ビックリ台湾!?
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
トヨタ
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/24 12:48 投稿番号: [2112 / 3149]
明日、トヨタ自動車社長がワシントンの公聴会に呼ばれて尋問を受ける。アメリカの「愛国」議員連中にとっては、かつては自国の誇りだったGMすら押し倒した憎きトヨタである。おそらく、つるし上げの様相になるだろうが、「お坊ちゃん」社長がオロオロと立ち往生の醜態を見せないか人ごとながら心配だ。たぶん、そうなるだろう。
「日の丸」「君が代」の押し付けは絶対反対だが、敬意は持っている。だから、マーカーペンで「がんばれ」だのなんだのという落書きは実に不愉快。
これは メッセージ 2111 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 寄せ書き
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/23 16:29 投稿番号: [2111 / 3149]
冬季オリンピックは台湾のテレビには全然出なかったし、台湾の新聞も報道しなかったようだ。
支那事変が始まると、出征する兵士は。日の丸の旗の白地のよころに大きく「武運長久」と墨書した旗を親戚や友人から贈られて持って行った。支那事変以前からそんな風習があったのかどうかは知らない。
これは メッセージ 2110 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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寄せ書き
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/23 12:24 投稿番号: [2110 / 3149]
冬季オリンピックもそろそろ終わる。これまで日本は銀と銅がそれぞれ1個。カネもかけてないし、これが順当なところだ。日の丸の寄せ書きを振ってるやつがいた。世界広しとは言え、およそ、自国の旗にべたべたと「落書き」をするのは日本人ぐらいのものだろう。「寄せ書き」は日本の習慣だといってもなかなか外国人の理解は得られないと思う。戦前は白地には書いたが、日の丸の中にまで筆は入れなかった。いまはマーカーペンで所かまわずだ。恥ずかしい。
これは メッセージ 2105 (unhoo さん)への返信です.
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Re: アメリカの国債
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/22 06:16 投稿番号: [2109 / 3149]
ついこの前、日本が保有しているアメリカ国債が、中国の保有額を追い越して世界一になったというニュースがあったが、それではその額がそれぞれ幾らだったか調べようとしたけれども、もうそのニュースは探し出せなくなった。
その代わり2009年6月のアメリカの国債の総額は約(10億×35000)ドルだったという数値が見つかった。1ドル=90円とするとこれは(900億×35000)円=31500兆円になる。日本の赤字国債900兆円の35倍である。アメリカが日本の35倍の赤字国債を持っていても、誰もアメリカ国が借金で潰れそうだと言わないから、日本がその35分の1のたった900兆円しかないのは心配無用である。
これは メッセージ 2102 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 統帥権
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/21 12:21 投稿番号: [2108 / 3149]
昭和19年(1944)7月22日、マリアナ沖海戦の敗戦により、東條内閣が退陣。マリアナ群島を完全占領した米軍は大急ぎでB29爆撃機の基地を構築していた。マリアナからの爆撃の脅威を国民がひしひしと感じた。このときにわしは雑誌の記事で読んだのだが:
「大正12年(1923)の関東大震災の後、時の内閣は東京の市街を整理しようとしたが、反対党の党首鳩山一郎が反対して予算を通さなかったので、徳川時代のごちゃごちゃした道路がそのまま残った。あのとき道路が整理できていたら、アメリカの爆撃からの脅威は、だいぶ軽かったはずだが、鳩山一郎が国家の利益を考えずに党の争いしか考えなかったのは憎むべきである」
「また鳩山一郎は党争のために、軍人に統帥権干犯という言葉を教えた。この知識を得た軍人は、それから事毎に統帥権という言葉を濫用し、ついに国家を今日の危機に導いた」
この記事を読んだとき、わしは20歳の若造であったから、そのまま信じた。鳩山一郎は戦前どうしても総理大臣になれなかったが、戦後やっと総理大臣になったときは歩行不自由な老人だった。鳩山一郎の孫が現在日本の総理大臣になっている。
これは メッセージ 2104 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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虎屋羊羹
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/20 21:16 投稿番号: [2107 / 3149]
