台湾人と本気で交流
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
塾頭
投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/06/09 01:56 投稿番号: [8620 / 10346]
>ここは一つ、ナガナガさんのルーツに関係ある名前をつけるの一手。
>もう一つは、日本人の心の底にある価値観を象徴する名前をつけるも一手。
おっしゃる通りなんですよ。
しかし今回、こうしたことを真剣に考え始めて愕然としたのですが
一度は言葉にしたことがあるような自分の内面が、文字として出てこないのです。
私は日々の仕事にうずもれる中でそうしたものが薄れてしまったのでしょうか。
そこで、皆さんとの対話の中で答えを見つけたいと思いました。
学校の名前となると難しいのは
あまりに理想をあらわすような言葉を使うと、逆にお客さんが
引いてしまうことがあるという点です。
適度に集客できるような商業的価値を失わず
かつ自分を示す言葉を考えたいのですが
こりゃあ、ちょっと難儀な作業です。。。。
これは メッセージ 8616 (edozaijyu さん)への返信です.
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ながながさん。ネーミング
投稿者: taipeisuki2003 投稿日時: 2007/06/09 00:11 投稿番号: [8619 / 10346]
すみません。よそトピから失礼します。
ネーミングの話しとなれば、私も、と
突然失礼します。
私は地名がいいと思います。
「原宿日本語学校」「新宿日本語学校」
「成田日本語学校」とか、微妙にちょっとはずした
あたりがいいと思います。間違っても「銀座日本語学校」
とか、「池袋○○」とか「赤坂」とか「歌舞伎町日本語学校」
はちょっとないかな。。
これは メッセージ 8615 (naganaga57 さん)への返信です.
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Re: 日語補習班の名前
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/06/09 00:10 投稿番号: [8618 / 10346]
>(補習班とは)出来損ないを集めた特別強化学級のようなイメージでした。<
なるほど、気がつかなかったが、日本的な感覚ではそんな意味になりますね。戦前の軍隊で、古参兵が気に食わん新兵を集めて、散々ピンタを食わせるための班という感じです。
これは メッセージ 8617 (edozaijyu さん)への返信です.
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Re: 日語補習班の名前
投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2007/06/08 22:53 投稿番号: [8617 / 10346]
>補習班と言うのは、日本では塾と言うのだと思います。すなわち日本語塾です。
そうでしたか。
出来損ないを集めた特別強化学級のようなイメージでした。
ご教授ありがとうございます。
これは メッセージ 8614 (unhoo さん)への返信です.
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Re: unhooさん
投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2007/06/08 22:34 投稿番号: [8616 / 10346]
つーことは、なんですか。
独立してということですか?
う〜ん
ご存知のように、私は日本っぽいものも商っております。
まぁ他にも色々商っていますが、その道のプロと言ってもいいです。
そういうことで言わせていただければ、本当に日本らしいモノというのは、現在の日本ではなかなか難しい。
芸術の分野でもそうです。
いや、日本独特のものもありますが、奥が深すぎて台湾の方々にソレと説明するのは難しい。狩野派が云々、琳派、大和絵が云々というのは無理でしょう。
言葉だってそうです。お店の名前は英語標記のほうが多いのではないでしょうか。
ここは一つ、ナガナガさんのルーツに関係ある名前をつけるの一手。
もう一つは、日本人の心の底にある価値観を象徴する名前をつけるも一手。
ナガナガさんのルーツに関係するものは、ナガナガさんしか分からないことです。
日本人の心の底・・というのを一番表しているのは、私は「桜」だと思います。
花鳥風月の花も桜を表し、日本で花と言えば、もう桜なのです。
日本人が持つ桜の価値観を理解できる外国人はあまりいないのではないでしょうか。
でも、そういう外国人こそ日本通というやつです。
上っ面だけでなく、こういうことを理解してほしいという一日本人としてそう思うわけです。
これは メッセージ 8615 (naganaga57 さん)への返信です.
