◆コリア関連書籍◆
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
>雨降る永東橋
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/12 22:19 投稿番号: [1992 / 3669]
「嶺東橋」と書くとソウルのような感じがしなくて、調べてもはっきりしなかったのですが、「永東橋」と書くと何となくソウルにそんな橋があったのを思い出しました。
>華僑
周は中国の姓ですね。ただ鉉美(ヒョンミ)は完全に韓国の名前ではないでしょうか。
これは メッセージ 1990 (kdm0709 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1992.html
>>>詩「雨の降る品川駅」
投稿者: kdm0709 投稿日時: 2004/04/12 21:04 投稿番号: [1991 / 3669]
それにしても、発表の際、お上の目に触れて、
ただ伏字にされるだけで、なんの咎めもなかったんでしょうか。
不敬罪とかに問われてもおかしくないと思うのですが。
これは メッセージ 1985 (trek022 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1991.html
Re:高史明『生きることの意味』①
投稿者: saru_timbanco_v6_turbo 投稿日時: 2004/04/12 19:40 投稿番号: [1989 / 3669]
>>1977
中学生くらいのときに読んだ記憶があるけど、
子供向けに編集されていたのか、敗戦の下りは記憶に無いです。
この人、息子さんを自殺か何かで亡くしてませんでしたっけ。
これは メッセージ 1977 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1989.html
>雨の降る嶺東橋
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/12 18:49 投稿番号: [1988 / 3669]
これは メッセージ 1986 (ilkuji_99 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1988.html
あの主人公のお父さんは
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2004/04/12 15:06 投稿番号: [1987 / 3669]
親日派じゃなく民族自尊心を
守ろうと努力する方ですね。
冬、雪が降り全てが隠れて
銀世界になってもただ一つの
緑を発し独夜青々な松木の
ように。
尊敬すべき方だと存じます。
これは メッセージ 1979 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1987.html
雨の降る嶺東橋
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2004/04/12 12:41 投稿番号: [1986 / 3669]
夜雨降る嶺東橋をひとり歩く心。
あの人は知らないよ知る分けないよ。
雨に濡れ悲しみに濡れ痛みに濡れ、
止め処もなく迷う夜雨降る嶺東橋。
忘れようとしても忘れられないのは
未練未練未練のためでしょうね。
わるいですね。これは20年前
韓国で流行ったはやり唄の歌詞ですね。
歌手は薬剤師出身の周賢美。
バス運転手さんの18番でした。
これは メッセージ 1985 (trek022 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1986.html
>>詩「雨の降る品川駅」
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/12 12:02 投稿番号: [1985 / 3669]
1923年の関東大震災から数年以内に作られた作品なので、過激になるのもやむをえないでしょう。
文学理論ではいろいろ理屈をこねていますが、この詩には関東大震災における朝鮮人虐殺が大きく影を落としているとみています。
なお、1926年にこの詩が発表された時は検閲のため赤字部分は伏字になっており、伏字は朝鮮語訳から復元されたという因縁があります。
http://www.sinsyakaibunka.com/poem3.htm
これは メッセージ 1984 (kdm0709 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1985.html
>詩「雨の降る品川駅」
投稿者: kdm0709 投稿日時: 2004/04/11 22:18 投稿番号: [1984 / 3669]
こんな過激な内容だったとは、いやはや。
これは メッセージ 1982 (trek022 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1984.html
シドニーブルース−19−営業マンの哀歓
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2004/04/11 17:15 投稿番号: [1983 / 3669]
最初オーストラリアに来て英語学校に通いながらアルバイトを探してみたがなかなか見当たらない。昼間には学校に行かなきゃならないので夕方の仕事や週末にしかできないのに当時は豪州経済が急転直下だったので外国学生がこうした職業を取るのはほとんど不可能だった。女ならアソコ商売でもできたかな。持参金は毎日減っていくのでだんだん不安になって未来に対する心配で目の前が暗くなるほどだった。
クラスメイトの中に背は低くあちこちよくうろつき回る韓国人男がいた。それからインドネシアから来た女の子がいたのに見るだけで漏れてしまう。中国系なので色白に淫談が上手くて人気があった。金持ちなのか毎日ファッションが変り昼食代でめちゃくちゃ高級食にお金を使う。家からサンドウィッチを持って来たり1ドル50セントの食事で過ごす我々にとっては気落すことだった。この男、結婚したくせに物凄く女好きで後ろを付いていくので男同士で争奪戦が開かれ同じクラスの日本の男が従業中にもこの女の子の傍に座って冷かしする。日本の男は自国政府が与える奨学金で通うので毎日女の子たちと遊びばかりだった。筆者があの韓国人男に「結婚したくせになんでそんなに他の女を誘うのか」と聞いたらば「知らないのか?肉も食べてみた人がその味が分かるのだ」と答えるのだ。