ああ、虎屋だった。前の投稿で虎屋という名が思い出せなくて、単に「羊羹」にしておいたが、2006年春の日本旅行で、家を守ってくれている老妻に何かお土産がなくっちゃと、あれこれ探して、買ったのが虎屋羊羹。「のしを付けますか」と聞かれて、必要ありませんと答えた。のしがついていると桃園の税関で税金をかけられるかなと、咄嗟に考えたのだが、実際は「2週間の旅行で荷物はそれだけですか。それなら検査は要りません」とパスした。大きいもの2本箱入りのほかに、小さいもの10個ぐらいは、どんな包装をしてくれたか思い出せない。
小さいものは老妻やわし自身、台北に住む娘、来訪客が喜んで食ったが、それであきてしまい、大きいものは1年以上置いてから、みんなでがんばって食わなくちゃと、食うことが義務になった。
これは メッセージ 2106 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 和菓子
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/20 19:40 投稿番号: [2106 / 3149]
昔、張さんに「虎屋」の羊羹を土産に持っていったことがある。「虎屋」の羊羹はだいたいが贈答用で、二本セットで一万円ちかい。店も一流デパートやホテルアーケードの「特等地」にあって、そんじょそこらの「和菓子屋」やスーパーには置いてないのである。どういうわけか羊羹は「日持ち」がする。さすがに表面は固くなるが、カビも生えず腐りもせず、常温で「何年も」もつ。
「こんどはバカに丁寧な人が来たよ。婆ァさんや、お茶をだしな。羊羹を切って…。ああ、古いのでいい、昭和三年のがある」
【小言幸兵衛】三遊亭円生。
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Re: 和菓子
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/20 17:28 投稿番号: [2105 / 3149]
アンパンは和菓子のうちだろうと思う。和菓子のうちで焼き上げて作るのはカステラとアンパンだけ。アンパンは室温で3日保存してもわるくならない。和菓子の羊羹は真空パッケージで、おまけに砂糖がたくさんはいっているから、1年でも保存が効く。
上記のほかの和菓子は、買った日に食うのが原則とわしは理解する。
日本のお正月の餅は、ぺったんぺったんと搗いているうちに、空気中のほこりを搗きこんでしまう。ほこりに付着している微生物の菌糸や胞子が餅の中で生長し、餅の内部からカビが生える。
台湾では旧正月に砂糖入りの餅を作る。これはもち米に水を加えて、石臼で惹き、できた米汁を布袋にいれて、重しで押して水分を減らす。水分が適当に減ったら、砂糖を加えて、型にいれて蒸して直径20〜30cm、厚さ5cmの製品とする。砂糖は多量には入れないで、薄甘の程度にする。この製造過程では、出来上がった餅のなかに生きた菌糸や胞子が含まれていないから、カビが餅の内部ら生長することはない。砂糖は赤ざらめを使うのが伝統なので、製品は淡褐色である。
奇妙なことには内地人(日本時代の在台日本人)の子どもはこの台湾餅が大好きである。よって台湾人が交際上の贈り物にするに適する。内地人は台湾餅を包丁で5×5×1cmに切って、炭火であぶって食べる。台湾人の食べ方は、あぶって食べるほかに、てんぷらにして食べる。
台湾人のお菓子はすべて最後に天火で焼くか、蒸して製品とする。故に買ってから一週間ぐらいは安全である。
これは メッセージ 2100 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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統帥権
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/20 12:17 投稿番号: [2104 / 3149]
五代目、柳家小さん師匠は昭和11年、初年兵で入隊した翌月の2月26日未明に非常呼集でたたき起こされ、野中四郎中尉の指揮でなにがなんだか判らぬうちに警視庁の襲撃に参加したという。このあたりは自叙伝にも詳しいが、その最中、上官の命令で落語の「子褒め」をやったというから面白い。
この事件は天皇が激怒されて「朕、近衛師団を率いてみずから鎮圧にあたる」と仰せられ、事件は数日で収束した。首謀者はことごとく銃殺刑となったが、反乱軍と鎮圧軍の間では一発の弾も撃っていないことになっている。皇軍同士が相撃ち合ったのでは「至尊」とされた統帥権はどうなるのか。松本清張の力作「昭和史発掘」にもそれは出ていない。
しかし、わたしが40年ほど前に、事件を直接目撃した人から聞いた話では、ほんの数発だが双方で撃ち合いがあったのだという。だが、事件後、とにかくそれはなかったことにされ、わずかでもそれを口にした人は特高警察に連行されて「でたらめを言うな」とさんざん脅されたそうな。
こんど、陸上自衛隊の「一佐(大佐」が大勢の前で自衛隊最高指揮官の首相の発言を批判し、「注意処分」を受けた。これをとりあげて問題にするマスコミはほとんどないが、わたしは懲戒免職にすべきだったと思う。
戦前の軍人は政治的発言を強く戒められていて、まして「最高指揮官」つまり、天皇統帥権に文句をつけたりすれば懲戒免職どころか、軍法会議で銃殺刑にもなりかねない。
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Re中曽根総理に至って国民に内緒で謝罪
投稿者: arubekisugata_soumoukukki 投稿日時: 2010/02/20 00:16 投稿番号: [2103 / 3149]
これは メッセージ 2102 (unhoo さん)への返信です.
