ビックリ台湾!?
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
Re: せどやかぜ
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2007/12/30 11:13 投稿番号: [1398 / 3149]
cachito様
「背戸」は大分では裏口のことで「せど」といます。
裏口の狭い路地を空くか風を「せどやかぜ」といいます。
童謡のことですが、私の記憶では「ウシロのお山に…」なんですが…。
「ウーラのお山…」だったかも…。
これは メッセージ 1393 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 林田刃物店
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/29 23:40 投稿番号: [1397 / 3149]
台北の名物に士林刀というナイフがあります。日本時代から作られていて、一時は非常に売れました。その元祖だと主張する店が、士林にすくなくとも2軒あります。今でも日本人に売れているそうですから、日本人には愛想良く対応していると思います。tokyo_cachitoさんは、もしかしたら、士林刀の店と、林田桶店とが記憶の中でミックスしたのではないでしょうか。下記のサイトに士林刀の写真があります。握りの黒い部分は水牛の角です。刃渡り5cmぐらいから、15cmぐらいのものがありますが、形や構造はみな同じです。
http://www33.ocn.ne.jp/~kogensya/burasi.html
これは メッセージ 1393 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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↓化け字による失敗投稿
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/29 23:23 投稿番号: [1396 / 3149]
メッセージ1934は、化け字発生に気がついて、全文消そうとしたら、間違って[投稿]のボタンを押してしまったものです。無視してください。訂正した投稿は、メッセージ1935です。
これは メッセージ 1395 (unhoo さん)への返信です.
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鳳梨の台湾語読みがオンライ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/29 23:09 投稿番号: [1395 / 3149]
戦前の在台日本人は、パイナップルという英語よりは、オンライという台湾語を使いたがりました。またバナナよりはキンチョーという台湾語を使いたがりました。キンは草かんむりに弓、チョーは蕉です。
以前台湾カテのどこかのトピに、「戦前台湾に住んでいた母が、今でもまだ果物屋へ行って、そのキンチョーをくださいと言って、へんな顔をされる」とありました。
文旦は日本語も台湾語も「ぶんたん」、ザボンの一種で、簡単に言えばザボンのうちの果実の小型な品種です。
これは メッセージ 1393 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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仝・蝉々の岬羅廈・みが仝オンライ々
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/29 22:44 投稿番号: [1394 / 3149]
戦前の
これは メッセージ 1393 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 林田刃物店
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/29 22:21 投稿番号: [1393 / 3149]
「蜜柑」といのは、そのあたりのイカレタ女子高生でも読めると思うが、文旦といのは何だろうか。鳳梨(おんらい)はパイナップルだと知っているが、こういう読み方を初めて知った。むろん国語辞典にもない。今、実家にいるので、自宅に帰ったら調べてみたい。スーパーの店員に「おんらいの缶詰ありますか」と聞いてすぐに判ったら丁寧にお辞儀をしてやりたいが、まず無理だろう。さて、「背戸」である。聞き覚えはある。「セト」と打ち込んでも出てこないから、ためしに「セド」で打ったら一発で出てきた。辞書には、家の「裏門」「裏口」とあったが、普段はまず使わない言葉だ。どこで聞いたか、必死になって思い出そうとしたら、思い当たった。童謡の「唄を忘れたカナリヤは、背戸のお山に捨てましょか…」である。よく、こんなことを覚えていると我ながら感心した。この童謡はいまでも耳にするから廃れてはいないのだが、こどもから「セドのお山ってなぁに?」と聞かれても幼稚園の保母さんはグッと詰まってしまうだろう。まぁ、漢字にカナがふってれば、ちょっとカンのいい人なら「後ろの山」だと答えられるかも知れない。
これは メッセージ 1391 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 林田刃物店
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/29 20:58 投稿番号: [1392 / 3149]
unhoo先生
ご指摘ありがとうございました。記憶がどこかで入れ違ったものと思います。以前、台湾の旅行ガイドブックを何冊も買いましたが、そのあたりの記事と「ごっちゃ」になったのかもしれません。まず、刃物と桶では大変な違いですが、わたしがいくら「わからんじん」でも、unhoo先生を相手にまさか、「いや、桶屋じゃない。刃物屋だ」と強情を張るわけにはいきません。それにしても人間の記憶とはいい加減なもので、自分ではハッキリ覚えていたつもりでも、事実は大違いなんてことがあるものですね。例えば、昔見た映画の一シーンが強く印象に残っていて、それを何十年も経ってからテレビやビデオで見たとき、記憶していたものと随分違っていて驚くことがあります。そういえば、昔はあったけれども、いつの間にか消えてなくなった商売はいくらでもありますね。「桶屋」さんなどはもうどこにもないんじゃないかと思いますが、伝承された技術はいったん中断されると、もう復活しないようで、これも私の頼りない記憶ですが、どういう品物か、江戸時代の建具かなにかの木工品で、いまの職人さんが「どう作ったのかわからない」とテレビで言っていたのを思い出しました。
これは メッセージ 1391 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 林田刃物店
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/29 19:51 投稿番号: [1391 / 3149]
