ビックリ台湾!?

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Re: 台北龍山寺界隈

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/26 11:36 投稿番号: [3027 / 3149]
  龍山寺の門前が屋台街だったのは覚えています。そこで何かを食べたのも記憶していますが、当時のガイドブックには、そのあたりは地元の安い「岡場所」で、観光客は立ち入らないようにとの注意がありました。ストリートビューで見ると、いまは、まぁ、なんとも立派な公園になっていますが、その場所、例によって大陸難民の不法占拠地帯だったのですかね。でなかったら、あんなにキレイに追い払うこともできなかったでしょうから。とすると、そのまえ、日本の統治時代も公園だったのでしょうか。

台北龍山寺界隈

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/26 10:47 投稿番号: [3026 / 3149]
>台北は龍山寺界隈がそうだと聞きましたが、どうでしたか。

お答え。龍山寺の向かいに広場があって、何故か建物が建てられて
いなかった。5年前或は10年前かな、その広場は飲食屋の屋台店
に占領されていた。その近くに中学校の同級生の友人が住んでいた。
彼を訪問すると、広場の飲食店で何かをご馳走してくれた。衛生上
不安があったが、彼はそこで物を食って腹をこわしたことがないと保証
した。その友人はもうこの世にない。広場の広さは500坪かな、
1000坪はないだろうと思う。

台北で最初の地下鉄ができたとき、その広場の地下が地下鉄駅になり、
地上の屋台店は追っ払われて、小公園になった。最近は行ったことが
ないので、どうなっているわからない。

龍山寺自体が台北市の観光スポットの一つである。十分に見ごたえが
ある。

Re: 新造はふる気ではなし寝る気なり

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/25 21:32 投稿番号: [3025 / 3149]
  その遊女三千人の吉原ですが、今ではもう、ほとんど普通の町になっていますね。大門がありまして、その入り口あたりの道がカーブになっていて、これにはいろいろな意味があるそうです。そのカーブ、「ストリートビュー」で見ると、いまでもキチンと残っています。わたしの住んでいる横浜の中区に「真金町」という町がありまして、戦後暫くはたいへんに賑わったといいますが、いまではマンションと駐車場だらけのツマラナイ町です。台北は龍山寺界隈がそうだと聞きましたが、どうでしたか。
落語にも吉原や品川はずいぶん出てくるのですが、客が上がるところまでは描写しますが、肝心の場面は用なしとばかりに省略されてすぐ朝になってしまいます。もっとも、そんなもの聞いたってしょうがないですよね。

Re: 新造はふる気ではなし寝る気なり

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/25 20:21 投稿番号: [3024 / 3149]
なるほど、セックスのお勤めをするよりも眠りたいのですね。
「ふる気」の意味がわからないとだめですね。わかりました。
「やる気」と言えば今の人にはわかりやすいでしょう。ありが
とう。

Re: 新造はふる気ではなし寝る気なり

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/25 16:59 投稿番号: [3023 / 3149]
  ご説明いたします。と言って、わたしも含めてこれを「解説」なしに判る人なんてまず居やぁしません。古川柳の集大成である、「俳風柳多留」も解説などはなく、どうしても判らない「謎句」などは、物知りの隠居さんなどから聞いたといいます。「それは、おまえ、こういう意味だ」「ははぁ、なるほど。うまいことを言ったものですねぇ」という按配。
で、この句は舞台が吉原。まぁ、品川でもいいんですが、要するに「岡場所」という遊女がいた所。 Wikipediaによると、新造(しんぞう)とは、 「女郎の一種 - 振袖新造、留袖新造、太鼓新造、番頭新造があり、 普通は振袖新造を指す。若すぎる、まだ水揚げの済まない見習い女郎のこと」とあります。で、こうした若い女は金持ちのご老人が好みまして、一夜をともにしようという訳ですが、ご新造、男の好みより、ただ眠いだけで布団に這入り込む。「振る気ではなくて、寝る気」だという…。まあ、それだけのことです。

新造はふる気ではなし寝る気なり

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/25 14:56 投稿番号: [3022 / 3149]
これはわしにはわかりません。解説してください。

Re: 川柳

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/25 13:59 投稿番号: [3021 / 3149]
  徳川時代、江戸は都市人口世界一、紙の生産、消費はオランダ人も驚くほどで、世界でも抜きん出た出版文化をもつ国家だったそうな。わたしの手元に、これはネットで買った小学館の日本古典文学全集・第46「黄表紙・川柳・狂歌」がありますが、江戸時代の日本人、いかに暇を持て余していたとは言え、「黄表紙」など、よくもこれだけ込み入った「ふざけた」ものが書けるものよと、感心するのであります。もちろん、当時の作家が有り余る知識のもとに渾身の知恵を絞って書き上げたものですから、その出来ばえは驚嘆の一言に尽きます。

月代にかゆみが来ると負け将棋
新造はふる気ではなし寝る気なり

川柳

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/25 12:48 投稿番号: [3020 / 3149]
川柳は江戸時代に発生したものらしい。江戸時代の川柳は傑作
がいくらでもあった。江戸時代の川柳を集めた本がわしの父の
蔵書にあった。一人息子のわしがその本の所有者になったが、
残念ながら紛失した。

Re: 短歌

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/24 20:14 投稿番号: [3019 / 3149]
十大ニュース、3位に「反日デモ」=大手サイトがネット投票―中国
時事通信 12月24日(月)18時56分配信

