竹島

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『八重山語彙』 in 1930

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2007/08/30 21:04 投稿番号: [15775 / 18519]
20年度めどにF15を沖縄に配備   尖閣など侵略に備え
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070827-00000913-san-pol
防衛省が本気モードになってきましたね。私も下記の投稿以来、久しぶりに本気モードです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=l&mid=&board=1835396&sid=1835396&tid=cddeg&start=15491

以前、「よくわかるシリーズ」で素晴らしい指摘をしましたが、今回の研究はもっと凄いです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15693

掲題の件ですが、『八重山語彙』(1930年刊)を下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/yaeyamagoi-1930/

尖閣列島の図を見れば分かると思いますが、日本人が魚釣島(うおつりじま)というのを八重山の人々は釣魚島(イグンシマ)といい、これは中国人が釣魚台(TiaoYuTai)というのと同じ表記ですね。("魚釣"ではなく"釣魚"と漢字が逆になっている)

そして八重山の方言集を見ると「イーグン、イグン、ユクン」とは銛(もり)を指します。八重山の人々は"釣魚"でイーグンと言っています。つまり"釣"と"銛"は同じ発音なんですね(注意:"魚"は漢字表記するときに補助的に付けた発音しない漢字と推量される)。しかも両漢字は意味も酷似しています。

中国の冊封使が琉球へ赴いた回数は冊封・進貢関係の全期間を通じて、合計23回しかありません。23回という数字は約500年間における総数です。これを平均すると22年に1回の割合。しかもこの平均はいわば算術的な平均であって、実際には30年あるいは40年といった空白期間のあった例も数多くみられた。これでは中国人たちがこの航路を経験するのは一生に一度か二度ということとなり、とうていこの航路に関する正確な知識をもちうるはずがなかった。

これに対して琉球から中国への琉球船は281回も中国へ赴いています。なぜ中国人が八重山の人々と同じ漢字表記をしているのかが理解出来ました。尖閣諸島はその歴史的背景から見て日本の領土です。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)

Re: 竹島

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2007/08/30 04:44 投稿番号: [15774 / 18519]
三位一体   老いの一徹   KY
これで思い浮かぶのは?

飽きてきたので   なぞなぞです。

『Narrative of the voyage』 in 1848

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2007/08/29 08:09 投稿番号: [15773 / 18519]
第二次安倍内閣が発足しました。私は今度の人事で安倍内閣を完全に支持します。特に総務大臣に小沢一郎のお膝元の岩手県前知事の増田さん、そして自民党・自由党時代に小沢氏の懐刀だった二階さんが総務会長になったことで、政府&与党の両方から、いわゆる「小沢包囲網」を構築したことに感銘を受けました。

さて、掲題の件ですが、『Narrative of the voyage of H.M.S. Samarang, during the years 1843-46』(1848年刊)を下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/narrative-voyage-1848/
イギリス軍艦「サマラン」(SAMARANG)は、1845年6月、恐らく世界で最初に、この諸島を測量しているが、その艦長サー・エドワード・バルチャー(Sir Edward Balcher)の航海記(注1)に、14日、八重山群島の与那国島の測量を終えた同艦は、そこからいったん石垣島に立ちもどり、その夕方「海図上のHOAPIN−SAN群島をもとめて航路を定めた」という。このホアピンサンは釣魚島のことである。

サマラン号は、その翌日、PINNACLE   ISLANDS(ピナクル諸嶼)を測量し、16日、TIAU−SU(黄尾嶼)を測量した。これらの測量の結果は、1855年に海図として出版されている(注2)。この海図およびサマラン艦長の航海記の記述が、この後のイギリス海軍の海図および水路誌のホアピン・スーとチアウ・スーの記述の基礎になっていると思われる。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)

(注1)NARRATIVE OF THE VOYAGE OF HMS SAMARANG DURING THE YEARS 1843〜46", by CAPTAIN SIR EDWARD BALCHER : LONDON 1848.
(注2)THE ISLANDS BETWEEN FORMOSA AND JAPAN WITH THE ADJACENT COAST OF CHINA" 1855


next, coming up
『Narrative of the Voyage of HMS』(本日アップロード完了)
『Atlas zur Geschichte der Japanischen』
『日本一鑑』
『八重山語彙集』
『吐[カ]喇及尖閣群島』

八月下旬の尖閣掲示板エンディングテーマ「たけし 母の通夜で雷雨の中 号泣!」
http://www.youtube.com/watch?v=X2KgMbQmTZ8&NR=1
俺もいい歳だけど、やっぱり親がいないと何か気が抜けるね。俺の見ていた母は、いつも働き、いつも泣いてた親だから。感謝してる。

≫ 「海賊」という要素を加えれば

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 21:41 投稿番号: [15772 / 18519]
>「日本」としか書いてないのに、なんで勝手に「れば」で追加すんだよ。
>脳内で「海賊」を加えられても困るよ。

  当然、「台湾」や「領土」に関しても、

  「屬於日本」としか書いてないのに、なんで勝手に「れば」で追加すんだよ。

  脳内で「台湾」や「領土」を加えられても困るよ。

  となる。

  君の論理では、
  脳内で「台湾」や「領土」を加えた結果、「台湾は日本の領土に属する」となる訳ね♪

馬鹿丸出し♪

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 21:36 投稿番号: [15771 / 18519]
>台湾が日本に属すとしか解釈できませんな。
>台湾が倭寇に属すとでも書いてあるのかね?

