朝鮮を笑う

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Re: 朝鮮を笑う

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/27 17:35 投稿番号: [1600 / 2847]
韓国では、日本に原爆を落としたのは自分たちだと信じてる。
http://vista.xii.jp/img/vi5138593200.jpg
(リンク切れ注意)
こんなホームページもある。
http://www.hiroshima-cdas.or.jp/home/yuu/zaikan.htm

解説:斜め上の雲 48

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/26 16:14 投稿番号: [1599 / 2847]
2回目の司馬遼太郎出演です。
司馬が小説の執筆準備にかかると、その題材の関連書物を全て買い上げるため、古書店から消えてしまう、という逸話が元ネタです。

>ある古本屋の本棚の片隅でほこりをかぶっている書物をみつけた。「明治卅七八年日露戦史」という題名のそれは全十冊からなっており、ひじょうにぶあついものであった。どうやら日本陸軍参謀本部の編纂したものであるらしいが、目方で売る紙くず同然の値段であった。

この戦史については『坂の上の雲』のあとがきでもふれられています。昭和30年くらいに道頓堀の古書店で買ったそうですが、「目方で売る紙くず同然の値段」だったとのことです。

編纂委員は、将軍や参謀連中の圧力や期待で、失策や錯誤を書くことを許されず、いわば総花式記述で全員の功績だけを書くよう迫られたそうですが、それではとても成立しないため、功罪ともに書くことを放棄して、時間的事実と物理的事実だけを記述する羽目になり、そのせいで執筆責任者は青島守備隊司令官に左遷されたそうです。

小川琢治博士は、総司令部付で従軍して石炭獲得のための地質調査に当たっていたのですが、後年、青島の地質調査に派遣され、そこで左遷されていた戦史執筆責任者に会い、話を聞いたそうです。で、息子の貝塚茂樹博士や湯川秀樹博士にもそういった話や総司令部で聞いた乃木批判等の話をされたそうです。

斜め上の雲 48

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/26 00:06 投稿番号: [1598 / 2847]
  錫元が戦史資料の購入や研究のためたびたび日本にゆくことについては、繰りかえしふれている。
  かれは日本にゆくたび、神田の古書街にはかならず足をはこんだ。古書を求めるだけでなく、元軍人や学者への聞き取り調査のため東京以外の地方にもおもむいた。

  六七年の春ごろ、元軍人への聞き取りをおこなうため大阪にいったことがある。時間ができたため、かれは梅田の古本屋街をまわることにした。
  ある古本屋の本棚の片隅でほこりをかぶっている書物をみつけた。「明治卅七八年日露戦史」という題名のそれは全十冊からなっており、ひじょうにぶあついものであった。どうやら日本陸軍参謀本部の編纂したものであるらしいが、目方で売る紙くず同然の値段であった。
(急いで買う必要もないか)
  この日は、あいにく持ちあわせがすくなかった。今日は見てまわるだけにするかとおもい、日露戦争関係の本を見てまわった。購入にあたいする本が何冊かあり、明日買うことにしてホテルに帰った。

  翌日、錫元はふたたび古書街におもむいたが、昨日めぼしをつけておいた日露戦争関係の書籍がことごとく消えていた。
「どういうことですか」
  錫元の問いに、古本屋の店主はすまなさそうに答えた。
「すんません。昨日、日露戦争関係の書籍は全部買いあげるという注文がありまして」
  徹夜で発送の手続きをすませたところだという。
(そんなばかな)
  しかも、その店だけではなく、大阪そして東京じゅうの古本屋にその注文がされたという。

  錫元はあきれるしかない。そのようなとんでもない注文をするのは、いったいどういう人物なのか。
「小説家ですねん。執筆の前にはかならずありったっけの本を買いあげてくれはるお得意さまですねや。ちょうどあそこに来たはりますわ」
  店主の指差す方向をみると、向かいの古本屋の本棚のあいだにひとりの男がいた。老年というわけでもないのに頭髪がすべて白髪なのがひときわめだっている。
  ややあって振り向いたその男の顔に、錫元は見覚えがあった。大東亜戦争中、釜山でであった迷子の頼りなさげな戦車隊長であった。
  錫元は唯一売れ残っていた「明治卅七八年日露戦史」を買うしかなかった。

  産経新聞に『坂の上の雲』という小説の連載がはじまったたのは翌六八年四月二十二日のことである。

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: doronpa90 投稿日時: 2006/06/25 22:43 投稿番号: [1597 / 2847]
>頭に唐辛子を載せて何をしてるのでしょう?
http://img.news.yahoo.co.kr/picture/70/20060624/24063317684_61000040.jpg

ウーリーを探せ

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/25 22:03 投稿番号: [1596 / 2847]
頭に唐辛子を載せて何をしてるのでしょう?
http://img.news.yahoo.co.kr/picture/70/20060624/24063317684_61000040.jpg
リアル火病で息が出来なくなった。ハングックニョ
http://www.yonhapphoto.co.kr/preview_img/2006/06/24/_14/p2060624g3755000.jpg
一番インパクトあります。(トラウマ注意)
http://photo.hankooki.com/gisaphoto/inews/2006/06/24/0624895052948.jpg

       } へ、)    ノ:::::::::::::;;;;;;::::::ヽ
       (ミつ    /:;:-‐'" ̄   ('ヽ;::::ヽ
      /ヽ    /:/        `'<>、::',
     /    `ソ::::::i   ,:'"'''ー、    ,.-―、.i::i
     /     /i::::::i   ' ,.(●ゝ:   :<●) ; !::i
  ,-:/      / i::::::i      ー'´ハ`ー `   !::}
/ /      ./   i´`':.       (o o)      i::!       AAもできてまスミダ
  `ヽ、   / }   ヾ 〉i   ヽ    ' ,‐ =- ,   / /;}
    `'^"/     ヽ:'i    i.    i';';';';'!   i   i/ヽ、
      /       i.   i   i;:;:;:;:i   i   ,'}::::::::ヽ.
      /\__ハ\   ,   ヾシ ,   / ノ::::::::::::i
           i   ヽ、ヽヽ、_ //,'´:::::::::::::ノ
        i ̄`ヾ、   `'`ー― '   {:::::::::::/

