走り去った通りを急ぎ足で渡りました。

とても大きな河でした。対岸はるか遠くに灰色や薄茶、赤煉瓦色が混在する、まるでまぼろしの中世のようにくすんだ古い街並みが連なっております。ひときわ高い塔を抱いた教会のような建物もいくつか見えます。
「ああ、これがイルクーツク、ロシアの町なんだ」
そう思って眺めていると、
「アンガラ河さ」
彼はそう言って、河面に視線を落としています。鼻筋が通ったその横顔は、どことなく憂があって、何か思案しているようでした。

河は水量が豊富で、ゆったりと流れています。やがて私が歩き始めると、彼も黙ってついてきます。途中にベンチがあったので、私が座ると、彼も私の横に座りました。無言でした。河面を流れる心地よい風が私のほほをかすめます。そんなほほに彼の視線を感じました。

「ああ、いい人なんだ。やさしい人なんだ」と、このとき思いました。

<続きます>

直子

お爺様の輝かしい軍歴

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 21:21 投稿番号: [48958 / 73791]
多分、必死であちこち検索しまくり中?(笑)

矛盾のないように一点の隙もなく、かつ輝かしい過去歴を捏造。
難しいだろうなあ。(^^ゞ

もしも出したら2ちゃんにさらして、事実関係を問う。(笑)

結論:出せません(笑)

「ロシアの旅」(7)  ダイニングにて

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 21:16 投稿番号: [48957 / 73791]
投稿者:チー

もうちょっと続けます^^


「ロシアの旅」(7)   ダイニングにて

ホテルのレストランは、ただ広いばかりの食堂のようでした。粗末なテーブルにパイプ椅子、おまけによく拭いておりません。あちこちに食事のシミがこびりついています。食事の時間も決まっていて、その決まった時間以外は、サービスしてくれないとのこと。少し早かったせいか、お客もまばらで、ウエイトレスのおばさん方は、おしゃべりに夢中です。

私たちがテーブルに着いても、誰も注文を取りにきません。メニューもありません。邦夫さんが手をあげて呼びましたが、素知らぬふり。やがておしゃべりが一段落したらしく、小太りのおばさんが気怠そうに身体をゆすりながら私たちのテーブルにきて、自分の腕時計を指さしながらしきりにロシア語で何か言っております。「まだ時間じゃない」と言っているらしく、今度は邦夫さんが自分の腕時計を見せて何やら言い返しております。おばさんは「しかたない」といった表情で一枚の小さな紙片をテーブルの上に無造作に置くと、戻って行ってまたおしゃべりを始めています。

メニューでした。わずかばかりのメニューがロシア語で書いてありましたが、料理の写真も絵もありません。邦夫さんは少し考えこむと、
「何だかよくわからんなぁ。三人だから適当に一つずつたのんでみますか」
注文が決まったので邦夫さんが手をあげてウエイトレスのおばさんを呼びました。でも、こちらをチラッと見ただけでおしゃべりをやめません。やがてしぶしぶやってきて、注文を取って、奥の調理場に入って行きました。他のお客さんたちも待ちくたびれているのか、なれっこになっているのかむっつりしています。日本人客は、どうやら私たちだけのようです。

やがて彼女が面倒くさそうに食事を持ってきて、無造作にテーブルに置きました。でもお水がありません。お水も注文しないと出してくれないようです。
「ここの従業員の人たちって、みんなこうなのかしら...」
思わずそう疑ってしまいました。はずむ心とは裏腹にいやな雰囲気で、出された朝食も粗末なものでした。ボルシチとか、日本で食べたロシア料理を本場で食べてみたいと楽しみにしていたのに、みごとにがっかりしてしまいました。「ロシアでは、食べ物が不足しているのかしら...」、そんなことまで考えながら食べましたが、おいしくありません。

「無駄足かも知れませんね...」
ふいに邦夫さんがそう言うと、
「何か分かるじゃろ。どういう暮らしをしていたか、分かるじゃろ...」
爺は、食事の手を休めて少し考え込んでいるようでした。
「ところで、チョクは若い警官にデートに誘われておるそうじゃ」
爺は、冷やかすような眼差しを私に向けてから、邦夫さんに何かしら目配せしていました。
「えっ、もうですか?」
「いいおなごだから、さっそく目をつけられたようじゃ。あっはっはっはっ」
爺のこの言葉に、私は耳たぶまで熱くなるのをおぼえました。

私の名前は「直子」と書いて「なおこ」と読みますが、爺は私を「チョク」とか、「チョクシー」と呼ぶのがくせでした。「キョンシー」をもじっているのかなと思って、ほっておいています。

「正攻法で来た」
爺は、食事の途中でまた邦夫さんと話し始めました。
「別に隠すことでもない。立場ってもんがあるんじゃろ...」
邦夫さんは食事しながら黙って聞いておりました。私もお仕事の話しだと思って黙って聞いておりました。
私が食べ終わると、
「下で待っておるんじゃろ?」
「えっ?」
ふいにそう言われて爺を見ますと、爺はお財布からお札を一枚出して私に渡してくれるところでした。
「早く行ってあげなさい。お昼には戻ってきなさい」
邦夫さんは笑みを浮かべていましたが、どことなく心配そうです。私はそのお札を小さく八ツ折にたたむと、小銭入れにしまい込みました。
「大丈夫、行ってきます」
と言って席を立ちました。爺は、にが笑いしています。

彼は、ロビーで待っていました。上下とも明るいジーンズに着替えていて、まるで別人のようです。

<後日へ続きます>

直子

Re: 直子KGYのどこにある?

投稿者: ftdrjbhi 投稿日時: 2009/02/08 21:11 投稿番号: [48956 / 73791]
お爺様の輝かしい軍歴は是非知りたいものですね。
体験も豊富のようでしたし、以前の内容では学徒ではなかったと思いましたが、召集ですか?志願ですか?職業軍人でしたか?最終は将校との事ですが
佐官級でしょうか?   まさか幼年学校出ではないでしょうね?
勲章はどの種類をいくつお持ちですか?
皆さんが知りたいようですよ。


>2007年から出没しているKGYのどこにある?
爺の軍歴を一覧表にして出しなさい。

Re: すっご〜い^^

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 21:08 投稿番号: [48955 / 73791]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a4a4a4ha4a4a4h4z9qbeclga4xa5aba5 a6a5sa5ha5c0a5a6a5sa1aa&sid=1143582&mid=48716

bomb、 bombing..

投稿者:拓

bombのカタカナ表記は、「ボム」の方が近いですね。
____________________________________

なに、この言い方(笑)
誰がボンブって言ったか忘れてる?

高卒以下の、ボンブの拓さん。どこの大学院だって?

