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>人を大切にしない中国

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/29 18:08 投稿番号: [1580 / 7270]
既読されているかもしれませんが、いまちょっと読んでいるのが

『暗黒大陸   中国の真実』   ラルフ・タウンゼント   芙蓉書房出版
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4829503459/qid%3D1093769144/250-5946043-1631446

まだ四分の一程度しか読んでいないのですが・・・

>中国批判の切り口は沢山ありすぎて困るのですが、

これが実感できると思います。

この本は約70年程前にアメリカ人が書いたものですが、今の中国を観察していて思い当たることが、かなり書かれています。

中華思想がもたらす闇、更にその闇にどっぶりと浸かっている中国人を知らずして、中国と中国人には向き合えない・・・そんなことを想起させる一冊だと思います。

加えて、日本が味わった近代史の苦渋を理解するためにも当時の中国の有り様を知る必要を再認識させられつつあります。

>中国版のyusuraさん?

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/29 13:24 投稿番号: [1579 / 7270]
>(中国は好きなんですよ。面白い所が沢山あるし・・)

どうも、この中国が好きというは私もそうなんですが、今の中国に、かつての文化宗主国としての幻想を見ているからなんでしょうか。で、今の中国にその痕跡を見出そうとする。そして、結局はその幻想を今の中国は見事に裏切ってくれる。

このあたりの、幻想は年代が上の人ほど深刻のようで、今の経営者の世代以上の人達は、中国大陸から引き上げてきた人もかなりいて、その贖罪意識とあいまって、どうもちゃんとした計算を中国に対しては出来ない、よきにはからってしまう・・・そんなことが往々にしてあるようです。

まあ、それこそ孫子('そんし'ではなく'まごこ'です、念のため)のためには、自分達のやるせない中国への想いは胸に押し込んで、少しは毅然としてもらわないとお互いのためにならないと思います。

余談ですが、この前、東京国立博物館に行ったのは、十年近く前に「紫禁城(故宮)展」を見に行っていらいでした。で、来月は中国国宝展だとか・・・ぶつぶつ文句をいいながら、又行ってしまうと思います(笑
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=755

>部分のコピペですので、全文を読まれることをおすすめいたします。m(_   _)m
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm

中々、読ませますね。他の記事も結構面白そうですね。まあ、露骨に共産党批判できないからその分は割引ますが・・・

人を大切にしない中国

投稿者: matikadono_fukurou 投稿日時: 2004/08/29 02:26 投稿番号: [1578 / 7270]
横レス失礼します。
中国批判の切り口は沢山ありすぎて困るのですが、人をあまりに大切にしない惨い社会というのも一つの原因でしょう。

人が道端で死んでいたら無視などできませんが、中国ではほったらかしです。
他トピにあった投稿ですがコピペします。


http://www.taliacarner.com/deadnewborningutter.htm


人が道端で死んでいても、無視・無視・無視....。何事もないかのように人々は通り過ぎていく社会は問題です。国家100年の計は教育にあると叫んだ国の教育に疑問を感じます。それ以上に、このようなことが日常茶飯事なのかと思うと、ため息しかでません。

中国版のyusuraさん?

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/29 01:46 投稿番号: [1577 / 7270]
  ただ「理系」ってことで、他意はございません   m(_   _)m


  「中国はどうして日本に後れを取ってしまったのか」

http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm

  工学博士林思雲 Lin Si Yun
______________________________________

1963年中国南京市生まれ。南京大学理工学科卒。1992年に日本に留学。1996年に日本で工学博士を取得し、日本の化学材料の会社に務める。理工学院卒の理系出身ではあるが、文学や歴史に興味を持ちその方面の書籍を愛読する。1997年以降、インターネット上に独自の観点から書かれた政治、歴史、日中関係に関する文章を数多く発表している。

______________________________________

  ここなど、面白いです______________________________________
〜略〜
  原因5:中国人は忘れがちであるが、日本人は執着心が強い

  日本人が新年の初詣に靖国神社を参拝することは、戦犯を偲ぶもので、軍国主義復活の兆候であると、中国国内では絶えず批判の声がある。その動機はどうあれ、毎年、大勢の日本人が自発的に神社に参拝していることは、日本人には、昔国家に命をささげた「先祖」達に対する感謝の気持ちがあることを物語っている。一方、抗日戦争(日中戦争)の際、国家のために大勢の中国人が犠牲になったが、現在、その存在は殆ど忘れられ、ましてその魂を参拝することはありえない。自らの祖国に命を捧げた先祖をすぐ忘れてしまう民族には、強大な民族集結力が永遠に訪れないのである。

戦後、日本は巨額の資金を投入し、かつて激戦が繰り広げられていた太平洋の島々に残された日本兵の遺骨を日本に持ち帰り、埋葬している。ベトナム戦争後、アメリカはベトナムと国交を回復する際、ベトナムに対しアメリカ兵の遺骨の返還とベトナム各地における米兵の遺骨の調査を行う事を要求した。しかし、中国とベトナムとの関係の正常化が実現するときに、戦死した中国兵士の遺骨を回収に関する問題は殆ど提起されたことがなく、人気のあった中越戦争の中国軍の英雄達も、現在は忘れられようとしているし、まして朝鮮戦争、抗日戦争でなくなられた先祖のことは、完全に忘れられているといっても過言ではない。

中国人は絶えず日本に侵略された歴史を忘れるなと言い張るが、実際、大多数の中国人はもはやその事実を忘れかけている。中国の大学生が日本留学を試み、少女ができるだけ日本人との結婚を望み、そして農民達が相次いで日本に密入国を図る現状からも、中国人の日本に対する憎しみの度合いを推し量ることができよう。数年前にユーゴスラビアで中国大使館がアメリカの誤爆にあったが、それによって引き起こされた中国大学生達の激しい反米感情はわずか数ヶ月程度ですっかりなくなった。TOEFLの試験を受けてアメリカに行きたがる人数は減るどころか、むしろ増加していることも、中国人が歴史を忘れがちであることを示す一例であるといえる。
〜略〜(2003年6月16日)
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  部分のコピペですので、全文を読まれることをおすすめいたします。m(_   _)m

>中国という幻想

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/29 01:14 投稿番号: [1576 / 7270]
  こういうのが「大国」意識ってものなんでしょうか・・
  中国なんだから「大人(たいじん)の国」を目指してもらいたいもんですが、
  これじゃ見栄っ張りなだけのの小人大国になっちまう・・・
  (中国は好きなんですよ。面白い所が沢山あるし・・)


  共産党政権であろうが無かろうが、永年の思想は消せなかった、
  消す気もなかったかもしれませんね。(それが「良い」か「悪い」かの意味ではありません)  

  ↓中華思想を認識した対中戦略

http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=PAGE&ID=08505401230100020000000000031500

______________________________________

〜東アジアの国際的空間には歴史的・構造的にこのような中華世界の秩序観が存在してきた。この秩序意識は毛沢東の時代、訒小平の時代、そして今日の時代においても変わっていない〜

______________________________________

  その昔、中国は何かというと「ハケン云々」とニュースで報じられていましたが、(「ハケン」て何?と親に尋ねた記憶あり)
  この調子だと「日中平和友好条約」の条文解釈も日中間にズレがあるかもしれません。

   ↓「日中平和友好条約」中国関連用語解説より

http://www.long-net.com/chineseworld/kankei.htm#w6  

______________________________________

  1978年8月12日、園田直外相と黄華外相が調印。第1条で、主権、領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政への不干渉などがうたわれ、第2条で「覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対する」との反覇権条項を規定した。条約交渉は74年11月に始まったが、この反覇権条項をめぐって、ソ連を刺激したくない日本が反対し、調印まで時間がかかった。

______________________________________

>第1条で、主権、領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政への不干渉などがうたわれ、

  あれ、この条約はすでに破棄されているみたいですね
  (まだ有効なら、向うさんは条約違反だらけです)

>覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対する

  「いかなる国」ですか・・・「いかなる他国」とでも解釈しているのかな。

  ここで、戯れ標語をひとつ。m(_   _)m

  「笑って誤魔化せ、自分の失敗。指差し罵れ、他人の失敗。」

  これを地で行く世界が列島の東の大陸にあるようで、
  「白村江の昔より東は『凶』だ。関わるな」説にひかれます。

広大な中国という幻想

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/28 20:31 投稿番号: [1575 / 7270]
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0850540123010002

中華世界の変動と日本
台湾に内政干渉した日本政府
中国への常識レンズ
対中ODAを即刻中止すべき
中華世界に変動の芽
中華思想を認識した対中戦略が必要
日本にとっての台湾の重要性

正論   2004年3月号   第19回「正論大賞」受賞記念論文

飲み残しのワインの活用法

投稿者: sonoba_kagiri 投稿日時: 2004/08/28 02:41 投稿番号: [1574 / 7270]
>飲み残しのワインは冷凍させ、後にスープなどを作る時に入れると淡白な味を楽しめる。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/08/27/20040827000009.html

