夢の国「イラン」についていろいろ教えて
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講演会「イラン・日本関係の今後の展望」
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/07/08 03:09 投稿番号: [3677 / 3876]
中東調査会からのお知らせを転載しますね。
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中東調査会では、イラン外務省アジア大洋州担当次官のモハンマド・アリ・ファトッラーヒー氏をお招きして下記のとおり講演会を開催致します。
ファトッラーヒー氏には、イランと日本関係の現状と今後の展望などについてお話しを伺います。国際的にイランの動向が注目されている現在、同国の当局者から直接お話を聞く貴重な機会になるかと思いますので是非ご参加下さい。
なお、ファトッラーヒー氏は今回が初めての訪日です。
講
師:モハンマド・アリ・ファトッラーヒー氏
(H.E. Dr. Mohammad Ali FATOHLLAHI)
日
時:2010年7月16日(金)16:00-17:30
演
題:「イラン・日本関係の今後の展望」
言
語:ペルシャ語(日本語逐次通訳)
参加費:当会個人・法人会員:2,000円
非会員:3,000円
(当日はなるべくおつりのないようにお願い致します)
参加者:中東調査会会員及び一般の方々
場
所:千代田区内幸町2-2-1
プレスセンター・ビル6階
フォーリン・プレス・センター「コンファレンスルーム」
電話
03-3501-3401
(地下鉄千代田線/丸ノ内線
霞ヶ関駅など
日比谷図書館の向かい側)
主
催:財団法人中東調査会
お申込方法:下記にご記入の上、中東調査会宛にご返信下さい。
なお、参加受理のご連絡は致しません。
定員数を超え、ご参加頂けない場合のみご連絡致します。
FAX:03-3371-5799、E-mail:mideastij@hotmail.com
(お問合せ先TEL:03-3371-5798)
7月16日
講演会
お申込用紙
(英数字はすべて半角でご入力下さいますようお願い致します。)
氏名:
英文:
法人名:
英文:
部署・役職名:
英文:
E-mail:
TEL:
FAX:
講師略歴
モハンマド・アリ・ファトッラーヒー
(H.E. Dr. Mohammad Ali FATOHLLAHI)
Title:Deputy Minister for Asian & Pacific Affairs
Date of Birth:1962 in Khoy
Education: PhD in Political Science from Institute for Humanities &
Cultural Studies 2007
Professional Background:
-Political deputy of Ardebil province’s governor 1993-1997
-Member of scientific board and head of Institute for Humanities &
Cultural Studies
-Political deputy of Head of President Office 2005-2009
-Deputy Minister for Asian & Pacific Affairs Dec. 2009
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3677.html
Re: 間寛平のアース・マラソンーイラン編
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/07/08 03:04 投稿番号: [3676 / 3876]
ありがとうございました。見逃していたのでやっとこれで初めて全部見られました(^-^)
最近イランに行っていないのでイマームホメイニ空港もこれで初めてみました。
イランのどこを背景として紹介するかで一般視聴者にイランがどう伝わるか変わりますね。そんなところも気になって眺めたのでした。
これは メッセージ 3674 (fyojizzzz さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3676.html
Re: イランのための祈り
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/07/07 09:48 投稿番号: [3675 / 3876]
改宗するイラン人が増えているというのは、予想外で、驚きでした。
また、「イランのための祈り」のようなサイトや組織(教会?)があるのも初めて知りました。
Sefideさんがおっしゃるように、宗教は別にして、イランが抱える問題を概観するには、このサイト、参考になりますね。
それにしても、(自分の国はさておき)課題山積ですねー。
これは メッセージ 3659 (sefide2003jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3675.html
Re: 中近東文化センターのイベント案内
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/07/04 01:17 投稿番号: [3673 / 3876]
イベント案内、どうも。
中近東文化センター、気にはなっていたのですが、まだ行ったことはありませんでした。
いろいろおもしろそうな企画があるのですね。
興味のあるイベントに合わせて、是非訪れてみたくなりました。
これは メッセージ 3671 (sharghi82 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3673.html
中近東文化センターのイベント案内
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/07/02 04:31 投稿番号: [3671 / 3876]
ここはいつも面白いイベントやってるんですけどなかなか参加できません。(ってそればっかりですね。(^^; )
お子さん向けのイベントも夏休みには多いのでぜひどうぞ。角田先生のペルシャ書道体験なんかもありますよ〜。
ここは過去数回行ったんですがいずれの会も学芸員の方の説明が良かったです。自分だけで展示を見るのとは楽しみ方がぐっと変わるのでぜひお話も聞いてみてください。
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「シンドバッドの大冒険とガラスの海
−インド洋と地中海を探検しよう−」
2010年7月3日〜11月7日(日)
http://www.meccj.or.jp/Pages/shidbad2010.html
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3671.html
長編コンペ作品『テヘラン』 & トピ継
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/07/02 04:09 投稿番号: [3670 / 3876]
Fyojizzzzさん、ゴバディ監督のコメントありがとうございました。クルド人地区を第二の母国としてパスポートを取得、ですか。うまくいくといいなと思って拝読。
Sefideさんもそのようなご事情がおありとは・・・。どうぞお大事になさってくださいね。できるだけアップできるように気をつけます。(特にFyojizzzzさんのご旅行中ですね!)
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SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2010
長編コンペ作品『テヘラン』のご案内
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2010
http://www.skipcity-dcf.jp 期日:7月23日(金)〜8月1日(日)(10日間)
会場:SKIPシティ (埼玉県川口市)
アクセス:会期中、JR川口駅東口キャスティ前臨時バス停より、
SKIPシティまで直行の無料シャトルバスが20分間隔で運行されます。
(所要:約12分)
http://www.skipcity-dcf.jp/ja/access/ ◆『テヘラン』
Tehroun
監督:ナデール・T・ ホマユン
テヘランで運試しをしようとイブラヒムは家族を置いて村を
出てきたが、彼の夢はすぐに悪夢に変わる。新生児の人身売買
ビジネスに巻き込まれたイブラヒムは友人たちと街の危険地帯
へと向かう・・・。
あらゆるものが金で売り買いされる大都会の暗部を暴いた衝撃作。
2009年/イラン、フランス/95分
ナデール・T・ ホマユン監督プロフィール:
1968年パリ生まれ。 La Femis (フランスの国立映画学校)の
監督コースに学ぶ。
短編作品『C'est pour bientôt』(00)がヴェニス映画祭にて
上映される。2005年に監督したドキュメンタリー作品
『Iran: A Cinematographic Revolution』(06)はフランス
国営テレビARTEで放映、またトロントや香港などの国際映画祭
にて上映され評価される。長編1作目にあたる本作は、ヴェネツィア
映画祭にて国際批評家賞、アンジェ・プレミア・プラン映画祭にて
審査員賞を、フリブール国際映画祭にて新人賞を、それぞれ授賞している。
上映日:
7.25(日) 17:30
多目的ホール
Q&A予定
7.29(木) 10:30
映像ホール
Q&A予定
http://www.skipcity-dcf.jp/ja/program/feature/nominate/tehroun.html 予告編(動画)もご覧いただけます。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3670.html
Re: 夏の旅行先決定andトピ継続の依頼
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/06/30 11:10 投稿番号: [3669 / 3876]
sefideさん、インドネシア情報どうも。