解説:斜め上の雲 47

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/24 15:59 投稿番号: [1595 / 2847]
元ネタは3巻、真之が戦術研究に熱中しているところが元ネタです。以下原文。

≫かれは、世界じゅうの兵書という兵書を読もうとした。多くは陸軍兵書であった。かれは滞米時代からそうであったが、戦術に陸と海のちがいはないという明確な態度をとっていた。
  中国の兵書である「孫子」「呉子」はくりかえして読み、欧米のものは戦史、戦術書をふくめ、ことごとくよんだ。そのなかでもブルーメの「戦略論」とマカロフの「戦略論」をひとにも推賞した。のちにかれが愛読したその本の著者マカロフ中将を相手にまわして終始勝ちつづけたというのは、偶然ながら、宿命のにおいもする。
  日本のものも読んだ。
  そのなかでもっともすぐれたものとして、かれはいつも山鹿流軍書をあげた。
  謙信と信玄の戦いの棋譜である甲越関係の軍書も愛読した。
  それだけでなくて、馬術や弓術のような武芸書まであさって読んだ。
「馬術や弓術は個人的な武芸だが、その原理を抽出すると、軍理に応用できるものがある」
  と、つねにいった。
(中略)
  日本海海戦といえば、その戦役がおわってから小笠原が戦史編纂委員を命ぜられた。いちいちの戦闘詳報の付図を書くについては、真之と相談したが、あるとき小笠原は、
「どうもこれらの戦術には水軍のにおいがするようだ」
  と、笑いながらいった。
  真之は、無愛想に答えた。
「白砂糖は、黒砂糖からできるものだ」
  真之が、いわゆる秋山軍学をつくりあげてゆく過程は、これであったのであろう。

>「忠武公討倭大功記」
>「李舜臣が七星壇をきずいて祈ると、西北の風が吹き倭船を押しかえした」
「倭兵は停戦成立後にだまし討ちをかけてきたが、李舜臣はみごとにそれをやぶり、大将の石曼子は戦死した」
「世界中の海軍が李舜臣をたたえ、倭軍をやぶった鶴翼陣の戦法をまなんでいる」

もちろん、筆者のでっちあげた本です。さりげなく三国演義ネタが入っています。魚腹浦の石兵八陣とか水滸伝の妖術(公孫勝とか高廉とかハン瑞とか)でもよかったかなぁ。あ、封神演義もありだったか。
元ネタは、江戸時代には大っぴらに秀吉を題材にできないため「太閤記」を「大功記」として出したというはなしです。
  浄瑠璃等でも上演される『絵本太功記』では、羽柴秀吉:真柴久吉、織田信長:小田春永、明智光秀:武智光秀、明智配下の猛将四方田孫兵衛:四天王但馬守と改変していました。

なお、この箇所はかなり後、弟の金華秉のときにも再利用します。

大怪獣の予想はずれ

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/06/24 12:19 投稿番号: [1594 / 2847]
韓国のリーグ敗退を喜ぶ日本のサムライではありませんが、
大怪獣の予想がはずれたことを喜びます。

これからの大怪獣の行動予測。
◎   すべての不満を、日本への罵倒にスリカエる。
○   スイスの2点目を、「誤審」とゴネる。
△   韓国の敗戦のショックから、しばらく現れない。
×   何事もなかったかのように、シレッとしている。

--------------------------------------------------
2006/ 6/21 16:37 [ No.1044 / 1044 ]
投稿者 :
juwan_nim

過程はともかく、今までの戦績を見ろと韓国は一勝1ドロで決勝T進出が予想されますか、日本は1敗1ドロで脱落が確執視される。

以上、

文句不要。
答弁不要。
罵倒不要。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=4z9qa59a5dda1bca5d&sid=1835396&mid=1044

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/24 10:18 投稿番号: [1593 / 2847]
http://photo.hankooki.com/gisaphoto/inews/2006/06/24/0624895052948.jpg

こないだは北朝鮮情報に通じてる日本の

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/06/23 11:37 投稿番号: [1592 / 2847]
マスコミの情報ソースを不思議がってたのに
こんな特ダネ情報を朝鮮日報が掴む。

こりゃぁ朝鮮の都合よく広報の役目をさせられてるなぁ。

本人はどー思ってるのかしらないけど・・・おおわらい

北鮮にしてみりゃ便利なツールなんだろうなぁ、南鮮。

Re: ありゃ?

投稿者: himajin92 投稿日時: 2006/06/23 10:58 投稿番号: [1591 / 2847]
      しょ〜ぐんサマから脳無チョン君へ
           お手紙が・・・・・

           _____
          / ヽ____//
          /     /     /
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       /   しばらく旅に出ます    /ヽ__//
      /       探さないで・・・   /    /     /
     /                /    /     /
     /     ____       /    /     /
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Re: ありゃ?

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/06/23 10:48 投稿番号: [1590 / 2847]
  将軍様! 美帝に交渉拒否られて   ウリナラを攻撃すると名言ありました!
  鉄砲饂飩はどうしますかっ?   あれ?   チャングンニム?

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ∧ ∧   ∧ ∧
        ___< _冂二冂<,,゚Д゚>
       ∧⊂/ ̄|二| ̄\つ∧二ヽ
       ι匚|_/_\_匚i_|∪∪i]
       \/∠   /   /   \_/二/
       /∠   /   /
     /∠   /   /       ___    
    /∠   /   /       /    ../ |  
  /∠   /   /       /    ..   /   |   
/∠   /   /    i'''√√i'''i ̄,,,,/
∠   /   /________/   / ̄      ∧∧    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  /   /   \\\/        <Д´;;;   ><将軍ニムは今   ロシアに避暑(避難)に逝ってるニダ!   忘れたニカ?
          ̄ ̄    | ̄ ̄ ̄ ̄| ̄\ )   \____________
                |        |     |

ありゃ?