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unhooさん
投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/06/08 14:19 投稿番号: [8615 / 10346]
ありがとうございます。
結構難しいのです。
日本語学校はイメージで門をたたく人も多いのです。
たとえば私の好きな言葉、論語の「士は以って弘毅ならざるべからず」からとって
「弘毅日語」としたら、イメージが硬すぎて、敬遠する人も覆いと思います。
また「仲良し日語」とか「にこにこ日語」とすると、
子供相手の学校みたいです。
ちょうどホットな奥の細道や
百人一首からとろうとも考えて読んでいますが
これもなかなかぴったりくる文句が見つかりません。
意味があり
日本語中国語で音がよく
文字もよく
硬すぎず、柔らかすぎず
ああ、むずかしい。。
そのほか考えた名前
良寛日語
いろは日語
言葉の森(日語短期補習班)
言葉の駅(日語短期補習班)
風林日語
竹涼日語
侍日語
○○日語(まるまる)
うーん。ぴたっと来ません。。
これは メッセージ 8614 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 日語補習班の名前
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/06/08 02:43 投稿番号: [8614 / 10346]
edozaijyu様:補習班と言うのは、日本では塾と言うのだと思います。すなわち日本語塾です。
naganaga57様:日語補習班の名前の公開募集ですね。日本語を習おうとする人なら、一応哈日的な人でしょうから、なるべく純日本的な名が人気集めによいのでは。わしも考えてみます。
これは メッセージ 8613 (naganaga57 さん)への返信です.
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Re: 日語補習班の名前
投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/06/08 00:59 投稿番号: [8613 / 10346]
すみません、日本語補習班というのは
いわゆる日本語学校のことなんです。
駅前留学NOVAのような、外国語スクールとしての日本語学校を
連想してください。。
>たまたま目の前にあるラム酒
75、5度もあるので、可燃性液体WARNINGの表示がある。
そんなの飲んでいたら
生きながらに人体標本になりまっせ。
そんな私が飲んでいるのは台湾の専売公社で売っているウォッカ40%に過ぎません。
>ちょっと長期出張で疲れてます・・・
近々ご相談した意見があるのですが、いつチャットに現れます?
これは メッセージ 8612 (edozaijyu さん)への返信です.
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Re: 日語補習班の名前
投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2007/06/07 23:07 投稿番号: [8612 / 10346]
どういった性格の班なのでしょうか・・・
まぁ
とりあえず・・・
・ライオンズクラブ
ちょっと地元の名士気取りの補習班。
参加者の名前の前後にライオンをつけて呼ばねばならない(例:ナガナガライオン)
・700式班
新幹線にあやかった補習班
とにかく速いが工期が延期されることもある。
・イージス班
最強の防空システムにあやかった補習班
その名は最強の盾に由来する。
最強の矛で突かれるとどうなるのかわからない。
・バカルディ151
ビンの口に火災防止フィルターが付いているくらいデンジャラスな補習班
たまたま目の前にあるラム酒
75、5度もあるので、可燃性液体WARNINGの表示がある。
こんなとこですか・・・
ちょっと長期出張で疲れてます・・・
これは メッセージ 8611 (naganaga57 さん)への返信です.
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日語補習班の名前
投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/06/07 21:35 投稿番号: [8611 / 10346]
突然ですが、
標記につき、アイデアを募集しております。
カフェさん、掲示板を借りて申し訳ありません。
みなさん、いい名前があったらぜひ教えてください。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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コスタリカが中国と国交を結びましたね。
投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2007/06/07 16:02 投稿番号: [8610 / 10346]
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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テレサテン名曲の数々♪
投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/06/03 22:23 投稿番号: [8609 / 10346]
久しぶりに私のCDコレクションからテレサテン名曲集をひっぱりだして聴いています。
その甘い声、甘いとしか表現できないテレサの声は時をこえて魅力的です。
テレサは「空港」、「つぐない」、「時の流れにみをまかせ」など日本語曲もすばらしいですが、やはり母国語である北京語歌曲に彼女の力量が集約されています。ちなみに、歌で国境をこえるテレサは広東語、台湾語でも歌っています♪
北京語の名曲はやはり「月亮代表我的心」、「甜蜜蜜」、「小城故事」、「夜来香」、「何日君再来」あたりでしょうか。
今でも台湾のカラオケで歌う人が多い定番です。
男女の愛情の美しさを歌わせれば彼女ほど表現力のある歌手はいないと思いますが、残念なことにテレサは香港名家の御曹司と結婚するはずが、家族の反対で結婚することができませんした。その数奇な人生に思いをはせて彼女の歌を聴きなおしてみると、なんとも感慨深いものがあります。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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テレサテンと国民党、そして中国♪