警察と泥棒に注意!は(ホーチミンでポーチをひったくられた苦い記憶はまだ鮮明なので)覚悟していましたが、サソリと毒蛇には足がすくむ思いです。
ラマダン中での食事は、他の人の旅行記などを読むと、カーテンで外から見えないようにしていただくようですね。(ドバイでもそうでした。)
>ラマダン中は、夜中になると盛大な食事が頂けますしラマダンが明け
た日などはモスクで食べ物を振舞ってくれたりするので、独特の雰囲気が
味わえるチャンスかもしれませんね。
おっしゃるように、この点は興味津々で、楽しみでもあります。
それから、お体の具合がよくないとのこと、心配です。
トピ落ち、気をつけますね。
これは メッセージ 3667 (sefide2003jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3669.html
Re: バフマン・ゴバディ監督来日中止
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/06/30 10:54 投稿番号: [3668 / 3876]
ゴバディ監督、来日できなくて残念ですね。
MLーdocudramaに次のような監督のメッセージが載せられていました。
--------------------------------
親愛なる日本の皆様へ
『ペルシャ猫を誰も知らない』の日本公開を控えて、日本に行けないことがとても残念です。
日本へ行くための私のパスポートは、査証ページがなくなっているため、
その再発行(増補)を、在外のイラン大使館・領事館にお願いをしていました。
しかし結局、どこのイラン大使館でも「イランに戻らなければ発行しない」という返事しかもらえませんでした。
今の私がイランに戻るということは、刑務所に入れられるか、
二度とイランの外へ出られないかを意味しています。
そのために今回は残念ですが、日本へ行くことを諦めなくてはなりませんでした。
今、私はイラクのクルド人自治区にいます。そこを第二の母国として、
新しい国籍のパスポートを得たいと思っています。そうすればまた旅ができるようになります。
また日本の皆さんに会えますように。
日本での映画の公開が成功することを祈っています。
※ゴバディ監督は、『ペルシャ猫を誰も知らない』を当局に無許可で撮影。
それ以後、イランを離れ、戻っていません
MLホームページ:
http://www.freeml.com/docudrama
これは メッセージ 3666 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: 夏の旅行先決定andトピ継続の依頼
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/28 22:11 投稿番号: [3667 / 3876]
FYOJIZZZZさん
ご旅行がお決まりになって良かったですね。
インドネシアのジャカルタおよびジョグジャカルタに住んでいた友人から
聞きましたが、現地警察と泥棒との癒着などがあるようなので、くれぐれ
もお気をつけて(インドのご旅行でも無事だったのですから大丈夫だとは
思いますが)それと、サソリや毒蛇も結構当たり前に出没するそうなので
その点もご注意を(現地の高級住宅に住んでいたにも関わらず、家の中に
現れたそうです)
イランですとラマダン中でも外国人には規制がゆるい感じでしたがインド
ネシアはどうなんでしょうね。
ホテル内で持ち込んだ食べ物をこっそり食べるとかになるのでしょうか…
でもラマダン中は、夜中になると盛大な食事が頂けますしラマダンが明け
た日などはモスクで食べ物を振舞ってくれたりするので、独特の雰囲気が
味わえるチャンスかもしれませんね。
ROMしている方へ
当方、持病があり最近具合が悪化しています。
薬の調整で良くなる可能性もありますが、このトピを落としたくないので
ぜひトピ上げにご協力ください。お願いします。
これは メッセージ 3665 (fyojizzzz さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3667.html
バフマン・ゴバディ監督来日中止
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/06/28 13:12 投稿番号: [3666 / 3876]
7/2の明治大学での講演会も恐らく中止になるのだろうと思いますが、そのかわりこんな会があるようです。時間がないので情報掲載のみですみません。
Fyojizzzzさん、ハンガリーは残念でしたがご旅行楽しんでいらっしゃいますように!
******
勉強会「映画『ペルシャ猫を誰も知らない』を観る前に」
8 月上旬より公開されるイラン映画『ペルシャ猫を誰も知らない』。
この度、6/29 より予定されていたバフマン・ゴバディ監督の
プロモーション来日が、パスポートの更新ができないという理由で、
急遽中止となってしまいました。
ゴバディ監督の来日中止を受け、映画『ペルシャ猫を誰も知らない』に
描かれたテヘランの若者の最新事情、さらにはゴバディ監督が本作を
製作した意味などを知るための緊急勉強会を開催することになりました。
『テヘランの若者たちの最新状況
−映画『ペルシャ猫を誰も知らない』を観る前に−』
【日時】
7月1日(木)
15:00〜16:30(受付14:45より)
【会場】
T's渋谷フラッグ
部屋番号:Room7B(7階)
http://www.tsrental.jp/location/shibuya/map.html 【講師】
JETRO アジア経済研究所
鈴木均(国際関係・紛争研究グループ長代理)
【参加費】
無料
※参加ご希望の方は下記まで。
お名前・ご連絡先・何をみて応募したかを明記の上お申し込み下さい。
メール:info@moviola.jp
TEL:03-5366-1545
詳細↓
http://persian-neko.com/info.pdf
これは メッセージ 3661 (sharghi82 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3666.html
夏の旅行先決定
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/06/27 11:55 投稿番号: [3665 / 3876]
先に皆さんにご相談しました、今夏の旅行先ですが、ハンガリーは、電話で友人が聞いていたのとは異なり、イラン人にとってはインビテーションが必要だとのことで断念することになりました。
で、結局、イラン人であればビザなし可の国ということで、インドネシアに行くことになりました。インドネシアといえば、バリ島が人気ですが、今回は、ジャワ島のみで、ジャカルタ、ジョグジャカルタ、スラバヤ(近辺の山)と回ることにしました。
訪問時期がちょうどラマダン最中になりますが、はたしてどうなりますか。
ということで、sharghiさん、sefideさん、ありがとうございました。
これは メッセージ 1 (jin114jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3665.html
Re: 男性諸氏へプレゼント イラン美人画像
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/06/26 22:07 投稿番号: [3664 / 3876]
プレゼントのお礼、遅くなりました。
男性諸氏といっても、この板で身元(?)が分かっているのはぼくぐらいですから、なにか、直接手渡しされた感じで、照れくさい気もします。
で、感想ですが、イラン国内ではこうも赤裸々に「美」を見せつけられる機会は皆無なので、チャドルやスカーフ姿とのギャップに戸惑うほどです。
皆さん、甲乙つけがたい美女ですが、やはりアーリア人というか、ヨーロッパ系のにおいが充満してますね。おまけに、皆さん、ほとんど鼻筋がまっすぐ(術後の人もいるかもしれませんが・・・)。
個性化、多様化の時代の割には、「美人」顔、依然、画一的かなと自省をこめて実感しています。
これは メッセージ 3658 (sefide2003jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3664.html
Re: イラン、アメリカ、日本の比較授業分析
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/06/24 04:50 投稿番号: [3663 / 3876]
Sefideさん、すばらしい出会いがあったようで私もうれしく拝読しました。いろいろな方がおいでですね。
時々テヘラン日本人学校に赴任していたという話を聞くなど、学校関係者には意外とイラン滞在者がいるんだなーと思います。
で、私の知っているところだと、このJiEARNという組織(iEARNという世界的組織の日本支部)の活動にはよくイランから先生がいらしたり交流があるようです。
http://www.jearn.jp/japan/index.html「ねがい」プロジェクトやテディベアプロジェクトでよくお見かけします。バムの被災者支援もここはとても活発に動いていましたよ。
これは メッセージ 3662 (sefide2003jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3663.html
Re: イラン、アメリカ、日本の比較授業分析
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/23 05:50 投稿番号: [3662 / 3876]
SHARGHIさん
教育関係者の方が日本と交流があったなんて、知りませんでした!外語大とかならわかるのですが、小学校、中学校レベルでというのは初耳です。
論文、3分の1くらいまで読みました。がプリントアウトしたほうが読みやすそうなので紙を買い足してくるまでおあずけです。
ところで出会いとは奇遇なもので、息子の学校にイランを学生時代に研究していた先生がいらっしゃるんです。
以前その先生から「イラン好きなんです」と声をかけてくださりバックパッカーで旅したことは知っていたのですが、先日ひょんなことから私が書き溜めていたイラン関連文書を渡したところお礼にイラン映画のレポートと、イラン政権の問題点を考察した論文を頂きました。
ギョギョっとしました。詳しいの、なんの。
(何故にアナタは小学校の教壇に?)