私の知り合いの京都の旧帝出身の人は、そこの大学院卒業後アメリカの大学の研究員をしていた。
大学でた時点で、英語は話せるもんなんじゃないの?
大学でた人がボンブって言わないと思うんだよね。(笑)

また投稿規制だわ。
アカヒのドラマで「警官の血」と言うのやるので、みます。
警察と言うのも道警の裏金作りとか、神奈川県警のデタラメとか色々あったし、長野県警のサリン事件の犯人捏造とか、あまり信用は出来ない。

「ロシアの旅」(4) 赤と黒の夜<ヌケ部分

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 21:01 投稿番号: [48954 / 73791]
投稿者:チー

「ロシアの旅」(4)   赤と黒の夜

一階の奥の片隅にある小さなバーでした。五つばかりのテーブル席と五、六人でいっぱいになりそうなカウンター席があり、ほとんどの男女はカウンター席に集まっていて、小太りの中年のバーテンとしきりに何か話しているところでした。他には、入口側のテーブルに男が二人、奥のテーブルに一人。奥の男はかなり酔っているようでした。

邦夫さんと私は、真ん中のテーブルに座りました。黒っぽい粗末な木のテーブルに真赤なビニールレザーのソファ。テーブルには、小さな赤いスタンドが一つぼつんと置いてありました。

「まるで場末のバーだね...」
邦夫さんはまわりを見回しながらそうつぶやきました。
私はカウンターを背にして座りましたが、周囲の視線が気味悪くて、それでも半分うつむいたままあたりの様子を見ようと、入口の方に目をやりましたら、テーブル席の男二人と目が合って、あわてて視線をテーブルのスタンドに戻してしまいました。
邦夫さんは、私の頭越しにカウンターの方を見ていましたが、誰も注文を取りにきません。来る様子もありません。それでしかたなく邦夫さんは席を立ってカウンターへ行き、片言のロシア語で何か訊いておりました。

「直ちゃん、ソーセージぐらいしかないそうだけど、それでいいかい?」
「何でもいいです...」
私はそう言いながら振り向くと、今度はブロンドの若い女性と目が合ってしまいました。真赤な口紅に濃いブルーのアイシャドゥを大げさに塗り、赤黒いレザーの、それも下着が見えそうなくらい超ミニのスカートをはいておりました。でも、ロウ人形のように無表情です。女性は、邦夫さんと二言三言話した後、カウンターの奥へ入っていきました。

「ああ、こういう女性を娼婦というのかしら...」
そんなことを思いながら、ますます落ち着かない気分になってテーブルのスタンドに視線を落としておりましたが、入口の男たちの私の横顔を射るような視線が気になってしかたありません。
「ごめん、直ちゃん、ここしかないから仕方ないね」
邦夫さんは席に戻るなりそう言って、しきりににが笑を浮かべています。

まもなく例の女性がやってきて、小さなソーセージ二本とわずかばかりのサラダを載せたお皿二枚、それに大きなグラスに入ったビールを一つ無造作に私たちのテーブルに置きました。私は、バツが悪くて目を上げることができません。その女性のスラリと伸びた両脚だけが目に入りました。でも、とても趣味の悪い網タイツを履いていて、靴も悪趣味です。

私は早くここから逃げ出したくて、味も何もわからないままお皿の上のソーセージをまたたくまに食べてしまいました。すると、
「これも食べなさい」
邦夫さんは笑いながら自分のソーセージを私のお皿に載せます。
「えっ、もういいんです」
「お腹がすいているのは、直ちゃんだろ?」
「でも...」
「いいから、いいから、私はこれがあれば十分...」
邦夫さんは、そう言いながらビールを飲み干し、またビールを注文しています。そしてビールが来る間、深々とソファに身をしずめながら物珍しそうに店の中を見回しています。私には、先程から何か言いたそうに奥の席からうつろな視線を私たちに投げている酔っぱらいの男のことも気がかりでなりません。

例の女性がビールとジュースを持ってきて、また無造作に私たちのテーブルに置きましたが、今度は酔っぱらいの方へ行って何やらどなり始めています。その剣幕に私が思わず酔った男の方を見ていますと、
「お金がないなら、さっさと帰りなさいと言ってるんだよ」
邦夫さんは、笑いながら私にそう説明しました。

私がソーセージとサラダを食べ終わるのを見届けるかのように、邦夫さんはグラスに残っているビールを一気に飲み干しました。
「さあ、出よう」
私は救われたような気持ちになって、逃げるようにしてバーから出ました。そして邦夫さんが出てくるの待つでもなく、エレベータのあるロビーへと向かいました。途中のロビーのソファには、警察官のような制服姿の男たちが四、五人座っていて、一斉に私を見ています。腰には拳銃をつけています。私はなにか悪いことでもしているかのような気持ちで、そのままエレベータへと急ぎました。

「だめだよ、単独行動は...」
やっと邦夫さんが追いついてきました。
「あっ、ごめんなさい...」
「あははは、びっくりしたろう、あんな所で...」
邦夫さんは、私を慰めるようにそう言いましたが、私は「大変なところに来ちゃった」と思いました。

<後日へ続きます>

直子

韓国人のブランドイメージ

投稿者: yashinoko 投稿日時: 2009/02/08 20:53 投稿番号: [48953 / 73791]
劣等

乞食

売春婦

禁治産者

不法滞在

密入国者

等々沢山あるね

浮かび上がる拉致の「点と線」

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 20:51 投稿番号: [48952 / 73791]
投稿者:チー

【疑惑の濁流】“謎のルート”で工作船の待つ日本海側へ?   浮かび上がる拉致の「点と線」 (1/4ページ)
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090208/kor0902081300000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090208/kor0902081300000-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090208/kor0902081300000-n3.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090208/kor0902081300000-n4.htm


知事の会、拉致問題で朝鮮中央通信に反論
2009.2.5 15:38
  北朝鮮に拉致被害者の再調査を要求する書簡を送付していた「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」(会長・石原慎太郎都知事)は5日、北朝鮮の朝鮮中央通信が書簡送付について「実に失礼で不遜な妄動」と非難したことに反論するコメントを発表した。   コメントは石原知事の名前で発表され、「誠に遺憾。壊された家族の絆(きずな)が1日も早く元に戻ることを願うのは人間として当然のこと」と主張。さらに「朝鮮中央通信社の諸君が、ジャーナリストとして、人間としての心を持っているならば、我々『知事の会』を批判する前に、北朝鮮当局に対して、拉致問題について誠意ある対応をとるよう求めることが先ではないか」と反論している。

  知事の会は1月13日、金正日総書記に拉致被害者の再調査を求める書簡を国際郵便で送付。これを受けて、北朝鮮の国営通信社の朝鮮中央通信が1月23日、書簡を非難する報道を行った。
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090205/kor0902051540003-n1.htm

直子のデビュー投稿

投稿者: jrszvfahwb 投稿日時: 2009/02/08 20:47 投稿番号: [48951 / 73791]
この頃より   韓流宣伝体なんですね。


>Re: 時代考証 2006/10/29 23:17 [ No.5405 / 48950 ]

