国連が慰安婦制度を認定

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朝鮮人売春婦問題の本質とは

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2012/03/20 13:00 投稿番号: [31 / 31]
朝鮮人の親が、朝鮮人の女衒に自分の娘を売飛ばし、
その朝鮮人の女衒が、朝鮮人の売春宿経営者に朝鮮人の娘に売飛ばし、
朝鮮人の売春宿経営者が、巨利が得られる日本軍の近くで売春営業したので
梅毒等の性病の蔓延を恐れた日本軍が、兵士に注意喚起していた。
(梅毒の兵士だらけになったら大変だよな)

戦後、日本人が忘れた頃に、朝日新聞の朝鮮人妻を持つ植村記者等が、
「従軍慰安婦」という言葉をでっち上げたのに便乗して、
韓国政府と朝鮮人売春婦が、強制連行されて売春婦にされたと
お涙頂戴の見え見えのでっち上げ話で、強請り集りを始めた事件です。


その韓国の経済的な背景
ソウル大学(日本の東大)卒業生でさえ就職率約5割で、
韓国の実質失業率が2割以上(若年者は4割)でしょうか、
政策的な低料金政策で韓国の電力会社でさえ実質破綻・債務超過です。

このため、日本にタカル、日本をユスル、という方法しか浮かばない朝鮮民族は、根っからのクズ民族、寄生虫民族です。

歴史を捏造して楽しいですか?

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/03/10 12:35 投稿番号: [30 / 31]
>当時、朝鮮人は「創始改名」をしなければ生きて行くのが難しかった。
>「創始改名」を拒否すれば食糧配給の差し止めはもちろん、学校にも入学出来ないなど、行政上のあらゆる権利が奪われた。
>それでも姓を変えない朝鮮人は要注意人物さして警察から監視され、さらには警察署や刑務所に連行されて拷問を受けた。



国会議員となった   朴春琴   は衆議院当選2回。
将校にまで出世した 洪思翔(中将)、金錫源(少佐)、白洪錫(少将) など

日帝時代、社会的に成功を収めた朝鮮人の多くが朝鮮名を堂々と名乗っている。

改名は強制だった?
日本名に改名した方が、就職や出世に有利だから自ら朝鮮名を捨てたのではないか?

法令的には、改名は許可制。自分で申告しないと日本人名を名乗れませんでした。
>レファレンスコード:A02030161100    http://www.jacar.go.jp/index.html

私のお爺さんが貧しかったのは日帝の責任と叫ぶ乞食は本当に情けない。


・『朝鮮人は「創始改名」をしなければ生きて行くのが難しかった。』 →   ×
・『堂々と朝鮮名を名乗る朝鮮人こそ信頼出来る人物だった。』   →   ○


どうして、朝鮮人は歴史を捏造することが大好きなのですか?
どうして、朝鮮人は捏造した歴史で憎悪を拡大生産するのですか?

歴史を捏造して楽しいですか?

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/02/23 03:49 投稿番号: [29 / 31]
>当時、朝鮮人は「創始改名」をしなければ生きて行くのが難しかった。
>「創始改名」を拒否すれば食糧配給の差し止めはもちろん、学校にも入学出来ないなど、行政上のあらゆる権利が奪われた。
>それでも姓を変えない朝鮮人は要注意人物さして警察から監視され、さらには警察署や刑務所に連行されて拷問を受けた。

→   すぐにバレる嘘はヤメなさい。   もう通用しません。

当時、堂々と上映されていた映画の俳優やら監督は”朝鮮名”のままですが何か?


製作=東亜映画製作所   配給=日本短編映画社
題名

「志願兵」


1940.08.01   帝国館
8巻 白黒
--------------------------------------------------------------------------------
製作 ................   崔承一
監督 ................   安夕影
原作 ................   朴英照
撮影 ................   李明雨
音楽 ................   金駿英
出演 ................   崔雲峰 金映玉 文芸峰 李錦竜 金一海


日本映画データベース
http://www.jmdb.ne.jp/1940/bp003140.htm


朝鮮人に質問。

歴史を捏造して、楽しいですか?

どうして朝鮮人は、歴史を捏造することが大好きなのですか?

