西田哲学
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/23 10:59 投稿番号: [8589 / 10346]
昭和元年から日米戦争開戦(昭和16年)のころまでが西田哲学の全盛時代で、高等学校や大学の学生は西田哲学がわからないとばかにされた。
わしはその時期まだ旧制中学の生徒にすぎなかったから、西田哲学がわかると言い張らなくてもよかったが、同級生のなかに西田哲学を口に出すやつがいたから、彼を相手に西田哲学について論戦した。その論戦はわしの勝ちだったらしい。
わしの父はある大会社の平社員にすぎなかったが、本棚に西田幾太郎著『善の研究』を納めていた。父の晩年に、あの本を読んだのですかと聞いたら、一頁も読めなかったよと言って大笑いした。その本は、父が四十何歳のころ、友人に持って行かれて、戻ってこなかった。
話によると、あの本は冒頭第一頁に「絶対矛盾的自己同一」という超解語が出てくるそうだ。それからあとも難解語の羅列だそうだ。
これは メッセージ 8586 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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