日本人が書いたのならわかるのですが、朝鮮人が書いたとなると、非常に違和感を覚えます。

吉野作造  中国・朝鮮論

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:43 投稿番号: [1572 / 7270]
吉野作造   中国・朝鮮論
http://devs.data-room.info/cgi-perl/bunken/serv.cgi?CHOICE=D&ID=080074013101

現在以下のものが完了しています。


             ▼序言、凡例、
二十一ヵ条要求以前     ▼露国の満州占領の真相(一九〇四)
二十一ヵ条要求以前     ▼大いに黄禍論の起れかし(一九〇四)

第一次大戦下の変貌     ▼満韓を視察して(一九一六)

三・一運動論(一九一九)   ▼対外的良心の発揮
三・一運動論(一九一九)   ▼朝鮮統治の改革に関する最小限度の要求
三・一運動論(一九一九)   ▼新総督及び新政務統監を迎う

三・一運動論 テキスト化終了しました

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:02 投稿番号: [1571 / 7270]
  ご協力いただいた皆様方には厚く御礼申し上げます。m(_ _)m

  資料室   管理人

三・一運動論 10

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:01 投稿番号: [1570 / 7270]
して、この点を能く朝鮮人に訴えたならぱ、なんらか解決の途が付くだろうと、極めて暢気な楽観説を唱えて居る者もあります。むろんそれにも一の理窟は有りますけれども、吾々が数千年来乃歴史を説いて、朝鮮の人の反省を求めるならば、これと同時に、日本人も数千年来の日韓の歴史に依って、反省すべきところが有るだろうと思う。不幸にして吾々同胞の間には、日本の方で反省するという方面から立てた議論はてんで聞かない。そうして朝鮮の人の言い分には耳を傾けないで、ただいたずらに彼等を漫罵するというようなことでありまして、国民の間には、どういう訳で朝鮮の方で不平を言うかという事惰がサッバリ判らぬ。今度の騒動は非常な大事件であります。あんな大事件が起ったのだから大いに反省して、いろいろ研究するかと思うと、ただいたずらに罵るぱかりだ。むろん彼等が乱暴をしたのであるから、罵っても宜い。けれどもただ罵るほかりで、吾々の方で反省する声は聞かぬのであります。漸くこの頃二三の新聞が、西洋人の指摘に狼狽して動き出したような訳であります。


  西洋人の指摘に依って新聞に表れて居る事で、最近最も問題となって居るのは、彼の水原事件*であります。水原に於て、朝鮮の数十名の良民を或る教会堂に集めて、それを皆焼き殺してしまった。又自分の亭主がどうたったろうと思って、安否を尋ねに往った婦人をも、鉄砲で以て撃ち殺したという事件である。これに就て、私は往って視た訳ではありませぬからして、確言することは出来ませぬけれども、これはその現場を後から往って視た外国人などがある。或は又私の友人で ── これは日本人ですが、私のごく親しい友人で朝鮮に居る立派な紳士が、その点を或る点まで是認しまして、もしいざという必要の有った時分には、いつでも往って証人になるという手紙を、私にくれた人があります。その他各方面の報道に依りますと、今度の騒動に於ては、日本の方でも残念ながら、いわゆる野蛮性を発揮して居る


事が随分ある。

  *四月一五目、京畿道水原郡堤巖里で発生したこの事件については、吉野は『中央公論』七月号でも「時論」欄で「水原虐殺事件」の題下に、その暴虐を非難している。

  むろん朝鮮人の間にも、残酷に憲兵を殺したとか、或は巡査を殺したとかいう事に付て、責むべき点は多々ありましょう〔のち当局発表では日本軍の死者はわずかに二名〕。けれども朝鮮人がやったからこちらでもやっても宜いという理窟は有りませぬ。残念ながらそういう暴行をしたという点が、吾々の方に多いようであります。その一例は、今度の騒擾の時に消防夫が出て往って、鳶口を以て、朝鮮人の四つか五つになる子供の頭を引掛けたという事もある。いったい今度の騒擾の鎮定に、消防夫を使ったいうような事は、善いのか悪いのか判らぬげれども、私共は甚だ貴憾と思う。初には万歳万歳と言うのを腕力を以て逐い退ける訳にいかぬから、消防夫を喚んで来て水を引っかけた。それから在郷軍人団が出て手伝うというようなことで、吾々から見ると、相当の程度を超えた取締を随分やったようであります。これも私の友人の話でありますが、警察官に捕えられて引張って往かれる朝鮮人を、どこかの雑貨屋の小僧が出て来て、その店で売って居るべースボールのバットで以て殴った。けれども巡査がいっこうそれを咎めなかったという例もあります。

  そういう風に今度の事件には、日本人も随分野蛮性を発揮して居るのでありまして、その点が外国人などの指摘するところとなって、どうも問題とせない訳にいかないようになって居る。げれども初はこういう事実が、公表が無かったのでありますから、吾々は知らなかった。外国人の方からはそういう報道がありますが、日本の官憲の方の報告には、そういう事が無いのです。どちちが本統か分らなかった。

三・一運動論 9

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:00 投稿番号: [1569 / 7270]
朝鮮統治の改革に関する最少限度の要求

  我が黎明会*に於きましては、先般来朝鮮の間題を多少研究して居りましたが、最近又朝鮮の有志からいろいろ話を聴いたり**、その他いろいろの材料を見たり聞いたり致しましたところからして、とにかく朝鮮の統治は、吾々学問を研究する者の立場から見ても、改革を必要とする。もっともどう改革をすれぱ宜いかということに就ては、固より吾々の間に意見の一致を見た訳ではありませぬ。ただ改革の必要と、而して一日もこれを等閑に附することが出来ないということだけは一同の均しく感じた所でありました。そこで吾々が各自の考を諸君に愬えて、そうして更に汎く国民全体の問題として、この研究の必要を愬え、又当局に向っても、その改革の急務なる所以を、国民の声としてこれを明かにしたいという所から、取り敢えず今日を第一回として、吾々各自の立場を申上げて見たいということで、今目この会を開いた訳であります。

  *一九一八(大正七)年二一月二三目創立。一一月の吉野と浪人会の立会演説会を契機として、大庭柯公が劃策し、吉野作造と福田徳三を提唱者として、民本主義的な学者四二名を糾合し、民主主義の世界史的大勢に逆行する「頑冥思想を撲滅すること」をめざして、議演会を主とする啓蒙活動を行たった。二〇年夏、解散。

  **三月一九目の第四回例会で、金雨英ら学生を含む朝鮮人八名を招いてその談話を聞いた。(『黎


・明講演集』第四輯七二頁)

  朝鮮で騒動が起りまして以来、既に三箇月を経て居ります。この騒動に伴れて吾々国民の間には、なんらか改革を必要とするという考が起った。なんらか改革を必要とするという点は、殆んど皆凡ての人のいわゆる異口同音に唱うる所である。彼の騒動は幸いに若干の兵力を増して、つまり武圧でいったんは鎮まった。武圧でいったん鎮静に帰したから、あのままで放任して宜いという考は、吾々の間に殆んど無い。ただ時期の問題でありましようが、兵力の方は早晩これを従来の旧に復する、或は従来よりも更に圧迫の手を緩めて ── 兵力を以て臨む関係を緩めて、いわばもっと文明的の政治をするということに改むる必要はないか。この点に於ても、殆んど諸君も皆御同感であろうと思うのであります。当局の間にも無論、相当の攻究は有るだろうと思いすけれども、今日まで吾々局外の目に触るる所に依れば、不幸にして殆んどどうするということの見極めが、未だ明かに定められて居ないようであります。否民間に於ても、この点はどうすれぱ宜いかという事に就ての、的確なる意見の発表を見ないのであります。中には忘れたかの如く、等閑に附して居る者もある。昨目か今目かの新聞に ── 確か今日の新聞と思いますが ── 載つてあったと記憶して居りますが、両三日前に新政会[衆麓無所属の官僚派グループ]という政党の人々が、原総理大臣を訪間して、今日最も緊急とするところの諸問題に就て質問したということでありますが、その中に朝鮮問題というものが一も無い。いやしくも天下の政党として、朝鮮の問題を等閑に附したということは、実に驚くべき事である。

  かくの如き次第で、官民共に朝鮮の問題を軽視して居るということは、私は甚だ遺憾に思う所でありますが、たまには又朝鮮と日本との数千年来の関係を説いて、昔からこういう関係の近い国であるから