  【北京時事】   …騰訊網は、反日デモに関して「中国の100都市で大規模な反日デモが起き、一部の地方では破壊、略奪、放火行為があり、『愛国賊』は人々に激しく非難された」と指摘した。
*******************************************
  そうか、やっぱり非難されたか。だけど、「愛国賊」ってのは変な言葉だなぁ。だいたい、あんなやつらに「愛国」の二字なんか与えたりするから、つけあがって悪いことばっかするんだよ。もっとも、日本だって、日の丸の旗をおっ立てて「愛国」だの「憂国」だのを看板に、脅迫、恐喝で飯を喰ってる入れ墨だらけの兄ちゃんたちもたくさんいるからな。だけど、「愛国」って本当に何なんだろうね。毎日、満員電車で通勤して真面目に働き、文句も言わず税金を払い、一生懸命に家族を養っている人が本当の愛国者じゃないのかな。おれ、そう思うけどね。
明日から、今年最後の週の東京市場が始まるけど、いま、CME円建て日経平均先物が10080円という高値で推移しているから、このままでいけば、25日の寄り付きも高く始まるだろうね。先週、思わぬ評価損を蒙ったから、大納会までにはなんとか回復できるといいんだがね。

短歌

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/24 14:19 投稿番号: [3018 / 3149]
今日は寒く   なるとの予報   なりしかど   暖かくなり   ビックリしにけり
*****************

いやはや、角川短歌賞に入選クラスのすばらしい出来ばえです。これほどのものをさらりと御作りになりますと、もう、日本なら「歌人」と呼ばれ、各界から弟子の入門希望者は引きもきらず、各地の短歌発表会では紋付羽織袴で審査員…。まぁ、冗談はさておき、俳句が国際的な広がりを見せ、これに続いて欧米を中心に短歌まで愛好クラブが出来ているのは嬉しいかぎりです。あと、わたしの好きな「古川柳」、これが広まり、理解され、その国なりの川柳ができるようになるといいのですが、そこまではちょっと無理でしょうかな。

ビックリ台湾!?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/24 13:15 投稿番号: [3017 / 3149]
今日は寒く   なるとの予報   なりしかど   暖かくなり   ビックリしにけり

↑わしの詠んだ短歌でござる。、

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/24 11:09 投稿番号: [3016 / 3149]
海外旅行が過去最高 13年も勢いは続くか
海外旅行などの日本人出国者数が12年ぶりに最高記録を更新する。これまでのピークだった2000年の1781万人を超えて、12年は1850万人程度まで拡大する見込みだ。
***********************

  昔の「選挙公報」、候補者の経歴には大抵、「海外旅遊×回」などというのがあって、それが地方議員まで自慢のタネだった。いま考えると、噴飯ものなのだが、羽田の国際腺ロビーも貧弱で、東京オリンピックのあたりまでは、バカ高い航空券を買い、旅行社が斡旋してくれた闇ドルを持って、レシプロの四発機で対流圏のなかを酷く揺られながら外国に行くのは庶民にはできない相談だったのである。海外旅行がブームになり始めた頃、成田空港などでよく見かけたのが所狭しと大量のステッカーを貼ったトランクで、それは「オレはもう、こんなに海外に行ってるんだぞぉ」というバカのメッセージだったが、さすがにそれも見なくなった。
いま、「Google Earth」の「Street View」で、外国のとんでもない田舎の一本道まで這入り込むことが出来て、「ははぁ、このあたりはこうなっているのか」という疑似体験ができる。画像と実際の旅行を混同する気はさらにないが、おれも歳だし、入費と安全を考えたら、それも「あり」か。

有馬記念

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/23 11:51 投稿番号: [3015 / 3149]
  今日、日本の最強馬を決める「有馬記念レース」が中山競馬場で行われる。一着賞金は一億八千万円で、これは馬主に支払われるのだが、原資はもちろん「勝ち馬投票券」である。競馬の控除率が25%だとは誰でも知るところで、その収奪ぶりは白昼の強盗と変わらない。ここで、ギャンブルの弊害を論じても詮がないが、これに取り憑かれたら抜け出すのは大変だろう。じつは、その25%という数字、それが1レース毎の控除だと言っても「あたりまえじゃないか」という返事しか返ってこないだろうが、ここに計算できない恐ろしいトリックがあることは案外知られていない。説明などしなくとも聡明な人ならすこし考えるだけで納得し、理解できるはずだ。要するに、競馬ファンは馬券を買えば買うほど損が膨らみ、結局は身ぐるみ剥がされて放り出されるのである。

コロナ・マークⅡ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/22 18:44 投稿番号: [3014 / 3149]
「都会のタクシーはブルジュア的だ。自動車は農村に送れ」1966年あたりか、まだ文革がつづく「紅衛兵」の叫びだが、このころの中国は党や政府の幹部用に「紅旗」など、ほとんどハンドメイドの高級車を作っていたが、大衆車の生産はゼロ、庶民には何ヶ月もの給料を溜めて自転車を買うのが精一杯だった。文革も収束したころ、これは1970年あたりかと思うが、上海の街角に日本から輸入したばかりのトヨタ・マークⅡが停まっていて、それを何人かのアメリカ人観光客が興味深げに覗き込んでいた。「共産中国」もものかわ、さすがにアメリカ人はもうやってきていたのである。マークⅡはアメリカには輸出していなかったが、トヨタのマークを知らなかったか、気がつかなかったか、テレビカメラに向かって、「これは凄い。中国でこれだけのクルマを生産しているとは知らなかった」と、興奮の面持ちで感嘆の賛辞をおくっていたのには笑わせてくれた。まぁ、それだけの話なのだが、いま、中国が世界最大の自動車生産国・消費国だと知らない日本人も多いようだ。