林田刃物店でなく、林田桶店です。今でも同じ場所にあります。初代、二代、三代と同じ職を守っています。弟子を取ろうとしたが、みな根気が続かなくて辞めてしまったとか。ヒノキの桶を手作りで造っています。日本からも台湾内からも、いろいろな形、サイズの桶の注文があるし、今の台湾内で日本式の風呂桶を注文する人があるそうです。
初代は、日本時代にさかんに歌われた「台湾神社のお祭日」の歌を、消失の危機から救うという文化上の功績をたてました。わしはこの歌の一番だけ覚えていたが、二番、三番がどうしても思い出せいでいたところを、三年ほど前、下記のリンクで見つけて、飛び上がって喜んだものです。さっそく一歳年上の姉に知らせたところ、姉も大喜びでした。姉は惜しいことに2年前に亡くなりました。
http://my.so-net.net.tw/katakura/nihon/uta/omatsuri.html
これは メッセージ 1390 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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林田刃物店
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/29 00:00 投稿番号: [1390 / 3149]
以前、いや、今でもあることを願うが、中山北路の一等地に「林田刃物店」という小さな店があった。商売モノの包丁などが並んでいるほかはとくに変わったこともない。「林田というのは日本ふうな名前だな」という印象が残って記憶から消えなかった。ところが、ある日、日本のテレビの番組にこの店のオヤジさんが出てきたのでびっくりした。気のいい愉快な人で、日本の若者を食事に連れて行って、ちょっと台湾なまりのある日本語を使っていた。戦後(光復後)、警察からその日本式の名前を削れと散々に言われ(脅され)たが頑として聞き入れなかったとその時に知った。戒厳令下の台湾の警察は恐かったろうにと思うが、「そんなものは屁の河童」と、ものを恐れない人もいたものである。
これは メッセージ 1389 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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嘘ばっかり
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/28 19:48 投稿番号: [1389 / 3149]
のっけから偉そうなことを言うが、物事を学ぶものは、自分のシェーマに合ったものだけを選んで読み、あるいは見て、そうでないものは無条件で排斥するようなことがあってはならない。「あってはならない」とは、自分のことを言っているので見逃していただきたいが、それをやると「セクト」になってしまう。もう宗教の世界に踏み込んだようなものだ。本でも映像でもいったんは疑ってみる。品物もそうだ。この世はそれらしい偽物が大量に溢れ、出回っている。日本のテレビに「開運・なんでも鑑定団」という長寿番組があって台湾でも人気だという。それをマネた台湾の番組も現れては消えたそうだが、やはり企画力の違いだろうか、ただ品物に値段をつけるだけでは面白いはずはない。その「鑑定団」で、むかし、「土偶」を畑の地下から「発見」して、自己評価額、8000万と付けた若い男がいた。あの宇宙人みたいな顔の有名な土偶は中学の教科書には必ず載っていて、国宝に指定されている。それがまた出てきたのである。縄文、弥生時代にもゆっくりと時代が流れていて、当時の品物もそれぞれの時代的特徴があるのだが、その土偶、各年代の特徴が混じっていて、一発で偽モノと見破られてしまった。その男、いくつもの写真や博物館の展示品を見て自分で作ったにちがいない。このまえは戦国時代の武将の手紙を持ってきたオバサンが「歴史が変わります」などと騒いで得意になっていたが、これも偽物で、しょげながら帰っていったのが面白かった。わかったか、知ったかぶりババァめ。最近は戦時中の記録映画の企画がほとんどなくなったが、テレビでも堂々とニセの映像を流すことがある。もう、何年前だか忘れたが、1944年7月のヒトラー暗殺未遂事件のフィルムを発見したとして、特別番組として放映した局があった。爆発後に親衛隊に抱きかかえられて出てくるヒトラーがはっきり写っている。だが、これは当時のナチス親衛隊による再現フィルムであり、もちろん、ちょび髭のヒトラーも「そっくり」さんである。なぜ、戦争もたけなわの忙しいときに映画館で公開するわけでもない映画を作ったのか不思議な気もするが、わたしはすでにこのフィルムの存在を知っていたので「あとで騒ぎにならないか」と思って注目していた。が、なんの反響もなかった。これもかなり前だが、山下奉文大将がフィリピンで米軍に投降し、バギオの虐殺事件を命令したとして現地で裁判にかけられた。結局は勝者の裁判で、山下大将は絞首台の露と消えるのだが、なんと日本の大新聞がこの裁判のフィルムを発見したと特ダネ扱いで報道したことがある。ところが、そんなものは記録映画として日本の映画館でとっくに公開されて、わたしも見ている。あまりのデタラメぶりに新聞社に電話をしたのだが「ああ、そうですか」でおしまいだった。日本のマスコミもこの程度である。
これは メッセージ 1388 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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地下足袋
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/28 17:41 投稿番号: [1388 / 3149]
>日本の漫画を見ると、作者の絵画の基礎が並大抵でないと思うのが多い。
先生からこう言われると嬉しいですね。また、日本の大学に「漫画科」がないと思われるのは御年配の常識人として当然ではありますが、すでに日本の大学はごく一部を除いてすっかりレジャー施設になっていますから、なんと、最近になってこれが出来たんですよね。
日本には「ヘタウマ」という言葉があって、一見すると手抜きもいいかげんにしろと思うような下手な漫画だが、実はそうではない、他にはマネもできないほどの筆力の漫画家がいます。どこの小中学校にも上手いマンガを描く子供がいて、それが高校生くらいになると仲間をつくったりするので、日本のマンガの裾野は広く、厚いのです。台湾の街角で「どらえもん」を読んでいたいた子供たちを見かけたことがあります。これは中国でも大人気というのですが、ギャグ漫画には目がないわたしも、あの頭に竹トンボをつけて空を飛ぶというやつが嫌いで、あの作者は評価していません。もっとも、大のおとなが「ドラえもん」を読んでいたら周囲から白い眼で見られますよね。unhoo先生は多分、「谷岡ヤスジ」という漫画家はご存知ではないと思います。すでに亡くなりましたが、彼の筆致はその晩年になるほど枯れに枯れて、ここまでやるかと思うほど極限までデフォルメされましたが、虫眼鏡で見ると、遠くで鍬を振るっている人物(タゴ)も地下足袋から腰の手拭までまったく手抜きがないという驚きがあります。
