朝鮮を笑う
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
Re: 朝鮮を笑う
投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/04/24 15:25 投稿番号: [1400 / 2847]
ダディは…
土曜深夜と言うか日曜払暁
仕事が終わって帰宅したら…
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!
歴史トピがお祭りになってるやんけぇぇぇぇぇっ!!」
こんな楽しいことに参加しない手はないと
本気スリョンニム
東亜チャングンニムに較べて
あまりに浅学不才な身の上も顧みず
ついつい参加してしまいましたとサ
これは メッセージ 1398 (sweet_japon さん)への返信です.
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キャンディキャンディ♪
投稿者: sweet_japon 投稿日時: 2006/04/24 15:18 投稿番号: [1399 / 2847]
制裁なんて
気にしないわ
(←国際法<国内法です)
反日だって
だって
だって
お気に入り
(←反日依存症国家)
オテンバ
いたずら
大好き
(←「独島は韓国領土」自衛隊さんとハイチーズ)
乗っ取り
捏造
大好き
(←「独島は韓国領土」史料は…ないニダ)
わたしは
わたしは
わたしは韓ディ
ひとりぼっちになると
ちょっぴりさみしい
(←どうしてみんなイルボンに味方するか?!)
そんなとき
こう言うの
鏡を見つめて
笑って
笑って
笑って韓ディ
現実なんて
サヨナラ
ね
(←ホルホル…)
韓ディ
韓ディ♪
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: sweet_japon 投稿日時: 2006/04/24 14:11 投稿番号: [1398 / 2847]
歴史トピ・・・・・・・
週末からの投稿歴、今読み終わった。
あははははは。
空想するのは楽しいよね☆
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2006/04/24 13:18 投稿番号: [1397 / 2847]
しかし…
どうしてコマ人やチョパーリお面は「品性下劣」なHNを好むんでしょーかね…
まあもっとも私のHNも
エロゲーの主人公その2
なんだけども(笑)
これは メッセージ 1396 (bottomlineshock さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: bottomlineshock 投稿日時: 2006/04/24 13:05 投稿番号: [1396 / 2847]
竹島派からも独島派からも、全然相手にされてないのが笑えますね(^▽^)
これは メッセージ 1394 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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斜め上の雲 25
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/24 12:45 投稿番号: [1395 / 2847]
朝鮮戦争では韓国兵の弱さが露呈した。
戦車が来た、ときいただけで逃げだすものもいたし、負けつづけてもへらへらと笑っている兵さえいた。金錫源や白善菀ら日本軍出身者の指揮官や下士官がきびしく統率していたためなんとかしのいできたといえる。
中国軍の参戦後はとくにひどかった。中国軍のチャルメラを聞いただけで銃を捨てて逃げだすこともしばしばあった。
ひとつには、訓練が未熟な状態で戦争に突入したことがあげられる。白善菀によれば、多くの部隊が中隊訓練をおえた程度であったという。また、再三ふれたが、装備、とくに火力が脆弱であったのも無視できない。
長期戦にそなえて韓国軍の強化をはかるため、開戦から約1年後の51年5月に米軍と韓国陸軍本部は協議をおこない、各師団に新兵を補充し入れかわりで9週間の集中訓練をほどこすという計画をたてた。指導にあたるのは150人の米軍教官であった。これによって52年末までに全10個師団が訓練を受けた。
また、新兵の訓練所が済州島にもうけられ、1日あたり1000人が入所して16週間の基本教練を受けた。
戦況が小康状態であるとはいえ、いまだ戦中の52年1月に陸軍士官学校が正規4年制課程で開校したのもそういう事情のせいであった。そのため士官学校の教育はきびしく校内の空気は張りつめていた。
鎮海はかつて日本海軍の基地があり、バルチック艦隊を迎え撃った東郷平八郎がここから連合艦隊をひきいて出撃した。さらには李舜臣も根拠地としたことがあり、軍事には縁がふかい土地である。
学校が泰陵に移るまで1年弱のあいだ、錫元は余暇をみつけては土地の古老をたずね、おもに日本海軍の戦史について話をきいた。60歳以上のものなら日露戦争をじかに知っている時代である。たれもがよろこんで話してくれた。
日本軍や満州軍の将兵として太平洋戦争に従軍した若者もいれば、日露戦争時、日本海海戦を見物した老人もいた。さらには一進会に参加して満州まで日本軍の線路を引く工事にたずさわった人もいた。
そういった錫元の行動については、
「みょうなことをしているやつがいる」
と、校内で話題になった。
軍事と英語を習得することに重点が置かれていることは先にのべた。そんななかで、なにを好きこのんで日本の戦史、それも海軍のものを調べるのであろう、学生や教官たちはみなそうおもった。