と思いつつも、強い味方を得た感激でいっぱいになりました。
ということで、件の比較授業分析をプリントアウトした暁には、我が家に深い理解を示してくださっている担任の先生とイランファンの先生に回覧していただこうと思っています。
良い資料を教えてくださってありがとうございました。
これは メッセージ 3660 (sharghi82 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3662.html
イラン、アメリカ、日本の比較授業分析
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/06/18 17:59 投稿番号: [3660 / 3876]
PC不調なのでトピあげをと書いて下さっていたSefideさんが一番トピに投稿なさっている結果になってしまってて申し訳ありません。(早くPC直るとよいですね。)
今月下旬は仕事がきつい時期の一つなのでなかなか顔を出せずにいました。すみません。あと少しで落ち着くのでその時にまた。
来たついでに本当はイラン美人つながりの投稿でもしようと思っていたんですがクリップしておいたサイトが使えなくなってしまったものでまた探さねばという状況。すぐには見つけられないので、代わりにちょっと固い話ですが標題のものを置いておきます。
イランの先生方は授業交流で結構日本に来日しておいでなのですが、こういう比較研究をなさる方はいないので貴重だなぁと思っています。(アラニさんは博士論文を名古屋で書かれた方です。)
「算数・数学教育における子どもの概念形成と思考方略
−イラン、アメリカ、日本の比較授業分析−」
(名古屋石田学園法人本部
中等教育研究部長
サルカール アラニ・モハメッド レザ氏)
http://mail-px.benesse.ne.jp/c/tl?i=KFpEw8Q24WoRtmiOPDFへのリンクが上記にあるのでよかったらどうぞ(^^)
これは メッセージ 3658 (sefide2003jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3660.html
イランのための祈り
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/17 13:30 投稿番号: [3659 / 3876]
近年イラン国内外でキリスト教に改宗するイラン人が増えているようですね。
私の周囲でも、ホームチャーチに通う現地の人が多数いて正直驚いています。
心の迷いが無くなる、救われるから是非行ってみて…と薦められ私たち家族も
日本で活動するアメリカ人宣教師のもとへしばらく行った時期がありますが、
聖書を学べば学ぶほど信じることができず挫折しました。
私が行ってしまったのはプロテスタントだったからマズカッタとイラン人は
言いますが、果たしてどうなのでしょう…
ということで「イランのための祈り」というサイトの紹介です。
http://www.prayforiran.com/Default.aspx?tabid=172信仰云々はおいておいて、動画と歌はなかなか良いムードだなぁというのが感想です。
そしてタイトルだけを見ても、どういった問題がイランにあるのかが何となくつかめるのがいいですね。
これは メッセージ 3658 (sefide2003jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3659.html
男性諸氏へプレゼント イラン美人画像録
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/16 00:47 投稿番号: [3658 / 3876]
世界の美女が掲載されているサイトを紹介します。
http://ameblo.jp/bijinbijo/theme-10015377829.htmlご覧頂いたご感想はいかがでしたでしょうか?
(確かに美しい…でも、この位の美女は身内に多数いるぞ…)というものでした。民間人ですし勝手に写真をアップするわけにもいかないので説得力が無いのですが。
うちの家族自慢はどうでもいいとして、実際にイランを訪れた方であればあの国の街角美人出現率の高さには驚かされると思います。
男性も美しい人はいるのだと思うのですが、あの国の芸能人ってアレレ残念…な人が多くて、逆に一般人のほうが素敵な人がいる気がします。
私は女性ではありますが、疲れたときなど、こういった美しい人の画像を眺めしばし目の保養をし英気を養うのでした。
★SHARGHIさんへ★
観月ありさ、デビュー当時よりもむしろちょっとムッチリしているくらいの方がイラン人受けする気がします。
「ナースのお仕事」も面白かったですよね。イランでお昼頃に見ていたコメディタッチの連続ドラマを彷彿させるものがあります。
「斉藤さん」も子育てママの自分に照らし合わせながら見ていてファンになりました。
ところで今はイラン、すっかり韓国ドラマに染められているようですよ。
これは メッセージ 3651 (sharghi82 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3658.html
イラン美人画へのプレゼント
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/15 23:58 投稿番号: [3657 / 3876]
世界の美女が掲載されているサイトを紹介します。
http://ameblo.jp/bijinbijo/theme-10015377829.htmlご覧頂いたご感想はいかがでしたでしょうか?
(確かに美しい…でも、この位の美女は身内に多数いるぞ…)というものでした。民間人ですし勝手に写真をアップするわけにもいかないので説得力が無いのですが。
実際にイランを訪れた方であれば、あの国の街角美人出現率の高さには驚かされると思います。
男性にしても同じことが言えると思うんですよね。
アメリカ本土は知らないのでなんとも言えませんが、他のヨーロッパやアメリカの島を放浪した経験で言えば、イラン人ほど美しい人たちはいないのではないか…と感じます。
私は女性ではありますが、疲れたときなど、こういった美しい人の画像を眺めしばし目の保養をし英気を養うのでした。
これは メッセージ 3651 (sharghi82 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834682/l4a4n9qa1va5a4a5ia5sa1wa4ka4da4a4a4fa4a4a4ma4a4a4m65a4a8a4f_1/3657.html
第六話 深い深い越えられない溝
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/15 00:26 投稿番号: [3656 / 3876]
小菅拘置所では、面会前に身体検査が行われた。空港でやるのよりも更に厳重な物で、何度もボディチェックをされ荷物は全てロッカーに預け、差し入れだけを持ち受け付けへと通された。
面会時間は5分と決められていた。
自宅から1時間半以上かけて訪れたというのに、その短さには驚いてしまった。
面会室に入ると、立派な髭を生やしたMが現れいつもの「げんき?」を言った。
その日の私は事務的なメッセージを伝える必要も無かったので、寂しい気持ちを感じていること、知り合ってから私達はあまりにも早い別れが訪れたことを伝えた。Mは「ねぇ君、トルコに来ない?そこで会える。イランでは君に不自由があるかもしれない。でもトルコならば…また会おう。私たちには夢があった。一緒に叶えたい夢があった。だから君、私がいなくなっても私の事を忘れないで欲しい」と言った。
私は泣きながら頷いた。
すると、うつむき加減にしていた刑務官が痩せた肩を震わせて泣いているのに
ハッとさせられた。
(そういえば時間はすでに5分以上経過していた。もしかしてこの人は職務逸脱行為を犯そうとしている?)私は気づいた。多分Mも気づいていたと思う。
それからMは私との1ヶ月を振り返り、穏やかな声で懐かしそうに話した。
そして「今は君のために何もできない。待っていて欲しい」と言った。
アルミ板に手を伸ばすと彼も手を差し伸べてきて、手と手を重ねた。
こんなに近くにいるのに、私たちの間には大きな大きな、簡単には越えられない深い深い溝ができてしまった。
お互い何も言わなくても、特別な感情が芽生えはじめていたことに今私たちは気づいてしまった。
知らなければどんなにか楽だったことだろうか。
彼には国に婚約者がいると言っていた。
私も同じ立場である。
この先、私たちが再び会ってお互いの感情を確かめることは相当な痛みが伴うことが予測された。
互いに何年も愛情を育んできた人がいたはずなのに…
私たちはたった1ヶ月しか共に過ごしていないし恋人と呼べるような関係でもなかった…
「そろそろ面会を終了して良いでしょうか?」
刑務官の声にハッとさせられ、私たちは手をアルミ板から離した。ずっと手を付けっぱなしだったのだ、と失笑してしまった。
そしてその時改めて刑務官を見ると、私と同世代の若い青年であることが分かった。
私は「長く面会させて下さいましてありがとうございました」と深くお辞儀をし、Mに「次に会うのは裁判の時かもしれないわ」と伝えた。
Mは刑務官に背中を押され廊下へと導かれていくとき一瞬振り返った。
そして「○○の家に楽器と衣類がある。持ってきて欲しい」と叫んだ。
私はまだ彼の役に立てることが嬉しかった。そして隣県の彼のかつての家に
訪れるため彼の元同居人に連絡を取ることにした。
何かしらアクションを起こしていれば焦燥感や悲しみを感じなくて済む。
行ったことも無い遠方のMのかつての住まいを訪れることで、しばらくはこの現実から逃れることができる。
私は救われた気がした。
これは メッセージ 3655 (hafez0211 さん)への返信です.
