女性のための日韓議論場

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>こんなに税金が

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/10/28 23:26 投稿番号: [3240 / 43168]
野中の「面倒見てやれ」の一言で、チビデブは餓死寸前から生き残り、家族一同丸々と太ったのみならず、
テポドンはおろか核開発までやらかした。又、野中は拉致家族を罵倒し、米までチビデブに差し出した。

野中はしきりに国家、国家と言うが、左翼のプロパガンダと同じ自己防衛用の戯言。              

拉致問題が発覚した後、野中は20日間ほどニゲ隠れていた。遺書も書直すようなことまでした。
コンナ輩が自民党の幹事長をした事があるとは、それで村山を首相に据えた。ただただ無節操。
国家のことなど全く考えていない。しかし、誰も彼を一線から遠ざけようとしたことが無い。

日本の政治がおかしくなるのは当然。       

引退しようがコイツの責任は消えない。
テポドン一発、死刑。

>亡命女性

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2003/10/28 23:18 投稿番号: [3239 / 43168]
一体、何を考えているのでしょうね。マスコミの「政治とは関係ない」という話を信じるとすれば、あとはよほどのお馬鹿さんか、宗教関係ですね。

基督教、とりわけ韓国系列の教会に入れ込んでしまった信者で、北朝鮮に福音を伝えに行ったという気がしないこともありません。いえ、基督教に限らないですが。いろいろな宗教を考えうるでしょう。

ちなみに、韓国から北朝鮮に亡命する人も時々いるようですね。最近では、某宗教関係の大物が何年か前、確か北に行ってなかったでしょうか。その他、一般市民でもそういう人が時々いたかと思います。

この女性の正体がはっきりしていないので難しいところです。親族もマスコミに出てこないところを見ると、いろいろと裏がありそうです。よく分かりませんね。親族が出てこないところを見ると、やっぱり宗教が濃厚かな…。

北朝鮮に亡命した女性?

投稿者: lady_blue_cat 投稿日時: 2003/10/28 23:06 投稿番号: [3238 / 43168]
日本は平和だとつくづく感じました。

でも…、やっぱりおバカさんだな…。

農民反乱はあったよ

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/10/28 22:28 投稿番号: [3237 / 43168]
  李朝末期にね。
  だけど彼ら朝鮮人の反乱は「暴動」の域にとどまり、不平不満のはけ口でしかなかった。

  つまり、現体制を破壊したあとにどういう世の中をつくるかというビジョンが皆無だった。

  その証拠に、彼らは暴動を起こしても、決して李王朝そのものを打倒しようとはしなかった。

  暴動を起こせば李朝が非を改めてくれる「だろう」という希望的観測しかなかったのさ。

  結局、不満はあっても現体制に寄りすがるより能がなかった。

  この点が日本人と決定的に違うところだ。

  源頼朝は打倒平氏というよりは「打倒貴族社会」を掲げ、貴族社会を破壊した後は「封建制度」という新しい社会形態をとるという明確なビジョンを掲げ、平氏出身の武士の心をもつかみ、資本主義前段階としての中世封建社会を打ち立てた。

  しかし、朝鮮では両班制度そのものを破壊しようとした革命家の存在が見あたらない。

  彼らには、破壊するだけ破壊して、その後のビジョンを描くという発想がないのさ。

  だから現代の韓国人は、恥知らずにも、みな両班を名乗りたがるのさ。

革命

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/28 22:10 投稿番号: [3236 / 43168]
>彼らの「覚悟」とは、「逃げる」とか、天下がひっくり返ったら「裏切る」とかでしか能力を発揮しないのでしょう。
>朝鮮では「革命」が絶対起きない原因がここにあります。

そうすると百姓一揆くらいの規模のものも不可能に思えますね。

フランス人とは対極にあるかも・・・

結局は事大主義なのさ

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/10/28 20:20 投稿番号: [3235 / 43168]
  「ながいものには巻かれろ」でずーっとやってきたからね。

  彼らの「覚悟」とは、「逃げる」とか、天下がひっくり返ったら「裏切る」とかでしか能力を発揮しないのでしょう。

  朝鮮では「革命」が絶対起きない原因がここにあります。

脱北って結構簡単?

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/28 17:05 投稿番号: [3234 / 43168]
>今、筑紫哲也のニュース番組で、
脱北者が入れられる収容所の悲惨さ
を見て(ToT)だったのに・・・。
>ちょっとさめた。

以前は「収容されたら悲惨な暮らしが待っていて2度とでられない所」というイメージがかなりあったけど
数回脱北した人がいるところを見ると(もちろんこの人も収容所には入れられた)最近はわりと簡単に出してもらえるのかな?と思える。

政府の要人とかでなければ監視の目は緩いのだろうか?