投稿者: himajin92 投稿日時: 2006/06/23 10:41 投稿番号: [1589 / 2847]
(ili´▽`).。oO   鉄砲丼置いて遁走れすか・・・・・

http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20060623/20060623a3680.html?fr=rk
金総書記、訪ロの可能性   列車目撃情報と韓国紙
2006年 6月23日 (金) 08:43


  【ソウル23日共同】韓国紙、朝鮮日報は23日、北朝鮮の関係消息筋の話として、金正日総書記が使う特別列車が北朝鮮北東部の国境を越えたとの目撃情報があり、金総書記がロシアを訪問している可能性があると1面で報じた。韓国政府は確認中という。

同紙によると、消息筋は22日、「金委員長(総書記)が利用するVIP用列車が国境を越えたと言う人が何人かいると聞いた」とし、「列車が通過した場所が北東部であることからロシアを訪問しているのではないか」と述べた。

同紙は、列車がいつ目撃されたのかは伝えていない。

太極旗の中の俳優たち

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/23 00:45 投稿番号: [1588 / 2847]
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/06/22/20060622000053.html

無知って怖いですね。
つ『属国旗』

斜め上の雲 47

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/06/22 23:12 投稿番号: [1587 / 2847]
  錫元は、世界じゅうの兵書という兵書を読もうとした。多くは陸軍兵書であった。かれは士官学校時代からそうであったが、戦術に陸と海のちがいはないという明確な態度をとっていた。
  支那の兵書である「孫子」「呉子」はくりかえして読み、欧米のものは戦史、戦術書をふくめ、ことごとくよんだ。
  それだけでなくて、支那や日本の剣術や格闘術のような武芸書まであさって読んだ。
「剣術や格闘術は個人的な武芸だが、その原理を抽出すると、軍理に応用できるものがある」
  と、つねにいった。
  韓国人の著書や資料はほとんど読まなかった。韓国に研究すべき価値のある戦史や研究書のたぐいがないことは、士官学校時代に知っている。
「ウリナラには世界に誇る忠武公がいるではないか。なぜ公にまなばん」
  というものもいた。忠武公とは李舜臣のおくりなである。

  この時期、こういう話がある。
  士官学校の同期生だった鮮于誼が錫元をたずねてきた。
「こういう本が海軍の図書部にあった」
  誼はそういって五、六冊の書物を差し出した。
「忠武公討倭大功記」
  というハングルで書かれた本であった。錫元の研究の参考になるかとおもったのである。
  李舜臣は李朝の将軍で、文禄・慶長の役のさい、水軍をひきいて戦い、豊臣軍の補給路をおびやかしてなんどか勝利をおさめ、最後は停戦の成立によって撤退中の島津軍を追い、逆撃をくらって戦死した。とくに近代以降、その事績はきわめて誇張されている。古今東西の海将の戦術をすべて李の発案に帰しているこの書物もそのたぐいであったのであろう。その内容はといえば、
「李舜臣が七星壇をきずいて祈ると、西北の風が吹き倭船を押しかえした」
「倭兵は停戦成立後にだまし討ちをかけてきたが、李舜臣はみごとにそれをやぶり、大将の石曼子は戦死した」
「世界中の海軍が李舜臣をたたえ、倭軍をやぶった鶴翼陣の戦法をまなんでいる」
  といったものであった。
(鬼面人をおどろかすたぐいのものだ)
  錫元は内心ひそかに哂(わら)った。李舜臣の戦術は、正面決戦をさけて敵の補給路を断つというきわめてまっとうなものであり、その教訓を引き出せればじゅうぶんであった。読み物として楽しいかどうかと、戦訓としての価値があるかどうかは別物であろう。

  ともかく、錫元はあらゆる兵書や資料をよむことで戦術の原理を抽出しようとした。その結果、日本陸軍の戦術を参考としてベトナム戦での独自戦術がうみだされた。
  ベトナム戦争といえば、戦後、鮮于が戦闘記録の編纂を命ぜられた。いちいちの戦闘の詳報を書くについては、錫元と相談したが、あるとき鮮于は、
「どうもこれらの戦術には日本陸軍のにおいがするようだ」
  と、笑いながらいった。
  錫元はわらって答えた。
「ソルロンタンは牛肉(ソコギ)からできるものだ」
  牛肉を煮こんでつくるスープのように、古今東西のあらゆる戦術を煮詰めてエキスを抽出したといいたかったのであろう。

Re: 坊さんが屁をこいた

投稿者: assassinat_x 投稿日時: 2006/06/21 09:43 投稿番号: [1586 / 2847]
京都の子供は
1から20まで数えるのに

ぼんさん(和尚)さんが屁をこいた
匂いだら 臭かった と 数えます。

この朝鮮坊主 匂いだら 臭いだろうなあ。
http://dicaevent.chosun.com/bbs/view.php?id=photo_kisa&no=12276

子供のころ かくれんぼで よく数えたなあ。

斜め上の雲 46

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/21 09:00 投稿番号: [1585 / 2847]
  李承晩は、調査委員会の中間報告をもって調査を打ち切り、事態の収集をはかろうとした。
  申国防部長官は趙炳玉内務部長官、金俊淵法務部長官とともに四月二十四日に解任されている。さらには、軍幹部の人事異動をおこない申長官につらなる人脈をほぼ排除した。
  李承晩は開戦以来評判のよくなかった申と野党出身の二人の長官を解職することで、不評の一掃と政治力の強化をねらったのである。事件を政治的に利用したといっていい。

  政治的に利用したというなら金司令官ら防衛隊幹部の処断もそうであろう。
  十一人の被告は七月五日からはじまった軍法会議にかけられた。前回の軍法会議は国防警備法に基づくものであり、今回は非常措置法に基づくため、一事不再理は適用されないというりくつである。
  その措置法では、軍需物資の不正処分した者の最高刑は死刑と定められている。また、太完善議員は、国民防衛隊疑獄事件調査処理委員会を結成したことを李承晩に報告したとき、
「防衛隊幹部の非行はよく知っている。何人かはかならず死刑にする」
  といわれたという。結論は最初から決まっていたといえる。
  大邱の東仁国民学校の講堂でひらかれた軍法会議は、きわめて異例なことに公開され、傍聴におしかけた市民たちで講堂どころか運動場、道路にまで人があふれたため、校庭にスピーカーが設置された。
  つまりは、国民たちの不信感と不満をそらすための公開劇であった。