三・一運動論 8

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:11 投稿番号: [1567 / 7270]
いかようにも操縦が出来ると誤解した事である。而して排日の事実起れば、当局は故意か有意か、自ら反省するの煩を避けて、直ぢに第三者の煽動に帰する。而して、さらでだに開拓を怠った彼の国の民心をして、これが為にいっそう噴慨の念を強うせしめる。かくまでして努めた苦心と又投じたる巨資とは、今日になって見れば、ただ失態の曝露によって酬いられたに止ったではないか。かくても当時対支外交の衝に当った人々は、我々はかくかくの計画を立てかくかくの利権を拡張するつもりであったと負惜しみを言う。それだけの計画が、先方の民心の自由な納得を得て確実に得られるかどうかを顧慮することなく、ただいわゆる経綸を述べ立つるだけの事なら、我輩は一夜の中に世界併合の方策を立案するを難しとせない。

  これと同じような事は、満蒙の間題、西比利亜の間題に就ても、一々実例に徴して論ずる事が出来るが、くだくだしいから今は略する。

  日米間題の如きも、多少趣は違うが、結局は同一に帰すると思う。米国に於ける排日の根本原因は一つは、日米両国人の接触より来る共同生活上のいくたの不便であり、又一つには、我国の東洋政策より類推して、米人が我対外発展の根本動機に対する不安疑倶の念である。この中のどれだけが誤解に属するかは、事実問題として別に論究するを要するも、少くとも我に於て大いに反省するの必要あるは云うを俟たない。而して、漫然人種的差別待遇の不当を説いて彼を責むるは、その主張にどれだけの真理あるにしろ、自己反省を欠く点に於て、我々は国民を警告するの必要を認める、いわんや日米間題の本質は、いわゆる人種的差別待遇に非ざるに於てをや。したがって予輩は、日米問題の解決も亦、或る意味に於て国民の自己反省を欠くの態度に誤られて居ると信ずるものである。



  いずれにしても、我々の自己反省を欠くの態度が、今日どれだけ外交的失敗の原因を為して居るか分からない。人は云う、国際関係は殺伐だと。けれども、一面に於て世界は割合に公平である。我々は事実の公平明白なる諒解の上に、道理によって問題を解決せんとする態度さえ誤らなければ、世界的共同生活の中に帝国の地歩を確立するに、毫も困難は無いと思う。この考よりして吾人は、国民に向って対外的良心の発揮を力説するの必要、今日より急なるは無いと考うるものである。*

(『中央公論』大正八年四月号)

  *この論文とほとんど同趣旨のことを、吉野は三月二二日の黎明会第三回講演会の開会の辞「まず自已を反省せよ」(『黎明講演集』第三輯)で述べている。

三・一運動論 7

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:10 投稿番号: [1566 / 7270]
新聞紙法違反事件に発展した。浪人会などの国粋主義者は、大々的に朝日攻撃の運動を展開した。

  しかし今日の時勢は、もはやかくの如き個人的なる不合理の横行を許さない。むろんその局に当る者は少数の識者であるに相異ないが、しかし彼等を動かすものは、大体に於て国民の間に流るる犯し難い一大潮流である。したがっていわゆる裏面に活躍する個人的陰謀は、固より小波欄を誘起するの効無きに非ざるも、汪洋として流るる一大底潮をいかんともすることが出来ない。熊谷直実が、一子小次郎の首を無官太夫敦盛の首たりと偽って実検に供えた。何も彼も飲み込んで居る義経は、直実の苦衷に感激して、敦盛の首に相異たいとこれを受け取った。しかし今日の時勢に於ては、いかに義経と直実との間に意志の疏通があっても、小次郎の首はどこまでも小次郎の首と去わずしては、とうてい間題の解決は出来ない。けれども陣屋の熊谷に限りなき興趣を感ずる日本の国民は、現代の歴史の解決にも、ややもすれぼこの筆法を用いたがる。ロイド・ジョージ〔イギリス首相〕を操縦するものがノースクリッフ〔『タイムズ』の経営者。大戦中イギリスの排敵宣伝相〕なりとか、ウィルソソ〔アメリカ大統領〕を操縦するものはハウス大佐〔ウィルソソの政治参謀。バリ平和条約の起草を援助する〕であるとか、又はロイド・ジョージがヒウス〔パリ平和会議のオーストラリア代表〕をして南洋諸島の間題に関して日本に当らしめて居るとか、さまざまの事を言う。予輩はこれらの事実を直ちに否認するものではないが、こう云う考え方が常に我々を誤って、朝鮮の問題に就ても、支那、西比刑亜の問題に就ても、何かと云うと二言目には何某が黒慕に居ると云う風に解して、遂に間題の真相を捕捉するに失敗せしむる。孫逸仙は曾て、従来の革命は英雄革命なり、我輩の陣頭に立つ今後の革命は国民革命なりと称して、新時代に於ける運動の国民的意気を発揮したが、この見識が無けれぱとうてい現代各種の運動を諒解すること


は出来ない。

  旧式の歴史哲学に拘泥するの弊が、ただ事実の真相に通ずるを妨ぐるだけに止まるならまだ我慢も出来る。けれどもこの思想が更に一歩を進めて各種の対外政策を指導するに至っては、国家の利益の為にとうていこれを黙視することは出来たい。何となれば、この思想は、外交に於ける国民的勢力の影響を無視するからである。近時我国の対支並びに対西比利亜政策の失敗の原因は、外交問題の解決はその局に当る個人を操縦すれぼいいものだと云う考に基き、あらゆる手段を尽してその籠絡に努めた結果では無いか。人間は器械ではない。いかに巧妙な手段を尽しても、必ずしもこちらの寸法に合うように動くと限らない。いわんや彼がいかに動いたからとて、背後の国民が納得しない以上、外交問題の解決は決して一歩をも進むるものではない。

    六

  前内閣〔寺内内閣〕の援段政策が、原内閣となって不徹底な南北融和勧誘策となり、而して勢の迫るところ遂に日支両国問に締結せられたる凡ゆる秘密条約公表と云う段取にまで進んだのは、当局者に何の弁解があるにしろ、我々国民は断じてこれを最も見苦しき失態の曝露と断ずる。我国の外交史上にかくの如き一大汚点を印したる原因は、一つには偏狭なる利已的政策の誤りにも因るけれども、又一つには、世界の物議と支那民衆の排日心理とに重きを措かなかった罪であり、殊に袁世凱とか段旗瑞[北洋軍閥をひきいた袁世凱の後継者。国務総理〕とか有力な一人の利已心を満足せしめれぱ、支那の天下は

三・一運動論 6

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:09 投稿番号: [1565 / 7270]
の事情から考えて、彼等の大部分が暴動そのものの同情者であるとは思われない。いわんや教唆扇動の事実をや。予輩は又外国宣教師と総督府との間につまらぬ誤解に基する反感の有った事を知って居る。もしそれ朝鮮統治の政策に対する多少の不平に至っては、我々日本人が目本の立場から考えてこれを抱いて居る位だから、彼等が鮮民そのものの立場から考えてこれを抱くは許し難い事であるにしろ、多少これを諒とすべき事情はある。まして彼等は鮮民の開発指導に就ては日本人の先輩である。而して対日暴動の指導者の多くが彼等の教育したものの間から出て居る以上、自らこれに一種の同情を寄するは又怪しむに足らない。これだけの情状を酌量して、しかる後に我々は彼等宣教師の態度を吟味すると云う措置に出でなけれぱたらない。軽々に彼等を煽動者呼ばわりをするのは、国交上面白くない事は言う迄も無いが、一つは日本人の偏狭を曝露する実例たるのみたらず、又一つには事実の真相を明かにする所以でも無い。

  朝鮮の暴徒が多く基督教徒の間から出たからと云うて、宣教師そのものが日本の敵であるかの如くに考うるのは、あまりに軽卒な論断である。すべてかくの如き運動は、国民の開発に伴う一つの免るべからざる結果である。何故民心が開発してしかも日本に敵対すると云う馬鹿な事をするかと問うならぱ、ここに日本の静かに反省すべき何ものかがあると答えて置こう。善かれ悪かれ、鮮民は教育され開発されて、ああ云う運動を起したのは、ちょうど支那の留学生が日本の教育を受けて熱烈な革命党となったと同様である。目本の教育は決して留学生に革命を鼓吹はしなかった。朝鮮基督教学生が暴動を起したが故に宣教師の教育に責任ありと云うならぱ、日本の教育はまさに前清朝に向って大いなる責任を負わねぱなちぬ道理であった。


  予輩は、固よりここに宣教師の無罪を弁護せんとするものではない。ただかかる国交上極めてデリケートな間題は、事実の慎重にして公平なる糺明を俟って論ずぺく、而して軽卒なる論厳の結果、いたずらに責任を他に嫁して自ら反省するの労を避くるは、断じて大国民の襟度に非ざるを断言したい。自分の事を棚に上げていたずらに人を傷つげるのは、個人の問に在ってもこの上も無き醜態である。而して国家問題としてはただに醜態だと云うぱかりでなく、事実の糺明を怠らしめ、問題の根本的解決を誤らしむるところに、堪うべからざる弊害が横たわって居る。