投稿者 :
k_g_y_7_234



私は、ドラマ「チャングムの誓い」をインターネット配信版(日本語字幕スーパー付き。NHKのカットなし)で見ました。そして、とても気に入っちゃいました。歴史的な記述は、「大長今」という女医さんがいて、当時の王であった中宗からたびたび恩賞をもらった、ということだけで、後は全部作者の創作だということです。韓国では、神話の世界は別として、いわゆる日本でいう時代劇というものがほとんど制作されなかったと私の韓国人の友人、ヒョギョンがいっておりました。

それは、一般の人々には韓国の真の歴史を顧みる機会が長いことなかったということにも原因があります、と思います。確かにチャングムでは、時代考証にも、スケールにも、セットにも、自然な流れにも、かなりの矛盾と無理があるように見受けられましたが、これは放送スケジュールとの戦い、緊縮予算との戦い、時代考証を行える学者の不在であったように思います。このようなドラマを機会に、韓国でもより真実に近い時代考証が行われ、過去の歴史を再発見していただく雰囲気が醸成されれば、と思っております。日本統治時代のことも、単なる民族的な感情と偏見ではなく、より真実に近い考証がなされることを期待いたしております。

では、ごめんくださいまし。

直子

Re: すっご〜い^^

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 20:39 投稿番号: [48950 / 73791]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a4a4a4ha4a4a4h4z9qbeclga4xa5aba5 a6a5sa5ha5c0a5a6a5sa1aa&sid=1143582&mid=48702

>日本はその気になれば、ダーティボンブを大量に作れます。

ひょっとして"dirty bomb"って書きたかったんだろうか?
普通、ボムって言わないか?

大学生だっけ?w

これは メッセージ 48600 k_g_y_007_naoko さんに対する返信です

話題沸騰 “白イチゴ”の秘密を守れ!

投稿者: midnight_express001 投稿日時: 2009/02/08 20:37 投稿番号: [48949 / 73791]
最近、ブログやマスコミで取り上げられ、まさに話題沸騰中の“白いイチゴ”。
なぜ急にこんなイチゴが出てきたのだろう。熟していないだけじゃないのか?
そんな疑問を解決すべく、この品種の開発元に直撃取材を試みた。
話を伺ったのは、山梨県小淵沢町にある三好アグリテック株式会社。
ここの広報を務める堀谷さんだ。
そもそも、この白いイチゴってナニモノなんですか?
「この品種は『初恋の香り』というので、イチゴの様々な『親』を
掛け合わせて、大きいもの、味がいいもの、色が違うもの…など
新しい品種を作る“育種”を行って、その過程で白い品種ができたんです。
この初恋の香りは、見ためは熟していないようで食べてみると甘みが強く、
あまりのインパクトに商品化しようという動きになりました」
なるほど。でもココにきて大ブレイクしていますが、いったいいつ誕生
したんでしょう?
商品化まで長〜い年月を経て、ようやく一定の品質を確保したものの、
最初は生産を依頼した農家に「イチゴは赤いから売れるんだ。
こんな白いものは売れないよ」と断られたこともあったという。
そういう苦労をひとつひとつクリアして、いよいよ昨年12月に販売を
開始したわけだ。
でも、なぜここまで人気になったんでしょう?
「見た目が白いので“酸っぱい”という先入観があるのだと思います。
実際はジューシーで、糖度も12度程度あって甘いのですが、“酸っぱい
かも”と思って食べるのでそれ以上に甘く感じちゃうんですね。
また品種名にもあるように、イチゴ独特の香りが強いので驚かれている
ようです」。
現在では東京の百貨店でも「店頭に並ぶとすぐに売れてしまう」とかなり
大好評。紅白で詰められている商品は贈答用としても大人気なのだ。
現在は苗の量が十分でなく、限られた契約農家のみが作っている状態で、
流通量の少なさから1粒500円するものも。まさに大フィーバー状態なのだ。
「この初恋の香りについては、ブライダルや、お菓子などに幅広く展開して
行きたいと考えております。そして今後もイチゴの新品種の開発を行うことに
よって、生産者や消費者のみなさんに喜んで頂けるよう、がんばります!」
ということは、今後もイチゴ業界にびっくりイチゴが出てくることもあるのかも。
新しい“イチゴ感”を確立しつつあるこの白イチゴに注目なのだ。
【東京ウォーカー/末次 剛】
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090207-00000005-tkwalk-ent

>一刻も早く特許・商標登録等の保護策を講じて、赤いイチゴの二の舞に
ならないようにしないといけませんね。
鵜の目鷹の目で狙っている奴が居ますからね。
人事ながら心配です。一度食してみたいものです。<

泳いで大西洋を横断 米の56歳女性

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 20:33 投稿番号: [48948 / 73791]
投稿者:チー


女性で初、泳いで大西洋を横断   米の56歳
http://sankei.jp.msn.com/world/america/090208/amr0902081522003-n1.htm

すっご〜い^^

Re: 「ロシアの旅」(6) 朝のロビー

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 20:19 投稿番号: [48947 / 73791]
>ではこれで終わります。チー^^

トピ汚しか、投稿流しかしらんけど、もういらんわ。^^
日記とか紀行文とかの発表の場ではないと思うんだが。

どうよ。

「ロシアの旅」(6) 朝のロビー

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 20:15 投稿番号: [48946 / 73791]
「ロシアの旅」(6) 朝のロビー

窓から朝靄で霞む対岸の街並みを見て、昨夜の不安が一転して、「早く街へ出たい」との衝動にかられました。それで、シャワーと洗面をそそくさにすませると、下のロビーへと急ぎました。

「グッドモーニング、ミス...」という声が後ろでしたので、振り向くとあの険しい顔で私たちのパスポートをチェックしていたおばさんです。今度は一転して結構センスのある、すっきりした服装でした。昨夜、銀髪に見えた髪は薄いブロンドで、きちんと結い上げてあり、うってかわってさわやかな顔をしています。
「朝食は、上のレストランで一時間後ですよ、遅れないでね」
と言って、私に軽く微笑むと、昨夜の部屋へと入って行きました。

ホテルの玄関を出て、外のすがすがしい空気を胸いっぱい吸っていましたら、腰に拳銃を付けた制服の男が2人、私のところに来て何やらロシア語で話しかけてきました。昨夜ロビーで見た警察官だと思い、「ロシア語はわかりません」と英語で答えたら、ひとりが帽子をとって、今度はたどたどしい英語で「グッドモーニング、レディ」といいました。シャイな顔です。

よく見たら、何と彼は昨夜のバーで私に鋭い視線を投げかけていた人でした。「どこへ行くのか?」と訊くので、「街を見に行きたい」と言いますと、「もうすぐしたら交代だから案内する」と言います。私はあっけにとられました。警察官がどうして?   私のような高校生に?   日本では考えられないこと。その上、はやく街へ出たい衝動にかられても、私には爺の予定がまったくわかりません。そう伝えても、その警察官はロビーで待っているからの一点ばりでした。すごく失礼で強引だと思いましたが、悪い気はしませんでした。