投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/06/03 21:56 投稿番号: [8608 / 10346]
日本の歌姫が美空ひばりなら、台湾の、いや世界の華人社会の歌姫ならやはりテレサテン(訒麗君)でしょう♪
音楽にうるさい私もテレサテンの曲がきっかけで中国語の勉強を始めたほどです。
そんなテレサテンの生涯をテーマにした日本制作テレビドラマ「テレサテン物語〜私の家は山の向こう」が日本と台湾で同時放映されました。
テレサテンの役を木村佳乃さんが演じていました。ドラマの出来は別として、私の知らなかった、台湾政治や中国政治とテレサテンの関係が描かれています。
テレサテンは国民党の軍人であった父と同じく外省人の母との間に生まれました。
貧しい雲林県の外省人村で生まれ、歌を続けるため中学校に通うこともできませんでした。彼女が歌手として成功、家族は豊かな生活を送り、弟はアメリカの大学に留学しています。
テレサの日本デビューを支援したのがポリドールレコードの舟木稔氏。国民党の軍人であった父はテレサの日本デビューに反対しますが、舟木氏の熱心な口説きで同意したようです。
日本で人気絶頂のとき、偽造パスポート疑惑(国交のある国が少ない台湾のパスポートは出国が不便で、海外で歌うテレサは友人の手配でインドネシアのパスポートも持っていた)がもちあがります。テレサは留置所に拘束されるなどトラブルもあり、そのとき、国民党文化工作委員から日本でトラブルを起こした以上、台湾へ強制送還すると脅迫されています。
ちょうど1979年のことで、台湾は戒厳令下にあり、国民党の独裁政治の真っ最中。テレサは自由のない国民党支配下の台湾に帰国することを拒否し、弟の手引きでアメリカに逃げます。
その後、テレサは国民党の愛国基金に多額の寄付をし、国民党軍の慰問にも活躍して国民党政府から高い評価を受け、台湾帰国を果たします。
当時、台湾で芸能活動をするだけでも政治的問題で被害にあう芸能人が多かったのでしょう。
そして台湾で戒厳令が解除される。中国ではテレサテンの中国語歌曲が大人気。
そして1989年、天安門事件。テレサは中国の民主化運動に協力しますが、支援も空しく、天安門事件で学生が戦車の下敷きになるのを見て、祖国中国の未来に絶望。フランスへ移住し、タイのチェンマイで喘息の発作を起こして急死。享年42歳。
外省人家族の視点からテレサテンを見ると、テレサがあくまで中国が祖国だと考える父親から精神的に独立し、晩年には中国と縁を切り、台湾は台湾として独立するべきだと考えるようになったと言えるかもしれません。
彼女の歌を私たち日本人は何気なく聴いてきましたが、彼女は一人の華人歌手として政治にたえず翻弄され続けてきたことに驚かされます。
それはそれとして、テレサテンの美声はまさに神が与えたもの。台湾が世界に誇る財産だと思います。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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八紘一宇
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/06/03 16:25 投稿番号: [8607 / 10346]
八紘一宇という言葉は日本書紀にあるのらしいが、日本書紀が書かれてから千三百年忘れられていたのを、昭和12年末の「愛国行進曲」の歌詞に出現して、日本国民全部が知るところとなりました。
しかし「愛国行進曲」の作者が直接日本書紀から見つけ出したのでなく、それより前に日本書紀から掘り出して、自己の思想体系に取り入れた人があった。その人は、「杉の木のこんもりと茂った霧深き山奥に住んで、思索に明け暮れしていた思想家」だというのです。その思想家の名をわしは知りません。調べたけれども手がかりがなかった。
「愛国行進曲」の歌詞の作者は森川幸雄という人で、当時23歳の青年、たぶん上記の思想家の信徒なのでしょう。「愛国行進曲」第二節にあります。
二、起て一系の大君を
光と永久に戴きて
臣民われら皆共に
御稜威に副はん大使命
往け八紘を宇となし
四海の人を導きて
正しき平和うち建てん
理想は花と咲き薫る
この歌詞に含まれた思想は、今から見ると実に神秘的で、天狗の栖みそうな森で思索に耽った人だからこそです。
これは メッセージ 8606 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: 三浦梅園のこと
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/06/03 13:13 投稿番号: [8606 / 10346]
unhoo様:
八紘一宇が正しいので再度初めのメッセージーに戻ります。
天孫降臨という言葉をよく書いたものですね。その高千穂の峰を
今年初めに家内がみてきました。宮崎県の延岡市から西の山奥に
入りました。夏場しか観光が出来ませんのが不思議です。
これは メッセージ 8605 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: 三浦梅園のこと
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/06/03 07:05 投稿番号: [8605 / 10346]
unhoo様:
宮崎県の平和台公園にある「八紘宇一」の記念塔であります。宮崎県に
高千穂の峰がありまして、神武天皇の皇孫の地であります。「八紘宇一」
を間違えて書きましたので、改正します。
これは メッセージ 8604 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: 三浦梅園のこと
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/06/03 00:30 投稿番号: [8604 / 10346]
unhoo様:
昭和15年は紀元2600年でありました。高天原に神武天皇が皇孫して
2600年たった高千穂の峰に八紘宇一の記念塔が建ちました。今でも
見事な記念碑であります。神武天皇の詔勅の中にはじめてこの「八紘
宇一」の文字が日本でみられたそうです。一家の諸人宜しく仲良く暮らす
思想は昭和18年の大東亜会議ころまでは理想でありましたが、終戦間際
にはアジア諸国間でもほころびかけたのです。だが真の意味は普遍でいまでも通用する筈です。
これは メッセージ 8603 (unhoo さん)への返信です.