無題

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/22 12:49 投稿番号: [3013 / 3149]
  引見して罵倒すればよかったのにね。
*****************
  蒋さんにしてみれば、佐藤内閣までは不動の信頼をおいていた自民党政府が、田中という土建屋内閣に変わった途端、台湾を捨てて中共と国交を結ぶのですから、その驚きと怒り、やり場のない悔しさで一杯だったはず。当時の台湾のテレビ、クイズ番組で「世界で一番、信義に欠ける国はどこでしょう」という問題が出て、正解はもちろん「日本」。しかし、いまになってみれば、国交などあろうとなかろうと、双方の行き来と貿易が自由なら何のこともないというのが、両国人民の共通認識ではないでしょうか。そこを考えると、いまの中台の関係も不思議千万、台湾海峡を挟んで、お互いの観光客、商務客の往来が引きもきらず、you tubeで見た昔の「金門砲撃」など、「こんなことが本当にあったのか」と思うほど、時の移ろいとは恐ろしいものです。日本、中国も「平和友好条約」などを取り結んだところで、中国全土で反日暴動が二度も発生、日系企業が甚大な被害を蒙っても未だに、陳謝、補償もないまま双方は完全な冷戦状態です。
わたしの家の近くに賑やかな商店街があって、どこに住んでいるのか、おおぜいの中国人が歩いているのは前にも書きましたが、スーパーのなかでも、レジ係り、店内の中華弁当の調理人など、十数人の中国人が働いているのをみると、それが悪いというのではないにしろ、「いったい、どんなビザで来ているのか」どうも不思議なのであります。それはそうと、こんどの反日暴動、デモ隊のあんちゃんたちの「日本人は中国から出て行け」という怒鳴り声がなんどもテレビ音声で流れていましたが、それ、彼らにはどう聞こえたのでしょうか。まぁ、ニヤリと笑って聞き流しでしたかね、

Re: 祝典

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/22 01:00 投稿番号: [3012 / 3149]
>このあたり、先生の思い違いではないでしょうか。

↑そうでしたか。日本が中共と建交するためには、蒋政権と断交しな
  ければならぬとは、中共が堅持した条件であり、蒋介石側でも中共
  と国交のある国とは交際しないという規則を堅持していました。日本
  の特使との面会を拒絶するとは、蒋介石も気量の小さい奴です。引見
  して罵倒すればよかったのにね。

Re: 祝典

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/21 23:54 投稿番号: [3011 / 3149]
日本は中共と建交するために蒋経国政権に特使を派遣し…。
******

このあたり、先生の思い違いではないでしょうか。田中角栄内閣が中国と国交を樹立したとき、台湾に椎名悦三郎を特使として送りましたが、このときはまだ蒋介石の時代だったと思います。蒋介石は椎名に会うのを拒みましたが、椎名さんだって厭な役目を負わされたものです。

Re: 祝典

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/21 23:21 投稿番号: [3010 / 3149]
蒋介石が台湾へ逃亡した時から蒋介石の中華民国と国交を持つ国
はどんどん減少した。蒋介石が他界したのはは昭和50年という日本
人に覚えやすい年である。

後を継いだ蒋経国は国交のある国をを引き止めるに必死だったが、
大勢は如何ともする術はなかった。日本は中共と建交するために
蒋経国政権に特使を派遣し、非常に紳士的な挨拶をした。最も卑
怯なやり方で断交したのは韓国であった。台湾人は蒋経国政権を
自分たちの政府とは思っていなかったが、韓国の卑怯さには呆れ
て、蒋経国に同情した。

蒋経国は3人の息子が皆凡才であることを認めて、蒋政権は2代
で終結すると声明した。台湾人は蒋経国の潔さに敬服し、蒋経国
が韓国から受けた屈辱を思い出して、韓国への憎悪を深くした。
その憎悪は今に引き続いている。

Re: 祝典

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/21 20:30 投稿番号: [3009 / 3149]
  日本が何かやったら韓国人は怒るから危険だというわけですか。
***********
  そうではありません。現在、日韓そして日中関係が険悪さを増していて、どこから手を付けたらいいのか、こんどの政権でも妙案はないようです。結論を言えば、これをこのまま放置したら、中韓のあいだに「条約のない」反日同盟が必ず成立するだろうとわたしは思うのです。ソ連が崩壊し、中国が実質的に「資本主義経済」になったいま、もはや、米、日、韓にとって、そして台湾にとっても「反共」はなんの意味もなくなりました。韓国と中国の共通イデオロギーとして、「反日」が大きな政治目標になっています。この「反日」は、毛沢東時代にも、そして朴正煕の時代にもありましたが、当時の「反日」は、とくに中国の場合は、はっきりとした階級認識のもとに、日本支配層と日本人民を分けていました。しかし、いまの中国にはそうした考えはなく、なんでもかんでも十把一絡げにして「小日本」攻撃に終始しています。韓国の「反日」も竹島問題、歴史認識、慰安婦問題、さらには経済問題などを複雑に絡めて年を追うごとに先鋭化しています。この両国が「反日」を共通の目標に結束し、北東アジアで軍事的、経済的な対日攻勢をかけてくる可能性が高く、すでにその前兆も見られるのです。「相手は《特定アジア》だからそれで構わない」とする意見もあります。わたしは日中、日韓関係を修復するために、とくに中国に対しては、これまでの日本政府がとってきた「領土問題は存在しない」というかたくなな態度を改め、尖閣が確固とした日本領土だという信念のもとに、これについて国連に提訴するという選択も含めて、胸襟を開いて中国と話し合い、交渉のテーブルに就くべきではないかと考えています。韓国にはついては、竹島がすでに日本の実効支配から離れているので、解決は容易ではありませんが、「何かやったら韓国人は怒るから危険」ということではなく、すくなくとも「竹島領有記念式典」のような、相手から見れば「挑発」としか見られないであろう無駄な行動は、自民党幹事長が危惧するまでもなく注意深く避けるべきだろうと思うのです。これがわたしのだいたいの考えなのですが、unhoo先生のご見解はいかがでしょうか。

