朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 47

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/24 15:59 投稿番号: [1595 / 2847]
元ネタは3巻、真之が戦術研究に熱中しているところが元ネタです。以下原文。

≫かれは、世界じゅうの兵書という兵書を読もうとした。多くは陸軍兵書であった。かれは滞米時代からそうであったが、戦術に陸と海のちがいはないという明確な態度をとっていた。
  中国の兵書である「孫子」「呉子」はくりかえして読み、欧米のものは戦史、戦術書をふくめ、ことごとくよんだ。そのなかでもブルーメの「戦略論」とマカロフの「戦略論」をひとにも推賞した。のちにかれが愛読したその本の著者マカロフ中将を相手にまわして終始勝ちつづけたというのは、偶然ながら、宿命のにおいもする。
  日本のものも読んだ。
  そのなかでもっともすぐれたものとして、かれはいつも山鹿流軍書をあげた。
  謙信と信玄の戦いの棋譜である甲越関係の軍書も愛読した。
  それだけでなくて、馬術や弓術のような武芸書まであさって読んだ。
「馬術や弓術は個人的な武芸だが、その原理を抽出すると、軍理に応用できるものがある」
  と、つねにいった。
(中略)
  日本海海戦といえば、その戦役がおわってから小笠原が戦史編纂委員を命ぜられた。いちいちの戦闘詳報の付図を書くについては、真之と相談したが、あるとき小笠原は、
「どうもこれらの戦術には水軍のにおいがするようだ」
  と、笑いながらいった。
  真之は、無愛想に答えた。
「白砂糖は、黒砂糖からできるものだ」
  真之が、いわゆる秋山軍学をつくりあげてゆく過程は、これであったのであろう。

>「忠武公討倭大功記」
>「李舜臣が七星壇をきずいて祈ると、西北の風が吹き倭船を押しかえした」
「倭兵は停戦成立後にだまし討ちをかけてきたが、李舜臣はみごとにそれをやぶり、大将の石曼子は戦死した」
「世界中の海軍が李舜臣をたたえ、倭軍をやぶった鶴翼陣の戦法をまなんでいる」

もちろん、筆者のでっちあげた本です。さりげなく三国演義ネタが入っています。魚腹浦の石兵八陣とか水滸伝の妖術(公孫勝とか高廉とかハン瑞とか)でもよかったかなぁ。あ、封神演義もありだったか。
元ネタは、江戸時代には大っぴらに秀吉を題材にできないため「太閤記」を「大功記」として出したというはなしです。
  浄瑠璃等でも上演される『絵本太功記』では、羽柴秀吉:真柴久吉、織田信長:小田春永、明智光秀:武智光秀、明智配下の猛将四方田孫兵衛:四天王但馬守と改変していました。

なお、この箇所はかなり後、弟の金華秉のときにも再利用します。
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