しかし今回の脱北者は腹立つなー。
再度亡命したのは北に残してきた二人の息子を救うため?
だとしたら(最初からそのつもりなら)韓国で新しい家庭など築かなけりゃいいのに!
(北の奥さんはいるのだろうか?)
乳飲み子を抱えたまま捨てられた韓国人の奥さんがかわいそうだ!!
女性の立場からしたら、妻を連れに北朝鮮に入国しようとして逮捕されたユ・テジュン(35)さんの方が数倍誠実に見えるけど。

ちょん勘さん

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/28 16:40 投稿番号: [3233 / 43168]
お久しぶりです。

>逃げ回ってばかりいる向上心ゼロのアフォな民族はせいぜい恥をかけばいいのです・

ほんきーさんも
>なぜ、彼等は腹を括れないのだろう?

と申しておりましたが『覚悟』という言葉はかの国には存在しないのでしょうか?
亡命という手段に出る時、さまざまな『覚悟』が必要だったように思えるのですが。
・生まれ故郷に2度と帰れない覚悟
・肉親に2度と会えないかもしれない覚悟
・見ず知らずの土地でこれからの人生を送る覚悟

こんなに税金が

投稿者: peperontinnae 投稿日時: 2003/10/28 09:18 投稿番号: [3232 / 43168]
朝鮮人に

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Sunnyvale/4734/chogin.html



http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/8746/

そうそう

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/28 01:38 投稿番号: [3231 / 43168]
逃げていればいいのです。

逃げ=自分からの逃避でもある。

妻子を捨ててまた北へ帰りたがるとは…。
地上の楽園ね…。

なぜ、彼等は腹を括れないのだろう?

願わくば、この豊葦原瑞穂国に累が及びまんように…。

これで良いのです

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/10/28 01:27 投稿番号: [3230 / 43168]
  逃げ回ってばかりいる向上心ゼロのアフォな民族はせいぜい恥をかけばいいのです・

>これでよいのですか?

投稿者: j_ururu 投稿日時: 2003/10/28 00:32 投稿番号: [3229 / 43168]
今、筑紫哲也のニュース番組で、
脱北者が入れられる収容所の悲惨さ
を見て(ToT)だったのに・・・。

ちょっとさめた。

韓国の皆さん、これでよいのですか?

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/27 22:09 投稿番号: [3228 / 43168]
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/10/26/20031026000041.html

「脱北−自主北朝鮮入り−再度脱北」処罰はいかに?

  事業し失敗し、悩んだ末、自ら朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に再入国したナム・ス(46)さんが、北朝鮮に残してきた息子2人と共に再度の脱北に成功、韓国に入国したことが確認された。

  政府関係者は26日、「ナムさん親子が22日頃韓国入りした。関係機関から北朝鮮への再入国と脱北の経緯について調査を受けている」とし、「しかし北朝鮮での納得できない行跡や北朝鮮への不法入国により、法的処理は避けられない見込み」とした。

  この関係者は「韓国に再入国できたのは大韓民国の国籍を持っていたため。内国人保護のレベルで受け入れるほかなかった」と説明した。

  北朝鮮では咸鏡(ハムギョン)北道・オンソンの傘工場の支配人だったナムさんは、香港を経て1996年1月に韓国に亡命した。

  運営していた食堂が破産すると、韓国で再婚した妻との間に産まれた9カ月になる息子を置き去りにし、2000年7月再び北朝鮮に入国した。

  当時、ナムさんは政府から支援された創業資金で食堂を始めたが、事業に失敗して借金に苦しむようになり、韓国社会に対する不満をよく口にするようになっていた。北朝鮮を憧憬するような発言も時折見られたと同僚の脱北者は話した。

  北朝鮮に再入国したナムさんは当時、金正日(キム・ジョンイル)総書記から「祖国の懐に再び抱かれたナム・スを許してやれ」という直筆の指示を受けた。

  その後、国境地域をまわりながら「韓国に騙された。金正日将軍様の懐が懐かしかった」と話しながら北朝鮮体制を宣伝する講演会に動員されたとされている。

  脱北者が自ら北朝鮮に再入国し、再び脱北に成功したのは妻を連れに北朝鮮に入国しようとして逮捕されたユ・テジュン(35)さんに続き2人目だ。

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資本主義社会に慣れていないせいもあるだろうけど、ちょっと我儘すぎじゃないの?
辛い、うまくいかないからってその度に逃げ回っているだけのように思えるけど。

>その後、国境地域をまわりながら「韓国に騙された。金正日将軍様の懐が懐かしかった」と話しながら北朝鮮体制を宣伝する講演会に動員されたとされている。

こんなコトしててどのツラさげて韓国に再入国なんて出来るんだろう?羞恥心はないのかな?