Re: 祝典

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/21 19:15 投稿番号: [3008 / 3149]
>北東アジアの平穏を考えたら「竹島の日」の祝典なんぞは身震いするほど危険なものだったのである。

↑竹島のことで韓国が何をやっても日本人は怒らないから安全だが、
  日本が何かやったら韓国人は怒るから危険だというわけですか。

祝典

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/21 13:47 投稿番号: [3007 / 3149]
  自民党の石破茂幹事長は21日午前のTBS番組で、党の公約に基づいて来年2月22日に政府主催で「竹島の日」式典を開催することに慎重な考えを示した。「北東アジア地域の安全保障環境に良いことかという判断をしなければならない。日韓関係が悪化して喜ぶのはどこかを考える必要がある」と述べた。
**************************
  この「喜ぶ国」がどこなのか、たしかに考える必要がある。北朝鮮とは国交もなく、貿易すらも禁止しているのだから、かの国がどんなに喜んだところで、関係改善の意思も手段もない日本の保守政治が続く限り、なにかしらの進展、メリットがあるはずもないだろう。ロシアはどうか。この国は日韓関係が好転し、竹島問題が解決、ないしは凍結されて、とりあえずは正常な状態になることを恐れているだろうか。この巨大な資源国家が、在日、在韓の米軍を快く思っていないのは昔からだが、日韓関係がギクシャクしようが、どうしようが、そんなことは始めから問題にもしていないだろう。残るのはどこか。もう中国しかないが、そりゃそうだろう。中国と韓国が、領土問題、歴史認識問題で共同歩調をとり、暗黙裡の政治的反日同盟をつくる可能性は多分にあって、それは、これまで、中国に対しての韓国側からのアプローチ、サインがいくらでもあったのである。中国はそうしたあからさまな反日カードを表にするのを避けてきたが、尖閣が【中国側から見て】解決の糸口も見つからない以上、もう遠慮はしなくなった。このあたり、どこが知恵を授けたのかはしらないが、さすがに自民党幹事長はしっかり認識していて、「愛国」の自民党、よくぞ、選挙公約に掲げたものだが、北東アジアの平穏を考えたら「竹島の日」の祝典なんぞは身震いするほど危険なものだったのである。

Re: 小学校とは先生が’学童を殴る處?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/20 23:30 投稿番号: [3006 / 3149]
「10円とはいえ現金」賽銭盗んだ男に懲役1年   大阪高裁
産経新聞 12月20日(木)11時50分配信

…判決によると、鶴原被告は今年5月13日午後、金剛峯寺にある織田信長供養塔で、地蔵の前に供えられていた賽銭の10円玉を盗んだ。
*********************

  これはもう、日本の司法がいかに狂っているかの証拠だろう。近年、刑法犯罪の「厳罰化」が凄まじい猛威を振るっていて、この判決にみられるような判事の信じられない狂態が堂々と罷り通っている。これまでの日本のマスコミは、わずかな例外を除いて、裁判、判例をまともに検証しようなどという姿勢は微塵もないし、権力の濫用の結果として、多くの冤罪を生み、不当判決が横行しても知らんふりという風潮を改めようとしない。高知の「白バイ事件」などはその好例である。そもそも刑法には「量刑」というものがある。10円盗んで1年なら、100円、1000円盗んだら何年なのか。これなら、歩行中に相手と袖が触れても「暴行罪」で逮捕、その最高刑の2年の懲役を言い渡すこともできるではないか。「盗みは盗み」という、およそ法律家が口にすべきではない短絡さでは「法治国家」の美名は直ちに返上してもらいたいものだ。

Re: 小学校とは先生が’学童を殴る處?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/20 12:28 投稿番号: [3005 / 3149]
  麗しい師弟愛は人類最大の美徳の一つかもしれない。まさに「仰げば尊し」なのだが、たしかに尊敬できる立派な先生もいました。いましたが、ハッキリ言ってごく僅か。いや、いや、学校の先生にもヒドイのがいましたねぇ。わたしが出た横浜の中学校、いつも顎を上げて傲然とした態度の教師がいました。担任の先生が言うには、そのセンセイ、台湾からの引揚者だとのことでした。道理でねぇ。

Re: 小学校とは先生が’学童を殴る處?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/20 10:57 投稿番号: [3004 / 3149]
わしが在学した小学校でも平手打ちが多かった。古いことなので忘れて
いたがい思い出しました。それから地理科で地図を指すための竹竿を
あの先生は生徒の頭を殴るために使い、そのために先が割れてしまうと、
新しいのに換えた。何回も換えたほど生徒を殴った。戦後その先生が
台湾へ来たとき、台湾人の生徒は恩師として迎えたが、日本では昔の
生徒との交際が殆ど断えていることを、先生の口ぶりで知った。台湾人
の生徒はクラスの中に10%ほど在った。