話は変わります。その地下足袋で思い出しました。もう、十数年前、台湾の九族文化村に行ったことがあります。実物展示の家屋などは、中にはいると予想外に繊細な造りでした。その近くで高砂族の年配の男性が、これも実演ということでしょうが、なにか作業をしており、よく見ると「地下足袋」を履いていたのです。万感胸に迫るというと大袈裟ですが、「ははぁ、ここは昔、やっぱり日本の領土だったんだな」と思わずにはいられませんでした。生ゴムと木綿で作られた地下足袋は現場で働くものにしかわからない良さがあり、時代が変わってもやはり良いものは捨てられないということでしょうか。
戦時中のフィルムだか写真だかに地下足袋にゲートルの日本兵が写っているのを見て「いくらなんでも兵隊が地下足袋かよ」と驚いたことがあります。しかし、写真は手を加えない限り嘘をつくはずはありません。
また、話が飛びます。こんどはそのゲートルです。
十年ほど前、フリーマーケットでほとんど未使用の戦中、戦前のゲートルを入手しました。まだ大切に保管してありますが、当時、これを、ご懇意をいただき、教えをいただいていた御年配に見せ、「これはなんのために足に巻くのですか」と質問したことがあります。そのかたは奈良県の特攻基地で一式陸攻に吊るしたロケット機「桜花」の搭乗員として辛くも終戦を迎えた人で、足に巻く理由や巻き方まで丁寧に教えていただきました。斜めに竹を編むように巻き、その紐の結び方もキチンとした決まりがあって、軍隊では何秒以内に巻かなければ容赦なく鉄拳が飛んだというから凄い時代です。モノを知らない人はたとえそれが足に巻くものだと知っても「何のために、どのように巻くのか」は知りようもありません。ただ、下からグルグル巻いて膝の下あたりで紐で結ぶというのではないんですね。そんな巻き方ではすぐにズリ落ちてしまうというのです。ところが…、わたしは半分は趣味のように日本、中国の近現代史を勉強していて、記録フィルムなども相当数、ビデオで保管していますが、そのなかに変な日本兵が出てくるのです。中国人を引きずって穴に突き落とし、上からスコップで土を掛けるかなり有名なフィルムがあるのですが、その何人もの日本兵のアップで写っているゲートルがどう見てもただのグルグル巻きなのです。さらには穴に落とされた女性が、孫文の「三民主義」を両手に持ち、その表紙を見せているシーンがあります。あれはなんどみても「やらせ」であり、蒋介石の政府が捏造したプロパガンダフィルムだと断言します。わたしはわが国の右翼陣営には絶対に加担する者ではありませんし、南京での虐殺も殺害された人の数字はともかく、当時の戦闘詳報、陣中日記、欧米人の証言等、様々な資料から完全な事実と認識していますが、奇怪なことに当時の中国ではそれらを「再現」した証拠フィルムや写真を製作して世界にバラ撒いてもいるのです。特に写真はいくらでも変造、修正が可能で、これも相当数が出回っており、こうしたものが日本の右翼ジャーナリズムに取り上げられて「虐殺はなかった」だの、「反日左翼だ、自虐史観だ」などと逆宣伝の材料にされている事実があります。戦後(解放後)の中国でも大躍進時代から「演出された」宣伝写真が随分あって惑わされます。話が長すぎました。
これは メッセージ 1387 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 漫画
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/28 13:46 投稿番号: [1387 / 3149]
日本の漫画家は、どのように勉強して漫画家になれたのか知らないが、美術学校に漫画科があるとは聞かないから、多分独学で成功したのであろう。美術学校で絵画を習って、卒業後独学で自分の漫画を創作した人が多いのではあるまいか。日本の漫画を見ると、作者の絵画の基礎が並大抵でないと思うのが多い。
中国人の漫画家は、戦前も戦後もみなへたくそでお話にならない。
1960年ごろ、台湾で子ども向けの読み物雑誌を発行していた出版社があった。雑誌の名も出版社の名も忘れたが、雑誌の内容は、戦前の日本の「少年倶楽部」「少女倶楽部」からの翻訳物が多かったようだ。初めはあまり売れなかったが、そのうちに孫悟空物語の漫画を連載しはじめたら、たちまち台湾の子どもたちを引きつけて、大いに売れた。その孫悟空の漫画は、画風や故事の展開のしかたから見て、どうも戦後の日本の雑誌からのパクリと思われた。原作者は手塚治虫ではあるまいかと、当時わしは推定していた。
台湾中の子どもが、その孫悟空が読みたいために、毎月新刊を待ち焦がれた。孫悟空の漫画を何回も何回も繰り返して読み、ついでにそれまでは見向きもしなかった子ども向けの読み物も熱心に読んだ。その様子は当時の外省人の親たちを驚かせた。当時の新聞に出ていた記事では;
新刊が出ると、子どもたちは「廃寝忘食」で、雑誌にかじりつく。もう遅いから寝なさいと命令して本を取り上げると泣き出す。我々が大陸に住んでいた時期に、子どもがこんなに本に夢中になってなっているのは、見たことも聞いたこともない・・・・。
その当時小学校の5年生、6年生だった子どもは、今では60歳近い年である。今どき60歳前後のおっさん、おばさんは、本省人であろうと、外省人であろうと、みな手塚治虫原作(?)の漫画によって、孫悟空の物語を始めて読んだのである。
孫悟空の連載漫画は2年ほど続いた後に、原作が終結してしまった。孫悟空がなくては、雑誌が売れないから、台湾の画家に続編を書かせたたが、絵に魅力がなく、物語の展開の仕方がへただった。その上、孫悟空物語のうちの子どもにもおもしろい部分は、大方出尽くしてしまった。その雑誌は間もなく廃刊になった。
手塚治虫の作品には、たしかに孫悟空がある。わしは、漫画本を貸す店で、開いてみたことがあるが、どうも台湾の雑誌に出ていたものとはちがうような気がした。
これは メッセージ 1386 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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漫画
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/26 12:29 投稿番号: [1386 / 3149]
昔、台湾の喫茶店だか軽食堂だかに「老夫子」という漫画があって手に取ってみた。香港のマンガだが、あまりにも有名で中国語を話す人なら誰でも知っているという。「これは面白い」と、台湾や香港に行くたびにシリーズを何冊かづつ買ってきたからもう何十冊もある。あるが、たいして読みもしない大量の本に紛れ込み、一、二冊を除いてどこに隠れているかわからない。中国のマンガは描き方が生真面目で、日本の四コマ漫画やナンセンス漫画と違ってほとんどディフォルメしない。背景までキチンと描いて手抜きをしないから「漫画」というより「劇画」のような作品が多い。この「老夫子」も人物の表現と細密さは「お見事」の一言で、これに比べたら、わたしの好きな谷岡ヤスジの爛熟期の漫画などは子供のイタズラ描きだ。ただ、この「老夫子」、筋の展開に冗長さがあって日本なら四コマで済むところを、その二倍、三倍のコマを費やしている。わが国の文化のどこにそのルーツがあり、どういう方面から発展したのかは知らないが、喜ばしいことに日本のアニメは世界を席巻している。ただ、わたしの好きなナンセンス漫画は「天才」谷岡ヤスジの死と赤塚不二夫の長い病床生活でもうどこにも見当たらない。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: グーグル・アース