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三浦梅園のこと
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/06/03 00:08 投稿番号: [8603 / 10346]
taiwanboom様
三浦梅園の存在を社会に認識させようと、敬慕者の諸氏が努力しているようですね。おかげで、ネットでかなりの勉強材料が集められそうです。しかし天気が暑くなってしまいました。
「大思想家、大哲学者はすべて天気の悪い寒い所に生まれ育った。天気のよいのんびりした国や、暑い国には、大思想家が出現しない」という説があります。釈迦はインド人ですが、生まれ育ったところは天気が悪くて寒いとのことです。キリストが生まれ育ったところも天気が悪くて寒いところだとか。マホメットはどうかな。ヨーロッパではカント以来、ドイツ人が西洋哲学を牛耳ってきたが、ドイツはヨーロッパ北部だから概して寒い国です。
日本では、山奥の杉の木がこんもり茂って、夏なお寒く、霧が深く、天狗が栖んでいそうなところから、八紘一宇思想を説いた人が出たのだとか。その人は誰だか、わしは知りませんが。
これは メッセージ 8601 (taiwanboom さん)への返信です.
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猛暑到来でふらふら〜
投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/06/01 21:58 投稿番号: [8602 / 10346]
仕事が忙しいのに、またしても台北に夏が到来(号泣)
温暖化の影響でしょうか、年々夏が暑くなり、
この6月から8月末までどうやって乗り切るかが課題に!
オフィスでは何とかなるとしても、自宅で24時間エアコンかけると身体に悪いし…。
しかも台湾電力は毎年6月から9月まで電気料金を値上げするし!
夏がこわいです、マジで。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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Re: 三浦梅園の評価
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2007/05/29 10:30 投稿番号: [8601 / 10346]
unhoo様
お節介かもしれませんが、哲学者・三浦梅園についての
評言のいくつかをまとめてみました。
三浦梅園は徳川時代の生んだ最大の自然哲学者である。
明治の初めに中江兆民は、日本にはかつて哲学なし、
と断定したが、もし兆民が梅園の存在を(略)知っていたならば、
いさぎよくその言を取り消したに相違ない。
<源了円「徳川合理思想の系譜」昭和47年>
わが日本があなた(梅園)のような偉大な思想家をもった
ということは何という私たちの誇りでしょう。
<三枝博音「三浦梅園の哲学」昭和16年>
三浦梅園は近世的意味に於ける純粋哲学者と称すべく、
日本では実に特異な学者である。
<田口正治「梅園研究創刊号」昭和45年>
三浦梅園はわが国における近代思惟の黎明期を形成した
瀬戸内学派の中核を成すと共に、純粋哲学の母である。
<高橋正和「日本思想史の基礎知識」昭和49年>
経世治国論が圧倒する知的風土の中で、
たくましい懐疑探求精神と旺盛なる関心をもって
自然のしくみを、かくも執拗にかくも自覚的に探求し、
それを積み上げて比類なき体系的自然論に纏め上げた仕事を、
少なくとも日本では他に見ない…。
<小川晴久「梅園研究第四号」昭和50年>
吉川
梅園というヒトは(私は)ほとんど読んだことが
ないんですが、非常にえらいらしいんですね。
中村
これは私もよくわからんのですが、たいへんむずかしい。
日本には珍しく論理的で、その自然法則、または自然認識
の方法についての詳細な論は、西洋の論理学や哲学書を
読む気がします。
<「日本の思想第18巻」付録
吉川幸次郎・中村幸彦対談
昭和46年>
三浦梅園は特段の哲学の師に就くことなく、
国東半島の山の中で独学で純粋な「哲学体系」を構築しました。
梅園が多くの人に知られないのは、
その哲学があまりにも「難解」に過ぎることによります。
「梅園がむつかしいということが分かるだけでもたいしたもの」
といわれるほどです。
脱線、ご寛恕を…
これは メッセージ 8598 (unhoo さん)への返信です.
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え、まじで江戸塾が?
投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/05/26 23:40 投稿番号: [8600 / 10346]
あれ、長らくカテを離れていたら、
え?
まじで江戸塾がなくなってる!
私もあやまります。多忙で保守ができなくなっちゃって(大汗)
これは メッセージ 8591 (naganaga57 さん)への返信です.