「私の英語が通じないのかしら?」とも思いました。でも、私は小学校5年のときから東南アジアから転校してきた子と親友になり、中学・高校も一緒で、その子から英語を習い、アメリカ人の英語の先生からもほめられていましたから、通じないことは彼に問題があると考えました。昨夜は、緊張していてよくわかりませんでしたけど、こう見ると、ブロンドの髪にブルーの瞳、とてもハンサムで、背が高く、がっしりとした二十歳ぐらいのお兄さんのような人です。

どうしようと思って部屋に戻ると、爺は洗面の最中でした。このことを爺に話しましたら、少し考えてから、「そうか、私は用事があるから、朝食をすませたら出かけてきなさい。昼には戻りなさい」と、あっさり許可してくれます。日頃から、私の男友達には口うるさい爺のこの言葉はまったく意外でした。

さっそく下のロビーへ戻りますと、彼はあのおばさんと何やら話している最中です。「あっ、あのおばさんと知り合いなんだ...」、でもよく考えると、同じホテルで勤務しているのなら当然かなとも思いました。おばさんが最初に私に気づいて彼をうながすと、彼は私の方に振り向いて笑みを浮かべ、「許可をもらったから、君を案内したいから、いいかい?」と聞きました。「朝食が終わったら...」と言うと、「じゃあ、ここで待っているから」と言いました。おばさんも彼の背後から笑顔でウインクを送ってきました。

一気に心がはずむのを覚えました。

<後日に続きます>

直子


ではこれで終わります。チー^^

Re: 中央アジアの .普通なら 孫娘が旅行体

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 20:03 投稿番号: [48945 / 73791]
>このトピにはめったに投稿しませんけど、投稿者名「高木」が私の父です。

他人の血族関係なんかあんまり興味無いんだけど。(笑)

それにしてもボンブの拓さんのあと、投稿するといって何を書くかと思えば歌のリンクの貼り付けだったよな。
何の意味があるの?
_____________________________________

洋楽で懐かしいのを二、三^^

2009/ 2/ 6 2:15 [ No.48739 / 48942 ]

投稿者 : k_g_y_007_naoko 投稿者:高木

久しぶりに投稿する^^

The Dave Brubeck Quartet - Take Five (1961)
http://www.youtube.com/watch?gl=FR&hl=fr&v=BwNrmYRiX_o

以下略
_____________________________________

久しぶりの投稿が歌のリンクの貼り付け。
わけわからん・・・
ボンブの拓さんを隠すため?(笑)
それとも「みんなの歌のお兄さん」が職業?

投稿規制を食らってるんで、他の投稿を見てまた呆れてしまった。
「孫娘の旅行記」と言われたとたんに反応するのね。(大爆笑)

邦夫さんが初恋の人なんですかい?(笑)
鳩山さんちも確か弟が邦ちゃまだったよな。
何を隠したいんだかわからん。

拉致?
ボンブの大学院?

Re: 直子KGYのどこにある?

投稿者: dmhivhgtcx 投稿日時: 2009/02/08 20:00 投稿番号: [48944 / 73791]
2007年から出没しているKGYのどこにある?
爺の軍歴を一覧表にして出しなさい。

「ロシアの旅」(5) 朝靄の街

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 19:51 投稿番号: [48943 / 73791]
「ロシアの旅」(5) 朝靄の街

バーを後にしてから、ゴーンゴーンと音がするエレベーターの中で、もし高校生の私が日本であのようなお店に入ったら即退学かな、と思って思わず冷や汗が出ました。私には初めての経験でした。横に立っている邦夫さんを見ました。でも、ビールを二杯も飲んだ邦夫さんは、気分よさそうにただ前を見ています。やがてそんな私に気付いたらしく、私をチラッと見ると、
「ん、どうした?」
私は、おもわず視線を邦夫さんからふせ、下を向いてしまいました。そして「男の人は、どうしてああいうお店に行くのかしら、平気なのかしら...」と考えると、何とも言えない、嫉妬心にも似た気持ちが全身からわき上がるのを覚えました。邦夫さんの結婚式のときもそうでした。邦夫さんは、私の初恋の人でした。だから...。

このとき、邦夫さんが私の叔父さんにあたる人だとは夢にも思いませんでした。私には、やさしく素敵な剣道の大先輩、爺の息子さん、たとえ結婚していても、10何歳年上でも、それでも私の星の王子様でした。ロシア語が話せることも知りませんでした。

部屋に帰ると、爺はお風呂に入っておりました。ホテルの部屋の窓に額をくっつけるようにして外を見ても、暗い人気のない通りと、黒く流れる河に写るまばらな明かりしか見えません。パジャマに着替えてベッドに入ってもなかなか眠れません。空調機の音がカタカタ音をたて、コツコツという時計の音ばかりが耳に響きます。そのうち爺のいびきまで聞こえてきて、「これからどうなるのかしら?」という不安が襲ってきました。

でも、いつのまにか眠ってしまいました。ひどい胸苦しさで目がさめると、窓の大きなカーテン越しに薄明かりが差し込んでおります。朝でした。一瞬、ここが何処なのかとまどいましたが、「ああ、ロシアなんだ、イルクーツクに来てるんだ」と思い直し、ベッドから飛び起きると、カーテンの向こう、窓ガラス越しのイルクーツクを眺めました。うっすらと朝靄が立ちこめている大きな河の対岸から遠くの小高い丘にかけて、まるでへばりつくようにして、映画でも見ているような町、中世のような町がびっしりと連なっております。

爺は、まだ眠ております。早く外に出たい、そんな気持ちでシャワーを浴びようと浴室に入りました。浴槽もシャワーもまるで巨人が使うような大きさです。戸惑いましたが、髪も洗って、裸にバスタオルを巻いてヘアドライヤーをスーツケースから出しているとき、爺が目を覚ましました。「あっ!」と思って身を隠そうとしましたが、爺はそんな私を見て
「何だもう起きたのか?」
そう言って枕元のスタンドの時計を見るなり、何事もなかったかのようにまた寝てしまいました。

私は急いでバスルームに戻り、ヘアドライヤーのプラグをコンセントに差し込もうとしましたが、入りません。プラグが合わないのです。「バカやっちゃった」と思いました。しかたなく濡れた髪を後に束ね、ジーンズを履いて、寝ている爺に「下へ行ってくる」と言って部屋を飛び出しました。

<後日へ続きます>

直子

「ロシアの旅」 - 3

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 19:45 投稿番号: [48942 / 73791]
「ロシアの旅」(3)   不安

空港の外は、照明がまばらで薄暗く、すでにタクシ−もありません。他の乗客たちの荷物を懐中電灯で照らして振り分けた後でしたから、空港から出たのは私たちが一番最後でした。私たちより先に出た人たちは、姿もかたちもみえません。「あ、みんな消えちゃった」と思いました。

「一体、どこ消えちゃったのかしら?」
そう思いながらあたりを見回すと、隅にライトを消したバスが一台止まっています。爺がそのバスへ行って運転手と何やら話しておりましたが、まもなく私たちを手招きしました。ローラ付きの重い荷物を引きずってバスのところまで行くと、「このバスだ。さあ乗りなさい」と、爺は私が肩に掛けていた軽いバッグだけ取ってバスの中へさっさと入ってしまいます。結局、重いスーツケース3個とバックパック2個は、邦夫さんと私とでバスの中へ押し込みました。