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アメリカの国債
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/19 22:57 投稿番号: [2102 / 3149]
つい2、3日前、日本がアメリカ国債の最大保持国に戻ったというニュースが出たばかり。アメリカ国債の額は、日本と支那が持っている分の合計だけでも900兆円とは桁ちがいのはずだが、そのためにアメリカという国が潰れそうだという話が出たことはない。したがって、日本という国がたった900兆円の赤字国債で潰れるおそれはないと信ずる。
ところで、日本政府が自国民の窮乏を顧みず、韓国の経済危機を二度まで助けてやったとき、日本国民の中には歯軋りして怒った者もあって、ヤフー掲示板に怒りの投稿があった。しかし日本のマスコミは救済の報道を小さくして、ついにもみ消したようだ。
戦後初期の日本歴代政府は韓国側の謝罪要求を決して受け入れなかった。田中角栄政府までは。ところが中曽根総理に至って、国民に内緒で謝罪した。それがばれたとき、中曽根は「向こうが謝れとうるさく言うのだから、あやまってやればよいじゃないか」と、国民にたいしてふんぞり返った。そのときわしはヤフー掲示板に何か投稿した記憶があるが、何と書いたかはもう思い出せない。
これは メッセージ 2101 (unhoo さん)への返信です.
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國は会社でない
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/19 16:59 投稿番号: [2101 / 3149]
>これは赤字国債だけで900兆円という日本国の数年先を語らずして物語っていないか。<
國はどんなに赤字が増えても潰れることはないらしい。ある時期にイタリヤが赤字のために潰れると言われていたが潰れなかった。韓国は過去に何回も赤字で潰れそうだったが、毎回日本が救済したのでないかな。そのとき日本もすでに貧乏しはじめていたにもかかわらず、日本政府が自国民の窮乏よりも韓国国民の窮乏を重視したのはのは何故だろう。現在日本の赤字900兆円はそのときの救済金が含まれているのでなかろうか。
今から30年前に邱永漢が台湾へ帰って来たとき、「日本国民の80%が自分を中産階級と思っている。このような状態では共産主義は日本国民から相手にされない」と言っていたが、今では日本国民の大部分が自分を「泣きたくなるような貧乏人」と思っている。なぜそんなことになったのか?
これは メッセージ 2100 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 和菓子
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/19 14:12 投稿番号: [2100 / 3149]
100パーセント減資が決まったJALはいよいよ明日で上場廃止となり、株主名簿も裁断、焼却されるだろう。現在、東証には一円で2億3千万株の「売り」が出ているが、もちろん売買が成立するわけはない。株券も「電子化」されているので、紙屑も残らないという惨状である。自分の退職金と次の「渡り先」しかアタマにない運輸省(国土交通省)の天下りが、一時は世界一にまで上り詰めた大会社を潰してしまった。これは赤字国債だけで900兆円という日本国の数年先を語らずして物語っていないか。ソ連の崩壊のつぎは助ける仲間もない日本か。慄然とする。
これは メッセージ 2099 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 和菓子
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/18 16:14 投稿番号: [2099 / 3149]
「内府様または中納言様ご下向の由に候間、万端、ご下向次第に仕るべく候」
世に言う「直江状」の最後の文言だ。あまりの凄まじさに、これは後世の偽作ではないかという説も強いが、「会津征伐」は事実なので、上杉景勝が家康を怒らせたなんらかの信書があったのは間違いない。
司馬遼太郎の小説に、鶴ヶ城で景勝が老臣と京の銘菓を愛でる件(くだり)があり、わたしも時代小説は好きなのだが、わずかなりとも「菓子」の話が出てくるのは他に記憶がない。
台北で「和菓子屋」をやったら儲かるかな。三月には久しぶりに行こうかな、台湾。
これは メッセージ 2098 (unhoo さん)への返信です.
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和菓子
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/18 02:13 投稿番号: [2098 / 3149]
和菓子は作ったあとでもう一度火を通すことがないので、なるべく買ったその日に食ってしまうことが奨励される。その点が不便である。
アメリカに住みついている親戚が、ニ世やニ世の配偶の白人女性に台湾を見学させるためにつれて帰り、拙宅を訪れた。和菓子を出したところ、二世たちはとてもおいしいと喜んでいた。
台北で和菓子を売っているのは日系のデパート。町にも和菓子専門の店が見つかる。
カステラや羊羹も和菓子のうちだと思うが、これは保存が効く。
これは メッセージ 2095 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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さしみ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/18 01:51 投稿番号: [2097 / 3149]
台湾人は戦前さしみをほとんど食わなかったが、戦後ぼつぼつ食うようになり、戦後20年ごろには普遍的になった。台湾語で「油魚」という魚のさしみが人気があったが、その魚の日本名はアブラボーズと言って、水銀含有量が高いので、人の食料にすることは禁止されていることがわかり、台湾でも禁止になった。
支那には「冷食不如熱食、生食不如熟食」(冷たい食べ物よりも熱い食べ物がよい、なまの食べ物よりも火を通した食べ物がよい)という言葉があるが、わしも年をとるにつれて、嗜好がそのように変わり、いまではさしみやすしはあまり食わない。
これは メッセージ 2096 (unhoo さん)への返信です.