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Re: 三浦梅園
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/26 01:00 投稿番号: [8599 / 10346]
unhoo様:
哲学の英語Philosophyがスペル間違いなく書ける学生が60%しか居ない
と聞きます。多くがPhylosophyと書いて間違います。
さて私も専門の一つが哲学なのですが。科学で生きてきたので38歳に
なって再度文科を特に仏教を専攻したく当時は米国には仏教での通信講座が
無くて日本の大学を打診したら大体の大学は海外からの志願も拒否でした。
唯一つ仏教大学は便宜を図ってくれました。近世国文学と仏教を学びましたが、
図書館も無くて参考文献の入手が殆ど駄目でしたが全部レポートと試験を終えて
スクーリングに出席できませんでした。ビジネスに関係した時で時間がでませんでした。
米国の大学に転換して単位を取り、最後は修士号を哲学でもらいました。
科学と哲学の両天秤で人生にむかいましたが、結局科学で飯をくいました。
ま~自己満足のためですね。団塊の世代が一番多くはじめるのが、社会人大学
入学だそうで今度は好きな科目で好きな速度で勉強する数が多いそうです。
今はCA.大学大学院で仏教の専攻が出来る世の中となりました。一寸恥ずかしい
内輪話ですが。
東大は哲学では京都大の研究に引けをとった時期もありました。中国文学研究では東大も有名です。
国学院大学、愛知大学も中国文学では教授陣が多くの研究成果を発表して
いますね。
横から入りました。容赦ください。
これは メッセージ 8598 (unhoo さん)への返信です.
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三浦梅園
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/25 19:10 投稿番号: [8598 / 10346]
taiwanboom様
三浦梅園は今までに聞いたことがありません。コンピューター時代は物を調べるのに便利です。索引して一応のことを学ぶことにします。
Philosophyという英語に哲学という訳語を与えたのは福沢諭吉らしいが、この訳語がじつに立派なので、二次大戦前の日本の学生はなべて「哲学」に畏敬の念を抱いていたようです。
これは メッセージ 8597 (taiwanboom さん)への返信です.
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Re: 西田幾多郎著『善の研究』
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2007/05/25 11:21 投稿番号: [8597 / 10346]
unhoo様
禅宗妙心寺派の総本山、京都の妙心寺に西田幾多郎の菩提寺が
あります。
妙心寺の中を多くのタッチュウを散策中、偶然その寺の前を通ったとき
「西田幾多郎」の表示が出ていたのを見つけました。
ここは非公開でした。
ここにはほかに「春日の局」の菩提寺もあります。
ところで、わが国唯一の本格的哲学者とされている、
江戸時代豊後の「三浦梅園」をご存知ですか。
最近の研究で、梅園は「形式論理学」によって、
思索を構築していたことが分かりました。
西田幾多郎の研究で知られる末木剛先生の発見です。
数年前、私が大分市で主宰した「梅園学会」で、
末木先生が発表されました。
豊後の国東半島の山奥で、特定の師につかず独学で
三浦梅園がどのようにしてこの哲学体系を構築していったのか
その詮索はおおいに興味をそそります。
私は三浦梅園の詮索をライフワークにしています。
脱線をお許しください。
これは メッセージ 8593 (unhoo さん)への返信です.
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Re: しまった。。。
投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2007/05/24 22:11 投稿番号: [8596 / 10346]
いえいえとんでもない。
お忙しいのに気をつかっていただいて恐縮です。
ついついナガナガさんやウンホーさんをはじめ、皆様方に甘えていました。
こちらこそ申し訳ないです。
今までありがとうございました。
あのトピも一つの役目を終えたので、落ちるにまかせたところもありました。
また難しいこともあり、お気楽なところもありのトピを皆さんとやりたいですね。
これは メッセージ 8591 (naganaga57 さん)への返信です.