この時になって運転手さんがエンジンをかけたので、暗かった車内に照明が点き、明るくなりました。明るいといっても、薄暗いあかりです。それでホッとしたのもつかの間、運転手さんと目があって、私はおもわず声をあげそうになりました。まるで強盗か山賊のような顔立ちなのです。

古いボンネットバスはところどころ錆びていて、エンジンの振動でガタガタ震えています。プラスチックの座席もところどころほころびています。乗客は私たち3人だけ。一気に気持ちが暗くなりました。走り出しても行き交う車はほとんどありません。町は今まで見たことがない異国の風景でしたが、日本の夜の町のきらびやかさとは違って、暗くて寂しげです。

「この町、人が住んでいるのかしら...」
そう思いながら、不安な気持ちで窓の外をただ見つめるばかりでした。やがて闇の中に大きな黒い筋が見えてきました。河でした。大きな河でした。バスは、河沿いにしばらく走ると、薄暗い建物に入りました。玄関に古びたネオンサインが点いています。私たちが泊まるホテルでした。お世辞にも豪華といえるホテルではありません。

ロビーにも人は数人しかおりません。爺が、カウンターの男性と何かしら話しておりましたが、その男性はすぐに奥へ入って行って、代わりに中年のおばさんのような女性が出てきました。銀髪が少し乱れていて、疲れたような表情です。その女性は、私たちを奥へ呼びました。さきほどの疲れたような顔が一転して険しい表情に変わり、私たちのパスポートやら何やらを念入りにチェックしています。空港ではパスポートも見せることなく素通りでしたから、これは意外でした。

女性は爺と話しながらどこかへ電話をかけておりましたが、やがて納得したらしく、今度は穏やかな表情を浮かべて、ボーイを呼ぶと部屋に案内されました。立派な部屋とは言えません。照明の暗いがらんとした部屋に、これも立派とは言えないベットが左右に1つずつありました。3人なのにベットが2つなのでどうしようと思っていると、私の部屋は隣りということでした。同じような部屋でした。でもなんとなく薄気味悪く、だから私は爺と同じ部屋にすることにし、邦夫さんが隣の部屋ということになりました。

ひととおり荷物をほどいてから、お腹がすいたと言いましたら、爺がすぐにボーイを呼びましたが、レストランは閉まっていて、バーしか開いていないということ。爺はやることがあると言って、結局、私は邦夫さんと二人で下のバーへ行きました。真赤な薄暗い照明のバーには10人ほどの人たちがいて、ほとんどが若者たちです。赤い超ミニのけばけばしい女性たちも何人か混じっています。すっかり酔っている人もいます。薄暗い照明の中で、全員の視線が私に集まるのを感じました。

<お出かけします。続きは後日>

直子

Re: 李朝宮廷料理^^

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 19:45 投稿番号: [48941 / 73791]
以下は明治9年に京城の派遣された宮本小一外務大丞の紀行文からです。
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html


現地朝鮮人の様子が、子供の頃に見た映画「キョンシーズ」に見えます。(笑)

「ロシアの旅」 - 2

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 19:41 投稿番号: [48940 / 73791]
「ロシアの旅」(2)   出発

新潟空港は町はずれにあり、駅からバスで行きましたが、まったくの田舎空港でした。成田空港へは爺の見送りなどで何回か行きましたから、その違いに少しがっかりしました。イリューシュンでしょうか、ジャンボ機よりはるかに小さなジェット機が1機、滑走路の近くに止まっておりましたが、出発時間になっても搭乗手続きがはじまりません。少し遅れるとのアナウンスがありましたが、結局3時間遅れで搭乗手続きがはじまりました。搭乗は、これよりさらに1時間近くも遅れて開始され、イリューシュンまで歩いて搭乗しました。4、50人ばかりの乗客のほとんどは、年配の日本人でツアー客のようです。ものすごい轟音とともに急激に機首をあげて離陸しましたが、一瞬「怖い、大丈夫かしら」という不安で心臓がはれつしそうになりました。

ロシアのどこへ行くのか、何のために行くのか、爺が詳しいことを教えてくれませんでしたから、私はてっきり爺の所用ついでに同行させてもらっているものとばかり思っておりました。このとき、これが1ヵ月以上もの旅になるとは夢にも思わなかったのです。

私たちのロシアの旅は、イルクーツクから始まりました。深夜に空港に着き、タラップを降りてから、ほとんど明かりのないコンクリートの上を歩き、薄暗い空港建物に入りました。そのまま人の流れの後を付いて行きましたら、建物の反対側、すなわち外に出てしまったのです。あわてて荷物ということで、また建物にもどりましたが、どこで荷物を受け取るのかわかりません。

やがて、空港の人が来て、滑走路のある方へと案内してくれました。空港建物の外の壁際に荷物を山のように積んでありましたが、暗くてよくわかりません。邦夫さんがポシェットから小さな懐中電灯を取り出して、ひとつひとつ確認しながら、他のお客さんの荷物も探して、結局、私たちは一番最後に空港を出るはめになりました。厳重な入国検査を受けるのではないかと内心ひやひやしておりましたが、検査らしい検査はまったくありませんでした。

薄暗い外には、古い中型のボンネットバスが1台止まっておりました。爺が運転手にロシア語で訊くと、私たちを待っていたとのことでした。他に乗客はおりません。私はどこに連れて行かれるのかと不安でしたが、バスはやがて大きな河畔のホテルへ入りました。町は明かりも少なく、暗闇の中で死んだように静まりかえっておりました。

<後日に続きます>

直子

Re: ミシュラン、韓国料理に興味なし

投稿者: furumeta01505purak 投稿日時: 2009/02/08 19:39 投稿番号: [48939 / 73791]
>!?ぱっと見て朝鮮半島はなかなか目に入らないでしょう。

これで韓国人は火病を起こす!「10大経済大国ニダ!」「イルボンに文化伝えたニダ!」「サムスン、LG、ひゅうんだいは世界一ニダ!」「IT大国ニダ!」「ファビョーン!」

直子お姉さんの「ロシア」の旅

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 19:34 投稿番号: [48938 / 73791]
投稿者:チー

さわりの部分を少し載せてみます^^


「ロシアの旅」(序)

私が高校1年の時、ソ連が崩壊してその翌年でしたでしょうか、爺とその息子さんの邦夫さんと私とで新潟空港から旅立ちました。邦夫さんには、奥様と2人のお子さんがいらっしゃいます。

この旅は、後で知ったのですが、私の父を捜す旅であったとのことです。私が爺の実の孫娘であることも後で知りました。夏休みに入る前、爺から呼び出され、「また怒られるのかしら...」と不安な気持ちで爺に会いに行くと、いきなり一言「ロシアへ行くからついて来なさい」と言われました。爺は、私が小学校4年の頃からの剣道の師匠です。私は、父の顔も、誰なのかも知りません。私がまだ赤ちゃんの時に亡くなったとだけ聞いておりました。そして母は、もう一年以上も入院しておりました。