Re: 小学校とは先生が’学童を殴る處?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/20 10:08 投稿番号: [3003 / 3149]
  いまでは体罰は禁止されているのですが、戦後しばらくの間は教師による暴力はたしかにありました。これが、戦中、戦前では教師に「教戒権」があり、平手のビンタくらいは当然のことだったと思います。もちろん、軍隊は比べようもないほど悲惨なもので、古兵による暴力は恐るべきものがあったといいます。ただ、終戦間近になると、内務班の「私的制裁禁止」が通達され、殴る蹴るの暴力は控えられたと体験者から直接聞いたことがあります。しかし、戦地ではどうだったでしょうか。映画【私は貝になりたい】のシーンにフランキー堺演ずる清水豊松が戦犯で起訴され、アメリカ側の検事に向かって「日本の兵隊はねぇ、二等兵はねぇ、牛や馬と同じなんだよ!」と叫ぶシーンがあります。戦場で真っ先に死ぬのは二等兵で、階級が上がるほど「生存率」が高かったのは争えない事実です。

小学校とは先生が’学童を殴る處?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/20 09:37 投稿番号: [3002 / 3149]
>その生徒がどうなったは知らないが、担任の先生から思い切り張り手で
殴られただろうことは察しがつく。

↑わしは台湾人だが内地人(在台日本人)の小学校に入った。そこでは
先生がよく学童を殴った。5年生、6年生になると、わしの在った教室
では先生が生徒を一人も殴らない日はなかったように思う。そういうこ
とは日本だけなのではあるまいか。日本以外の国でも、先生が学童を殴
るだろうか。戦後の日本ではどうだろうか。中学校では先生が生徒を殴る
ことはなかった。

しめなわ飾り

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/19 22:07 投稿番号: [3001 / 3149]
  スーパーの入り口に、パックされた正月の「ミニしめなわ飾り」が山のように展示されていた。だいたい、500円から800円程度のモノだが、はっきり言って玩具のような紛い物で、もうすっかりお馴染みの「中国製」である。日本の正月、こんなものまで中国人の世話になるのかとなんとも複雑な気持ちだが、薄緑色に染色された藁を捻って「注連縄」のように見せかけてはいるものの、巻き方がゆるゆるでなんとも間が抜けている。昔の職人の頑固爺ィが見たら「日本の正月をナメてやがるか!」と本当に怒り出すかもしれないが、もう、そんな人もいなくなったし、正月もただの「連休」と変わらないから安物の外国製注連飾りでも構わないのだろう。そういえば、どの国でもクリスマスの飾りは中国製が当たり前だし、日本人形も安物は押並べて中国製、確認はしていないが、家具も中国製が多いと聞くから、仏壇や神棚もそうじゃないかと思う。仏壇ならまだしも、神棚が中国製じゃナ…。

Re: 「丸」という雑誌

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/19 18:52 投稿番号: [3000 / 3149]
  陸軍の「隼」は国民に親しまれていたそうだが、海軍の「零戦」は対米作戦のために「軍事秘密」とされていたそうな。したがって、戦争初期の段階では新聞やグラフ雑誌に「零戦」は出てこない。戦艦大和、さらに同型の武蔵の建艦になると、その防諜体制は凄まじく、吉村昭の「戦艦武蔵」を読むと、周りの丘から丸見えの長崎の造船所であれだけのものを秘密裏に造ろうと、遮蔽のためだけの巨大な倉庫を何棟も作ったというから大変なものである。天皇もこの超ド級戦艦に関心を持たれ、「こんどの戦艦の主砲は何センチか」という御下問があったから海軍は返答に窮した。言うまでもなく、菊の御紋章を舳先につけた天皇陛下の戦艦であり、まさか、とぼけて奉答をしないわけにはいかない。すぐに、主砲の脇に水兵を一人立たせた写真を差し出して勘弁を願ったという話がある。軍艦の大砲など、砲口を大きくするだだけなら簡単じゃないか、と思うのは大砲の製造、冶金工学を知らない人の言うことで、わずか1センチでもこれを拡げるのは大変なことだという。いったん「極秘」の判子を押したら、天皇陛下にも軍機は漏らさないのだから、戦時下の国民には大本営発表以外は何も知らされず、知っていても口を閉ざしていたのだが、もちろん、ヘタなことを喋って特高に踏み込まれたらタダでは済まないからである。わたしが以前住んでいた横浜市南区に「岡村」という高台があり、ここに高射砲陣地があって、住民の誰もが知ってはいたが、戦時下、「弾む会話で漏らすな軍機」の標語はたしかに守られていたのである。だが、数人の小学生がその陣地の下で遊んでいるとき、背広姿の男が「君たち、この上にはなにがあるのかな?」とにこやかに尋ねたのである。小学生の一人が「高射砲陣地じゃない?」と答えたが、その男、特別高等警察の刑事だったから堪らない。翌日、何人もの警察幹部が校長室を訪れ、「お前のところでは、生徒に防諜教育をしておらんのか!」と怒鳴りつけた。その生徒がどうなったは知らないが、担任の先生から思い切り張り手で殴られただろうことは察しがつく。

「丸」という雑誌

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/19 16:40 投稿番号: [2999 / 3149]
終戦後発刊されたもので、戦前はなかった。発刊当初は
主に戦争中機密とされていたことを記事にしていた。例え
ば零戦の性能などは戦争中は零戦はすごいとうだけで、
性能は秘密だったが、「丸」に最高速度、武装ばどが出て
いた。発刊当初購読したり、立ち読みしたりしていたが、
戦争が遠退くにしたがって、読まなくなった。