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西田哲学の超難解語
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/24 21:07 投稿番号: [8595 / 10346]
下記に西田幾太郎を紹介したウィキペディアの記事があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E7%94%B0%E5%B9%BE%E5%A4%9A%E9%83%8Eこの記事によって、西田哲学に出てくる有名な超難解語は、西田博士の処女著作『善の研究』に出たのでなく、晩年に提出されたものだとわかりました。
以下はウィキペディアの記事より引用:
最晩年に示された「絶対矛盾的自己同一」は、難解な哲学用語の権化のように疎まれたり崇められたりしていた。話のつじつまが合わなくなると「絶対矛盾的自己同一」を持ち出して逃れるという議論も実際にあったらしい。その内実は「過去と未来とが現在において互いに否定しあいながらも結びついて、現在から現在へと働いていく」、あるいは、鈴木大拙の「即非の論理」(「Aは非Aであり、それによってまさにAである」という金剛経に通底する思想)を西洋哲学の中で捉え直した「場所的論理」(「自己は自己を否定するところにおいて真の自己である」)であった。そこには、行動と思想とが言語道断で不可分だった西田哲学の真髄が現れている。(引用終わり)
この文自体もすこぶる難解で、わしにゃ歯が立ちません。ウィキペディアの記事の中に(ここでは引用しなかったが)、『善の研究』は旧制高等学校生徒必読の書だったと書いてある。旧制高等学校は全国に20校ぐらいしかなかったので、入学できるのは秀才中の秀才であったことはたしかだが。
ところで、日本の統治が、日本帝国の利益を目的としたものであって、台湾人は差別待遇されたにもかかわらず、日本時代生まれの台湾人が日本を恨まず、日本にたいして良好な感情を抱いているのは、きっと絶対矛盾的自己同一の現われに違いないと思います。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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Re: 西田幾多郎著『善の研究』
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/24 21:02 投稿番号: [8594 / 10346]
unhoo様:
久しぶりで西田哲学の一端を見た思いですね。是なら一日中でも読んで折られます。
李前総統も大分西田哲学に凝ったそうです。一時は共産主義にも凝った
そうです。
若い時代はあっちへ、こっちへ思想が流れるものですね。西田哲学の弟子
達の多くがその後戦争中に危険思想派として教職から追放されています。
これは メッセージ 8593 (unhoo さん)への返信です.
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西田幾多郎著『善の研究』
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/24 17:17 投稿番号: [8593 / 10346]
これは メッセージ 8590 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: しまった。。。
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/24 10:45 投稿番号: [8592 / 10346]
>江戸塾が消えてしまいました。。。<
わしもびっくりしています。
これは メッセージ 8591 (naganaga57 さん)への返信です.
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しまった。。。
投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/05/24 10:38 投稿番号: [8591 / 10346]
江戸塾が消えてしまいました。。。
この場を借りて、
塾頭、
保守行き届かず済みませんでした。。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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Re: 西田哲学
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/23 11:59 投稿番号: [8590 / 10346]
unhoo様:
貧乏な時代に学生が同じ本を図書館から借りてきて読んだのはこの時代で
ありました。おなかがすいていたのだが、西田哲学の本はどうみても
日本語とは思えなかった。何か翻訳文の臭いがしまして、難解でありました。
デモそれなりに読んだよと返事できるのが目的でありました。
図書館には「善の研究」と谷口哲学(雅春)の本が並んでいました。
今又西田哲学が世界で再評価されているそうです。漢文の先生が皇學館卒で
頻繁に西田哲学の引用をしていましたが、あれ中国語文体調であったのかな?この先生が後校長となりもっと西田幾太郎調の紹介が多くなりました。
カール髭が長くて授業前に唾をつけてその髭を伸ばすのが癖でありました。
これは メッセージ 8589 (unhoo さん)への返信です.
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西田哲学
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/23 10:59 投稿番号: [8589 / 10346]
昭和元年から日米戦争開戦(昭和16年)のころまでが西田哲学の全盛時代で、高等学校や大学の学生は西田哲学がわからないとばかにされた。
わしはその時期まだ旧制中学の生徒にすぎなかったから、西田哲学がわかると言い張らなくてもよかったが、同級生のなかに西田哲学を口に出すやつがいたから、彼を相手に西田哲学について論戦した。その論戦はわしの勝ちだったらしい。
わしの父はある大会社の平社員にすぎなかったが、本棚に西田幾太郎著『善の研究』を納めていた。父の晩年に、あの本を読んだのですかと聞いたら、一頁も読めなかったよと言って大笑いした。その本は、父が四十何歳のころ、友人に持って行かれて、戻ってこなかった。
話によると、あの本は冒頭第一頁に「絶対矛盾的自己同一」という超解語が出てくるそうだ。それからあとも難解語の羅列だそうだ。
これは メッセージ 8586 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: 言語と会話速度の不思議。
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/22 22:44 投稿番号: [8588 / 10346]
naganaga57様:
日常生活で英語で暮らす私にとっては、英語やヨーロッパ語は主語ー動詞の
形式になれています。特にドイツ語は主語ー動詞ー副詞の並びが強く、修飾語は文書の端に着ます。通訳で一番困ったのは主語がでた後、修飾語が並び
忘れた時に動詞がでてくるのですが、それが否定だったりすると、いい加減にせよと思います。ですから主語と動詞を掴みやすい西欧語は通訳もしやすいです。
短的な表現文が無数にありますね。是を憶えてしまうと、半分は物にしたと
思います。決まり文句をいたるところに配置して間をつなぐと上等な文章
が出来上がります。中国語の4つ漢字の表現と似ています。
思いつきで書いてみました。元気で生活しておられる故、何よりです。
横から失礼
これは メッセージ 8587 (naganaga57 さん)への返信です.
