Re: 中央アジアの .普通なら 孫娘が旅行体
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/08 19:27 投稿番号: [48937 / 73791]
投稿者:チー
kgy爺の孫娘さんは、直子お姉さんで〜す^^
私は、爺との血のつながりがありません。このトピにはめったに投稿しませんけど、投稿者名「高木」が私の父です。拓は私の兄です。大ちゃんは私の義理の弟で〜す^^
直子姉さんは、高校一年生の夏休みに40日ばかりロシア・中央アジアを大旅行しています。爺と爺の長男の邦夫さんとね^^
参考:直子姉さんのエッセイ「ロシアの旅」から^^
祖母の家は、古くて大きな家。日舞の稽古場もあって、小学校にはいると毎日のようにお稽古させられました。大勢のお姉さん方の中でも、母の踊りはとてもきれいで、いつも見とれておりました。美しい着物に見とれていたのか、母の表情や仕草にみとれていたのか...。いえ、そのすべてにみとれていたように思います。そんなとき、祖母のお知り合いだとかいう祖母と同じぐらいのお年寄りの男性がちょくちょく稽古場にきていらっしゃって、母の踊る姿をじっと見つめておりました。
私が小学校4年の時、母にとってもしかられて家出したことがあります。冬の寒い日でした。何でしかられたのか、もう記憶がはっきりしませんが、とてもさみしく感じて、ひとりぽっちになったような気がして、家を飛び出したのです。そうそう、たぶん踊りのお稽古でいやんなっちゃって、祖母に反抗したことが原因だったようです。お金もなく、あてもなく、ただもくもくと歩いて、お腹が空いて、そして夜になって、気が付いたら家の前におりました。
それからまもなく、そのお年寄りの男性がきて、私をある道場へ連れていきました。剣道場でした。二十人ばかりの小学生や中学生の男の子、女の子が稽古しておりました。それからというものは、学校が終わるとその道場へ行き、素振りから始めて、厳しいお稽古の連続。家に帰ると、今度は踊りのお稽古でした。
6年生の時、初めて試合に出ました。とても緊張してしまい、何もわからないうちに負けてしまいました。私ひとり道場に呼び出されると、師範代のこわい先生が待っておりました。いきなり私を羽目板に押し飛ばしたり、足払いで道場の床にひっくりかえしたり、上からのしかかって押しつぶしたり、竹刀を落とすと、道場の外、それもどしゃぶりの雨の中に放り投げて、さあとってこいと言ったり、それはそれはものすごくしごかれました。
道場主であり、なになに流師範のそのお年寄りの男性は、そんな私にはただ無表情でした。その方には奥様と邦夫さんという剣道の強い青年がおりました。邦夫さんは、私にはとってもやさしく、すてきな人に見えました。私の初恋の人です。だから、どんなに厳しい稽古にもついてこれたのだと思っております。私って、小学生のときからおませだったんですわね、きっと...。
高校に入ってはじめての夏休みを迎えようとしていたとき、稽古の途中で爺に呼び出されました。「きっと夏休みの剣友会の稽古か、近くの中学校剣道部の稽古日程の打ち合わせかな?」と思いながら爺の部屋に入ると、他に誰もおりません。先輩や指導者の方々もおりません。私一人だけ呼ばれたようでした。「あっ、また怒られるぅ...」と思って思わず首をすくめていると、「ロシアへ行くから、ついてきなさい」と一言。何が何だか分からないでいると、今度は邦夫さんがきて写真だとか何だとか言って、パスポートとビザの手配をするということでした。
このとき、爺は私の祖母の古くからのお知り合いで、そのご縁でこの道場で稽古させてもらっていると思っておりましたから、他人の私を連れて行ってくれるなんてとても信じられませんでした。それでも、稽古が終わって、母が入院している病院へ行く道すがら、「ああ、生まれて初めて外国へ行ける...」との思いがこみ上げ、自然と心が躍り始めたのを覚えております。
「よかったわね」、母は、力のない顔に笑みを浮かべて、そう言ってくれました。私たちは、新幹線に乗りました。成田ではなく、新潟行きの新幹線でした。車内で私は邦夫さん相手にはしゃいでいたようですが、爺は相変わらず気むずかしそうに無口でした。時折、書類に目を通してはむっつりしております。このとき、爺が天を見上げながら「虎穴に入らずんば...得ず」と言ったようなひとり言を聞いた気がしましたが、別に気にも止めませんでした。私は「ロシアって一体どんなとこだろう、本で読んだロシアかな、それともスパイ映画に出てくるような暗くて怖いところかな...」という期待と不安が交錯し、始終落ち着きませんでした。