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第五話 逮捕②
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/15 00:02 投稿番号: [3655 / 3876]
(原因は私の手紙を見たせいなの?)と驚いたが、Mが早口で「面会時間があまりない。君に頼みがある。私の会社を仲間に続けるよう伝えて。ビジネスは順調なんだ、私がいなくても続けられるって言って。だって何も違法なことはしていないんだ。それと君にやってもらいことがあるときは手紙で連絡をするから、便箋、切手を準備して。あと、この人達に連絡を取って欲しい」と言って彼はメモをアルミ板の隙間から私に渡してきて約10分の面会は終了した。
私は、その日からMのメッセンジャーと化した。
ビジネスパートナーには、彼の容疑はオーバーステイだけであるようだと伝えたが、彼らはすっかり怯えてしまい「もう会社はたたむ」と言って聞かなかった。
イスラエル人の女性には、Mの状況を伝えておいた方が良い気がして、仕事帰りに109前の彼女の露天に立ち寄り、英語の辞書を片手に面会の時の様子を説明した。彼女は日本語で「カワイソウ」と言って涙ぐんだ。
私もなんだか悲しくなってきてしまい「そう、かわいそうなの。アンラッキーだったね」と言い、私達はアクセサリーの並ぶ露天の前で抱き合いながらおいおいと泣いた。恋敵だったはずなのに、私にとってはその女性は唯一私の気持ちを共有できる仲間となったのだった。
日本語が全く話せないと思っていたら、片言の日本語は話せるようで「M、ジブン、ケイサツ、行った。ワルクナイだって」と言ってきた。
私にはその暗号のような日本語がすぐに分からなかったが、後日知り合うことになる(Mが参加していた)外国人労働者問題を扱うボランティアの人によると「日本人女性がイタリア人男性にレイプされる事件があり、彼イタリア人に間違えられて署に任意で呼ばれたのよ。私達は行くなって言ったんだけど、私は何もやってません大丈夫ですって言って行っちゃったのよね。なんか妙に自信を持っているところがあって、オーバーステイぐらいでは捕まらないって信じきってたのよ。彼の中ではオーバーステイは犯罪という認識が無かったの。どんなに言っても、ハチ公前交番の警官達はみんなワタシのことを知っていて、世間話をするほどの仲だし、悪いことをしていたら初めてオーバーステイ容疑で別件逮捕して本当の犯罪を調べるんだ、とか考えていたみたいなの」ということだった。
結局レイプ犯のイタリア人では無いということで渋谷署に行った時は捕まらなかったのだが、数日後センター街でレストランを出たところで捕まったことを考えると、目をつけられていたのかもしれない、とその人は言った。
「結婚できない日本人の男とかにとって、外国人の男が日本人の女の人とつきあってたりするのって許せないんじゃない。だからMがイタリア人じゃないと分かった後も目をつけられてたんじゃないかと思うの。大体あの人ハチ公の前でお客さんと待ち合わせすることが多かったから、交番勤務の人とはみんなトモダチになっているんだなんて言っていたけど、好意的な警官もそりゃいたかもしれないけど、みんながみんなそう甘くはないでしょ」とも言われた。
Mと友達づきあいを始めて1ヶ月もしないというのに私と彼は警察の留置所の面会室で、わずか10分ひどいときは5分だけ、それもアルミ板を通し、しかも監視付の中で顔を合わすだけの関係へとなった。
制約のある時間内では、Mの会社をたたむことになったとか、公共料金の支払いがどうだとか、連絡事項を伝えるのが精一杯で(この人とは気が合ったけれども、あと数ヶ月したらサヨナラなんだろうな)と漠然と思った。
Mは私が寂しそうな顔をしていると「大丈夫だよ〜。心配しないでね。警察結構やさしい。みんな親切だから心配ないよ。ほら泣かないで笑って」と励ましてくれ、どちらが囚われの身なのか分からなくなるほど明るい声だった。
あの頃のMの口癖は「なんとかなる」「道はあるはずだから焦らないで」だったことが今では懐かしく思われる。
そしてMは起訴されることになり、小菅の拘置所へと収容先が変わることになった。
これは メッセージ 3654 (hafez0211 さん)への返信です.
