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解説:斜め上の雲 42(後編)

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/14 20:42 投稿番号: [1566 / 2847]
『日本(イルボン)のイメージ』(鄭大均   中公新書)に引用された朴正煕の言説です。かなり長文です。

・・・・・・・

  わが五千年の歴史は、一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。いつの時代に辺境を越え他を支配したことがあり、どこに海外の文物を広く求めて民族社会の改革を試みたことがあり、統一天下の威勢で以て民族国家の威勢を誇示したことがあり、特有の産業と文化で独自の自主性を発揚したことがあっただろうか。いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくからただの一寸も出られなかったし、せいぜい同胞相争のためやすらかな日がなかっただけで、姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図にすぎなかった。
(中略)
  第一に、われわれの歴史は(中略)始めから終わりまで他人に押され、それに寄りかかって生きてきた歴史である。
(中略)
  高句麗、新羅、百済の三国時代にあった隋・唐の漢民族の侵略、唐の支援を受けた新羅の統一と高句麗流民の渤海国創建およびその反目、高麗朝にあった契丹、蒙古、倭寇などの侵入、李朝中葉までの壬辰倭乱、丙子胡乱をへて、その後日清戦争と前後した三国の干渉を最後に日本の単独侵略により、ついに大韓帝国が終幕を告げるまで、この国の歴史は平安な日がなく外国勢力の強圧と征服の反復のもとに、かろうじて生活とはいえない生存を延長してきた。
(中略)
  このような侵略は半島という地域的な運命とか、われわれの力不足のために起きたのではなく、ほとんどはわれわれが招き入れたようなものとなっている。
  また、外圧に対してわれわれが一致して抵抗したことがなかったわけではないが、多くの場合、敵と内通したり浮動したりする連中が見受けられたのであった。
(中略)
  第二に、われわれの党争にかんすることである。
  これは世界でもまれなほど小児病的で醜いものである。(中略)李朝は結局、この党派争いに明け暮れているうち、亡国の悲運を味わうことになったのであった。(中略)第三に、われわれは自主、主体意識が不足していた。
  われわれの波乱多き歴史の陰になって固定されることのなかった文化、政治、社会はついに「われわれのもの」を失い、代わりに「よそもの」を仰ぎ見るようになり、それに迎合する民族性に陥らせてしまった。(中略)「われわれのもの」はハングルのほかにはっきりとしたものは何があるか。われわれは早くわれわれの哲学を創造しなければならず、独自の文化の形成に進まねばならない。
  なぜなら、この哲学や文化は民衆の道しるべとなるからである。
  第四に、経済の向上に少しも創意的な意欲がなかったということである。
(中略)
  われわれが眠っているあいだに世界各国はいち早く自国の経済向上のため目覚しい活動を展開していた。
  しかし、われわれは海外進出は念頭におかず、せいぜい座ってなわを編んでいるだけではなかったか。
  高麗磁器などがやっと民族文化として残っているのみである。
  それもかろうじて貴族の趣味にとどまっているだけであった。
  しかし、これも途中から命脈が切れたのだから嘆かわしいことである。
(中略)
  以上のように、わが民族史を考察してみると情けないというほかない。もちろんある一時代には世宗大王、李忠武公のような万古の聖君、聖雄もいたけれども、全体的に顧みるとただあ然とするだけで真っ暗になるばかりである。
  われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあってもこの歴史を全体的に改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史はむしろ燃やしてしかるべきである。(中略)これが当代の使命を担うわれわれの義務ではないか。
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