朝鮮を笑う

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斜め上の雲 43

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/15 22:10 投稿番号: [1567 / 2847]
  朴政権による開発独裁が進行しているなかでも、錫元はあいかわらず軍事史の研究に没頭していた。
  じぶんが従軍した朝鮮戦争についてもさらに深くまなぼうとした。そのなかでは、朝鮮戦争中、赤化分子を駆逐するさいに大量の住民を虐殺したという居昌事件や、軍幹部が軍隊をだしにして大金を着服した国民防衛隊事件が衝撃的であった。

  仁川上陸作戦後、敗走した北朝鮮軍が智異山に立てこもってゲリラ化したため、居昌付近の村は、昼は韓国軍、夜はゲリラの支配下に置かれるという事態になった。
  結局、国連軍のソウル再奪還によってゲリラは敗走したのだが、赤化したとみられた居昌に進駐した韓国軍は「堅壁清野」と称し、村を焼きはらい住民の強制移住をはかった。
  しかし、赤化分子の選別に失敗し、ついには住民たちを付近の谷に追いこんで無差別に射殺した。これが居昌事件であり、被害者数は六百八十人といわれる。

  国民防衛隊は、五〇年の十二月、総力戦のため正規軍とは別に現役軍人、警官、学生をのぞく十七歳から四十歳までの男子五十万人を招集して組織された軍隊であった。大韓青年団の構成員が多かったため、幹部には青年団出身者が多く現役軍人はすくなかった。
  組織は陸軍のそれに準じて構成され、金潤根青年団長が陸軍准将となり司令官に任命され、他の幹部にも将校の階級と待遇があたえられた。
  ところが、その幹部たちが就任直後から防衛隊用の予算を計画的に着服し、隊員を困窮させていたのである。

  防衛隊員の状況を点描したい。
  まず、憲兵司令官の目撃した状況。
  五一年の一月というから、ソウルを再奪取された直後の話である。
  金錫源ひきいる第三師団の参謀長から憲兵司令官に転出した崔慶禄准将が、釜山東莱の捕虜収容所から大邱に向かう途中、とあるまちの国民学校の前で異様なものを発見した。
  ムシロをかぶった兵隊たちが立っているのである。しかも近づいた崔に敬礼をしないどころか白目をむいて反抗的な視線をそそいでいるものもいる。
(軍紀がたるんでいる)
  崔も日本軍出身者であるため、その点についてはきびしい。
「お前たちはどこの部隊だ。指揮官はどこだ」
  ムシロたちからの返事はない。しばらくしてそのうちのひとりが、
「見せたいものがある」
  と、かぼそい声を出し、崔を校舎内に案内した。
  各教室には、ムシロをかぶった兵が五、六人ずつよこたわっていた。ひとめで飢餓状況にあるものとわかる。それどころかすでに息絶えているものも多かった。
「閣下、わたしたちは国民防衛隊です。入隊以来、米一粒、薬一包みも与えられず、村民に食をめぐんでもらっております。ご覧のように、戦友たちは餓死、凍死、病死していっております」
  ムシロは息をつきながら、どうにかそれだけをいった。
「国民防衛隊?」
  憲兵司令官に就任したばかりの崔にはなんのことなのかわからない。
  だが、軍服を着た人間が窮迫しているのは事実である。早急に調査する旨をのべてその場を離れた。
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