  七月十八日、金潤根ら五人に死刑、一人に懲役十五年の判決がくだり、残りの六人は公訴棄却となった。
  この日、特別傍聴席には申の後任である李起鵬国防部長官のほか、憲兵司令官崔慶禄准将、戦時特命検閲官に任命されていた金錫源准将もいた。
「金潤根はそう悪い人間ではなかったのだが。軍歴どころか兵卒の経験すらなかった。おもわぬ高位を得ておかしくなってしまったのかもしれない」
  金錫源は、事件の研究のためおとずれた錫元に対してそういった。取り調べのさい金潤根は従順であったばかりか、涙を流しながら、
「国民が窮乏に耐えているのに、じぶんの飲食欲に負けた。もうしわけない」
  といったという。

  副司令官であった尹益憲大佐も金司令官とおなじく六尺の豊かな巨体を持つ人物であったが、取り調べ中もつねに泰然としていた。
「ありゃぁ、悪人だな」
  錫元の訪問をうけた崔慶禄はそういった。取り調べ中、尹は検察官にむかって、
「こんなことになると知っていれば、貴官にもすこし握らせておくのでしたな」
  平然としてそういったという。
「不気味なほどに堂々としていた。まるで支那の大官かなにかのようだったよ」
  たしかに、尹は支那での生活が長かった。

Re: 鶏林八道 改めて哂う

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/06/21 00:12 投稿番号: [1584 / 2847]
韻はグーですよ。失礼すますた。

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/06/20 23:39 投稿番号: [1583 / 2847]
>確かこのトピのホンキーさんの投稿だったと思いますが・・・
>トリップさんもコメントしてましたね。憶えてますよ。(笑)

うん?
そんなことがありましたか。
何か恥かしいですね。

>彼女、耐えられるか心配です。

ちょっと今回は興奮気味ですが、大丈夫でしょう。
韓国で好きで韓国語をやり始めた冬ソナおばさんたちとは違うようですし。
時々、韓国人全員がそうだとは思わない、という言葉を時々入れて、ショックを和らげていますけど。(笑)

Re: 鶏林八道 改めて哂う

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/20 23:39 投稿番号: [1582 / 2847]
>東亜さん

>中国語の走は日本語の走るでなく、「歩く」「進む」の意味ですら。

はい。それは承知していましたが、直後に「三歩」といっているので、「歩」は使えません。となると「進」「前」あたりがふさわしいかとおもったのですが、前進するといニュアンスの言葉は似つかわしくない(笑)、と考え、「にげる」の意味もある「走」にしました。
あと消極的な理由としては、第2句から4句まで「住」「走」「衆」と頭韻を踏めるかとも思いました。

Re: 鶏林八道 改めて哂う

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/06/20 23:23 投稿番号: [1581 / 2847]
あ”上手の手から水が

>走三歩則忘往事    三歩走ればすなわち往事を忘る


東亜さん

中国語の走は日本語の走るでなく、「歩く」「進む」の意味ですら。

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/20 23:22 投稿番号: [1580 / 2847]
私も、ザパニーズの存在を知ったときは、熱くなりました。
確かこのトピのホンキーさんの投稿だったと思いますが・・・
トリップさんもコメントしてましたね。憶えてますよ。(笑)

彼女、耐えられるか心配です。

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/06/20 23:06 投稿番号: [1579 / 2847]
>民度トピで、間違ったIDで投稿してしまいました。(汗)
>ダブハンです。すみません(コソコソ)


怪しいヤツ。(大笑)

Re: 朝鮮を笑う

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/20 21:52 投稿番号: [1578 / 2847]
民度トピで、間違ったIDで投稿してしまいました。(汗)
ダブハンです。すみません(コソコソ)

今日は

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/20 18:43 投稿番号: [1577 / 2847]
ドロンパさんに、なついてますね〜

斜め上の雲 45

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/06/20 00:08 投稿番号: [1576 / 2847]
  崔准将がムシロ兵をみかけた一週間後、国会で金従会ら二人の議員が国民防衛隊の問題を提起した。防衛隊の惨状についてはすでにうわさが流れており、他の議員たちもある程度の情報を得ていたが、ようやく表面化したのである。
  実情を調査するようせまる議会に対して、司令官の金准将は記者会見をひらき、
「百万の国民兵が編成訓練の途上にあるというのに、この愛国的壮挙にデマを流す一部人士がいることは遺憾のきわみである」
  といい、申長官も、
「最後の勝利を得る戦いのなかでは多少の突発的な事故もある。問題は、その偶発的な事故ですら敵の工作に利用されることだ。国会にはやつらの策動に乗せられて動揺することのないようもとめたい」
  といった。

  憲兵司令官崔准将は、申長官に調査をつよく進言したがすべてしりぞけられた。崔の部下である尹中佐は李承晩が大邱に来た機会をとらえて、大統領警護責任者である旧知の金長興に事情を告げた。
  金から報告を受けた大統領は、申長官と崔准将に調査を命じた。
  だが、申長官は消極的であるばかりか、国防部からは崔が政権転覆をたくらんでいるという中傷がなされ、ことあるごとに調査の妨害がおこなわれた。その結果、調査は短期間で終了し、着服金額は二十七億ウォンであるという報告がされた。
  崔の強硬な主張でひらかれた軍法会議では、金司令官は起訴却下、他の幹部も最高で懲役三年六ヵ月という軽い処断がくだされた。
  申はあきらかに事態をもみ消そうとしていた。

  申性模長官によって事件のもみ消しがはかられているとき、居昌事件がおこった。
  軍隊が民間人を虐殺したという不祥事であり、防衛隊事件よりもむしろこちらをもみ消す必要にせまられた。居昌事件から国民の耳目をそらせるため防衛隊事件を大きくとり上げ断罪するのである。
  さらには、乞食同然の国民防衛隊員が各地に徘徊し、もはや隠しとおせることができなくなったこともあった。