初めての外国、それもロシアへ。私が抱いていたロシアとは、まったく違っていて、すべてが田舎という感じでした。一足違いで父とはすれ違い、父の両親を訪ねて中央アジアへも行きました。でも、ご両親ともすでにお亡くなりになっておりました。

ここにはホテルがありませんでしたから、車で走って、夜になって故障して、しかたなく通訳の女性の知り合いだとかいう小川のそばの小屋のような家に泊めてもらいました。知的なご主人が出て、パンと羊の肉でもてなしてくださいました。訊くと大学の教授でした。生活がお給料だけでは十分ではなく、副業として休暇に知人の密蜂を飼っているとのこと。

高山の花々からハチが採取した密は、それはそれはおいしい蜜でした。翌朝、小屋の周囲を見まわしますと、目前に万年雪を抱いた山々が立ちふさがり、背の低い灌木の山肌をぬって雪解け水が急流となって流れ下っていて、周辺の岩や石ころだらけの荒れ地には可憐な花々が力いっぱい咲き誇っておりました。一面の空気には、花の香りが漂い、この別世界に私は我を忘れてしばらくたたずんでしまいました。このとき、一週間の旅が一ヵ月の旅になろうとは思いもしなかったのです。

すみません、続きはまたの機会に。どこまで書けるかわかりませんけど...

では、ごめんくださいまし。

直子

Re: 中央アジアの .普通なら 孫娘が旅行体

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 19:27 投稿番号: [48937 / 73791]
投稿者:チー

kgy爺の孫娘さんは、直子お姉さんで〜す^^

私は、爺との血のつながりがありません。このトピにはめったに投稿しませんけど、投稿者名「高木」が私の父です。拓は私の兄です。大ちゃんは私の義理の弟で〜す^^

直子姉さんは、高校一年生の夏休みに40日ばかりロシア・中央アジアを大旅行しています。爺と爺の長男の邦夫さんとね^^

参考:直子姉さんのエッセイ「ロシアの旅」から^^

祖母の家は、古くて大きな家。日舞の稽古場もあって、小学校にはいると毎日のようにお稽古させられました。大勢のお姉さん方の中でも、母の踊りはとてもきれいで、いつも見とれておりました。美しい着物に見とれていたのか、母の表情や仕草にみとれていたのか...。いえ、そのすべてにみとれていたように思います。そんなとき、祖母のお知り合いだとかいう祖母と同じぐらいのお年寄りの男性がちょくちょく稽古場にきていらっしゃって、母の踊る姿をじっと見つめておりました。

私が小学校4年の時、母にとってもしかられて家出したことがあります。冬の寒い日でした。何でしかられたのか、もう記憶がはっきりしませんが、とてもさみしく感じて、ひとりぽっちになったような気がして、家を飛び出したのです。そうそう、たぶん踊りのお稽古でいやんなっちゃって、祖母に反抗したことが原因だったようです。お金もなく、あてもなく、ただもくもくと歩いて、お腹が空いて、そして夜になって、気が付いたら家の前におりました。

それからまもなく、そのお年寄りの男性がきて、私をある道場へ連れていきました。剣道場でした。二十人ばかりの小学生や中学生の男の子、女の子が稽古しておりました。それからというものは、学校が終わるとその道場へ行き、素振りから始めて、厳しいお稽古の連続。家に帰ると、今度は踊りのお稽古でした。

6年生の時、初めて試合に出ました。とても緊張してしまい、何もわからないうちに負けてしまいました。私ひとり道場に呼び出されると、師範代のこわい先生が待っておりました。いきなり私を羽目板に押し飛ばしたり、足払いで道場の床にひっくりかえしたり、上からのしかかって押しつぶしたり、竹刀を落とすと、道場の外、それもどしゃぶりの雨の中に放り投げて、さあとってこいと言ったり、それはそれはものすごくしごかれました。

道場主であり、なになに流師範のそのお年寄りの男性は、そんな私にはただ無表情でした。その方には奥様と邦夫さんという剣道の強い青年がおりました。邦夫さんは、私にはとってもやさしく、すてきな人に見えました。私の初恋の人です。だから、どんなに厳しい稽古にもついてこれたのだと思っております。私って、小学生のときからおませだったんですわね、きっと...。

高校に入ってはじめての夏休みを迎えようとしていたとき、稽古の途中で爺に呼び出されました。「きっと夏休みの剣友会の稽古か、近くの中学校剣道部の稽古日程の打ち合わせかな?」と思いながら爺の部屋に入ると、他に誰もおりません。先輩や指導者の方々もおりません。私一人だけ呼ばれたようでした。「あっ、また怒られるぅ...」と思って思わず首をすくめていると、「ロシアへ行くから、ついてきなさい」と一言。何が何だか分からないでいると、今度は邦夫さんがきて写真だとか何だとか言って、パスポートとビザの手配をするということでした。

このとき、爺は私の祖母の古くからのお知り合いで、そのご縁でこの道場で稽古させてもらっていると思っておりましたから、他人の私を連れて行ってくれるなんてとても信じられませんでした。それでも、稽古が終わって、母が入院している病院へ行く道すがら、「ああ、生まれて初めて外国へ行ける...」との思いがこみ上げ、自然と心が躍り始めたのを覚えております。

「よかったわね」、母は、力のない顔に笑みを浮かべて、そう言ってくれました。私たちは、新幹線に乗りました。成田ではなく、新潟行きの新幹線でした。車内で私は邦夫さん相手にはしゃいでいたようですが、爺は相変わらず気むずかしそうに無口でした。時折、書類に目を通してはむっつりしております。このとき、爺が天を見上げながら「虎穴に入らずんば...得ず」と言ったようなひとり言を聞いた気がしましたが、別に気にも止めませんでした。私は「ロシアって一体どんなとこだろう、本で読んだロシアかな、それともスパイ映画に出てくるような暗くて怖いところかな...」という期待と不安が交錯し、始終落ち着きませんでした。

Re: 李朝宮廷料理^^

投稿者: monjujz 投稿日時: 2009/02/08 19:24 投稿番号: [48936 / 73791]
>日本の伝統的な和食とはかなり違います。日本とは違う、朝鮮半島独自の食文化があったのです。

はっきり言って朝鮮の宮廷料理は眉唾物ですね。そりゃア確かに半島独自の食文化はあったでしょうが、当時の日本人にとっても食べられるものではなかったようです。

以下は明治9年に京城の派遣された宮本小一外務大丞の紀行文からです。
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html