韓国の皆さんはこんなコトされても暖かく受け入れるんでしょうか?
(そんなに心が広いのか?韓国)

>運営していた食堂が破産すると、韓国で再婚した妻との間に産まれた9カ月になる息子を置き去りにし、2000年7月再び北朝鮮に入国した。

そして韓国の奥さん、こんな男を許すのだろうか?

嫉妬心

投稿者: kohshien21 投稿日時: 2003/10/27 13:02 投稿番号: [3227 / 43168]
ちょーせん人の嫉妬心ってのは古代からのようで、年季が入ってますなー。

仏教伝来後日本の寺院の数は半島のそれに比べ3倍くらいの速さで増えて行ったとか。

国富の象徴でしょうね。

韓国人に捧げるの賦

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/26 21:14 投稿番号: [3226 / 43168]
美輪明宏曰く、

『「あいつはね、昔貧乏しててね、あいつん家はよう、○○してたんだぜ。学生時代は出来が悪くてよう、俺なんかよくカンニングさせてやったもんだよ」
出世した知人の噂ばなしのときによく出る言葉です。
そういう話を聞かされるたびに私は、
「そう、それで? 向こうは出世して、あんたはそのまんまなのね」と冷たい水を浴びせます。心ない冷たいしうちで、気の毒な言葉だと思いますが、そのほうがその人のためになると思うので、憎まれることを承知でそういいます。
彼はねたみ・そねみにコダワッテいるのです。それを解決するには、その嫉妬心を、そのよい友人への心からの祝福に切りかえさせることしかありません。
「あいつは偉いよ。がんばった甲斐があったんだよな。よかったよかった」
と喜んでやることこそ、自分も楽しくうれしい気分になれるし、聞いているほうもよいことを聞かせてもらったといい気分になるものです。
そして、その人の人柄を見直す気にもなるのです。そして彼は、嫉妬と羨望にコダワッテいた心の地獄からも解き放たれるのです。』

(ソース: 美輪明宏著 『人生ノート』 PARCO出版)

>自国の良い部分を伸ばすことに専念して

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/26 20:33 投稿番号: [3225 / 43168]
その話、今は亡き(笑)ミューちゃんとも話した事があります。

例えば、食品なり、民族衣装なり、或いは映画なり、伸びそうな部分で伸びればOKな訳ですし。
これからの韓国に大事なのは、「自分等は日本とは一味も二味も違うぞ。見てみろ」という気概だと思います。
オイ! もう「ザパニーズ」になってるヒマはないぞ!(爆)

ハッキリ言えば、韓国はどこからどう見ても、「ミニ日本」でしょう?(ミニ日本に見えるから、得する部分も多いですけどね。商売では。「日本ぽく見える国だし、きっとそこの商品も日本並みには品質がいいんだろうな」って感じでね。)
そういう見方から逃れる為に、早く独自のいい部分を伸ばせばいいんですからね。

赤城さんが参加された例のヤンキーズの掲示板だって、コリアンが、あんな「松井は韓国人ニダ!」なんて騒いで恥曝しもいいところなんですしね。(笑)

>他国のおっかけしてないで

サイアクなのは、京都・奈良にきて、「これが百済文化ニダ〜」なんて恍惚状態になる韓国人。
カンチガイにも程があるっつーの!(笑)

もういっちょダットサンでゴー!(笑)

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/26 20:21 投稿番号: [3224 / 43168]
そうそう。
トラバント、ありましたねえ。日本にも、マニア向けに少数が輸入されましたっけ。

さて、日本国内でも、20年ぐらい前まで、サニーやブルーバードは、「ニッサン」ではなくて「ダットサン」というブランド名を頭に冠していたんです。(高級車に属するセドリックや、高級スポーツカーであったシルビアは、当初から「ニッサン」ブランドでした。)
今では、小型トラックの「ダットサン・トラック」(通称「ダットラ」)に、辛うじてダットサンの名が残るのみです。

http://www.nissan-global.com/GCC/Japan/History/

日産が「ダットサン」というブランド名を廃止したのは、一代の愚行でした。
せっかく海外で築き上げた「タットサン」というブランド名を廃止して、「ニッサン」という社名で売り出した。

イギリスのサッチャー元首相も、「あら、ダットサンって、おたく(日産自動車)が作っていたのですか? 知らなかったわ」と言ったというエピソードもあります。
それだけ、ブランド名は社名に優るという事ですね。
だって、スバルの事を、わざわざ「富士重工のレガシー」なんて呼ぶ人は、少ないでしょう?

