「ロシアの旅」(8) 青い瞳
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 21:24 投稿番号: [48959 / 73791]
「ロシアの旅」(8)
青い瞳
彼は、ロビーで待っておりました。手足が長くてスラリとした身体に、ラフな明るいジーンズの上下を着て、ほほえみながら私に近づいてきます。ブロンドの髪は、今朝の制帽でぺしゃんこになっていた髪ではなく、絹のようにふわりとしていて、無造作に額を覆っています。そして、私を見つめる彼の青い瞳に心が吸い込まれてゆくのを覚えました。
「あっ!」
いつか本で読んだことがある貴公子が突然私の目の前に現れ、抱きしめられる錯覚にとらわれて、思わず全身が硬直しています。でもこれもつかの間、ロビーの人たちの視線が一斉に私たちに向けられている気がして、私は落ち着きを失い、顔を伏せるように足早にホテルの玄関から飛び出しました。後を追いかけてくる彼の足音が分かっていても、かまわずそのまま通りまで出てしまいました。そして大きく深呼吸してみましたが、心の動揺はおさまりません。
「どうしたんだい?」
彼のその声に振り向くと、彼は驚いたようにその場に立ち止まってしまいました。私のくせなのですが、キッとした目で睨んでしまったようです。「あっ、ごめんなさい」と思っても、どうしようもありません。私は、その場でただうつむくばかりでした。
「この動揺は、何?」
剣道の試合とか、日舞の発表会でもこのように緊張した、いえ、このように動揺したことはありません。たとえ緊張とか、動揺していたとしても、大きく深呼吸するだけで消し飛んで行ったのに、今度ばかりは消えません。そばで心配そうに私をのぞき込む彼の視線がわかっていても、「どうしよう...」という気持ちばかりが先に立って、うつむくばかりでした。
「友達から車借りたけど...」
ふいに彼はそう言いました。私は気をとりなおし、
「歩きましょ、河を見たいんです」
と言いながら、彼の視線を避けるかのように通りをわたろうとしたとき、彼は私の腕をつかんで引き戻しました。見ると、まだ遠くからでしたが、一台の車がこちらへ走ってくるところでした。
「危ないよ」
「あっ、ありがと...」
そう言って彼を見上げると、今度は彼の方が照れくさそうな笑みを浮かべています。そんな彼を見て、やっと私の心が落ち着きはじめました。
「河を見たいんです」
私が再びそう言うと、彼は仕方がないと言った顔で左右を見回し、「じゃあ渡ろう」とばかりに私の背に手をあてて促しました。私は、つられて彼と一緒に車が走り去った通りを急ぎ足で渡りました。
とても大きな河でした。対岸はるか遠くに灰色や薄茶、赤煉瓦色が混在する、まるでまぼろしの中世のようにくすんだ古い街並みが連なっております。ひときわ高い塔を抱いた教会のような建物もいくつか見えます。
「ああ、これがイルクーツク、ロシアの町なんだ」
そう思って眺めていると、
「アンガラ河さ」
彼はそう言って、河面に視線を落としています。鼻筋が通ったその横顔は、どことなく憂があって、何か思案しているようでした。
河は水量が豊富で、ゆったりと流れています。やがて私が歩き始めると、彼も黙ってついてきます。途中にベンチがあったので、私が座ると、彼も私の横に座りました。無言でした。河面を流れる心地よい風が私のほほをかすめます。そんなほほに彼の視線を感じました。
「ああ、いい人なんだ。やさしい人なんだ」と、このとき思いました。
<続きます>
直子
彼は、ロビーで待っておりました。手足が長くてスラリとした身体に、ラフな明るいジーンズの上下を着て、ほほえみながら私に近づいてきます。ブロンドの髪は、今朝の制帽でぺしゃんこになっていた髪ではなく、絹のようにふわりとしていて、無造作に額を覆っています。そして、私を見つめる彼の青い瞳に心が吸い込まれてゆくのを覚えました。
「あっ!」
いつか本で読んだことがある貴公子が突然私の目の前に現れ、抱きしめられる錯覚にとらわれて、思わず全身が硬直しています。でもこれもつかの間、ロビーの人たちの視線が一斉に私たちに向けられている気がして、私は落ち着きを失い、顔を伏せるように足早にホテルの玄関から飛び出しました。後を追いかけてくる彼の足音が分かっていても、かまわずそのまま通りまで出てしまいました。そして大きく深呼吸してみましたが、心の動揺はおさまりません。
「どうしたんだい?」
彼のその声に振り向くと、彼は驚いたようにその場に立ち止まってしまいました。私のくせなのですが、キッとした目で睨んでしまったようです。「あっ、ごめんなさい」と思っても、どうしようもありません。私は、その場でただうつむくばかりでした。
「この動揺は、何?」
剣道の試合とか、日舞の発表会でもこのように緊張した、いえ、このように動揺したことはありません。たとえ緊張とか、動揺していたとしても、大きく深呼吸するだけで消し飛んで行ったのに、今度ばかりは消えません。そばで心配そうに私をのぞき込む彼の視線がわかっていても、「どうしよう...」という気持ちばかりが先に立って、うつむくばかりでした。
「友達から車借りたけど...」
ふいに彼はそう言いました。私は気をとりなおし、
「歩きましょ、河を見たいんです」
と言いながら、彼の視線を避けるかのように通りをわたろうとしたとき、彼は私の腕をつかんで引き戻しました。見ると、まだ遠くからでしたが、一台の車がこちらへ走ってくるところでした。
「危ないよ」
「あっ、ありがと...」
そう言って彼を見上げると、今度は彼の方が照れくさそうな笑みを浮かべています。そんな彼を見て、やっと私の心が落ち着きはじめました。
「河を見たいんです」
私が再びそう言うと、彼は仕方がないと言った顔で左右を見回し、「じゃあ渡ろう」とばかりに私の背に手をあてて促しました。私は、つられて彼と一緒に車が走り去った通りを急ぎ足で渡りました。
とても大きな河でした。対岸はるか遠くに灰色や薄茶、赤煉瓦色が混在する、まるでまぼろしの中世のようにくすんだ古い街並みが連なっております。ひときわ高い塔を抱いた教会のような建物もいくつか見えます。
「ああ、これがイルクーツク、ロシアの町なんだ」
そう思って眺めていると、
「アンガラ河さ」
彼はそう言って、河面に視線を落としています。鼻筋が通ったその横顔は、どことなく憂があって、何か思案しているようでした。
河は水量が豊富で、ゆったりと流れています。やがて私が歩き始めると、彼も黙ってついてきます。途中にベンチがあったので、私が座ると、彼も私の横に座りました。無言でした。河面を流れる心地よい風が私のほほをかすめます。そんなほほに彼の視線を感じました。
「ああ、いい人なんだ。やさしい人なんだ」と、このとき思いました。
<続きます>
直子
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.