錫元にしてみれば、軍事に海も陸もなく、金錫源におそわったようにあらゆる知識にふれて吸収しようとしているだけであった。陸軍については金錫源から多くを学んだが、海軍については学べなかったということもあった。
それに、韓国軍には朝鮮戦争をのぞいて戦史そのものがなく、日本軍のそれは量が多く簡単にふれることができたというだけの話でもあったであろう。
なんにせよ、錫元としては、数学や語学が学べることで満足していたし、朝鮮戦争中に作戦の妙にふれたことで軍事学にも興味をもつようになっていた。
これは メッセージ 1381 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/24 12:37 投稿番号: [1394 / 2847]
>ま、みなさんのおっしゃるように賞味期限切れ。
新ネタもないようで、楽しめそうもありません。
いつものように最後は、「女性」トピに乱入して退場というパターンでしょうか。
これは メッセージ 1393 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/24 12:17 投稿番号: [1393 / 2847]
>>また、末がシレっと現れてまふ。(笑)
ありゃ、ほんとだ。
ま、みなさんのおっしゃるように賞味期限切れ。
>これ↓っぽいのもいますね
(ili^▽^)b
<=(@∀@)ノ
最近たまに現れてますね。
これは メッセージ 1392 (himajin92 さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: himajin92 投稿日時: 2006/04/24 12:08 投稿番号: [1392 / 2847]
>また、末がシレっと現れてまふ。(笑)
これ↓っぽいのもいますね
(ili^▽^)b
<=(@∀@)ノ
これは メッセージ 1391 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/04/24 12:04 投稿番号: [1391 / 2847]
また、末がシレっと現れてまふ。(笑)
もう旬じゃねえなあ、アレも。
賞味期限切ればっかじゃん。
嗚呼、懐かしのangry_korean386嬢を再度渇望する☆
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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解説:斜め上の雲 24
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/22 23:51 投稿番号: [1390 / 2847]
「仁王山ヲ守ル」、元ネタでは「飛鳥山ニ遊ブ」ですね。
「仁旺山」とも書き、ソウルに実在する地名です。1995年、「日帝時代の清算」祭りが盛り上がる中、例によって「日帝が『王』を嫌って表記を変えたニダ!」とされました。
もともとはどちらの表記もあり、それぞれの表記を推す派の争いがあって、「仁王山」賛成派が相手を追い落とすため、そういうことを言い出したという観測もあるようです。
以下、元ネタの原文。
≫正面に、題が貼りだされている。
「飛鳥山(あすかやま)ニ遊ブ」
というのが題であった。
好古は、なんのことかわからない。アスカヤマという山がこの世にあろうとは夢にも知らないのである。
飛鳥山とは、上野、隅田川堤とならんで東京における桜の三大名所なのである。(中略)
が、好古が知るわけがない。
(こりゃ、山の名ではあるまい。飛鳥(ひちょう)、山ニ遊ブ、とよむべきではないか)
そうだと思い、そう思うと急に勢いが出てきて書きはじめた。
「余ガ故国伊予ニハ名湯アリ、道後ノ湯ト名(ナヅ)ク。湯ノ里ニハ山アリ、山容ナダラカニシテ神韻ヲ帯ブ。古ノ河野氏ノ城址ナリ」
というところから書きはじめ、その山に鳥が大よろこびで遊んでいるという描写をした。
(中略)
「ところが出てきて、長州の連中が話しているのをきくと、あれは東京の地名じゃそうじゃな。アスカヤマと読み、鳥で無(の)うて人間が花見で遊ぶという題であるそうな」
(中略)
(田舎者は来るなということか)
この出題から考えればそうであろう。出題者はひょっとすると旧幕府の儒官で、田舎者をばかにしているのかもしれなかった。
>10日ほど、何の通知もなかった。毎日、旅人宿(ヨインスク)で待った。
――こりゃ、落ちたな。
と、金錫元はおもった。軍内にもし知り合いがおれば学校に問いあわせてもらえるのだが、金錫源以外につてはなく、あいにくその金錫源も鎮海にはいない。
原文では、好古が丹波篠山藩出身の本郷功太郎に訊きに行くのですが、本郷に相当するキャラを出す気はないので、崔准将に来てもらいました。
「旅人宿(ヨインスク)」は、今でも駅前などによくある安い旅館です。主要産業、もとい、いかがわしい商売を併営しているところもあるとか・・・
そういや釜山で飛び込みで泊まったホテルにはコンドームが置いてあったなぁ。あそこはラブホ兼任やったんかなぁ(台湾でもよくあります)。
これは メッセージ 1381 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 森のくまさんで♪
投稿者: fujimitsu38 投稿日時: 2006/04/21 22:05 投稿番号: [1389 / 2847]
ある日
やぶの中
チョソさんに襲われた
キムチの匂いだけ
とてもうざかった
チョソさんの
いうことにゃ
ウリの「巨砲
気持ちよかろう」
???
ところが
痛み無く
重いだけ
一発殴りつけ睨み付けました
アイゴー
アイゴー
哀号
・・・
これは メッセージ 1385 (sweet_japon さん)への返信です.