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/25 20:14 投稿番号: [1385 / 3149]
なぜ、高速道路沿いを「遊覧飛行」したのか、実はちょっと理由がある。台北から台中までバスで南下すると、半分あたりを過ぎたあたりか、大きな山が左手に迫って見え、道路はその脇をすり抜けるように走っていて、バスのフロントガラスからあの山を目前にすると、「ああ、またここに来たな」と、いつも印象に残っていた。で、その山を探そうと思った。「これがそうかな」というところが何箇所もあって判然としない。台中までは二時間ほどだが、大きい岩がゴロゴロとある川を何本か渡る。もちろん、これはグーグルアースではっきり判るが、日本にはあれほど広々として野趣に満ちた河原はない。
これは メッセージ 1384 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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グーグル・アース
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/25 16:37 投稿番号: [1384 / 3149]
どういうわけでタダで公開しているのか知らないが、「グーグル・アース」とは面白くて便利なものだ。左右を調節しながら台湾の高速道路をゆっくりと南下して台北から台中まで「遊覧飛行」をしてみた。これはバーチャル(架空体験)には違いないが、かなりの臨場感もあってなんとも不思議な気分である。タダで見せてもらって「もうすこし、鮮明にならないか」というのは身勝手な言い分だろうが、ただ、なぜか、ヨーロッパやアメリカの一部の地域は他所とちがって、びっくりするほどの解像力があり、よく見ると人の姿かたちまでわかる。はっきり言い切ってしまえば、これはグーグル社の欧米優先のなせる技だろう。どこの国だって「撮影禁止」の場所があると思うのだが、飛行場の軍用機まで写っていて機種まで判定がつくが構わないのだろうか、数センチのものまで判別できるという軍事衛星の発達もあり、空から見えるものは隠しようがないということなのか
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 林森公園
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/22 00:05 投稿番号: [1382 / 3149]
お話は大変勉強になりました。先生の「証言」は、台湾戦後(光復)史の一部を知るナマの声として貴重なものであります。近頃は桃園空港から台中に直行するので台北はほとんどご無沙汰です。南京東路も名称こそ違え、てっきり戦前からあったものとばかり思っていましたがそうではなかったのですか。商業地とは変遷するもので、以前、台中も駅付近だけが繁華街で、五権路を過ぎると急に寂しくなりましたが、現在はむしろ逆で高速道路に近づくほど賑やかになっています。来年は新装なった故宮の見学のため、せめて一日、二日は台北に逗留したいと思います。十年ほど前から「書」に興味があるので、昔は素通りだった「書」の一角はしっかり見てみたいです。しかし、航空券だけで行くと台北のホテルは高いですね。どうみても中級かそれ以下にしかみえないのに平気で「五千元だけ」なんて言って料金表を指差したりします。帰ろうとすると「二日泊まれば半額ね」とか「日本円なら一万円でいいですよ」などとわけのわからないことを言われたこともずいぶんあります。あたりまえだといわれそうですが、台湾と日本では商売のやりかたが随分ちがいます。今は知りませんが、十年ちかく前、香港などは日本人に対するあまりのえげつなさがマスコミの話題になって観光客が激減したことがありました。
これは メッセージ 1381 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 林森公園
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/21 22:04 投稿番号: [1381 / 3149]
林森公園になる前の墓地に侵入して居住場所にした中国難民は、当初はテントや板切れ、トタン板で雨露をしのいでいたのであろうが、30年、40年とたつと、そこはかなり景気のよい商業区になっていました。おしゃれな婦人靴を売る店がずらりとならんでいたのを記憶しています。
その墓地が商業地区になった原因は、今から四十數年前に、幅40mの南京東路が建設されたからです。それ以前は「通り道」としか言えない程度の通路があっただけです。阿扁が追い出したときの公園予定地不法占拠民は、当初のあわれな難民ではなく、小金持ちの商人たちでした。最初の難民がそのまま居続けていた例はすくなかったであろう。土地の不法占拠権が、転々と転売されたのが多いのであろうと思います。
これは メッセージ 1380 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 林森公園
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/21 14:10 投稿番号: [1380 / 3149]
unhoo先生
お教えをいただきました。
> そこを陳水扁市長が、断固として公園建設を完遂した。陳水扁市長の偉功の一つであるが、そこに住んで商店や市場まで開いていた外省人の深刻な恨みを買った。
こうした市政を「偉功」というか、「暴政」というかは意見が分かれるところかと思います。ただ、わたしは台湾の国外の者ですから意見を言える立場にはありません。先生も訪日のおり、新宿駅の通路で一群のダンボール・ハウスを見かけたようですが、さすがにあれは撤去されました。外省人による林森公園の不法占拠もそれと同一線上にありますが、規模、歴史的背景、諸般の事情等々を考えると、必ずしも質的に同一とはいえないようです。その時の立ち退きと接収の現場の様子はどのようなものだったでしょうか。釈迦に説法にならぬよう注意しなければなりませんが、政治は人民の生活こそがすべてであります。北京でもオリンピックのために半強制的立ち退きを強行していると聞きますが、「邪魔だからどけ」「不法占拠は許さん」と、警察権力を行使するばかりではただの「支配」になつてしまいます。わたしが(恐らくは先生の大嫌いな)毛沢東の著作を読んでいることはすでにご存知だと思いますが、この話に関連する彼の談話を思い出し、記憶をたよりに検索した結果、探しだすことができました。ただ、「共匪の話なんか身震いがする。とんでもないことだ」とお思いでしたら以下は眼を通す必要はありません。
「数年前、河南省のあるところに飛行場をつくることになったが、事前に農民への配慮がゆきとどかず、よく説明もしないで、むりやりかれらを引っ越させようとした。そこの村の農民たちは、長い棒で木の上のスズメの巣をつつき落とせば、スズメだってすこしは文句をいうさ、と言った。訒小平、きみにも巣があって、わたしがそれをめちゃくちゃにしたら、きみはなにも文句を言わないかね?