大統領選

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/19 11:49 投稿番号: [2998 / 3149]
  韓国の政界も離合集散が激しく、その経済とともに、隣国ではあっても、かの国の内実に精通した日本人はごく少ないようだが、こんどの大統領選挙、自国の首長を直接投票で選ぶという、あたりまえのようでいて、民主主義などは建前でしかない政治後進国の日本などには真似もできない制度である。いまの韓国、なにしろ、たいへんな財閥国家であり、一見するとソウルの表面的な華やかさは東京を越えているような印象さえある。ただ、過度な競争社会の不合理からくる、庶民生活の実態は酷いものらしい。大学進学率が八割を超えているのは驚きだが、よほどの一流大学で、しかも上位の成績を取らなければ財閥企業には就職ができず、その時点ですべて「格差」が決定されるわけである。もっとも、これは程度の差はあっても日本も同じだし、台湾もまさにそうだろう。江南の邸宅街を歩いたことがあるが、墓石を横に積み上げたような【例えは悪いが】大邸宅が並んでいるのを見ると、世田谷の木造「高級住宅街」なぞは掘っ立て小屋のようなものだ。今日の大統領選挙、日本ではまったくと言っていいほど関心が薄く、まず、候補者の名前すら知らないだろうが、韓国はおそろしく緊張した一日となるはずだ。私見だが、内外の情勢から考えると、おそらく、左派の文在寅が勝つだろう。

キャタピラー

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/18 18:51 投稿番号: [2997 / 3149]
「プラモデル」をやめて随分経つが、興味がなくなったわけではない。しかし、作ろうとしても、もう、「根」が続かない。いま思えば、雑誌【丸】を定期購読しながら、タミヤ、ハセガワのミリタリーモデルを山のように作っていたから、ひと頃のわたしは相当な「軍事オタク」だったのである。ハセガワのモデルは飛行機がメインなのだが、その高額品になると、部品点数もやたらに多く、昨日、今日のモデラーには歯が立たないほど精密、複雑である。それを塗装しながら組み立てるのだから、よほどのマニアでないと人に見せるような完成品にはならない。タミヤは各国の「陸軍」モノが多く、よく工夫されていて作りやすい。モデルには「組み立てガイド」の始めに必ず数ページの「解説」があり、当時の生産国の「軍事思想」、「用兵思想」まで説明されていて、実機などの様々なストーリーが興味深く書かれている。これがモデラーの楽しみでもあり、あらたな「発見」にもなる。たとえば、WWⅡのドイツ兵器などは優秀な設計者がコストを考えずになんでも「良いものを」と考えるから製造に手間取り、メーカーの苦労も大変だったらしい。ソ連は生産第一で、省けるところは徹底して省くという「スラブ合理主義」を貫いていて、「そこまでやるか」と驚くことがある。たとえば、有名なT34戦車の履帯、当然その一つ一つにピンが差し込まれて繋がっているわけだが、それを止めている割ピン、ロックナットの類がない。つまり、指やプライヤーなどで引き抜けばそのままピンが抜けてしまうのである。「そんなバカな。だったら、走行中に履帯がすぐバラバラになってしまうではないか」と思うのはロシア人の考えを知らないからである。走行中に外に飛び出してくるピンはキャタピラーが一回転する間に車体についている簡単なストッパーに押し戻されるのである。それだけのことなのだが、これが実戦には案外役に立つ。キャタピラーは消耗品でもあり、また、敵の砲火ですぐに破壊されるのは避けられない。これなら素早く予備の履帯で補修できて、なかなかのアイディアなのだが、これはなぜか外国にはマネされなかった。また、そのキャタピラー自体も、接地部に厚いゴムや鉄板などが付いておらず、「これでは履帯が傷まないか」と思うのだが、ロシアの雪や泥濘、畑や草原などを走るぶんにはそうしたものは要らないというわけである。ソウルの「総合安保展示場」に、このT34があり、写真にも撮ってきたが、履帯のピンとストッパーに気が付かなかったのは残念だった。

Re: 日曜雑感

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/18 12:11 投稿番号: [2996 / 3149]
  古今亭志ん朝、和服の似合うじつに粋な噺家だったが若くして故人になった。生きていれば、今頃は千金の値打ちがある枯れた名人芸が見聞きできたのにと残念至極である。かれに太鼓持ちの「いっ八」なぞを演らせたら、寄席の客はそのまま明治、大正の花柳界に引っ張り込まれて、しばらくは帰れなくなること請け合いである。この人、どういうわけかドイツが好きで、訪独歴は数十回を数え、会話レベルのドイツ語なら何とかこなせたというから大変なものだ。そのドイツ贔屓、まさか、親父の志ん生の得意ネタだった「寝床」、番頭の佐兵衛が旦那の義太夫から逃げ回った挙句、書置きを残して逐電、「だんだん、聞いていったら、あの人はいまドイツにいる」という奇想天外な「サゲ」に影響されたわけでもあるまい。で、この志ん朝、同じドイツ語圏のスイスにもよく足を伸ばし、なんと、スイス軍から名誉の「負傷勲章」を貰っているから凄い。「凄い」といって、種明かしをすればなんのこともない。冬山にバズーカ砲を撃って雪崩をおこす軍の訓練に特別参加、その照準器が顔面に当たってカスリ傷を負っただけなのだが、まぁ、渡すほうだって日本の著名な「Story teller」がわざわざテレビクルーとやって来たのだからと、冗談半分のご褒美だったのだろう。
まあ、例によって支離滅裂な文章なのは、「饒舌」を「教養」と心得ている、ろくに読みもしない古本集めが趣味というだけの似非インテリだからご勘弁願いたい。

