ビックリ台湾!?

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旧正月用の下着

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/02/08 22:06 投稿番号: [1441 / 3149]
十年前に台湾ワコールが旧正月前に真っ赤な女性下着、つまり真っ赤なブラとパンティを売り出して「これをご着用になって旧正月をお過ごしになると、お金持ちになれます」と宣伝した。こんな知恵は日本人職員から出るはずはなく、台湾人職員の献策によるものにちがいないが、それが見事に中って、大いに売れた。それ以来台湾ワコールは、旧正月前に真っ赤な「内在美」(女性下着のこと)を売り出しては一儲けしていた。

しかし赤い色を使ったことで特許権を取ることはできないから、最近はほかの会社も、台湾のために旧正月前には真っ赤なのを特製して売り出している。

わしの推定では、今の台湾女性は、旧正月になると老いも若きも80%以上が真っ赤な下着をご着用あそばして、今年こそはお金を儲けるぞと、ほくほくしているらしい。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/02/01 21:17 投稿番号: [1440 / 3149]
  張さんは初め何かの冗談かと思ったらしい。スーパーの精肉コーナーで「馬刺し」と書いたトレイを見つけたのである。これが漢字圏以外から来た外国人なら何とも感じないだろう。だが、「刺身」という言葉は台湾人なら知っている。薄くスライスされた生肉に「馬刺し」とあれば「馬肉の刺身」だとは一目瞭然、どうにも隠しようがない。中国語では刺身を「魚肉片」と書くらしいが、江戸期に生まれた寿司は先進国ではすっかりお馴染みだから、その切れ身がマグロだろうが鯛だろうが誰もおどろかない。だが、あろうことか、まぎれもない馬の生肉なのである。ちょっと意外ではあったが世界のどの国でも馬肉は食用になっておらず、われわれ日本人がいくら「食文化、食文化」と騒いでも、獣肉をナマで食らいつくとは野蛮も野蛮、神をも恐れぬ所業であって、欧米先進国では絶対に容認されない「食品」である。張さんが顔色を変えて驚くのは無理もない。
だが、食肉用の馬は日本では飼育されておらず、輸入されているわけでもない。あれはすべて、年明け数回の「三歳未勝利戦」に敗退した一群の競走馬なのである。馬主がどれほどカネを注ぎ込んでも、その夏までに一勝もできなかったサラブレッドには「乗馬用」の運命しか残っていない。競馬関係者が「乗馬用」と言えば聞こえはいいが、早い話がキロいくらの「食肉用」であって、本当に「乗馬クラブ」が引き取ってくれるラッキーな馬は微々たる数である。
昨年、張さんの家族が三人連れで遊びに来たが、皇居前広場で警視庁だか皇宮警察だかの十頭ほどの騎馬隊のトレーニングに出合った。張さんの娘御は大喜びでシャッターを切っていたが、台湾の人には馬は珍しかったのだろう。
皇室に関することはちょっと書きにくいが、それらが以前に、競馬場で「三歳未勝利」の後方を走っていた馬だとすれば、それはもう、眼も眩むような幸運をつかんだというほかはない。

Re: 「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/30 20:41 投稿番号: [1439 / 3149]
  空港ターミナル手前の駐車場あたりから滑走路方面を写した画面がもう一枚あった。飛行機の尾翼がズラリと並んでいて遠くに海が見える。もちろん、台湾海峡である。これが「証拠写真」になって、あの全景は「入国側」ではなく、「出国側」から写したものだと確認することができた。ところで、その「飛行機」という言葉だが、これが最近はほとんど使われない。新聞もそうだし、言葉にはうるさい筈のNHKでも「航空機」と言って「飛行機」とは言わない。本来、漢語や日本語は非常に豊饒な言葉で、「飛行」と「航空」とは微妙に意味が違うのである。説明はしづらいのだが、以下の言葉から私の意図するところを汲んでいただきたい。≪飛行士、飛行雲、飛行場、飛行船、飛行甲板、飛行艇≫、そして、≪航空写真、航空便、航空標識、航空母艦、航空路≫つまり、本来、これらは互いに置き換えることができず、国語にこだわる私としてはどうしても「航空機」と言えないのである。

  夜景写真がカメラマンの「自己満足」というのは、なるほど先生のおっしゃる通りで、「そう言われればそうだなぁ」と膝を打った。もちろん見解は自由だから「いや、夜景は夜景でいいのだ」という意見もあるだろう。それについては話はちょっと脇にそれるが、ハリウッド映画は、「夜景」だからといって、「暗くてよく見えない」ということはなく、観客に不自然さを感じさせずに「夜だけどハッキリ見える」という撮影技術を持っている。そうしたテクニックはハリウッドが長い間かかって蓄積したもので、簡単にマネのできるものではない。昔みた中国映画だが、夜の路地裏のシーンが真っ暗で何も映っていなかった。「夜が暗いのはあたりまえだ」というレベルでは映画とはいえない。まぁ、中国は発展しているから今はそんなこともないだろう。
  話は変わって、昔、フィリピン人の出稼ぎの一団がわが家に出入りしていたことがある。ニセのテレフォンカードが大量に出回って公衆電話から国際電話が掛けられなくなり、わが家が彼らの電話ボックスのようになってしまった。もちろん、料金は「責任者」みたいな男が取り仕切って毎月払ってくれるのだが、この経験で良くも悪くも比国人の気質がよくわかった。かれらにはあまり経済観念がなく、忍耐心も不足していた。ただ、女性達の明るさと、あまりにも「気がきく」のには驚かされた。異文化の違いを寛容と相互理解で認め合うのは理想には違いないが、やはりその壁は厚いというほかはない。
  台北でもカトリック教会のある農安街あたりは比国人で溢れていると聞くが、空を見れば旅客機が飛んでいる現在、金満台湾にかれらが押しかけるのは時代の趨勢で平和共存しか選択の余地はあるまい。
  ただ、そうは言っても、受け入れ態勢も法整備もないまま労働力を外国人に頼る日本の現状には問題があって、最近の中国人の急増には唖然とさせられるものがある。もちろん犯罪には手を染めずに真面目に働く者が多いだろうが、中国人の空き巣がじつに多い。しかも、捕まっても「強制送還」だと思われているフシがあり、「昔の日本が中国でやったことに比べれば微々たるもの」とやられてはたまったものではない。
  昨年、親戚の女性から、「家の近くを中国人が歩いていて怖い」という電話があった。そこは外国人にはあまり用のない高級住宅地で、彼女が買い物から帰宅途中の路上で、若い二人連れの中国人が携帯電話で何事かを話しながら歩いているのに出くわし、すれ違いざまにピタッと通話を止めたという。「それだけで警察に連絡するのはよくない」と言ってあげたが、やはり気味が悪かったようだ。わたしはけっして「反中国」ではないし、程度の低い似非右翼のあんちゃん達や、あの薄気味の悪い狂信的な漫画家に同調して民族差別を煽り立てるつもりはまったくないが、なんだかんだと無制限にやってくる中国人の不審な行動、犯罪には毅然として立ち向かい、警戒する必要があろうと思う。

