台湾人と本気で交流

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那智高雄さま、西田哲学と日本人の内省

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/05/20 14:12 投稿番号: [8585 / 10346]
こんにちは、那智高雄さま

日々、豪胆でダイナミックな台湾の人たちと過ごしていると、繊細な心の交流を得意とする日本人同士の会話が懐かしくなります。
私は繊細さとは相手の心の動きを慮り、相手の心の機微を理解したり、控えめに相手を思いやることだと理解しています。この抑えたやさしさこそ日本人特有の表現だと思っています。
もちろん、台湾や他のアジアの人々も相手を思いやるわけですが、その表現方法が全く日本人とは違います。台湾では相手を思いやる場合、必ずそれをわかりやすく相手にアッピールしたり行動で示す必要があります。控えめでもなく、抑えるのでもなく相手にぐいぐいとアッピールしていく、このあたりが違うと思います。
日本人が内省的であるのに対して能動的なのが他のアジアではないかなあと最近思います。

>多くの台湾人が日本時代に哲学や禅を学ぶのに日本に
来てくれました。でも当時は戦争と西田哲学(京都)の西田先生や禅の
鈴木大拙さんは引退時期になっていました。

西田哲学は李登輝さんが京都大学留学時代にずいぶんと勉強されたと聞いております。私は哲学にも少し関心がありますが、西洋哲学の追求する能動的な自己意識に対して、西田哲学は日本的な内省する自己、悲哀や悲しみの中にある自己を追求しているように思います。
「台湾の悲哀」を訴えた李登輝さんですが、おそらく西田哲学を通して日本的な内なる自己の探求、内省的な表現などを探求されたのではないでしょうか。

>夏目漱石の「こころ」
は世界的な傑作ですね。川端康成の「雪国」なども繊細さでは抜群ですね。

10代でこれらの文学作品を読んだときは、そのあまりにも内面的で内省的な暗さ、自己を見つめる表現方法にうんざりしてあまり感銘を受けませんでした。
当時は、世界文学のようなダイナミックで前向きな表現、左翼革命のようなダイナミックな社会改革のような能動的な思想にあこがれたものです。

しかし、思い出してみると、その自己と徹底的に向き合い、自己の心理と葛藤する日本人の繊細な表現方法に感銘を受けます。
もう一度、日本の私小説を読み返して、その意味を探りたいと思っています。
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