  「屬於日本」の四文字に「倭寇」の文字が無いことにより否定するなら、
  「台湾」の文字が無いことにより否定される事すら考えつかないらしい。

>「何かしらが属した」では、どうしようもないよね。

  残念でした。

  「台湾が日本領土として属する」とする根拠として示された資料ですから、
  「何かしらが属した」としか介せないのであれば、
  日本が台湾を領有していた根拠となる資料ではないことになる。

  確定できずに困るのは、君であって私ではない。

へ?

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 21:30 投稿番号: [15770 / 18519]
  「屬於日本」

  ↑は。「日本に属している」の意味ですよね?

  倭寇は日本に属していないと?

  私の主張は、「屬於日本」は「台湾は日本の領土に属する」だけに確定する事はできない。

  と主張しているのであり、

  「倭寇」も日本に属しているし、「属する国」であれば、他国も属し得る為、日本領土とは限らない。

  と主張しているのであり、

  「屬於日本」が、「台湾は日本の領土に属する」としか解する余地はない。

  と主張していると思われる君が、上記解釈しか成立し得ない事を立証しなければならない。

  まあ、できないから、
  「屬於日本」から、日本に属する対象として「倭寇」が挙げられているにもかかわらず、
  「日本」だけで、「倭寇」を示しているなどと、
  日本語すら理解できない事を露呈する質問を繰り返しているにすぎない。

「海賊」という要素を加えれば

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 20:31 投稿番号: [15769 / 18519]
>「日本」という要素に「海賊」という要素を加えれば

「日本」としか書いてないのに、なんで勝手に「れば」で追加すんだよ。
脳内で「海賊」を加えられても困るよ。
「れば」じゃなくて、「加えないと自分の妄説が成立しない」てだけ。

「日本」を「倭寇(日本の海賊)」として使用した用例を証明しない限り、
架空の話を積み上げてるにすぎんってことさ。

Re: 「屬於日本」の四文字に、

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 20:23 投稿番号: [15768 / 18519]
台湾が日本に属すとしか解釈できませんな。
台湾が倭寇に属すとでも書いてあるのかね?
一体何が日本に属したんでしょうね〜。
「何かしらが属した」では、どうしようもないよね。

Re: 集合以前に?

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 20:19 投稿番号: [15767 / 18519]
だから、はやく日本を「倭寇」とした奇天烈な用例を提示してみ。

「屬於日本」の四文字に、

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 19:31 投稿番号: [15766 / 18519]
  「臺灣」とか、「領土」という文字が読み取れるというのだから、思い込みがひどいと言うべきである。

  表を見れば明らかであるが、
  領有国不明の「蠻地」、
  臺灣原住民の「東番地」、
  オランダによる占領地「紅夷地」とは記されているのであるから、

  日本の領地と認識していれば、
  表に「日本地」と記されてしかるべきであるが、そのような記述はない。

集合以前に?

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 18:53 投稿番号: [15765 / 18519]
  やはり、集合が理解できないんだぁ〜。

  「日本」に属するとは、「日本」という要素を含む事を意味し、

  「日本」という要素に「領土」という要素を加える事で「日本の領土」となる。

  「日本」という要素に「海賊」という要素を加えれば、「日本の海賊」となり、
  「日本の海賊」は「日本」に属する事になる。

  「日本」という要素に「属国」という要素を加えると「日本の領土」ではなくなる。

  しかし、「領土」という要素に制限する記述がない。

  つまり、「屬於日本。」の記述は、日本の領土であることを意味しない。


  私は、「日本に属する」としか書かれていないのであるから、
  「日本の海賊」でも日本に属するし、
  「日本の属国」でも日本に属するのであり、
  表には「蠻地」「東番地」「紅夷地」とあるのだから、
  日本の領土に属するのであれば、「日本地」または「倭地」と記されてしかるべきであろう。

  しかし、そのような記述はないのであるから、
  「臺灣が日本の領土に属する」と確定しえないと指摘しているのである。

領土ではない何かが日本に属している

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 18:30 投稿番号: [15764 / 18519]
「領土ではない何かが日本に属しているとしか解釈できない。」

台湾が日本に属するという普通の解釈を否定しようとするため、
こんな爆笑もんの主張をせざるを得なくなるんだよね。

集合以前に

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 18:25 投稿番号: [15763 / 18519]
文中の「日本」を「倭寇」と解釈できることが証明されてませんからね。
前提条件からして成立してませんな。
んで、「日本」の用例調べたの?
目次にも日本とあるけれど、あれも「倭寇」のことかしらん。

「集合」を理解できない馬鹿2♪

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 18:16 投稿番号: [15762 / 18519]
  「日本国に属する国」

  つまり、

  属国の場合、

  日本領土   ≠   A(属国の領土)

  となる。

  「集合」を理解できない赤点頭ではねぇ〜♪


  「屬於日本。」は、「臺灣」が属すとも、「日本領に属す」とも書かれていない。

「集合」を理解できない馬鹿♪

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 17:58 投稿番号: [15761 / 18519]
  「日本に属する」