この韓国人男が偶然に韓国人が経営するカーペットクリニング会社で営業をするするようになったと学校に来て騒いで一緒にやろうと誘った。ある土曜日その男が教えてくれた住所を持ってバスと電車を乗換え、遠くまで乗っていったらば社長に出会ってその日から働くことになった。仕事の内容なあちこちノックして主人が出ると会社のクリニング方式を説明して注文を受けて来たらその分のコミションをもらう。文字とおり door to door sale である。そしたら約束した洗濯の日にクリーナーが装備を車に載せていってカーペットを洗ってやるのだ。
仕事は先ず会社に営業マンが集まってミニバスに同乗、その日の目的地まで走る。作業番長兼運転手さんがその地域の地図をみせて各自に営業区域を分割して配当する。さて金持ちの密集した良い地域は白人営業マンたちが全部取り、我々は貧乏の地域や家もほとんどない果てしない大平原に降ろす。そのときから夕方バスが乗せにくるまで足が痛いほど歩き回り注文を受けなければならない。
オーストラリアの個人家屋は垣は高くない。しかし大概猛々しい犬を育てる所が多く注意しないと噛まれる。そしたら治療費がかかる。当時の海外留学生は医療保険がなかったので怪我したら自費治療するしかないので出血が大きくて緊張しなければならない。前門を開けて庭を渡って玄関門を叩くと主人が出て来る。筆者もそうだったけど家に営業マンが訪ねると大体面倒臭がるし嫌がる。しかも黒い髪の毛をした東洋人が来てはクリニングしろとせがむと露骨的に軽蔑し無視する顔をする。追い出されるのは茶飯事で人間より猛々しい犬に後ろつけられ逃げるケースがほとんどである。朝から夕方まで百軒を訪ねても一件もできず足だけ腫れてバスが来るのを待つ。
帰るバスの中で白人たちがその日いくら稼いだと誇ると腹が立つ。会社の立場では良い地域はプロが担当してたくさん注文を取って来るので同じ韓国人だから良い所に降ろせといってくれるはずがないし地域配当は番長所管なのでどうしょうもできない。社長の家に着いて夕飯を奢ってもらい逆順で電車、バスの順序で乗って家に帰ってきたら赤字である。
ある日にはルームメイトを連れていった。この男は営業術がいいせいか初日から2―3件注文を受けて来た。帰るバスの中で皆その日のことを話しながら笑うのに、この男曰、ある家に入って一所懸命説明して注文を請じたところ、主人のお婆さんがじっと考えた後、「英語をもっと勉強して来い」といったそうだ。多分拒否する名分を考えたのではないか。6ヶ月間歩いていたら夢の中でも注文を受けに歩き回ってる自分を発見したこともある。その間ポケットには一銭なしだったけどそれでも学んだことはある。それは英語話術、地域民たちの生活相およびガッツというか。みんな嫌がる営業マンになり彼らの哀歓を体験してみるのもわるくなかった。
事務所で働きながら各種セールズマンが頻繁に来るけど高くなく余裕があればできるだけ買ってやっている。そのわけで筆者の事務所にはほとんど使わない道具や絵の枠などがいっぱいある。筆者にはじめにその仕事を紹介したあの男は大学院で学位をとり韓国に帰っては今は某大学の教授になっている。数年前、路上で偶然に会ったところ、一年間シドニー大学で交換教授として来ては毎日ゴルフ場で暮らすそうだ。ホールにパーティングするとき、女の子を攻略する気持ちでやってるのでは。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1983.html
詩「雨の降る品川駅」
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/10 15:33 投稿番号: [1982 / 3669]
よく憶えてますね。既出でしたか。
ついでに中野重治「雨の降る品川駅」(1926年発表)も紹介しておきます。(これも既出かどうか知りませんが)
韓国語で「ピ
ネリヌン
シナガワ
ヨク」というとなんとなく感じがでます。
雨の降る品川駅
御大典記念に
李北満・金浩永におくる
辛よ
さようなら
金よ
さようなら
君らは雨の降る品川駅から乗車する
李よ
さようなら
も一人の李よ
さようなら
君らは君らの父母の国に帰る
君らの国の河は寒い冬に凍る
君らの反逆する心は別れの一瞬に凍る
海は雨に濡れて夕暮れのなかに海鳴りの声を高める
鳩は雨に濡れて煙のなかを車庫の屋根から舞い下りる
君らは雨に濡れて君らを追う日本の天皇を思い出す
君らは雨に濡れて
彼の髪の毛
彼の狭い額
彼の眼鏡
彼の髭
彼の醜い猫背を思い出す
降りしぶく雨のなかに緑のシグナルは上がる
降りしぶく雨のなかに君らの黒い瞳は燃える
雨は敷石に注ぎ暗い海面に落ちかかる
雨は君らの熱した若い頬の上に消える
君らの黒い影は改札口をよぎる
君らの白いモスソは歩廊の闇にひるがえる
シグナルは色をかえる
君らは乗り込む
君らは出発する
君らは去る
おゝ
朝鮮の男であり女である君ら
底の底までふてぶてしい仲間
日本プロレタリアートの前だて後ろだて
行ってあの堅い
厚い
なめらかな氷をたたき割れ
長く堰かれて居た水をしてほとばしらしめよ
そして再び
海峡を躍りこえて舞い戻れ
神戸
名古屋を経て
東京に入り込み
彼の身辺に近づき
彼の面前にあらわれ
彼を捕え
彼の顎を突き上げて保ち
彼の胸元に刃物を突き刺し
返り血を浴びて
温もりある復讐の歓喜のなかに泣き笑え
http://www.sinsyakaibunka.com/poem3.htm
これは メッセージ 1981 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1982.html
>「光の中に」
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/10 15:14 投稿番号: [1981 / 3669]
これは メッセージ 1980 (trek022 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1981.html
金史良(キム・サリャン)
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/10 15:05 投稿番号: [1980 / 3669]
戦前、小説「光の中に」で芥川賞候補になりながら、延安に脱出、朝鮮戦争に従軍中死亡した金史良。