韓国にはしばらく行っていないが、この「反日」のかたまりような国の人々がなぜか日本人には非常に親切で、意外も意外、まさに百聞は一見にしかずである。日本人だからといって個人的に不当な扱いを受けることはまずないと断言してもいい。これは何度行っても変わらないからわたしの持論になっているが、個人的な経験と感想だから人によっては異論があるかも知れない。ただ、もちろん、「これはひどいな」というところもあったが、外国のアラ探しをして自分達の自慢をする程のバカではないからそのあたりは黙して語らずということにしたい。

調子にのって書いていたら2000字を超えてしまったので一部を割愛した。

「グーグルアース」の紹介写真

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/30 13:28 投稿番号: [1438 / 3149]
桃園機場のことではないが、「グーグルアース」の紹介写真には夜景が多いですね。夜景は、撮影した人にとっては、すばらしいゲージュツ写真が撮れたという満足感があるので、沢山の人に見せたいのだろうが、グーグルアースの利用者は、知らない町の光景、知らない土地の風景を見たいのだから、光と影だけの夜景写真では何の役にも立たない。何だ夜景かと、パチンと消してしまう。

第一ターミナル

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/28 18:09 投稿番号: [1437 / 3149]
わたしのパソコンの背景写真は斜め前方から撮影した桃園機場第一ターミナルの全景になっている。「グーグルアース」の紹介写真から写し取ったものだ。ただ、その向きが出入国のどちら側なのかよくわからなかった。あのターミナルは体育館をさらに大きくしたような左右対称なのである。なんとか知ろうとして、「グーグルアース」と比べてみてどうやら結論は出た。「入国側」らしい。道路沿いの駐車場のクルマの向きが違う。道路をまたぐ鉄柱の案内標識はそのどちら側にも見えるが、そこから曲がり角までの距離が違っていて、道路に切れ切れにペイントされている車線を数えて結論を出した。なぜ建物の向きにこだわるのかといえば、「いつもあの角の台北行きのバス停に並んだな」という思い出があって、自分としてはどちら側でもいいというわけにはいかない。

Re: バナナ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/25 23:24 投稿番号: [1436 / 3149]
  胡蝶蘭は日本の業者への「ご進物」というわけですね。贈り主はなかなか如才のない人のようです。わたしが子供のころ、バナナやパイナップルは贅沢品でした。今、そうした輸入果物は一山いくらで売っていて、昔は安くて八百屋に山積みされていたスイカのほうが高級品になっています。近郊農家が例外なく億単位の資産家になって農業をやらなくなった結果です。

Re: バナナ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/25 00:32 投稿番号: [1435 / 3149]
ヒリッピンや南米のバナナは食ったことがありませんが、台湾ではバナナとパパヤは夏の方がうまくて、冬はうまくない。蓮霧は晩秋のものがいちばんよく、盛産期の初夏のものは水っぽくてまずい。

終戦の5,6年後に、台湾のバナナを日本へ輸出する商売が勃興しました。わしの家の庭に植えていた胡蝶蘭を、バナナ輸出業者が見つけて、数株売ってくれとたのまれました。日本のバナナ輸入業者に贈るのだという。胡蝶蘭は、日本では温室がないと、冬に凍死してしまうよと言ったら、そのことは説明しておきますと。

台湾の南端、恒春半島の低い山地に、胡蝶蘭の一種が野生していて、それを採集して、都市の園芸家に売るという商売が、日本時代からありました。日本時代に、一時濫獲のために絶滅しそうになったが、日米戦争中は採集しても買い手がないので、採集されなくて野生が増えて、戦後また採集業が復活しました。わしは、採集業者が売りに来たのを数十株買って植えたら、一年後にみごとに花が咲きました。それをバナナ輸出業者に見つかって、数株買われてしまったのであります。

戦後60年以上たった今では、野生の胡蝶蘭は絶滅したらしい。現在世界的に商業栽培されている胡蝶蘭は、人工交配で改良されたもので、野生原種にくらべると、花の形も、サイズも、色もはるかに進歩していますが、まれに栽培家のところに大切に保存栽培されている原種胡蝶蘭を見ると、楚々たる野生の姿に反って心を惹かれます。

バナナ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/22 21:45 投稿番号: [1434 / 3149]
  近所の八百屋に「台湾バナナ」があった。値段は覚えていない。プラスチックのザルの脇にマジックでそう書いてあっただけで、他に何の証明もない。日本で売られているバナナの殆どがフィリピン産だと聞いていたから、あらためて「Wikipedia」で調べてみたが、案の定、比国産が輸入量の99%を占めていた。あれが本当の台湾バナナだったのか疑わしい。デルモンテなどの米資本が広大な農場で栽培して流通システムも確立したので、台湾の零細農家が出荷するバナナは日本の市場からすっかり姿を消してしまった。若い人から「台湾バナナのほうが美味いのか」と聞かれても、もちろん台湾では何度か食べたが、比国産とハッキリ違うという印象もなく、味の優劣や糖度などは正直よくわからない。一時期、南米エクアドル産の大型のバナナも出回ったが、やたらに不味いのが知れてこれも姿を消した。

Re: 小選挙区

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/16 17:16 投稿番号: [1433 / 3149]
  国民党が台北の八議席を独占したという。落選した民進党の王某が約束どおり海に飛び込むらしいが、それは「寒波が去ってから」だという。しっかり救命具をつけてドボンとやるんだろうが、いくら台湾の海だってまだ水は冷たかろうし、心臓マヒに気をつけろよ。どうせなら、中山北路の端から端までパンツ一丁で逆立ちして歩くと言えば良かったと思う。次の選挙まで、「今日はここまで、今日はここまで」とやればテレビは追いかけるし、次回の当選は間違いない。前回の投稿で「選挙結果の論評はしない」とは言ったが、最低限の持論開陳は見逃してほしい。