  いったい我国には、何か事があると、それを一二少数の陰謀に帰したがる癖がある。早稲田大学に騒動〔一九一七(大正六)年の後半、早稲田犬学学長の椅子をめぐって天野為之派と高田早苗派が争い、学生ストライキもおこった〕が起ったと云えば、後藤男が黒幕に居って操縦したとか、朝日新聞撲滅の運動*が起ると、その蔭に犬養氏があるとか、事実そうであったかなかったかは、固より予輩の与り知らざる所であるが、こんた風の解釈をして喜ぶ癖、又こんな風に解釈せねば根本の真相が攫まったとは云えないと云うような癖がある。これおもうに、古い専制時代の歴史哲学に累せらるる謬解ではあるまいか。専制時代では、一人の英雄が天下を率い、又英雄と英雄との談笑の間に外交の懸引が決まる。したがって又この間に無限の歴史的興味もある。例えば維新の大業も、これを南洲と海舟との一場の会合の展開として観れば、歴史はここに一個の微妙たるローマンスとたる。而して歴史をすべてこう云う立場から解釈すると、歴史的進化は即ち個人的なる陰謀譎詐、誤解瞞着等の綜合的成果にして、後から見れぼ興味ある物語になるが、直接その事に当ればこれほど危い仕事は無い。

  *一九一八年八月、米騒動のとき大阪朝日新聞の記事中の「白虻貫日」の一句が不穏であるとして、

三・一運動論5(左頁)

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:08 投稿番号: [1564 / 7270]
の尊敬を受くる大家の旦那などと云うものは、畢竟かかる平凡た人類の心理に通じた人である。植民政策成功の秘訣は又この外に出でない。多少趣が違うが、昔伊太利王国(イタリア)が羅馬(ローマ)占領の際法皇領の市民に対して採った態度の如きは、心理尊重の道に於て、第一歩を正しく踏み出しさえすれば、その後の始末がいかに容易なるかを語るものである。要は第一歩の踏み出し方いかんに在る。而してこの第一歩に於て誤らんか、後に至っていかに悔ゆるも及ばざるの難局に遭遇する事は、現に我々の経験しつつあるところである。聞くところに依れば、我人が従来動物に近しと迄蔑んで居った台湾の生蕃さえ、いわゆる一寸の蟲にも五分の魂に洩れず、一部邦人の心無き所業に対して深き怨恨を抱いて居るとやら。いわんや朝鮮人はともかくも長き歴史を背景として独特の文明を有する民族ではないか。自分の値打は自分の思うほど世間で高く買ってくれないと同じく、他の人はこちらの思うほど自分で自分をつまらないと思わないものである。自らを不当に高く値踏みし、他をば不当に低く値踏みするの弊は、殊に民族の間に甚だしい。それだけ我々が自ら一日の長を自負して他の民族に臨む場合には、取りわけ対手の心理を尊重するの必要がある。これを等閑に附してしかも朝鮮統治に成功を期するは、いわゆる木に縁って魚を求むるよりも難い。

  第二に、暴動の起因が第三者の煽動に在りと考えて居る間も亦、吾人はとうてい根本的解決に達する事が出来ない。外国宣教師が事実どれだけ朝鮮の暴動に関係ありやは、先入の偏見を去って冷静に事実そのものを明白にする必要がある。彼我共に納得し得べき明白なる事実に基くに非ざれば、人を責むるも何の効も奏しない。予輩は、一部の宣教師の問に極端に目本の統治を誤解し、又極端な反感をこれに向けて居る者あることを耳にして居る。けれども、基督教の精神並びにその伝道の動機その他いろいろ

三・一運動論 分担表 ピンチヒッター

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:07 投稿番号: [1563 / 7270]
吉野作造   中国・朝鮮論 三・一運動論
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0800740131010009
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0800740131010010

画像に出ている頁番号で登録済みかどうか確認できます。

   分担         担当
・1から上がる     yusuraさん   代打   ホント号
・10から下がる     dylakeさん
・11から上がる     猫飯さん
・20から下がる     兎亀さん
・21から上がる     ホント号
・31から下がる

「つくる会」の歴史教科書、採択される

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 12:15 投稿番号: [1562 / 7270]
「つくる会」の歴史教科書、都立の中高一貫校で採択
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教科書採択を見守ろうと、20人の都教委傍聴席に対して173人が並んだ=26日、東京都庁で


  「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集された歴史教科書(中学生用・扶桑社版)が、26日に開かれた東京都教育委員会で、来春開校する都立中高一貫校の教科書として採択された。扶桑社版教科書をめぐっては「戦争を美化している」などの批判もあり、全国的にはほとんど使われていないが、都立の普通校での採択は初めて。

  都教委の審議は午前10時から公開で始まり、6人の委員が8社の歴史教科書を比較した資料を基に検討。北朝鮮による拉致問題の扱いや、神話・伝承を知り、日本文化や伝統に関心を持たせる資料かどうかなどについて違いを研究した結果、5人が扶桑社版教科書を推した。

  扶桑社版教科書を使うことになったのは、都立初の中高一貫校となる白鴎高校付属中学校(仮称、台東区)。来年度は1年生のみ約160人を募集する予定で、「日本の伝統文化の教育に力を入れる」ことを特色として掲げている。

  都教委は01年、養護学校2校と1分教室向けに扶桑社版の教科書を採用。文部科学省によると、同教科書を使う公立校は現在、都立養護学校のほか、愛媛県立の中高一貫校3校と養護、ろう学校の一部だけで、私立を含めた採択率は0.097%にとどまっている。

  扶桑社版教科書については中国、韓国が「侵略戦争の本質を隠している」などと検定段階で反発し、日本政府に表現の修正などを要請。文部科学省も137カ所にのぼる検定意見を付け、修正後に合格となった。しかし、「歴史を歪曲(わいきょく)している」「女性蔑視(べっし)の表現が目立つ」との批判がある。

  都立養護学校で採用された01年、都教委には全国から「戦前の侵略戦争や植民地支配を肯定している」などと採択に反対する意見が多数寄せられた。今回も、市民グループが全国から集めた約2万8000人の署名を都教委に提出するなどの反対運動が起きていた。 (08/26 17:52)

http://www.asahi.com/national/update/0826/017.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
>文部科学省によると、同教科書を使う公立校は現在、都立養護学校のほか、愛媛県立の中高一貫校3校と養護、ろう学校の一部だけで、私立を含めた採択率は0.097%にとどまっている。

まず、この「とどまっている」という表現に、朝日の悔しさが滲み出てるように思います。更に、採択阻止は出来なかったが、採択率の低さを強調してこの教科書は偏った異常なものであるという印象を植えつけたい・・・お得意の印象操作も兼ねているような感じがします。

あと、他の批判は毎度聞き飽きてますが、

>「女性蔑視(べっし)の表現が目立つ」

これは更に巧妙な印象操作でしょうか。実際に教科書を私は読んでないのでなんとも言えませんが、単に歴史認識だけではなく、女性蔑視という単語を並べることにより、より強い反社会性を印象付けたいのかもしれません。

>今回も、市民グループが全国から集めた約2万8000人の署名を都教委に提出するなどの反対運動が起きていた。

2万8千程度では・・・東京にあって・・・しかも、全国から集めたとしているから、まあ、反対運動は思いのほか盛り上がらなかったみたいですね。

愛媛の時は県内で、採択反対は3万程度はあったはずだけど。ちなにみに採択賛成の署名は40万を超えていたはず。


そういえば、扶桑社なんて教科書の営業にまるで実績がないんだから、作られた当時無視すれば採択するところはなかったろうに、なまじ騒ぐもんだから一般の書店でベストセラーになってしまったという、サヨク得意の自爆芸を思い出しました。

で、あまり騒がないのはその教訓のせいか???、まさかね(笑

以下読売、毎日、産経同趣旨の記事です。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040826i504.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2004/08/26/20040826dde041040076000c.html
http://www.sankei.co.jp/news/040827/morning/27iti003.htm

>>地方紙特集

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/25 07:32 投稿番号: [1561 / 7270]
>↑   このコーナーで「山陽中央〜」

毎度お世話になります。ご指摘ありがとうございます。早速訂正しました。
http://devs.data-room.info/news/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0200200401000001


あ、それでついでといってはなんですが、駒大苫小牧優勝おめでとうございます。

次は、みちのくへ・・・くるといいなぁ。

>地方紙特集

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/25 03:29 投稿番号: [1560 / 7270]
>これ以外にも地方紙を覗きたかったら


  入り浸りそうで恐いですが・・(日々、充実の資料室。頭が下がります)

  有難く覗かせて頂いております。m(_   _)m


>▼社説から何が読取れるか


  ↑   このコーナーで「山陽中央〜」とあるのは・・・つまらんこと書いてすみません   m(_   _)m

 

>>新聞社リンク

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/24 17:23 投稿番号: [1559 / 7270]
>ところで、最近、産経新聞の紙面がそのままパソコンで読める有料サー
ビスが気になっています。産経新聞は北海道版が無いので、これは有り
難いシステムです。

http://www.newsvue.net/


実は私も資料室を開設する時に、年表代わりに使おうと思って色々な新聞社のデータベースサービスを比較したことがあります。

本当は読売と朝日を契約しようかと思ったのですが、朝日が高い!!!