小説「光の中に」は電子文庫で全文読める。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000252/card1398.html作家略歴
Kim Sa-riang。1914(大正3)年3月3日、日本の統治下の朝鮮、平壌(ピョンヤン)の裕福な家庭に生まれる。本名は金時昌。1931(昭和6)年、平壌高等普通学校五年生に在学中、朝鮮各地で起こっていた反日学生闘争に呼応する同盟休校事件に関与し、退学となる。その後、日本に渡り、旧制佐賀高等学校に入学したころから、執筆活動を開始。東京帝国大学卒業と相前後して執筆した「光の中に」が 1940(昭和15)年前期の芥川賞候補作となる。1941(昭和16)年12月、日米開戦とともに拘束、翌年、釈放後、朝鮮に帰る。1945(昭和20)年春、日本軍に徴用された朝鮮出身兵の慰問団の一員として中国に赴いた際、脱出し、朝鮮義勇軍に参加。1950(昭和25)年、朝鮮戦争が勃発し、アメリカ軍の上陸に遭って朝鮮人民軍が撤退する中、持病の心臓病が原因で行方不明となり、死亡したと推定されている。代表作は「光の中に」のほか、「天馬」「草深し」など。
これは メッセージ 1979 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1980.html
③
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/10 14:00 投稿番号: [1979 / 3669]
その後,主人公は貧困と差別に苦しみながら,戦況悪化の中,最後の救いを「天皇」に見いだすようになる。そして,天皇のために人間魚雷に乗る決意をする。
「わたしは,特攻隊になるという思いのなかに,出口のないどうどうめぐりを断ち切るいとぐちを見つけたのです。それはこの戦争のはじまりの時期に,日本人じゃない日本人として生まれて,この戦争に育てられてきたわたしが,一人でありあまる苦しみを打ち破ろうとしたとき,すでに末期にさしかかっていた戦争から,最後に差し出されたたった一つの恐ろしい出口だったといえるでしょう。
ことばを換えて言うと,それは戦争が,その戦争を否定することを知らない人間につきつける最後の結論であり,また,この戦争の中で生まれ,この戦争の中でのみ育てられてきたわたしが,最後にもつことのできた,たった一つの出口だったのです。」
しかし,突然,日本は負ける。
「それにしても,三〇年前,わたしがそこから出発せざるをえなかった混沌は,なんと深いものだったことでしょう。敗戦という現実は,わたしを死から解放してくれたのですが,戦争にあまりにも深くおかされていたわたしには,この死からの解放が,すぐにはけっして喜びにならなかったのです。死ぬ必要がなくなって,かえって生きていることが不安になったともいえるでしょう。しかもこの不安は,その当時の大きな混乱に包まれ,もみくちゃにされる運命にあったのでした。死のせとぎわまで連れられていった者が,急に死ぬ必要がなくなったからと言われて,すぐに生きる道を見つけ出すことができるものでしょうか」
「あの当時,わたしにとって,救いとなるものがあったとするなら,それは父でした。わたしの身のまわりでは,日本の敗戦を前にして,まったく動ずる様子のなかったのは,父だけだったのです。父にとって,敗戦という事実はなかったのでした。その父の姿は,たえまない不安にふるえていたわたしにとって,深い救いであると同時に,じつに大きななぞだったといえるでしょう。
戦争のとき,がんこに沈黙を守りつづけ,にこりともしなかった父は,一度として朝鮮人であることをやめたことのない人だったのでした。朝鮮人の一人として,あの戦争をきっぱりと拒みつづけていた父のうえに,どうして敗戦ということが起こりうるでしょう。
すべてはあとになって思いあたったことですが,あの戦争を憎む父の思いは,ほんとうに強いものだったといえます。この父は「8月15日」のあとも,いつもと変わりなく土方仕事に出かけたものでした。その父の顔には,かつて見たことのない微笑があったといえます。
父は,軍国主義日本の敗戦を心から,喜んでいたのでした。でも,この父は,同時にその深い心の底において,人びととしての日本人を,自分の朝鮮を限りなく愛していたと同じように思うことができる人だったのでした。
戦後まもなく,駅の近くに闇市ができはじめたころのことです。この闇市から,悪いうわさが流れてきたことがありました。朝鮮人が闇市でいばっている,といううわさです。多くの朝鮮人がみんなそうだったわけではないとしても,なかにはそうしたことが事実としてあったのでしょう。このうわさが,父の耳に入ったときのことです。父は,きびしくまゆをひそめて,およそ次のように言ったものでした。
〈朝鮮は,いまやっと解放を迎えたばかりだとういのに,よくもまあ,いばっている暇があったもんだ!〉
そしてまた,父はつづけたのでした。
〈日本人は,朝鮮が困っているとき,助けてくれようとしなかった。じゃが,いまは,日本が困難にみまわれているときじゃろ。朝鮮人は,この困っている日本人を踏みつけにして,うらみを買うようなことをしていいのじゃろか。これまでの日本人と同じことをしては,なんにもなるまい。他人のうらみを買うことをしたら,あとできっとそれは我が身に返ってくることになるんじゃ。困っているときは,だれとでも助け合うのが,人のとる道じゃろ。この人の道を踏みはずしたら,朝鮮の解放もありゃせん。解放されたというからには,困っている人を助けてこそ,ほんとうの解放というもんになるのじゃないのか。いま困っている日本人を,困っているからといって踏みつけにするようにやつは,また朝鮮を滅ぼすようなことをするにちがいないんだ〉
これは メッセージ 1978 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1979.html
②
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/10 13:56 投稿番号: [1978 / 3669]
「わたしは,学校では「木下武夫」という名前で呼ばれていました。点呼は,よどみなく進みます。ところが,「き」のところにきて,返事をしない者がいました。「木下」ではないから,わたしではありません。先生は,声を高めて,もう一度呼びます。
「きんてんさん」
みんなきょろきょろまわりを見まわしました。「きんてんさん」というのは,どの子だろうという顔つきです。わたしも,まわりを見まわしました。先生は二度目に呼び上げると,ほおを紅潮させました。
「きんてんさんというのは,おらんのか!」