  小選挙区制度は民主主義を破壊する。第二党以下の候補者の当選が阻まれ、大量の「死票」が出て、民意が議会に反映しにくいからだ。五割の投票で八割の議席が獲得できるのは、どう考えてもマトモな選挙制度とは言えない。台湾の有力なメディアは今なお国民党の支配下にあって、選挙戦になるとテレビは露骨に国民党候補の応援をする。そうしたなかで民進党がよくぞ健闘してきたものと思うが、今回の結果は陳水扁氏の拙速であまりにも急進的なやり方にも原因があったように思う。今日の台湾の政治地図、両岸の現状を正しく認識していれば、あの少年のような純粋さ、言葉を替えて言えば「未熟さ」では周辺に利用され、政敵につけ込まれるだけだ。

Re: 小選挙区

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/15 01:23 投稿番号: [1432 / 3149]
  選挙結果については、台湾人民の「総意」ということで外国人のわたしがあれこれと論評することはできません。昨年の暮れあたりに消えてしまいましたが、この「台湾」のカテゴリーで、いくつものトピを立て、「われこそは両岸問題の第一人者、正義の調停者」とばかりに「ああすべき、こうすべき」と一人で頑張っていた御仁がいました。彼、「この問題については自分が考えて最終の解決策を見出したので、何百億もの値打ちがある。タダでは教えられない」と書いていたのを覚えていますが、だれからカネを貰うつもりでいたのでしょうか。国共両党が百億円ずつでも出してくれたら大儲けなんですが、本気で大使館に手紙を書く人なので、成功報酬を条件に自分を含めた巨頭会談のお膳立てくらいは画策したかもしれません。壮(躁)大な夢があっていいんですが、世の中にはおもしろい人もいたものです。

相撲は外国人にまだ誤解も多く、「筋肉より脂肪の多いほうが有利な唯一のスポーツ」だという英文の記事を記憶していますが、とんでもない偏見で、体脂肪率は一般の人より低く、「過食と稽古不足で贅肉が付くと相撲どころじゃない」と学生相撲のキャップテンから直接聞いたことがあります。

小選挙区

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/14 22:31 投稿番号: [1431 / 3149]
たしかに小選挙区のせいで外省系議員だらけになりました。投票者の人数で言えば、国民党に投票した人の数は民進党に投票した人よりも15%多いだけだそうです。本省人と外省人との区別は、厳然として存在します。外省人有権者が本省人候補者に投票する可能性は限りなく零に近いが、本省人有権者はいともあっさりと外省人候補者に票を献じてしまいます。

台湾とは限らず、どこの国で、お金が足りないと思っている家庭が絶大多数ですが、国民党は立法院で、あらゆる議案をボイコットして、政治の進行を不可能にした上で、民進党は政治をおこなう能力がない、そのために人民は貧乏していると宣伝し、本省人は簡単にこの宣伝にのってしまって、積極的な者は国民党に投票し、消極的な者は投票に行かないということになってしまいます。

蒋政権が死滅してから20年たったので、蒋政権時代の世情を体験した者(蒋政権時代すくなくとも25歳)は、今は45歳以上になっています。45歳以下の者は蒋政権時代を知らず、現在享受している人権、民主、自由は、蒋政権時代にもあったものと思い込んでいます。45歳以上の者でも南国人の楽天性のせいで、そんな時代が戻ってくる可能性はないときめてかかっています。

大相撲はNHKの海外向け衛星によって、台湾でもリアルタイムに見られます。時差のせいで、終結するのは午後5時です。台湾で見られるようになったのは、蒋政権死滅後約一年、李登輝総統によって「台湾の天空は開放された」と宣言されたときからです。「天空の開放」とは衛星放送を見る禁令が廃止されたことをいいます。

それからまた数年もたってから、NHKの衛星によって、大相撲の放送が見られることに、わしはやっと気がつきました。そのときは千代の富士の晩年期で、まもなく貴乃花(そのときは貴ノ花だったかな)が台頭しました。

Re: 売り上げ世界一の店(Re: No.1402)

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/14 17:44 投稿番号: [1430 / 3149]
  今度の選挙結果は、unhoo先生には茫然自失、「何たることか」と悲嘆にくれているのではないかと察して余りある。小選挙区制は英国のように民意が高く、民主主義がしっかり根を張っている国には適しているけれども、地方ボスや二世議員がカネと利益誘導で支配している台湾や日本には弊害が多い。それでも、日本は公職選挙法という、人が身震いするほど怖い法律があるが、台湾はどうなのだろう。まだ、レストランなどに大勢を集め、セミヌードの運動員のお姉さんが愛嬌を振りまきながら饗応しているのだろうか。

大相撲初場所が始まったが、これは衛星放送で世界のどこでも見られるらしい。誰でも知っての通り、東西の横綱(グランドチャンピオン)はユーラシア大陸の大半を制覇したジンギスカンの末裔であって日本人ではない。それどころか、ロシア人や欧州人まで活躍していて、この完全に国粋的な格闘競技はすっかり国際化されている。小錦や曙のようなサモア人はすっかり姿を消したがなぜなのだろう。もっとも巨体にものをいわせた「push、push」の押し相撲一点張りじゃ見てても面白くない。神事だ、国技だと勿体をつけ、「ただ勝てばいいんじゃないんだ」とウルサイことをいう人も多いが、そこは勝負の世界、四十八手で決まれば立派に白星が記録されて誰も文句は言えないだろう。初代「若ノ花」の「揺り戻し」という豪快な決まり手はまったく見なくなったが、体型の似た「安馬」あたりに覚えてほしい手だ。

売り上げ世界一の店(Re: No.1402)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/12 22:05 投稿番号: [1429 / 3149]
台湾に売り上げ世界一のマクドナルドの店があったとは、今まで聞いたことがなかったが、言われてみると思い当たるところがあります。ただし、その店はお説の「南京東路と林森北路の交差点」の店店でなく、マクドナルドが台湾に初上陸して開いた第1号店で、場所は民生東路3段135号です。第1号店開店の時期を調べたところ、幸いに資料が見つかりました。1984年1月28日と、日までわかりました。24年前ということになります。