そこでだ、ここの大衆は三段がまえのピケット・ラインを敷いた。第一段は子供たち、第二段は婦人たち、第三段は青壮年男子のピケット・ラインだ。そこへ測量にいった人たちは、みな追い返されて、結局、農民が勝利した。そのご、農民に十分に説明をし、ゆきとどいた配慮をしたら、農民はやはり引っ越し、飛行場はちゃんとできあがったのである。こうしたことは少なくない。いま、天下をとったので枕を高くして寝られる、横暴のかぎりをつくせる、とでも思っているような人たちがいる。大衆がこうした人に反対し、石をぶつけ、鍬をふりあげるのを、わたしは当然のことだとおもうし、これを大歓迎する。それに、腕ずくに訴えてはじめて問題が解決されるばあいもあるのだ。共産党は教訓を汲みとらなければならない。学生が街頭にくりだし、労働者が街頭にくりだす、およそこうしたことがおきたならば、同志諸君は、これをよいことだとみなければならない。成都の百人あまりの学生が、北京に請願に来ようとしたが、ある列車に乗った学生は四川省の広元駅でとめられ、別の列車に乗った学生も洛陽まできたが、北京には来られなかった。これらの学生を北京に来させて、関係部門へ参上させたらよい、というのが、わたしの意見であり、また周総理の意見である。労働者のストライキを許すべきであり、大衆のデモを許すべきである。デモ行進については、憲法にその根拠がある。今後、憲法を改正するときには、もう一つ、ストライキの自由もくわえて、労働者のストライキを許すべきだ、とわたしは主張する。こうすることは、国家、企業長と大衆とのあいだの矛盾の解決に有利である。いずれにせよ矛盾であって、世界は矛盾にみちている。民主主義革命は、帝国主義、封建主義、官僚資本主義とのあいだの一連の矛盾を解決した。こんにち、所有制の面では、民族資本主義および小生産とのあいだの矛盾も基本的に解決したが、また、別の面の矛盾がきわだってきて、新しい矛盾が発生してきているのである。県委員クラス以上の幹部は数十万人おり、国の運命は、かれらの手に握られている。もし、りっぱに仕事をせず、大衆から浮きあがり、刻苦奮闘しないならは、労働者、農民、学生が、かれらに賛成しないのは当然のことである。われわれはかならず、官僚主義の作風がはびこらないように、人民から浮きあがった貴族階層がうまれないように、警戒しなければならない。官僚主義におちいり、大衆のぶつかっている問題を解決せず、大衆をののしり、大衆をおさえつけ、またいつまでもあらためようとしないならば、大衆が、こうした者をクビにするのは当然のことである。わたしは、クビにすることはたいへんよいことであり、クビにすべきだとおもう」
これは メッセージ 1379 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 林森公園
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/20 22:37 投稿番号: [1379 / 3149]
日本時代は、たしか三板橋墓地(正式の名)または大正町墓地(俗称)と呼んでいた。「三板橋」は台湾人が前からつけた地名、そこが内地人(戦前の在台日本人)用の墓地になった。しかし台北市の発展とともに、そこを墓地にしておくことは不都合になり、日本時代すでに公園予定地になっていたらしい。
その墓地へ大陸からの難民(外省人)が入り込んで、始めは仮住家を建てて住み、十年、二十年と年月の経過とともに建物も進化し、日本人の墓を埋めて墓碑を建築材料に使ったりした。長い間十四号公園予定地、十五号公園予定地という公定番号がつけられていたが、歴代の台北市長は公園建設に踏み切ることができなかった。そこを陳水扁市長が、断固として公園建設を完遂した。陳水扁市長の偉功の一つであるが、そこに住んで商店や市場まで開いていた外省人の深刻な恨みを買った。
明石総督の墓のほかに、乃木総督の母堂の墓もあった。乃木総督の総督在任期間は短かったが、任期中に母堂が台北で亡くなったので、そこに墓を建てた。母堂の命日を、のちの台湾総督が勝手に「乃木節」と呼んで、台北の中学以上の学校は、生徒20人ほどを学校の代表として墓参せよという規定をつくった。わしも旧制中学の時代に、すくなくとも1回は代表に選ばれた。
学生を明石総督の墓に墓参させる規定はなかった。
林森公園を建設するとき、地下から出てきた数多くの遺骨は、台北市外のどこかのお寺の納骨塔に収められたと聞く。
これは メッセージ 1376 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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ホテルのロビーで実際にあった会話
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/20 20:33 投稿番号: [1378 / 3149]
「あのよぉ、この札の蒋介石が着ている服だけどよぉ、これ、人民服みたいだよな」
「そうだな」
「なんで蒋介石が共産党の服着ているだぁ?」
「わっかんねぇなぁ」
「おかしいじゃねぇか。これ、毛沢東なんかが着てた服じゃねぇか」
「昔よぉ、戦時中よぉ、共産党と国民党が一緒になってたことあんだろ。そのせいじゃねぇか」
「ああ、シナ事変の時分かぁ。そのころ共産党あったのか」
「八路軍が共産党じゃねぇか」
「えっ、八路軍は共産党だったのかい」
「なんだ、おめぇ、そんなことも知らねぇのか」
もう、20年以上前、台北駅近くのホテルのロビーで…。多分、農協のオヤジさんたち。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 林森公園
投稿者: urfraternity 投稿日時: 2007/12/20 19:44 投稿番号: [1377 / 3149]
>「明石台湾総督の墓所」
他のトビで評判の林森エリアを知らなかったので昨日歩いてみました。昼間でしたので全く収穫はありませんでしたが、公園は通りました。鳥居は、見落としたか知りませんが見ませんでした。碑はありましたな、次のように。