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第五話 逮捕①
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/14 23:57 投稿番号: [3654 / 3876]
Mが渋谷警察署に逮捕された、とMのガールフレンドの中では一番親しくしていたと思われる長身の美しいイスラエル人女性が私に教えてくれた。彼女は日本語が話せなかった。
「容疑は?」と聞きたかったがこちらは英語がうまく無く「Why
arrested?」と尋ねるのが精一杯で、彼女はそれに対し両手を広げ「わからない」というポーズをした。
私はMのビジネスパートナーなら、事の次第を知っているだろうと思い電話をかけた。
すると彼らも詳しい状況は分からないようだった。
が、恐らくはオーバーステイ容疑だろうと言った。
そして彼らは私に頼んだ。
「僕らもオーバーステイだから警察署は怖い。悪いけど、面会に行ってこれから僕らはどうしたらいいのかMに聞いてきてくれませんか?」と頼まれてしまった。
私は次の日、仕事帰りに渋谷署に寄り面会を求めたが、Mが留置されているのは他の署であることが分かり面会は日を改めることにした。
そして私は会社に休暇届けを出し、当時渋谷でペルシャ語の新聞やらカセットテープを売っていた大型書店「大盛堂」の地下の店に行き、差し入れするためにイランの「JAVANAN(若者)」というスポーツや芸能を中心とした雑誌と新聞を購入した。このJAVANANはMが記事を書いていた雑誌でもあり、イラン人の若者には大変良く読まれている大衆紙であった。
警察署に面会に行くなんて初めてだ。
とても緊張した。
けれども、外国の警察署で捉えられているMを思うと心配でいてもたってもいられなかった。
警察署の入り口で私の住所氏名、差し入れ品名、面会相手の名前を書いて私は留置係りの警官から面会室へと通された。
パイプ椅子に座り、待っていると手錠をかけられたMが警官と共に入室してきた。
警官に促されMもまたパイプ椅子に座り、その斜め後ろに警官は立った。
「げんき?」
とMは私に思いのほか優しい声で話しかけてきた。
「ううん、元気じゃない。なんで捕まったのよ?」
「センター街でご飯食べて店から出たら、警察に声をかけられたの。それで外国人登録証を見せて、職業を尋ねられたの。この近くで不動産仲介と携帯電話の代理店の会社を経営しているって言ったら、そこに連れて行けって言われて。若い警察官とおじいさんの警察官だった。それで事務所を彼らが捜索したんだけど、私何も悪いことしてないからね。でも私の財布に公務員の友達の名刺やら、有名企業の社員の名刺やら、とどめは複数の弁護士の名刺が入っていたんで、なんでこんな立派な肩書きの日本人の名刺を持っているんだって言われて、友達だって言っても信じてくれなくて。しばらく言い争ったんだけど、あの人たちもあきらめてもう帰ろうとしていた時、ポストの中も調べろっておじいさんが言って、開けたら君からの置手紙が入っていて、読まれたの。日本人の彼女がいるのか?って言われて。急におじいさんが怒り出して、オーバーステイの癖に日本人の女性を騙してるんだな?って怒ってね。それで捕まった。若いほうの警察はこの人ビザ無いけど偽造テレフォンカードも麻薬も持っていなかったし、問題ないんじゃないですか?真面目に自営業をやっているだけですよって助けてくれようとしたけど、おじいさんが怒ってしまって駄目だった」
これは メッセージ 3647 (hafez0211 さん)への返信です.
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今晩NHKBSーイラン 女子サッカー奮闘記
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/06/10 10:47 投稿番号: [3653 / 3876]
NHKBSですが、今晩以下の番組放送があるようです。
6月11日(金) 0:00〜0:50
NHK衛星第1.BS世界のドキュメンタリー シリーズ 世界のサッカー事情◇2005年に結成されたイランのサッカー女子代表チーム。選手たちは、肌の露出を避けるために長いジャージーのズボンをはき、体の線が見えないようにウエアを2枚重ねにしなくてはならないなど、置かれた環境は決して恵まれてはいない。そのような環境の中、3人の選手たちに密着した模様を伝える。
これは メッセージ 1 (jin114jp さん)への返信です.
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トピ上げ
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/09 09:08 投稿番号: [3652 / 3876]
自宅のパソコンがクラッシュしてしまい、外部からの書き込みです(^^ゞ
修理するまでに時間がかかる可能性があり、しばらくこちらにはこられないかもしれません。
トピの維持、どなたかお願いします。
常々思うのですが、SHARGHIさんのおっしゃるとおり、イランを知らない方にはイランの良い部分と闇をバランスよく伝えたいところですよね。
夫の件はお気になさらずに。
彼の視点で見ると、日本国内でGREEN WAVE活動をしている人の中に内務省の人がまぎれているのではないか、という恐怖心があるようです。
疑心暗鬼に陥ると、何を言っても駄目ですね。
私とは置かれている深刻さが違うので仕方ないのかな、思ってます。
ということで、私は影ながら活動を見守るしかなさそうです。
SHARGHIさんは具体的にリンクを張っていたわけではないですし、私が勝手に検索かけただけですから気にしないでくださいね(^_-)-☆
これは メッセージ 3649 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: コラム紹介:イラン人と観月ありさ
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/06/05 06:32 投稿番号: [3651 / 3876]
観月ありさは私自身が割と好きなタイプなのでなんかわかる感じします。背格好という意味でのスタイルもイラン人に好かれそうな気がします。(少なくとも私の周りの人の話を総合するとってことですが。)
それと、イラン人の中での彼女への好感度が高いのはやっぱり「ナースのお仕事」の印象が強いからでしょうね。あの手のコミカルな話好きな方が多い気がしますから。
最近の若いイラン人男性の好み、私も興味ありますね〜。
歌手の話などしてても自分の(まじめな)恋愛対象として言っている時と、一般男性全体に対して女性の魅力をアピールしてるのは誰かみたいな時とでは発言が異なるので、前者を知るのは難しいかなぁ。それと前者については容姿よりも性格的なことがすごく重視されている感じ。お見合いによる結婚だと性格も大事だけど家同士の相性やらなにやらも結構うるさい気もするし。
話は戻りますがイランでの小学校の体験、とてもよいですね。そういうふうにお子さんの中にイランのいい思い出がたくさん育まれるのはすごくいいなぁと思って拝読しました。(^-^)
これは メッセージ 3648 (sefide2003jp さん)への返信です.
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Re: 第四話 イラン人労働者へのインタビュ
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/06/05 06:24 投稿番号: [3650 / 3876]
Hafezさんの過去のお話いつもとても興味深く拝読しています。続き楽しみにしていますね。
アリガプールも懐かしいです。お店の前を通ることは時々ありましたが結局一度も入ったことがないままになってしまいました。入ってたらHafezさんともお知り合いになってたのかも?しれませんね。
その後偶然(当時すでに閉店なさってましたが)オーナーと知り合う機会があってちょっとだけお話したことがあります。別段お友達にもならぬままお別れしたんですが、Haydehがお好きだったのを覚えています。当時、渋谷のHMVにはワールドポップスのコーナーにHaydehだけは置かれてたんですよね。
そのうちHaydehの話が通じなくなるイラン人ばかりになるんだろうな〜。(私も若い頃は別段好きじゃなかったんですが年を取ったってことですね〜。
(^^; )
これは メッセージ 3647 (hafez0211 さん)への返信です.
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Re: Sharghi さんへ
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/06/05 06:14 投稿番号: [3649 / 3876]
ご主人のお気持ちわかります。私も初めてこれを見た時にとても重かったんですが、ご主人のような経験をお持ちでしたら衝撃はいかほどか・・・と思いました。
私はこの映像を日本の人がなんの予備知識もなく見て、イランについて反対にあのような部分ばかりがクローズアップされて印象づけられることにもとても抵抗がありました。そういう人に紹介するにはこれ以外の話も一緒に伝えねばとすごく思ってしまったんですよね。
もう少し詳しく説明してからご紹介するべきでしたね。ご主人には申し訳のないことをしてしまいました。ごめんなさい。
これは メッセージ 3642 (sefide2003jp さん)への返信です.
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コラム紹介:イラン人と観月ありさ
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/03 22:54 投稿番号: [3648 / 3876]
ARABIAN
NIGHT
BAZARというサイトの中のコラムに「イラン人と観月ありさ」という興味深いものを見つけました。
http://www.ne.jp/asahi/arabian/net/arabian/hp/column1.htm筆者はイラン旅行の最中に、日本で出稼ぎをしていたイラン人に多く出会います。
そして彼らの、日本での思い出話が予想外に良いものであることに驚くと共に(私は機会があれば日本を脱出したいとさえ思っているのに)とくくっています。
私にはこの筆者の気持ちも分かりますし、この中で観月ありさファンであるイラン人男性のような人にも出会ったことがあります。
観月ありさファンのイラン人は言います。
「観月ありさは簡単に脱がないのがいい」「清潔感があるのがいい」と。
イラン人の男性に限ったことではないのかもしれませんが、イラン人男性は特に「結婚するのならば貞操観念のしっかりとした女性がいい、でも自分が遊ぶならば軽いコがいい」という調子のいいことを言う人が多いような気がします。
昔、雑誌SPA!でもイラン人特集をしたことがあって、その時も観月ありさのような凛としたイメージの女優さんが人気第一位に選ばれていました。
理由としては、上記の男性のようなコメントだったかと思います。
今の10代〜30代の結婚適齢期のイラン人男性はどんな女性観を持っているのかな、と時々思います。
というのも現地のイラン人女性は、日焼けサロンでブロンズ色に肌を焼き金髪に脱色し服装もとてもファッショナブルになってきていますし、都会では恋愛もかなり自由になってきているからです(地方は未だに黒いチャドルのところもあるようですが…)
日本に働きに来ていたイラン人男性は今となっては「一世代昔の男」になってしまったのでしょうか。
これは メッセージ 3647 (hafez0211 さん)への返信です.