これはある意味、過去記事を検索させないための策略かと思ったくらいで(笑

まあ、どこだかの調査では高学歴、高収入の読者が一番多いとか妙な自慢をしていたお高い朝日のことですから、貧乏人は使うな、ってことでしょうね。

で、結局読売のサービスだけ使っています。検索も従量制ではなく固定で月額525円ですから、かなりお値打ちだと思います。

ヨミダス文書館
http://www.yomiuri.co.jp/bunshokan/

産経も取りたいのだけど二つはちょっと・・・

まあ、「正論」は買ってますから、それで許してください(笑

>新聞社リンク

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/23 13:46 投稿番号: [1558 / 7270]
また面白いデータが整備されましたね。管理人様、お疲れ様です。

朝日新聞のサイトから発行部数を調べると、2003年上期(1〜6月)
のデータとして、828万5千部となっていますね。ほんの数年前は読売と
競り合いながら1000万部を伺っていたはずなのに、結構な凋落ぶりです
(読売新聞は2003年下期のデータで1004万部弱)。

で、読売新聞の方のデータには2003年下期の主要全国紙のデータが掲載
されているのですが、こちらでは朝日新聞の発行部数が823万8千部弱と
なっています。なんと半年で5万部弱の減少です。減少傾向は着実に続いて
いるようですね。対して産経新聞は、2003年の上期(208万6千部)から
2003年10月(211万4千部)にかけて3万部弱の伸びだそうです。更にその
前年は6万部強の伸びを記録しています。

気になって毎日新聞も調べてみましたが、2003年の上期(395万8千)から
下期(391万4千)にかけて、なんと4万強の落ち込みです。どうも左系の
メディアが軒並み購読者を減らしているようですね。

ところで、最近、産経新聞の紙面がそのままパソコンで読める有料サー
ビスが気になっています。産経新聞は北海道版が無いので、これは有り
難いシステムです。

http://www.newsvue.net/

地方紙特集

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/21 18:12 投稿番号: [1557 / 7270]
▼社説から何が読取れるか
http://devs.data-room.info/news/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0200200401000001

>では、ご期待にこたえて(・・ないかも知れませんが)

では、私もご期待にこたえて(・・ないかも知れませんが(笑

で、社説となっていますが、社説がない場合や、適当なものが無かった新聞社もあります。

その際は、省略したり、他に変わるものがあるときはそれを採りました。

要は、その新聞社のスタンスができるだけ解るものをと心がけました。大体は8月15日の社説ですが、そうでないものも先の通りいくらかあります。

まあ、社説をちゃんと載せている場合は程度の差こそあれ大概は、「ヒダリ」みたいですねぇ(笑

それに社説読まなくても、提携している新聞社、通信社をみればなんとなくわかる場合もあるし・・・

で、全部読むのは大変ですから、何かゆかりのある場所でもちょっと読んでみると面白いです。

ちなみに、テレビは電波法の規制があって不偏不党であるべし(つまりお上のチェックが入る)、となっているようですが、「紙」に関してはそんな規制はないので(当然と言えば当然ですが)、いくら偏向しても(売れるか売れないかは別にして)、それは自己責任だとか。

それで、これ以外にも地方紙を覗きたかったら
http://the.data-room.info/020_news/index.html

をご利用ください。

「東洋人と呼ばれるのがいちばん好き」

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/21 17:52 投稿番号: [1556 / 7270]
http://www.epocaclub.com/kagayaku/zz16kin.htm

>「韓国人が中国で生まれ育ち、日本にくると三国人になるんです。三カ国にすごく愛着を感じています」

この人はそれぞに愛着をもった上で「東洋人」と呼ばれたいというのはなんとなく、共感できます。

まあ、地球市民などと、祖国を否定した挙句のうすらさむい軽薄な呼称ではないと認められますね。

まあ、この話をしだすとくどくなるのでしませんが(笑

で、

> 「三カ国には、それぞれの文化があり感受性も違います。違っていていいんですね。無理やり同じにしようとするのが間違いです。どちらがいいかでなく、違いを認め合うことが大切です」

この点は大いに共感します。私も韓国や中国に対して批判はしますが、こちらの考えを認めないからといって相手を否定したりはしません。まあ、確かにこちらの道理とあちらの道理が違うこともあるでしょうから、お互い道理を通しているつもりでも、衝突することは少なくないと思います。

ですが、明らかに悪意をもったものに対しては、とことん怒るべきだと思うし、逆ゆずるべきところはこだわりなくゆずるべきだとも思います。

まあ、これからは、当分、喧々諤々とやりあうべきですよね。何も、鉄砲を向け合って喧嘩するわけじゃない。逆に、鉄砲を向けて日本もやられると、こちらもそれに対応しなくてはなりませんから、そうすると日本も鉄砲が必要になるから、それはして欲しくない。

まあ、何度も話しに出てきますが、「みせかけの友好」なんて必要ないです。本当に友好を望むなら、とことん(本音の議論を)やるべきです。

知ってか知らずか。

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/21 02:15 投稿番号: [1555 / 7270]
  社説を読みなおして。

  「ようやく今年、初の遺骨収集団が十六柱の遺骨を持ち帰った。」

  これでは今まで何もしなかったと受取れますが。

  ↓厚生労働省「報道発表資料」より

http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/bukyoku/syakai/2-r1.html

______________________________________

1   遺骨収集等慰霊事業について

(1) 遺骨収集

ア   旧ソ連抑留中死亡者の遺骨収集
  平成4年度から本格的に実施してきており、平成14年度までに14,846柱の遺骨を収集したところである。
  平成15年度においては、前年度からの継続分など、ハバロフスク地方等6地域について実施することとしている。

イ   南方地域等における戦没者の遺骨収集
  平成15年度においては、これまでの間に寄せられた残存遺骨情報に基づき、2地域において遺骨収集を実施するほか、相手国関係機関等からの要請があった場合には、応急派遣団を派遣することとしている。

ウ   都道府県に埋葬地や遺骨に関する情報が寄せられた場合には、援護企画課外事室に御連絡願いたい。


(2) 慰霊巡拝

ア   旧ソ連地域
  埋葬場所が特定されている地域を中心に、平成14年度まで延べ481か所において「墓参」を実施してきたところである。
  今後は、埋葬場所の特定の有無にかかわらず、各地方・州毎に広く遺族の参加を求めることを視野に入れ、平成15年度においては8地域について「慰霊巡拝」を実施することとしている。

イ   南方地域等
  旧主要戦域となった地域における遺族を対象として慰霊巡拝を実施しているところであり、平成15年度においては、フィリピン等6地域について実施することとしている。

ウ   慰霊巡拝の実施箇所数が増加することにかんがみ、都道府県においては、関係遺族へのさらなる周知徹底を図るとともに、参加遺族の推薦方よろしく願いたい。


(3) 慰霊碑の建立

ア   旧ソ連抑留中死亡者の小規模慰霊碑
  平成12年度以降、旧ソ連邦において遺骨収集が事実上実施できない地域等について、旧ソ連の地方政府などに順次計画的に小規模な慰霊碑を建立することとしており、平成15年度においては、4地域に建立することを予定している。

イ   戦没者慰霊碑の補修
  既に建立している海外戦没者慰霊碑については、それぞれの建立地の相手国関係機関等と維持管理の委託契約を締結し、維持管理を行っているところであるが、年月の経過とともに補修の必要が生じている。平成15年度においては、「中部太平洋戦没者の碑(サイパン島)」等3ヶ所の補修を行うこととしている。

ウ   海外民間建立慰霊碑の調査
  民間団体等が海外に建立した日本人戦没者の慰霊碑等については、関係者の高齢化等により維持管理が不十分なものがあるため、平成12年度以降、在外公館、都道府県及び民間団体の協力を得て、調査を行っている。
  これらの慰霊碑等については、建立者が維持管理を行うことが基本であるが、先の大戦に起因して、戦没者等の慰霊のために日本国民が建立したものであり、国としてそのまま放置することは適切でないことから、平成15年度においては、民間団体に委託して、これら慰霊碑等の管理状況を調査し、関係者に対して維持管理の指導を行うこととしている。