因みに、この映画は、韓国語です。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/23 02:35 投稿番号: [28 / 31]
妄言発言を一覧にすると以下のようになります。
1986年9月 藤尾政行文相
    「(韓国併合については)韓国側にもいくらか責任がある
1988年5月   奥野誠亮国土庁長官
    「(日中戦争において)日本には侵略の意図はなかった。」
1994年5月   永野茂門法相
    「南京虐殺はでっちあげ」
1994年8月   桜井新環境庁長官
    「(太平洋戦争において日本は)侵略戦争をしょうと思って戦ったのではない」
1994年10月   橋本龍太郎通産相
「戦争をおこなったことは事実だが、侵略戦争と言い得たかどうかとなれば疑問は
     残る」
1994年12月   村山富市首相
    「個人補償はできない。従軍慰安婦は国際法違反ではない。」
1995年6月   渡辺美智男副首相
    「日韓条約は円満に結ばれた。」
1995年8月 島村宣伸文相
    「侵略戦争じゃないか、というのは考え方の問題」
1995年10月 村山富市首相
    「(日韓併合条約は)法的に有効に締結された」
1995年11月   江藤隆美総務庁長官
    「植民地時代に日本は韓国によいこともした」
1996年6月   奥野誠亮法相
    「慰安婦は参加した人たちで、強制はなかった」
1996年9月   綿貫民輔建設省長官
    「従軍看護婦はいたが、軍隊慰安婦はいなかった」
1997年1月   梶山静六官房長官
   「当時、公娼制度は当然だった。一部は、強制連行された場合もある」
1997年2月   西村慎吾新   進党衆議院議員
   「従軍慰安婦を中学生に教えるのは問題ではないか」
1998年7月   中川昭一農水相「従軍慰安婦の強制連行があったかどうかはわからない。教科書に記載するかも問題     だ」
1998年8月   中川昭一農林水産相
   「強制連行がはっきりしていないため、教科書に載せるのは不当である」
2003年5月   麻生太郎自民党政調会長
   「創始改名は(朝鮮人が)名字をくれと言ったのがそもそもの始まり」
2003年7月   江藤隆美自民党総務庁長官
   「日韓併合は両国が調印して国連が無条件で承認した」「南京虐殺はでっちあげ」
2003年10月   石原慎太郎東京都知事「日韓併合は武力で侵犯したんじゃない。どちらかといえば彼らの(朝鮮人)先祖の責任」
2005年4月14日町村外相参議院外交防衛委員会
   「日本の戦争犯罪はナチスドイツの戦争犯罪と違って、より軽い」
    ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺と日本の侵略には「(被害の)人数に差がある」     「ドイツでは「全部ナチスのせいにすることができた。」として日本と比較できな     いと述べました
2003年5月創始改名 麻生太郎発言
この「創始改名は朝鮮人が名字をくれと言ったのだがそもそもの始まり」
当時は昭和2年(1927年)の朝鮮総督府の資料を引用しているのだが朝鮮総督府は朝鮮人の名前の70%が朴・金・李なので分かりにくい。
当時、朝鮮人は「創始改名」をしなければ生きて行くのが難しかった。
「創始改名」を拒否すれば食糧配給の差し止めはもちろん、学校にも入学出来ないなど、行政上のあらゆる権利が奪われた。
それでも姓を変えない朝鮮人は要注意人物さして警察から監視され、さらには警察署や刑務所に連行されて拷問を受けた。
このように日本に移住した朝鮮人労働者を使用したのは、日本人による虐待を避ける為の偽装に過ぎなかったのである。
2003年7月   江藤隆美自民党総務庁長官
   「日韓併合は両国が調印して国連が無条件で承認した」「南京虐殺はでっちあげ」
2003年10月   石原慎太郎東京都知事
「日韓併合は武力で侵犯したんじゃない。どちらかといえば彼らの(朝鮮人)先祖の     責任」
2005年4月14日参議院外交防衛委員会で日本共産党の緒方靖夫議員の答弁の中で
町村外相が「日本の戦争犯罪はナチスドイツの戦争犯罪と違って、より軽いという趣旨の発言を繰り返し侵略と侵略支配を事実上免罪する態度を取りました。
またナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺と日本の侵略には「(被害の)人数に差がある」と主張。またドイツでは「全部ナチスのせいにすることができた。」として日本と比較できないと述べました。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/23 02:23 投稿番号: [27 / 31]
私たちは自虐的に日本軍の不正、悪事、虐殺を暴露するために会見に臨んだのでは断じてない。悪はだれか責められるべきだれなのか。悪の原動力を探究し、反省し、再度過ちならんことを願ってこそ、日中友好の基ではないか…と思い記者会見に臨んだ。
東さんは同年12月13日に南京事件を研究している学者らの研究グループに加わり南京へ行った。南京虐殺のレリーフに花輪をささげに行った。
広い場所に民衆が集まってきた。被害者に会うのはつらかった。こちらは加害者意識で
「すまん」と思っているから堂々と出来なかった。
いろいろ質問された「五十年前、南京で何人殺したか」「日本人は残虐な民族か」答えるのがつらい。ある女性から「過去は過去これから日本人と私たちはどうあるべきか」と
質問された。最後にはサインを求められた。被害者からは「東さんの謝罪の言葉を聞いて
日本人への恨みがなくなった。心が溶けた握手してほしい」といってくれた。
少し長くなったが東さんの講演を聞いて心が解放され、すがすがしい気分になった。
しかし2003年7月の江藤隆美自民党総務庁長官の「南京虐殺はでっちあげ」を被害者が聞いたら溶けた心が元に戻るのではないだろうか。
1989年の京都新聞の記事を参考に書いたのだが、それから18年の歳月が流れたが日本国の戦争意識は一歩も先へは進まず今も改善されていないばかりか妄言発言は政治家のみならず評論家やマスコミまで参加して戦争美化、侵略正当化が声高に叫ばれている。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/23 02:18 投稿番号: [26 / 31]
手紙は90通来た。70%は賛成してくれた手紙だった。防衛庁長官だった人からも賛意の手紙がきた。しかし脅迫や非難の手紙には自分の考え方、趣旨を原稿用紙11枚に書いて送ったしかし全て偽名のため帰ってきた。
あちこちで講演もした。名古屋勤労会館で講演したが8台の右翼の車がきた。
大きな声で「国賊、東史郎」という。そんな事があって網野署がパトロールしてくれた。
脅迫があるほど反発して行った。自動車に木刀を置いている。竹刀のツバと痴漢防止の携帯ガスをポケットに入れている。
戦友会は元中隊長と他の中隊からも二名の元将校が来た。「東を除名する」ことに決まり
「東に同調するなら君も除名する。考え変わらんか」と親友も言われている。
連載中、長崎市長が市議会で「天皇に戦争責任はあると思う」と発言し地元の自民党は
「だれのおかげで市長になれたのか」と市政に協力しないことを決め県知事にも「市長が在職中は市政に協力しないでもらいたい」と申し入れたという。
東史郎さんは「今の社会をいろんな意見、多様な考え方があっていいと思っていた。」
そもそも「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とした旧憲法下にあって進められた戦争について、こうした責任論が主張されるのは理の当然といえる。
それを「不敬」として威圧するような行動のどこに自由と民主の理念があるというのだろうか。天皇の病気に関して自粛ムードが流れると、次々に横並びし、天皇の戦争責任を追及する発言には圧力が加わる。
多様な考え、発言が許されるのが民主主義である。
匿名でしか発言できない社会は基本的人権を守る社会とは言えない。
ほとんどの人が当時の政府、軍部、財閥などが悪かったと言うが戦争は彼等だけが起こしたのだろうか国民は被害者とはいいきれないと思う。私たちは加害者として自覚するべきではないか。
そしてついには戦争に反対する一部の人々を守れないばかりか「非国民」とののしるようになった。
戦争の芽を自覚できなかったところに人権意識の希薄さがあったといえないか。
東さんへの脅迫や嫌がらせも同じ土壌から生まれている「世界人権宣言」がだされて40年を経ても日本は成熟した民主主義社会となりえていない。
己の財産や生命を強引に侵害された者の立場を想像すれば、日中戦争の是非は子供でも
理解できるのではないか。私達はアジアの人達を蔑視していた。
虐殺、強姦、放火、略奪といった南京などで繰り広げられた日本軍の行為の数々は、言論統制のため日本国民には知らされなかった。戦場の実態は隠されていた。
自分の従軍日記を読み過去と対決した。断腸の思いにかられた。
脅迫の中で、日本軍の悪行を公表するのは「英霊に悪い」というのが多かった。
再び、戦争をしないことが死んだ戦友への慰霊であると思う
「わが国の文化は中国から伝わったもので中国は文化の先輩である。
そして漢字、仏教、織物、陶器、土木や製鉄技術、畑作などは朝鮮から渡来人がもたらした。とかく我々は言葉のアヤでことをあいまいにしがちである。
殺りく無惨の大戦争でありながら、宣戦布告なき事変と呼ぶ。北支事変、上海事変、日支事変と。これが単なる変わった事」であろうか無条件降伏、無条件敗戦を「終戦」と呼ぶ。
これがたんなる「戦いが終わった」というようなものであろうか。
退却を「転進」といったり侵略を「進入」といったりするが、これは己の良心をごまかして口をぬぐう卑怯さではないか。隠し事をして、適当な言葉のアヤで、神妙面、善意面をし、もみ手の作り笑顔で、真の友好が生まれるものではない。さりとて、自虐的な暴露でも真意は通じない。それはむしろ偽善的悪意に満ちたものですらあろう。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/23 02:16 投稿番号: [25 / 31]
1987年7月7日の毎日新聞では昭和12年12月13日に開始された南京攻略戦に参加、一般市民をも巻き込んだ日本軍の大量虐殺を体験したという京都第16師団、福知山二〇連隊の元兵士13人が六日京都府中郡峰山町(現在は京丹後市)杉谷の丹後織物福祉センターで会見し、当時つづった従軍日記を公開するとともに、上官の命令で民間人をむごく殺したという生々しい事実を証言した。
証言したのは、京都府竹野郡丹後町間人、東史郎さん(七五)同町遠下、益田六助さん
(七六)同町成願寺、上羽武さん(七一)「平和のための京都の戦争展実行委員会」
(寿岳章子代表)が南京攻略戦兵士の調査を進める中で三人の存在がわかり証言を要請、
記者会見が実現した。
「中略」「会見に臨んだ三人は兵隊でもない民間人を虐殺したなど思い出すのも恐ろしい。
今、平和のために役立つのなら包み隠さず発表しようと決意した」と動機を語った。
南京攻略の翌日、敗残兵掃討に参加した
増田さんは「城内難民区から敗残兵を狩り出し、全員を裸にして取り調べ、城壁に並べ、機関銃を据えて一斉射殺。血を吹き出しながら逃げる者は銃剣で突き刺されて殺された。その数は、私の隊だけでも五〇〇人にのぼっただろう」と証言
東さんも「北支へ転戦するため揚子江で船に乗る時、丸太のようにはれ上がった遺体の山が川に浮き、それを踏み越えて船に乗った」「遺体で川が埋まった」と揚子江の数キロはある広い川が埋まったと生々しい証言を行った。
一方、今回公開された資料は、証言者三人のほか、亀岡市旭町、射場善夫さん(七六)の
四人が昭和12年〜20年の間に、戦地で書き残した陣中日記二一点とそれを後日まとめた手記の計三二点南京攻略後の城内で「一人の中国人が引っ張り出され戦友の提案で袋詰めにして、ガソリンをかけ、火をつけると悲鳴を上げて火の玉のようにころげ回った。
冷たくしてやろうと手りゆう弾をくくり、沼に放り込むと、水中で炸裂し、遊びが終わった」など当時の兵士の理不尽な殺りくが克明に記載されている。
東史郎さんの講演を聞きに行った。(1988年京都新聞、世界人権宣言40周年を引用と講演内容より)
南京大虐殺を実名で証言と当時、話題になった記事を紹介したい。
1940年から「私がいたころの軍規は厳正ではなかった。
というよりも虐殺、放火、略奪は三光作戦として命令で行った。
将校は捕虜を試し切りにし、兵士は銃剣で刺し殺した。住民も殺した。強姦も輪姦もした。
強姦した後はたいてい殺した。暖を取るために放火もした。役にたつものは略奪した。
ある少年は「試し切り」といって農民を斬り殺していた。
殺す時初年兵に「度胸付けるために突け」という上官もいた。人間と見ていなかった。
殺すのに一匹、二匹…といって殺した。支那兵のいた集落の住民は老人や女子供も殺した。
殺人をニワトリを殺すほどにも思っていない。
支那人の死体は豚の死体を見るほどにしか感じていない。
強姦し証拠隠滅するために殺害していた。これを誰一人として不道徳と、責めた者はいない。東史郎さんは自分も南京ではなかったが斬首したこともあるし、反対に女性や老人を逃がしたこともあるが、ずっと戦争の話はしなかった。従軍日記を読み返すまでは罪悪感は感じていなかった。という。
戦友と七月六日に記者会見をしてから東史郎さんの生活は一変した。
その日にテレビ放映され七日の新聞にも出た。
昼頃から次々に電話がかかってきた。全国各地からで、電話の80%は脅迫、非難、攻撃だった。「おまえは日本人ではない」、「なんぼ金をもらっている」、「英霊にすまない、英霊を冒とくしている」、「死んだものに相すまないではないか」、「覚悟せい」、「家に火をつける」、「一家の不幸を祈る」などの内容だ。
その翌日は朝七時ごろから電話が鳴った。朝食は一一時ごろまで食べられなかった。
夜中の一時、二時にもかかる。三日間続いた。全部対応したが脅迫の電話は三日続いた。
脅迫の電話は誰も名前を言わない名乗ったのは「赤報隊」と「愛国青年連合」というのだけだったと記憶している。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/23 02:15 投稿番号: [24 / 31]
1990年12月18日の毎日新聞で下記のような記事が掲載された。
「ナチスでさえ憤り」と題して1937年12月13日に旧日本軍が・南京に入城した際に起きたいわゆる「南京大虐殺事件」に関するドイツ外交官の現地からの詳細な報告文書が旧東ドイツ国立中央公文書館(現在、ドイツ連邦公文書館ポツダム支所)に保存されていることがわかった。

文書は旧日本軍の行動を「グロイエルターテン(残虐行為)」(三八年一月一五日付け報告)と表現、日本兵が市内で多数の市民を殺りくし、女性に対する暴行や「略奪の限りを
つくしていた」と伝えている。
当時のドイツは日本と防共協定(三六年)を結んでいた。しかし現地の外交官は中国での
日本の行動は反発を買い、かえって「共産主義培養」することにつながると厳しく批判していたことも明らかになった。
南京大虐殺に関するこれまでの外国人の証言の中で最も具体的かつ詳細だ。
外交文書という公文書であり信頼性も高い当時の同盟国だったドイツの外交官が日本軍の
残虐行為に率直に憤りを示しており正直言って驚いた。(中略)後にユダヤ人の残虐行為をした党員の中にも健全な精神を持っている人がいたことがよくわかる。と栗屋憲太郎立教大学教授(近代史)の意見を添えて掲載していた。
外交文書の要旨は次の通り。
南京情勢に関するロイター通信スミス記者の講演(38年1月1日付、漢口発ドイツ情報局あて」
37年12月12日中国軍一個師団が市内に入ったが、夕方、市内南部から全面撤退開始。約千人の残留部位も真夜中までにせん滅された。
北門前には一㍍ほどの高さになった兵士と民間人の死体がある。私の推測では千人程か。
14日昼頃から日本兵は部隊所属章を外して略奪を始めた。
15日略奪が続き、多くの中国人女性、少女が自宅から連れ去られた。日本軍が広場で
中国人数千人を縛り上げ、射殺するため少人数のグループに分けた。
中国人はひざまずかされ後頭部に銃弾を打ち込まれる。
こうして殺された人を百人ほど目撃した。
日本軍の残虐行為と南京情勢(38年1月15日付)
一、外交代表らが南京に戻りたいとの意向を示すと、清掃作業が始められた。
   民間人の大量虐殺によって「ニシンのように」路上のあちこちに放置された死体が取    り除かれた。
一、ある女性は首を半分だけ切られた。別の妊婦は腹部に銃剣を刺されて、おなかの子供を殺された。南京分館スン職員のメモ(二月十日付)
一、南京自治政府委員会幹部のヤン・チウミン氏から聞いた話。松井石根大将(中支方面軍司令官)は二月八日、委員会の高官を招き「日本軍が南京入城に際していくつかの不名     
誉な行いをしたことは遺憾に思う」と述べた。
日本軍の残虐行為の映像(二月十日付)
一、米国聖公会のジョン・マギー牧師は日本軍の行為を撮影、これは日本軍の残虐行為を雄弁に物語っている。
同封した英文の解説は、映画同様、身の毛もよだつドキュメントであり、総統にもぜひ見てほしい。
一、二月六日、ラーベ氏(ナチス党南京支部長)は紅卍字会が百二十人以上の死体を沼の
中から収用したのを目撃した。機関銃の一斉射撃を受けた遺体の消却は手間がかかりすぎるため水中に投げ捨てられたのだ。両手は頭の後で針金で縛りつけられていた。
一、この映像は日本軍南京侵攻以降の出来事の記録である。
敵というだけで中国人なら何をしても構わないという日本軍の姿勢がうかがえる。
女性への暴行は当たり前のことのようだ。日本人を含めたすべての人々にこの戦争の恐ろしさを認識してもらいたい。
一、死体の総数について具体的な言及はないがローゼン書記官は「郊外の下関港には処刑された約三万体の死体が流れ着いており、紅卍会は毎日五百体〜六〇〇体の死体を共同墓地に埋葬している。」(三八年三月四日付)と報告、大規模な虐殺があったことを裏付けている。中国人の死体の山をたどっていくと日本軍にたどりついたという生々しい証言もある。
三万体でも多いのだがこれは、ほんの一部だとすると数十万人の大規模な虐殺が行われたのは事実であるようだ。