  つまり、

  日本   ⊃   A

  「A」が「日本に属する国民」である場合、「日本   ⊃   A」は成立する。

  「倭寇構成員」が「日本に属する国民」によって構成されていれば、

  「日本に属する国民」   ⊃   「倭寇構成員」であり、

  「日本」   ⊃   「日本に属する国民」   ⊃   「倭寇構成員」となり、
  「日本」   ⊃   「倭寇構成員」となる。

  「集合」を理解できない赤点頭ではねぇ〜♪

推定を重ねられても、反論になりませんね。

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 17:32 投稿番号: [15760 / 18519]
「日本」を「倭寇」とする用例を提示してほしいんだけど。
成立及び証明されてない解釈を前提にされても困るんだけど。

無知丸出し♪

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 17:28 投稿番号: [15759 / 18519]
  「屬於日本。」

  つまり、「〜が」の部分に「国民」をあてれば、

  「日本国に属する国民」=「日本人」である。

  倭寇の構成員が、日本人により構成されているならば、

  「日本国に属する国民」=「日本人」⊃「倭寇構成員」である。

  君、数学の「集合」は赤点だっただろ♪

>「台湾」は、国として認識してたのか

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 17:22 投稿番号: [15758 / 18519]
  はぁ?

  「屬於日本。」の記述について、
  私は、「日本に属している」とは読めるが、何が属しているとは書いていない。
  と主張しているのであり、

  属しているのは「臺灣」と主張しているのは君である。

  よって、「属国」とした場合、「臺灣」が「属国」とする解釈は君の主張にすぎず、
  私は、
  清国は「朝貢国」を「属国」と称する事から、
  「日蘭貿易」を「朝貢」と誤認したにすぎないと主張しているのである。

  意味不明ではなく、君の思考が混乱しているだけなのである。


>悪いな。
>「日本に属す」であり「日本の海賊に属す」なんて書かれてない。

  馬鹿ですねぇ〜♪

  「日本の海賊が日本に属す。」

  ですねぇ〜♪

  ただし、「日本に属する人」は「日本を代表する人」とはかぎらない。

  また、日本に従属する国家の領土の場合も、領有権は直接的には従属している国家にある。

>そもそも「拠点」もかかれてないのに、どうやってかかるの。

  はい、ならば、「日本の地」とは書かれていませんから、
  「オランダ」にかかっているで決定ですな♪

>日本が「日本の海賊」を示す、属が「拠点」を示す用例を提示して
ほしいと言ってるんだがね。

  馬鹿ですな♪

  「〜が日本に属する。」の「〜」が抜けているのであるから、日本に属する何かにすぎない。

  臺灣に関係する日本に属するものには「倭寇」がある。
  よって、属しているのは「倭寇」と推定できるのであり、
  日本領土としての「臺灣」であると主張するのであれば、
  日本が臺灣を領有した歴史的根拠を示さなければならないのは君である。

>だから、調べて提示してくんろ。「属国」じゃなくて「属」ね。

  なんだ、結局、「屬於日本。」の「屬」の意味すら理解していないって事じゃないか…。
  「屬」を理解していないから、「属する国(属国)」の意味すら理解できないのであろう。

  「屬」は、「〜に属す」と「〜が属す」の記述があって、意味を特定できるのであり、
  「屬於日本。」だけでは、何かが日本に属しているとしか解せない。

  また、当時、「日本領土」として、
  臺灣を占領した「オランダ」「鄭成功」「清国」の何れかと日本が争ったなどという資料も見た事がない。

Re: 間違ってますな。

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 16:43 投稿番号: [15757 / 18519]
おっと、今度は人かいな。
だから、日本を「倭寇」という意味で使用した用例を提示しましょうね。
よろしく!

Re: 広辞苑?漢字辞典?

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 16:40 投稿番号: [15756 / 18519]
>「屬」ではなく、「臺灣は日本国の属国である」と書かれていたとしても、
そもそも「台湾」は、国として認識してたのかという質問なんだが?
朝貢なんてできるような政治体制があったんか?
意味不明な回答だな。

>つまり、「屬」は「拠点」にかかるのではなく、「海賊」にかかる。
悪いな。「日本に属す」であり「日本の海賊に属す」なんて書かれてない。
そもそも「拠点」もかかれてないのに、どうやってかかるの。
「海賊」も「拠点」もあなたの妄想から出てきた産物であり、原文に該当
する文字がないんだけどさ。
だから、日本が「日本の海賊」を示す、属が「拠点」を示す用例を提示して
ほしいと言ってるんだがね。

>当時の清国に於いて「屬」が何を意味するかを調べなければならず、
だから、調べて提示してくんろ。「属国」じゃなくて「属」ね。
んで、「倭」じゃなくて「倭寇」及び「日本」ね。
よろしく!

間違ってますな。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 15:28 投稿番号: [15755 / 18519]
>「日本(=倭)の海賊(=寇)」は「日本国」であるということになるということです。

  日本(A)、倭(A)、海賊(B)、寇(B)

  A+Bが日本国になるんですかぁ〜。

  まともな頭なら、

  「日本人の中に、倭寇を構成する日本人が含まれる。」
   (日本人   ⊃   日本の海賊)

  と解するはずですが。

  そして、「日本に属しているのは日本の海賊、つまり倭寇である。」

  「日本の海賊が日本国である」などと主張する奴を初めて見た。

広辞苑?漢字辞典?