  国会で調査委員会が結成され、十五人の委員が真相解明のため動きはじめた。金司令官は委員の接待や買収をもくろんだが失敗した。
  四月二十五日の国会本会議で中間報告がおこなわれ、防衛隊の実態が明るみに出た。その結果、三十日に提出された「国民防衛隊廃止法」が可決され、防衛隊は廃止、帰郷する隊員には旅費と米が支給されることとなった。
  もっとも、それらですらほとんど横流しされたという。

さすがぁ東亞さん

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/06/19 05:05 投稿番号: [1575 / 2847]
おおわらい

ふくらませてくれる(げら

Re: 鶏林八道 改めて哂う

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/19 01:09 投稿番号: [1574 / 2847]
>鶏頭三歩(おおわらい

脚韻だけを合わせて、平仄は合ってませんが、

鶏林八道天地痩    鶏林八道   天地は痩せ
住人徒火病妄謀    住人はいたづらに火病し妄りに謀る
走三歩則忘往事    三歩走ればすなわち往事を忘る
衆人笑之称鶏頭    衆人これを笑ひて鶏頭と称す

鶏林八道 改めて哂う

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/06/18 21:47 投稿番号: [1573 / 2847]
鶏頭三歩(おおわらい

Re: 斜め上の雲 44

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/18 20:13 投稿番号: [1572 / 2847]
>>入浴の機会も施設もあたえられなかった。

>朝鮮人に入浴の習慣なんぞを教えてしまったニッテイの罪は重いですなぁ(おおわらい

この時期の韓国軍には、居昌事件や保導連盟事件といった陰惨な国民虐殺・虐待事件が多く、とても書く気になれません。

その中で、陰惨なだけに終わらず、着服という民族的な悪癖が出ているばかりか、兵たちの悲惨さにあほらしさまで伴い、李承晩の政治力量まであらわれてくる興味深い事件として国民防衛隊事件だけを取り上げました。

笑っていただけたので、よかったです。

Re: 斜め上の雲 44

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/06/18 20:01 投稿番号: [1571 / 2847]
>入浴の機会も施設もあたえられなかった。

朝鮮人に入浴の習慣なんぞを教えてしまったニッテイの罪は重いですなぁ(おおわらい

斜め上の雲 44

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/18 19:58 投稿番号: [1570 / 2847]
  国民防衛隊員の状況の点描、つづける。
  国民防衛隊金海教育隊に配属された林快童の叙述を抄録してみる。
  かれが入隊して支給されたのは、軍服でもなく兵器でもなく、一枚のかます――藁むしろを二つ折りにしてつくった袋――であった。それも二人に一枚であった。
「それで寝ろ」
  小隊長はそういった。召集されたのは十二月というから真冬である。とても寒さをしのげるものではない。
  さらに、小隊長は戦闘訓練や軍人としての心得はいっさい教えなかった。ただ近くの村にいって食事を乞う要領だけを教えた。食事は自給しろ、ということであった。

  食事が支給されないばかりか、入浴の機会も施設もあたえられなかった。しぜん、防衛隊員は悪臭を発するようになり、村民たちはかれらを「乞食隊」とよび、その悪臭で接近を知ると、食料を隠して避けるようになった。
  隊員たちも食料の調達に必死であった。村内の情報を集め、豪勢な食事が用意される冠婚葬祭等の行事をねらって出現するようになった。

  ある家の主人が還暦をむかえたため祝宴をはるときいた隊員五十人は、その現場を急襲した。祝宴の参加者たちは隊員たちの悪臭にむせてへどを吐きながら退散し、隊員は祝膳をたいらげた。
  ところが、その夜かれらのうち四人が急死したのである。飢えきった体に急に食事を詰めこんだため腸が破裂したのであった。

  防衛隊幹部による着服の手口は、支那で二千年間にわたってみがかれてきた手練手管の引き写しであったといっていい。
  まず、予算の策定基礎となる防衛隊人員を水増しして算出し陸軍本部に請求した。あまりにも不自然なその数字に不信感を抱き、隊員数の承認を拒んだ防衛局人事処長は就任一ヶ月で左遷された。
  そうして水増し支給された予算のうち、まず三分の二が高級幹部の懐に入り、残った予算も幹部の手を経るにつれつぎつぎと削りとられてゆき、最終的に隊員たちの手には一銭もわたらなかった。隊員たちは軍靴も軍服も売りはらって食費を調達するはめになった。売るものが尽きると、ついには前述のように食を乞うことになった。

  着服の中心人物は、金潤根司令官ではなく副司令官の尹益憲大佐であり、かれがすべての経理書類を決裁していた。また、公金を着服した幹部は、あるいは金融業をいとなみ各地に妾宅をもうけ、あるいは大邱郊外にアメ工場を建設して隊員に支給するはずの米でアメをつくって売っていた。
  むろん、しかるべき筋へのつけとどけも忘れてはいない。申性模国防部長官をはじめ官界の要人に金銭をばらまいて口止めをはかった。申長官もじぶんの政治勢力を扶植するための資金として軍幹部や国家議員にばらまいたという。
  司令官である金潤根准将は、横領した金を貯蓄せず、もっぱら大邱の料亭での飲み食いにあてていた。青年団の相撲選手出身のかれは「相撲将軍」を自称する肥満体であり、その飲食量はすさまじかった。

  かれらが着服した金額は75億ウォンにもおよぶという。
  もっとも、これらの事実が判明したのはかなり後のことであった。

宇宙でキムチ

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/06/18 19:26 投稿番号: [1569 / 2847]
本気なのかなぁ(笑)
しかもロシア経由なんだ・・・宗主国さまと一緒だ。
もう既出でしょうか?
トンチンカンな金のかけ方は朝鮮らしい。