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Re: 竹島のおにぃちゃん
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/04/21 19:42 投稿番号: [1388 / 2847]
これから先も、ずーーーーっと量産されていくわけですね。
あんな、ウザイのが・・・
あの手の鮮人には、「今さらめんどうだから過去ROM汁!」
と言って放置でしたが、さすが優しいですねぇ。(笑)
ところで、あのにいちゃん。下トピにも貢献してくれてます。
これは メッセージ 1384 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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Re: 森のくまさんで♪
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/21 17:37 投稿番号: [1387 / 2847]
ほんと、うまいなぁ。
こっちも『斜め上の雲』がんばろう。(第50回を執筆中です)
なお、竹島トピに、ホンキーさんご提示の『三国史記』のハングル表記を投下しておきました。どうせ漢文は読めなさそうだし。
ま、文は読めても理解する気はないとおもうのですが。(苦笑)
これは メッセージ 1386 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 森のくまさんで♪
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/04/21 17:30 投稿番号: [1386 / 2847]
うまぃなぁ(笑)
すぅぃーとさんも腕を上げたなぁ(感心
これは メッセージ 1385 (sweet_japon さん)への返信です.
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森のくまさんで♪
投稿者: sweet_japon 投稿日時: 2006/04/21 17:17 投稿番号: [1385 / 2847]
ある日
やふの中
チョソさんに
であった♪
花咲くおつむでは
あのかたに
かなわない
チョソさんの
いうことにゃ
イルボンは
反省汁♪
海底調査だと?
竹島は
ウリのもの!
ところが
チョソさんの
話題が
ずれていく♪
日王は渡来人
だから
感謝汁
あらチョソさん
おかしいわ
そのハナシ
眉唾ね
文献だしてこい
そしたらきいてやる♪
らららら〜ら〜ら〜ら〜ら〜〜〜♪
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 竹島のおにぃちゃん
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/04/21 16:43 投稿番号: [1384 / 2847]
つうか(笑)
諸氏は竹島について語りたいのに、いきなり自分から
「日王はウリ民ジョクニダ〜〜〜〜〜〜♪」
なんて言いだすバカな朝鮮だわなぁ…。(遠い目)
やっぱ、腐れ儒教のせいかな。「ウリナラは兄国ニダ! イルボンは反省汁!」って感じ?
それにしても、どうして『三国史記』も、歴代の支那の史書からも、目を背けるんだろう?
つらいんだろうなあ…。史実が。
でも、つらいのは、じぶんのせい。「つらい」と思うからつらいだけだわな。
最初から「ウリナラ半万年」とかヨタ飛ばさなきゃ、つらい事もないんだって。
そんな素晴らしい国が、例え話にしても「私は親の糞をペロペロなめられるくらい、親孝行なんです!」なんて、手紙に書くかよ?(苦笑)
これは メッセージ 1382 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/04/21 16:37 投稿番号: [1383 / 2847]
ふと思ふ…
戦争とは
いかにうまく後出しじゃんけんで勝つか
と
素人ながらに思ふ
しかして造船は
後出しじゃんけんしても勝てない
なぜだらう…
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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竹島のおにぃちゃん
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/04/21 16:23 投稿番号: [1382 / 2847]
さらに斜め上の積乱雲って感じです(おおわらい
これは メッセージ 1381 (toapanlang さん)への返信です.
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斜め上の雲 24
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/21 13:51 投稿番号: [1381 / 2847]
試験がはじまった。
論文の考査である。錫元は、さきに願書を出したとき論文があるということは大尉からきかされなかった。
(ヤッカイだな)
とおもった。作文ならともかく論文というものは書いたことも読んだこともない。
そんなことで、試験を受けた。
正面に、題が貼りだされている。
「仁王山ヲ守ル」
というのが題であった。
錫元は、なんのことかわからない。インワンサンという山がこの世にあろうとは夢にも知らないのである。
仁王山とは、ソウルの西大門ちかくにある土地である。風水説ではソウルの西をまもる白虎とされている。ソウルの者なら子供でもその地名は知っているであろう。
が、錫元が知るわけがない。
(こりゃ、山の名ではあるまい。仁王、山ヲ守ル、とよむべきではないか)
そうだと思い、そう思うと急に勢いが出てきて書きはじめた。
「京城ヨリ北東ニユクコト何里ゾ。東海ヲ望ミテ名山アリ。ソレ山容嶮シクシテ神韻ヲ帯ブ。古ノ浮屠ノ霊場ナリ。仁王ノ守護セシニヨリテ金剛山ト名ヅク」
というところから書きはじめ、その山は仁王によって守られている仏教の聖地だという描写をした。
とにかく時間いっぱいで書きあげて校庭に出てみると、ぼんやり立っている連中がいる。どうしたのかと思って会話に耳をすますと、かれらも仁王のほうであった。
「ソウルっ子どもが話しているのをきくと、あれはソウルの地名じゃそうじゃな。インワンサンと読み、仁王で無(の)うて兵隊が山をいかに守るかという題であるそうな」
「ソウルっ子なら誰でも知っているじゃろ。得をしよったな」
(田舎者は来るなということか)
この出題から考えればそうであろう。出題者はひょっとすると旧大韓帝国の両班で、田舎者をばかにしているのかもしれなかった。
10日ほど、何の通知もなかった。毎日、旅人宿(ヨインスク)で待った。
――こりゃ、落ちたな。
と、金錫元はおもった。軍内にもし知り合いがおれば学校に問いあわせてもらえるのだが、退役した金錫源以外につてはなく、あいにくその金錫源も鎮海にはいない。
――どうしよう。
とおもった。旅人宿の宿泊費もかさみ、財布のなかみは心もとない。日々の食事さえ事欠くありさまで、仕方なく海で釣った魚を食べてなんとか飢えをしのいでいる。
そんなとき、来客があった。
金錫源のもとで参謀長をつとめた崔慶禄である。今は准将として憲兵司令官をつとめている。錫元が陸士を受けたことをきいて、公用で鎮海に来たついでに見にきたらしい。
崔は錫元の顔を見るなり、
「しかし、よかったな」
といった。なんのことですか、ときくと、崔は不審な顔をした。
「知らなかったのか」
金錫元は合格しているのである。崔が公用で陸士に行ったときにきいたのだという。錫元はようやく微笑した。
(これで、救われた)
とおもった。その場から崔につきそわれて学校にゆき、入学手続きをおこなった。
これは メッセージ 1369 (toapanlang さん)への返信です.