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第四話 イラン人労働者へのインタビュ−4
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/02 01:37 投稿番号: [3647 / 3876]
その後も私は引き続き、繁華街でイラン人の話しを聞き続けた。
ある日、久しぶりに渋谷のハチ公のそばを歩いていたとき「やっと会えた!なんで会社に来てくれなかったんですか?」と肩幅の広い、大きなイラン人が声をかけてきた。
私は(誰だったかしら…?)と思い「ごめんなさい、あなたどなたでしたっけ?」と正直に尋ねた。
「覚えてませんか?3ヶ月前、ペルシャ語の辞書を持ってたアナタに声をかけたでしょう?それにアナタは友達のイラン人の結婚問題で私に相談してきたじゃないですか?」とMは心外そうに言った。
(あぁ、アイツか)と内心思ったが、「あの時はどうもありがとう。友達は今、少しずつ結婚の手続きに向けて準備してますよ」と答えた。
その日はまっすぐ自宅に帰るつもりだったのだが、結局Mとお茶をすることになった。
Mは「まず、日本に来ているイラン人に共通して言えるのはお金の為だけじゃないってことですね。自由がないんです、イランには」と切り出した。
「それは私も感じていたことなんです。アナタもご存知だと思いますけど、日本は第二次世界大戦の後、アメリカのGHQのもと憲法が制定され徐々に秩序を取り戻していった。
当時の日本人は馬車馬のように働いたと聞きます。特にオリンピックの頃には道路も整備され、活気に沸いたらしいです。日本にはイランのような豊富な資源は無いですけど、人材が何よりもの資源だったんですよね。イランの方と話をしていると、肉体労働をしているとはいっても、知的な人が多いのを感じます。そんな人が大量に海外に流出したら戦争後の復興は遅れるんじゃないですか?イラン人ってすごく愛国心が強い印象なんですけど、
もし私がイラン人で男だったら、国のために残って爆撃を受けた建物とかを修繕するとかしたと思うんです。でも何万人ものイラン人が日本に来たっていうのは、お金のためだけじゃなくて、もしかしたら国に不満があるんじゃあないかって思ったんです」
「そうですよ。イランはイスラムでがんじがらめにされている。まぁ日本に来ている人の中でも信仰している人もいますけれども、私は違う。無宗教なんです。信じてくれますか?」
そんな話を取りとめも無くし私は(私達は似ているかもしれない)と直感したのだった。
インタビューを多くのイラン人にさせてもらい、自分なりの意見をまとめていたところではあったのだが、私にはまだまだイランの事で分からないことがありMならば私の良き協力者になってくれるのではないか、と感じた。
そして話が弾み、イランの芸術のことや歴史のこと、日本の近代史のこと(当時はMの方が私よりも多くの事を知っていて、自分なりの視点も持っていたのだった)いろいろな事を話し込んだ。
それから私は仕事の帰りにMの会社に立ち寄り、様々な話を聞いた。
けれども彼には多くの女性の出入りがあり、私はその時、猛烈な嫉妬を感じたのだった。
そして、そんな自分に驚いていた。
(これは恋なのだろうか…?)
そんな矢先Mがオーバーステイで逮捕された、とMのガールフレンドの1人のイスラエル人女性が私に教えてくれた。
これは メッセージ 3646 (hafez0211 さん)への返信です.
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第四話 イラン人労働者へのインタビュ−3
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/02 01:35 投稿番号: [3646 / 3876]
ノートの整理をするのは、いつも渋谷のアリガプの端っこの席だった。
そこの従業員たちともすっかり馴染みになり、週の半分はその席を陣取って集めてきた意見をまとめていた。
「どう?面白い話しは聞けた?」仲良くなったお店の人が、こっそりと差し入れを持ってきてくれ、目配せをしてくる。
「まぁね。今日は麻薬の売人に、何があっても薬には手を出してはいけないって有難いお言葉を聞いてきたわ(笑)矛盾してるわよね」
「その件についてはなんとも言えないけど、仕事にあぶれた時に暴力団とかから声かけられてついフラフラ…ってパターンもあるからね。その人も本当はそんな仕事やりたくないんじゃないかな」
「そうみたいね。前に会った人は旋盤作業をしている時に指を落として、仕事を首になって、それからなかなか仕事につけないでいたら、友達の紹介で偽造テレカの仕事を始めたって言っていた。気の毒に思ったわ。そういえば、昨日夕方渋谷駅前で警察のバスが乗り込んできて売人が一網打尽になっているのを見かけたわ」
「オレとしては嬉しいけど」
「あら、同情するかと思ったわ」
「いや、有難いくらいだよ。だって、そういう犯罪を犯すイラン人がいるせいで真面目に働いている多くのイラン人まで蔑んだ目で見られるのは迷惑だよ。そう思わないかい?」
そんな感じで私は、アリガプを根城にあちこちのイラン人のたまり場に出没する日々が一年ほど続いた。
日本行きのチケットがあまりに人気でテヘランの「サッカースタジアムで抽選会を行い当たった人が日本に来ていたこと、来日した多くのイラン人はテヘラン南部から来ていたこと、そして来日前は日本に対し大変良いイメージを持っていたのに、日本に来てみたら過酷な労働条件と差別に遭い反日感情を募らせた人が少なくないこと、最初の頃は仕送りを順調にしていたがだんだん物質欲が出てきたりパチンコや競馬を覚えてしまい仕送りが出来なくなってきた人もいること、イランではバスやタクシーでの移動がほとんどなので電車に乗ることが楽しいとか(女性と出会うきっかけの場にもなるのだそうで…)旅行に行くならば新幹線に乗ってみるのが夢だ、とか…
どの情報も私には大変新鮮だった。
当時私には大学時代から交際していた小説家志望の青年がいて、私の活動にも理解を示してくれていたのだが「なんだかイランのこと、知れば知るほど興味が湧いてきちゃって。ライフワークになるかもしれない」と洩らしたら「おいおい、そこまでやられると困るんだけど。結婚はどうするんあよ、それじゃ」と難色を示された。
そんなある日、私は現在の夫となるMと渋谷駅前で知り合った。
「なんで、あなたはペルシャ語の辞書なんて持っているんですか?」
とても滑らかな発音の日本語だった。
「私、ルポライターになりたいんです。それもイランのことを日本人に正しく伝えたいんです。
日本人はイラン人の事を悪い悪いって言うでしょ?私は自分の目で見て、自分で感じたことしか信じない性分で、偶然イラン人の人と知り合ったことがきっかけになって、毎日イラン人にインタビューさせてもらっているんです」
「じゃ、私がうってつけだ。在日外国人問題のボランティアもしていたから私はイラン人のことだけじゃなく、外国人労働者全体の問題も詳しいですよ。、雑誌に記事も書いてますし、テレビ朝日でイラン人問題を扱った番組の通訳もしたことがある。今はお客さんと待ち合わせをしているから時間が無いけれど、今度私の会社にいらっしゃいませんか?このすぐそばに構えているんです。名刺を差し上げましょう」
彼はそういって、名刺をわたした。
スーツ姿のイラン人と話すのは、はじめてのことだった。
私はMの会社の所在地を確認した(なんだ、私の会社からすぐじゃない)
と同時に(妙に滑らかな日本語といいスーツ姿といい、明らかに今まで見てきたイラン人とは違うタイプだけど、注意しなくちゃ。会社なんて言ってるけど胡散臭いわ。プレイボーイっぽいし。行かないわよ、私は)
そして私は名刺ケースに彼の名刺を放り込み、その日会うことになっていたA氏の話を10分ほど聞いてからアリガプへと急いだ。
Mのことは無視することにしていたはずだったが、アリガプの仲良くしているH氏が日本人女性と結婚することになり、ちょっと事情が複雑だったためMなら何か情報を知っているかもしれないと思い、私は彼の会社に電話をかけた。
そして、いくつかの情報を得て電話を切った。
これは メッセージ 3645 (hafez0211 さん)への返信です.