アメリカでは、北米日産でフェアレディZを立ち上げた片山豊さんは、「ミスターK」として、ちょっとしたスターです。(フェアレディZのオーナー達のフェスティバルでは、よくゲストとして招かれています。)

http://www.datsunhistory.com/datsunhistory5.html

片山氏は、北米日産でフェアレディZをヒットさせるために、日本から送られた東郷元帥由来のZ旗(「皇国の興廃、此の一戦に在り」)を社内の自室に掲げて奮励したそうです。
そのZ旗は、今も北米日産の社長室に掲げられています。

“征服されしギリシアは、猛きローマを征服せり”

トラバント

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/26 17:42 投稿番号: [3223 / 43168]
>しかも旧東ドイツのはトラバントでした。

祇で出来た車、トラバント。
考えてみれば究極の軽量化に成功した車なんでしょうか(笑)
今はもう製造されなくなっちゃったんでしょうか?
メルセデス・ワーゲンなどとの競合は難しいかな、やはり。

それそれ!!

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/26 17:38 投稿番号: [3222 / 43168]
>つまり、相手のペースに巻き込まれず、自分の強みで勝負するという事なんですが。
>なお且つ、時代の流れを察知して、対処しないと。

これ是非とも「あの国」に言ってやりたい!!
独自のいいところだって(たぶん)たくさんあるはずなんだから、他国のおっかけしてないで自国の良い部分を伸ばすことに専念してほしい(笑)
そうすれば他国にいちゃもんつけている暇もなくなるだろうし、自分達が真の自信に目覚めれば他人など気にならなくなると思うけどね。

>ダットサン

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/26 17:31 投稿番号: [3221 / 43168]
にしなさん、赤城さん、ダットサンの話ありがとうございました。
いや〜、実はダットサンって響きがなんだかかっこ悪いなどと思ってました・・・けど、お二人の話を拝見して見方が変わりました!!

>後に自動車開発に協力した田(D)健次郎、青山(A)禄郎、竹内(T)明太郎の頭文字をとってダット(DAT)自動車製造株式会社と社名を変更し、1931年に国産量産自動車を発売しました。(DAT=脱兎の意味もあり)
>DATの息子、DATSON(ダットソン)です。

開発協力者の頭文字だったとは知りませんでした。その息子だからダットサン・・・しゃれてます。

>DAT CARを「脱兎号」と読ませるセンスがたまらない。ウサギが一目散に逃げていく様は、まさに日本の大衆車の未来を暗示しているようで楽しい。ウサギ小屋のガレージからさっそうと走り出すわが家の脱兎さん!戦後日本のライフスタイルを予言した、まさに宿命的ネーミングといっていいだろう!先ほどの日産車図鑑の初期「ダットサン」画像、グリル部分に注目。なんと「逃走ウサギ」のエンブレムがしっかり輝いているではないか。
 
このあたりの感覚最高です。「脱兎」・・・逃げるウサギなど決して誉め言葉ではないだろうに、逆にそれをエンブレムにしてしまうなんて。
イカしてます!!

是非「トリビアの泉」にどなたか投稿して下さい!!

ありがとうございます>ダットサン

投稿者: schaft_schaft_schaft 投稿日時: 2003/10/26 11:03 投稿番号: [3220 / 43168]
nishina3777様、 kuuboakagi00様、詳細な由来をありがとうございます。
しかも旧東ドイツのはトラバントでした。
むちゃくちゃな勘違いでお恥ずかしいです。うぅぅ…

ダットサン

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/10/26 09:20 投稿番号: [3219 / 43168]
Datsun   で、ダッツンと発音。   ダッツン・ズィー。