教室じゅうが,静まり返ってしまいました。「きんてんさん」という子は,いないのです。わたしは,「あとで,たいへんだぞ!」と思いました。その返事をしない子がほかのクラスにまぎれこんだものと思っていたのです。
先生は,みんなをじろりとにらみまわすと,つかつかと黒板に近づきました。大きな字で,そのきんてんさんという字を書きはじめたのです。
「金
天
三」
先生の三度目のどなり声が,教室に響きわたります。
その瞬間,わたしの心臓は,焼けた鉄板のうえに落ちた水滴のように縮みました。なんと,先生が黒板に大きく書いた名は,わたしの本名だったのです。わたしははじかれたように立ちました。
「はッ,はい」
先生のこわい目が,まっすぐわたしの顔をさしました。
「おまえは,自分の名前もわからんのか!」
教室じゅうの目が,わたしに集まりました。とんでもないうっかり者とは,わたしのことだったのです。
「どうして最初から,返事ができないんだ。おまえは,自分の名前がわからないのか!」
先生は,繰り返して言います。わたしはなにも言えませんでした。先生の言うとおりです。わたしは,長い間「木下」と呼ばれつづけているうちに,本名を呼ばれてもすぐ気づかなくなっていたのです。恥ずかしさのために,わたしの顔は青くなったと思うと,今度は急に赤くなりました。」
この阪井先生は,主人公を本名で呼び続けながらも,朝鮮人を理由に,貧しさを理由に軽蔑することはけっしてなかった。
「先生がおこるのは,わたしが朝鮮人であるのに朝鮮人じゃないようなふりをしたり,貧乏に負けて,こそこそしはじめるのを見つけたときです」
「先生が朝鮮人であるわたしをはげまし,自分で生きていく勇気を与えてくれたことは,事実としてあったことです。それはすなおに考えるなら,先生が朝鮮人であるわたしを一人の生徒として,心から心配してくれたことであり,まさにそのことを通して,先生はわたしに,どんな暗い時代にあっても,また,朝鮮人と日本人の間においても,人と人の心は通じ合わせることができるということを教えてくれたのだとおもうのです。それはことばを換えて言うと,人のやさしさを教えてくれたのだともいえるのです。」
「わたしにとっては,この信じられる人が,先生であると同時に日本人であったということは,さらに幸運なことでした。たとえば,阪井先生が,朝鮮人だったらどうでしょう。わたしはきっと,先生のやさしさを,同じ朝鮮人だからというわくづけのなかで受け取ってしまったにちがいありません。しかし,阪井先生は日本人でした。日本人であった先生が,朝鮮人であるわたしに,人間らしい勇気と,困難を乗り越えていく力を与えようとしてくれたのです」
これは メッセージ 1977 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1978.html
高史明『生きることの意味』①
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/10 13:54 投稿番号: [1977 / 3669]
(1974年,筑摩書房。1986年,ちくま文庫)
「わたしはかつて,なにかを父に相談したことがなかったのでした。わたしのそれまでの生活ときたら,用意してある食物を食べ,遊んで,寝るだけです。たいていのことは兄に話したら,それですみました。
それは,心の心配事のない幼い生活だったといえるでしょう。わたしのほうの,なにも相談しないでこれた原因が,わたしの幼さにあったとすると,父のほうは,その逆に,あまりにも疲れすぎており,あまりにも考え事が多すぎるので,わたしたちにはなにも話さないのです。
父とわたしたちのあまり話し合うことをしない関係は,その後,わたしたち親子の間にもっと深刻な不幸をまねき寄せることになります。こうしたあまり話し合いのない生活が続くうちに,わたしたち兄弟は,日本語だけを身につけていくようになり,父が朝鮮語でなにかを言いかけてきても理解できなくなってしまうからです。親子の間で,たがいに気持ちを伝えあえることばが違ってしまうとは,なんということでしょう。
わたしたちが,なにか心にふれる大事な問題を日本語で話しかけるとき,とつぜん「朝鮮語ヲツカエ」と,どなり出す父の声には,怒りよりも,悲しみのほうがより強くひびいていたものです。」
これは メッセージ 968 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1977.html
戦前から朝鮮語を教えていた天理大学
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/08 00:02 投稿番号: [1976 / 3669]
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1976.html
>金両基「物語 韓国史」
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/05 02:02 投稿番号: [1974 / 3669]
これは メッセージ 1970 (pilar456 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1974.html
>園児襲撃男に懲役4年
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/05 01:47 投稿番号: [1973 / 3669]
これは メッセージ 1969 (majimenasitumon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1973.html
日本の外国人CEO
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/04/03 16:25 投稿番号: [1972 / 3669]
これは メッセージ 1971 (acura95_87 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1972.html
『韓国の外国人CEO』 ソン・ウィダル著
投稿者: acura95_87 投稿日時: 2004/04/03 07:52 投稿番号: [1971 / 3669]
朝鮮日報社 256ページ 1万ウォン
『助っ人外国人社長を紹介した『韓国の外国人CEO』
IMF通貨危機という韓国経済の混乱以降に大挙登場した外国人CEOの堅調な実績には、どんな経営の秘訣が隠されているのだろうか?