その店が開いたときの盛況は、新聞、テレビに報道されて、全台湾を驚倒させました。一日に数百万元の売り上げと報道されていたから、本当に世界一だった可能性があります。その報によって、マクドナルド以外のアメリカのハンバーガー店が数軒台湾へ押し寄せ、台湾本土産のハンバーガー店も数軒創立されました。やがて競争に負けて次々と消えてしまったが、マクドナルドだけは今も健在のようです。

南京東路と林森北路の交差点の店は今でもありますが、それほど大きい店ではありません。昔は大きくて、今は小さくなったのかも知れません。

以前はひっそりと経営していた日本のモスバーガーが、最近2、3年のうち、どんどん店を増やしていますが、まだまだマクドのほうが優勢です。

売り上げ世界一の店(No.1402

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/12 21:08 投稿番号: [1428 / 3149]
メッセージ1402への

Re: 大石主税

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/11 20:40 投稿番号: [1427 / 3149]
「主税」の読みがなぜ「ちから」になるのかわからない。父の大石良雄は、いまどき小学一年生になってもおかしくない名だが、大石主税では、もう古すぎますな。

Re: 大石主税

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/11 20:20 投稿番号: [1426 / 3149]
ハイビジョン・デジタルテレビは素晴らしい。「よくここまで綺麗に映るものかな」と感心する。何十年も前、腕時計だか電卓だかの「液晶」を初めて見たとき、「これはテレビに応用できるかもしれない」と感じたのを覚えている。覚えてはいるが、露ほどの貢献をしたわけではない。

松下電器がその社名を捨て、年寄りにはお馴染みの「ナショナル」も放棄するという。泉下の幸之助翁のお気持ちはどうだろうか。

家電が日本の独壇場だった時代は終わって、韓国のサムスンとLGが世界市場を席巻している。中国の「ハイアール」も爆発的成長だ。日本の大企業は熟練熟達の技師、技術者を早期退職や定年で情け容赦なく放り出す。かれらを三顧の礼で迎える韓国、台湾、中国の企業。

インド洋の無償燃料補給法案が「差し戻し」で可決。ただ、これを批判しても私服警察官が内偵にも来ないし、懲罰的な召集令状が来る心配もない。ありがたい。

日露戦争の勝利は、日英同盟による英国の起債斡旋と無償の情報提供による貢献が大きい。二次大戦中、ジェット、ロケット技術の導入の対価として、潜水艦でドイツに運び込んだ金塊の量はハンパではない。

昔、日本長期信用銀行が破綻した。4兆円ちかくの国費を注ぎ込んで国有化したあと、わが自由民主党の政府は、それをアメリカのユダヤ系資本に10億円で売り払ってしまった。しかし、だれも、なにも言わない。

学研の「地球儀問題」で、マスコミが「親台湾・反中国」に傾いている。もちろん、一時的な現象である。見ててご覧、大資本・大企業が大旦那の日本のマスコミにそんな「根性」はありゃしない。「お旦」に逆らう、お妾はいないよね。

有田焼、ホワイト・オーク木箱入りのサントリーの「THE WHISKY」。25年前のやつ。やっと手に入れたのに、値打ちも知らない張さんにやるんじゃなかった。いまさら、返してくれとは言えない。

Re: 大石主税

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/11 00:24 投稿番号: [1425 / 3149]
ご指摘をいただいたように、「力」ではなく、「主税」でした。まぁ、昔の武士に「力」なんて名前はありませんね。今、日本の時代劇テレビドラマで「忠臣蔵」シリーズをやっていますが、なんだか、衣装ばかり立派ですが、これが面白くないんですね。台詞をトチらなければどのシーンもOKになるから、しかめっ面で台詞をいうのが精一杯で肝心の演技がまるでダメです。いくら元禄時代だって、武士の妻にしろ女中にしろ、成人式じゃあるまいし、普段、あんなギラギラした晴れ着なんか着ちゃいなかったんですが、そういうことが判っていないから、演出もカメラワークもマンネリの時代劇ドラマのレベルを出ていない。そこそこの視聴率をとればどこからも文句がこないテレビの限界でしょうか。

靖国神社参拝の件ですが、昭和天皇も「合祀」にお怒りになってこれを中止し、今上天皇も参拝なされないという現実はどのようにご覧になりますか。それは、誰がどこの寺や神社に行こうと自由ですが、右翼を偽装した博徒やテキヤが愛国者気取りで特攻服を着込み、徒党を組んで「参拝」するのは、暴力団が靖国神社を「しのぎ」のためのコケ脅しの道具に利用していると思われませんか。



大石主税

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/10 18:43 投稿番号: [1424 / 3149]
調べたところ、元禄元年に生まれ、元禄16年で切腹。父良雄の許しを得て参加したとあるが、あの時代は父の一言で父子の縁を切ることができたはずですがね。

ところで今年のお正月には、靖国神社の参拝者がどれほどあったか、日本のメディアはうんともすんとも言わない。これはきっと史上最多の數に達したからにちがいない。

Re: 忠臣蔵

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/09 20:05 投稿番号: [1423 / 3149]
  今年の初詣客は史上最高で一億人に近いらしい。参詣する者を「客」というのもおかしな表現だが、なぁに、行くほうだって毎年の惰性で足が向くだけで、「信心」などはありゃしない。「客」というのがあたっているだろう。だいいち、年に何度も「お参り」をすればこそ、元旦の「初詣」という言葉が成立する理屈なのだが、大抵の人は年の初めの一回こっきりであとはテコでも行く気遣いはない。安直な信心もあったものだ。わたしは無信仰だから子供の頃に親に連れられて行ったきりだ。

台湾の三義の知り合いの家で、キレイな日本語を話す主人が宗教のパンフだの写真を持ち出してきて盛んに説明をしていた。その写真、祭壇の蝋燭の上に小さな観音様の姿がハッキリ浮かんでいたが、ピントが違っていて、どう見てもネガを重ねて焼いた合成写真である。私だってまるっきりのバカではないから神妙に頷いて、ご主人の面子を立てたのは世渡りの「分別」というものである。

