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高史明『生きることの意味』①

投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/04/10 13:54 投稿番号: [1977 / 3669]
(1974年,筑摩書房。1986年,ちくま文庫)

「わたしはかつて,なにかを父に相談したことがなかったのでした。わたしのそれまでの生活ときたら,用意してある食物を食べ,遊んで,寝るだけです。たいていのことは兄に話したら,それですみました。

  それは,心の心配事のない幼い生活だったといえるでしょう。わたしのほうの,なにも相談しないでこれた原因が,わたしの幼さにあったとすると,父のほうは,その逆に,あまりにも疲れすぎており,あまりにも考え事が多すぎるので,わたしたちにはなにも話さないのです。

  父とわたしたちのあまり話し合うことをしない関係は,その後,わたしたち親子の間にもっと深刻な不幸をまねき寄せることになります。こうしたあまり話し合いのない生活が続くうちに,わたしたち兄弟は,日本語だけを身につけていくようになり,父が朝鮮語でなにかを言いかけてきても理解できなくなってしまうからです。親子の間で,たがいに気持ちを伝えあえることばが違ってしまうとは,なんということでしょう。

  わたしたちが,なにか心にふれる大事な問題を日本語で話しかけるとき,とつぜん「朝鮮語ヲツカエ」と,どなり出す父の声には,怒りよりも,悲しみのほうがより強くひびいていたものです。」
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