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言語と会話速度の不思議。
投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/05/21 02:32 投稿番号: [8587 / 10346]
突然ですが。
私、それなりに思考力はあると自負していますが
話すスピードは速くありません。
話すのが速い人は、やはり頭の回転が速いのだろうと思います。
そういう人は話題の展開にあわせて面白いことも言えるし
いいなあとうらやんでいます。
会社で営業やっていたころは、なお更そういう気持ちが強かったですね。
で、周囲の人間曰く
そんな私が中国語で話す時は、日本語で話す時よりはるかに早口なのだそうです。
言われて初めて気が付いたものですから、驚きました。
思考が早くなっているわけではないと思います。
その証拠に通訳する時は、よく適切な言葉が見つからず、
おろおろすることがありますから。
なんなのだろうと原因を考えて見たところ
2つの可能性に思い至りました。
①中国語は日本語に比べて、思考を言語にコンバートする際の効率がよい。
日本語は肯定否定の結論を語尾につけるのに対し、中国語は前におくため
直感的に下したyes/noを先に口に出しておいて、考えながら残りの成分を加えられる。
②外国語はパターン学習の積み重ねなので、感覚的に話す母語に比べて、
「この時はこう言う」機械的準備が、おのずとできている。
同じく肯定否定が前に来る英語で話す時はというと
あたしゃそもそも思考と同時進行で話せるレベルに達していないので
検証のしようがありません。
外国語として日本語を学んだ台湾人や
英語を流暢に話せる日本人に意見を聞いてみたいものです。
これは メッセージ 1 (abunaitaiwan さん)への返信です.
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Re: 那智高雄さま、西田哲学と日本人の内省
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/21 00:21 投稿番号: [8586 / 10346]
Cafe様:
戦後の酷い社会で中学生の私は、藤村の「破戎」を読みました。その次に
賀川豊彦牧師の神戸の貧民屈での救済活動の詳細を読んで「破戎」と「神父の
実際の奉仕は是だ」と理解した当時の感動がまだはっきりしています。
島崎藤村の博物館を長野に訪ねた時(1999年)台湾で無意識に執行された本島人への差別がひしひしと伝わってきました。
当時は格差とはいいませんでしたが、台北帝大卒の月給が60−70円で内地の一流帝大卒の月給は130円でありました。でも内地人の卒業生は台湾在住の内地人でも60%の外地手当てを貰いましたが、台湾在住の本島人の
卒生旗だの60−70円で月給で差別が明確でした。格差も台湾では差別が真実であったのです。総督府は曰く特別手当を出さぬと優秀な官吏を招待
出来ぬのでと理屈をつけました。是はいまでも高級官吏は霞ヶ関で理屈を
つけて収賄、賄賂などで補っています。
尚「雪結晶を人工的に作った人」は仲谷宇吉郎先生で北大の先生でしたか、他面先生は西田哲学の後継者の一人であったと記憶しているのですが?
これは メッセージ 8585 (cafebangchhunhong さん)への返信です.