宗教の話は取り止めもなくなるから中止して「忠臣蔵」に移行しよう。これも東映映画だが、そのカットは大石内蔵助が自邸で書きものをしているシーンから始まる。やがて大石は大声で妻「りく」を呼ぶ。内蔵助は片岡知恵蔵、「りく」は小暮実千代で、両人ともドンビシャリ、これ以上の嵌まり役はない。「りく」は廊下で、武家の奥方の作法通りにお辞儀をして顔をあげる≪こんな女房がいまの日本にいるかぁ?≫。   内蔵助、机の書き物に目を落としたまま、倅の「力」がいるかと問う。「まだ、稽古より戻りませぬ」。内蔵助は返事もせず、机の「書き物」を畳の上に置き、僅かに手を動かして「りく」に差し出す。「して、…去り状じゃ」。かねての覚悟で「りく」は動揺を見せない。見せないが、そこは一流の女優であるから眼で万感の演技をするのである。

さて、この「三下り半」、「去り状」とは何ぞや。unhoo先生あたりは別として、外国人にはまず理解できないと思うがどうだろうか。学がないからわからないが、外国にも時代によって似たような習慣があったかも知れない。なにしろ、男の簡単な手紙一枚で理由も言い訳もなしに離婚が成立するのである。また、この「去り状」がないと、女は再婚もできないというから恐ろしい話だ。

廊下に座って頭を下げている妻に、「して、…去り状じゃ」とは、凄い時代があったものである。「かっこいい」などと言ったら女に睨みつけられる。

Re: 忠臣蔵

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/09 02:02 投稿番号: [1422 / 3149]
東映映画のそのシーンは大勢の畳職が勅使の泊まる寺の境内で作業をしていました。ただ、さすがに東映のドル箱映画だけにカネが掛かっていて、本職の畳職がちょん髷の鬘(かつら)をかぶり、畳針の運針などは恐ろしいほどの速さで仕事をしていて、それはしっかりカメラに収めていました。あれは駒の早送りではなく実際のスピードです。出来上がったその畳を本堂、宿坊に運び込むのは浅野家家臣の仕事なのですが、武家は弓矢と鉄砲、乗馬の稽古のほかに仕事はなく、職人仕事なぞはやってはならなかった。もちろん、そんな急な場で悠長なことは言っていられない。もう若侍が畳を抱えて忙しく廊下を行き来していた。明朝までに何百もの畳を敷き詰めるのに万一間に合わないでは御饗応不届きにより浅野家はお取潰しなになるやもせずである。だが、これさえ真実かどうかに異論があるようだ。忠臣蔵に嵌まり込んだらその底なし沼からでてこれない。邪馬台国のことになればもっと大変らしい。

忠臣蔵

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/08 22:44 投稿番号: [1421 / 3149]
小説によれば、浅野内匠頭は、松の廊下で吉良上野介に斬りかかったその前夜は、一睡もしていない。前もって、御殿の畳換えの必要があるかと吉良上野介に聞いたところ、必要なしとの返事だった。

ところが勅使を迎える前夜に至って、畳換えをするのが慣例になっているとの情報を得て、大急ぎで江戸の畳職人を集められるだけ集め、畳換え(畳表換えのことであろう)をやらせ、内匠頭は眠らずに、報告を聞いていたという。事実かどうかわからないが、わしが読んだ大仏次郎作『赤穂浪士』では、ここがひとつの山場になっていて、中学生のわしは、手に汗を握って読みました。

これが事実だとしたら、その晩大勢の畳職人が御殿の門の外の通りで、やかんや土瓶の水を口に含んでプープー吹き付けていたわけだ。門の外が一面にぬかるみになったことだろう。

Re: 土産物

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/08 20:28 投稿番号: [1420 / 3149]
「世情の噂によれば、伊達家からは加賀絹数巻、黄金百枚、探幽筆竜虎の対幅などが贈られたとか…」

  東映映画「忠臣蔵」で、脇坂淡路守が浅野邸を退出するとき、玄関先まで見送りにきた片岡源吾衛門に語りかける一シーンである。浅野家から贈られた「鰹節一連」とはエライ違いだが、もちろん史実ではない。「心がこもって」いようがいまいが鰹節は鰹節で、貰うほうは「黄金百枚」のほうがいいに決まっている。進物とお土産では意味合いがだいぶ違うけれども、「台湾になにを持って行けば喜ばれますか」と聞かれても、その台湾は世界的にも富裕な国で、港の無数のコンテナを見れば一目瞭然、貿易に制限があるわけではなく、多少の高い安いはあってもカネさえあれば何だって買える。
ただ、そう言っては身も蓋もないし、まじめな質問者を愚弄するつもりもないから、台湾人が買って帰る品物を思い浮かべれば答えは出てくるだろう。昔は「正露丸」「大田胃酸」「中将湯」「救心」などの和漢薬、「ルル」などの風邪薬、名前は忘れたがペニシリン軟膏のような皮膚薬など「薬」全般に人気があったが今は買う人もいないようだ。昔、「たまごっち」という電子ゲームが流行ったとき、台湾の友人、知り合いから「子供が欲しがっているから是非送ってくれ」と矢の催促が来たが入手できないうちにブームが去ってしまった。

土産物

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/07 20:56 投稿番号: [1419 / 3149]
  時折、ここの台湾トピに「台湾にお土産を持っていたいのですが、なにが喜ばれますか」という質問が寄せられる。旅行中に世話になり、再度の訪台で「なにか、喜ばれる日本の物を」というのは私も経験があるからわかる。これには、お約束のように「心がこもっていれば値段は関係ありません」という模範回答が出てくるのだが、わたしは綺麗ごとの建前を言うのは好きではないから、以前、「ソニーの最新のビデオカメラなんか喜ばれます」と、書いてやったことがある。もちろん冗談だが喜ばれるのは確かだろう。「なにか日本的なものを…」というのは誰でも考えるが、そうしたものは浅草の仲見世か東京タワーの土産物屋に並んでいるような安物の紛い品しかない。台湾人もよく知っているからそんなものは見向きもしない。だからといって、本物の浮世絵や輪島塗、御木本のネックレスを持っていく人はいないだろう。セイコーの腕時計でも10万を超えるアナログなら見栄えもいいが、アルバ・ブランドのデジタルじゃ礼も言ってくれない。話がすこしややこしくなるが、張家の長男から高山茶をお土産に貰って帰ったことがある。彼の姉を通じて聞いたその値段はにわかには信じられないほどである。彼は仕事をしている時間より座ってウーロン茶を飲んでいる時間のほうが長いのではないか、と思うような風雅な人で、わが家に帰って煎れたそのお茶はさすがに絶品だった。「これは会社の女性達の昼時に飲んでもらおう、自販機の伊藤園やサントリーの缶ウーロン茶とはまったくの別物だ。本物のウーロン茶とはかくも美味しいものだと認識を新たにするに違いない」と思い、お茶当番の人に渡してあげた。彼女が大きな急須にお茶を煎れたのは確認した。パートの女性は十数人もいたのだが、なんの反響もない。上手いもまずいもなんとも言ってこない。数日経って、「飲まないのなら返して貰おう」と思い、湯沸し室の戸棚を探したのだがモノがない。「あのお茶、どうした」と聞いたら、「以前、勤めていた○○さんが子供を連れて遊びにきたので上げちゃいました」