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台湾ウィスキー
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/17 20:00 投稿番号: [2096 / 3149]
台湾でウィスキーを製造していることが、わしにはビックリ台湾の題材となった。匂いと味とは、わしにはウィスキーにまちがいない。催眠酒として効果は良好。わしの用量は1回30cc程度、チーズか南京豆を齧りながらちびりちびり飲む(舐める)。空き腹に烈酒は胃を刺激していけないと聞いている。値段は聞いたけれども、どうもジョニーウォーカーブラックレベルよりも高いように感じた。晩飯が始まるので一応中止。
これは メッセージ 2095 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: どこかの品評会
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 16:55 投稿番号: [2095 / 3149]
話は続きます。その山の手のアメリカ人女性、当時、小学生の女の子と幼稚園児くらいの男の子がいて、その子たちに和菓子をあげたことがある。和菓子だから「餡」が入っている。その味が初体験だったらしく「これはなんだ」と興味津々で聞いてきた。「bean paste」と答えても不思議そうな顔をしていたのを覚えている。寿司やラーメン、牛丼などに続いて「和菓子」が世界に普及しそうな気もするがどうだろうか。和菓子ならいくらでも創作ができ、それでなお「和菓子」と称することもできる。世界にお菓子のない国はなかろうが、張さんたちが来るとスーパーで買った和菓子を大量に持って帰る。これまで気づかなかったが台湾には同じようなものがないに違いない。
和菓子のコンクールというものがあるようだ。「優勝・大賞・金賞・特別賞」など、考え付く限りの「賞」があって大抵の和菓子屋にその表彰状が飾ってある。賞を貰ったのは嘘ではないだろうからいっこうに構わないのだが、もちろん、公的なものではないし、わたしが素直でないせいか、どうも宣伝臭を感じてしまう。
さて、台湾ビールと先生が買われた台湾のウィスキーである。べつにからむつもりはまったくない。しかし、ビールやウィスキーのコンクールが本当にあるのだろうか。日本にはおそらく数千の酒の蔵元があるのだが、そうしたものは聞いたことがない。わたしが以前、日本で出版された台湾の旅行ガイドブックに「台湾ビール」のことが出ていて、しかも、毎年連続して獲得しているデュッセルドルフかどこかの「国際的な」賞も「実体がない」とハッキリ書いてあったのを覚えている。和菓子屋の賞状と同じようなものではないだろうか。あえて憎まれ口を書いた。
これは メッセージ 2094 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: どこかの品評会
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 15:00 投稿番号: [2094 / 3149]
「江戸前寿司」などと言う。この「江戸前」とは江戸の前、つまり現在の東京湾のことだ。この湾は昔から魚の宝庫で、徳川将軍家も、お膝元の武士、町人も江戸湾からあがる魚介類なしには生活できなかったことだろう。寿司が当時の庶民のファーストフードとして出現しのは「もっとも」と頷けるが、こんにち、飯の上に魚のナマの切り身を乗せただけの代物が世界中に認知され、普及したのは奇観とすら言えるのではないか。
横浜の山の手で英語を習っていた昔、アメリカの婦人が「raw fishは食べられない」と顔をしかめ、言外に「野蛮な食べもの」と言いたげな表情だったのを思いだす。これも昔、日本の家庭にホームステイに来たアメリカの女子高生が、「お皿に大きなナマの魚を一匹出されたらどうしよう」と真剣に悩んだそうな。
「出掛けに気がさしたから来るんじゃなかったよ。女が来ないのは忙しいからしょうがねぇや。そんなことをぐずぐず言う野暮じゃねぇんだが、新造も若い衆も顔をみせないのはどういうわけなんだ。刺身を持って来たってシタジがないじゃないか。ちぇ、ナマ魚が食えるかい、猫じゃねぇや」(三遊亭円生・居残り佐平次)
もう30年近く前、台中からちょっと南の、川を渡った大きな町(ちょっと名前を忘れた)の寿司屋で今は亡き張さんからにぎり寿司をごちそうになったことがある。わたしがネタを上にしたまま口に運んだら「寿司はネタを下にして食べるんだよ」と言われた。しかし、「寿司は本来は米の味を楽しむものだ。ネタを下にして食うのは田舎者」とどこかの本に書いてあった。
酒の「品評会」について書くつもりだったが初めから脱線してしまった。
今日の日経平均は急騰。ほっとした。
これは メッセージ 2093 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: どこかの品評会
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 09:54 投稿番号: [2093 / 3149]
「unhooの」と呼び捨てにしてしまいました。申しわけありません。「unhoo先生の」と訂正します。しかし、おもしろい話題ができました。
これは メッセージ 2091 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: どこかの品評会
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/17 09:25 投稿番号: [2092 / 3149]
月桂冠(これは会社の名だそうだ)の鳳麟大吟醸(この名は正確かどうか?)が、どこかの国で一等を取ったというので、2008年、2009年、2010年の新年をテレビで101ビルの花火放射を見ながらこの酒で迎えたが、どうかな?騙されたかな?