>食事のことなど

  食事は1日2回で、たいてい10種類から17、8種に至る。三尺四方ばかりの有脚盆にうずたかく盛り上げて、倒れ落ちるのを恐れるばかりである。
  牛豚鶏魚の肉、草餅、羮汁など、みな、器、皿に堆積する。しかし臭味がひどく箸を下す者が少ない。
  ただ桃李、林檎、瓜などは臭味がないので食べられる。沙果・・林檎に似て頗る大であるが美味ではない。マクワウリ、葡萄、西瓜、梨の類が多い。
  水煮の卵、牛肉、豚肉、鶏肉、麺、カラスミ、乾し魚を削ったもの、或いは日本人のためにと焼き魚も出した。蜜を湯で溶いてミル(海草)と煮餅をあえたものなど。それらが、1人に対して実に10人分程もある驚くべき量であった。

  炎熱の時節でもあり、その異様の臭いに堪えきれず、胃腸も慣れないこともあって食傷を恐れて箸を下す者が稀であった。
  なお、庶民のものは不潔で食べるべからずと言う。
(宮本たちの食事はいわゆる宮廷料理と思われる。なおメニューにキムチは見当たらない。(笑)詳しいメニューを知りたい人はこちらをどうぞ。)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/osinagaki.html

  朝鮮国は豊かでないので賓客を迎えるのにふさわしいことが出来ないと言う。それで、人の口腹を飽くまで食べさせることをもって饗応とするらしい。しかし、膳台に種々の物をうずたかく積み上げて出すのを見ただけで、まず人をして飽きさせるものである。<


味付けについて

  胡麻を多産するので、ごま油をもって百食の調味の元とすると言っていい。
  また、たいてい胡椒と唐辛子を加えて調理しており、この2味を用いないものは無いも同然である。それゆえに朝鮮人は咽喉への刺激により、一種の咽喉の病気を受ける者が多いと聞く。

  醤油は上品下品とあって、極上品は日本製に及ぶが、値段が高すぎて容易に得ることは出来ないと言う(おそらくは日本からの輸入品か)。下等品は不味くて食せない。
  味醂はない。
  砂糖も無いので蜜を代用している。
  牛乳は用いない。



k_g_yチー君の紹介したものと全然違う。
http://allabout.co.jp/travel/travelkorea/closeup/CU20061213V/
チー君はどちらが正しいと思う?

中央アジアの .普通なら 孫娘が旅行体験

投稿者: bufrsjhx 投稿日時: 2009/02/08 18:31 投稿番号: [48935 / 73791]
これは   私も大いに???です。
高齢の人間に付き添いがいることは普通ですが、これだけしょっちゅう
書き込みをしている孫娘の投稿がない?韓国のみ!
笑っちゃいますね。
軍人に成りすましたり、一人何役もやるのは疲れるでしょうWWW


>普通なら   孫娘が旅行体験を書くだろう?
今まで   娘は韓国旅行しか書いていないぞ!

終戦時に   学徒動員でもなくて将校やってれば30歳は超えるぞ。
90際以上で   孫を連れて旅行カイ???孫の親も当然一緒だろうWWW
お金持ちなんだな。
インドの北にある州から南の最南端のケララまで   ごくろうなこったね。
いつも   何時行ったとは絶対に書きませんね。

歴史教科書で対立しているそうだ

投稿者: dragonfly_in_hell 投稿日時: 2009/02/08 18:08 投稿番号: [48934 / 73791]
高校の「近・現代史」で民間出版社の一部が
記述の修正を求められて反発しているとか。

北寄りの書き方を「自虐史観」と指摘されて
執筆者や教組が「教育権を侵害された」とか。

いけませんなあ。
一人前に先進国病になりたくて自虐史観とは…
中学までの国定教科書はホルホルマンセー路線、
長じてはキムデジュン・ノムヒョン太陽路線で
いいじゃないの。韓国人らしい韓国人が育つよ。

まあ、大人になってもホルホルマンセーだけど、
北の将軍様への思慕、あこがれは残しておこう。
北寄りの記述を曲げさせてはいけませんニダ〜w

Re: 弥生時代の始期が500年 不思議

投稿者: ftdrjbhi 投稿日時: 2009/02/08 17:47 投稿番号: [48933 / 73791]
この3,4日歴史は孫娘しか、カキコしてないのに
なんで?突然?爺が歴史をカキコするの?
誰が見ても   不自然だわな!

Re:謎のルート”で工作船の待つ日本海側へ

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 16:32 投稿番号: [48932 / 73791]
>何で朝鮮総連を、破防法の指定団体にしないのでしょうね。

なんでも前例や慣習に従う傾向があるからではないんでしょうかねえ。
オウムに破防法を適用しなかったのが痛かったんじゃないんでしょうか。
あのときそれを妨害したのはご存知、○中○務です。

オウムを突破口にしたら、総連も日本転覆を目論む破壊集団ですから、破防法適用が出来たはずです。

最近、色んなルートから色んな情報が入ってきます。
情報源はまともな団体だし、中にはHP作成を飯の種にしてるやつもいたりしますが、情報の精度は高いです。

ただそこからいえることは、一般国民が知らない情報が一部の人間にのみ握られている。今、ある凶悪犯罪を起した犯人が死刑になるかどうか、裁判の行方を注目しています。
従来なら死刑になる事案ではないのですが、情報が事実なら被告が死刑でも納得します。弁護人は旧来の事例を元に死刑の回避を狙っているようです。
事件の全容は公表されていません。

つまり、オウムも総連も・・・我々の知らない実体があるということが想定されると思います。

孫娘は旅行に行った?

投稿者: dmhivhgtcx 投稿日時: 2009/02/08 16:30 投稿番号: [48931 / 73791]
一度も書かれておらんぞー
韓国ばっかりだぞー
90歳超えて妄想で毎日旅行してるんかー
調べるから   何時投稿したのか言ってみなー
アホくさいがKGYのこと無視してるが、ここの言動をみんなで調べてるからー

弥生時代の始期が500年早まったとは

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 16:21 投稿番号: [48930 / 73791]
投稿者:爺

おもしろい。これで中国とのつじつまが合う部分が多くなる。

>5月19日、国立歴史民族博物館は、北部九州出土の土器などから採取した資料を、最新のC14年代測定法で分析した結果、水田稲作が日本に伝わり弥生時代が幕を開けたのは、定説から500年早い紀元前1000年頃と発表。

測定資料  
雀居遺跡など弥生文化が上陸したとされる玄界灘沿岸部などの出土品
測定方法

国立歴史民族博物館で前処理を実施
米国の測定機関で加速器質量分析計(AMS)で分析
実年代に直す補正を適用。

従来説
日本の稲作技術は、紀元前5世紀〜紀元前4世紀に、中国の戦国時代の混乱によって大陸や朝鮮半島から日本に渡った人たちがもたらした。

今回の分析結果
水田稲作が日本に伝わり弥生時代が幕を開けたのは定説より500年早い紀元前1000年ごろである。

殷、周の政変で日本の亡命した人々が、中国から日本に直接稲作をもたらした可能性がある。

以下、風俗、語彙、青銅器鉛同位体比などが論じられておる:
http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku213.htm


なにか推理ゲームに興じたい者がいるようであるから、これにて失礼しよう。
では御免(苦笑

Re: 半島にとっていやな話題の時には

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 16:18 投稿番号: [48929 / 73791]
>すかさず   寝ぼけたスレをしてるぜ。