この本では韓国内で活動する外国人CEO15人にインタビューしている。 (ありふれた企画でも、韓国じゃ新鮮なのかも)
人情を重視した日本式企業文化を土台に、直感よりも従業員の満足指数(ESI)や顧客満足指数(CSI)といった科学的指標を信奉する高杉伸也・韓国富士ゼロックス会長
「ミスタースマイル」と呼ばれるが需要を正確に予測して対応する顧客関係管理(CRM)マーケティングに力を注ぐ、ベルテルスマンコリアのタヒル・フセイン社長は先進的なコミュニケーションを提示する。
「思考はグローバルに、行動は韓国的に」を実践するルノーサムスン自動車のゼロム・ストール社長
16の化粧品ブランドの性格に合わせて「カメレオンマーケティング」を展開するロレアルコリアのピエール・イヴ・アルゼル社長は、マーケティングの達人と定義されている。
オンライン大学講座を通じて金融技法のプログラムを受講するマッケンジー社のドミニク・バートンアジア太平洋本部総括社長は、「知識経営」を代弁する。
「愛の家造り運動」の後援に熱心なボルボ建設機械コリアのエリック・ニルソン社長
喪家で夜通し焼酎に杯を傾けるアディダス・コリアのユルゲン・ストラフェ社長、「
盧太徳(ノ・テドク)」という韓国人名を名刺に入れているウエラコリアのデトレムフ・ノルデン社長は「現地化経営」の威力を実証する。
朝鮮日報電子版より 2004 4 2
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/04/02/20040402000076.html
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1971.html
韓国の歴史を
投稿者: pilar456 投稿日時: 2004/04/02 10:09 投稿番号: [1970 / 3669]
と、「物語 韓国史」中公新書買ったが、全291ページ中266ページ目が1592年。戦後は3ページだけ
肝心な現代史はまるでだめ
なんだこの本は
金両基ってなんだ
これは メッセージ 1969 (majimenasitumon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1970.html
園児襲撃男に懲役4年
投稿者: majimenasitumon 投稿日時: 2004/04/02 07:58 投稿番号: [1969 / 3669]
日本人の感覚ではとてもぬるい判決だと思いますが、韓国の前例によると、これは妥当なのでしょうか。
被害者が韓国人でも、同じぐらいの判決が出たのでしょうか。
ご存知の方、教えて下さい。
また、日本の場合、4年といっても模範囚だともっと早く出所出来ると思いますが韓国の場合、どうなのでしょう。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1969.html
何をおっしゃる
投稿者: bottomlineshock 投稿日時: 2004/04/01 11:48 投稿番号: [1968 / 3669]
散々反米を煽っておいて、怒った米国がいざ在韓米軍をソウルからの引き揚げを、
真剣に検討を始めると『行かないでぇ〜T-T』とは情けない。
坊や国家の韓国は、いつまで大国に甘え続けるのですか?
なんでも人のせいにする前に己の所業を見つめなおしては?