反日利権の実体

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/02/09 02:07 投稿番号: [23 / 31]
"高木健一   反日利権" で検索するとよく分かります。

お金をちらつかせて、嘘証言を集める手法が明らかにされています。


反日は金になる。
この状況を何とかする必要があります。

嘘を指摘しておきます!!

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/02/09 01:53 投稿番号: [22 / 31]
>国連の人権委員会が民間であったとする指摘がありましたが国連の人権委員会は、れっきとした国際法廷であり先進国も参加した国際法廷です。



「日本軍性奴隷を裁く女性国際戦犯法廷」

は、民間法廷です。嘘は止めましょう。

法的根拠も客観性もなにも有りません。   極左の裁判ゴッコに過ぎません。
主催者はVAWW-NETジャパン という極めて怪しい団体です。


国連人権委員会が民間であるとは一言も述べていません。
腐れサヨクお得意の話のすり替えですね。


また国連人権委員会は腐敗が酷すぎて国連改革の対象となり解体されました。
国連人権委員会に権威などありません。

国連人権委員会は、現在進行形で、民族浄化やら宗教弾圧やら臓器売買、人身売買をやっている犯罪国家が、『人権』という方便で民主主義国家を裁く狂気のロビー活動の場と化していたのです。


国連の腐敗は深刻です。

汚れた金の乱れ飛ぶロビー活動の結果・・・
国連人権委員会のクマラスワミ報告書の付属文書に慰安婦に関する勧告が記載されましたが、これには何ら客観的な調査がなされた形跡が有りません。

日本政府は腐敗しきった国連の改革に指導的役割を果たすべきだと考えます。
徹底的な抗議と客観的事実(慰安婦は単なる売春婦である。)の追求こそが必要とされています。

饒舌な朝鮮人に送る言葉

投稿者: tsuchiyasagaminokami 投稿日時: 2012/02/09 00:39 投稿番号: [21 / 31]
「嘘も飾ればもっともらしく聞こえる」「巧言令色少なし仁」
2000万〜3000万というバカバカしい数字は一体どこから出たのでしょう、いやよくもまあツクッタもんです。
その法外な数字を見るだけで「日本人の殺戮」なる話が嘘八百だらけであることを証明しているようなもんです。
中・朝・韓の3バカ国家は本当に救いようがない脳ナシですな

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/08 20:39 投稿番号: [20 / 31]
国連の人権委員会が民間であったとする指摘がありましたが国連の人権委員会は、れっきとした国際法廷であり先進国も参加した国際法廷です。
民間のサークルのような法廷判決に対して各国の国家が非難決議などするでしょうか。
オランダ、カナダ、イギリスでも非難決議が採択され同盟国のアメリカからも非難決議が採択それたのです。フィリピンやASEANやEUでも非難決議が採択されようとしています。
国際法廷の判決を不服としてニュースキャスターの桜井良子と自民党国会議員ら25名がロンドンタイムスに日本は従軍慰安婦にひどいことはしていませんという異見広告を掲載しましたが民間のサークルのような法廷判決に対して必死になって異見広告を掲載する必要はない。と思いますが。
2000万人〜3000万人アジアの人々を殺戮の歴史は証拠もあまりにも多く消し去る事は不可能です。
それよりも日本の加害の歴史を隠す事、少なく見せる事が日本の為になると信じているのでしょうか。個々の事案を論じることよりまず何故、加害の否定をするのかが根本的な問題だと私は思います。
日本は戦争中の加害の歴史を「忘れてもらう事」とか「なかった事」「居直る事」にすることが最高の戦後処理と思っている人が多いようですが本当に「忘れてもらう事」「なかった事」「居直る事」が日本の為、日本の国益となるのか、良く考える必要があるのではないでしょうか。
日本の平和や反戦の考えは間違っています。
大本営参謀の瀬島龍三という人が「幾山河」という本を書いていますが瀬島氏の考え方は
「満州事変」で止めておけば良かった。「日華事変」ぐらいからがまずかった。と同じ考え方で、つまり日本が勝っていた時は問題がないが負けだした時からが、まずかった。良くなかったという戦争の反省なのです。
日本の加害の歴史を否定する事で、誰が得をするのでしょうか。
天皇、自民党の保守本流を形成していく政治家、戦犯企業と呼ばれる企業が賠償責任や戦犯のそしりを免れる為に(文部省の検定という検閲によって加害の記述の教科書をなくし)学校で、これらの歴史を教えないのです。
つまり、日本政府の最、権力を握っている中心に戦犯や、その子孫が、戦争賛美、侵略戦争を正当化している者が座っているわけですから戦争の総括など出来る筈がありません。
まして、天皇を裁くということは戦犯の自分達の先祖も裁く事になり引いては自分の存在をも否定することにつながるわけですから戦争の反省などするつもりもないし賠償もするつもりも全くないという図式になるのです。
戦後60年余り日本の加害の歴史を全く知らない世代が増え続け
今、加害の歴史を知らない日本人がこのようにインターネットで加害否定発言するようになったのです。
つまり天皇や戦犯政治家、戦犯企業を「守る為に」60年以上も被害者救済も謝罪もせず日本人は酷いと言われ続けられたのです。
日本人は日本政府によってマインドコントロールされているのです。
賠償しょうとすると責任問題があり謝罪しなくてはならない。謝らないから被害者救済が出来ない。被害者救済が出来ない。から非難される。非難されると居直る。
居直る。から尊敬もされず和解出来ない。盟主国にもなれないし国連の常任理事国にもなれない。という悪循環を60年あまりも繰り返してきたのです。
戦争の総括をやろうとすると、まず天皇そして戦犯の自民党の政治家の子孫は自分の祖父を戦犯として断罪しなくてはいけなくなるからです。
そうするとアジアの被害者に謝る必要はないという理論になり補償しなくてもいいと言う理論になるわけです。
つまり、日本政府の最、権力を握っている中心に戦犯や、その子孫、戦争賛美、侵略戦争を正当化している者が座っているわけですから戦争の総括など出来る筈がありません。
まして、天皇を裁くということは戦犯の自分達の先祖も裁く事になり引いては自分の存在をも否定することにつながるわけですから戦争の反省などするつもりもないし賠償もするつもりも全くないという図式になるのです。
「被害者になりたがる朝鮮人」というタイトルを書いている人が、いますが、では日本では原爆博物館や京都舞鶴の引き揚げ記念館は被害の宣伝をするために遺しているのでしょうか。人間は同じ過ちを繰り返す動物ですから同じ過ちを繰り返さないように歴史を遺すために博物館を創るのです。
強制連行や慰安婦を日本を悪者にするために被害者は言っているのでしょうか。
被害者救済をする為であり、前の戦争を振り返り平和を維持するために、和解をする為に言っているのです。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: hanayori_osushi 投稿日時: 2012/02/05 16:24 投稿番号: [19 / 31]
何故、日本は日本の加害行為の歴史を否定したがるのでしょうか。<

やっていなからだよ。

嘘吐き慰安婦のデタラメ証言

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/02/05 13:05 投稿番号: [18 / 31]
自称   従軍売春婦、黄錦周さんの証言

年齢に注目!!!
経緯も年齢もムチャクチャです。
いったい幾つの人生を持っているのでしょうか?

