朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 23

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/20 12:42 投稿番号: [1376 / 2847]
>金錫源には3人の息子がいる。次男の金泳秀は日本陸軍の大尉として昭和20年フィリピンで戦死している。錫元にたいしてまるで教育者のように接しているのは、その次男とどこか似ているようにおもったことも理由のひとつだったかもしれない。

これは6巻。乃木が若い参謀の津野田是重をかわいがる理由が元ネタです。
乃木は日露戦争で息子2人を亡くしていますが、次男と津野田の性格が似ているようにおもったのでかわいがったのかもしれない、というところです。

錫元の受験は、1巻、好古が陸軍学校を受けるところが元ネタです。
薩摩・長州人をソウルっ子に換えています。以下原文。

≫衛門があり、そこで来訪の意を告げると、兵隊が案内してくれた。校庭はひろく、あちこちに日本瓦をふいた木造二階だての、まるで異人館のような校舎が建っている。
  事務室に入らされた。
  軍曹が出てきて、
「矢立はあるか」
  と、好古の腰をみた。好古は、曾祖父が愛用していたという唐獅子を彫った赤銅(あかがね)の矢立を腰からぬいて示した。
  軍曹は、願書の書式を教えた。
(中略)
「試験は、漢文と英語と数学じゃ」
  といった。
  好古はおどろいた。英語というのは師範学校のころに一年ほど習ったが、数学はほとんど知らない。漢文だけは幼少のころからやってきたから多少の自信はあった。それを話すと、
「では漢文だけで受けい」
  と、この大尉はひどく大ざっぱなことをいった。要するにどの学課であれ、試験官が答案から頭の内容を察し、よければ合格させようというものであるらしい。
(中略)
  試験の当日は風のつよい日だった。
  好古は定刻の八時前に士官学校校庭にゆくと、すでに応募者二百人ほどがあつまっていた。ほとんどは好古同様田舎くさく、服装なども垢ぬけず、一見して田舎者ぞろいであった。
  こういうなかでも、薩摩と長州がめだった。
  かれらは一群をなして屯ろしており、大声で地ことばを使っているために、どれが長州か薩州かよくわかった。
「採るのは五十人ぐらいだろ。従兄がそう申しちょった」
  と、仲間同士で話している。
(五十人しか採らんと言うなら、あしはいけんじゃろな)
  好古は失望した。どっちでもいいと思い、煎餅をかじっていた。朝が早かったため寮では朝飯の支度ができておらず、やむなく途中で買ってきたのである。
(中略)
  薩長の青年たちは、親類か先輩に陸軍幹部が多いせいか、学校や入学試験についてのことをよく知っていた。
「英語をやらん者は落すそうじゃ」
  と本郷は聞きこんできてそう言ったが、好古は平気だった。落すなら落せとおもった。

なお、現実の韓国軍陸士の入学試験は、こんなえー加減ではないはずです(そらそうや)。
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