朝鮮を笑う

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斜め上の雲 22

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/04/16 10:47 投稿番号: [1364 / 2847]
  1953年7月に朝鮮戦争は休戦となった。
  この戦争でなにが得られたのであろう。
  最初の1年のあいだに、米軍を主体とする国連軍と、おもてむきは義勇兵の集団である中国軍の参戦によって、そのつど地図をペンキで塗りかえるかのように戦況は一変し、ソウルは4回、平壌は2回陥落した。あとの2年間は、戦線は膠着して38度線付近での対峙といった様相を呈していた。
  そこまでして得られたのは、戦前とほぼかわりない国境線であった。

  戦争がおわったため、錫元の属していた義勇兵も解散した。
  金錫源も退役することにした。かれは、錫元が復員するさいに、
「これからどうするんだ」
  と、きいてくれた。
  錫元は「18歳になったことですし」とつぶやきながらすこし考え、
「学校にゆきたいです」
  といった。
「学校にいってなかったのか」
「学資がありませんでした。それにすぐに戦争がはじまりました。できれば高校にゆきたいです」
  今も学資がない。義勇兵ということで戦争中も給料は支払われなかった。むしろ陣中で食わせてもらっているだけでも錫元は感謝すべき立場であった。
  それはともかく、学資がない以上学校にはゆけない。無料(ただ)の学校など存在しないであろう。
「いや、ある」
  錫源は即答した。
「いったいなんという学校でしょうか」

「軍人の学校だ」
  と、金錫源はいった。
(なんのことだろう)
  という顔つきで、錫元はぼんやり錫源の口もとを見ていた。
「元」
  錫源は、どなった。
「おまえは、若いのか年寄か」
「若いです」
「若ければ、敏感に反応しろ。ゆくかゆかないか、どっちだ」
「考えたこともないです」
  と、つぶやいた。学校にゆけばいろんなことが学べるとしか考えてなかった。それがいきなり鼻さきで軍人になるかならぬかと問われたところで、即答できるわけがない。
  第一、軍人というのはエリートである。そんなところに割りこむすきがあるのか、と思い、そこから質問してみた。
「韓国人であればたれでも入れる。陸軍士官学校なら学費はかからない。それどころか給料が支給される」
「しかし」
「しかしもなにもない。ここに官費(ただ)の道がある。お前が学校にゆきたいという素志をとげるにはこれしかみちがない。好ききらいは二のつぎだ」
(それもそうだ)
  とおもった。
  だが、受験には高校卒業資格が必要である。錫元にはそれがない。
「そのことはわしがなんとかしてやる」
  韓国軍の重鎮である金錫源が口ぞえすればそのあたりはなんとかなるであろう。年齢をいつわってまで義勇兵として参戦したという経歴もいい方向にはたらくかもしれない。
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