hxxp://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E6%A3%AE%E5%85%AC%E5%9C%92
ついでですが、びっくり・・・はありますが、秘境は台湾にはないのですかな。どこに行っても路はあるし人人・・で。あるいは林森あたりが秘境・・。
これは メッセージ 1376 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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林森公園
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/20 18:23 投稿番号: [1376 / 3149]
昔、写真週刊誌に「明石台湾総督の墓所」という記事があり、それが林森北路の低所得者層住宅密集地(ほかの表現もあるが)に埋もれていて、鳥居の端が人家の軒先から突き出ている写真が出ていた。こういう話なら記憶に残る。当時はかなりの頻度で訪台していたから、忘れもこともなくホテルから徒歩で向かった。ただの観光客だから他にこれという用もない。林森北路なら地図はいらないし、すぐ近くのビルにある「太陽城」という小さいレストラン・シアターには何度か行ったこともある。昼日なかの台北を歩くのになんの遠慮もいらないはずだが、「ここは…」と、その場所にちょっと踏み込んで気がついた。中国系の人たちの地域だった。べつに恐いこともないが、よそ者が興味本位で歩きまわる場所ではないと思ってすぐに退散したから明石さんの鳥居は見つからなかった。そこがなぜ当時から「林森公園」と呼ばれていたのかをすぐに理解できたのは、台湾近代史を多少なりとも勉強していたからである。ただ、それも浅学だから、その明石総督が日露戦争直前に特務としてロシア、欧州で活躍(暗躍?)した明石元二郎と同一人物だと知ったのはずっと後のことである。それから数年後、ふたたび夕暮れの林森北路を歩いて、驚愕した。だだっ広い空き地の真ん中にポツンと鳥居が立っていたからである。あの密集住宅がすべて取り壊され、すっかりブルドーザで均されていた。もちろん、鳥居まで行ってみたが他には何もない。ただ、日本人の墓石のかけらがいくつも散乱しているのは痛々しかった。鳥居が残されていたのは作業員が「災厄」を恐れた結果にちがいない。グーグル・アースでみると現在は本物の公園になっているようだが、あの鳥居はすでに丁寧に撤去されたものと思う。あるはずがない。
これは メッセージ 1375 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 100万円
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/19 22:26 投稿番号: [1375 / 3149]
>無名の若い芸人にとって一人当たり33万円は大金である。<
そうですね。台湾では何かの仕事で、働き手を募集する広告に「年収100万元不是夢」(年収百万元も夢でない)をキャッチフレーズにしているのをときどき見かけます。百万元は350万円ぐらいかな。
これは メッセージ 1374 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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100万円
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/18 20:57 投稿番号: [1374 / 3149]
日本にはいつごろからか、「今年の言葉」なるものが定着して、暮れになると発表されて話題になる。どこで発表しているのか知らないし、たいして関心もないが、今年は「偽」である。「偽」のない世界はない。戦後の日本のカメラはライカやイコンのコピー、オートバイはアメリカのコピーから出発している。台湾のテレビ番組も「あれ?」と思うことがある。早い話、日本のパクリなのだが、なにもかもソックリというのはいただけない。もっとも、昔の日本だってテレビやラジオの人気番組は、ほとんどアメリカの物真似だから笑うわけにはいかないだろう。今夜、大笑いをした番組があった。若いお笑い芸人が三人、スタジオの天井から吊るされた百万円を引っ張り下ろすというもの。高さは5メートル、そのための道具もビニール傘だのラップ、ハンガー、ボール等々、大量に用意されているが、それらを工夫して五分以内に落とせば「いただき」という趣向である。これはチンパンジーが吊るされたバナナを落とすところから考え付いたものらしいが、無名の若い芸人にとって一人当たり33万円は大金である。だが、5メートルはハンパな高さではない。カネ欲しさの三人のムダのない協同と真剣さ、恐ろしく緊張したさまは、まさに旧軍の「協同一致は戰鬪の目的を達する爲極めて重要なり
兵種を論ぜず上下を問はず戮力協心全軍一體の實を擧げ始めて
戰鬪の成果を期し得べく
全般の情勢を考察し
各々其の職責を重んじ一意任務の遂行に努力するは即ち…」を地で行くようだ。これがときには「早送り」で編集されているから非常に面白かった。台湾でもすぐに真似されるだろう。いや、真似してもらいたい。
これは メッセージ 1373 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 「の」入りの看板
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/12/18 12:32 投稿番号: [1373 / 3149]
すでに大勢の日本人観光客が来てはいたが、まだ戒厳令解除前で日本語を話すのが憚れていた蒋経国の時代、中山北路に「ホワイト・ノーブル紅茶」?とかいう日本語のかなり大きな看板がありました。漢字の看板が溢れている街中のカタカナは驚きでした。
これは メッセージ 1372 (unhoo さん)への返信です.