Re: 畳屋

投稿者: urfraternity 投稿日時: 2008/01/07 19:59 投稿番号: [1418 / 3149]
>畳屋さんの「プーッ」については・・・

もしやっていたとすれば、切り口を束ねて縁をつけるのにプーかも。縁を湿らすのに意味があるはず。しかし畳は新しいと言っても自然材料ですから手っ取り早い埃止めまもしれない、女房と畳は・・と言われたように匂いが独特でもあるし・・。
今でこそ霧吹きは安価な大衆品かもしれませんが、昔はそんなに安くはなかったでしょうし、江戸時代からの工芸品とも思えません。あるいは工芸品だったか・・・?確かに歯槽膿漏の匂いは適いませんが何度目からは弱まるでしょう。
ところで小学生のとき全く勉強のできなかった新宿某町の畳屋の息子が高層ビルのオーナーで羽振りがいいと聞く。足し算はできるようになったわけだ・・。こちらはヘンリーの法則やランキンの法則から逃れられないというのに・・。
とまあ、たまな投稿ですが、私見です。

Re: 畳屋

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/07 17:07 投稿番号: [1417 / 3149]
  畳屋さんの「プーッ」については機会があったら調べてみましょう。もし、この件で話が盛り上がり、あっちこっちから論客が来て、「やった」「やらない」の論争になったら、そこは私が≪言い出し兵衛≫ですから、頃合いをみて「もう、そんな水掛け論は止めようじゃないか」と畳み掛けてお仕舞いにします。
この正月から、漱石の「我輩は猫である」を読んでいます。これは若い頃に拾い読みをした覚えがあり、小学校の国語教科書にも載っていた記憶がありますが、こんどは猫が水甕に落ちて最後を迎えるまで読みきるつもりです。長編小説としてはストーリーが雑で、超短編をを寄せ集めたようなスタイルですが、英文学者であり、漢籍から落語まで通じていた作者の力作だけに予想外に面白く、たしかに一読の価値はあります。この作者、ダテに千円札の肖像になっているんじゃないんですねぇ。この話、これだけでは「トピずれ」になりますから、本の中頃に台湾の「生×」という言葉が一瞬だが出ていたことを付け加えておきます。明治時代は実に言葉の豊饒な時代で、それだけにこの小説も、今のNHKが絶対にオンエヤーしない単語が随分でてきます。

Re: 畳屋

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/06 16:23 投稿番号: [1416 / 3149]
>確かに、やかんの水を口に含み、満遍なく、霧吹いていました。<

うんと考えましたが、わしにはその光景が思い出せません。職人によって流儀が違うのかも知れませんね。

>手のひらに長い針を打ち抜くための
小座布団?みたいなものでガードしていました。<

これは思いだしました。

Re: 畳屋

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2008/01/05 23:13 投稿番号: [1415 / 3149]
割り込みレスですが、お許しください。

>畳屋にはそんな作業はありません。>有りました。

私も見た記憶があります。
確かに、やかんの水を口に含み、満遍なく、霧吹いていました。
職人の手作りだと思いますが、手のひらに長い針を打ち抜くための
小座布団?みたいなものでガードしていました。
糸を締めるために肘でへりをしごいていました。

アイロンを掛ける時は、ポンプ式ではなく、口で吹く、霧吹き器がありました。

お邪魔しました。

Re: 畳屋

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/05 10:31 投稿番号: [1414 / 3149]
>しかるに日本人の洗濯屋は、ビール瓶の水をがぶりと口に吸い込んで、唾液もろともお客様の高価な…<

  そうでした、洗濯屋でした。いまの若い人には理解できない話ですが、昔から腕の立つ「お職人」には世間も一目置いていて、「あの親父に仕立ててもらった」と、その「プーッ」も親父の腕、技術として認め、「衛生」などは気にしてなかったのでしょう。そもそも町内からクリーニング店が消えて、もう40年以上経ちます。この正月でしたか、昨年の暮れでしたか、古株の歌手「さだまさし」と、大人気の若手漫才、「タカ・アンド・トシ」らが対談する番組がありました。テレビの草創期の話からニュース映画館の話など、若い芸人たちは「ニュース映画館」はその存在すら知らず、初めて聞く話に興味しんしんの様子でした。

洗濯屋

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/05 01:57 投稿番号: [1413 / 3149]
あるオヤジはお客様のスーツを2ダースアイロンがけしたから、口の中が清潔になって、晩ごはんがおいしくなりました。

Re: 畳屋

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/05 01:51 投稿番号: [1412 / 3149]
>水を口に含んで「プーッ」とやっていたのは畳屋さんでしたか、ちょっと記憶が曖昧ですが、<

畳屋にはそんな作業はありません。日本人の洗濯屋がアイロンをかけるときにやっていました。

台湾人の洗濯屋は昔は口で吹く霧吹き器で悠長に霧を吹いていたが、これはまだ我慢できます。すこし後に、殺虫剤を噴射する霧吹き器でシュー、シューとやるようになって、唾液が混じる心配がなくなりました。

しかるに日本人の洗濯屋は、ビール瓶の水をがぶりと口に吸い込んで、唾液もろともお客様の高価なスーツにパーッと吹き付けて、ホイホイとアイロンをかけて、ハイ一丁出来上がりと来る。