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朝鮮の必死さを笑う
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/04/21 10:02 投稿番号: [1380 / 2847]
その手のいんちきネタを聞きかじった誠実な日本人の一部は真に受けてしまう。
でもそんなところも日本人の固着観念のなさ。
情報を吸収する優秀さの裏返し。
その逆が朝鮮人。
一つ一つ連中の捏造を潰していく手は足りませんね、きりがないから。
でも日本人の歴史は玉石を選別してきたことを知っている。
信じますよ日本人を。
これは メッセージ 1379 (trip_in_the_night さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1380.html
高麗茶道で一服汁(笑)
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/20 23:28 投稿番号: [1379 / 2847]
どこに投稿しようか迷いましたが、やはりここしか無い。(笑)
--------------------------------------------------------------------
民団新聞http://www.mindan.org/shinbun/shinbun_index.php
>高麗茶道
日本に深い影響
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=7&category=6&newsid=6531>草庵茶室の狭小な空間に侘(わび)、寂(さび)の小宇宙を創出する日本の茶道。日本オリジナルと信じられていた千利休に至る日本茶道の確立期に、高麗時代の茶道が大きな影響を与えていた。
>また、日本に中国(宋)から茶の儀礼を伝えたとされるのが臨済宗の僧・栄西だが、彼の茶会の様式も、本家の宋のスタイルより高麗の茶礼により似ている。
>栄西は、宋から直接に帰国したのではなく、帰路に高麗に立ち寄り、高麗式作法を日本に伝えた可能性も十分に考えられる。
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=14&category=6&newsid=6570>日本茶道の精神性「わび、さび」も、もともと高麗茶人のものだった。
>しかし皮肉にも、禅宗と強く結び付いていた高麗茶道は朝鮮朝の排仏思想により消滅し、茶道は日本で洗練され花開いた。
李朝末期の「茶」。(ドロンパさんの紹介サイトです。)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html>宮本小一外務大丞
>「朝鮮政府接遇記略及風俗概要」
>茶(緑茶)は無い。
>干した生姜の粉と陳皮(蜜柑の皮を干したもの)を砕いたのを煎じたものを「茶」としている。
>貴人はこれに人参(朝鮮人参)を入れて人参湯と称する。つまり煎じ薬を飲むにも似ている。
参考。
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1144261404/>>『高麗図経』「巻第三二、一一二三」
>>「およそ宴すればすなわち庭中に(茶を)烹る。覆うに銀荷をもってし、
>>徐歩して進む。候賛者云う(号令)、茶がゆきわたればすなわち飲を得る。
>>未だかつて冷茶を飲まざることなし。館中紅俎(盆)を以て茶具をその中に布列し、
>>紅紗の巾を以てこれを羃す。日に三供茶を嘗、これ継ぐに湯をもってす。
>>麗人は云う、この湯(茶)は薬なると。人をして見るごとに必ず飲ましむことを喜ぶ。
>>あるいは慢己とならず、必ず不快を去らす。故に勉強てこれを啜ると」
>ここに「烹る」とあるので、まあ団茶でしょうね。
>あと別の箇所に高麗人が宋王朝の団茶「龍鳳茶」を好んだという記述もあるそうです。
>
保存法
抽出法
唐時代
団茶(固形茶)
『茶経』煮る(釜で煮出す)
宋時代
団茶(抹茶に砕く)
『大観茶論』点てる(茶碗の中で茶筅で攪拌)
高麗
団茶
『高麗図経』烹る(釜で煮出す)
日本中世 葉茶(抹茶に擂る)
点てる
明時代
葉茶
淹れる(急須で抽出)
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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韓国人と日本人の差異
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/20 23:07 投稿番号: [1378 / 2847]
>資料の出し方と言い、その質といい、わかりやすいお人ですねぇ。
韓国人にも見破られている量産型ですね。
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-
KOR
こちらを1年以上訪問して感じた点 韓国人と日本人の差異
No.1715901 投稿者: lhylhy1234 作成日: 2005-12-24 20:12:44 閲覧数:137 推薦ポイント:0 / 0
韓国人が日本人を誹謗するスレ立てる
(普通ソースを根拠にするまじめな誹謗でもなくて
自分の欠点はもっと大きいのに忘れたまま
主に日本はアメリカの奴隷 貧しい日本人 こういうふうに花瓶誹謗)
= すなわち日本人がソース提示して論破する.