韓国初の宇宙飛行士、キムチ抗がん剤など実験か
【ソウル15日聯合】2008年に国際宇宙ステーションに派遣される韓国人初の宇宙飛行士は、宇宙空間でキムチ乳酸菌を利用した抗がん剤や幹細胞成長促進剤の開発実験を行うことになりそうだ。生命工学関連のベンチャー企業、バイオトロンは15日、「韓国宇宙人任務開発コンファレンス」でこうした実験内容について政府と協議していると明らかにした。
  微生物遺伝子のうち約16%は、宇宙空間でしか発現しないといわれている。バイオトロンは、キムチ乳酸菌のうち最も代表的な菌株3〜4種をISSで培養し、抗がんや幹細胞成長促進の効果があるかを研究すると同時に、そのメカニズムを強化した新しい乳酸菌の開発に乗り出す。

  宇宙飛行士事業の民間協力企業として参加しているバイオトロン関係者は、キムチ乳酸菌は韓国独自の研究であることから象徴的な意味があると説明、「ISSからの実験データは新薬開発の糸口になる可能性があるだけに、宇宙飛行士の任務にぜひ盛り込みたい」と話した。

  事業を担当する科学技術部と韓国航空宇宙研究院はプロジェクトをまとめた後、ISSを運営するロシア側との協議を経て、宇宙飛行士の最終研究課題を決める方針だ。

  韓国初の宇宙飛行士は、年末までに4段階の選定過程を経て2人を選抜する。この2人は2007年から15か月間ロシアの訓練センターで教育を受け、2008年4月にソユーズ宇宙船に搭乗する。
(YONHAP NEWS) - 6月16日9時25分更新

解説:斜め上の雲 43〜46

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/16 21:27 投稿番号: [1568 / 2847]
とくに1話ずつ解説をたてるほど書くことがあるわけではないと思いましたので、一つにまとめます。

朝鮮戦争における「ソンミ事件」といわれる「居昌事件」ですが、居昌の村はずれに建てられた慰霊碑は横倒しにされました。

軍事政権のせい?親北勢力のせい?

いいえ、政府に謝罪と賠償を求めた遺族たちがデモンストレーションのためにそうしたのです。1988年のことだそうです。(『退屈な迷宮   北朝鮮とはなんだったのか』関川夏央)

「国民防衛隊事件」は、児島襄『朝鮮戦争』に拠っております。司令官の金潤根は相撲選手出身だったそうですが、「シルム」なのか「相撲」なのかは明記していませんでした。肥満体とあるので相撲だと思いますが。

さて、36回をはるかに越え、半百回は目の前です。
ここまで来て言うのもなんですが、ただの壁貼りやマス(略)ゲームに陥っていないか、ちょっと不安だったりします。他トピを見てまして考えさせられたりしたもんで。

斜め上の雲 43

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/15 22:10 投稿番号: [1567 / 2847]
  朴政権による開発独裁が進行しているなかでも、錫元はあいかわらず軍事史の研究に没頭していた。
  じぶんが従軍した朝鮮戦争についてもさらに深くまなぼうとした。そのなかでは、朝鮮戦争中、赤化分子を駆逐するさいに大量の住民を虐殺したという居昌事件や、軍幹部が軍隊をだしにして大金を着服した国民防衛隊事件が衝撃的であった。

  仁川上陸作戦後、敗走した北朝鮮軍が智異山に立てこもってゲリラ化したため、居昌付近の村は、昼は韓国軍、夜はゲリラの支配下に置かれるという事態になった。
  結局、国連軍のソウル再奪還によってゲリラは敗走したのだが、赤化したとみられた居昌に進駐した韓国軍は「堅壁清野」と称し、村を焼きはらい住民の強制移住をはかった。
  しかし、赤化分子の選別に失敗し、ついには住民たちを付近の谷に追いこんで無差別に射殺した。これが居昌事件であり、被害者数は六百八十人といわれる。

  国民防衛隊は、五〇年の十二月、総力戦のため正規軍とは別に現役軍人、警官、学生をのぞく十七歳から四十歳までの男子五十万人を招集して組織された軍隊であった。大韓青年団の構成員が多かったため、幹部には青年団出身者が多く現役軍人はすくなかった。
  組織は陸軍のそれに準じて構成され、金潤根青年団長が陸軍准将となり司令官に任命され、他の幹部にも将校の階級と待遇があたえられた。
  ところが、その幹部たちが就任直後から防衛隊用の予算を計画的に着服し、隊員を困窮させていたのである。

  防衛隊員の状況を点描したい。
  まず、憲兵司令官の目撃した状況。
  五一年の一月というから、ソウルを再奪取された直後の話である。
  金錫源ひきいる第三師団の参謀長から憲兵司令官に転出した崔慶禄准将が、釜山東莱の捕虜収容所から大邱に向かう途中、とあるまちの国民学校の前で異様なものを発見した。
  ムシロをかぶった兵隊たちが立っているのである。しかも近づいた崔に敬礼をしないどころか白目をむいて反抗的な視線をそそいでいるものもいる。
(軍紀がたるんでいる)
  崔も日本軍出身者であるため、その点についてはきびしい。
「お前たちはどこの部隊だ。指揮官はどこだ」
  ムシロたちからの返事はない。しばらくしてそのうちのひとりが、
「見せたいものがある」
  と、かぼそい声を出し、崔を校舎内に案内した。
  各教室には、ムシロをかぶった兵が五、六人ずつよこたわっていた。ひとめで飢餓状況にあるものとわかる。それどころかすでに息絶えているものも多かった。
「閣下、わたしたちは国民防衛隊です。入隊以来、米一粒、薬一包みも与えられず、村民に食をめぐんでもらっております。ご覧のように、戦友たちは餓死、凍死、病死していっております」
  ムシロは息をつきながら、どうにかそれだけをいった。
「国民防衛隊?」
  憲兵司令官に就任したばかりの崔にはなんのことなのかわからない。
  だが、軍服を着た人間が窮迫しているのは事実である。早急に調査する旨をのべてその場を離れた。

解説:斜め上の雲 42(後編)

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/14 20:42 投稿番号: [1566 / 2847]
『日本(イルボン)のイメージ』(鄭大均   中公新書)に引用された朴正煕の言説です。かなり長文です。