こんなデタラメな証言に対して、質問も検証も許されない。
狂っているとしかいいようが無い。



■高木健一著『従軍慰安婦と戦後補償』の中の証言
「生活は貧しく12歳の時100円で売られてソウルの金持ちの家で小間使い。
1938年に威鏡南道ハムン郡で女中をしていた時にその家の娘の身代わりとなって満州に連行され慰安婦となる」


■平成7年朝日新聞インタビューでの証言
「威興の女学校在学中の17歳の時1939年に国民徴用令で動員され軍需工場に行くと思っていたが着いた所は吉林の慰安所だった」

 
■TBS「ここが変だよ日本人」での証言
「私は19歳で学校を卒業する25日前に日本軍に引っ張りだされ仕方なく慰安所に行ったんだ!日本人に便所と言われもうこれ以上我慢できない!
やっぱりあの時死んどきゃよかったんだ!これ以上生きててもしょうがない!もう死んでやる殺してくれ!」


■【産経新聞】Sankei-editorial:「河野談話」の根拠揺らぐ   97/3/11
例えば、黄錦周(ファン・クムジュ)さんの場合、生まれた年が朝日新聞の記事(平成七年七月二十四日夕刊)では「一九二二年(大正十一年)」だが、
伊藤孝司氏編著「証言   従軍慰安婦女子勤労挺身隊」(風媒社、平成四年八月)では「一九二七年(昭和二年)」と書かれ、
慰安婦にされた年も朝日新聞では「十七歳(昭和十三年か十四年)」だが、伊藤氏の本では「シンガポール陥落の年(昭和十七年)」とある。
慰安婦訴訟原告団の一人、金学順(キム・nクスン)さんのケースも、新聞記事や本の記述を読み比べると、慰安婦にされた年などが食い違っている。


■[日韓社会科教育交流団韓国を訪問]1997.夏期
「満18歳になった時のある日、男がやって来て村から娘を出すように伝達をしました。
何をするのかよく分からなかったのですが、ソウルの工場か何かで働くのだろうと思っていました。
姉は家から離れて生活していていなかったので、私が代わって出ることになりました。」



■[aml 23174] 「慰安婦」と教科書  
「黄錦周さんの証言を聞く会]2001.07.17 東京大学にて集会でハルモニは、
「14歳のとき、いわゆる「少女供出」で満州に連行され、皇軍兵士のセックスのはけ口にされたつらい体験を語りました。」


■国連・経済社会理事会   クマラスワミ報告   1996年1月4日  
17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に日本軍の工場に働きに行くように命じました。
そのとき私は労働者として徴用されたのだと思いました。3年も働いたころ、ある日一人の日本兵が自分のテントについてこいと要求しました。
かれは着物を脱げと私にいいました。たいへん怖かったので抵抗しました。
私はまだ処女でした。しかし彼は銃剣の付いている銃で私のスカートを引き裂き、下着を体から切り離しました。
そのときに私は気を失いました。そしてふたたび気が付いたときには毛布を掛けられていましたが、あたり一面に血が付いていました。

 
■元日本軍「慰安婦」の証言を聞く集会   1997年12月5日(金)福岡市都久志会館ホ−ルにて
1912年扶餘生まれ。父の発病後家運が傾き、13歳のとき家をでて、奉公に出ました。村の班長(日本人)に「日本の軍需工場に行けば、
お金がもうかる。一家に一人は行かなくては」と脅かされ、奉公先の娘たちにかわって1941年、二十歳で国を離れましたが、ついた所は慰安所でした。


どれが、本当なのですか?

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 23:21 投稿番号: [17 / 31]
戦争の終わらせ方として本土決戦をやらないあのような終わり方は、ありがたいとだれしもが思ったわけですが、それまでの国家秩序のあり方がそのまま残るということを受け入れてしまっていたわけです。
昭和天皇は国民の事を思って本土決戦を回避してくださった。ありがたいと思っている
日本人も多いのですが日本国民を300万人殺した張本人が昭和天皇ですから国民の事を本当に思っているのなら日本国民300万人も死ぬ前に戦争を終わらせていたと思います。実際は戦争が終わった時点で天皇が責任を取ってヒットラーのように自殺するか天皇を辞めるかでもしてくれていれば、責任を取ったと日本政府は内外に言うことが出来たのですポツダム宣言を受け無条件降伏して戦争が終わったと思っている日本人が多いのですが無条件ではなく「国体の護持」という条件を付けて降伏したのです。
「国体の護持」とは天皇制存続もしくは「天皇の助命」が条件だったのです。
が天皇は自分の命を守ることを優先させたのです。
しかも、最高責任者の天皇が責任を取らないとなればそれに続く東条内閣や軍閣も責任を
取らなくてもいいんだと思うようになっていったわけです。
そして東条内閣の閣僚などが自民党の保守本流を形成して権力を握っていくわけです。
岸   信介のように東条内閣の閣僚で戦犯で裁かれなくてはならない人間が政権を握り権力を握って皇軍や侵略戦争を正当化するわけです。そうすると安部晋三のように祖父が戦犯
という人間の孫が総理大臣になって現在も皇軍や侵略戦争を正当化するわけです。
戦後A級戦犯として裁かれ追放されながら復活した議員もいました。
その代表は岸   信介です。他にも賀屋興宣、椎名悦三郎といった人達でした。
岸も賀屋も東条内閣の閣僚で、岸は復活して首相になり賀屋は法務大臣になりました。
それの孫が前首相の安部晋三です。
しかしマスコミは戦犯の孫だということは一切公表しません。
又麻生太郎の実父の会社、麻生鉱業は7000〜15000人以上強制連行し強制連行や強奪で儲けた会社といわれドイツでは完全に戦犯会社として財産没収で一文なしです。
三菱鉱業に次ぐ強制連行の多さです。
そうすると、その財産を基礎にしている麻生太郎は政界入りすることなど出来なかったわけですから今の麻生太郎は、なかったわけです。
もし、戦争の総括をやろうとすると、まず天皇そして自分の祖父を戦犯として断罪しなくてはいけなくなるからです。
そうするとアジアの被害者に謝る必要はないという理論になり補償しなくてもいいと言う理論になるわけです。
つまり、日本政府の最、権力を握っている中心に戦犯や、その子孫、戦争賛美、侵略戦争を正当化している者が座っているわけですから戦争の総括など出来る筈がありません。
まして、天皇を裁くということは戦犯の自分達の先祖も裁く事になり引いては自分の存在をも否定することにつながるわけですから戦争の反省などするつもりもないし賠償もするつもりも全くないという図式になるのです。
代表的なのは吉田茂ですが、その意識は「満州事変」や「日華事変」ぐらいからが、まずかったというものです。
大本営参謀の瀬島龍三という人が「幾山河」という本を書いていますが瀬島氏の考え方は
「満州事変」で止めておけば良かった。「日華事変」ぐらいからがまずかった。と同じ考え方で、つまり日本が勝っていた時は問題がないが負けだした時からが
まずかった。良くなかったという反省なのです。
賠償しょうとすると責任問題があり謝罪しなくてはならない。謝らないから被害者救済が出来ない。被害者救済が出来ない。から非難される。非難されると居直る。
居直る。から尊敬もされず和解出来ない。盟主国にもなれないし国連の常任理事国にもなれない。という悪循環を60年あまりも繰り返してきたのです。
私は日本の歴史のモラルハザードは昭和天皇が戦争責任を全く取らなかった時から始まったと思っています。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 22:50 投稿番号: [16 / 31]
1970年西ドイツの首相だったヴィリーブラント氏はワルシャワ   ゲットーの慰霊碑   を訪れました。
「これはユダヤ人たちがナチスに対して蜂起し、多くの市民が殺害された事件を記憶するために作られた慰霊碑です」。
といって慰霊碑に花を捧げた後、ひざまづきました。この映像は全世界をかけめぐりました。
1989年にボンでブラント元首相が歴史認識について日本のジャーナリストのインタビューに答えて
「自分の国の過去について、批判的にとらえれば、とらえるほど周りの国々と友好関係を深めることができる。若い人々にも責任を負わせなければ、ならないが彼らも歴史の流れから抜け出す事はできないのだから、ドイツの歴史の暗い部分についても学ばなくてはならない。」と言いました
ドイツでは過去を心に刻み、被害者に謝罪することが国是であり、外交政策の根幹であるとし 過去の時代の誇りに思う出来事や偉大な人物を誇りに思うのであれば、負の遺産もその子孫が受け継ぎ責任を負うのは当然だとする意識が浸透しています。
ドイツの首相、大統領、外務大臣にとって、アウシュビッツ収容所の跡やエルサレムのホロコースト博物館に(ヤド、ヴァシェム)を訪れて毎回、犠牲者に追悼の意を表し、謝罪の言葉を述べることは、常識となっています。
日本は経済的には1950年〜1953年に朝鮮戦争と1960年〜1975年のベトナム戦争により日本は戦争特需で経済復興した。アメリカからアジアへ戦争物資を戦地に輸送することはできなかった。と同時に低開発国のアジアの、かつての侵略国との貿易を進める必要がなく被害国と和解する必要がなかった。
日本はアメリカの共産主義との対決との対決と戦争特需の恩恵をうけアメリカの傘の下
戦争犯罪を反省することがなく経済成長し先進国の仲間入りをした。金は儲けたが意識は戦前戦中と変わらず幼稚なまま成長し今日に至った。
1972年の田中角栄の「日本列島改造論」で土建国家となり道路や箱物ばかりを作って借金ばかりして1992年のバブル経済まで経済成長が続いたがバブルの崩壊から脱却できず天文学的国債を抱え現在に至っている。
1991年1月宮沢首相の訪韓した際「日本は過去において、我が国が中国や韓国を含むアジアの国々に多大の苦痛と損害を与えたことを深く反省し、そのようなことを二度と繰り返してしてはならないとの反省に立って、平和国家としての道を歩んできた。」従軍慰安婦問題については「非常に心の痛むこと」と謝罪したが同年3月21日参議院の予算委員会では国と国との関連においては解決済み個人との関係ついては訴訟の行方を見守ってまいりたい」と答弁した。
戦後40年近く経過して初めて謝罪の言葉が発せられたのでした。そこから現在まで25年しか経っていないのです。又、訴訟の行方を「見守りたい」というのは単に被害者が高齢化して死ぬのを待っているだけなのです。
日中国交回復時に日本国は過去において、日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を感じ、深く反省する」という文言が共同宣言に入りました。
実に戦後27年目1972年に日本は「深く反省する」という言葉を発したのでした。
サンフランシスコ講和条約も日韓条約でも日本は「反省する」と発したことはなかったのです。
評論家もずっと前から謝っているのにいつまで謝るんだ。と言っていますが政治家の謝罪は1993年の細川内閣「私は前の戦争は侵略戦争であったと思う」発言から「そして村山内閣の謝罪となるわけですが謝罪はしたものの村山内閣では「慰安婦に対して個人補償は出来ない」と補償は拒み「従軍慰安婦は国際法違反ではない」と妄言発言をする始末でした。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 21:46 投稿番号: [15 / 31]
国連の人権委員会が民間だという指摘は解りません。
又、女には名前もなかったという指摘ですが朝鮮にはチョッポといって系譜が一族で代々記載され女性の名前も千年前からあります。しかし結婚しても苗字が変わらないのです。
日本は明治まで90%の人は苗字がなく、クマさんとかシカさんといった名前だけで呼び合っていました。苗字があるのは武士なら足軽大将以上で民間なら庄屋以上です。
苗字ができたのは明治の太政官布告からでした。だから自国の歴史も知らず軽蔑するべきではないのです。歴史も歴史をもう少し勉強しましょう。
話しは変わりますが戦後の歴史では戦争の裁き方も日本とドイツでは大きく違います。
ドイツの戦争犯罪の裁き方は戦後どのようになされたのでしょうか
西ドイツ政府の検察当局は1958年に、ルートヴィヒスブルクに
ナチス犯罪追及センターを設置しました。この期間の役割は、ナチスによる犯罪について、証言や資料を、収集、分析し逃走中の戦争犯罪人に対する予備調査を行うことです。捜査を行い、その内7189人が有罪判決をうけています。 ドイツ政府が「ナチス犯罪追及センター」を設置1998年までの40年間に10万7000人について犯罪捜査を行い死刑10名、終身刑163名含む7189名に有罪判決を下しました。
ドイツは連合国による訴追が終わった後も、ドイツの司法当局が今日に至るまで大量虐殺に関わった容疑者の訴追を現在も続けているということです。
日本では東京裁判は戦勝国が戦敗国を一方的に裁くのはおかしいなどとパール判事の例を出して反論していますが、では東京裁判をやり直したらドイツと同じだけ戦争犯罪者が
出ると言われています。
連合国による占領下に追放措置が行われました16万7350人が追放されています。しかし官僚は1809人しか追放されていません。内警察幹部が1219人追放され、さらに特攻警察と思想検事が356人されていますから、それを差し引くと残りは234人です。普通の官僚で追放された人は234人各省のだいたい次官、局長までです。
日本は東京裁判とその他の連合国によるBC級裁判ですべて終わったとして日本人の手で戦争犯罪人を誰一人裁いていないのです。この東京裁判も戦勝国が一方的に裁いたと文句を言う人がいますが日本はアジア人に対る虐殺の罪などもほとんど裁かれていません。これを言うと東京裁判で解決済みといいす。つまり裁かれる東京裁判には文句を言い、日本人が罪に問われる事については東京判で解決済みと矛盾した居直りをやってのけているのです。
もし日本がドイツと同じようにアジアに対する戦争犯罪を追及されていたらドイツと日の侵略範囲と虐殺を含めた死者の数の比較から日本でも7000人以上の戦争犯罪人が処罰されてでしょう

