ビックリ台湾!?

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Re: ビックリ台湾!?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/01/03 02:13 投稿番号: [1407 / 3149]
謹賀新年

>中山北路の西側に鉄道があって、その線路沿いに畳屋さんがあった。<

これは、これは、わしが詳しいレスを書くことのできる投稿ですよ。

その鉄道は淡水線と言い、狭軌単線で、台北駅から淡水駅まで28kmぐらい、地面と同じ高さの線路だから、全線に踏切がたくさんあった。慢行列車および貨物列車がしょっちゅう通行し、踏み切りの500mのかなたから、けたたましい警笛を鳴らすので、沿線の住民にとっては迷惑千番だったが、蒋政権時代のことだから、抗議する住民はいなかった。金門島へ送る大砲や戦車を運ぶ貨物列車も時々通過した。

その線路は1900年という覚えやすい年に開通し、蒋経国が死んだ年1988年に廃線となった。廃線の理由は「捷運淡水線」を建設するため。廃線にしてから十年ぐらいもかかって、やっと捷運淡水線が完成開通となった。標準軌で全線複線、台北市の中心部を走る部分は地下鉄、それから先は高架線、市外は地面線、台北駅から淡水駅まで27分で走る。旧淡水線では1時間もかかったものです。捷運淡水線の乗心持は、東京の山の手線、中央線、各地下鉄線などよりもよろしい。

さて、問題の畳屋ですが、旧淡水線は線路の両側約10mずつが鉄道付属地であって、本来はコンクリートの柵で立ち入りを禁止してあった。そこを図図しくも、一人の本省人の鉄道部職員が、柵を取り払って、違法建築を建てて、住家にした。その当時は中国人の難民が勝手に空き地を占領して住家にして、それを蒋政権がほったらかしていた時代だから、鉄道部の職員の不法行為も、とがめられずにすんだ。

鉄道部の職員は、線路に沿ってどんどん建て増して行き、人に貸して家賃を取ったり、自分の家族に雑貨屋をやらせたりし、定年で退職すると、自分が雑貨屋の主人におさまった。畳屋は借家人の一人です。

わしは当時その近くをよく通ったので、様子を知っているのです。あるときも、そこを通ったら、一人の日本人がしきりに畳屋の親父に話しかけていたが、親父はうるさそうに、ろくに返事もしなかった。その日本人はきっとカチートさんにちがいない。

捷運淡水線を建設するために、政府は何年も前からそんな不法占有者どもに、立退き料を払ったのだが、占有者(「大家さん」および「テナント」)どもはお金だけ貰っておいて、いつまでも立ち退かない。とうとう政府が家をとり壊す機械(パワーシャベルというのかな)を出動させた。占有者どもは、あわてふためいて、家財道具、商売道具、商品、隠し飼っていた豚やにわとりをそばの道路に投げ出し、運送店を呼んで、運び去った。すかさずパワーシャベルが家を全部つぶした。その家は、バラックとは言えない瓦葺の木造建築であったのです。
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