(それではすなわち韓国人の根拠ない捏造と悪口が始める.
日本人はむしろ楽しくそんな韓国人の生態を観察しながら笑う.)
日本人が韓国人を誹謗するスレ立てる
(まじめにソース提示するとかソース根拠で誹謗)
= 日本人のようにソースを求めて論破することができない.
花瓶を勝つことができなくて単純にヨックマンする.
こちらを 1年以上訪問して感じた点です.
今もどんな誹謗スレ閲覧すれば差を感じることができます.
17000$科 38000$の国民の民度差...
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&page=6&nid=1877306
これは メッセージ 1375 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1378.html
Re: 竹島のおにぃさんは
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/04/20 19:50 投稿番号: [1377 / 2847]
私が抜けた後にホンキーさん、蓋世さん、はたまたグレートさんまで登場ですか?
韓カテのオールスターじゃないですか!!!
「倭寇」
アイタタタ・・・そんな事言っちゃだめだよ。
あ〜あ、そこまで叩かなくても・・・
読み返して、なんだか気の毒でした。(笑)
これは メッセージ 1375 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1377.html
解説:斜め上の雲 23
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/20 12:42 投稿番号: [1376 / 2847]
>金錫源には3人の息子がいる。次男の金泳秀は日本陸軍の大尉として昭和20年フィリピンで戦死している。錫元にたいしてまるで教育者のように接しているのは、その次男とどこか似ているようにおもったことも理由のひとつだったかもしれない。
これは6巻。乃木が若い参謀の津野田是重をかわいがる理由が元ネタです。
乃木は日露戦争で息子2人を亡くしていますが、次男と津野田の性格が似ているようにおもったのでかわいがったのかもしれない、というところです。
錫元の受験は、1巻、好古が陸軍学校を受けるところが元ネタです。
薩摩・長州人をソウルっ子に換えています。以下原文。
≫衛門があり、そこで来訪の意を告げると、兵隊が案内してくれた。校庭はひろく、あちこちに日本瓦をふいた木造二階だての、まるで異人館のような校舎が建っている。
事務室に入らされた。
軍曹が出てきて、
「矢立はあるか」
と、好古の腰をみた。好古は、曾祖父が愛用していたという唐獅子を彫った赤銅(あかがね)の矢立を腰からぬいて示した。
軍曹は、願書の書式を教えた。
(中略)
「試験は、漢文と英語と数学じゃ」
といった。
好古はおどろいた。英語というのは師範学校のころに一年ほど習ったが、数学はほとんど知らない。漢文だけは幼少のころからやってきたから多少の自信はあった。それを話すと、
「では漢文だけで受けい」
と、この大尉はひどく大ざっぱなことをいった。要するにどの学課であれ、試験官が答案から頭の内容を察し、よければ合格させようというものであるらしい。
(中略)
試験の当日は風のつよい日だった。
好古は定刻の八時前に士官学校校庭にゆくと、すでに応募者二百人ほどがあつまっていた。ほとんどは好古同様田舎くさく、服装なども垢ぬけず、一見して田舎者ぞろいであった。
こういうなかでも、薩摩と長州がめだった。
かれらは一群をなして屯ろしており、大声で地ことばを使っているために、どれが長州か薩州かよくわかった。
「採るのは五十人ぐらいだろ。従兄がそう申しちょった」
と、仲間同士で話している。
(五十人しか採らんと言うなら、あしはいけんじゃろな)
好古は失望した。どっちでもいいと思い、煎餅をかじっていた。朝が早かったため寮では朝飯の支度ができておらず、やむなく途中で買ってきたのである。
(中略)
薩長の青年たちは、親類か先輩に陸軍幹部が多いせいか、学校や入学試験についてのことをよく知っていた。
「英語をやらん者は落すそうじゃ」
と本郷は聞きこんできてそう言ったが、好古は平気だった。落すなら落せとおもった。
なお、現実の韓国軍陸士の入学試験は、こんなえー加減ではないはずです(そらそうや)。
これは メッセージ 1369 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 竹島のおにぃさんは
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/20 10:11 投稿番号: [1375 / 2847]
今朝になってようやく気づいたので、読みました。
資料の出し方と言い、その質といい、わかりやすいお人ですねぇ。
これは メッセージ 1374 (himajin92 さん)への返信です.
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Re: 竹島のおにぃさんは
投稿者: himajin92 投稿日時: 2006/04/20 09:58 投稿番号: [1374 / 2847]
今、ざっと読みました。
(ili´▽`).。oO
なんか想像できますねぇ・・・・・
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ウッ・ウッ・・・チョッパリに馬鹿と言われても全然悔しくないニダ・・・
i
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こくてー教科書は絶対ニダ・・・
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;`Д´>ヽ ):.