Re: 各国の慰安状況を比較してみた

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 21:43 投稿番号: [14 / 31]
私は海南島という所の慰安所へ行きました。ベトナムに近い中国領の島ですが九州位の面積の島です。
海南島の慰安所(今も住居として使用)の住人は商売をしていたので大きな家にすんでいたのですが戦争中に突然、日本軍が来て家を窃取(取り上げられ)され韓国の女性(売春婦ではなく素人です)を30人余り日本軍が連れてきて、慰安所で働かしたそうです。
そして、日本軍の兵士が軍件を持って何百人も並んだといいます。
何処からどう見ても日本軍が運営していたという証言を18人の人から聞きました。
慰安所は他にもあり同音異句に同じ事を言いました。
又、韓国の「ナヌムの家」という博物館では実際に使用していた軍件が証拠として展示されています。
親に売春婦として売られたのに何故、日本の責任か?という意見を言っている方がいますが私は韓国や中国の慰安婦の方に会いました。
慰安婦にならされたのは次の3種類です。
20人の慰安婦で親に売られた人は1人だけでした。
この人は日本の東洋拓殖会社という(会社となっていますが日本政府と同じ)会社に土地を取り上げられ家族が飢餓になり売られた人でした。
働く所を紹介すると騙されて、日本軍や業者に連れて行かれた慰安婦。
ほとんどが日本の兵士に捕まり3ヶ月間も拉致監禁され強姦され続けたのです。
そして慰安所に連行され1日に30人以上の日本兵の性の道具とされたのです。
ある(名前は明かせませんが)慰安婦の人は逃げようとして背中を軍刀で切られ山に捨てられましたが奇跡的に一命をとり止めました。その傷も見せてもらいましたが、これを嘘だと言えるでしょうか。日本の方は文献だけを見て間違いと言いますが本人の前ではいえないでしょう。過去の事を聞くだけでも精神的に不安定になる方も多いのです。
韓国の「ナヌムの家」では高齢になり最年少で82歳で高齢の方は92歳です。
病気の身体で毎週水曜日には日本大使館へ抗議に行っています。
日本と同じように2000万人〜3000万人殺戮を行ったドイツは「被害者との対話」を最も重視しています。本の知識だけでなく被害者と直接、対話する事により心に刻むのです。
ドイツではナチスのシンボルである卍マークのハーケンクロイツの旗を公衆の面前で見せたり、右手を斜め前にかかげるナチス式敬礼を行ったり、ナチスの著書「我が闘争」を書店で販売したりすることは法律違反です。
さらに「アウシュビッツで大量殺人はなかった」とか「殺されたユダヤ人の数は、
はるかにすくなく600万人というのは嘘だ」などと発言すると「国民扇動罪」という刑事罪になり法律違反で罰せられます。
ドイツではこういう発言をする人をネオナチと呼びヒットラー時代の復活を願っている人という事になります。

慰安婦の女性はいつかは軍件がお金になると後生大事に保存している人が多いのです。
慰安婦は国連の人権委員会が2000頁におよぶ報告書を提示しアジア全土で日本軍の慰安婦制度(奴隷制度)があったと認定したので勧告を行い全世界のコンセンサスとなっています。
これをなかったというのには余りにも無理があります。
国連は何故人権侵害があったと宣言しかと言うと韓国や中国だけでなくアジア全土で慰安婦制度があり今も慰安所後が残されています。
国連の宣言にたいして自民党25人と民主党の一部の議員がロンドンタイムスに異見広告を掲載し世界中の笑いものになりました。
日本は60年余りも日本は悪い事をしていないと言い続けていますが、アジアで日本の信憑性も説得力もない居直りの論法に納得している国はありません。そして、この居直りの論法が和解への障壁となっているのです。
つまり、居直りは国益だ。日本人の為になると思っている人が多いですが居直りは国益でもなければ日本人の為になる事でもないのは60年の居直り論の果てに解るはずです。
隣国を軽蔑するのではなく日本は証拠がある加害の歴史は真摯に認め被害者救済をし周りの国と和解する事が日本の進むべき道だと私は思います。日本は加害の歴史を認めずいなおりを続けていますが、これを私は歴史リスクと言っていますが経済にも悪影響をおよぼしています。

各国の慰安状況を比較してみた

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/02/02 17:35 投稿番号: [13 / 31]
軍隊の有るところ、慰安所があるのは常識ですが、各国の状況を比較してみました。

客観的に見て日本軍はむしろ模範的だと思います。
汚れ仕事を民間に丸投げせず、軍がその衛生面や安全面に一定の責任を追うことは非難されることでは無いと断言します。

一方、韓国軍はケダモノですね。
韓国にこそ謝罪させるべきです。


【ドイツ軍】
売春宿を軍が管理したが、売春宿のない占領地では、軍直営の慰安所を設け、慰安婦は現地の女性を強制徴用した。
強制収容所の囚人用の慰安所まであった。
女性達への補償は全くされていない。


【アメリカ軍】
占領軍は日本政府に命じ、売春施設を設置させた。
さらに大勢の日本人女性が占領軍にレイプされています。
当然のように日本人女性に対する補償は全くなされていません。


【旧ソ連軍】
ユダヤ人女性やポーランド人女性を拉致し、強制的に慰安婦にして無給で働かせていた。
女性達への補償は全くされていない。


【中国軍】
大陸にいた日本女性の中には、敗戦に伴う引き揚げ時の混乱の際、国民党軍や中共軍に拉致され、慰安婦にされるものが続出した。
女性達への補償は全くされていない。


【韓国軍】
朝鮮戦争でも従軍慰安婦を設け(この事実は、韓国人慰安婦を支援する高木健一弁護士も承知している)、ベトナム戦争に参加した際には、
現地に大量の混血児を残した。また韓国政府は、現在でも駐留米軍に、「洋郎」と呼ばれる慰安婦を提供している。
女性達への補償は全くされていない。


【日本軍】
慰安婦の構成は『日本人5・中国人2・朝鮮人2・その他1』で、現地の女衒(娼婦の管理者)と契約したため強制連行など必要なかった。経営は地元業者、監督を軍が担当し、高い給料(陸軍大将の月給が110円の時代に慰安婦の月収は150円〜1350円)を支払い、兵士と慰安婦の性病予防のため健康管理を軍医が担当。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: jinyang729 投稿日時: 2012/02/02 15:35 投稿番号: [12 / 31]
わしもそう思うよ