(4) 戦没者遺骨のDNA鑑定について
  遺骨の身元特定にDNA鑑定が有力な手段となってきていることから、平成13年度から戦没者遺骨のDNA鑑定に係る技術的、倫理的な問題について検討を進め、平成14年度末までに、DNA鑑定を円滑に実施するためのルールづくりの検討・整理を終えることとしている。
  平成15年度においては、これらの検討を踏まえ、遺骨から有効なDNAを抽出できること、埋葬者資料等が残っていることなど一定の条件を満たす場合に、希望する遺族に対して国費によりDNA鑑定を実施することとしている。

______________________________________

  役所だってコツコツ地道にやってるんだから、きちんと報道してほしいものです。

 
  ↓「16年度遺骨収集等慰霊事業の実施計画等について」

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/04/h0408-2.html

  ↓「平成16年度遺骨収集・慰霊巡拝等実施計画表」

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/04/h0408-2a.html

>凄い社説です

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/21 01:26 投稿番号: [1554 / 7270]
  その社説のはじめの方ですが。

>〜   終戦から半世紀以上過ぎたのに、傷跡はいまだに癒えない。例えば一九三九年、日本軍がソ連・モンゴル軍に大敗したノモンハン事件。ようやく今年、初の遺骨収集団が十六柱の遺骨を持ち帰った。が、現地にはまだ三千人を超える日本兵の遺骨が眠るという。今なお「帰国」がかなわない人たちや遺族の無念を思うと、胸がふさがれる。

  ↓有料サイトなので見出ししか見られませんが

http://www.worldtimes.co.jp/wtop/bunka/main.html

   「モンゴルの元兵士が靖国参拝   『恩讐を越えて』   作曲家のビルワさん 12/9


   ↓ここのドキュメンタリー番組でも紹介されています(再放送見られるかな・・?)
http://www.historychannel.co.jp/rec

______________________________________

  ■20世紀のファイルから−証言・あの時、あの人
  ノモンハン事件秘話〜発見された軍医の手記〜(#77)
8月14日(土)
「ノモンハン事件」にモンゴル国第6騎兵師団のラッパ手として参戦、戦闘開始と休戦のラッパを吹いたG・ビルワ氏が、64年後にある想いを胸に「靖国神社」を参拝するため来日。その頃、奇しくも日本軍の第23師団の軍医としてノモンハンの荒野で戦死者と負傷者の収容と救護をした上村一男軍医少尉が遺した「陣中手記」が発見された。上村軍医の遺族は、その手記を持ってビルワ氏を訪ねて上京してきた…。

______________________________________

 
  金文学氏へのインタビュー記事がありました(端が欠損してるのがおしいです)

  ↓「東洋人と呼ばれるのがいちばん好き」
http://www.epocaclub.com/kagayaku/zz16kin.htm
______________________________________

日中韓の比較文化学者・金文学さん(40歳)は、ライフワークである日中韓の文化の紹介に日々努力しており、三ヶ国語で記した著書は30冊にも及ぶといわれる。
その中の代表作である「裸の三国志」「中国人民に告ぐ」「韓国人民に告ぐ」「反日という甘えを断て」の4冊を中心に、以下金文学さんを紹介する〜

______________________________________

>恐るべし地方紙・・・

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/21 00:47 投稿番号: [1553 / 7270]
>だってあの北海道新聞でさえ


  ・・・・・・「でさえ」ですかぁ(笑)

  では、ご期待にこたえて(・・ないかも知れませんが)

  ↓「終戦の日   平和の願い札幌でも   反戦の催し相次ぐ」   2004/08/16 14:45

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/backnumber.php3?&d=20040816&j=0019&k=200408164844

______________________________________
  五十九回目の終戦記念日の十五日、札幌でも戦争の悲惨さや反戦を訴える集会や、戦没者追悼の催しが開かれ、大勢の人たちが平和に暮らせることの大切さをかみ締めた。

  同日夜にはカトリック札幌地区宣教司牧評議会が呼びかけた平和祈願ミサが、中央区北一東六のカトリック北一条教会で開かれた。約百二十人が静かな祈りをささげた後、大通西三までのデモに参加。手製のプラカードを掲げて「核兵器をなくそう」「有事法制反対」と声を合わせた。

  これに先立って同区のパルコ前では、平和団体などでつくる「さっぽろ平和行動実行委員会」が主催する街頭行動があった。街頭演説で戦争の悲惨さを訴えた道平和婦人会の三浦章子会長(77)は「日本は戦争の被害者でも加害者でもある。戦争を二度としないという終戦時の誓いを忘れてはいけない」と力を込めた。

  憲法九条の擁護を求める市民団体「第9条の会・オーバー北海道」も、三越札幌店前で九条を朗読し、憲法の平和主義をアピールした。

  かでる2・7では、市民団体「日本を大切に思う道民の会」主催の催しが開かれ、約八十人が参加。日中関係を考える講演会のあと、参加者は札幌護国神社で戦没者の冥福を祈り、玉ぐしをささげた。参加した中央区の自営業佐久間道雄さん(62)は「終戦記念日は、国のために死んだ人に参拝する日で、世界平和のためにも大切」と話した。(渡辺創)

<写真:手製のプラカードを掲げて平和を訴えるデモ参加者=15日午後7時50分>

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>「日本を大切に思う道民の会」主催の催しが

  これ、講演会だったんですがかなりタイムリーなテーマだったようです。
  (金文学氏だったとは・・主催がここじゃなければ聞きに行きたかった・・)

  ↓「終戦記念日で『真の日中友好を考える集会』開催」08月15日 (日) 13時09分

http://www.bnn-s.com/bnn/bnnMain?news_genre=2&news_cd=220011026748
  
______________________________________

  「ケンカするほどでなければ真の友好関係は築けない」と講師。

  8月15日の終戦記念日、真の日中友好をテーマとした講演会が午前10時20分から、札幌市中央区の「かでる2・7」(北2西7)で行われた。

  市民団体「日本を大切に思う道民の会」の主催。講師に招かれた広島県の呉大学講師・金文学氏が韓国系中国人学者の立場から、真の日中友好関係を構築するためのさまざまな提言を投げ掛けた。

  比較文化、比較文学、文化人類学を専攻し、日中韓の3ヵ国語で執筆、講演活動をこなしている金氏は、日本が中国に対して抱いているイメージが現実とかけ離れているとしたうえで、「互いの欠点を指摘し合い、ケンカするほどでなければ真の友好関係は築けない」と指摘。

  また、中国人の国民性は歴史上の経緯からみても“闘”に当てはまるとし、「調和を好む“和”の精神を持っている日本人だが、外交上ではもっと自己主張していかなければ、歯が立たないのは当然」と解説した。

  当日は約70人の聴衆が集まり、金氏の解説で戦後から59年を経てなお大きなしこりが残っている日中関係の現実を再確認しながら、今後の友好関係構築の手段を探っていた。
______________________________________

>自己主張していかなければ、歯が立たないのは当然

  (   ´▽`)ノ<言われたら言い返しましょう(罵倒はNG)

アジア杯反日騒ぎのサポーターを調査

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/20 22:04 投稿番号: [1552 / 7270]
中国当局、アジア杯反日騒ぎのサポーターを調査

  【北京=佐伯聡士】中国公安省スポークスマンは20日、今月7日に北京で行われたサッカーのアジアカップ決勝戦後に中国人サポーターが反日騒ぎを起こしたことについて、「北京市公安当局が法に基づいて事件を調べ、関係者の処分を行っている」と述べた。

  ただ、騒ぎ自体に対しては、「サッカーでの過激な行為は、目にしたくないことだが、近年、多くの国で起きている」と述べ、サッカーをめぐる熱狂的ムードが一因との見方を示した。

  北京の日本大使館は、試合会場で公用車が中国人サポーターに破壊されたことを受けて、中国側に容疑者逮捕などを要求している。

(2004/8/20/19:22   読売新聞   無断転載禁止)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20040820id22.htm

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これは、北京オリンピックをにらんでのこともあると思いますが、日本の世論の影響も大きいのではないでしょうか。世論の影響がなければ、日本大使館も逮捕を要求したりしなかったかもしれません。

自分のところは身勝手な理由の「反日」でも、日本に理のある「反中」になられるのは都合が悪いわけで・・・

で、日本は怒るべきときは怒る、とごくごく当たり前のことがひつようなんだと思います。

四国新聞社の8月15日・・・

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/20 20:24 投稿番号: [1551 / 7270]
8月15日付・一日一言

  アテネ・オリンピック開会式の会場に、燃え上がった「五輪の炎」は戦火のそれではない。平和と友愛の象徴。打ち上げられた花火は、砲火のさく裂とは異なる。

  戦争が相次いだ昭和初年から敗戦までにかけて、作家の司馬遼太郎は「異質の時代」と規定している。異質に歯止めをかけたのは、一九四五(昭和二十)年八月十五日、昭和天皇の玉音放送によってである。「香川歌人」(八月号)は「八月に思う、八月に詠(うた)う」を特集。

