高麗茶道で一服汁(笑)
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/20 23:28 投稿番号: [1379 / 2847]
どこに投稿しようか迷いましたが、やはりここしか無い。(笑)
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民団新聞http://www.mindan.org/shinbun/shinbun_index.php
>高麗茶道 日本に深い影響
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=7&category=6&newsid=6531
>草庵茶室の狭小な空間に侘(わび)、寂(さび)の小宇宙を創出する日本の茶道。日本オリジナルと信じられていた千利休に至る日本茶道の確立期に、高麗時代の茶道が大きな影響を与えていた。
>また、日本に中国(宋)から茶の儀礼を伝えたとされるのが臨済宗の僧・栄西だが、彼の茶会の様式も、本家の宋のスタイルより高麗の茶礼により似ている。
>栄西は、宋から直接に帰国したのではなく、帰路に高麗に立ち寄り、高麗式作法を日本に伝えた可能性も十分に考えられる。
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=14&category=6&newsid=6570
>日本茶道の精神性「わび、さび」も、もともと高麗茶人のものだった。
>しかし皮肉にも、禅宗と強く結び付いていた高麗茶道は朝鮮朝の排仏思想により消滅し、茶道は日本で洗練され花開いた。
李朝末期の「茶」。(ドロンパさんの紹介サイトです。)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html
>宮本小一外務大丞
>「朝鮮政府接遇記略及風俗概要」
>茶(緑茶)は無い。
>干した生姜の粉と陳皮(蜜柑の皮を干したもの)を砕いたのを煎じたものを「茶」としている。
>貴人はこれに人参(朝鮮人参)を入れて人参湯と称する。つまり煎じ薬を飲むにも似ている。
参考。
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1144261404/
>>『高麗図経』「巻第三二、一一二三」
>>「およそ宴すればすなわち庭中に(茶を)烹る。覆うに銀荷をもってし、
>>徐歩して進む。候賛者云う(号令)、茶がゆきわたればすなわち飲を得る。
>>未だかつて冷茶を飲まざることなし。館中紅俎(盆)を以て茶具をその中に布列し、
>>紅紗の巾を以てこれを羃す。日に三供茶を嘗、これ継ぐに湯をもってす。
>>麗人は云う、この湯(茶)は薬なると。人をして見るごとに必ず飲ましむことを喜ぶ。
>>あるいは慢己とならず、必ず不快を去らす。故に勉強てこれを啜ると」
>ここに「烹る」とあるので、まあ団茶でしょうね。
>あと別の箇所に高麗人が宋王朝の団茶「龍鳳茶」を好んだという記述もあるそうです。
> 保存法 抽出法
唐時代 団茶(固形茶) 『茶経』煮る(釜で煮出す)
宋時代 団茶(抹茶に砕く) 『大観茶論』点てる(茶碗の中で茶筅で攪拌)
高麗 団茶 『高麗図経』烹る(釜で煮出す)
日本中世 葉茶(抹茶に擂る) 点てる
明時代 葉茶 淹れる(急須で抽出)
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民団新聞http://www.mindan.org/shinbun/shinbun_index.php
>高麗茶道 日本に深い影響
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=7&category=6&newsid=6531
>草庵茶室の狭小な空間に侘(わび)、寂(さび)の小宇宙を創出する日本の茶道。日本オリジナルと信じられていた千利休に至る日本茶道の確立期に、高麗時代の茶道が大きな影響を与えていた。
>また、日本に中国(宋)から茶の儀礼を伝えたとされるのが臨済宗の僧・栄西だが、彼の茶会の様式も、本家の宋のスタイルより高麗の茶礼により似ている。
>栄西は、宋から直接に帰国したのではなく、帰路に高麗に立ち寄り、高麗式作法を日本に伝えた可能性も十分に考えられる。
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=14&category=6&newsid=6570
>日本茶道の精神性「わび、さび」も、もともと高麗茶人のものだった。
>しかし皮肉にも、禅宗と強く結び付いていた高麗茶道は朝鮮朝の排仏思想により消滅し、茶道は日本で洗練され花開いた。
李朝末期の「茶」。(ドロンパさんの紹介サイトです。)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html
>宮本小一外務大丞
>「朝鮮政府接遇記略及風俗概要」
>茶(緑茶)は無い。
>干した生姜の粉と陳皮(蜜柑の皮を干したもの)を砕いたのを煎じたものを「茶」としている。
>貴人はこれに人参(朝鮮人参)を入れて人参湯と称する。つまり煎じ薬を飲むにも似ている。
参考。
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1144261404/
>>『高麗図経』「巻第三二、一一二三」
>>「およそ宴すればすなわち庭中に(茶を)烹る。覆うに銀荷をもってし、
>>徐歩して進む。候賛者云う(号令)、茶がゆきわたればすなわち飲を得る。
>>未だかつて冷茶を飲まざることなし。館中紅俎(盆)を以て茶具をその中に布列し、
>>紅紗の巾を以てこれを羃す。日に三供茶を嘗、これ継ぐに湯をもってす。
>>麗人は云う、この湯(茶)は薬なると。人をして見るごとに必ず飲ましむことを喜ぶ。
>>あるいは慢己とならず、必ず不快を去らす。故に勉強てこれを啜ると」
>ここに「烹る」とあるので、まあ団茶でしょうね。
>あと別の箇所に高麗人が宋王朝の団茶「龍鳳茶」を好んだという記述もあるそうです。
> 保存法 抽出法
唐時代 団茶(固形茶) 『茶経』煮る(釜で煮出す)
宋時代 団茶(抹茶に砕く) 『大観茶論』点てる(茶碗の中で茶筅で攪拌)
高麗 団茶 『高麗図経』烹る(釜で煮出す)
日本中世 葉茶(抹茶に擂る) 点てる
明時代 葉茶 淹れる(急須で抽出)
これは メッセージ 1 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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