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 15:23 投稿番号: [11 / 31]
南京虐殺や強制連行や慰安婦はなかったとかもっと少なかったという意見が多いですが
何故、日本は日本の加害行為の歴史を否定したがるのでしょうか。
2000万人〜3000万人アジアの人々を殺戮の歴史は証拠もあまりにも多く消し去る事は不可能です。
それよりも日本の加害の歴史を隠す事、少なく見せる事が日本の為になると信じているのでしょうか。個々の事案を論じることよりまず何故、加害の否定をするのかが根本的な問題だと私は思います。
日本と同じくドイツも2000万人〜3000万人も隣国の人を殺戮したドイツも40年前までナチスが勝手にやった。自分達は関係ない。と言っている間は隣国との和解も戦後処理もありませんでした。
しかしドイツのマスコミが被害の歴史を放映するようになりました。
NHKと同じ様なドイツの公共テレビ、アー・エル・デーとかツェット・デー・エフなんかが、強制労働者の名前を毎日のようにテレビに映しだして、この人たちはもう高齢なんだから早くまとめないと手遅れになると毎日のようにキャンペーンを続けました。
ヒューマニズムにとらわれて自国の歴史を批判することができない日本とはずいぶん違います。
ドイツでは歴史問題では徹底的に謝ります。
その背景には人道的、道義的、責任感が根底にあり謝罪が国益につながるという論理的な
判断があります。一方、日本では「謝罪すると弱腰だ」とか「国益にならない」という論理とは正反対です。同じ謝罪が一方では「国益につながる」といい一方では「国益にならない」という正反対の考え方が生まれている。被害者救済しない事が何故「国益につながる」のでしょうか?この事を日本はよく考える必要があるのではなかろうか。……
ドイツの戦後賠償は全て個人賠償ですから被害者救済に主眼を置いているのに対して日本の賠償は外交保護権(被害国が国の賠償を求めてくる権利)を放棄させる事が目的ですから全部を国に支払っているのです。
しかも賠償義務は国とは別に個人賠償する義務も負っています。
日本の東京裁判にあたる、ドイツと連合国との裁判であるニュデンベルグ裁判以降に日本と連合国との間にドイツと連合国との間で相互に国対国の賠償がが終わり、相互に放棄する事案は相互に放棄しているのですが連合国と日本との平和条約でアメリカに対する請求権を放棄しているが米国では第二次大戦中、米国市民を含む12万人の日系人を強制収容所に抑留したが戦後 43年を経て「1988年市民的自由法」が成立し、米国政府は日系人に謝罪するとともに1人2万ドルの補償をおこなったカナダやイギリスでも、日本軍の捕虜になった元兵士らに対して政府による補償 がおこなわれた
日本はアメリカ、カナダやイギリスとの条約で請求権を放棄しているがアメリカ、
カナダやイギリスは日本人に賠償を支払っている。
アメリカ、カナダやイギリスは同情で賠償しているのではなく賠償義務があるから
支払っているのです。
日本政府が支払うべき韓国人や在日韓国、朝鮮人への賠償義務は存在する。
ドイツ政府が1952年から個人に支払った賠償金は2010年には12兆円に達す
るといわれています。
日本がアジアに支払った賠償額は6000億円でドイツの5%にしかすぎません。
いくらアジアの貨幣価値が低いといってもドイツも日本も殺戮した数はほぼ同じといわれているのに日本はドイツの5%というのは低すぎるといわれています。
日本政府が日本人に支払った戦争病者戦没者遺族援護法や軍人恩給などの補償は
42兆円に達しています。日本人にだけは手厚い補償をしています。
日本人に支払った補償の1/3か1/4をアジアの被害者に支払っていれば補償は
済んでいたかもしれません。
日本は60年余りも日本は悪い事をしていないと言い続けていますが、アジアで日本の信憑性も説得力もない居直りの論法に納得している国はありません。そして、この居直りの論法が和解への障壁となっているのです。
つまり、居直りは国益だ。日本人の為になると思っている人が多いですが居直りは国益でもなければ日本人の為になる事でもないのは60年の居直り論の果てに解るはずです。
隣国を軽蔑するのではなく日本は証拠がある加害の歴史は真摯に認め被害者救済をし周りの国と和解する事が日本の進むべき道だと私は思いますが

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 15:19 投稿番号: [10 / 31]
日本が戦後補償として支払わなくてはならない賠償がどれくらいあるのでしょうか
まずは軍人軍属の戦後賠償。1910年〜1945年までの間に約30万人〜50万人の朝鮮人男子が徴用され軍人もしくは、それに属する軍属にならされた。
1965年に日韓条約で日韓請求協定「日韓協定」が結ばれ、それと、ともに「戦没者戦争病者援護法」、1952年4月28日の2日後に、さかのぼって発行されたが1952年4月28日の2日後になぜ発行されたかというと、朝鮮人や台湾人を「戦没者戦争病者援護法」の補償から排除するために1952年4月28日の2日後に発行した
1952年4月28日のサンフランシスコ条約までは朝鮮人は全て日本人であり1952年4月29日以前にこの法を発行すると朝鮮人も補償対象になる為、1952年4月29日の2日後に発行した。元日本人であった朝鮮人を日本国籍より外国人に排除しておいてその2日後にまでさかのぼって日本人だけに補償した。
つまり朝鮮人を徴用したときは「内鮮一体」とか内地(日本)と(朝鮮)は同じ国で「皇国臣民」天皇の赤子だ。同じ日本人じゃないかと言って朝鮮人を兵隊に徴用しておきながら戦争が終わって補償するときには国籍条項を作って朝鮮人は外国人なのだから区別されてもしかたがないと軍人軍属にされた朝鮮人や台湾人を「戦没者戦争病者援護法」から排除した。1910年〜1945年まで朝鮮は日本の植民地であり朝鮮人は2級国民だが全て日本人で(当時は皇国臣民)でした。2級国民と何故書いたかというと当時、朝鮮人は日本人とは名ばかりで今の朝鮮総督府から日本本土に戸籍を移すことは出来ず又、朝鮮人にだけ適用される刑事罰がある。など処遇では日本本土の日本人とは違っていたからですが取りあえずは日本人だったのです。そして戦後は1947年5月2日以降は外国人登録を義務づけたのです。1947年5月2日は旧帝国憲法で昭和天皇が自分の力で憲法を決められる最後の日だったのですがその最後の力を朝鮮人の日本人国籍を剥奪し在日朝鮮人に外国人登録を持たせることに使ったのでした。1952年法務府道通達により日本国籍を喪失し選挙権は剥奪され、サンフランシスコ講和条約によって一般外国人と同じように出入国管理令による外国人登録法の適用を受けるようになった。
この外登令は退去強制の規定も、もっていたので在日朝鮮人からは反対運動が展開されました。1947年5月3日新しい日本国憲法が発布されましたが新しい日本国憲法の頭には「日本国民は」という文言がほとんどの頭に付き朝鮮人は全ての権利から排除されたのです。そして5月3日は憲法記念日として現在は(祝いの日)祝日になっているのです。そして1952年4月28日にサンフランシスコ条約で正式に完全に朝鮮人に逆戻りしたのでした。そしてこの時まで朝鮮人が個人で国籍を選ぶことなく日本が自由に朝鮮人の国籍を変えてきました。私はこの歴史を学ぶ内「ハッ」と気が付いた。中学生の頃、九州の熊本城に行くと傷痍軍人の手や足のない人が乞食をしていたのは、「戦没者戦争病者援護法」から排除され軍人軍属にされた朝鮮人や台湾人だったのか。日本人は乞食をする必要はない。援護法で保護されているのだから。朝鮮人や台湾人を兵隊に徴用しておきながら戦争が終わって補償するときには国籍条項を作って朝鮮人は外国人という理由で朝鮮人や台湾人を「戦没者戦争病者遺族援護法」から排除するというのは本当に都合のいい日本流の屁理屈で国際法や人道上からも許されることではないがこれを日本政府は60年間以上も放置し手や足をなくして苦しむ朝鮮人や台湾人を見殺しにしてきた。1990年に入って、戦後補償裁判が相次いで提起され60件に達している。日本の賠償は外交保護権を放棄させるのが目的で被害者救済が目的ではありません。そのため被害者は日本に来日して日本の裁判所で裁判するしか賠償してもらえる手段がなくなりました。
<国家無答責>明治憲法では国家賠償に関する規定は存在せず、国の権力作用に関して民事上の賠償責任は負わないと明文化されている訳ではありません。明文化されていないものをいわばそのように「解釈」した「国家無答責」を、国はこれまでの戦後補償裁判で主張してきたことでした。
戦後補償の個人の補償を日本の裁判所で勝訴するときの壁の一つに、不法行為から20年で賠償請求権が消えるとする「除斥期間」(いわゆる時効)です。
1975年10月23日の日中平和友好条約以降日本に行ける「渡航許可」が出たのは
1986年2月1日で、中華人民共和国公民出境入境管理法が施工されるまで日本に来ることは出来ませんでした。つまり本人が来日せずに裁判は出来なかったのです。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/02/02 14:55 投稿番号: [9 / 31]
日本がアジアに行った戦争は人的被害の大きさや侵略範囲の膨大さから、とても戦後処理(被害者の調査、被害者補償、謝罪と責任認定、被害者への名誉回復、被害者への法的救済、犠牲者の追悼、現状回復、希望する人の祖国への帰還、人道的罪などの違反者への処罰、731部隊の細菌兵器の処理、アジアに日本軍が作った施設)など、ほとんどの歴史家も評論家も政治家も膨大すぎて出来ない事と認識していましたがドイツは、その戦後処理のほとんどを、成し遂げました。実現可能な戦後処理が同じように2000〜3000万人もの隣国の人々を殺戮し侵略ししたが戦後処理のあり方は全く違ったものになり一方は評価され一方は60年経過した今も戦後処理が出来ずに隣国から非難されて今に至っているのです。
ここにヨーロッパでのドイツは支持を得て戦後処理にベストを尽くしたと評価され尊敬も集めEUの仲間入りを果たしました。
ギリシャの経済危機の時もイニシアチブもドイツとフランスが先導役を果たし盟主国となっているのです。日本はこれほどの経済大国になっていながらアジアの盟主国となっているでしょうか今も教科書問題や歴史認識が問題となり摩擦が絶えません。
ドイツの教科書は、詳しい解説が行われ残酷すぎるのではないかと思われるほどの写真や証言が載せられています。
特にドイツ人が加害者だったことが強調されています。
たとえば「過去への旅」という教科書では、ナチスの時代の近代歴史とその他の歴史との比率は1:1でナチスの台頭から敗戦まで72ページを割いています。
かって侵略された国にとって教科書の中でドイツ人が戦争を美化したり悲惨さを和らげたりしていないかはとてもとても重要です。
教科書会議の推進役は、「ゲオルク・エッカート国際教科書研究所」です。
この研究所はこれまでにポーランド、フランス、イスラエルなど12カ国と教科書会議を
数百回にわたり、行ってきました。教科書会議では歴史学者が相手国の教科書の記述が偏っていないかなどについて意見を交換します。
そして両国の文部省や教科書の出版社に、教科書の内容を勧告を送ります。
勧告には拘束力はありませんが、教科書には勧告の精神が強く反映されています。
ドイツでは教科書問題が外交問題になったりしません
日本では家永氏が執筆した高等学校日本史教科書「新日本史」(三省堂)が1962年の教科書検定で戦争を暗く表現しすぎている等の理由により不合格とされ(結局この裁判は日本の教科書の検閲であり日本軍の戦争をやわらかく悲惨さや残酷さを軽減させるための検閲であり一次訴訟から最高裁判決まで32年もかかったため「最も長い民事訴訟」としてギネスブックに認定された。
この裁判以降、日本国政府の検定に異議を唱える出版社はなくなった。
現在、扶桑社の「新しい教科書を作る会」の教科書は「白人の植民地支配にあえいでい   た・・・人々に独立への夢と勇気をはぐくんだ。」と書き戦争目的を「大東亜共栄圏」のアジアの開放の為に戦争したと美化している教科書は短期間で検定を合格させている。
日本では近代歴史は受験には出ないので勉強する必要がなく近代歴史を知らない学生が
どんどん増えている。

