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投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/10 13:56 投稿番号: [1978 / 3669]
「わたしは,学校では「木下武夫」という名前で呼ばれていました。点呼は,よどみなく進みます。ところが,「き」のところにきて,返事をしない者がいました。「木下」ではないから,わたしではありません。先生は,声を高めて,もう一度呼びます。
「きんてんさん」
みんなきょろきょろまわりを見まわしました。「きんてんさん」というのは,どの子だろうという顔つきです。わたしも,まわりを見まわしました。先生は二度目に呼び上げると,ほおを紅潮させました。
「きんてんさんというのは,おらんのか!」
教室じゅうが,静まり返ってしまいました。「きんてんさん」という子は,いないのです。わたしは,「あとで,たいへんだぞ!」と思いました。その返事をしない子がほかのクラスにまぎれこんだものと思っていたのです。
先生は,みんなをじろりとにらみまわすと,つかつかと黒板に近づきました。大きな字で,そのきんてんさんという字を書きはじめたのです。
「金 天 三」
先生の三度目のどなり声が,教室に響きわたります。
その瞬間,わたしの心臓は,焼けた鉄板のうえに落ちた水滴のように縮みました。なんと,先生が黒板に大きく書いた名は,わたしの本名だったのです。わたしははじかれたように立ちました。
「はッ,はい」
先生のこわい目が,まっすぐわたしの顔をさしました。
「おまえは,自分の名前もわからんのか!」
教室じゅうの目が,わたしに集まりました。とんでもないうっかり者とは,わたしのことだったのです。
「どうして最初から,返事ができないんだ。おまえは,自分の名前がわからないのか!」
先生は,繰り返して言います。わたしはなにも言えませんでした。先生の言うとおりです。わたしは,長い間「木下」と呼ばれつづけているうちに,本名を呼ばれてもすぐ気づかなくなっていたのです。恥ずかしさのために,わたしの顔は青くなったと思うと,今度は急に赤くなりました。」
この阪井先生は,主人公を本名で呼び続けながらも,朝鮮人を理由に,貧しさを理由に軽蔑することはけっしてなかった。
「先生がおこるのは,わたしが朝鮮人であるのに朝鮮人じゃないようなふりをしたり,貧乏に負けて,こそこそしはじめるのを見つけたときです」
「先生が朝鮮人であるわたしをはげまし,自分で生きていく勇気を与えてくれたことは,事実としてあったことです。それはすなおに考えるなら,先生が朝鮮人であるわたしを一人の生徒として,心から心配してくれたことであり,まさにそのことを通して,先生はわたしに,どんな暗い時代にあっても,また,朝鮮人と日本人の間においても,人と人の心は通じ合わせることができるということを教えてくれたのだとおもうのです。それはことばを換えて言うと,人のやさしさを教えてくれたのだともいえるのです。」
「わたしにとっては,この信じられる人が,先生であると同時に日本人であったということは,さらに幸運なことでした。たとえば,阪井先生が,朝鮮人だったらどうでしょう。わたしはきっと,先生のやさしさを,同じ朝鮮人だからというわくづけのなかで受け取ってしまったにちがいありません。しかし,阪井先生は日本人でした。日本人であった先生が,朝鮮人であるわたしに,人間らしい勇気と,困難を乗り越えていく力を与えようとしてくれたのです」
「きんてんさん」
みんなきょろきょろまわりを見まわしました。「きんてんさん」というのは,どの子だろうという顔つきです。わたしも,まわりを見まわしました。先生は二度目に呼び上げると,ほおを紅潮させました。
「きんてんさんというのは,おらんのか!」
教室じゅうが,静まり返ってしまいました。「きんてんさん」という子は,いないのです。わたしは,「あとで,たいへんだぞ!」と思いました。その返事をしない子がほかのクラスにまぎれこんだものと思っていたのです。
先生は,みんなをじろりとにらみまわすと,つかつかと黒板に近づきました。大きな字で,そのきんてんさんという字を書きはじめたのです。
「金 天 三」
先生の三度目のどなり声が,教室に響きわたります。
その瞬間,わたしの心臓は,焼けた鉄板のうえに落ちた水滴のように縮みました。なんと,先生が黒板に大きく書いた名は,わたしの本名だったのです。わたしははじかれたように立ちました。
「はッ,はい」
先生のこわい目が,まっすぐわたしの顔をさしました。
「おまえは,自分の名前もわからんのか!」
教室じゅうの目が,わたしに集まりました。とんでもないうっかり者とは,わたしのことだったのです。
「どうして最初から,返事ができないんだ。おまえは,自分の名前がわからないのか!」
先生は,繰り返して言います。わたしはなにも言えませんでした。先生の言うとおりです。わたしは,長い間「木下」と呼ばれつづけているうちに,本名を呼ばれてもすぐ気づかなくなっていたのです。恥ずかしさのために,わたしの顔は青くなったと思うと,今度は急に赤くなりました。」
この阪井先生は,主人公を本名で呼び続けながらも,朝鮮人を理由に,貧しさを理由に軽蔑することはけっしてなかった。
「先生がおこるのは,わたしが朝鮮人であるのに朝鮮人じゃないようなふりをしたり,貧乏に負けて,こそこそしはじめるのを見つけたときです」
「先生が朝鮮人であるわたしをはげまし,自分で生きていく勇気を与えてくれたことは,事実としてあったことです。それはすなおに考えるなら,先生が朝鮮人であるわたしを一人の生徒として,心から心配してくれたことであり,まさにそのことを通して,先生はわたしに,どんな暗い時代にあっても,また,朝鮮人と日本人の間においても,人と人の心は通じ合わせることができるということを教えてくれたのだとおもうのです。それはことばを換えて言うと,人のやさしさを教えてくれたのだともいえるのです。」
「わたしにとっては,この信じられる人が,先生であると同時に日本人であったということは,さらに幸運なことでした。たとえば,阪井先生が,朝鮮人だったらどうでしょう。わたしはきっと,先生のやさしさを,同じ朝鮮人だからというわくづけのなかで受け取ってしまったにちがいありません。しかし,阪井先生は日本人でした。日本人であった先生が,朝鮮人であるわたしに,人間らしい勇気と,困難を乗り越えていく力を与えようとしてくれたのです」
これは メッセージ 1977 (bosintang さん)への返信です.
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