これは メッセージ 2091 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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どこかの品評会
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/17 09:07 投稿番号: [2091 / 3149]
せっかくお買い上げになったunhooの寝酒をくさすつもりはさらにないのだが、この「品評会」なるものが大変に怪しい。台湾ビールも昔から「金奨連続優勝」を謳っている。だが。モノの本によると、こうした「品評会」なるものは存在しないのだという。ウィスキー、ビールに限らず、コーヒー、タバコなどの嗜好品については少なくとも国際的に権威のある「品評会」「博覧会」は実在しない。日本酒にだってそんなものはないし、スコッチのウイスキーにもない。もちろん、私的な「協会」を作って賞を出すのは自由だが、「金奨」なるものもその類だろう。
これは メッセージ 2090 (unhoo さん)への返信です.
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台湾産ウィスキー
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/17 08:05 投稿番号: [2090 / 3149]
台湾でもウィスキーを製造していて、しかも品質はなかなかよいのだそうだ。最近どこかの品評会で入賞したという。家人に1瓶買わせた。わしはウィスキーの匂いを嗅いで、良し悪しを評するほどの酒通でないが、催眠剤として使っている。台湾産ウィスキーの商品名は 「KA VA LAN」。
これは メッセージ 2089 (unhoo さん)への返信です.
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相撲の巡業
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/15 07:01 投稿番号: [2089 / 3149]
大相撲が全体で台湾へ来たと誤解されそうな書きかたをしてしまったが、そんなことははなく、大相撲力士ニ十人ぐらいと横綱一人という程度の顔ぶれで巡業に来ました。玉錦、武蔵山の2横綱が一緒にきたことがありました。昭和8年ごろです。ずっと後に双葉山も来ました。昭和14年だったと思います。
これは メッセージ 2088 (unhoo さん)への返信です.
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消防署
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/15 02:39 投稿番号: [2088 / 3149]
昭和一桁時代の高雄市(人口七、八万)の消防署あるいは消防隊の組織を、当時小学生だったわしの記憶から引き出すことは不可能です。火事があれば赤い消防車が出て行って火消しをしたことは事実。消防車が待機していた建物は、わしの記憶では一箇所しかありません。門松を立てに来る人は半纏をまとった消防隊員であったことは間違いありません。消防隊員が直接仕事をするのでなく、台湾人の人夫が消防隊員に指図されて仕事をしました。また大相撲の巡業があると、半纏をまとった消防隊員が戸別訪問して入場券を売りましたが、押し売りの傾向がありました。
これは メッセージ 2087 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 正月
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/13 12:40 投稿番号: [2087 / 3149]
先生の仰るところの「消防署」とは、江戸消防の流れを汲む民間の「消防団」のことではないかと思います。これなら現在も日本の津々浦々にあってだいたい町内会(隣組)などの自主組織なのですが、戦後も暫くの間は「半纏」を着ていたと記憶します。わたしの家の近くにも「○○町自治会・消防用具置場」があります。
もちろん、現在はヘルメットや「防火服」などが支給されていて「イザ」となれば出動というわけです。ただ、いまでは、戦前の「隣組」というイメージのそうした組織も半ば形骸化しているようです。
さて、「中華」のことです。なんだか掴み所のない漠然とした言葉ではあります。私見ですが「春節を盛大に祝う地域社会」といえば当たらなくとも遠からずといったところでしょうか。となれば、日本はたしかに「中華」ではありません。ちょっと無理かな。
これは メッセージ 2085 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 正月
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/13 12:26 投稿番号: [2086 / 3149]