日本はアジアで尊敬される国になっているでしょうか?
日本人はドイツが一番ひどい国だと思っていますが、戦後処理において世界のコンセンサス(合意事項)は日本が一番ひどい国と思われていますがマスコミが、その事を報道しないので日本国民は知らないだけなのです。
誠意を尽くして戦後処理をするドイツと謝罪は弱腰だ。戦後処理は解決済みと「いなおる」
日本とでは歴史的な答えは出ているのです。
個人的に考えれば解りますが他人に怪我をさせて謝ると弱腰だとか払ってもいない補償を払ったといなおる人を尊敬したりするでしょうか?
歴史的結果は出ているにも関わらず日本では世界に対して説得力のある反論は出来ていません。歴史的史実に元ずかない反論はただの「いなおり」と見られるのです。
戦後処理にベストを尽くしたと評価され尊敬されるドイツと歴史問題や靖国問題や教科書問題が現在も外交問題になっている日本とでは明らかに世界の評価は違っています。
日本がアジアで尊敬される国になるための戦後処理のお手本が、かって同じように近隣の国に多大の被害をもたらした同盟国のドイツにあったのです。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: omaewa_ahoka09 投稿日時: 2012/01/30 19:25 投稿番号: [8 / 31]
chattppy2001

こいつは韓国の工作員だろう。

韓国併合まで朝鮮には女を人間扱いせずに名前も付けなかった民族だ。

李朝時代は明国・清国に属国として貢女と言う自国の強制売春婦を毎年何百人も女を差し出してシナの王朝に事大し、それを恥とするどころか、自慢にしていた民族である。

元々、朝鮮では女は人間ではなくモノとして扱われていた。

大体、戦後大分経つまでは日本語に従軍看護婦と言う言語は存在したが、従軍慰安婦なんて言葉も存在しない。

現在でも自主的な韓国人の売春婦が日本に多く居るが、これらについて韓国政府はどう説明するのか。

嘘つき民族のデタラメを吹聴して何だかんだと日本を貶めようとするこのような売国奴は神聖な日本から追放しなければならない。

とりあえず、明確な嘘を指摘しておきます。

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/01/30 02:15 投稿番号: [7 / 31]
>国際法廷での判決を不服なようですが、クワラスミ氏を中心として各国の先進国も参加して判決が下されました。



『日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷』   は国際法廷ではありません。

嘘は止めましょう。
「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NETジャパン)を中心とする怪しい団体で構成された民間の運動(民衆法廷)です。

法的根拠も客観性も無い極めて不公平かつ一方的な模擬法廷にすぎません。
極左の裁判ゴッコの結果に興味はありません。

国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/01/30 01:29 投稿番号: [6 / 31]
国際法廷での判決を不服なようですが、クワラスミ氏を中心として各国の先進国も参加し
て判決が下されました。
アメリカは慰安婦は歴史の事実であり何でもアメリカが日本をかばう事は出来ないとしました。
国際法廷の判決を不服としてニュースキャスターの桜井良子と自民党国会議員ら25名がニューヨークタイムスに日本は従軍慰安婦にひどいことはしていませんという異見広告を掲載しそれを日本は居直っているととられ一気に機運が高まり非難決議が採択されました。同盟国からも非難決議が採択それたのです。
オランダ、カナダ、イギリスでも非難決議が採択されフィリピンやASEANやEUでも非難決議が採択されようとしています。
マスコミはこれら一連の出来事をほとんど報道していません。
報道してもごく小さくしか報道しません。
又「ETV2001戦争をどう裁くか」というNHKの番組では従軍慰安婦を売春婦のように見せかける番組を捏造し日本中から裁判を提起されていました。
番組担当者は当時、自民党幹事長だった安部普三に呼びつけられ番組の改善の指摘を
受けたので捏造番組になってしまったと裁判で証言したが判決ではNHK番組担当者が
安部普三が言っていないのに捏造番組を作れと指示されたと勘違いして捏造番組をつくってしまったということだが自民党幹事長に呼びつけられて圧力と感じない者がいるのだろうか。
アジアには四百箇所以上の慰安所がありますがこれを全部民間業者が行うことは出来ません日本軍の関与なしにはありえないことなのです。
私の知る従軍慰安婦の人は日本軍に拉致され三ヶ月監禁され強姦され続けました。
慰安婦をしている間に9回堕胎し慰安婦を解放されてからも結婚しましたが子供が授からず開放後10年後に女の子が生まれましたが学校へ行くと慰安婦の子だと差別されました
従軍慰安婦の人は私は自ら望んで慰安婦になったのではないと名誉回復をしてほしいと
日本へ行き裁判を起こしましたが、金が欲しいから裁判を起こしているのかとか罵倒され
慰安婦の人は子供のために名誉回復して欲しいと裁判で戦い続けましたが一度も勝訴することなく日本政府は謝罪も一度もすることなく亡くなりました。
従軍慰安婦は現在も毎週水曜日に日本への謝罪と補償を求めて日本大使館に抗議に行なっている。日本が弱いものいじめの見苦しい国家だということが読者にも解って頂けたと思います。
アジアで日本を尊敬できる国、信頼できる国と思っている国は一国もありません。
日本の近隣には本当の友邦国は、ないことが納得できる。
そして政治家の妄言発言に代表される侵略戦争の美化、正当化や。いなおり。
そして、その「いなおり」が日本に住み続ける在日韓国、朝鮮人の差別につながる事
そして決して日本国民の為にもならない事をアジアで住む日本は深く考えるべきではないでしょうか。本当の国益は「いなおる」ことではなく被害者救済や戦後処理をして尊敬される国を目指す事ではないでしょうか。
昔の事は忘れて未来志向で行こうじゃないかとよくいいますが、では北朝鮮の日本人拉致
も昔の事だから忘れて未来志向で行くんですかと言うとそれは未来永劫に忘れてはいけないし人権問題だと言います。
未来志向とは被害者の事を忘れる事ではなく少なくとも被害者救済や戦後処理をした後、友好努力をすることであり単に加害の歴史を忘れることではありません。

Re: 国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/01/29 22:12 投稿番号: [5 / 31]
日本の博物館では靖国神社の付帯博物館の遊就館でのリーフレットでは、「近代国家成立のため、我が国の自存自立のため、さらに世界史的に視れば、皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった多くの戦いがありました。それらの戦いに尊い命を捧げられたのが英霊であり、その英霊の武勲、遺徳を顕彰し、英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにする。」とあります。
避け得なかった多くの戦いという言葉は防衛戦争であったような解釈になりますが日本の明治以降の戦争はすべて侵略戦争(侵して略奪する)であり他の国から攻められて戦争になった戦争はありません。
日本参戦の動機
欧州及びアジアの事態を重大視していたルーズベルトは支那事変勃発三ヶ月後の1937年10月5日いわゆる『隔離演説』を行い国際社会の無法に対抗する必要を説いて暗に、わが国を非難し、その後も日米通商条約廃棄など対日制裁の強化を支援しついには戦争の直接原因となる石油禁輸にいたる。」と、宣戦布告せず不意打ちで真珠湾攻撃を実施した日本が第二次世界大戦の戦争の原因は日本を禁輸で追いつめたアメリカ側にあるという趣旨の展示をおこなっている。
つまりアメリカへの石油の依存率はエネルギー全体からすると、わずか3%弱程度でアリカの禁輸が日本を追いつめるのが目的であったとしても3%のエネルギーの禁輸が日を追いつめる程の決定的な禁輸でもなかったし日本が宣戦布告と同等の行為であると認識する程、重大な経済全体がダメージを受ける事柄でもなかったのである。 日本の輸送や燃料は95%が石炭や木炭で船も列車も全部石炭で動いていたので石油がないことは戦争を起こさなくてはいけない程の重大な経済的理由ではなかった。石油がどうしても必要なのは戦車や飛行機などの兵器であり「石油がなくなる前くなる前に戦争を仕掛けた。」これが正しい。ほとんど日常生活に石油は必要では、なかったのです。
終戦の展示では「戦後アジアの独立と列国支配」と題して
終戦と同時にかっての宗主国がみずからの領土と信じる植民地に復帰した。
かし独立の意欲に目覚めた人々はかっての従順な下僕ではなかった。
マレーや仏印、蘭印で激烈な独立戦争が勃発した第一次世界大戦後に日本が提唱して否定
された『人権平等、民族自決』の理想は開戦劈頭(へきとう)に日本に敗れて権威をった
宗主国が武力で抑止できる状況ではなかった。
「東南アジアの民族は次々と独立しやがてアフリカなどに波及した。」と日本の侵略がアジアの民族の解放に寄与し「日本はかって正しい戦争をした」と侵略戦を正当化し厚顔無恥な展示しているが侵略し家を焼く、女性を犯す、殺す。の三光作戦を施してきた日本に『人権平等、民族自決』を促したことは、かって一度もなかったし独立に貢献したこともないのは言うまでもない。
また、朝鮮国を中国が干渉しこのままでは中国が朝鮮を征服し、やがて日本に攻めてくのは時間の問題であるので日本は朝鮮に侵攻した。と隣の家に宝があってだれかが窃盗入って盗まれるのは時間の問題だから私が先に盗んだのが何が悪い。というような論法でありまるで「強盗の居直り」の論法で中国が日本に攻めて来ると決めつけているが、過去に国が日本を攻めたことは一度もないのですが、断言しています。
日本軍が行った強制連行や従軍慰安婦や石井731部隊や三光作戦などの日本軍の
蛮行は一切、展示していません。
又、原爆博物館では日本人の被害の事を言っています。中国を侵略した末にシベリアに抑留されたのを舞鶴の引き上げ記念館では盛んに展示しています。
ドイツではナチスのシンボルである卍マークのハーケンクロイツの旗を公衆の面前で見せたり、右手を斜め前にかかげるナチス式敬礼を行ったり、ナチスの著書「我が闘争」を書店で販売したりすることは法律違反です。
さらに「アウシュビッツで大量殺人はなかった」とか「殺されたユダヤ人の数は、
はるかにすくなく600万人というのは嘘だ」などと発言すると「国民扇動罪」という刑事罪になり法律違反で罰せられます。
ドイツではこういう発言をする人をネオナチと呼びヒットラー時代の復活を願っている人という事になります。

Re: 博物館の視点

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/01/29 14:48 投稿番号: [4 / 31]
>アジアには沢山の日本軍の加害を残す博物館が遺されています。



北朝鮮には、アメリカの加害を残す極めて残酷な展示が博物館に展示されています。

■北朝鮮の信川博物館のアメリカ帝国主義の蛮行を告発する展示です.
http://www.norihuto.com/2000-kita7.htm


悪鬼のようなアメリカ軍の蛮行をお楽しみください。
これを見てアメリカ政府に謝罪と賠償と反省を求めてください。
居直りアメリカは酷い国ですね。



ちなみに韓国の独立記念館の展示もこれと極めて類似しています。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-762.html


韓国政府がしている事も、北朝鮮と大差が無い。
北も南側も間違い無く同じ民族ですね.