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 15:12 投稿番号: [15754 / 18519]
  調べる辞書を間違えてますな。

  当時の清国に於いて「屬」が何を意味するかを調べなければならず、
  漢字辞典は、日本に於いて用いられる漢字の意味が書かれているにすぎない。




森公使曰
  貴国既に朝鮮を属管と云ふ、其属管の関係あるを以て応に照管する所あるべし。

沈大臣曰
  所謂属国とは我が所有の地にあらずして其の時を以て進貢し、我冊封頒歴を奉ずるを以て云ふなり。
  若し其の国を以て我が彊土内に属するものとせば、
  関係せざるを得ずと雖ども、其国彊域内に在らざるを以て其国事を管することなし。

  とあり、「属国」とは「我が所有の地」を意味しないと説明されている。

  つまり、
  朝鮮は清国の属国ではあるが、清国領土である事を意味しないと説明している事になる。

  よって、「屬」ではなく、「臺灣は日本国の属国である」と書かれていたとしても、
  臺灣は日本領土ではなく、日本に朝貢する日本とは別の領土を有する国となる。

  まして、「属国」などと記述されておらず、「屬於日本」と記述されているにすぎないのであるから、
  属しているものが「国」に限定される根拠がなく、何が属しているか限定されていない。

  つまり、「屬於日本」とは、日本に属する何かが関係している事しか示していない。

  日本に属する何かが、間接的に臺灣に関係しているとも読める。

>属に「拠点」って意味があるの?

  「倭寇」が「日本に属する海賊」

  つまり、「屬」は「拠点」にかかるのではなく、「海賊」にかかる。

  もしくは、

  「日蘭の貿易」を「朝貢」と認識し、
  「オランダ」は「日本」に属すを意味し、「屬」は「オランダ」にかかる可能性もある。

  君の論理では、「屬」は「占領」の意味もあるのか?

  となるが、「占領」して「拠点」とするのである。

>そもそも台湾を「国家」として見てるのか?

  国際法上、「国家」とは「主権国家」を指す。

  よって、「国」とは、国際法に基づく「国家」とは同一ではない。

  また、清国が日本の属国と誤認し得る可能性があるのは、
  日本と貿易を行っていたオランダであり臺灣ではない。

>[屬於日本]の主体は台湾しかありえんので、

  そう思い込みたいだけであろう。

  「屬於日本。」の記述の直前の「僞紅毛荷蘭夷人所據。」にかかっているならば、
  「オランダ人」にかかっているのであり、
  「自古荒服之地。不通中国。」の直後に「屬於日本。」とあるならば、
  中国領土であることが否定され、日本領土と解する余地も生じるが、そのようにはなっていない。
  「名曰東番。」の直後であれば、日本の属国と解する余地がないでもないが、そのようにはなっていない。

  http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/daishin-1744/10.jpg

  の表を見れば、「蠻地」「東番地」「紅夷地」は明らかに時代が異なり、
  「明」の「紅夷地」に関する記述の後に「屬於日本。」の記述がある以上、
  「元」以前に関する記述ではあり得ない。

  「オランダ」は「澎湖島」を占領した後、「臺灣」へ退き占領したが、
  この際、日本と争ったとも、琉球と争ったともされていない。

  何を根拠に日本領土であるなどと主張し得るなどと考えるのか理解に苦しむ。

Re: またあなたの自爆か

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 13:33 投稿番号: [15753 / 18519]
>日本の海賊が日本国を代表するならば
いやあなたの解釈を現代語に訳して代入したただけですが。
あなたは。「倭寇」を「日本」とした説明として、「倭が日本である」と
回答した。倭=日本   寇=海賊という訳をあなたの説明に代入すると
「日本(=倭)の海賊(=寇)」は「日本国」であるということになると
いうことです。
私が聞いているのは倭を日本とした用例ではなく倭寇を日本とした用例です。

Re: あなたが自滅のようですね

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 13:27 投稿番号: [15752 / 18519]
手元に漢字辞典がないので、とりあえず広辞苑。
属する
1.従う、従属する。つく
2.その種類又は「範囲の中にある」。また、その系統に従う。

属に「拠点」って意味があるの?
「倭寇」を「日本」と称した用例は?

>「屬」が「朝貢国」を意味する「属国」
そもそも台湾を「国家」として見てるのか?

>領土ではない何かが日本に属しているとしか解釈できない。
意味がわからん。[屬於日本]の主体は台湾しかありえんので、
「東番の住む台湾は日本に属す」としか解釈できんわ。悪いけど。

また自爆ですか?

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 13:13 投稿番号: [15751 / 18519]
>「[日本]の海賊」の[日本]は、日本国のことである、
>なんて意味不明な説明は聞いていない。

  解釈を間違えていますな。

  日本の海賊が日本国を代表するならば、
  日本の海賊の拠点は日本領土と解する余地もあるかもしれないが、

  日本の海賊が占領しても、
  日本の海賊は日本を代表していないから日本領土であるか否かとは無関係である。

  ただし、日本の海賊は、日本に属している者たち(日本人)により構成される海賊ではある。
  (日本と密貿易を行う海賊とすべきかもしれないが)

  「屬於日本」は、何が属しているか書いていない。

  台湾を拠点にした「海賊」が日本に属しているのであれば、「倭寇」の事であろう。

  また、「屬於日本」の記述が、
  オランダによる占領と鄭成功がオランダを追い払った事の間に記述されている事から、
  「屬於日本」が上記期間内に限定されるのであれば、
  日本−オランダ間の貿易を「朝貢」と認識して、「属国(朝貢国)」の意味として「屬」を用いた可能性もある。

自滅ですか?