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第四話 イラン人労働者へのインタビュ−2
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/02 01:34 投稿番号: [3645 / 3876]
そして彼らは言うのだ、遠慮がちに。
「女の貴方に言うも恥ずかしいけれど、日本に来て女の人の服装のピッタリした感じ(当時はまだバブルの名残でボディコンシャスな女性も都会には多少いたのだった)に目を当てられなくて下を向いて歩いてました」と。
「おしん、シッテマスカ?」と逆に尋ねられることも多く「知っているけれど、当時私は小学生で。学校に行く時間帯に放送をしていたから見たことはほとんどないんです」と答えると「ええっ!アナタ、それはよくない。おしんこそ日本人です!ボク達の中には、来日するまで日本人女性は未だにおしんのような人がいると思っていた人も少なくないんです。だから、こんな風に渋谷で遊んでいる女性を見るとビックリしちゃって。あの、失礼なんですが、ホラ、その、なんていうか、そういう商売の女性がするような格好で歩いているからイラン人男性には刺激が強いんですよ」と。
私は(イラン人の男性は日本人の男性よりよほど真面目かもしれない)と感じた。
そして「私、本でしかイランのこと知らないので教えてもらいたいんですけれど、イランと日本ではどちらが住みやすいと感じます?」と尋ねると、様々な答えが返ってきたが多い意見としては「日本は若い人のためにイイと思います。自由があるでしょ?イランだったらね、今こうしてアナタと話すことさえできないんですよ」「イランはお金持ちな国なんです。石油、金、ウラン、そのほか色々。豊かな国土を持っているばかりに、イギリスをはじめ外国に利用され、いつも不安定な生活を強いられてきました。それだけじゃなくて、ホメイニ氏が戻って来て、戦争があって…僕も戦争に出たけど、もし戦争が無ければ医学部に進学できるほど成績が良かったんだ。ええと、なんでしたっけ。どちらの国が住みやすいかってことでしたね?簡単には言えないけれど、イランはとても良い国なんですが政局が不安定で今の時代はとても住めたものじゃない。家族に仕送りする為に僕は日本に来たけれど、僕はだんだん日本の生活に慣れてきていて、もしもいつかイランに帰ったら精神的に混乱すると思うんです。日本の中ではイラン人はいらん、なんて差別があるけれど、それでも僕はいい日本人の親方に恵まれ、今の大工の仕事も気に入っている。もしも日本人の女の人と結婚するチャンスがあって、オーバーステイの身分でなくなることができるなら、僕は日本の方が住みやすいんじゃないかって思います」といった感じの言葉が聞かれた。
偽造テレフォンカードを売っている人とも話をした。
「あなたのご家族は、この仕事を知ってるの?」
「もちろん知らないよ。言えない。知ったらショックで倒れてしまう。ところで、日本での滞在が長引いていることをお母さんが案じているんだ。だから毎日電話をかけているんだけど、あなたは少しペルシャ語も話せるし、お母さんに挨拶してくれないかな?日本人のガールフレンドがいるって思わせてあげたいんだ。オレの婚期が遅れることを心配しているんだよ。なにしろ、イランでは男は25くらいで結婚しているのが当たり前だからね」と言われ、ガールフレンドに成りすましお母さんと会話をしたこともある。
ある時は新宿南口でインタビューしていた時にいきなり2m位の大男に抱きかかえられ、エスカレーターを降りてどこかに連れ去られそうになり、他のイラン人がナイフを抜いてその大男と口論になり、開放されたという危険な目にもあった。(その後、助けてくれた男性に喫茶店に連れて行かれ、私のやっていることが大変危険なことなのだと諭された)
そんなこんなで300人近い人から、様々な意見を集めたのだった。
これは メッセージ 3644 (hafez0211 さん)への返信です.
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第四話 イラン人労働者へのインタビュー1
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/06/02 01:32 投稿番号: [3644 / 3876]
第三話の話の続きをする前に、そもそも何故私がイランと関わるようになったのかを告白しておきたい。
「夢」
かつての私の夢は在野精神あふれるルポライターになることだった。
その夢が実力に見合うものかどうかは別として、私にはそれらしき活動をしていた時期がある。
90年初頭、イラン人労働者が街を圧巻していた頃のこと。
私は青山大学のちかくでOLをしていた。そして勤め先のビルの内装工事をしていたイラン人たちと知り合い、大変礼儀正しい態度に感心し挨拶を交わすようになった。
ある時彼らが「良かったらイラン料理をご馳走したいんですが行きませんか?センター街の奥にアリガプという素敵な店があるんです」と誘ってきた。
正直なところ、ちょっと怖かった。
(本当にこの人たちと出かけて大丈夫なのかしら?相手はイラン人よ。何か悪い考えでもあるのでは?)そう思いつつも好奇心の方が勝り、結局私はそのレストランに行くことにした。
行ってみるとお店も従業員も大変感じが良く、誘ってくれた人たちも明るく優しい人であることがはっきりとわかった。私はトイレに立つときは必ずバックごと持って行ったし、隙は見せないようにしようと構えていたのだが、彼らの礼儀正さを目の当たりにし、大変申し訳ないような気分になった。
「あなたのようにイラン人の僕らに対し、毎日丁寧に接してくれる人はいませんでした。だから友達になってもらいたいな、って話をして今日誘わせてもらったんです」
その言葉を聞いたとき私は胸を打たれた。
そして(自分の目でイラン人のことを知らなければいけない)と思った。
もともとマスコミの報道に偏りがあることは感じていたので、新聞は何紙か並行して読むようにはしていたのだが、それでもイランやイラン人に対しての情報と言うと「イランイラク戦争」「悪魔の死翻訳者殺人事件」「代々木公園で週末集まる異形の群れ」「偽造テレフォンカードを販売していた○○○を逮捕」といったものが多く、イラン人の素顔を追ったものを目にすることはそれまでなかった。
(よし、私がイラン人のことを書く!)
何故だかわからないが、私には確信があったのだ。
イランイラク戦争を終え国が疲弊して仕事が無いからといって、ただ外貨を稼ぐためだけに日本に出稼ぎに来たのではないのではないか?自国に対する愛国心が強いのは分かったが、愛国心があればこそ今は国を立て直さなければいけない時期なのではないか?