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那智高雄さま、西田哲学と日本人の内省
投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/05/20 14:12 投稿番号: [8585 / 10346]
こんにちは、那智高雄さま
日々、豪胆でダイナミックな台湾の人たちと過ごしていると、繊細な心の交流を得意とする日本人同士の会話が懐かしくなります。
私は繊細さとは相手の心の動きを慮り、相手の心の機微を理解したり、控えめに相手を思いやることだと理解しています。この抑えたやさしさこそ日本人特有の表現だと思っています。
もちろん、台湾や他のアジアの人々も相手を思いやるわけですが、その表現方法が全く日本人とは違います。台湾では相手を思いやる場合、必ずそれをわかりやすく相手にアッピールしたり行動で示す必要があります。控えめでもなく、抑えるのでもなく相手にぐいぐいとアッピールしていく、このあたりが違うと思います。
日本人が内省的であるのに対して能動的なのが他のアジアではないかなあと最近思います。
>多くの台湾人が日本時代に哲学や禅を学ぶのに日本に
来てくれました。でも当時は戦争と西田哲学(京都)の西田先生や禅の
鈴木大拙さんは引退時期になっていました。
西田哲学は李登輝さんが京都大学留学時代にずいぶんと勉強されたと聞いております。私は哲学にも少し関心がありますが、西洋哲学の追求する能動的な自己意識に対して、西田哲学は日本的な内省する自己、悲哀や悲しみの中にある自己を追求しているように思います。
「台湾の悲哀」を訴えた李登輝さんですが、おそらく西田哲学を通して日本的な内なる自己の探求、内省的な表現などを探求されたのではないでしょうか。
>夏目漱石の「こころ」
は世界的な傑作ですね。川端康成の「雪国」なども繊細さでは抜群ですね。
10代でこれらの文学作品を読んだときは、そのあまりにも内面的で内省的な暗さ、自己を見つめる表現方法にうんざりしてあまり感銘を受けませんでした。
当時は、世界文学のようなダイナミックで前向きな表現、左翼革命のようなダイナミックな社会改革のような能動的な思想にあこがれたものです。
しかし、思い出してみると、その自己と徹底的に向き合い、自己の心理と葛藤する日本人の繊細な表現方法に感銘を受けます。
もう一度、日本の私小説を読み返して、その意味を探りたいと思っています。
これは メッセージ 8571 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: 北京語で繊細な文章
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/20 00:29 投稿番号: [8584 / 10346]
unhoo様:
物理学を学んだお嬢さんが、もし日本へ留学していたら、当時はまだ
京都帝大ー大学に素粒子の中性子論の湯川秀樹さんがいましたかな。
又東大には物理でも先端でして、今の田中先生が助教授だったかな?
二人ともノーベル賞を貰っています。雪の結晶で有名な先生(名前がでない)
が京都帝大にいましたが是は古い話です。今でも50−60歳代で
本島人の台湾向きの思想を持っている連中はずっと台湾に残り歴史を
見てきた証人たちですかね?
台北の中正堂がやっと62年経た挙句に台湾民主記念館となるそうで、
日本でももう既に明治とか大正とかの名前が付いた記念館がないのです。神社だけがのこります。
これは メッセージ 8583 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 北京語で繊細な文章
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/19 09:03 投稿番号: [8583 / 10346]
>貴方が日本語をよくするのに、お嬢さんがなぜ米国へいきましたか?<
外省人の学生がみなアメリカ行きを目指していたので、そのムードに巻き込まれたのです。台湾の大学の物理系(物理科)を卒業したが、卒業したころには、物理科を選んだのは間違いだったと後悔していました。化学科か何か応用の効く科目を選ぶべきだったと。
娘はもう学問をやめて専業主婦になっています。人生は結局そんなものです。
蒋政権時代の台湾は、じつにつまらなかった。あの時代にアメリカへ行った若者は、生まれてはじめて自由、人權、人間の自尊心を身に感じて、蒋政権下の人民は、動物園の檻の中の動物のようなものだと知ったものです。
蒋政権が死滅して20年、現在45歳以下の人たちは、蒋政権時代が動物園の檻のなかであったことを知らず、自由、人権、尊厳のない世の中は想像することもできない。
これは メッセージ 8582 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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Re: 北京語で繊細な文章
投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/05/18 00:49 投稿番号: [8582 / 10346]
unhoo様:貴方が日本語をよくするのに、お嬢さんがなぜ米国へいきましたか?当時の日本は戦後間もなくで、不安と治安の問題もあったからでしょうか?
あるいは適当な目指す学科が日本には無かったからですか?
戦後の北京語はいい加減で、台湾から、中国からの留学生が生物化学で
RNA and DNAを説明していると喧しくなり、聞いて見ると北京語には
これらの適語がないと申しました。驚きましたね。
でも英語科学文章が北京語の文章よりわかりやすいのは、単に歴史の長さの
違いからきているのでしょう。表現語句の多少に由来するのでしょうか。
源氏物語を北京語で書いても同じ繊細な感情が表現できるのですね。
これは メッセージ 8581 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 北京語で繊細な文章
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/17 10:31 投稿番号: [8581 / 10346]
>日本語は三つの種類の言語で成立しています。ですから万能の表現が
出来るものだと思います。漢字ばかりの北京語でもその能力があるのは
大したものです。<
終戦直後「外省人」が持ってきた北京語はまだ幼稚で、こんな言語で科学が記述できるだろうかと危んだものです。あのころの新聞の科学に関する報道は、じつにぎごちないものでした。60年たった今では、科学の記述ができる程度に北京語も成長したようです。
わしの長女は台湾の大学を出て、すぐにアメリカへ移住して35年になります。そろそろ英語が第一言語になりかかっています。彼女の説では、新聞の科学報道は、北京語よりも英語のほうがわかりやすいとのことです。
文芸的な記述、たとえば繊細な感情を叙述することなら、2500年前の『詩経』でも成功しています。
これは メッセージ 8579 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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