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 12:51 投稿番号: [15750 / 18519]
>屬に「拠点」なんて意味もない。

  「領土」なんて意味もない。

  「屬於日本」からは、【何かが】日本に属するとしか読めない。

>「倭寇の拠点だったから、[屬於日本]ではない」では意味不明。

  都合の悪い部分は省略ですか?

  http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/daishin-1744/11.jpg

  の表に「日本の地」と介すべき記述が見あたらない。

  であれば、属しているのは「領土」ではなく、
  歴史上、台湾に関係があり日本に属するものは、五島列島に拠点を有する「倭寇」。

  「屬」が「朝貢国」を意味する「属国」であれば、日本と貿易を行っているオランダ人であるとも考えられる。

>[屬於日本]と書かれている以上、[屬於日本]である。

  そうですね、「台湾」が領土として日本に属するなどとは書かれていない。

  「日本の領土ではない事」は表の記述からわかるから、
  領土ではない何かが日本に属しているとしか解釈できない。

Re: 「倭寇」の「倭は、」

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 11:54 投稿番号: [15749 / 18519]
「倭」ではなく、「倭寇」を「日本」と称した用例。

「[日本]の海賊」の[日本]は、日本国のことである、なんて意味不明な説明は聞いていない。「[日本]の海賊」を「日本」と称した用例だ。
すり替えるなよ。

Re: 「倭寇」の「倭は、」

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 11:49 投稿番号: [15748 / 18519]
[屬於日本]を読み下してくださいな。屬に「拠点」なんて意味もない。

「倭寇の拠点だったから(推測)、[屬於日本]と判断したのであろう」
なら、わかるが、
「倭寇の拠点だったから、[屬於日本]ではない」では意味不明。

[屬於日本]と書かれている以上、[屬於日本]である。

「倭寇」の「倭は、」

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/28 11:22 投稿番号: [15747 / 18519]
  元々、「日本」の意味。

  鄭成功による台湾支配より前に、
  日本が領有した事実があると立証できる資料があるなら示してください。

≫>「台湾は古より荒服の地であり、中国と通ぜず、名は東蕃。天啓年間(1621-1627年)紅毛荷蘭夷人(オランダ人)に占拠される。(中略)台湾はもともと日本に属する」と記述がある。

  上記翻訳は句点のみ見ても明らかに間違っている。

  「台湾は古より荒服の地である。中国と通じていない。」つまり、「蠻地」

  「名は東蕃。」つまり、「東番地」

  「天啓年間(1621-1627年)紅毛荷蘭夷人(オランダ人)に占拠される。」つまり、「紅夷地」

  「日本に属する」

≫>「台湾はもともと」

  等と翻訳すべき部分が原文の何処にあるのか?

  また、なぜ、「屬於日本」に対応する「日本の地」と介すべき記述が表にないのか?



  日本が台湾に対して明らかに関係ある事例は、まず、「倭寇」であり、

  他には、日本はオランダと貿易を行っている事から、
  「オランダと貿易」→「朝貢」→「属国」とする考え方もあり得る為、
  「属」は「台湾」ではなく「オランダ」にかかっている可能性もある。

Re: > 『大清一統志』 in 1744

投稿者: adios_amigo66 投稿日時: 2007/08/28 01:12 投稿番号: [15746 / 18519]
日本に属すとしか訳せんと思うが。
大清一統志で日本を「倭寇」とする用例でもあるのか?

> 『大清一統志』 in 1744

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2007/08/27 17:42 投稿番号: [15745 / 18519]
  資料収集の努力は認めるが解釈に無理がある。

  http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/daishin-1744/10.jpg
  http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/daishin-1744/11.jpg

  には、漢から明までに関する表があるが、
  表には「蠻地」「東番地」「紅夷地」などの記述はみられるが、
  「日本の地」と介すべき記述が見あたらない。

  「屬於日本」との記述は「倭寇の拠点」程度の意味であろうと考えられる。

竹島=独島問題のセミナー

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/08/26 20:55 投稿番号: [15744 / 18519]
セミナー「竹島(独島)問題、解決の方途をさぐる」案内

日時:9月1日(土)   14時〜16時
講師:内藤正中(島根大学名誉教授)
参加費:1000円(会員800円)
主催:韓人歴史資料館、土曜セミナー
場所:東京、韓人歴史資料館
月曜定休日、事前の申し込みが必要。
http://www.j-koreans.org/
TEL:03-3457-1088

『大清一統志』 in 1744

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2007/08/25 06:50 投稿番号: [15743 / 18519]
今ちまたでは、「ブラバン!甲子園」というCDがバカ売れしているようで、私も昨日買いました。これを聞くと気分が乗らないときでも「やるぞー!」となりますね。資料掲載もガンガンやれそうです。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%90%E3%83%B3-%E7%94%B2%E5%AD%90%E5%9C%92-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%BD%BC%E6%88%90%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9/dp/B000PDZP0C/ref=pd_bbs_sr_1/250-4134831-8717803?ie=UTF8&s=classical&qid=1187991921&sr=8-1