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ソ'.')::
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これは メッセージ 1373 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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竹島のおにぃさんは
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/04/20 01:53 投稿番号: [1373 / 2847]
楽しいなぁ(笑)
久しぶりにいい釣り師に出会えた気がします。
これは メッセージ 1372 (himajin92 さん)への返信です.
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どんな・
投稿者: himajin92 投稿日時: 2006/04/19 15:47 投稿番号: [1372 / 2847]
(ili´-`).。oO
カッコで座ってたんだろ・・・
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飛行機でビールこぼされズボン濡れ、キレて殴り逮捕
千葉県警成田国際空港署は18日、搭乗中の飛行機内で乗客を殴ったとして傷害の現行犯で、千葉市若葉区の衣料品販売業の男(54)を逮捕した。
調べでは、男は18日午前9時50分ごろ、シドニー発成田行きの日航機で、ズボンにビールをこぼされたのに腹を立て、韓国籍の専門学校生の男性(25)の顔を殴った疑い。
ほかの乗客らが取り押さえ成田空港に到着後、同署に引き渡した。専門学校生は軽傷だった。男の前の席にいた専門学校生が背中で座席を強く押した弾みで、ビールがこぼれたという。
ZAKZAK 2006/04/19
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: 朝鮮を笑う
投稿者: sweet_japon 投稿日時: 2006/04/19 15:18 投稿番号: [1371 / 2847]
別に、特に何かしたってわけでもないのですが
NHKのドキュメンタリーや日々のニュースなどで特亜3国系のものを見て
知れば知るほどこうなったのではないのかな、と思うのですが・・・
いつのまにかウチでは韓国要人の発言をニュースで見ると「プ=3」の後に
( ゚∀゚)アハハ- またやってるよ〜。いつもどおりだね
( ゚▽゚)ノ
どうせ何にもできないんだよねぇ、口ばっかりで
とかいう会話が出るようになってしまいました。
米英仏などの時事・ニュースには真顔で問題点を話し合うのですが…。
今日、海洋調査の件で韓国の反応を報道しているのを見て気が付きました・・・
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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Re: EUの公式言語と日本語の関係
投稿者: hyottoko_dockoy 投稿日時: 2006/04/18 22:17 投稿番号: [1370 / 2847]
韓国人たちも、4月になってからようやく気付き始めたようです。
これは メッセージ 1321 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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斜め上の雲 23
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/18 13:36 投稿番号: [1369 / 2847]
金錫源の陸軍首脳への働きかけによって、錫元の陸軍士官学校受験が認められた。
「そこまでやってもらっていいのでしょうか」
その親切に甘えっぱなしでいいものかどうか、錫元は身のちぢむ思いである。しかし金錫源は、
「わしにとってはただの雑務にすぎぬが、お前にとっては一生のことだ。事務のうるささなどたいした問題ではない」
そういって湯呑みに酒を満たすと錫元にすすめた。錫元はあわてて両手で捧げ、一気に飲みほしむせかえった。
金錫源には3人の息子がいる。次男の金泳秀は日本陸軍の大尉として昭和20年フィリピンで戦死している。錫元にたいしてまるで教育者のように接しているのは、その次男とどこか似ているようにおもったことも理由のひとつだったかもしれない。
韓国における陸軍士官学校は、1945年12月5日にソウル西大門区冷泉洞に開校した軍事英語学校が前身である。庇護者である米軍との連絡調整が不可欠なため、軍事と英語をおもに教えた。
46年5月には、ソウル東北方の泰陵に移り朝鮮警備士官学校として再編され、9月には陸軍士官学校に改称された。朝鮮戦争の勃発によって休校、疎開先の鎮海で52年1月に再開し、54年に泰陵に復帰した。
したがって、この時期、学校は鎮海にある。
鎮海についた錫元は、教えられたとおり陸軍士官学校をたずねた。
衛門があり、そこで来訪の意を告げると、兵隊が案内してくれた。校庭はひろく、あちこちに校舎が建っている。
事務室に入らされた。
大尉が出てきて、願書の書式を教えた。
「試験は、作文と英語と数学じゃ」
といった。
錫元はおどろいた。英語というのは軍中で金錫源からすこし習ったが、数学はほとんど知らない。作文は国民学校で綴り方を習ったので多少の自信はあった。それを話すと、
「では作文だけで受けい」
と、この大尉はひどく大ざっぱなことをいった。要するにどの学課であれ、試験官が答案から頭の内容を察し、よければ合格させようというものであるらしい。
試験の当日は風のつよい日だった。
錫元は定刻の9時前に士官学校校庭にゆくと、すでに応募者200人ほどがあつまっていた。ほとんどは錫元同様田舎くさく、服装なども垢ぬけず、一見して田舎者ぞろいであった。
こういうなかでは、ソウルっ子がめだった。
かれらは一群をなして屯(たむ)ろしており、大声でソウルことばを使っているために、何者であるかよくわかった。
「採るのは50人ぐらいだろ。伯父上がそうおっしゃっていた」
と、仲間同士で話している。
(50人しか採らんと言うなら、これはいかんだろうな)
錫元は失望した。どっちでもいいと思い、餅(トック)をかじっていた。嚢中がとぼしいためまともな食事を買う金がなく、やむなく宿の主人に懇願してわけてもらったのである。
ソウルっ子たちは、親類か先輩に陸軍幹部が多いせいか、学校や入学試験についてのことをよく知っていた。
「英語をやらん者は落すそうだ」
という声がきこえてきたが、錫元は平気だった。落すなら落せとおもった。
これは メッセージ 1364 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 韓国のTV事情
投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2006/04/17 12:38 投稿番号: [1368 / 2847]
観たい番組を留守録する時に、開始と終了の時間は余分に設定しておくの?