これは メッセージ 1967 (ilkuji_99 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1968.html
反民主から民主化への転移
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2004/04/01 10:40 投稿番号: [1967 / 3669]
反日は日本が反省しないから仕方ないし、
反米は米国が自国の利益最高主義だから
民族自尊心問題なんだ。
米国をご主人にする日本にとっては
理解できないのも無理はないか。
それがすぐ容共だの親北だのと
文句いうのは旧時代の遺物である。
半世紀前の白黒論理であり、軍事政権の
武器だった。その武器はもう通じない。
これは メッセージ 1966 (acura95_87 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1967.html
『北朝鮮化する韓国』 李 度行 著
投稿者: acura95_87 投稿日時: 2004/03/31 19:32 投稿番号: [1966 / 3669]
李
度行
著
『韓国論壇』主宰
草思社
1680円
(名前:
度行→
度
王+行)
北朝鮮化させることでの統合を目指すとは、誰が描いた絵かわかりませんが、なかなかしたたかで策士ですね。
◇
◇
◇
朝鮮労働党を統一のもうひとつの主体として認めている民主労働党を
全国公務員労働組合(全公労)、全国教職員労働組合(全教組)が支持宣言。
韓国有数の論客が、不安定な政権を生み出した社会の変容ぶりを描き出しその危うさに警鐘を鳴らす。
・高まる反日・反米・親北民族主義
・北のプロパガンダに乗るメディア
・北朝鮮主導の南北統一はあるのか
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1966.html
シドニーブルース-18-この女の生き方-II
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2004/03/27 17:15 投稿番号: [1965 / 3669]
年月が流れ筆者もあの女子について遥かに忘れていくごろ、女からまた電話がかかって来た。助けてというんで事由を尋ねたところ、誰かの紹介で別の男に出会ったのに自分より6才年下にあまりにも積極的にダッシュをするので最初は今度こそ似合う人に出会ったと思って喜んでたそうだ。
男は自分は永住権者でありシドニーでビジネスをしていて未婚だと早速結婚しようと飛び掛かったという。女は今回こそ定着する時期だと信じて男に今まで付き合った男について話してそれでも自分と結婚できるかと確認するつもりで聞いたらば男はあの男たちを全部連れて来い。談判をするとのさばったそうだ。
さてある日あの女の家に見知らぬ中年女子と他の男が押し迫っては家具などを無差別に潰し、大騒ぎになった。実はあの男には奥さんがいて子供さえいたそうだ。驚いた女が魂が抜けていたところにあの男が現れて謝ってはすぐ清算するからすこしだけ待てといったそうだ。信じられなくなった女が後ろ調べをしてみたらあいつは不法滞在に文無しののらくらだったそうだ。
寂しく暮らしてしる女を手出しをして詐欺し傷をつける者たちが未だいたのだ。筆者は顛末を把握した後、女に忠告した。そんなごみみたいな人間は二度と合わないように。良心を質屋に売ってはひたすら欲情に従って動く獣。乞食ふんどしより汚い者がいたのだ。
そういう話をしながら女とパブで一杯飲んだあと、車に乗せて走っていたら女が手を出して筆者の局部を触わり始めた。やめろといったのにジッパを下ろしてはアレを出しフェラーをしはじめた。恥ずかしくて仕方なく裏道に停車して終えてくれるまで待つしかなかった。あまりにも寂しくて筆者にとびかかることなのでどうようもできなかったというか。
実はあの女も若かった頃は女学生雑誌の表紙に顔が出たほど美人形だった。十代後半から20代には女の顔に惚れて近づく馬鹿な男が女の機嫌を取るためにクレジットカードとホテルの鍵を渡して「買い物放題しろ」といわれてはデパートでたくさん買ってはホテルに行かずに逃げたりしたそうだ。そういう生活の末に結婚はしたものの夫が浮気して家庭は破綻してこんな運命になったのは人間事塞翁が馬だろうな。
無職に子供がいるので政府の社会福祉機関から一定の生活補助金が支給される。ただし英語を勉強しているとの証明を要求する。勿論政府からの補助金で運営する英語学校なので学費は無料だけど。英語を勉強して就職しろとの趣旨だが彼女は10年以上英語学校に通いながら手当だけもらうので自称「国家公務員だ」そうだ。
公務員みたいに政府から給料をもらっているような感じだからかな。ある日はあの福祉機関の担当者から叱られたらしい。10年間手当だけもらって何も就職の努力をしてないじゃないかと。公務員の生活もそんな簡単ではなさそうだ。
これは メッセージ 1830 (ilkuji_99 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1965.html
過去ログ公開のお知らせ
投稿者: honto_gou_tell_me 投稿日時: 2004/03/23 10:38 投稿番号: [1964 / 3669]
「◆コリア関連書籍◆」トピに参加されている皆様へ
初心者トピに常駐しております、ホント号と申します。
過去ログ公開につきましてご挨拶・ご案内させていただきます。
メモトピで先行公開を一ヶ月ほど行い、当方の需要予測を上回るアクセスを頂き、公開を続けることにしました。