憎悪を拡大生産することで、自己正当化をして、犯罪行為を繰り返す・・・・

『私たちは被害者です。だから何をやっても許されます。』

このようなメンタルを持つ朝鮮人は、歴史から憎しみ以外に何も学ばない.

だから永遠に同じ間違いを繰り返す。
だから平気で残忍な蛮行を繰り返す。

博物館の視点

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/01/29 14:17 投稿番号: [3 / 31]
アジアには沢山の日本軍の加害を残す博物館が遺されています。
中国では南京虐殺の博物館「侵華南京虐殺遇難同胞記念館」や「中国人民抗日戦争紀念館」「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」では10年間にわたって捕虜や囚人にされた中国人、ロシア人、モンゴル人、朝鮮人をモルモットのように人体実験で残忍に非人道的に殺害された。日本の広島県大久野島では毒ガスや細菌兵器が作られ朝鮮人強制連行が9000人亡くなったという碑が遺されています。他中国には「東北烈士紀念館」「黒竜江省革命博物館」「要塞遺跡資料館」「撫順戦犯管理所」「九・一八事変陳列館」「平頂山殉難同胞遺骨館」など日本軍の蛮行の歴史を残す博物館がある。
韓国では日本軍「慰安婦」歴史館があり日本軍により慰安婦にさせられた朝鮮女性が八万人から二十万人が性暴力の対象になり姓奴隷にされた。又慰安婦の人達の住むナヌムの家が民間の基金や宗教団体の支援で運営されている。「安重根義士紀念館」では伊藤博文をハルピン駅で射殺した。事を中心に展示している。
「独立博物館」日帝時代の反日運動家の虐待や拷問をロウ人形を使ってうめき声も使って展示している。
シンガポールでは「セントーサ島戦争資料館」がある1942年シンガポールを占領し20万人の男子を(一部地域は女子も)「検証」という選別で反日の嫌をかけられ殺された。さすがに日本政府もこの大量虐殺を隠し通せるものではないと5万人の殺戮を認めた「5万人碑」とも言われている。
実際の虐殺はその何倍もの虐殺が行われたと思われる。
シンガポールでは晩晴園(孫文記念館)華僑虐殺犠牲者の遺品がありあのオシヴィエチム(アウシュビッツ)のように日本軍に虐殺された遺品が並んでいる。
シンガポールのラッフルズホテルの前には戦争記念公園があり「血債の塔」と呼ばれ「日本占領時期死難人民記念碑」がある。
セントーサ島戦争博物館での展示では原爆の写真の説明書きには「この爆弾が我々を解放した」とありました。日本の原爆の認識とは違うようです。
タイでは映画「戦場にかける橋」で有名になった泰緬鉄道でタイからミャンマー(当時ビルマ)へ日本軍が120Kmの線路を作った。アジア全土から募集、強制連行で連れてこられ強制労働させられ、その犠牲は十万人以上で泰緬鉄道のレールの下に敷く枕木の数だけ殺されたといわれている「JEATH戦争博物館」は「死の鉄道」に関する博物館では入り口に「許そう、しかし忘れまい」と書かれている。
このように韓国や中国だけでなくアジア全土に日本の加害博物館は遺されています。
日本は大東亜共栄圏の確立の為に欧米列強からアジアを救う為に仕方なく戦争をしたと主張していますが、これを信じている国はないようです。
アジアの人々を2000万人〜3000万人殺戮した末に原爆を落とされました
が原爆博物館では日本人の被害の事を言っています。中国を侵略した末にシベリアに抑留されたのを舞鶴の引き上げ記念館では盛んに展示しています。
自国の加害の歴史を遺す国はないと思っている日本人は多いのですが
日本と同じように2000万人〜3000万人殺戮を行ったドイツはユダヤ人の迫害、絶滅収容所に拘留した。「ノイエンガンメ強制収容所追悼祈念資料館」「ブーヘンヴァルト記念館」「ザクセンウゼン追悼所記念センター」「ダッハウ強制収容所祈念資料館」等ナチスドイツの過ちの史の博物館、モニュメントをドイツ民によって作られている
では何故ドイツはドイツの加害の歴史を博物館やその他の施設を1000ヶ所以上も遺しているのでしょうか。過去の犯罪についてのモニュメントを設置し同じ過ちを繰り返さない。人道的、道義的、責任感が根底にあり、歴史を忘れない事が歴史を忘れないという姿勢が近隣国の安心を得て国益につながるという論理的な判断がある。
謝罪も国益に判断があります。一方、日本では「謝罪すると弱腰だ」とか「国益にならない」という論理とは正反対です。同じ謝罪が一方では「国益につながる」といい一方では「国益にならない」という正反対の考え方が生まれている。被害者救済しない事が何故「国益につながる」のでしょうか?この事を日本はよく考える必要があるのではなかろうか。
日本は60年余りも日本は悪い事をしていないと言い続けていますが、アジアで日本の信憑性も説得力もない居直りの論法に納得している国はありません。そして、この居直りの論法が和解への障壁となっているのです。
つまり、居直りは国益だ。日本人の為になると思っている人が多いですが居直りは国益でもなければ日本人の為になる事でもないのは60年の居直り論の果てに解るはずです。
隣国を軽蔑するのではなく日本は証拠がある加害の歴史は真摯に認め被害者救済をし周りの国と和解する事が日本の進むべき道だと私は思いますが

国連腐敗の象徴 = 国連人権委員会

投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/01/29 00:41 投稿番号: [2 / 31]
腐敗が酷すぎて、国連改革の対象となり国連人権委員会は解体されました。
(表向きは発展的解消ということになっていますが、真実は違います。)

国連人権委員会は現在進行形で、民族浄化やら宗教弾圧、臓器売買等をおこなっている犯罪国家が『人権』という
方便を使って民主主義国家を裁く、狂気のロビー活動の場となりはてていました。

その実体は途上国クラブであり、極左勢力のロビー活動の場と化していたのです。


-------------------------------------------------------------------------------- --
■米国の国連改革案に関するアン・W・パターソン国連代理大使の国連総会における発言
(2005年6月22日)より抜粋

『残念なことに、国連人権委員会の現在の構成では、ジンバブエやキューバのように
深刻な人権侵害の過去を持つ国が民主主義国家を裁く立場にあることが、委員会の
業績に影を落としており、委員会の評判と有効性を大きく損ねています。』
-------------------------------------------------------------------------------- -- -


『国連人権委員会には、中国、ヴェトナム、キューバ、スーダン、ジンバブエなどの強権的独裁国家が名を連ねている。
国連人権委員会のメンバーは、米国が言うように「人権尊重の確固たる実績のある国に限定されるべきであり、
深刻な人権侵害を行っている国は除外されるべきである。』


私たち日本人は国連に幻想を持つのは止めた方が良い。
だいいち   ”国連”という訳がごまかしであり、正しくは『連合国』です。

つまり第2次対戦の戦勝国クラブにすぎない組織であり、その腐敗は深刻です。

国連が慰安婦制度を認定

投稿者: chattppy2001 投稿日時: 2012/01/28 20:32 投稿番号: [1 / 31]
日本軍慰安婦は国連の人権委員会が245ページ 1066パラグラフにおよぶ報告書を提示しアジア全土で日本軍の慰安婦制度(奴隷制度)があったと認定したので勧告を行い全世界のコンセンサスとなっています。
判決要旨は以下のとおりです。
「日本軍性奴隷を裁く女性国際戦犯法廷」
裁判判決 1996年12月
判決文は245ページ 1066パラグラフ
(個人の刑事事件について)
1.レイプと性奴隷制(人道の罪)10名
  昭和天皇裕仁、東条秀機、安藤利吉、畑俊六、板垣征四郎、小林跨躋 松井岩根、
寺内寿一、梅津美治郎の9名に命令責任実行責任で有罪判決。
2.マバニケ村のレイプ(人道への罪)
昭和天皇裕仁に命令責任で有罪判、実行責任は証拠不十分。
  山下奉文に命令責任と実行責任で有罪判決。
判決文では、日本軍(慰安婦)制度が性暴力制であったことを具体的に述べている。
そしてこのような姓奴隷制とレイプが、奴隷条約、ハーグ条約、ILO強制労働条約、人身売買禁止条約に違反している。戦後はその違法行為に対して、訴追や賠償の義務があるにもかかわらずそれを果たしてこなかった戦後責任も含めて、日本政府の賠償責任を認定しています。
〈賠償内容〉
事実の承認と真相の公開、遺骨の回収と埋葬、被害者の名誉回復の公式の宣言また は、法的決定、謝罪と責任認定、違反者への法的行政的制裁、犠牲者の追悼、公式かつ完全な謝罪を認めること、記憶の保存、ジェンダートレーニング、法的救済、原状の回復、損害賠償、リハビリテーション(被害回復)
〈日本政府に対して〉
賠償や謝罪、資料の永久保存と一般公開、記念館・博物館・図書館の設立、教科書 への記述、姓奴隷制とジェンダー関係の教育、希望する人の祖国への帰還、責任者の処罰などが勧告されました。
国連の宣言にたいして自民党25人と民主党のの一部の議員がロンドンタイムスに異見広告を掲載し世界中の笑いものになりました。
日本は60年余りも日本は悪い事をしていないと言い続けていますが、アジアで日本の信憑性も説得力もない居直りの論法に納得している国はありません。そして、この居直りの論法が和解への障壁となっているのです。
つまり、居直りは国益だ。日本人の為になると思っている人が多いですが居直りは国益でもなければ日本人の為になる事でもないのは60年の居直り論の果てに解るはずです。
隣国を軽蔑するのではなく日本は証拠がある加害の歴史は真摯に認め被害者救済をし周りの国と和解する事が日本の進むべき道だと私は思いますが

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