もしかしたら国に対し不満などがあるのではないか?
若気の至りとはいえ、そう思い込んでしまってからの私の行動は早かった。
ペルシャ語の小さな辞書を購入し、仕事帰りに渋谷駅周辺、新宿駅南口構内、京成上野駅周辺などイラン人が集まりそうな所に毎日立ち寄り、片っ端からイラン人に声をかけ、家族構成などの個人情報、日本へ来た理由、日本の印象、現在の職業、イランでの職業、日本で嬉しかったことや辛かったことなどを尋ねていった。
いきなり若い日本人女性に声をかけられビックリするものの、私がイラン人に好意を持っていること、そしてインタビューの趣旨を話すと、快諾して話してくれる人が多かった。
イランに行ったこともない私としては、彼らに失礼の無いよう、日本で発売されているイラン関連の本は通勤電車の中で濫読し少しでも理解に務めようとしていた。
面白いな、と感じたのは「日本に来て驚いたことはありますか?」と質問したところ「女性が街を歩いていること」と答えた人が複数いて、こちらがビックリして「イランでは歩かないのですか?」と尋ねると「もちろん出歩くことだってあるけど、買い物は男性がしてくる家庭が多いから道で女性を見かけることがオレの街ではあまり無かった」とか「女性が歩いていることもそうなんだけど、日本は街があちこちあるでしょー。イランは街が少ないんですよ」と言われ、未踏の地イランへの興味が深まったことだった。
これは メッセージ 3577 (hafez0211 さん)への返信です.
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Re: 鈴木 均氏ーイラン情勢分析(ビデオ)
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/01 14:00 投稿番号: [3643 / 3876]
テレビ番組の見出しとしては「イランの核問題なんたらかんたら」でしたけど、中身は現代イラン事情を非常に分かりやすく解説したものでしたね。
ご紹介ありがとうございました。
6月11日、何か動きがあるのかしら…
革命記念日のことは知らなかったので(そうなんだ、警備がすごくて何も起こらなかったのね)と納得してしまいました。
隣にイラン人がいるのに、政治問題には口が重いのでこういった番組があると助かります。
これは メッセージ 3635 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Sharghi さんへ
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/01 13:55 投稿番号: [3642 / 3876]
Siavash Ghomeishiはいいですねぇ。好きです。彼のgharibe(スペル自信なし)のPVは、異国で生活するイラン人の表情が見られて、涙ぐんでしまいます。
Green
Waveの方はイラン人女性でしたか。
活動をしながらイランにも帰国できていると聞き、夫は驚いていました。
おっしゃられたYOU
tubeの件、なんとか発見できました。
Siavash Ghomeishiで検索してもひっかからなかったので、ちょっと工夫してみたら見つけることできました(敢えてここでは貼りませんけれど)
夫はあの画像を見て、目を背けていました。なんというか当事者だっただけに政治活動にはもう関わりたくないらしいんですよね。
イラン国内で起きていることには興味を持っているのですが…
彼を見ているといかにイラン政府が恐怖政治を強いているのかが伺えます。
これは メッセージ 3638 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: サヘル出演の番組
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/06/01 12:49 投稿番号: [3641 / 3876]
いろいろ出演されているんですね。
でもBSが多いのが…(泣)
機会をみつけて、見てみたいと思います。
ところで、学校の友達数人とbolbolで懇親会を開くことになりました。講義の中でペルシャレストランと文化講座を開催する模擬会社を作り、エセ社長に就任させられていたのですがイランのイメージアップができたようで良かったです。
これは メッセージ 3637 (sharghi82 さん)への返信です.
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イランの小学校へ ②
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/30 11:19 投稿番号: [3640 / 3876]
その日はそれから職員室に挨拶に行き、私は校長先生を始め10人位の女性の先生達と話をしました。
職員室は大変狭く、日本のそれの3分の1くらいしかありませんでした。
理科で使う人体の解剖図や、骨の模型や視力検査で使う表などもあり、机は校長先生用の物が僅かに大きいだけで、後は5台くらいの事務机が置いてあるだけでした。先生も午前午後で入れ替わることを考えると、自分専用の机というのは無いのかもしれません。
日本の職員室の書類の山束のような雰囲気とは随分違いました。
先生達も生徒の前を離れると、普通のおしゃべり好きなイラン人おばさんに早変わりし、矢継ぎ早に「イランと日本どちらが住みやすい?」「イランの印象は?」
「イラン料理は好き?」と、紅茶を飲みながら質問してきました(*^_^*)
そして校長先生が「もし良かったら、息子さんもあなたもまた遊びにいらっしゃいよ」と言ってくださり、私も「もちろん喜んで」と答えました。
イラン人はとにかく社交辞令が多いと感じますが、相手の表情でそれが本音なのかどうかというのを、だいぶ見抜けるようになっていたので(これは本当に言ってくれているんだな)と感じました。
もともと義姉がそこの学校の校長先生を務めていて、本人が「現場に戻りたい」と申し出て、今の校長先生が赴任してきたという経緯もあり、義姉はそこの学校内で立場が強いようでした。
その日は、校内の1階にある保育園(ここは男女共学で、学校の先生の子どもと地域の子どもを預かっている)に顔をだしてから、私たちは徒歩5分ほどの所にある義姉の家に戻りました。
帰宅後、義姉と息子との間で「毎日1時間か2時間学校に通う」ことが決まったらしく(注:イランに滞在中、息子は「わたしの息子」ではなく「義姉たちの息子」になるのです(^_^;)
)
それから毎日、学校に行くようになりました。
算数やペルシャ語の勉強、理科、社会…教壇に立つ義姉の横で息子はちょこんと椅子に座り、黙って1時間も聞いていたそうです。
当時の彼の日本での生活、と言えば保育園の中で走り回って遊ぶのが「しごと」でしたから、椅子に座って静かに授業を聞いているなんて信じられませんでしたが、彼にとっては「お兄さん」達が、頑張っている姿を見るのはとても楽しかったようでした。
どの子も明るく優しい子達でしたので、息子は学校に行くのが大好きになり
毎日「通学」するのをたのしみにしていました。
義姉のいるケルマンシャーから、テヘラン郊外の家に戻ることになり学校を「卒業」しなくてはならなくなったときは、息子もお兄さん達も泣いてしまいました。
最後の授業の日には、記念写真を撮りに私も学校にまた行ったのですが、
5年生の中に4歳の子が混じっているとは思えないほど、彼らは馴染んでいて
体格の差もさほど気にならなかったし、表情さえ大人びて見えました。
サッカーをして遊んでから、お兄さんたちと別れを告げ学校を出た私たちでしたが、息子にとってイランの小学校はとても楽しい経験だったようです。
それから年月が経ち、息子は日本の小学校に入学をしました。
息子は学校が大好きです。嫌なことも時にはあるようですが、友達が大変多いです。
学校外で知り合って仲良くなり、遊ぶようになった人たちもいるので、先日放課後遊べる仲間の数を数えてみたら200人以上いることがわかりました(下は保育園〜上は高校生まで…)引っ越してきて1年半で大したものだと思います。
これもイランで小さい時期を過ごしてきたお陰かな、と思います。
あの時の5年生ももう高校生。義姉が街で時々卒業生に会うらしいのですが、
「○○○○(息子のこと)元気にしてますか?」と尋ねられるそうです。
息子にはイランにも居場所がある。
それは、あの子にとって将来大きな財産となることでしょう。
これは メッセージ 3639 (sefide2003jp さん)への返信です.
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