kgy爺の孫娘さんは、直子お姉さんで〜す^^
私は、爺との血のつながりがありません。このトピにはめったに投稿しませんけど、投稿者名「高木」が私の父です。拓は私の兄です。大ちゃんは私の義理の弟で〜す^^
直子姉さんは、高校一年生の夏休みに40日ばかりロシア・中央アジアを大旅行しています。爺と爺の長男の邦夫さんとね^^
参考:直子姉さんのエッセイ「ロシアの旅」から^^
祖母の家は、古くて大きな家。日舞の稽古場もあって、小学校にはいると毎日のようにお稽古させられました。大勢のお姉さん方の中でも、母の踊りはとてもきれいで、いつも見とれておりました。美しい着物に見とれていたのか、母の表情や仕草にみとれていたのか...。いえ、そのすべてにみとれていたように思います。そんなとき、祖母のお知り合いだとかいう祖母と同じぐらいのお年寄りの男性がちょくちょく稽古場にきていらっしゃって、母の踊る姿をじっと見つめておりました。
私が小学校4年の時、母にとってもしかられて家出したことがあります。冬の寒い日でした。何でしかられたのか、もう記憶がはっきりしませんが、とてもさみしく感じて、ひとりぽっちになったような気がして、家を飛び出したのです。そうそう、たぶん踊りのお稽古でいやんなっちゃって、祖母に反抗したことが原因だったようです。お金もなく、あてもなく、ただもくもくと歩いて、お腹が空いて、そして夜になって、気が付いたら家の前におりました。
それからまもなく、そのお年寄りの男性がきて、私をある道場へ連れていきました。剣道場でした。二十人ばかりの小学生や中学生の男の子、女の子が稽古しておりました。それからというものは、学校が終わるとその道場へ行き、素振りから始めて、厳しいお稽古の連続。家に帰ると、今度は踊りのお稽古でした。
6年生の時、初めて試合に出ました。とても緊張してしまい、何もわからないうちに負けてしまいました。私ひとり道場に呼び出されると、師範代のこわい先生が待っておりました。いきなり私を羽目板に押し飛ばしたり、足払いで道場の床にひっくりかえしたり、上からのしかかって押しつぶしたり、竹刀を落とすと、道場の外、それもどしゃぶりの雨の中に放り投げて、さあとってこいと言ったり、それはそれはものすごくしごかれました。
道場主であり、なになに流師範のそのお年寄りの男性は、そんな私にはただ無表情でした。その方には奥様と邦夫さんという剣道の強い青年がおりました。邦夫さんは、私にはとってもやさしく、すてきな人に見えました。私の初恋の人です。だから、どんなに厳しい稽古にもついてこれたのだと思っております。私って、小学生のときからおませだったんですわね、きっと...。
高校に入ってはじめての夏休みを迎えようとしていたとき、稽古の途中で爺に呼び出されました。「きっと夏休みの剣友会の稽古か、近くの中学校剣道部の稽古日程の打ち合わせかな?」と思いながら爺の部屋に入ると、他に誰もおりません。先輩や指導者の方々もおりません。私一人だけ呼ばれたようでした。「あっ、また怒られるぅ...」と思って思わず首をすくめていると、「ロシアへ行くから、ついてきなさい」と一言。何が何だか分からないでいると、今度は邦夫さんがきて写真だとか何だとか言って、パスポートとビザの手配をするということでした。
このとき、爺は私の祖母の古くからのお知り合いで、そのご縁でこの道場で稽古させてもらっていると思っておりましたから、他人の私を連れて行ってくれるなんてとても信じられませんでした。それでも、稽古が終わって、母が入院している病院へ行く道すがら、「ああ、生まれて初めて外国へ行ける...」との思いがこみ上げ、自然と心が躍り始めたのを覚えております。
「よかったわね」、母は、力のない顔に笑みを浮かべて、そう言ってくれました。私たちは、新幹線に乗りました。成田ではなく、新潟行きの新幹線でした。車内で私は邦夫さん相手にはしゃいでいたようですが、爺は相変わらず気むずかしそうに無口でした。時折、書類に目を通してはむっつりしております。このとき、爺が天を見上げながら「虎穴に入らずんば...得ず」と言ったようなひとり言を聞いた気がしましたが、別に気にも止めませんでした。私は「ロシアって一体どんなとこだろう、本で読んだロシアかな、それともスパイ映画に出てくるような暗くて怖いところかな...」という期待と不安が交錯し、始終落ち着きませんでした。
これは メッセージ 48935 (bufrsjhx さん)への返信です.