竹島

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于山島はチクトウ(竹島)? 下條批判5

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/08/19 20:44 投稿番号: [15735 / 18519]
   然し乍ら于山島は、前掲の(B)、(C)であると云ふによれば、此の竹嶼は近きに過ぎる。北東と云ふ方位にこだわらずして当方に島を求むれば、東南に我が今日の竹島、往昔の松島即ちリヤンクール島が存するのみである。
   而も之は東西二島よりなり西島は海抜約 157米、各島を併せて総面積 69.990坪の岩島である。従って(C)に云ふ如き「大いなる島」とは決して云はれない。然し乍ら 海島にあってかすかに遠望する際、その方位と云ひ、大きさと云ひ、誤り易いことは、当時の知識より判断すれば、先づあり得ることと云はねばなるまい。
   欝陵島よりこの竹島(リヤンクール島)を望み得ることは、中井教授等の大正八年 欝陵島植物調査によれば、
   欝陵島最高峰上峰より天気清澄の日 卵島(リヤンクール島)を遠望し得る。
とあるのである。(C)の言を全くの誤りでないとするならば、凡そこの條件に適い得るものとしては、この竹島(リヤンクール島)以外に求むることは出来ない。即ち、于山島はこの竹島に比定せねばならない(注9)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   田川氏はこの論文では冷静な分析を記すのですが、「取扱注意」の警告印が押されていない書物では後半の「然し乍ら・・・」以降の文章をカットし、簡単に「兎もかく、決定的ではなく、依然混乱が見られるが、欝陵本島の別個に于山島なる島が知られ、且 位置は正確ではないが、或る一島に命名されたことは事実であったのである」とあいまいに記すのでした(注10)。

   田川氏といえば、『隠州視聴合記』に書かれた一節「日本之乾地 此州為限矣」の州を無理に「シマ」と釈読して竹島・松島を日本の西北限界と解釈し、それが日本政府の公式見解になったことが思いおこされます。
   その説は韓国政府に反論されるや、日本政府は再反論を放棄したようですが、そのように我田引水的な解釈をしてでも、何とか竹島=独島を日本領にしたいという願望が見え見えです。その田川氏すら、于山島は「竹島(リヤンクール島)以外に求むることは出来ない」と判断せざるを得なかった事実は万鈞の重みがあります。

   田川氏は「海島にあってかすかに遠望する際、その方位と云ひ、大きさと云ひ、誤り易い」と述べましたが、これは的を射ています。方位ですが、竹島=独島は欝陵島の海辺からでは地球が丸いために見えず、その方角を知ることができません。
   同島の方角を確認するにはふたつの方法があります。ひとつは「天気清澄の日」に欝陵島の高峰にのぼり、かすかに見える竹島=独島の方向を確認する方法です。その際、高価な羅針盤をわざわざ山へ携行しない限り、方角を正確に知るためには太陽の南中時の方向をきちんと知る必要があります。これを意図的におこなわない限り、正確な方向を知ることはできません。

   もうひとつの方法は、欝陵島から竹島=独島寄りに10km以上離れた海上で方向を確認することです。安龍福などの漁夫が天気清澄の日に漁を休んで山登りするのは考えにくいので、かれらが竹島=独島を見たのは欝陵島から竹島=独島寄りに10km以上離れた所と思われます。
   その場合、目撃地点の位置が両島を結ぶ直線上にあれば、携行したかも知れない羅針盤で竹島=独島の方角を確認できますが、それ以外の場所では三角測量の原理からいって、両島までのそれぞれの距離を正確に知らなければ、竹島=独島が欝陵島のどの方向に当るのかを割りだすことは不可能です。
   このように海上でも離島の方角を正確に知るのはかなり困難なので、安龍福が竹島=独島の方角をズレて北東と見たのも無理はありません。同島の実際の方向を球面三角法などで計算すると、同島の方角は東から18度南寄りであり、北東とは63度のズレがあります(注11)。このような事情を考慮するとき、ブルンセミや安龍福が見た于山島は田川孝三氏がいうように竹島=独島に間違いないと思われます。
(つづく)
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