>明日の夜は中華世界の大晦日になります。どこの家でも豪華なご馳走がでますね。<
わしの家で今晩ご馳走が出るだろうと思いますが、すべては50歳になった末娘がやってくれます。
戦前わしの家庭では、父が新正月の祝いをやったけれども、内地人の家庭のように念入りではなかった。旧正月は母がやり、父は傍観していました。つまり新正月と旧正月と両方祝ったが、両方とも略式ですませました。戦後に友達になった台湾人に聞いてみると、日本時代には新正月前には年賀はがきを数十枚乃至數百枚発送し、新正月は休みが5日ある上に、よそからきた年賀はがきを見るたのしみがあるので、自然に正月気分が出たが、家庭行事はなかった、旧正月は休みがなかったが、家庭内で行事が多かったという人が多い。
>台湾は文化的にはまがう事なき「中華世界」と認識しています。先生はいかがお考えでしょうか。<
支那は孔子以前から清朝が滅びるまで、文化の形態が変わらなかったというので、19世紀や20世紀の西洋の哲学者、歴史学者は驚いていました。しかしそれはすでに過去のことです。支那大陸には三千年不変だった支那文化はもはや存在しないし、台湾人にも、台湾に来ている外省人にも、文化形態はそれぞれ独自に年々歳々変動しています。
これは メッセージ 2084 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 正月
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/13 03:14 投稿番号: [2085 / 3149]
>門松が消防署の「副業」とは知りませんでした。それは現在の消防署と同じようなものだったでしょうか。まさか、纏だの鳶口だのという江戸時代の「町火消し」のようなものとも思われませんが…。<
小学時代の記憶が徐々に戻ってきたが、昭和一桁時代の高雄市の消防隊員は、半纏を着ていました。纏はなかった。正月の第何日目かに出初め式の梯子乗り秘芸の展示もありました。高雄市にはそれをやる広場はないので、大通りの適当な場所でやりました。それが一箇所でなかったのです。疲れてへたばらないように、手加減しただろうと思います。どうも消防隊のメンバーは皆内地人(在台日本人)で、台湾人は排除されたか、応募者がなかったらしい。
2月12日の晩10時に寝てしまったら、13日午前1時半に目が醒めたので、この投稿を書いています。その他のことは13日の夜が明けてから書きます。
これは メッセージ 2084 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 正月
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/12 21:42 投稿番号: [2084 / 3149]
門松が消防署の「副業」とは知りませんでした。それは現在の消防署と同じようなものだったでしょうか。まさか、纏だの鳶口だのという江戸時代の「町火消し」のようなものとも思われませんが…。
暮れになるといまでも「鳶職」の方々が注連飾りなどの即席の売店を出しています。まぁ、そうした風景も段々見なくなりました。「鳶」というのはいかにも日本的なもので「落語」などには町内の頭(かしら)として必ず出てきます。
「頭(かしら)はどうしたい?」
「頭は成田の講中に揉め事がありまして、どうも深川じゃおっつかない。明日、朝いちばんの電車で成田に発つそうで、そういう仕儀であるから今晩はちょいと早寝をしたいと…」
「頭に言っとくれ、普段から半天の一枚もやっているのは、こういうときに来て騒いでもらいたいからじゃないか。なにかてえと成田だ、成田だって言いやがる。そりゃ、ご不動様はありがたいですよ、ありがたいけどもね、茂造、成田が一銭でも貸してくれるのかい。なにかてぇと家(うち)に借りにくるじゃないか」
【寝床】
八代目・桂文楽
どうも、話が脱線しました。明日の夜は中華世界の大晦日になります。どこの家でも豪華なご馳走がでますね。
ところで、unhoo先生にお尋ねしたいと思います。先生が強固な「独立派」で、「中国嫌い」というのは重々承知しておりますし、台湾人は中国人に非ずという意見はわかるのですが、わたしは台湾は文化的にはまがう事なき「中華世界」と認識しています。先生はいかがお考えでしょうか。
これは メッセージ 2082 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 正月
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/10 20:10 投稿番号: [2082 / 3149]
>ところが、門松はおろか、注連飾りも獅子舞もなく、凧揚げも羽根突きも晴れ着姿もない。<
日本はそんな国になってしまったのですか。
昭和一桁時代高雄に住んでいたが、門松は消防署の副業でした。門松に一等、二等、三等があって、それぞれ会社用、商店用、家庭用でした。ところがある年わしの家(住宅)に二等の門松が立てられて、左右数軒の住宅を圧倒しました。父に聞いたら今年は奮発したとのこと、とても嬉しかっですよ。小学四年か五年のことです。
