朝鮮を笑う

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斜め上の雲 48

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/26 00:06 投稿番号: [1598 / 2847]
  錫元が戦史資料の購入や研究のためたびたび日本にゆくことについては、繰りかえしふれている。
  かれは日本にゆくたび、神田の古書街にはかならず足をはこんだ。古書を求めるだけでなく、元軍人や学者への聞き取り調査のため東京以外の地方にもおもむいた。

  六七年の春ごろ、元軍人への聞き取りをおこなうため大阪にいったことがある。時間ができたため、かれは梅田の古本屋街をまわることにした。
  ある古本屋の本棚の片隅でほこりをかぶっている書物をみつけた。「明治卅七八年日露戦史」という題名のそれは全十冊からなっており、ひじょうにぶあついものであった。どうやら日本陸軍参謀本部の編纂したものであるらしいが、目方で売る紙くず同然の値段であった。
(急いで買う必要もないか)
  この日は、あいにく持ちあわせがすくなかった。今日は見てまわるだけにするかとおもい、日露戦争関係の本を見てまわった。購入にあたいする本が何冊かあり、明日買うことにしてホテルに帰った。

  翌日、錫元はふたたび古書街におもむいたが、昨日めぼしをつけておいた日露戦争関係の書籍がことごとく消えていた。
「どういうことですか」
  錫元の問いに、古本屋の店主はすまなさそうに答えた。
「すんません。昨日、日露戦争関係の書籍は全部買いあげるという注文がありまして」
  徹夜で発送の手続きをすませたところだという。
(そんなばかな)
  しかも、その店だけではなく、大阪そして東京じゅうの古本屋にその注文がされたという。

  錫元はあきれるしかない。そのようなとんでもない注文をするのは、いったいどういう人物なのか。
「小説家ですねん。執筆の前にはかならずありったっけの本を買いあげてくれはるお得意さまですねや。ちょうどあそこに来たはりますわ」
  店主の指差す方向をみると、向かいの古本屋の本棚のあいだにひとりの男がいた。老年というわけでもないのに頭髪がすべて白髪なのがひときわめだっている。
  ややあって振り向いたその男の顔に、錫元は見覚えがあった。大東亜戦争中、釜山でであった迷子の頼りなさげな戦車隊長であった。
  錫元は唯一売れ残っていた「明治卅七八年日露戦史」を買うしかなかった。

  産経新聞に『坂の上の雲』という小説の連載がはじまったたのは翌六八年四月二十二日のことである。
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