さて、掲題の件ですが、『大清一統志』を下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/daishin-1744/
「台湾は古より荒服の地であり、中国と通ぜず、名は東蕃。天啓年間(1621-1627年)紅毛荷蘭夷人(オランダ人)に占拠される。(中略)台湾はもともと日本に属する」とハッキリ書いてありますね。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)


next, coming up
『大清統一志』(本日アップロード完了)
『Narrative of the Voyage of HMS』
『Atlas zur Geschichte der Japanischen』
『日本一鑑』
『八重山語彙集』
『吐[カ]喇及尖閣群島』

八月下旬の尖閣掲示板エンディングテーマ「たけし 母の通夜で雷雨の中 号泣!」
http://www.youtube.com/watch?v=X2KgMbQmTZ8&NR=1
俺もいい歳だけど、やっぱり親がいないと何か気が抜けるね。俺の見ていた母は、いつも働き、いつも泣いてた親だから。感謝してる。

『明史』 in 1739

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2007/08/24 00:42 投稿番号: [15742 / 18519]
本来ならば、私も竹島問題を先行してサイトを構築した方がいいのかも知れませんが、ここは島根県に任せます。

さて、掲題の件ですが、『明史』を下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/minshi-1739/
私は完膚なきまでに徹底的に資料を掲載します。こうなってくると中国はグーの根も出ないことでしょう。

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『明史』(本日アップロード完了)
『大清統一志』
『Narrative of the Voyage of HMS』
『Atlas zur Geschichte der Japanischen』
『日本一鑑』
『八重山語彙集』
『吐[カ]喇及尖閣群島』

八月下旬の尖閣掲示板エンディングテーマ「たけし 母の通夜で雷雨の中 号泣!」
http://www.youtube.com/watch?v=X2KgMbQmTZ8&NR=1
俺もいい歳だけど、やっぱり親がいないと何か気が抜けるね。俺の見ていた母は、いつも働き、いつも泣いてた親だから。感謝してる。

恒藤規隆 『南日本の富源』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2007/08/23 19:16 投稿番号: [15741 / 18519]
Web竹島問題研究所 9月中旬公開
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=440455006
小職のサイトを上回る、かなり大規模なサイトになることを期待します。あと3週間ぐらいは尖閣諸島を研究して完成させ、9月下旬以降はWeb竹島研究所に掲載されていない資料を小職が当HPで掲載します。

さて、掲題の件ですが、 『南日本の富源』を下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/minaminihon-1910/
これはまた貴重な資料ですね。しかし、和平島(現在の魚釣島)や久場島などが言及している一方で、魚釣島から遠く離れた大正島(中国名:赤尾嶼)については何の記述もありません。先日掲載した沖縄毎日新聞にも大正島の記述は尖閣諸島にありませんでしたね。

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『南日本の富源』(本日アップロード完了)
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『Atlas zur Geschichte der Japanischen』
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『八重山語彙集』

八月下旬の尖閣掲示板エンディングテーマ「たけし 母の通夜で雷雨の中 号泣!」
http://www.youtube.com/watch?v=X2KgMbQmTZ8&NR=1
俺もいい歳だけど、やっぱり親がいないと何か気が抜けるね。俺の見ていた母は、いつも働き、いつも泣いてた親だから。感謝してる。

政府、国連で‘東海’表記の正当性強調へ

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/08/22 12:53 投稿番号: [15740 / 18519]
政府は21−30日にニューヨークで開かれる第9回国連地名標準化会議で、東海(トンへ、日本名・日本海)表記の正当性を説明する計画だ。

外交通商部は20日、「地名標準化会議で韓国政府の首席代表演説を通じて東海表記の正当性に対する政府の立場を提起する予定」とし「しかしこの会議は地名表記の技術的側面を扱うもので、地名自体を決定するものではない」と明らかにした。

1965年に国連経済社会理事会の決議に基づき設置されたこの会議は5年ごとに開催され、各国の地名標準化政策、外来地名問題、単独主権下に属しない地形に関する問題、ローマ字表記問題などを主要議題として扱う。


2007.08.20 15:54:59

笹森儀助 『南島探験』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2007/08/20 23:45 投稿番号: [15739 / 18519]
お盆は亡くなった親族や先祖を敬う日です。「俺もいい歳だけど、やっぱり親がいないと何か気が抜けるね。俺の見ていた母は、いつも働き、いつも泣いてた親だから。感謝してる。」

さて、掲題の件ですが、下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/nantotanken-1894/
日本には冒険野郎が沢山いますね。

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八月下旬の尖閣掲示板エンディングテーマ「たけし 母の通夜で雷雨の中 号泣!」
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于山島はチクトウ(竹島)? 下條批判8

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/08/19 21:28 投稿番号: [15738 / 18519]
(注6)『竹島紀事』元禄六年九月四日条
  同六年九月四日大目付内野九郎左衛門を以朝鮮人問情被仰付也
      朝鮮人口書
一 我々両人之内壱人者釜山浦之者アンヨグト申候、壱人ハウルサン之者パクトラビト申者ニ而御座候、我々一艘ニ十人乗組候處 内壱人相煩申ニ付 寧海与申所ニ残置 九人乗竹嶋ニ罷渡候
  ・・・・・
一 彼嶋之名を朝鮮ニ而ムルグセム与申候
一 彼嶋之儀 日本ニ而御座候も朝鮮之地ニ而御座候も一円存不申候 日本ニ罷渡候而日本之地ニ而御座候由初而承申候