Re: 日曜雑感

投稿者: fouquint 投稿日時: 2012/12/18 00:32 投稿番号: [2995 / 3149]
日頃のtokyo_cachito3氏の投稿とは思えないような支離滅裂な文章で、全体として何を言いたいのか、よくわからない部分もあるが、最後の文がどうも最終的に言いたいことのようではある。違っていたら、ご容赦いただきたい。

> いま、また、「改憲」だ、「国防軍」だという戦後日本でもきわめて反動的な「軍事」内閣が出現するだろうが、これに抵抗する日本人もけっして少数ではないのである。

「反動的」というのは、1960年代くらいに当時の中国共産党が日本政府に対して、好んで使っていた懐かしい枕詞であるが、おそらく氏の「教養」の一部なのだろう。
それはともかく、「改憲」やら「国防軍」を政権公約に掲げる安倍自民党が今回の選挙で圧勝したことが、どうも氏は気にくわないようだ。まあ、個人的な感情はさておいて、「改憲」や「国防軍」がなぜファシズムとか侵略に結びつけるのかがよくわからない。また、何の説明もない。

私は永世中立国のスイスにさえ、軍隊が存在すると書いた。それでは、「スイスはファシズムの国」であり、他国を侵略する魂胆で、そのような組織を維持しているのだろうか。そんなことはない。それは国民の生命と財産及び国土を守るために持っているのである。もちろん使いようによっては、他国の侵略に用いることもできる。しかし成熟した民主主義国において、そのようなことはあまりおこらない。ガバナンスとシビリアン・コントロールがしっかりしているからだ。

ひるがえって、日本はどうだろう。現在の日本はまだ未成熟の民主主義国家なのであろうか。そんなことはないと思う。国民の教育レベルは高く、また勤勉性、公正性がある。
戦前の日本軍は政府に属さない独立した組織であったので、「勝手な」事をやることもできたが、現在の自衛隊はそうではない。完全に政府のコントロール下にある。名称を「国防軍」にしたところで、何の不都合もない。ただし交戦権がなければ、いざというときに、役に立たないので、憲法を改正しようということである。当然のことだ。いつまでもアメリカにおんぶに抱っこでは、アメリカも荷が重いことだろう。日本の再軍備は財政難のアメリカも望んでいるはずだ。

Re: 中内功氏

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/17 20:00 投稿番号: [2994 / 3149]
「松下の製品はな、松下が値段を付けて、松下がアフターサービスをするんや。君の所の世話にならずともやっていけるんや」松下幸之助のその声は怒気を含んでいた。それを言われたのは中内功、場所は間門の松下本社社長室、時は1964年、東京オリンピックの年である。関西の実業界では幸之助の存在は絶対的で、彼に睨まれたら商売はできない。中内のダイエーは問屋から大量に仕入れた「ナショナル」テレビを20パーセント引きで売り始めた。それはすぐ幸之助の耳に入り、中内が呼びつけられたのである。ナショナルは戦前から全国に「ナショナル店会」という販売網を持ち、製品価格は厳重に守られていたが、中内はこれに挑戦して価格破壊をやったのである。
まだ若かった中内は「松下さん、それは違うんじゃないですか」とやり返した。「ナショナルの製品が梱包されて工場を出たら、それはもう松下電器のものじゃない。価格は販社と消費者の間で決めてもいいんじゃないですか」と言うのである。怒り心頭に発した幸之助は問屋に圧力をかけ、ダイエーへの出荷を止めてしまった。意地っ張りと意地っ張りが喧嘩をして、その後、30年もの長きにわたり、ダイエーにナショナル・パナソニックの製品をみることはなかった。いま、その両人も故人となり、ダイエーは「産業再生機構」から「丸紅」系列に入り、バナソニックは泥沼の赤字に喘いでいる。

Re: 中内功氏

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/17 17:40 投稿番号: [2993 / 3149]
中内功の「性格」はフィリピンの戦線で鍛えられたかも知れない。絶望的な飢餓のなかを彷徨しながら、ときには少人数で米軍キャンブに夜襲をかけるのも、もちろん、戦利品の食糧が目当てで、これは太平洋のどこの戦線にもあったようだ。しかし、どの道、勝てない戦争である。中隊が全滅したなかで中内は命を永らえ、戦傷も負わずに米軍の捕虜になって故国に帰ることができたのは実に幸いであった。もちろん、心のなかでは「おめおめと帰還して死んだ戦友に申し訳ない」という後ろめたさもあっただろうが、いやいや、軍国日本、戦野に屍を晒すはもとより軍人の覚悟などと「教育」はされても、生きて戦後日本の復興に尽くすのも悪かろうはずがない。第二次大戦の欧州戦線、あるいはアフリカ戦線で、早々と米軍の捕虜になって行進するドイツ兵のフィルムを見ると、わたしはけっして米軍の礼賛者ではないが、「おまえら、ラッキーだなぁ」と思わずにはいられない。これが、独ソ戦の捕虜なら、どっちがどっちの捕虜になったところで、まず無事には還ってこられなかったろう。ドイツ軍の捕虜になった大量のソ連兵の行進などを見ると「これだけの投降兵がどこから出てきたのか」と不思議な気もするし、それが、わずか二、三年でよくぞ戦況が逆転、400万ものドイツ兵を殲滅してベルリンに赤旗を立てたロシア人のタフさ加減にはまさに脱帽である。話が飛んでしまったが、こんどの選挙で大勝ちの自民、「日本をとり戻す」のも結構だが、たのむから中国と戦争だけはしてくれるなョ。