ダットサンの語源は、これが一番正確なようです。

「DAT」に込められた2つの意味

ダットサンのルーツ「DAT CAR」を開発したのは橋本増次郎という人物で、明治44年(1911)、東京・麻布に快進社自働車工場を設立。本格的な国産車の製造に着手する。3年後(大正3)に完成したそのクルマは「脱兎号(DAT CAR)」と呼ばれ、国産乗用車の代名詞となった。DATの由来は3人の資金協力者(田健治郎・青山禄郎・竹内明太郎)のイニシャルらしい。このクルマが後に日産自動車によって日本の乗用車のスタンダードになっていくわけであるが、DAT CARを「脱兎号」と読ませるセンスがたまらない。ウサギが一目散に逃げていく様は、まさに日本の大衆車の未来を暗示しているようで楽しい。ウサギ小屋のガレージからさっそうと走り出すわが家の脱兎さん!戦後日本のライフスタイルを予言した、まさに宿命的ネーミングといっていいだろう!先ほどの日産車図鑑の初期「ダットサン」画像、グリル部分に注目。なんと「逃走ウサギ」のエンブレムがしっかり輝いているではないか。
  さて、同社は大正15年=昭和元年(1926)、大阪の実用自動車製造株式会社と合併しダット自動車製造株式会社となる。ここでDATの息子を意味する「DAT SON」1号が登場。しかし、SONは損と読めてしまうことから、太陽を意味するSUNに変更されたという。え?SONYと事情が似ている?というのはさておき・・・その後ダット社は戸畑鋳物の傘下となり、自動車製造株式会社(1933)〜日産自動車株式会社(1934〜)の道を歩むことになる。
  なお、DATの語源はダット自動車時代に、Durable(頑丈)、Attractive(魅力的)、Trustworthy(信頼性)のイニシャルに書き換えられていた。日産はそれをダットサンの精神と呼んでいる。

http://www.dik.co.jp/seken/GOGEN/DAT.html


日産の創始者は鮎川義介。   鮎川は確か、1950年代終わりの参議院選挙で、息子共々選挙違反に問われ、影響力を失いました。


http://www.carmode.net/webspecial03/nissan-engine/index.php

DATSONからDATSUNへ

投稿者: nishina3777 投稿日時: 2003/10/26 09:16 投稿番号: [3218 / 43168]
  日本の純国産自動車開発を目指して、快進社自動車工場が1914年に設立されました。
  後に自動車開発に協力した田(D)健次郎、青山(A)禄郎、竹内(T)明太郎の頭文字をとってダット(DAT)自動車製造株式会社と社名を変更し、1931年に国産量産自動車を発売しました。(DAT=脱兎の意味もあり)
  DATの息子、DATSON(ダットソン)です。
  1935年に鮎川義介によって日本産業株式会社に吸収され、日産の自動車製造部に成ったときに、ダットソンのソンは損に通じると言うことで、SONを太陽の意のSUNに変更して、DATSUN(ダットサン)になりました。

見てました

投稿者: schaft_schaft_schaft 投稿日時: 2003/10/26 08:51 投稿番号: [3217 / 43168]
おもしろかったです。
自転車のクランク機構を発明した人って武士でしたよね。
それがまた意外でした。


ところで

> あるアメリカ在住アメリカ人が、「オレのフェアレディZ(現地名はダットサン240Z)にも、ゼロ戦の血が流れているんだ」と自慢していました。

フェアレディのアメリカ名ってダットサンだったのですか。
ダットサンて旧東ドイツの紙製自動車のイメージが強いのですが、日産も何を考えてそんな名前を付けたのでしょうね。

どーもっす

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/26 03:42 投稿番号: [3216 / 43168]
>他にも自転車を発明したのはフランス人より日本人の方が早かったとかもありました。

たまにはそういう話もいいですよね。
しかし、ある国のものばかりをターゲットにして、「ウリナラ起源ニダ!」になっちゃうと、まずいですよネ。(笑)
しかも、「ある国」の場合、根拠が無かったりして。(笑)

>あっその話、先ほど父も言ってました。
「旋回能力は軽いゼロ戦に勝てないからアメリカはウェイトを利用した急降下で応酬した」とか。

うんうん。
この話、様々な分野で応用すべき事なんですよね。
つまり、相手のペースに巻き込まれず、自分の強みで勝負するという事なんですが。
なお且つ、時代の流れを察知して、対処しないと。
話は逸れますが、いわゆる「老舗」も、「うちの商品が売れなくなったのは、購買層のレベルが下がったからだ」なんて事言っていても始まらない。

何と言いますか、ゼロ戦の栄光から転落への逸話は、とても示唆に富んでいると思うんです。

>戦争してた頃も決して技術で劣っていたわけではないのですね。

ええ。
しかし、哀しいかな、裾野の工業力では、完璧に劣っていましたからね。
折角の先進的な航空機設計技術も、それを支える工業が及ばなかったのは、悲しい事です。

>日本の戦闘機(航空機)が優秀だったが為に、戦後航空機開発を禁止されたことがその証拠ですね。

そうですね。
加えて、日本にアメリカ製の飛行機を売る為でもあります。
数年前、日本が次期戦闘機を自力で開発しようとしたら、アメリカから「待った!」がかかりました。
アメリカの「ゼロ戦シンドローム」は、今でも伝説になっていますからね。

あ、そうそう、本格的な正規空母も、「イルボン起源ニダ!」(笑)