誰かに頼むの??
これは メッセージ 1365 (koreantarou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1368.html
解説:斜め上の雲 22
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/17 12:34 投稿番号: [1367 / 2847]
今回は『坂の上の雲』1巻から。大阪で教師になった好古が、松山藩出身の先輩和久正辰によばれ、無料の学校を教えられるくだりが元ネタです。以下原文。
≫「耳寄りな話、といっていたのは」
と、酒のなかばで、和久正辰がいった。
「官費(ただ)の学校があるのさ」
(中略)
「いったいなんという学校でございます」
「軍人の学校だよ」
と、和久正辰はいった。
(なんのことじゃろ)
という顔つきで、好古はぼんやり正辰の口もとを見ていた。
「秋山」
正辰は、どなった。
「おまえは、若いのか年寄か」
「若うございますらい」
「若ければ、敏感に反応しろ。好きかきらいか、どっちだ」
「考えたこともないけん」
と、つぶやいた。できれば学者になりたいとおもって勉強してきた。それがいきなり鼻さきで兵隊になるかならぬかと問われたところで、即答できるわけがない。
第一、兵隊というのは薩長の独占だときいていたが、割りこむすきがあるのか、と思い、そこから質問してみた。
「ある。こんど、学校ができた。日本人であればたれでも入れることになっている。士官学校というのだ」
(中略)
「言った。いまもその心は変わらないが、ここにも官費(ただ)の道がある、とわざわざ教えてやっているわけだ。貧乏士族の子はただのみちでみずからを救ってゆくしかない。好ききらいは二のつぎだ」
(それもそうだ)
とおもった。
これは メッセージ 1364 (toapanlang さん)への返信です.
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Re: 韓国のTV事情
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/04/16 18:31 投稿番号: [1366 / 2847]
>それをコリアン・タイムと言うのだよ。
それくらいのことで驚くな。アホ!
要するにケンチャナヨなんだ。
だからKTXで事故が多い。笑
これは メッセージ 1365 (koreantarou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1366.html
Re: 韓国のTV事情
投稿者: koreantarou 投稿日時: 2006/04/16 11:04 投稿番号: [1365 / 2847]
それをコリアン・タイムと言うのだよ。
それくらいのことで驚くな。アホ!
だから、チョッパリは方程式どおりに物事が進まなくなったら一々パニクってしまうんだよ。
これは メッセージ 1354 (trip_in_the_night さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1365.html
斜め上の雲 22
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/16 10:47 投稿番号: [1364 / 2847]
1953年7月に朝鮮戦争は休戦となった。
この戦争でなにが得られたのであろう。
最初の1年のあいだに、米軍を主体とする国連軍と、おもてむきは義勇兵の集団である中国軍の参戦によって、そのつど地図をペンキで塗りかえるかのように戦況は一変し、ソウルは4回、平壌は2回陥落した。あとの2年間は、戦線は膠着して38度線付近での対峙といった様相を呈していた。
そこまでして得られたのは、戦前とほぼかわりない国境線であった。
戦争がおわったため、錫元の属していた義勇兵も解散した。
金錫源も退役することにした。かれは、錫元が復員するさいに、
「これからどうするんだ」
と、きいてくれた。
錫元は「18歳になったことですし」とつぶやきながらすこし考え、
「学校にゆきたいです」
といった。
「学校にいってなかったのか」
「学資がありませんでした。それにすぐに戦争がはじまりました。できれば高校にゆきたいです」
今も学資がない。義勇兵ということで戦争中も給料は支払われなかった。むしろ陣中で食わせてもらっているだけでも錫元は感謝すべき立場であった。
それはともかく、学資がない以上学校にはゆけない。無料(ただ)の学校など存在しないであろう。
「いや、ある」
錫源は即答した。
「いったいなんという学校でしょうか」
「軍人の学校だ」
と、金錫源はいった。
(なんのことだろう)
という顔つきで、錫元はぼんやり錫源の口もとを見ていた。
「元」
錫源は、どなった。
「おまえは、若いのか年寄か」
「若いです」
「若ければ、敏感に反応しろ。ゆくかゆかないか、どっちだ」
「考えたこともないです」
と、つぶやいた。学校にゆけばいろんなことが学べるとしか考えてなかった。それがいきなり鼻さきで軍人になるかならぬかと問われたところで、即答できるわけがない。
第一、軍人というのはエリートである。そんなところに割りこむすきがあるのか、と思い、そこから質問してみた。
「韓国人であればたれでも入れる。陸軍士官学校なら学費はかからない。それどころか給料が支給される」
「しかし」
「しかしもなにもない。ここに官費(ただ)の道がある。お前が学校にゆきたいという素志をとげるにはこれしかみちがない。好ききらいは二のつぎだ」