(注7)池内敏『大君外交と「武威」』名古屋大学出版会、2006,P280
(注8)田川孝三「竹島領有に関する歴史的考察」『東洋文庫書報』20,P24,1988(執筆は1960)
(注9)田川孝三「于山島について」『竹島問題研究資料』10、島根県図書館所蔵,1953,P100
(注10)前掲書、P23,1988
(注11)半月城通信<安龍福の于山島像・竹嶼編、下條正男氏への批判>
http://www.han.org/a/half-moon/hm119.html#No.897

(注12)『邊例集要』巻17「欝陵島」条
   (〓は「かたへん、方」に「ム」、下に「小」)
  甲戌(1694)正月   竹島被捉両人處 發問目推問 則朴於屯招内 癸酉三月 租二十五石 銀子九兩三銭等物 載持貿魚次 自蔚珍向三陟之際 漂風到泊於所謂竹島 而竹島至於伯耆州遠近事段 矣身留駐本島
  第三日 倭人七八名 不意中乗船來到 執捉矣身 仍自其島 發船經三畫四夜之後 始達伯耆州爲白乎〓 竹島大小周回段 其大 較之於釜山前洋絶影島 則二倍有餘是白遣 周回則不能詳知 而所見極廣闊是白乎〓 山形段 山有三峯 高峻接天是白遣 其餘多是平廣之地 而川水 流出於海是白乎〓 樹木 芦竹 禽獣等物段 有柯重木 柄子木 香木 又有冬栢木是白遣 有大竹 其節甚大 而直聳參天是白遣 又有箭是乎〓 島中人戸居住事段 即今雖無居住之人戸 而遣基礎石相連 而空基 多有生蒜是處是白乎〓 本島去伯耆州水路里數事段 矣身被捉入去之時 得水疾 僵臥舶中、只記其三畫四夜之後 得達伯耆州 而水路里數 不能詳知是白乎〓 此島前後 更無他島云々
  安龍福招内 山形草木辭䖝一様 而末端良中 矣身被捉入去之時 經一夜 翌日晩食後 見一島在海中 比竹島頗大云々 䖝由馳啓

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

于山島はチクトウ(竹島)? 下條批判7

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/08/19 21:13 投稿番号: [15737 / 18519]
(注1)(〓1、やまかんむりに業、ぎょう、〓2、てへんに掌、とう)
『東国文献備考』「于山島 欝陵島」条の影印リンク
  www.kr-jp.net/rok/jiri/seungran-usan.pdf

(注2)『竹島紀事』元禄6年8付き23日条
  (下記において、〓は「峠」のヤマヘンをテヘンに変えた字、以下同様)
八月廿三日
  宋對馬守殿
〃(元禄六年)右御到来二付 竹嶋之儀 内々聞合のため 六月五日 杉村采女方より在館之通詞 中山加兵衛方江左之通相尋遣候
〃竹嶋之儀 朝鮮二而ハ ブルンセミト申候由 被申越候 竹嶋与書候而 朝鮮讀ニプルンセミト不申候哉 プルンセミとハ如何様二書申候哉 欝陵嶋与申嶋有之候 是を下々之詞ニブルンセミとハ不申候哉 日本二而者欝陵嶋之儀を磯竹と申候 欝陵嶋とブルンセミハ別之嶋二而有之候哉、プルンセミを日本人ハ竹嶋と申候与申儀者誰之咄二而被承候哉
〃竹嶋江ハ去々年より初而罷渡候哉 以前より渡候得共隠シ候而 去々年より罷渡候与申候哉 朝鮮人共自分之〓之為蜜々罷渡申事二候哉 又々    公儀より差図二而罷渡候哉 当年も又々罷渡たる事ニ候哉
〃竹嶋江日本より十二三端之船三艘宛毎歳罷わた渡 彼嶋江長小屋を三四軒茂掛置候由被申越候 干今其通ニ仕候哉 日本人者何之国之者共ニ而有之候哉
〃竹嶋者朝鮮国より何方江当り何之所より何風ニ而乗候与之儀 海路何程之大キサ如何程有之候哉 尤尤費殿より之口上書ニ書載有之候得共 又々得与可被承候
   右之段々委細ニ承度候様子ニより    公儀江茂御案内被仰上事ニ候間 何とそ懇志之朝鮮人江密二相尋 書付早々可被差越 慥成咄二而無之候共 下々之咄ニ而茂被承候通 委書付可被差越候、此段為可申入如此候
    通詞中山加兵衛方より六月十三日之書状を以右返答申越候付左記之
〃当年も彼嶋江為〓 釜山浦より商売船三艘罷越候由承届候付 ハンビチヤグ与申釜山之唐人相加 嶋之様子諸事具見届 海路ニ至迄入念候様ニ申付態右之者共二相加差越候 帰着次第具承 追而可申上候 先荒増承候通別紙書付差上候
     乍恐口上之覚
〃プルンセミ之儀嶋違ニ而御座候 具承届候処 ウルチントウト申嶋ニ而御座候 プルンセミ之儀者ウルチントウト申嶋ニ而御座候、プルンセミ之儀者ウルナントウより北東ニ当かすかに相見申由承候事
〃ウルチントウ嶋の大サ一日半廻り程有之由ニ御座候 尤高山ニ而田畑大木等有之候由承及候事
〃ウルチントウ江者江原道之内エグハイと申浦より南風ニ出帆仕候由承及候事
〃ウルチントウ江通申候事 去々年より罷渡候儀 相違無御座候事
〃ウルチントウ江罷渡候儀 公儀江相知不申 自分之為〓密々二罷渡候事
  右之外之儀 ハンビチヤグ帰着次第具承届重而委細可申上候