>現にその技術は新幹線開発に応用されたようですし。

そうですよね。
そして、自動車工業にも、ストレートに生かされました。
そしてその自動車が、アメリカ市場を席巻したのは、意味深ですよね。(笑)

あるアメリカ在住アメリカ人が、「オレのフェアレディZ(現地名はダットサン240Z)にも、ゼロ戦の血が流れているんだ」と自慢していました。

アラ捜しはいけないけど

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2003/10/26 01:42 投稿番号: [3215 / 43168]
アラを煮た汁はダシが効いててうまいんだよね。

最近・・・

投稿者: j_ururu 投稿日時: 2003/10/26 00:28 投稿番号: [3214 / 43168]
今まであまり行った事も無いトピにカキコしてました。

恋愛トピでは罵倒系の日本人に勝手に男性認定されました。

女性だと知ると下ネタでかかってきた
アラチの件もあったので、放置。
(在日トピ・或る掲示板猿の選択 トピ)
・・・男って勝手に思っててもらいましょうか。
めんどうだし。
彼の中では、女々しい男とか、オカマになってる〜(笑い

ほんきーさん

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/25 22:42 投稿番号: [3213 / 43168]
久々のお客様だ〜(笑)

>その番組、見逃してしまいました!

他にも自転車を発明したのはフランス人より日本人の方が早かったとかもありました。

>当時開発が進んでいたグラマンF6Fという比較的平凡な飛行機で、旋廻ではなく、急降下スピードを利用した一撃離脱式で戦いを挑み、次第に零戦を圧倒し始めました。

あっその話、先ほど父も言ってました。
「旋回能力は軽いゼロ戦に勝てないからアメリカはウェイトを利用した急降下で応酬した」とか。

>アメリカでは、グラマン社が、米軍が捕獲した零戦(アリューシャン列島で不時着したもの)を徹底的に分解調査して、

この機体のコトでしょうか?先ほどの番組で「世界で唯一(?)飛べるゼロ戦」が出てきてました。
操縦してたパイロット、ゼロ戦褒めちぎってました(~_~;)

>(戦争の話がお好きでない方がおられたら恐縮ですが。)

私は結構好きだったりします、こんな話も(もっとも専門的なコトはなにも分りませんが)
戦争してた頃も決して技術で劣っていたわけではないのですね。
日本の戦闘機(航空機)が優秀だったが為に、戦後航空機開発を禁止されたことがその証拠ですね。
もしその後も日本が航空機開発を続けていたら・・・コンコルドより速い旅客機を作ったかもしれませんね。
現にその技術は新幹線開発に応用されたようですし。

横入り(シュターッ!)

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/25 22:12 投稿番号: [3212 / 43168]
その番組、見逃してしまいました!

>「ゼロファイターにあったらすぐ逃げろ」と当時の米軍では言われていたとか。

それは、実際に日本が撃墜した連合軍機の中から出てきたマニュアルに書かれていたそうです。曰く、「カミナリ雲と零戦に出遭ったら、逃げて帰っても恥ではない」と。

(戦争の話がお好きでない方がおられたら恐縮ですが。)
昨年亡くなられた、元キング・レコードの洋楽部門のトップだった故・鈴木實さんは、元は海軍中佐でチモール島に展開していた部隊の飛行隊長だった方でした。
戦後は、レイ・チャールズや、トム・ジョーンズ、そしてカーペンターズと契約を結び、同社の洋楽部門を大躍進させた方でした。

その方がチモール島に駐屯しておられた時、欧州からドイツ空軍をコテンパンに叩いて鼻息が荒かった英空軍のスピットファイヤー戦闘機隊が、今度は日本を叩こうと豪州に移駐して来たのですが、戦ってみると撃墜比率は何と34:1で日本海軍航空隊の圧勝。
これは金字塔です。

アメリカでは、グラマン社が、米軍が捕獲した零戦(アリューシャン列島で不時着したもの)を徹底的に分解調査して、一時はそっくり同じ飛行機を作ってみようかという話も出たのですが、「こりゃ無理だわ」となり、「ならば、零戦とは全く違った性格の飛行機でもいいから、全く違った戦法で裏をかこう」と発想転換しました。

それで、当時開発が進んでいたグラマンF6Fという比較的平凡な飛行機で、旋廻ではなく、急降下スピードを利用した一撃離脱式で戦いを挑み、次第に零戦を圧倒し始めました。
また、飛行機やパイロットの技量とは別に、アメリカの無線電話の性能や、2機でペアを組んでお互いを補い合う戦法でも、日本はジリジリと追い詰められました。

さて、零戦に100%影響を受けた、小型・軽量のグラマンF8Fという米海軍の新型戦闘機が大戦末期にぼちぼち配属され始めましたが、ついに零戦との勝負がないまま終戦を迎えました。