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「の」入りの看板
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/18 03:42 投稿番号: [1372 / 3149]
「秋の嘗」というのを昨日見た(嘗には口へんがついていた)。今回もタクシーに乗っていたので、何の店だか見る時間がなかった。「の」入り看板のおもしろいものを、以前たくさん見たのだが、書き取っておかなくて惜しいことをした。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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台湾の言語に取り入れられた「の」
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/12 02:13 投稿番号: [1371 / 3149]
台湾の街には、ときどき「××の××」と書いた看板を見かける。今日見つけた実例は、「時尚の星」という看板。タクシーに乗っていて、ひょっと見えたのだが、何を売っている店だか見ないうちに走り過ぎてしまった。
「時尚」はファッションのこと。つまり「ファッションの星」という看板です。おそらくは、女性の流行服を売る店であろう。台湾人がこの看板の文を声を出して読む時は、「時尚」と「星」とは台湾語か北京語の発音で読み、「の」は日本語の発音で読む。
「の」という日本語は便利なので、台湾の言語(台湾語または北京語)取り入れられる可能性がある。
「××の××」の実例は、注意すればまだまだ見つかるから、発見された方は、このトピに書き込んでください。
これは メッセージ 1370 (wosyanhoitya さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: wosyanhoitya 投稿日時: 2007/12/05 21:56 投稿番号: [1370 / 3149]
直訳メニューにびっくり!折角日本語なのに余計に意味が判らなかったです。また、あっちこっちで日本語が間違っているのでついついツッコミしたくなる今日この頃です。この場合、間違っている事を教えてあげた方がいいのでしょうか?
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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初期の投稿
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/12/05 11:57 投稿番号: [1369 / 3149]
このトピの初期の投稿を見ると、軽くて肩の凝らない話題が続いています。それがだんだんと話題が重苦しくなり、投稿者の數もへっています。どなたかこのトピを若返りさせてくださる方がいませんかなあ。
これは メッセージ 1368 (nachitakao さん)への返信です.
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Re: 台湾に行きたかったが…
投稿者: nachitakao 投稿日時: 2007/11/29 00:39 投稿番号: [1368 / 3149]
tokyo_cachito3様:
株価が落ちたらまた上昇で昨日は$120.00上昇で$13000.00に戻ってきました。米国は格差がおおきいですから貧富がはっきりしています。ところが、米国は夫婦で働きますので、少数民族でも大学で10年すれば、12万ドルは年平均所得でしょう。株価は待つ時も大切ですね。引退者の年金は年3-4%の増額で、国家医療保険制度で掛け金はそのままで助かります。やはり日本としては65000人が殺されたシベリヤ捕虜(ジュネーブ協定違反)と北方にあり4つの島を返さないソ連も過去20年は静かであったが、最近豊富な油田(全部国営にもっていく)の開発で日本を相手にしない1945年以来からの未決問題はどうなんですか。漁業といい経済区域
と言い、日本にはどうしても解決したいが、外交歴史を見るとソ連の外交は
だまし撃ちが得意であります。憲法改正して集団権確立して、武装してこそ、米国の同盟は破棄出来ます。デモ当初の防衛力の予算は30-40兆円
は必要とか。孤立しつつある日本を狙う周辺武装国家は虎視眈々です。
今の生活水準をどうにか保つ上で日米同盟は良いが、誇りが許さないとすれば、憲法改正で核の保有もありうる国力が必要ですね。
株取引は良い時もあれば悪い時もありますが、米国の戦後の歴史では$13000.00は上場の高相場であります。ゆっくり構えてください。
これは メッセージ 1367 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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台湾に行きたかったが…
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/22 18:05 投稿番号: [1367 / 3149]
今夏からの株の下落で、年初から営々として稼ぎ貯めた利益をキレイに吹き飛ばしてしまった。香港の夜の雑踏が好きで、台湾のついでに行こうかと思っていたが、これではどこに行っても観光気分にはなれない。米国のサブプライム問題が主因だ。いったい、アメリカ人とは世界の人々には恐ろしい存在である。もう、戦勝国アメリカの時代はとっくに過ぎ去ったのだが、アメリカ人であれば、広々とした敷地に豪壮な住宅を建て、ピカピカの新車に乗り、夜ごとのパーティを楽しむことができるのだと、今もなお考えているらしい。なぜ俺がその幻想のとばっちりを受けなきゃならんのだ。日本というアメリカ合衆国の従属国に住んでいる以上は仕方がないのか。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 臭豆腐、納豆
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/21 01:21 投稿番号: [1366 / 3149]
「酢豆腐」という落語がある。これは関東の落語だが、関西ではちょっとストーリーが違っていて「チリトテチン」という。なんとここでは「台湾」という言葉が一瞬だが出てくる。「台湾」が紛れ込んでいる噺はおそらくこれだけだろう。はじめは長崎だったらしいが、日本帝国主義のおかげで台湾も噺の範疇に入ってしまった。「ほう、台湾からの到来物ですか。ちょいと拝見、おや、なつかしいですな、よく尊公らにこの珍なものが手に入りましたな。ええ、もちろん食べ物でがすよ。拙も台湾にいたころはこれをよく食しました」。余談になるが古今亭志ん生の「寝床」には最後のオチに唐突に「ドイツ」が出てきて驚かされる。「その晩からだよ、番頭さんが書置きをしていなくなったのは…。だんだん聞いてみるとあの人は今、ドイツにいる」。日本から噺、話芸の職人が消えて久しい。
これは メッセージ 1365 (unhoo さん)への返信です.