これは メッセージ 2081 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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正月
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/02/09 21:28 投稿番号: [2081 / 3149]
暮れから正月にかけて張さんたちがみえた。張さんの姪は四度目の来日になるが、こんどの日本の正月体験に胸を膨らませていたに違いない。ところが、門松はおろか、注連飾りも獅子舞もなく、凧揚げも羽根突きも晴れ着姿もない。大晦日や三が日のあまりの侘しさに、「普通の日と同じだ」と呆れていた。没落日本の現実である。台湾は旧正月の準備で大賑わいだろう。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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昨晩7時の・・・
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2010/02/05 10:43 投稿番号: [2080 / 3149]
台湾「中視」ニュースで朝青龍の引退、号外が出たなどの報道がありました。え〜っという感じでしたが・・・。
引退の前に「解雇」されると1億円?の退職金や功労金などが貰えないを承知で、引退を発表したとしか、思えません。
このままでは、協会にいられないでしょうし、曙と同じ道を歩むか、モンゴルに帰って、実業家か国会議員の道を歩むでしょう。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 両岸
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/02/03 00:47 投稿番号: [2079 / 3149]
共匪との問題を考えると、外省人のうちの蒋介石崇拝派の動作が滑稽になる。蒋介石、蒋経国が生きていた時代には、この一派は猛烈に共匪を憎んでいた。蒋父子が死ぬと、この一派の共匪憎悪は氷解し、敵意が台湾人(本省人)に向けられた。
蒋父子が死ぬと、この一派は北京へ行って、台湾人を威嚇せよと建議した。共匪が台湾に1500基のミサイルを向けるに至ったのは、この一派が「台湾人に対する威嚇を緩めるな」とハッパをかけていることによる。それではこの一派は台湾を見捨てて故郷の共匪地区に戻り住んでいるのかというとそうでない。台湾に住んで時々北京詣でをしている。
1500基のミサイルは台湾人を十回皆殺しにできるそうだ。共匪が台湾人を十回皆殺しにする態勢を保持している以上、台湾人は奴等を共匪と呼んで差し支えない。
これは メッセージ 2078 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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両岸
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/01/31 21:24 投稿番号: [2078 / 3149]
30日、国防総省は米議会に台湾向け武器売却を通告した。売却対象には、地対空誘導弾「パトリオット(PAC3)」と多目的ヘリ「UH60ブラックホーク」、防衛通信ネットワーク用機材など約64億ドル(約5800億円)。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
さすがに「金満台湾」だけのことはある。アメリカの軍需産業にとって64億ドルの「お買い上げ」は死ぬほどありがたいだろう。もちろん、労資共々、かれらのオバマ政権への覚えもめでたいということになる。最新の兵器とそのシステムならなんと言っても米国製に限るし、中国の際限もない軍拡に対応する台湾の国防強化が理解できないわけではない。
しかし、しかしだ。蒋介石の時代ならいざ知らず、台湾が米国を頼りに、みずから進んで、台湾海峡に余計な緊張をもたらし、中国と軍事対決をするのは賛成できない。それは逆に、中国に様々な政治的、軍事的口実を与え、台湾人民の安全と財産を危険に陥れることになりはしないか。早い話、「藪を突いて蛇を出す」ことにならないか。なにしろ、相手は中国だ。国力の差はあまりにも大きく、北京のスポークスマンが「見るに耐えない結果をもたらすだろう」というオドシ文句にも迫力がある。何十年もかけてせっかく築き上げた両岸関係が崩れて「まさか」という事態に陥った時、いちばん嬉しがるのはだれか。この発表の正確な日時は把握していないが、30日といえば昨日のことで台湾の株式市場が閉じた後である。明日の月曜以降、北京は馬政権に猛烈な圧力をかけてくるのは目に見えている。両岸問題を敏感に反映する明日の加権指数は注目だが、なにごともなければわたしの心配は杞憂ということになるだろう。
これは メッセージ 2077 (unhoo さん)への返信です.