(注3)『竹島紀事』元禄六年11月1日条、12月5日のご返事
   首譯中申談候ハ日本二竹嶋と申候ハ必定欝陵嶋之儀二候へとも左様朝廷方江申候而者至而大切成事二存候故彼方角三嶋有之候 一者欝陵嶋、一者干山嶋と申候 一者嶋之名不申候、此内いつれニ而も日本ニ而竹嶋与被仰候を竹嶋ニ相極候而 外之嶋を朝鮮国之欝陵嶋二用申候得ハ 朝廷方之存分茂立 日本向も御首尾能相済申事候故 右之通我々内談仕候而返答仕候

(注4)同上
   質人爰許逗留之内 相尋候節申候ハ 今度参候嶋之名者不存候 今度参候嶋より北東当り大キ成嶋有之候 彼地逗留之内漸二度見江申候 彼嶋を存たるもの申候ハ 于山嶋与申候通申聞候 終ニ参りたる事ハ無之候 大方路法一日路余も可有之哉与相見江申候由申候 欝陵嶋与申嶋之儀者曽而不存候由申候 乍然質入之申分虚実難斗候得共 為御心得申進候 其元ニ而能御聞可被成候

(注5)『竹島紀事』六月条、「朝鮮人弐人 申由」
   朝鮮国慶尚道之内東莱之郡釜山浦之安ヨクホキ 蔚山之朴トラヒ与申者ニ而御座候 我々儀 蔚山与申所より竹嶋与申所江蚫 若布〓ニ三月十一日ニ出帆仕、同廿五日ニ寧海与申所ニ参着仕、某所を同廿七日辰之刻ニ出帆仕 酉之刻竹嶋江参着仕 右之蚫 若布〓逗留仕居申候所ニ日本人四月十七日ニ我々罷在候所ニ罷出 則着物抔入置申候ひら包をおさめ 我々両人彼方之船ニ乗せ即刻午之刻ニ出帆仕 鳥取江五月朔日未刻偶着申候
  ・・・・・
   此度我々共蚫取ニ参候嶋之儀 常ニ朝鮮国にてハムルグセム与申候 日本之内竹嶋与申所之
由ハ此度承申候御事
(つづく)

于山島はチクトウ(竹島)? 下條批判6

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/08/19 21:11 投稿番号: [15736 / 18519]
   他方、安龍福は大谷船により米子へ連行される途中にも竹島=独島を見たことが『邊例集要』巻17「欝陵島」条に記録されました。同書は数百年にわたる日本との交隣関係をまとめた書ですが、「欝陵島」条に「竹島一件」が記されました。その書で朴於屯の詳細な尋問の後に安龍福の口述が簡単にこう記されました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
甲戌(1694)正月
   竹島で捉えられた罪人である蔚山居住の朴於屯、安龍福を尋問した。朴於屯を内に招いた
  ・・・・・
  安龍福を内に招いた。山の形や草木などの話の内容は(朴と)同じであった。末節なことであるが、身を捉えられて島を去る時、一夜を経た翌日の夕食の後、一島が海中にあるのを見た。竹島に比べすこぶる大きいという。云々(注12)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   安龍福たちが捉えられた場所を欝陵島とせずに竹島として記録したのは、当時の朝鮮政府は欝陵島と竹島は別の島であるという立場をとったためでした。この時、安龍福が見た「一島」に関する証言は末節なこととして片付けられてしまったようです。
   しかるに、欝陵島から一日の道のりにあるこの島こそが、まさしく竹島=独島でした。下條氏がいうような、欝陵島からわずか数kmしか離れていないチクトウ(竹島)ではあり得ません。当時、大谷船は竹島=独島を航路の目印として、あるいは漁撈のために往復の途中でかならず同島へ寄っていたのでした。

   なお、朴於屯はこの時「水疾」をわずらって寝ていたため竹島=独島を見ることができず、他に島はなかったと口述しました。
   安はその島を「竹島に比べすこぶる大きい」と表現しましたが、これは彼一流の誇張表現と思われます。かつて、下條氏はそのように「大きい島」は隠岐島しかないとして、安龍福が見たのは竹島=独島ではなく隠岐島であるという説を発表したことがありましたが、単なる揚げ足取りにすぎなかったようです。最近は変説してその説を言わなくなったことはすでに紹介したとおりです。

   ともかく、ここで重要なのは、安龍福が実際に見たその島が于山島であり、日本で松島とよばれていることを彼が知ったことです。その認識を彼は連行船のなかで知るようになったのかどうかは不明ですが、その認識を強固にし、かつ同島などは朝鮮領であることを訴えるために、三年後、みずから進んで二度目の来日を実行したのでした。韓国で英雄視される由縁です。
(つづく)
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