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臭豆腐、納豆
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/20 23:49 投稿番号: [1365 / 3149]
臭豆腐は昔は台湾になかった。戦後外省人が持ってきた物です。もう一つ、皮蛋も昔台湾になかった。昭和8年ごろに中国から渡って来た物です。
皮蛋は「アヒルの卵を馬の小便に漬けた物」という触れ込みで入って来ました。終戦までは、本島人も内地人もみな「馬の小便に漬けた物」と信じて疑わなかった。
アヒルの卵を塩漬けにした物は、むかしから台湾産がありました。
納豆は新しくなければだめだというお説は、わしも日本旅行の体験で承知しています。日本では納豆を具にした海苔巻きが安く買える。細巻き1本80円ぐらいだったかな。それを2本買って、どこかのベンチに腰掛けて昼飯にするのがひとつのたのしみです。その際の飲み物は自動販売機で適当なものを選びます。
アヒルの卵の塩漬けについてコメントしたいが、今ちょっと手が混んでいるのでまた後で。
これは メッセージ 1364 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/20 21:13 投稿番号: [1364 / 3149]
台中のコンビニに納豆を見つけたときは驚いた。これはできるだけ新しいうちに食べたほうがいい。知らない人は、発酵食品だから賞味期限などはあまり関係なかろうと思うかも知れない。だが、日にちの経った納豆は焦げ茶色に変色し、アンモニア臭が鼻について食べられたものではない。台湾の人が古い納豆を口にして「まずーい」と言われるのは残念だ。ケント・デリカットが「あれは腐っているよ」と、わが食文化を侮辱したが、世界広しといえども腐ったものを食う民族はいない。発酵と腐敗の区別もできないアメリカ人では栓もないが、やつが口にしたものは本当に腐っていたのだろう。台湾に臭豆腐があることは承知しているが、実は見たことがない。こんど行ったら食べてみようかと思う。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: デジタル カメラ
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/16 17:43 投稿番号: [1363 / 3149]
台湾の大手デジタルカメラOEM(相手先ブランド製造)メーカー、普立爾(Premier)、華晶科技(Altek)、アビリティ(Ability)の3社による、2008年の合計出荷台数が5300万台に上ることが明らかになった。全世界の出荷量のおよそ50%以上を占めるとみられる。ChinaByteが伝えた。
まさか、イギリスが…、と思って調べたらPremierというのは、やはり台湾のメーカーでした。その台湾の会社も工場は中国にあるに違いない。
これは メッセージ 1362 (unhoo さん)への返信です.
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Re: デジタル カメラ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/16 15:50 投稿番号: [1362 / 3149]
よく調べてみると、デジカメにはPremierという商標名の英国製のものがあって、これがなかなか大きなシェアを持つらしい。ほかに韓国のサムスン商標のデジカメもある。
これは メッセージ 1361 (unhoo さん)への返信です.
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デジタル カメラ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/16 10:10 投稿番号: [1361 / 3149]
>ただ、ソニーが最近開発したデジタルカメラの「スマイルシャッター」はすばらしい。<
そういう特殊な例を考えなくても、デジカメと言えば日本製が世界を制覇しています。あと、コダックもデジカメを出しているようだな、ライカのデジタルが出たようだなと、頭の隅に思い浮かべる程度です。
これは メッセージ 1359 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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南十字星
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/15 13:44 投稿番号: [1360 / 3149]
>30年位前友人の結婚式に台湾から“君達の永遠なる幸せを、南十字星にお願いしました”と打ちましたが台湾では、サザンクロスは見えませんですよね!!<
その電報は名文です。南十字星は、幸いにして台北でも見えるのです。戦前台北市に「台北天文同好会」があって、その会の幹事が公会堂(今の中山堂)の事務長でした。40歳ぐらいの内地人でした。会長には気象台の天文課課長の窪川氏(東京帝大天文学科出)が推されて納まっていました。時々公会堂の屋上で、星座を見る会を開催し、一般市民に星座を教えました。わしはその会で、南十字星を教えられました。四つの星のうち一番下のひとつだけ台北市の南にある山々にさえぎられて見えなかったように記憶します。
これは メッセージ 1358 (yuwfui さん)への返信です.
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電報
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/14 23:37 投稿番号: [1359 / 3149]
小学生の頃、「電報の読み方」が教科書にあったのを思い出した。例えば、「ホンヒ」とあれば「本日」と読んでカタカナを節約するルールがあった。字数によって料金が違うのは当然だが、何事も節約し、折り畳み、凝縮するのは日本の文化だから造作もないことだ。ちいさな電器製品をつくることにかけては他の追随を許さないはずの日本が携帯電話では世界市場から大きく立ち遅れ、もはや挽回のチャンスもない。せっかくの巨額のビジネスチャンスなのに惜しいことをしたと思う。国内のシェア争いに一喜一憂する近頃のサラリーマン社長では「世界制覇」など望むべくもない。ただ、ソニーが最近開発したデジタルカメラの「スマイルシャッター」はすばらしい。被写体の人物が笑顔をつくると、それを感知してカメラが自動でシャッターを切るという。そのアイディアだけでも大変な値打ちがあるが、その商品は話題性も十分で、一時は沈没するかと思われたソニー神話復活の先駆けになるかも知れない。
これは メッセージ 1357 (unhoo さん)への返信です.
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Re: バスポート
投稿者: yuwfui 投稿日時: 2007/11/14 19:42 投稿番号: [1358 / 3149]
unhoo先生
日本の電報は現在結婚式とお悔やみだけだと思います。30年位前友人の結婚式に台湾から“君達の永遠なる幸せを、南十字星にお願いしました”と打ちましたが台湾
では、サザンクロスは見えませんですよね!!
星座の事は苦手です。
これは メッセージ 1357 (unhoo さん)への返信です.
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