  この中で三崎ミチルさんは「八月十五日里芋畑に仰ぎ見たそれより美しき空をまだ見ず」の一首を載せ、国民学校六年生だった当時を回顧。終戦の日は全国的に、おおむね晴天の、暑い夏の一日。山田風太郎は疎開先の長野県飯田で終戦を迎える。

  日記に「炎天。帝国ツイニ敵ニ屈ス」と書いた。当時、二十三歳の医学生。軽挙妄動を慎む文章も続く。この年、永井荷風は六十五歳。三月九日の東京空襲で、万巻の蔵書を失う。中野のアパートに移るが、五月に再び空襲の被害。逃れた岡山市内で六月、三度目の空襲に遭う。

  荷風の「断腸亭日乗」には「焼跡の町の水道にて顔を洗ひ汗を拭(ぬぐ)ひ、休み休み寓(ぐう)居にかへる」(岩波文庫)とある。同夜、染め物屋のばあさんらと「休戦の酒宴を張り」酔って寝る。四十七歳の大仏次郎は、なかなか寝つけない。

  「未曾有(みぞう)の革命的事件たるのみならず、この屈辱に多血の日本人、殊に軍人中の一途の少壮が耐え得るや否やを思う」(「敗戦日記」草思社)と大仏。すべてゼロから出発した日本。

  豊かさを求めて、ひた走った時期も、別の意味で「異質の時代」かもしれない。来た道を振り返る日。

http://www.shikoku-np.co.jp/news/kagawa_column.asp

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四国中がお尋ね者史観に毒された新聞社によって席捲されているのかと少し心配になりまして、ちょっと他社の記事をのぞいてみました。

四国新聞は香川県の新聞ですが、香川は別名「保守王国」とも言われていますよね。

で、確か大平さんの出身地でもあったはずです。

地方紙の記事も比較してみると中々面白いですね。

で、こんな記事も
http://www.shikoku-np.co.jp/news/news.asp?id=20040607000034

>今国会最大の焦点だった年金改革法案は、混乱の中で成立した。参院選を控え党利党略とメンツが先行した異常事態。大平さんは、どう受け止めているだろうか。十二日は二十四回目の命日。

やっばり大平さんは地元の誇りなんですね。

う〜ん、地方紙回りも結構面白いなと・・・でも、韓国カテだとカテずれですよね・・・少し考えねばなりませんかね。

中国、外国人の永住を許可

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/20 20:08 投稿番号: [1550 / 7270]
中国、外国人の永住を許可   技術や投資促す狙い

  中国公安、外務両省は20日、専門技術や外資の導入を促進するため、外国人に永住を許可する「永久居留証」(中国版グリーンカード)を発行すると発表した。

  永住許可が得られるのは健康で犯罪記録がなく(1)多額の対中直接投資(2)中国国内の政府系機関や主要大学、ハイテク企業で副社長や助教授より上の職を4年以上担当(3)中国に対する重要な貢献があった−など7項目の条件のいずれかに該当する外国人。

  多額投資ではハイテク関連など中国政府が奨励している業種や、西部地区では50万ドル(約5500万円)以上、中部地区では100万ドル以上と政府の内陸重点開発計画「西部大開発」政策に沿って西部への投資家を優遇。投資が複数にわたる場合は計200万ドル以上としている。

  中国は1985年から外国人出入国管理法などで一部外国人の永住を認めており、公安省によると既に3000人余りが許可を受けているが、新規則で条件を明確に定め専門技術者や投資家らの永住を促したい方針。

  中国国内では厳しい戸籍制度で移転の自由などが制限されているが、公安省幹部は「永住を許可された外国人は住居、就業などで居住地の制約を受けない」と述べ、新制度をPRしている。(共同)

(08/20 19:07)
http://www.sankei.co.jp/news/040820/kok102.htm

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中国並みの条件を日本も適用してもいいんじゃないかと思ったのは私だけでしょうか(苦笑

で、この条件だと日本にとって不利益な永住外国人はいなくなるでしょうね。この点は中国を見習っても良いかもしれないかな?

恐るべし地方紙・・・

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/20 14:55 投稿番号: [1549 / 7270]
なかなか、凄い社説です。

終戦記念日   教訓生かし恒久平和の実現を
http://www.ehime-np.co.jp/shasetsu/shtsu20040815.html

>先日も戦争の生々しい傷を思い起こさせる出来事があった。中国で行われたサッカーのアジア・カップで、中国人観衆が反日感情をむき出しにした。応援マナーとしては感心できないものの、彼らの心の痛みには思いを致すべきだろう。

彼らの心の痛みって・・・だいたい、すでに競技場内のマナーの問題ではないですよ。外交官専用車両まで襲撃しているんだから。

で、

>中国国際問題研究所の晋林波主任は、反日感情の原因として「直接的には小泉純一郎首相の靖国神社参拝の影響が大きい」と指摘している。その底流には戦争被害に関する怒りと不満がある、という

「愛国主義教育」に関しては何もいってませんね。スルーしてます。

だってあの北海道新聞でさえ、

反日騒ぎ*避けたい「反中」の連鎖(8月7日)
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/backnumber.php3?&d=20040807&j=0032&k=200408079216

>   中国人の若者の反日感情は高まる一方だ。日本の中国侵略時の蛮行を強調した愛国主義教育の影響が指摘されている。小泉純一郎首相の靖国神社参拝が原因で首脳同士の対話が途絶えている、不正常な日中関係も背後にある。

まあ、一応「愛国主義教育」の存在については言及しています。ひょっとして、あの道新よりも偏向している地方紙なのかなと・・・

で、地方紙とは言え、ある地域での占有率はかなり高いはずですから、その影響は見過ごすことはできないでしょう。

それにしても、地方紙というより、地呆紙みたいなのが、探せばまだ、あるのでしょうか。そう思うと残暑がよりこたえてきそうな気がします(苦笑



新聞社リンク
http://the.data-room.info/020_news/index.html

サヨクを論破するための理論武装入門

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/20 12:10 投稿番号: [1548 / 7270]
サヨクを論破するための理論武装入門
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=ALL&ID=0850540123010001

引用:正論   2004年6月号

一、自衛隊イラク派遣と集団的自衛権
二、国旗・国歌問題と朝目社説
三、首相の靖国公式参拝ほ合憲
四、朝鮮人強制連行という歪曲
五、間違いだらけの慰安婦問題
六、南京事件の重大なうそ
七、竹島・尖閣諸島はまぎれもない目本の領土

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入門ですから、初心者トピにもはっておきます。ついでにUp。

駐中国公使の被害車両公開

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/18 19:28 投稿番号: [1547 / 7270]
駐中国公使の被害車両公開   サッカー決勝戦後襲撃
16日、北京の日本大使館で公開された後部ガラスが割られた駐中国公使の公用車(共同)

  北京の日本大使館は17日、日中対決となった7日夜のサッカーのアジア・カップ決勝戦後に、スタジアム外で中国人ファンに襲われ後部ガラスを割られるなどした原田親仁駐中国公使の公用車を日本メディアに公開した。

  公用車には当時、サッカー観戦を終えた原田公使と堀之内秀久公使ら計4人が乗車。スタジアム西門を出たところで、中国チームの敗戦に怒ったファンらが道路両側の警察官の列の間から車両をけったり投石したという。4人にけがはなかった。

  車両は同日夜から大使館敷地内に保管されている。投石で破損したとみられる後部ガラスは粉々に割れ、車両の右側もけられるなどして4カ所が大きくへこんでいた。事件を捜査中の北京市公安局が16日、大使館を訪れ実況見分したのを受け、公開された。(共同)

(08/17 12:30)

http://www.sankei.co.jp/news/040817/kok056.htm

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テレビで見たら横もボコボニに凹まされてました。

で、これって(日本の)外交官専用車両と承知して襲撃したわけですよね・・・

>昔ならこれで戦争が始まりますよね。(溜息

それにしても、サッカーの試合に負けて外交官専用車両を襲うとは・・・

これが「愛国主義教育」によって育まれた「反日」の成果だと思うと、なにやらぞっとするものを感じます。

> >明治日本の対韓政策

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/18 19:25 投稿番号: [1546 / 7270]
>ちょっと深谷教授が可哀想でしたが.

まあ、年齢や性格からくるのか、温厚な人柄が偲ばれますが・・・


で、若いくどそうな学生相手でしたから、少々ご老体にはこたえたかもしれないですね(苦笑

>明治日本の対韓政策

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/18 14:48 投稿番号: [1545 / 7270]
>そんな伊藤博文の研究で実績のある深谷教授の講演は、あまり細かいことに拘泥せず、大筋を理解するのにはなかなか適しているのではないかと思います。

テキストをDLしてようやく読みました.テキスト化有難うござい
ました.とても面白かったです.特に,講演後の質疑応答が.