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旧暦の禁止
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/01/29 23:21 投稿番号: [2077 / 3149]
国民党が清朝を倒したとき、旧暦は迷信の根源だと思って禁止し、日本と同じようにグレゴリオ暦を国家の暦として採用した。清朝の暦官は75年(?)先までの旧暦を計算してあった。国民党革命の闘志は旧暦の使用を禁止し、新しい暦に旧暦を付記することも禁止した。しかし民間では苦心して清朝の暦官が計算した旧暦を伝えた。
蒋政権が中共に追われて台湾へ逃げてきたとき、国民党の教義に忠実な外省人のなかには、台湾人が旧正月を祝うのは文化が遅れてた証拠だと新聞に書いた奴がいた。だが台湾へ来て3年、5年たつと、台湾人の旧正月祝いが羨ましくなり、密かに旧正月をやりはじめた。情勢がそこまで動いたときに、外省人の中の暦学者が、旧暦と迷信とは関係がないと、びくびくしながら言い始めた。そして国民党の旧暦禁止令は次第にうやむやになった。
旧暦はじつは優れた暦なのであって、いつの時代に原型が完成したのか知らないが(漢代かな)、地動説が存在しなかった時代に、それだけの暦を作り上げた人たちはスーパー天才である。
支那から日本に伝わって来た暦は旧暦だったが、日本人にどうやって作るのかわかる者がなく、宮中に設置された陰陽師という暦官は、日の吉凶を占うことで国民の税金をどろぼうしていた。それで何とか箔をつけようとして、陰陽師の阿倍晴明は人間の男と女狐の間にうまれた子だということにした。
日本人で暦のわかる人は徳川時代の後半に民間から出た。一人出現すると、また後から何人も出て、日本で使うに適した暦(旧暦)を作るに心配がなくなった。
19世紀の後半、エジソンが電灯を発明してからは、太陰暦の必要性が減少し、太陽暦だけで生活ができるようになった。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 農民暦
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2010/01/26 09:39 投稿番号: [2076 / 3149]
新年快樂!!の言葉が飛び交っている今日、このごろです。
学生は、先週から冬季休暇に入っていて、地域によっては、1か月以上のとこともあり、今年は大盤振る舞いです。
先日の日曜日には、昨年11月から何度か目の結婚披露宴に出席して、ひと段落ついて、本番の春節(農暦正月)を迎える準備に余念がありません。そのつもりです。月末には、「尾牙」(忘年会)もありますし、年終奨金(ボーナス)もすずめの涙くらい(平均1.5ヶ月)出そうです。
さて、表題の「農民暦」ですが、毎年、市公所(市役所)や縣政府からも頂けます。台北市の重慶南路の書店街には、紅や黄色の農民暦や紅包、書片?(カード)などが並んでいますが、目の保養で「農民暦」は、購入したことは、有りません。
これは メッセージ 2075 (unhoo さん)への返信です.
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農民暦
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/01/26 03:51 投稿番号: [2075 / 3149]
台湾では毎年新暦の12月になると「農民暦」という小冊子が売り出される。議員から贈られることもある。主要内容は、新暦と旧暦の対照だが、日の吉凶や、台湾の生活習俗、交際のエチケット、生活に関係の深い法律の解説などもあって、要するに台湾生活ハンドブックである。出版する本屋は一軒だけではない。ページ数100乃至200で、台湾で長期生活をする日本人にも参考になりそうだ。わしは自分で買ったことがないが、安いものだと思う。老妻が毎年買わせているが、今この投稿文を書いている時刻は真夜中すぎだから、老妻を起こして値段を聞くわけにいかない。
戦後こういう出版物が出始めた時は「農暦」という名称だった。農民が月日を旧暦で言いたがるので、出版屋が農業は旧暦でやるのかと勘違いして、農業をやるための暦と言う意味で「農暦」という名称で売り出した。しかし出版屋は、間もなく農業は旧暦何月何日を基準としてやるのでなく、立春、清明など、24節気でやるのだとわかった。24節気は季節を表示するための目印で、黄道上の太陽の位置によって名づけられる。すなわち、旧暦は太陰暦の中に太陽暦を注記したものである。そして農民は旧暦で生活しているが、農事は24節気でやる。
よって旧暦のことを「農暦」と言うのは不合理で、農民が好む暦という意味で「農民暦」と改名した。
農民が旧暦で生活する理由は主として保守的な習慣からであるが、そのほかに農村では街灯が少ないから、夜間の行動は月の光にたよることが多いのであろう。それゆえに今日は旧暦の1日だから一晩中月光がない、旧暦の8日だったら日没から真夜中まで半月が空にあるが、真夜中以後その半月は西の地平線に沈んでしまう。旧暦の15日なら一晩中満月が地上を照らしている・・・等々の考慮が必要になる。22日だったら日没から真夜中まで月がないが、真夜中に東天から半月が昇ってくる。
戦前昭和時代に流行った『芸者ワルツ』という歌の第2節に「空には三日月お座敷帰り
恋に重たい舞扇
・・・・」とあるが、お座敷帰りと言えば深夜の11時過ぎのはず。その時刻の空に三日月が懸かっていることはない。三日月は宵のうちに西の地平線に沈んでしまうのだ。満月か満月近い月なら真夜中に空に懸かっているのだが。
これは メッセージ 2074 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/01/20 09:26 投稿番号: [2074 / 3149]
延命。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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JAL
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/01/15 20:39 投稿番号: [2072 / 3149]
往復数万円の航空券で海外に行くたびに「これで航空会社は利益が出るのか」と疑問に思っていた。正規料金の客でいつも満席は望むべくもないが、格安航空券の客ばかりで空席が目立つというのではどうにもならない。ジャンボ機保有で世界一だった日本航空がついに倒産ということになり、本日の株価はわずか7円。天下りだらけの放漫経営も遂に「雪隠詰め」で「落城」である。
中華航空はどうか。
これは メッセージ 2071 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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