皮肉な事に、零戦の後継機である「烈風」(ついに終戦に間に合わず)はより大型になったのに、グラマンのF8Fは徹底的に小型になったのは、好対照でした。

欧米のプラモデル・マニア(大の大人が多い)は、零戦ファンがもの凄く多いです。
日本でも、零戦以上に高性能の飛行機はあったのですが、「やっぱりオレは零戦が好きだなあ」という欧米の航空機ファンが多いですね。

・・・・・・・・・・・・・・・

With its tight turning radius, it was an extremely deadly weapon in a dogfight, and was famous for its ability to outmaneuver, Brewster F2A Buffaloes, Curtiss P-40s and Grumman F4F Wildcats. As early as 1937, Claire Chennault, the author of 'The Role of Defensive Pursuit,' warned the USAAF about the dangers of Japanese air power. Apparently his warnings were ignored, as the superiority of the A6M was a complete surprise to the American forces.

「その極めて小さい旋廻半径を以ってすれば、格闘戦においては危険極まりない兵器であり、ライバルであったブリュースターF2Aバッファロー、カーチスP-40、グラマンF4Fワイルドキャットに大きく水をあけていた。1937年初頭、'The Role of Defensive Pursuit'の著者であったクレア・シェンノートは日本の空軍戦力の危険性について、米陸軍航空隊に警告を発していた。明らかに彼の警告は無視され、A6M(零戦)の優位性は、米軍にとっては完全な驚嘆となって現れたのだ。」

http://www.aviation-history.com/mitsubishi/zero.html

http://www.strategyplanet.com/commandos/zero.html

ご無沙汰

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/25 21:10 投稿番号: [3211 / 43168]
少々ご無沙汰してます!!

つい先ほどまで『ビートたけしのこんなはずでは!!本当は日本が世界発!?○秘発明SP』など観てました。
全て根拠のあるホントは・・・て話でした(どこかの根拠なしの妄想とは違います(笑))
ゼロ戦のスゴさについてもかなり語られてました。
「ゼロファイターにあったらすぐ逃げろ」と当時の米軍では言われていたとか。
ゼロ戦の話になったら、いつもはそれ程話さない父がずいぶんいろいろ語ってくれました。
ゼロ戦の旋回能力は郡をいてスゴかったとか?(そう言いつつも当時は父も小学生ですから審議の程は如何ばかりでしょうか?)

日韓料理対決!?

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/22 15:57 投稿番号: [3210 / 43168]
私の話でなくて恐縮ですが、友人の話をひとつ。

只今外国暮らしをしている友人、日本人二人・韓国人二人で英語を教えてもらっています。
四人の家を順番に提供して先生を招き教えてもらい、ランチをするそうです。
このランチの時にそれぞれ日韓のお国柄が出るそうです。

日本人のところでは、全体的に器や色合いに気を配った目にもおいしい料理が出され
韓国人のところでは、見た目は地味だけど何時間も煮込んで手間隙かけたスープなどが出されるそうです。
(友人曰く、このテールスープはムチャクチャおいしかった!!)

どちらが優れているとかじゃなく、どちらともそれぞれの持ち味を生かした素晴らしいもてなしだと思います。
それぞれの得意分野を活かして、それを認めあえる、ほんとなら国同士の付き合いもこうあるべきだと思うのですが・・・
只々闇雲に日本の粗捜しして喜んでいる今の韓国にはそれを望めないように思えます。

>刺激味

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/10/22 15:36 投稿番号: [3209 / 43168]
>タイで日本料理店に勤めている日本人の板前さんが言ってましたが、「僕はタイに住んでいるけれど、タイ料理は食べないんです。余り刺激のある料理を食べると舌の感覚が鈍くなって、日本料理を作るときにおかしな味付けにしてしまうから」と申していました。

あまり濃い味付けのものばかり食べていると味覚障害になるとよく言いますね。
一時はやった(今も?)劇辛スナックの類も味覚障害の元ですね。

>わさびは私のタイ人の友人も日本に来た時に使いまくっていました。

私は辛いものが大の苦手なのでわさび・からしが全く食べられません。
なので未だお寿司屋さんも「allさび抜き」なお子ちゃまです(笑)
香辛料の類はもともと食品を腐らせないために使われて来たものだから、タイ辺りの人が
香辛料漬けのものをよく食べる→辛いもの好きとなるのは分かる気がしますが、朝鮮半島ではなぜそれ程までに広まったんでしょう?
元々日本から伝来したにも関らず、日本では半島程使ってませんよね?
この違いはどこから出てきたんでしょうか。

刺激味

投稿者: honneiitaiyon 投稿日時: 2003/10/22 00:22 投稿番号: [3208 / 43168]
わさびは私のタイ人の友人も日本に来た時に使いまくっていました。
日本の七味唐辛子は刺激が少ないと言ってました。ウナギの蒲焼にも真っ赤になるくらい七味を振り、ざるそばではタレがミドリ色になるくらいわざびを入れておりました。そのミドリ色のタレを皆飲んでしまったのには驚いた!