(それもそうだ)
とおもった。
だが、受験には高校卒業資格が必要である。錫元にはそれがない。
「そのことはわしがなんとかしてやる」
韓国軍の重鎮である金錫源が口ぞえすればそのあたりはなんとかなるであろう。年齢をいつわってまで義勇兵として参戦したという経歴もいい方向にはたらくかもしれない。
これは メッセージ 1361 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1364.html
解説:斜め上の雲 21
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/15 00:18 投稿番号: [1363 / 2847]
この回で朝鮮戦争の描写はおしまいです。
主要な戦闘は開戦1年ちょっとで終わっていて、あとは持久戦でみみっちい陣取り合戦のような感じなのと、金錫源が早い段階で退いているので、錫元をからませての展開がやりにくいというのがあります。
参謀長の崔慶禄に従わせて「国民防衛軍事件」を書く手も考えたのですが、これは稿をあらためてやることにします。
朝鮮戦争を書き終える前に白善菀将軍についてふれておきたかったので、今回は多富洞の戦いを書きました。といっても白善菀の回顧録『若き将軍の朝鮮戦争』丸写しに近いのですが。
白善菀の経歴については本文で書いたとおりです。
この小説でも、これからたびたび登場してもらうつもりでいます。
これは メッセージ 1361 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1363.html
こればっか・・・
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2006/04/14 23:58 投稿番号: [1362 / 2847]
リクエストは受け付けられませんでした。
メッセージは見つかりませんでした。
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こればっか・・・
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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斜め上の雲 21
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/13 17:07 投稿番号: [1361 / 2847]
8月22日、多富洞をまもる第1師団の左翼、遊鶴山のふもとを守っていた一個大隊が、敵軍の攻撃に耐えかねて後退を開始した。
そのままでは米軍第27連隊の側面を敵にさらすことになる。戦線の崩壊もまぬかれない。
知らせを受けた白善菀師団長は現場に駆けつけ、散らばっていた兵を集合させて座らせた。かれはこの時期マラリアをわずらっている。
「二日間,補給もないのによくがんばってくれた。感謝の言葉もない」
高熱でもうろうとしているため、その口吻はたどたどしい。
「だが、ここが破れればわれわれには死が待っている。それに」
いったん言葉をきると、顔をあげて前方をにらんだ。
「見ろ。アメリカ人がわれわれを信じて戦っているのだ。かれらを見捨てることができるか」
ここまでいって、白は激した。
「あの488高地を奪回する。おれに続け。おれが臆病風にふかれたら後ろから撃て」
そうさけぶと、先頭にたって吶喊突撃を敢行した。兵たちもその鬼気がのりうつったかのように咆え、駆けだした。
1時間の戦いののち488高地を奪回した韓国軍は、そこから谷底の北朝鮮軍にむかって砲火をあびせたため、北朝鮮軍は潰走し、前線崩壊の危機はまぬかれた。
先頭を駆けていた白は、488高地には立てなかった。
発熱のため体力が続かず、他の将兵に追いぬかれていつしか隊列の最後尾にまで落ち、ついには幕僚によって後送されたからである。
結局、米韓軍は15日の仁川上陸につづいて28日にはソウル奪回をはたした。
10月1日には北進命令が出て、わずか3週間足らずの19日に平壌は陥落した。一番乗りを果たしたのは白善菀であった。
この白善菀も日本軍の関係者であるといっていい。
平壌出身のかれは、1939年平壌師範学校を卒業したのち、奉天の満州軍官学校に入学、41年に卒業して満州国軍に任官し、43年には間島特設隊に配属された。
間島特設隊は、満鮮国境の間島地域を担当し、治安維持作戦や潜入・破壊工作といった活動を任務とする朝鮮人特殊部隊であった。とくに抗日ゲリラをなのる匪賊の討伐作戦が主であった。この部隊には白以外にも金白一などのちの韓国軍の中核となる人材が多く所属していた。
ここで功績をあげたかれは、光復後平壌に帰ったものの、その経歴のため、身の危険を感じ金白一らとともに北を脱出して韓国軍に投じた。中尉として釜山の第5連隊長を2年間つとめたのち情報局長に転出し、麗水、順天の反乱を討ち、粛軍を担当した。
その経歴をみればわかるように、不正規軍との戦闘や情報工作といった分野において有能な将官である。
でありながら、多富洞でみせたように猛将といえる側面も持ちあわせている。そのため米軍の信頼もあつく、平壌攻略では真っ先に突入する機会をゆずられ、幼少のころ遊んだ大同江の浅瀬をわたって一番乗りをはたした。
これは メッセージ 1350 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1361.html
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