卑劣そのものですね。
この数ヶ月、あることに気づきました。
トピの投稿の流れが半島に不利な話題になると、上げ目的の別トピが大量に上がってきます。トピのタイトルは半島非難にしていますが、投稿内容はアゲとか同一文字のコピーが多い。

単なる暇つぶしにしては、異様に長期に続いている行為です。
カウントダウントピも、特定の意思を持った妨害行為が行われているのではないかと思ったりします。

警察発表では北朝鮮の工作がいまだ活発だと言うことですから。
当初、掲示板でこうした工作活動なんてありえないと思っていましたが、なんらかの意図をもった行動ではないかと懸念しています。

Re:謎のルート”で工作船の待つ日本海側へ

投稿者: inakanokuwanoki 投稿日時: 2009/02/08 16:11 投稿番号: [48928 / 73791]
私は不思議で仕方がないですね。

何で朝鮮総連を、破防法の指定団体にしないのでしょうね。

麻生さんの支持率も上がるでしょうに。
民主党は、どう思っているんでしょうね。

Re: 中央アジアの羊の丸茹では..

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 16:06 投稿番号: [48927 / 73791]
投稿者:爺

ん?   拉致事件か?

お好きなだけ投稿されるがよかろう、ワシも気が向いたらテーマにしたいが、お主の投稿では推測の域しかでておらんのじゃろ。専門家にまかせないさい。

Re: 中央アジアの羊の丸茹では..

投稿者: heven992002 投稿日時: 2009/02/08 16:05 投稿番号: [48926 / 73791]
たしかに   過去より半島にとって   いやな話題の時には

すかさず   寝ぼけたスレをしてるぜ。

Re: 中央アジアの羊の丸茹では..

投稿者: dmhivhgtcx 投稿日時: 2009/02/08 15:59 投稿番号: [48925 / 73791]
普通なら   孫娘が旅行体験を書くだろう?
今まで   娘は韓国旅行しか書いていないぞ!

終戦時に   学徒動員でもなくて将校やってれば30歳は超えるぞ。
90際以上で   孫を連れて旅行カイ???孫の親も当然一緒だろうWWW
お金持ちなんだな。
インドの北にある州から南の最南端のケララまで   ごくろうなこったね。
いつも   何時行ったとは絶対に書きませんね。

Re: 中央アジアの羊の丸茹では..

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 15:51 投稿番号: [48924 / 73791]
爺さん、なんで拉致事件とか朝鮮人に不都合な話題になると、料理だの歌だの始めるんだ?

あんたの食の感想なんか誰も興味無いよ。
それとも、拉致手引きをした土台人の知り合いでもいるのか?
だったら警察に情報提供してくれ!!

中央アジアの羊の丸茹では..

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 15:26 投稿番号: [48923 / 73791]
投稿者:爺

ちと苦手じゃな。調味料は塩だけである。主賓にはゆでた羊の頭を出す。珍味だそうじゃ。塩もあまり使わんから羊の生臭さがもろに出る。しかし、子供たちは大はしゃぎで、大きな肉の塊をもらってはかぶりついておった。腸もきれいに洗って臓物を詰めてゆでる。ソーセージかなと思いきや、咬んだ瞬間に生臭さと脂肪で口がいっぱいになる。ドゥンガン族の家で饅頭が出た。これで一息つけるかと思いきや、一口咬んだ瞬間に羊の生臭さと油がドッとくる。孫娘は、三度三度のこの食事が喉を通らないらしく、またたくまにやせ細ってしまった。川や湖でニジマス科の魚をとってくれたが、これも塩茹で。うまいものではない。ワシには調理まで時間がなかったが、孫娘が何を思ったのか、魚を取ってきた若者たち相手に塩焼きにしていたが、これはうまかった(苦笑

ただし、パンはうまい。咬めば咬むほど味わえる。丸い分厚い、いつ作ったかも分らん硬いパンであった。インドのナンやチャパティとはまったく違う。

中央アジアは果物がうまい。特にラグビーボールのような形の青瓜は実にうまい。スイカとも、メロンとも違う。昔、北海道で食べたことがある味瓜というところだが、中央アジアの瓜はこれよりはるかにうまい。インドのマンゴーもうまい。熟して腐れかかったマンゴーが実にうまい。ほっぺたが落ちそうになるとはこのことだな。レバノンの串焼きもうまい。世界には、うまいものが沢山あるな^^

Re:謎のルート”で工作船の待つ日本海側へ

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 15:24 投稿番号: [48922 / 73791]
大町ルートの話は、電脳補完録さんと言う拉致事件を専門に扱っているサイトで読んだ覚えがあります。
当時東京学芸大生の藤田進さんの話も。

19歳なんですよね。苦労の末に残酷な被害を受けるなんて。
ご家族の無念を思うとやりきれないです。

>「ここは水あめの産地で、在日朝鮮人の人々が多く従事していたんですよ」

  現地調査の際、地元住民はこう説明したという。水あめは焼酎の味付けのため、日本海側から北朝鮮へ輸出されていた。そして、それらを日本海側まで運んだルートが「大町ルート」だった。

  千葉を起点に東京や埼玉、山梨、ルート名ともなった長野・大町を経て、糸魚川付近で新潟、富山に分かれる。
__________________________________

富山のカップルが拉致されそうになった寸前で、付近住民が気づいて逃れられた。
犯人の慰留物から北朝鮮とわかっていたのに、どうしてあの時点で何もできなかったんだろうか。

国会では共産党議員が拉致事件について質問していて、西村真吾氏も質問に立ち梶山清六氏が、北朝鮮の謀略を疑っていると回答しているのに、政治が動かなかった。

五輪聖火移送のために長野でシナ人が暴れ回ったときの警察の対応と似てる気がする。日本は骨の髄まで工作員にしてやられてるんだろうか。
国家が無頼の徒から国民を守るより、当面の外交を重視した結果更なる犠牲を国民に強要してるようで、はあ〜、日本よ、どこへ行く・・・

飛躍する韓国?

投稿者: and_so_on1 投稿日時: 2009/02/08 15:10 投稿番号: [48921 / 73791]
wasabiの言い分とは随分違うようだなぁ。←当然皮肉だ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090207-00000555-san-kr

“オバマ・シフト”少なからぬ「韓国の憂鬱」

>2月25日に政権1年を迎え2年目に突入する李政権だが、経済危機の深刻な影響、安全保障環境の悪化に加え、支持率低迷、左翼勢力のデモといった国内世情の不安定など内憂外患を抱えている。


金大中以降ロムゲンまで北朝鮮の工作活動にさらされて、大衆レベルでの反米反日の異常行動を見せ付けられた末の韓国保守政権樹立だから、期待してました。
李ミョンバク大統領になってから、政権側による教科書の左傾化が問題視されるようにもなってますからね。

あと半万年もしたら、韓国も世界標準を身に付けてくれるんじゃないかと。
甘いかな・・・在日は変わらんでしょうねえ。(憂)
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