タイで日本料理店に勤めている日本人の板前さんが言ってましたが、「僕はタイに住んでいるけれど、タイ料理は食べないんです。余り刺激のある料理を食べると舌の感覚が鈍くなって、日本料理を作るときにおかしな味付けにしてしまうから」と申していました。

「なるほどな〜」と思いましたです。
人間は刺激の強い方に慣れてしまうと微妙な味はわからなくなるみたいですものね。
日本料理はすごく濃い味付けや刺激の強い料理になれた人には物足りなく感じるのかも知れないですね。

でも、あんなに刺激の強い辛い食事は体に悪くないのかしら?前にタイでは上顎癌だったかが多いと聞きました。乳がんは少ないのだったかな?刺激のある唐辛子は喉や粘膜に損傷を与えるからなのかな?と私は勝手に思ったのですが、韓国ではどうなのだろうか?胃がんとか食道癌とかには影響ないのかな??

>香の物

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/10/22 00:22 投稿番号: [3207 / 43168]
いい響きですね。キムチじゃその様な味わいを感じません。

>一、いつ、いかなる時でも唐辛子粉を食事に際し好きなだけ使わすこと。
(以下略)

辛いもの無ければ言うこと聞かんと駄々こねた挙句、戦闘で危険な状態になると銃を放り出し、
アイゴーと泣きながら逃げ惑う兵士は理解できない。普通なら唐辛子食って血行がよくなれば気力充実、
ファイトと言って戦えるはずですが、よう分からん。(笑

でも

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/21 23:52 投稿番号: [3206 / 43168]
旬の筍の煮付けとか、そのた様々なお出汁(昆布、鰹、いりこ、椎茸)の「香り」を楽しめないのかなあ…。

まあ、私も20年程前に京都に修学旅行に行った時は、薄味でつらかったけれども。

お漬物は日本では「香の物」なんて言いますが、韓国では「辛いモノ」かな?(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・

朝鮮軍司令部1904〜1945   古野直也著   国書刊行会

一、いつ、いかなる時でも唐辛子粉を食事に際し好きなだけ使わすこと。

(以下略)

>くしゃみしている。

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/10/21 23:52 投稿番号: [3205 / 43168]
こっちは、シャックリしてる。。(はは、、意味不明)


韓国でも、人が噂してると、くしゃみが出るっていうのかい??



ところで、mdk氏とプサンでオフ会やったのかい??

彼に会ったら、宜しくお伝えください。。(お暇な〜ら〜来てよ〜ね♪)

勿論、ジュワンくんも、、、最近、韓国人のご来店がさっぱりで、にゃみだでやんす。。

そうかー

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/10/21 23:32 投稿番号: [3204 / 43168]
ヒデヨシが火病を持込んだわけですね。

深謀遠慮といえばよいのか、

しかし、迷惑を蒙る強い副作用があった。(ファビョーン爆)

.>>強烈な味

投稿者: j_ururu 投稿日時: 2003/10/21 23:30 投稿番号: [3203 / 43168]
昔、韓国の男性の男性一人、他は日本人の大人数で居酒屋に行ったことがあって、「食事はどうですか?」と聞いたところ、「辛いものがなくて、あまり合わない。」と言われました。まぁ、そういうものなんでしょうね。

私の知合いの韓国女性が旦那と老舗の高級温泉宿に行って、
味に関して、
「私は日本のもの平気だけど、夫はダメだった。」
って言ってましたし、
素材そのものの味覚を楽しめない傾向
があるのかもしれません。

それも

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/21 23:23 投稿番号: [3202 / 43168]
ニッテイ、いや、ヒデヨシのしわざニダ!↓


  ((⌒⌒))     ドッカーソ!!
(((((   )))))
.    |   |
  .∧_∧
∩#`Д´>'') ファビョーソ
ヽ     ノ
  (,,フ .ノ
   .レ'

>刺激文化

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/10/21 23:19 投稿番号: [3201 / 43168]
→火病→地べた転がり泣き喚く文化

しかし、唐辛子を日本が伝える以前の時代はどうしていたのだろう。

わさびはあるはず無いし、からし大根で代用していたのかな?
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