・・・・・・・

  わが五千年の歴史は、一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。いつの時代に辺境を越え他を支配したことがあり、どこに海外の文物を広く求めて民族社会の改革を試みたことがあり、統一天下の威勢で以て民族国家の威勢を誇示したことがあり、特有の産業と文化で独自の自主性を発揚したことがあっただろうか。いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくからただの一寸も出られなかったし、せいぜい同胞相争のためやすらかな日がなかっただけで、姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図にすぎなかった。
(中略)
  第一に、われわれの歴史は(中略)始めから終わりまで他人に押され、それに寄りかかって生きてきた歴史である。
(中略)
  高句麗、新羅、百済の三国時代にあった隋・唐の漢民族の侵略、唐の支援を受けた新羅の統一と高句麗流民の渤海国創建およびその反目、高麗朝にあった契丹、蒙古、倭寇などの侵入、李朝中葉までの壬辰倭乱、丙子胡乱をへて、その後日清戦争と前後した三国の干渉を最後に日本の単独侵略により、ついに大韓帝国が終幕を告げるまで、この国の歴史は平安な日がなく外国勢力の強圧と征服の反復のもとに、かろうじて生活とはいえない生存を延長してきた。
(中略)
  このような侵略は半島という地域的な運命とか、われわれの力不足のために起きたのではなく、ほとんどはわれわれが招き入れたようなものとなっている。
  また、外圧に対してわれわれが一致して抵抗したことがなかったわけではないが、多くの場合、敵と内通したり浮動したりする連中が見受けられたのであった。
(中略)
  第二に、われわれの党争にかんすることである。
  これは世界でもまれなほど小児病的で醜いものである。(中略)李朝は結局、この党派争いに明け暮れているうち、亡国の悲運を味わうことになったのであった。(中略)第三に、われわれは自主、主体意識が不足していた。
  われわれの波乱多き歴史の陰になって固定されることのなかった文化、政治、社会はついに「われわれのもの」を失い、代わりに「よそもの」を仰ぎ見るようになり、それに迎合する民族性に陥らせてしまった。(中略)「われわれのもの」はハングルのほかにはっきりとしたものは何があるか。われわれは早くわれわれの哲学を創造しなければならず、独自の文化の形成に進まねばならない。
  なぜなら、この哲学や文化は民衆の道しるべとなるからである。
  第四に、経済の向上に少しも創意的な意欲がなかったということである。
(中略)
  われわれが眠っているあいだに世界各国はいち早く自国の経済向上のため目覚しい活動を展開していた。
  しかし、われわれは海外進出は念頭におかず、せいぜい座ってなわを編んでいるだけではなかったか。
  高麗磁器などがやっと民族文化として残っているのみである。
  それもかろうじて貴族の趣味にとどまっているだけであった。
  しかし、これも途中から命脈が切れたのだから嘆かわしいことである。
(中略)
  以上のように、わが民族史を考察してみると情けないというほかない。もちろんある一時代には世宗大王、李忠武公のような万古の聖君、聖雄もいたけれども、全体的に顧みるとただあ然とするだけで真っ暗になるばかりである。
  われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあってもこの歴史を全体的に改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史はむしろ燃やしてしかるべきである。(中略)これが当代の使命を担うわれわれの義務ではないか。

解説:斜め上の雲 42(中編)

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/13 20:00 投稿番号: [1565 / 2847]
>朴は、当時の韓国人の民度を信じていなかった。今の民度なら金をもらっただけで安逸に流れてしまい、なにもうまないであろう。近代国家建設こそが急務である、と酷薄なまでに考えぬき、急速かつ堅実な経済発展による国家建設をおこなうために使用した。しかもかれ自身の懐には一銭もいれていないという点で、特定アジアの統治者に共通する悪癖からはまぬかれている。このあたりは民権をあとまわしにして有司専制に徹した大久保利通に似ているとはいえる。

>現代からみて、朴の行為を非難するのはたやすい。
  しかし、もし額面どおりに資金が使用されていれば、経済発展がありえただろうか。筆者はその点を疑問に思わざるをえない。
  余談ながら、大久保は富国強兵による近代化をなしとげたときに自由民権を振興するという青写真をもっていたふしがあるが、朴は韓国が発展し民度があがったときには、民主化をどうあつかうつもりであったのだろうか。

民度に対する不信感は、くやしく情けない話ではあったのでしょうが、仕方のないことであったのだろうと思います。
朴が62年に出した著書『韓民族の進むべき道』ではこうあるそうです。そこまで言うかぁ!と思ったりもしましたが。

>朴正煕の自民族や自文化に対する眺めがいかに否定的なものであったかは『韓民族の進むべき道』(六二年)という著書に明らかである。彼がそこで韓国人の特徴としてあげたのは「利己主義」「傍観主義」「虚勢」「党派意識」「特権意識」「自主精神の欠如」「民族愛の欠如」「開拓精神の欠如」「企業心の不足」「アイデアの不足」「退廃した国民道義」「怠惰と不労所得観念」「奴隷的な屈従の固まり」といった一連の否定的属性であり、韓国社会の特徴としてあげたのも「法よりも腕力の強い者が勝つ世の中」「弱く金もコネもない者は生きていけない不平等社会」「姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会」「情実人事、猟官運動、貪官汚吏、不正蓄財が当然と考えられる価値が転倒した社会」といった否定的性格である。彼はだからこの国には「革命」や「改造」「再建」「更正」「手術」「反省」が必要だと考え、それを実践したのである。
『日本(イルボン)のイメージ』   鄭大均   中公新書

具体的な記述については次回であげます。

解説:斜め上の雲 42(前編)

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/13 01:10 投稿番号: [1564 / 2847]
>一方、日本の請求すべき金額をまともに算出した場合とんでもなく膨大な金額となり、たとえ韓国に十二億ドルどころか二十一億ドルを払ったとしてもお釣りがくるという試算がある。
  日本は朝鮮半島にもっていた資産の返還請求をできるのであるが、在外財産調査会が四七年ごろにまとめた資料によれば、朝鮮半島に残された日本の資産は、軍事用資産と個人資産をのぞいても四十七億ドル、また、GHQの試算でも五十三億ドルにのぼるという。差し引けば、韓国は朝鮮半島唯一の合法政権として少なくとも二十六億ドル、多ければ四十一億ドルを日本に支払うということになってしまう。

