朝鮮を笑う

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斜め上の雲 21

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/13 17:07 投稿番号: [1361 / 2847]
  8月22日、多富洞をまもる第1師団の左翼、遊鶴山のふもとを守っていた一個大隊が、敵軍の攻撃に耐えかねて後退を開始した。
そのままでは米軍第27連隊の側面を敵にさらすことになる。戦線の崩壊もまぬかれない。
  知らせを受けた白善菀師団長は現場に駆けつけ、散らばっていた兵を集合させて座らせた。かれはこの時期マラリアをわずらっている。
「二日間,補給もないのによくがんばってくれた。感謝の言葉もない」
  高熱でもうろうとしているため、その口吻はたどたどしい。
「だが、ここが破れればわれわれには死が待っている。それに」
  いったん言葉をきると、顔をあげて前方をにらんだ。
「見ろ。アメリカ人がわれわれを信じて戦っているのだ。かれらを見捨てることができるか」
  ここまでいって、白は激した。
「あの488高地を奪回する。おれに続け。おれが臆病風にふかれたら後ろから撃て」
  そうさけぶと、先頭にたって吶喊突撃を敢行した。兵たちもその鬼気がのりうつったかのように咆え、駆けだした。
  1時間の戦いののち488高地を奪回した韓国軍は、そこから谷底の北朝鮮軍にむかって砲火をあびせたため、北朝鮮軍は潰走し、前線崩壊の危機はまぬかれた。

  先頭を駆けていた白は、488高地には立てなかった。
  発熱のため体力が続かず、他の将兵に追いぬかれていつしか隊列の最後尾にまで落ち、ついには幕僚によって後送されたからである。

  結局、米韓軍は15日の仁川上陸につづいて28日にはソウル奪回をはたした。
  10月1日には北進命令が出て、わずか3週間足らずの19日に平壌は陥落した。一番乗りを果たしたのは白善菀であった。

  この白善菀も日本軍の関係者であるといっていい。
  平壌出身のかれは、1939年平壌師範学校を卒業したのち、奉天の満州軍官学校に入学、41年に卒業して満州国軍に任官し、43年には間島特設隊に配属された。
  間島特設隊は、満鮮国境の間島地域を担当し、治安維持作戦や潜入・破壊工作といった活動を任務とする朝鮮人特殊部隊であった。とくに抗日ゲリラをなのる匪賊の討伐作戦が主であった。この部隊には白以外にも金白一などのちの韓国軍の中核となる人材が多く所属していた。
  ここで功績をあげたかれは、光復後平壌に帰ったものの、その経歴のため、身の危険を感じ金白一らとともに北を脱出して韓国軍に投じた。中尉として釜山の第5連隊長を2年間つとめたのち情報局長に転出し、麗水、順天の反乱を討ち、粛軍を担当した。
  その経歴をみればわかるように、不正規軍との戦闘や情報工作といった分野において有能な将官である。
  でありながら、多富洞でみせたように猛将といえる側面も持ちあわせている。そのため米軍の信頼もあつく、平壌攻略では真っ先に突入する機会をゆずられ、幼少のころ遊んだ大同江の浅瀬をわたって一番乗りをはたした。
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