Re: 畳屋

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/03 17:10 投稿番号: [1411 / 3149]
  昔はどこの家でも畳屋さんが出張してきて、その家の前の道端で畳表を替えていました。「畳替え」というのは普通、畳表を替える言葉ではなかったかと思います。今は、軽トラックで運搬もできるし、道路なんかで仕事はできませんから、幹線の大通りでなければ自動車なんか走っていなかった戦後の一時期までの話です。大きな針で畳の縁(へり)を縫うとき、「キュッ、キュッ」と肘を立てて糸を張っていたのを覚えています。今は、「時運の赴くところ」で、店のなかでロボットみたいなミシンが自動で動いて縫い付けています。水を口に含んで「プーッ」とやっていたのは畳屋さんでしたか、ちょっと記憶が曖昧ですが、多分、そうだったのでしょう。あの畳表にも随分と等級があって、高級品になると価格が「アパート用」の何倍もします。以前、日本の九州かどこかのイグサ農家の組合が特級の新品種を開発して特許を取りました。これはもう、文句のつけられないほどの高級品だそうですが、まさかというか、やはりというか、すぐに同等の品が中国が入ってきました。畳表も中国から輸入しているとは知りませんでしたが、DNA検査でそれが特許品と完全に同じものと判り、輸入禁止の措置が取られたとのことです。そんなに古いニュースではありません、

Re: 畳屋

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/03 13:52 投稿番号: [1410 / 3149]
  投稿のボタンを押してから、入れ違いですでにunhoo先生から丁寧なご返事がありました。「民生西路」と「南京西路」が違っていたようですが、だいたいはそのあたりでした。こうしたお話はきわめて貴重です。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/03 12:09 投稿番号: [1409 / 3149]
  詳しいご説明をありがとうございました。その畳屋さんがあった場所は、わたしのぼんやりした記憶では、中山北路方面から行くと、民生西路の踏み切りを渡らずに線路方向を左折した左側にあったような気がします。その線路の向こう側は自動車部品店が密集する赤峰街、その手前が双連街で、そこも思い出のあるところです。あのあたりは国賓大飯店も近く、日本人が「下町見物」と、目的もない観光気分で徘徊するところですから、畳屋さんなんかを見つけたら私のような「お調子者」が遠慮もなしに話しかけるのでしょう。当時のあの鉄道、レールは陽炎のように曲がりくねり、その耐用年数なんかもとっくに過ぎて「これ、大丈夫なのかな」と心配するほど摩滅していました。線路の上を列車が走るのはなんの不思議もないのですが、雨ざらしで汚れ放題のディーゼル機関車が、あの狭い鉄路に轟音をあげ、巨体を震わせながら迫ってくると恐怖感さえ覚えて、脇の路地に逃げ込みたくなります。昔の台湾の鉄道は何度か乗りましたが、スピードもないのに揺れがひどく、今になって台湾の人々は「鉄道とはこんなに快適なものであったか」と思っているのではないでしょうか

畳屋

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/03 11:30 投稿番号: [1408 / 3149]
畳屋のあった場所は、南京西路と旧淡水線とが直交する場所で、踏切りのそばでした。大家さん(?)の前鉄道部職員は、退職後ときどき畳屋の親父の仕事に手を出して、ついに畳表替えの技術をマスターしたのである。畳屋の仕事が忙しいときには、大家さん(?)が手伝っていたが、むろん手間賃を貰っていたにちがいない。

ところで、日本の畳職人は、ホイホイと掛声勇ましく、駆け足のテンポで仕事ををしていたので、少年時代のわしは仕事ぶりを見るのがすきでしたが、台湾化した畳職人は悠然と、そぞろ歩きのテンポで仕事してて、見てもおもしろくない。

今その場所には、捷運淡水線の中山站(中山駅)があります。その部分は地下鉄ですから、地上にはエスカレータや階段への出入り口、エレベータへの出入り口があるだけです。地下一階には両隣駅まで通ずる商店街があり、地下二階には捷運淡水線のホームがあり、地下三階は捷運松山線のホームがすでにできているそうですが、松山線はまだ工事中で、開通するのは6年後です。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/03 02:13 投稿番号: [1407 / 3149]
謹賀新年

>中山北路の西側に鉄道があって、その線路沿いに畳屋さんがあった。<

これは、これは、わしが詳しいレスを書くことのできる投稿ですよ。

その鉄道は淡水線と言い、狭軌単線で、台北駅から淡水駅まで28kmぐらい、地面と同じ高さの線路だから、全線に踏切がたくさんあった。慢行列車および貨物列車がしょっちゅう通行し、踏み切りの500mのかなたから、けたたましい警笛を鳴らすので、沿線の住民にとっては迷惑千番だったが、蒋政権時代のことだから、抗議する住民はいなかった。金門島へ送る大砲や戦車を運ぶ貨物列車も時々通過した。

その線路は1900年という覚えやすい年に開通し、蒋経国が死んだ年1988年に廃線となった。廃線の理由は「捷運淡水線」を建設するため。廃線にしてから十年ぐらいもかかって、やっと捷運淡水線が完成開通となった。標準軌で全線複線、台北市の中心部を走る部分は地下鉄、それから先は高架線、市外は地面線、台北駅から淡水駅まで27分で走る。旧淡水線では1時間もかかったものです。捷運淡水線の乗心持は、東京の山の手線、中央線、各地下鉄線などよりもよろしい。

さて、問題の畳屋ですが、旧淡水線は線路の両側約10mずつが鉄道付属地であって、本来はコンクリートの柵で立ち入りを禁止してあった。そこを図図しくも、一人の本省人の鉄道部職員が、柵を取り払って、違法建築を建てて、住家にした。その当時は中国人の難民が勝手に空き地を占領して住家にして、それを蒋政権がほったらかしていた時代だから、鉄道部の職員の不法行為も、とがめられずにすんだ。

鉄道部の職員は、線路に沿ってどんどん建て増して行き、人に貸して家賃を取ったり、自分の家族に雑貨屋をやらせたりし、定年で退職すると、自分が雑貨屋の主人におさまった。畳屋は借家人の一人です。

わしは当時その近くをよく通ったので、様子を知っているのです。あるときも、そこを通ったら、一人の日本人がしきりに畳屋の親父に話しかけていたが、親父はうるさそうに、ろくに返事もしなかった。その日本人はきっとカチートさんにちがいない。

捷運淡水線を建設するために、政府は何年も前からそんな不法占有者どもに、立退き料を払ったのだが、占有者(「大家さん」および「テナント」)どもはお金だけ貰っておいて、いつまでも立ち退かない。とうとう政府が家をとり壊す機械(パワーシャベルというのかな)を出動させた。占有者どもは、あわてふためいて、家財道具、商売道具、商品、隠し飼っていた豚やにわとりをそばの道路に投げ出し、運送店を呼んで、運び去った。すかさずパワーシャベルが家を全部つぶした。その家は、バラックとは言えない瓦葺の木造建築であったのです。