ちょっと深谷教授が可哀想でしたが.

梟さん,ようこそ

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/18 14:39 投稿番号: [1544 / 7270]
最近トピ主サボり気味のゆすらと申します.ようこそいらっしゃいました.

そういえば,最近読んだメルマガに,中国の民衆を幸せにするには,
異民族に統治させるしかない,というような内容の記事が有りました.
日本による満州統治以外でも,欧米列強による租界,英国による香港
等,中国人民が幸福に暮らせた場所や時期は例外無く異民族による
統治が行われているのだとか.

http://melma.com/mag/56/m00000256/a00000879.html


同じことは朝鮮人民にも言えそうな気がしないでもないです.

治安の安定

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/17 06:12 投稿番号: [1543 / 7270]
>治安が安定して職がありつけそうな満州に移民してしまったのです。

満州といってまず想起されるのが「馬賊」でしょう。馬賊の跋扈は満州名物といわれたそうですから。

その無法地帯を一変させ、近代的法治社会の基礎を作った中心はあの悪名高き「関東軍」だとか。

当時日本からの入植者も治安がよくならなければ、入植できないわけですから、治安の安定がその後の満州の発展には不可欠であることは当然なわけですね。

それにしても、当時、入植した人たちは開発そのものもの困難を極め、挙句の果てにソ連が参戦してきたおかけど、とんでもない目にあい、そのご苦労は大変なものだったと思います。しかし、今のアメリカのイラク統治に比べたら、直接日本人が入植して汗を流したからこそ、短い間ではあったにせよ、「五族協和の王道楽土」が形になりつつあったんだと思います。

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五族協和の王道楽土

1932年、「満州国」建国の際の理念。「五族協和」とは、日本・朝鮮・満州・蒙古・支那の五民族が協力して平和な国造りをする事を、「王道楽土」とはアジア的理想政治体制(王道   ←→覇道)に基づいて理想国家(楽土)を建設する事を意味している。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/kaisetsu/other/oudou_rakudo.html

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満州を中国人のものにしたのは日本

投稿者: matikadono_fukurou 投稿日時: 2004/08/16 21:02 投稿番号: [1542 / 7270]
横レス失礼します。

非中華の満州で中国人が急速に増えたのは、1920年代〜1930年代です。日露戦争の結果得た満州鉄道の経営のため、日本が治安維持・重工業化をおこなった結果、河北省・山東省にいた中国人が治安が安定して職がありつけそうな満州に移民してしまったのです。その数多い時で年間100万!ともいわれています。
この人口流入により満州の地で中国人が圧倒的多数派になりました。

日本は五族共和を掲げて中国人の人口流入対策をしなかったため、結果として日本の金で満州の地に中国人を多数安心して住める環境を提供して満州を中国人に差し上げてしまったのです。

諸民族興亡が繰り返された非中華世界の満州

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/16 20:30 投稿番号: [1541 / 7270]
諸民族興亡が繰り返された非中華世界の満州

  日本の満州進出、そしてその結果としての満州国建国について、戦後、中国人や日本人は、中国の領土に対する日本の侵略行為と信じて疑わない。だが、満州は歴史的に見て中国の「領土」「版図」だったかといえば、それは違う。

唐代までの中国史には、北方の脅威としてしばしば匈奴(きょうど)、鮮卑(せんぴ)の名が登場する。いずれもモンゴル高原から大興安嶺(だいこうあんれい)のあたりを自由に行動していた民族だ。

匈奴はモンゴル高原で興った騎馬民族集団で、漢の時代には強大な匈奴帝国を作って、漢と抗争している。そして後に南北に分裂し、その後東方からやってきた鮮卑族にとって代わられた。鮮卑族は烏桓(うがん・烏丸)とともにモンゴル高原東端の大興安嶺から出た遊牧民族である。鮮卑は後に北魏(386〜534)を作った。6世紀末から7世紀初めにかけて中国を再統一した隋、唐は実は匈奴・鮮卑の流れを汲んだ王朝である。

他の北方の脅威としては突厥(とっけつ)がある。それは匈奴などとは違って西アルタイ山脈あたりからやってきた民族集団で、6世紀から8世紀にかけて、中央アジアから満州に至るまでの広大な遊牧帝国を築いていた。

これら諸民族に対して中国の史書は、西戎(せいじゅう)、北狄(ほくてき)などと総称し、種族名としては、匈奴、鮮卑、突厥、回コツ(ウイグル)、契丹、女真、蒙古などと記している。言語的にはほとんどがウラル・アルタイ語系であり、モンゴル系、トルコ系、ツングース系のおおよそ三系統に大別できる。

もちろん中国に脅威を与えてきたのはアルタイ語系の騎馬民族だけではなん。五胡十六国時代(302〜439)のテイ、吐蕃はチベット系で、羯(けつ)はペルシャ系ではないかと推測される。唐、宋の時代の吐蕃と西夏王国はチベット系である。

中国はこうした外敵の侵入を防ぐため、秦の始皇帝時代以前から万里の長城を築いた。長城は人類史上、最大の防壁として今日も威容を誇っているが、それは中国人が長い年月、構築、補修を繰り返してきたものだ。

そもそも中国とは城(城塞)の国で「国」自体、城壁の内側を意味する文字だ。城をもたない遊牧の民は、「行国」の民と呼ばれていた。万里の長城は、遊牧民と農耕民を隔絶する中国版のベルリンの壁であり、これを境に二つの世界は別々の歴史の歩みをしていたのである。

中華思想に基づけば、「天下は王土に非ざるものなし」となるが、その「天子」とは実質的には万里の長城以南の「関内」であり、それ以北は「関外」「塞外」と呼んで天下に属さない未開の別世界だった。

よって関外の地である満州は、中国人が今日主張するような「神聖なる絶対不可分の固有の領土」などではなく、かつての中国人からすれば絶対に交わりたくない世界であった。

少なくても日本が満州進出を果たすま日露戦争まで、この「関外」という認識は、漢民族の間では生きていた。日本の満州進出は、中国の領土に土足で踏み入ったものではなかったのである。関外は古来諸民族興亡の地であって、その歴史の流れの中で、19世紀にロシア人が進入し、そして20世紀に日本人が勢力を伸長していったということだ。

ただしこの両民族、ことに日本人は、折から昂揚した中国人のナショナリズムの攻撃ターゲットとなり、「侵略者」との烙印が押されることになった。

http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=PAGE&ID=08401401410100100000000000003000

著者:黄文雄(こう・ぶんゆう)   底本:日本の植民地の真実   2003年11月20日   初版第2刷発行   発行所:扶桑社

横>高句麗のあつかい

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/08/16 16:01 投稿番号: [1540 / 7270]
>そもそも中国は、60年の歴史にも満たない新興国ですからなあ。

ですねぇ。「中国」「中国人」とは確か孫文が言いだしっぺではなかったでしたっけ。精々20世紀に入ってから...

>かつて華夷秩序の中心であった諸王朝との関係すら怪しい。

その諸王朝ですら、「華夷秩序の中心」を言い出した漢族(前漢時代でしたっけ)王朝は漢、宋、明くらいですし。
他は全て北方諸族(満州からモンゴル高原にかけての)の王朝、またはその流れを汲む征服王朝ですし。
(隋は北斉から発生。北斉は晋から派生。晋は突厥より...
唐も元々北斉貴族出身)

>正当な後継者と誰が決めたのか。同じ土地にいるだけにしか見えないが。

中原はまぁ、認められますが。
他は過去の王朝が勢力圏として影響力を及ぼしていた地域を、無理やり「侵略」した結果ですね。

今の中国の理屈が通じるのなら、朝鮮半島と東北3省、内モンゴル自治区の東半分、台湾、海南島...
は、「日本領」として返還要求しちゃえます(笑

高句麗は寧ろ「東北アジア史」と言うべきジャンルではないでしょうか。
現在の特定の国家の歴史ではなく。

>「中国の書」

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/16 15:41 投稿番号: [1539 / 7270]
>しかし、同博物館は2階全体を中国遺物展示館にしたうえ、広開土王碑の拓本(実物サイズ)が数枚展示された第8室の入り口に「中国の書」と書かれた看板を立てた。

そういえば、この「中国の書」と書かれた看板はなかったような気がします。

行った時にはこの記事のこと失念していて、特に注意を払ってはいなかったので見落としたのかもしれませんが・・・

で、自発的に、なんらかの配慮から取り去っているとしたら・・・博物館側の気の回しすぎような気もします。さもなければ、ある筋から抗議でもあったのかなと想像してしまいます。(苦笑
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