過去ログ公開の目的は、少しでも多くの人に韓国カテで議論されていることを知っていただくためです。限られた時間の中で過去ログを効率よく読むためには、スレッド毎の過去ログが有効であるようです。つまり、ヤフー掲示板を2ch風に過去ログ化したと思っていただければいいと思います。
現在の過去ログはある程度ダイジェストするめたに概ね以下の基準を設けて過去ログ化してあります。
投稿数
1スレッド投稿数
投稿者リスト投稿数
〜
1000未満
1
1
1000
〜
10000未満
5
2
10000
〜
50000未満
10
5
また、記事保存も兼ねています。(過去ログ化されたトピの記事は全部保存されています)
ヤフー掲示板の弱点は過去ログ化されていないところにあり、資料性において2chに劣る所以だと思います。この点の改善をヤフーがわに求めても無理なので、全てのトピは無理ですが、順次、過去ログ化していきたいと思います。
更新は二週間に一回程度を予定しております。
尚、投稿を過去ログに載せることが不都合な方はその旨投稿していただければ、次回の更新より削除いたします。
(該当するHNで投稿をお願い致します。)
尚、一部不適当と思える投稿に関しましては、こちらの判断で予め削除させて頂きます。
◆コリア関連書籍◆ 過去ログ
http://the.data-room.info/900_ybbs/050_082_07/index.html
--------------------------------
-
影のトピ主の犬鍋さんと実は過去に別のHNですこしだけやりとりをさせてもらったことがあります。
もう二年近く前になると思いますが、恥ずかしいので内容は秘密です(笑
これからは、ささやかですが書籍関係の投稿はしたいと思っていますので、宜しくお願いします。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1964.html
>拜根興
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/03/19 00:14 投稿番号: [1963 / 3669]
>日本でも翻訳出版されるといいんですが。
この本は一般向けに書き下ろしたものではなく、博士論文などの学術論文を集めただけなので、日本で翻訳出版してもとても売れるものではなく、翻訳はされないと思います。翻訳出版されるとすれば、韓国でしょう。
ところで著者は「後記」で韓国留学時代を振り返り、4年間春節でも一度も帰国しなかったと言っています。(帰国費用がなかったのか?)その代わり、新羅の古都・慶州には30回も行ったそうで、自分ほど慶州に行った中国人は誰もいないだろうと自慢しています。
>慶北大学って歴史学においてはソウル大よりマトモなのかな。
慶北大学大学院での指導教授は当時、韓国史学会会長を務めていた朱浦暾教授、「漢城」大学東洋史学科の朴漢済教授の指導も受けたそうです。(これはソウル大学なのか、ハンソン大学なのかよくわかりませんが。)
慶北大学、かなり大きな大学のようですが、どうなんでしょう。
http://www.knu.ac.kr/
これは メッセージ 1961 (kdm0709 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1963.html
kdmさん
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2004/03/18 21:18 投稿番号: [1962 / 3669]
たまにはいいこと言うじゃありませんか。
これは メッセージ 1960 (kdm0709 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1962.html
>拜根興「七世紀中葉唐与新羅関係研究」
投稿者: kdm0709 投稿日時: 2004/03/18 21:16 投稿番号: [1961 / 3669]
大変興味深い本ですね。
日本でも翻訳出版されるといいんですが。
慶北大学って歴史学においてはソウル大よりマトモなのかな。
よくわかりませんが。
トレックさん、続編を期待してもよろしいでょうか。
これは メッセージ 1959 (trek022 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1961.html
「殺人の追憶」研究(コピペ)
投稿者: kdm0709 投稿日時: 2004/03/18 21:06 投稿番号: [1960 / 3669]
実際にあった殺人事件をモデルにしていて、その事件と同じエピソードが数多く盛り込まれている。
脚本、演出、演技の全ての水準が極めて高い。
完成度が高く、観ても後悔しない。
昨年度の韓国映画No.1ヒットの映画。
しかし、日本ではヒットしないであろう。
それは利口な人が次々に難題を解いてゆく現代サスペンスに慣らされてしまっている観客は肩透かしをくらってしまうから。
新しい謎解きなどは全くなくて、間抜けな刑事が右往左往するだけ。
そういう事実を元にしているので物足りなさを感じてしまう観客が大多数。
それはなぜかというと、実は主題が刑事サスペンスではないから。
主題は "韓国の古い時代" だから。
韓国人曰く
>「殺人の追憶」を単純な推理物や刑事たちのアクション映画だと思えば楽しさがない.
>この映画は当時の韓国社会に対する物笑いを投げる映画です.
>不條理な社会と無能な人々の姿に対する冷笑.
>そしてその頃の私たちの姿に対する自嘲がこの映画のテーマですよ.