福袋

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/02 23:55 投稿番号: [1406 / 3149]
今夜のニュースはどの局でもデパートの「福袋」をとりあげている。都心のデパートなら取材は楽でいいと思うが、放送局の報道部というところは、年中行事のようなものは「取材カレンダー」があって、毎年おなじところへ行ってカメラを回しているのだろう。そのニュースによると、デパートの福袋は、付けられている値段の三倍、四倍の価格の商品が入っていて、何万もするものを幾つも買っていくオバサンも多い。数年前のこの時期、台湾の友達とデパートに同行したことがある。ガイドというほどのものではない。正月だからどこにも福袋が置いてある。値段が書いてるから、説明を受けなくとも、それがどういうものかはすぐ察しがつくだろう。「日本人というのはなんというバカだろう。なにが入っているか判らない紙袋をよく買う気になれるものだ」という表情がありありと顔に出ていた。文化と習慣の違いだけはどうにもならない。しかし、昨年の訪台のとき、べつに旧正月ではなかったが、台中で福袋のようなものを見た気がする。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/01/01 23:41 投稿番号: [1405 / 3149]
   新年快楽   謹賀新年

  なんだか、昔話ばかりで気が引けるが、中山北路の西側に鉄道があって、その線路沿いに畳屋さんがあった。畳屋さんは台北駅の近くにもあったような気がする。ひとりで仕事中だったオヤジさんに思い切って話しかけたが、そこは老職人の常で愛想はよくなかった。昔の日本人の畳屋に奉公して叩き上げられたのは間違いない。しかし、日本人が引き上げた戦後の窮乏の時代、畳職人に仕事があったのだろうか。その近くには襖や障子の建具屋があって、障子の桟がいくつも立て掛けてあった。「この桟、もう少し細くできないか」と思ったが、大きなお世話だろう。これは前にも書いたが、台湾の高級なマンションにはよく和室が付いている。だが、「これが和室かい」と思うほど違和感があって、あくまでも「台湾風日本間」である。もっとも、日本の家だってわが家も含めて大抵は新建材の安普請で、「洋間」などと言ってもプラスチックみたいな床材を敷き、ベニヤの壁と天井に壁紙を貼って「一丁上がり」だよね。憎まれ口のついでにまだ書きたいが眠いからやめた。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: yuwfui 投稿日時: 2007/12/31 22:56 投稿番号: [1404 / 3149]
東京カチート様
私がびっくりしたのは、台中の柳川街?のスナックで呑んでいたら
3人位でカラオケ!!綺麗な日本語で歌も上手いので、ついつい
話しかけたらキョトン!!   日本語は全く分らない台湾人でした。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/31 22:16 投稿番号: [1403 / 3149]
  人生にはどう考えても不思議なこと、ゾッとするほどの偶然の一致を体験することがある。わたしのハンドルネームは歌手、フランク永井のデビューの頃の歌詞の題名から採っている。もちろん、この歌は好きなのだが、節回しが難しくてカラオケではどうしても上手く歌えない。もう、二十年ちかくも前か、この歌を口ずさみながら台中の駅前の歩道を歩いていた。駅前だからホテルだの店だのが並んでいる。そのとき、なんだか、事務所のような、しもた屋のような家だったが、そこの前を通りかかったとき、あろうことか、あるまいことか、いま自分で口にしているフランク永井の「東京カチート」がかなりのボリュームで聞こえてきたのである。鳥肌が立ち、体が棒立ちになった。発表されて20年以上も経つ、さほどポピュラーでもない日本の歌謡曲が台湾の町角で聞こえたというだけなら別に不思議ではないが、その歌を口ずさんで通りかかったという偶然とその確率はどうだろうか。あの事故から随分経つが、フランク永井さんはどうしているだろうか。



東京カチート・カチート・カチート
一、 赤い灯がつく 赤坂タウン
甘くながれる 夜の色
恋にゃ泣いたがカチートよ
カクテル・グラスにからませた
あの娘の白い指 白い指
好きになっては いけないかい
僕の可愛い 相棒よ
東京カチート・カチート・カチート

二、 霧に濡れてる 赤坂タウン
ミッド・ナイトの カーニバル
もしも あの娘がカチートよ
この僕 愛してくれるなら
踊って離さない 離さない
好きになっては いけないかい
僕の可愛い 相棒よ
東京カチート・カチート・カチート
いいよ いいんだカチートよ
あの娘が この僕夢にでも
みたらと思うのさ 思うのさ
好きになっては いけないかい
僕の可愛い 相棒よ
東京カチート・カチート・カチート

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/30 15:44 投稿番号: [1402 / 3149]
  いまはどうなのか知らないが、南京東路と林森北路の交差点にやたらに大きなマクドナルドがあって、若者で満員のその店には私も一度這入ったことがある。一時期、そこの売り上げはマクドナルド全店で世界一だったという。いまは上海の店がその地位を奪っているかもしれない。私もさんざん食ったから、「あんなものが…」というのは気が引けるが、台湾や中国のように「食」にうるさい国で、あのお粗末な食品がよく売れるものだと感心する。ここでわたしが書きたいのは、ハンバーガーではない。そんなものはどうでもいい。店には大勢の女子学生がいて中年の男には場違いだったが、台湾の女子学生はどこのテーブルでも、紙にボールペンで何かを書きながら話をしている。これは日本の女子高生あたりにはない習慣だ。話したいことを文字にして互いに確認しあっているという感じである。そのメモが床に落ちていたか、テーブルに残っていたか、手にしたときに驚いた。あまりに見事な崩し字で、他のテーブルをチラッと覗いても皆が皆、じつに達者な字を書いている。本場の「文字の国」だから当然といえば当然なのだが、日本の女子高生の(例外はあるが)お粗末で汚い字を知っているから、実に情けなくてもう慄然とする思いだった。悲しいことだが、日本は年々沈んでいる。二十年ほど前をピークにして当時は世界第2位だった一人あたりGDPが今では17位だという。国民の老齢化と天文学的な数字で破綻しつつある国家、地方財政。官僚の底知れない無能、無責任体制、うなぎのぼりの犯罪増加等々、はっきり言って当面はもう回復の見込みはない。
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