Re: 中内功氏

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/17 10:31 投稿番号: [2992 / 3149]
だが、そうした氏の経営者としての可否が、赤紙一枚で侵略戦争に駆り出され、おおくの戦友を目の前で失った悲惨な体験とは直接には結びつかないだろうし、そうしたものから来る氏の強い「反戦」、「反権力」の姿勢から新日鉄の稲山会長の「再軍備」発言に鋭く反駁したとしても誰も非難することはできないだろう。

Re: 中内功氏

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/17 09:52 投稿番号: [2991 / 3149]
  日本の超級市場の草分けであり、一時は向かうところ敵なし、全国に店を拡げて飛ぶ鳥を落とす勢いだったダイエーも事実上の破産で、中内氏の晩年は寂しいものだったようだ。彼の拡大戦略は本業より、取得した店舗用地の値上がりを当てにしたもので、それを担保にまた土地を買って店を出すという繰り返しだった。そうしたサイクルも「バブル」破綻で行き詰まったのは必然だったろう。なんでも置いておけば客が来るという戦後の「甘い商売」が通用しなくなったのに、その変化が読みきれなかった。1980年代、冷凍冷蔵庫と電子レンジの普及で冷凍食品が普及すると読んだのはいいが、これが日本人の食生活の主流になると思い込み、利益率がよく、仕入れと管理の楽なこの商品ばかりに力を入れて店内のかなりのスペースを冷凍ケースにあてたが、こうした姿勢が消費者の反発を買った。【続く】

中内功氏

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/12/17 08:59 投稿番号: [2990 / 3149]
もう故人なのだね。戦争でひどい目に遭ったためか、それとも生来の
性格なのか、他人には物を言わさんという態度では、彼の発言は他人
には用がない。

Re: 日曜雑感

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/16 20:09 投稿番号: [2989 / 3149]
  わたしは、民主国家がその国力に応じた自衛能力を持つことまでは否定しない。しかしながら、国家、国民のの真の防衛力とは、最新の正面装備と師団の数で決まるのではないのは明白であり、この近現代史を俯瞰しても、「強大な軍備」が結局、自国と周辺国に何をもたらしたかは一目瞭然である。同時に、いずれの国も無限の軍備を持って、勝手放題に外国を屈服させることはできなかったし、できるはずもなかった。中内功氏の、「新憲法があるから戦争の心配をせずに商売ができるんだ」という発言は、飢餓とマラリア、執拗な米軍機の来襲、米式装備の比国兵士との戦闘で生死の間を彷徨い、彼の中隊は事実上の全滅をして、彼ともう一人の召集兵しか生きて故国の土を踏めなかったという、厳然たる事実が背景にあり、その言葉の重みをだれが否定できるのか。「憲法が平和を守るわけではない」とは一面の真実だとしても、これには顧みる価値もなく、ただただ軍事力だけが頼りとする考えには、わたしは賛成できない。当時、たしかに日本だけがすべて悪かったわけではないが、第二次大戦が、「持たざる国」の侵略から始まり、ファシズムと反ファシズムの戦争だったことは紛れもない歴史的事実ではないか。いま、また、「改憲」だ、「国防軍」だという戦後日本でもきわめて反動的な「軍事」内閣が出現するだろうが、これに抵抗する日本人もけっして少数ではないのである。

Re: バターンの死の行進

投稿者: fouquint 投稿日時: 2012/12/16 18:22 投稿番号: [2988 / 3149]
「毎年壮大な観兵式を挙行」する必要は必ずしもないが、自衛隊を軍隊にすることは賛成である。つまり日本を「普通の国」にすることである。必要ならば、占領軍から押し付けられた出来損ないの現憲法を破棄して、現在の日本に合うように自主憲法を作るべきではないだろうか。

日本の知識人と称する人たちはよく、「日本が戦後、経済的に豊かな国になったのは、平和憲法のおかげだ」などと言うが、とんでもない。平和憲法に守られていたのではなく、アメリカの軍事力に守られていたからである。アメリカの庇護がなかったら、北海道などはソ連の侵略に合っていたかも知れない。安心して、戦後の復興と経済発展に尽くすことが出来たのはまさにアメリカのおかげである。

しかし戦後60年以上が経過して、世界のパワーバランスが変わろうとしている。驚異的な経済発展をてこに軍事力を更に拡大する中国。国民を飢えさせても強盛大国の道を突っ走る北朝鮮。この二つの全体主義国がこれからどんな「悪さ」をしでかすのか。日本のみならず、周辺国は注視している。「再軍備」などというと、杓子定規に「戦前への回帰」や「保守派」などとレッテルを貼りたがる輩がいるが、とんでもない。軍隊を持つことと戦争をすることは違う。永世中立国のスイスを見てほしい。抑止力になるのだ。山賊は猟銃を持っている家は襲わない。丸腰の家が狙われるのだ。

民主主義と自由を守るために、日本は価値観を共有する台湾やフィリピンなどと協力し合うことも大事である。フィリピンのデルロサリオ外相も日本の再軍備を支持している。


日本の再軍備「強く歓迎」   フィリピン外相、中国を意識
http://www.asahi.com/international/update/1211/TKY201212110302.html
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