つまり韓国の時代を知っている人たちが共感することを主題にしている。
あのころの自分たち、軍事独裁の80年代、民意も能力も低くて連鎖殺人が起きてもまともに対処することができなかった韓国国民全体に対する怒りと悲しみ。
ほんのすこし前まではこういう時代だった。自分たちはろくでもなかったという自虐。
でも、今は経済がとても上がった。
表現規制も緩和されて、こういう映画も撮れるようになった。
開かれていなかった過去の韓国から開かれた現在の韓国へと時代が変わってきているのを自分で感じてきている。
そういうことで韓国国民はこの映画に激しく入り込んでしまった。
しかし、韓国外ではそれを感じる事ができない。
事実を元にしていることも知らないまま観てしまうだろう。
だから映画の完成度は高くても、サスペンスに新しさが無いという単純な事で良さが理解されなくなってしまう。
この映画は韓国の古い時代を思い浮かべながら観るのが良い。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834573&tid=a1xa1a1a3ka3oa3ra3ea3aa1a1a1y&sid=1834573&mid=2254朴政権時代、暴政がエスカレートし国民の不満が高潮に達した頃、
それに合わせるかのように猟奇的な凶悪殺人事件が起き、
連日メディアを賑わし、結局、迷宮入りするというようなことが
何回かあったのを憶えている。
国民の関心をそっちに向けさすために独裁政権が仕組んだ仕業ってのが
当時の知識人、大学生の間の定説だったんだが。
赤城よ!戦前のイルボンにおいても、そのようなパターンの事件はなかったんか。
なにしろボク・セイキって人間はイルボンの軍国時代のモノならナンでも踏襲してたからのう。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1960.html
拜根興「七世紀中葉唐与新羅関係研究」
投稿者: trek022 投稿日時: 2004/03/18 05:05 投稿番号: [1959 / 3669]
私は以前から唐が百済や高句麗を滅ぼし、朝鮮半島を直接経営すべく平壌に安東都護府まで設置しながら、羅唐戦争で新羅に追い出されるような形で半島から撤退してしまったのか不思議でしょうがなかった。韓国の歴史家や日本の韓国史家は韓民族の熾烈な抵抗や新羅の巧妙な外交を挙げるが、これだけで大唐が簡単に尻尾を巻いて引き上げるものだろうか。特に劉仁軌が大軍を率いて半島に侵攻し、七重城の戦いで新羅軍に勝利しながら、新羅を降伏に追い込むこともせず何故そのまま引き返していまったのか大きな疑問であった。この点に関して中国史料はどうも歯切れが悪いのである。それで中国のインターネット書店でこの本を見つけたときはどうしても欲しいと思ったが、あいにく品切れであった。そこで上海のチャット仲間に頼んで出版社から直接取り寄せてもらった。それがこの本、
>拜根興「七世紀中葉唐与新羅関係研究」中国社会科学出版社、2003年5月出版
である。
著者の拜根興は1964年生まれの漢族で現・陜西師範大学(西安)歴史文化院副教授。同大学で学士、修士を修めたのち、1998年から2002年まで4年間韓国の国立慶北大学(大邱)に留学して博士号を取得した。新しいタイプの中国史家である。本書は新羅真徳女王から文武王時代の唐と新羅の交渉の分析や百済・高句麗征服戦争で活躍した唐の将軍たちの伝記的考証からなる。著者の特徴はこれまで中国の歴史家が全く無視していた「三国史記」など韓国の史書や金石文を活用していることである。これらを中国史料と精密に突き合せることで新たな事実を発掘している。
羅唐戦争(669−676)につてはこの時期の唐は吐蕃との戦争が激化して遠く朝鮮半島に大軍を派遣している余裕がなく、戦略的に撤退したとの見解を取っている。吐蕃との戦いは下手すると唐都・長安が危険にさらされる恐れがある。新羅はこのような唐朝の変化を敏感に読み取って謝罪外交を行い、新羅の朝鮮半島支配を黙認させたものだ。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1959.html
thesaurusといえば、
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2004/03/14 23:04 投稿番号: [1958 / 3669]
New American Roget's College Thesaurus
を表紙がぼろぼろになるまで使いましたが、これは、類語をあげいるだけで、類語間の違いを書いていないので、使ったわりには(類語を覚えるだけで)実力がつかなかった。
これは メッセージ 1956 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1958.html
ありゃ、間違えた
投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/03/14 22:55 投稿番号: [1957 / 3669]
HN
最近講談社から、新手のものがでませんでしたか。本屋でチラッとみただけですが。
これは メッセージ 1955 (kuroshiohayato2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1957.html
大野晋・浜西正人『角川類語新辞典』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/03/14 22:46 投稿番号: [1956 / 3669]
これは メッセージ 1955 (kuroshiohayato2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1956.html
類語辞典なら6冊もっとるが
投稿者: kuroshiohayato2 投稿日時: 2004/03/14 22:38 投稿番号: [1955 / 3669]
+ウエブスターcollegiateを使ってるな。
英語類語辞典(北星堂)
スコットフォースマン英語類語辞典(Shubun
International)
英語類語使い分け辞典
日本語で引く英語類語辞典(北星堂)
続日本語で引く英語類語辞典(々)
英語類語使い分け辞典
(創拓社)
技術英語の類義活用辞典(日刊工業)
この中で頻繁に使っているのは英語類語辞典だ。技術英語も、一般英語に適用できるので、結構重宝してる。
ま、あの文章はど素人の文章だわな。お目ーも文章の質をどうこう言うとこまではまだはるかだな。まず、分かりやすいこと、次にきれいなこと。
empty とvacantはどう違うか、程度は常に考えて正確に性格につかいわけてるな。
The bottle is empty.
Most of the houses are vacant.
The house is vacant but not empty.
これで、ちがいがわかるだろう。ちゃんと答えてみ。
timber と lumberのちがい知ってるか。
これは メッセージ 1954 (kdm0709 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1955.html
赤城よ!
投稿者: kdm0709 投稿日時: 2004/03/14 19:29 投稿番号: [1954 / 3669]
Dictionary of Synonyms くらい持ってないとマズいべ。
[Initiate]suggests the taking of a first step of a process or series
<initiated the custom of annual gift giving>
親切に「朴ちゃんが〜の種を蒔いた」って、噛み砕いてやりゃ、
いくら英単語丸暗記の赤城センセでも理解できるやろ。(爆)
これは メッセージ 1931 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/1954.html
Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ
[検索ページ]
(中東)
(東亜)
(捕鯨 / 捕鯨詳細)