>「これらの数字は、韓国側資料が戦災などで散逸し、確たる基礎がないままで算出され、さらに戦後のハイパーインフレが進行する中で試算されたものでもあり、とうてい信用するにたりない」
  という反論もあった。しかし、前者は、戦勝国でもないどころか当時地上に存在してさえいなかった「大韓民国」が日本に対して賠償金を要求するのと同様な空理であり、後者にいたっては言いがかりにすぎない。
  また、
「たとえその数字が事実であったとしても、実質的に一九〇五年からはじまった植民地統治による有形無形の被害という、それらの数字には含まれない『歴史事実』にどう向かいあうのか。そこを無視したまま試算された数字を提示して、日本がいかに『莫大な資産』を残してきたかを強調しても説得力はない」
  という反論にいたっては、詭弁学派の開き直り、論点をずらすすりかえのたぐいでしかない。

この反論部分は『マンガ嫌韓流のここがデタラメ』第2章(太田修)からいただきました。ほんと、後者は読んで呆れましたね。以下その原文を引用。

>しかし、このような山野の「物語」には二つの問題がある。第一に、韓国政府の要求額、在外財産調査会やGHQ民間財産管理局の金額はいずれも、諸般の資料が「焼失又は散逸」した状態で、しかも敗戦直後のインフレ進行状態のなかで試算されたものにすぎず(9)、かならずしも事実を示してはいない点である。第二に、百歩譲って仮にそれらの数字が事実だったとしても、実質的に1905年から始まった植民地支配による有形・無形の被害・損害という、それらの数字には含まれていない「歴史事実」をどのように考えるかという点である。それらの点を無視したまま、試算された数字を提示して、日本がいかに「莫大な資産」を残してきたかを強調しても、説得力はない。

斜め上の雲 42

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/12 16:54 投稿番号: [1563 / 2847]
  張勉内閣が日本に対して要求した十二億ドルという金額に根拠がないことは先に述べた。また、李承晩時代の一九四九年にはGHQに対して提出した賠償要求書で二十一億ドルという数字をあげている。
  一方、日本の請求すべき金額をまともに算出した場合とんでもなく膨大な金額となり、たとえ韓国に十二億ドルどころか二十一億ドルを払ったとしてもお釣りがくるという試算がある。

  日本は朝鮮半島にもっていた資産の返還を請求できるのであるが、在外財産調査会が四七年ごろにまとめた資料によれば、朝鮮半島に残された日本の資産は、軍事用資産と個人資産をのぞいても四十七億ドル、また、GHQの試算でも五十三億ドルにのぼるという。差し引けば、韓国は朝鮮半島唯一の合法政権として少なくとも二十六億ドル、多ければ四十一億ドルを日本に支払うということになってしまう。
  これに対しては、
「朝鮮半島の日本資産は敗戦後米ソによって接収されたため、日本の韓国に対する請求権利は存在しない」
「これらの数字は、韓国側資料が戦災などで散逸し確たる基礎がないまま算出され、さらに戦後のハイパーインフレが進行する中で試算されたものでもあり、とうてい信用するにたりない」
  という反論もあった。しかし、前者は、戦勝国でもないどころか当時地上に存在してさえいなかった「大韓民国」が日本に対して賠償金を要求するのと同様な空理であり、後者は単なる言いがかりにすぎない。
  また、
「たとえその数字が事実であったとしても、実質的に一九〇五年からはじまった植民地統治による有形無形の被害という、それらの数字には含まれない『歴史事実』にどう向かいあうのか。そこを無視したまま試算された数字を提示して、日本がいかに『莫大な資産』を残してきたかを強調しても説得力はない」
  という反論にいたっては、詭弁学派の開き直り、論点をずらすすりかえのたぐいでしかない。

  朴正煕は韓国民に対して個人補償についてのじゅうぶんな告知をしないまま、日本から受けとった資金を、ほんらい支払うはずの個人補償にはほとんどまわさず社会インフラや農業基盤の整備、工業の発展、輸出振興に注ぎこんだ。
  朴は、当時の韓国人の民度を信じていなかった。今の民度なら金をもらっただけで安逸に流れてしまい、なにもうまないであろう。近代国家建設こそが急務である、と酷薄なまでに考えぬき、急速かつ堅実な経済発展による国家建設をおこなうために使用した。しかもかれ自身の懐には一銭もいれていないという点で、特定アジアの統治者に共通する悪癖からはまぬかれている。このあたりは民権をあとまわしにして有司専制に徹した大久保利通に似ているとはいえる。
  また、韓国民も個人補償要求の手続きについて「手続きが複雑だ」とめんどうくさがってなにもしなかったものも多かった。

  現代からみて、朴の行為を非難するのはたやすい。
  しかし、もし額面どおりに資金が使用されていれば「漢江の奇跡」とまで称された経済発展がありえただろうか。筆者はその点を疑問に思わざるをえない。
  余談ではあるが、大久保は富国強兵による近代化をなしとげたときに自由民権を振興するという青写真をもっていたふしがあるが、朴は韓国が発展し民度があがったときには、民主化をどうあつかうつもりであったのだろうか。

Re: エバ

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2006/06/12 16:44 投稿番号: [1562 / 2847]
http://dribox.g-serve.net/kayopop/JpopGirl/GoldenHalf/GoldenHalf.htm

え゛っ?   違うニカ?

ところで韓国って   ゴールデンハーフの様な   混血児(かつてのハーフ 今はダブルっていうのかな?)による
芸能人っているのかな?

Re: エバ

投稿者: sonoba_kagiri 投稿日時: 2006/06/11 20:14 投稿番号: [1561 / 2847]
>一体、どんなものなのやら・・・・

とりあえずリンクをクリックです。

>もともと、エヴァのOPにマリみてをかぶせたのがありました

リンク先のページの右にリストされていました。

>>これは、韓国版エヴァの聞きなし(マイアヒみたいな)?

空耳といったほうがとおりがよかったですね。
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