南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

シナ人の

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/02 23:11 投稿番号: [9054 / 29399]
虐殺行為には、かないませんな〜
何しろ、歴史が物語っている。

シナ人の残虐な処刑のやり方は。

それは、本当かどうか、

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/02 23:06 投稿番号: [9053 / 29399]
検証する必要があるでしょう。

百科事典に載っていれば、歴史の真実は信じられますって可笑しいんじゃないかい。

ま、黄泉の国一族は単細胞だから、百科事典は正しいと思うんだろうね。

歴史は百科事典から学ぼうってかい。

アホの考える事は、呆れますな〜

強制連行のウソ

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/06/02 22:57 投稿番号: [9052 / 29399]
「ビラのHP」より

No.1 強制連行のウソ

在日韓国・朝鮮人はよく「我々は強制連行されてきた!」と主張します。
しかしそれは事実なのでしょうか?

   1974年の法務省編「在留外国人統計」によれば、昭和20年9月1日以前に日本に上陸したとされる在日韓国・朝鮮人8万3030人のうち、日本政府が朝鮮人の来日を制限していた昭和10年までに渡来したのが44612人で全体の53.7%と半分以上になっています。

昭和11〜15年はまだ民間あっせん業者による自由募集の期間であり、次の16〜19年の中でも、国民徴用令が朝鮮に適用されたのは昭和19(1944)年9月でした。ですので「強制連行」の根拠とされている「徴用」による徴集は同年9月〜12月の4ヵ月間となるので、単純に計算してもこの期間に徴用された者は、昭和16〜19年の48ヶ月間に来日したとされる1万4514人のうち12分の1、つまり1210人(全体の1.46%)ほどに過ぎません。そこに「昭和20年9月1日以前」の679人(0.8%)を加えた概算1889人(2.3%)ほどが、真に徴用の名に値する在日朝鮮人だという事になります。仮に「官あっせん」を徴用の概念の中に入れ、官あっせんが行われていた昭和17年2月〜19年8月の来日者の推計数を全部加えても約1万1300人(14%)ほどです。

  よく誤解されていますが、日本は朝鮮半島を植民地化したのではなく併合したのであり、当時の朝鮮人は日本国籍を持ち権利・義務も日本人と同等でした。つまりこれは国民の義務としての徴集であり、日本人も全く同じ条件であった訳で、強制連行などではありません。(ちなみに当時の帝国議会には、約10名の朝鮮人議員が議席を有し、陸軍では中将にまで昇進した朝鮮人軍人もいました。)

  この推定は、昭和16〜19年間の月間来日数を均等として考えたものですが、実際には関釜連絡船の運航は終戦が近くなるにつれ次第に困難になりつつあったので、昭和19年後半からの来日徴用者は減少しているはずであり、「強制連行」の概念を広く解釈しても、10%を大きく超えるような事は考えられません。

  そしてこれは在日韓国人自体の調査によっても裏付けられています。1988年2月に発刊された「"我々の歴史を取り戻す運動"報告書」(在日本大韓民国青年会中央本部)には、全国千百余人の一世から直接聞きとりした調査結果が収録されています。これによると、渡日の理由として「徴兵・徴用」は13.3%に過ぎず、経済的理由(39.6%)、「結婚・親族との同居」(17.3%)に次いで3番目です。この13.3%のうち、徴兵は0.5%で、残りが徴用ということになります。

  しかし、「渡日年度別に見た渡日理由」によると、徴用は1926〜30年に6 人、1931〜35年に9人、1936〜40年に51人とあります。国民徴用令が公布されたのは1939(昭和14)年7月ですが、これが朝鮮に適用されたのは前述のように1944(昭和19)年9月ですので、この「徴用による渡日」という回答は思い違いによるものと思われます。また1941〜45(昭和16〜20)年の徴兵、徴用と答えたのは76人ですが、この場合も、徴用が実施されていた1944年9月以降終戦までの一年分だけを前期の方法で算出すれば16人、すなわち全体の1.5%にしかなりません。法務省の数字の場合と同様に官あっせんを徴用と考えても(1942年2月以降)59人=5.4%となり、徴兵を加えても5.9%です。


  また、かつて朝鮮人学校で父母の来日動機を調査したところ、「朝鮮では食えないから渡航して来た」という回答がほとんどだったと言われています。

  そして戦後日本はGHQの「全員帰国を達成せよ」という指令もあり、全ての希望者に帰国のための船便を提供するなど、当時の在日朝鮮人の引き揚げに最大限の協力をしています。更に大正時代からの大量の密航者や、朝鮮戦争時に受け入れた大量の難民や密航者もこれに加えると、
今日本国内にいるほとんどの在日韓国・朝鮮人が、徴用とは全く関係の無い、単に職を求めて合法・非合法に来日した人達、またその子孫ばかりであるという事が分かります。



参考資料
法務省編 在留外国人統計 (1974年度版)

参考URL
在日コリアンの来歴
http://didisama.tripod.com/didi/zainiti_raireki.htm
「強制連行」というプロパガンダ用語とイメージ操作
http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A05.html
貴族院
http://plaza2.mbn.or.jp/~duplex/giten/k.htm
中野文庫   朝鮮貴族
http://plaza2.mbn.or.jp/~duplex/giten/kizoku.htm

11月中旬、日本軍は上海全域を制圧した。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/02 21:16 投稿番号: [9051 / 29399]
11月中旬、日本軍は上海全域を制圧した。

上海派遣軍の本来の目的である「日本人居留民保護」はこれで達成された。

約3ヶ月におよんだ上海戦に多大な犠牲を強いられ、心身共に消耗した兵士は、これで本国へ凱旋できるはずであった。

陸軍省の作成した「上海付近の作戦一段落に当たり政府の行う声明案」(10月28日)によれば、「上海戦を制すれば、直ちに軍事行動を停止し、欣然日支の友交をおさむるに吝かならず」と記されていた。(軍令部第1部甲部員/支那事変処理)

陸軍中央部にとっては上海派遣軍の士気低下、軍規の弛緩、不法行為の激発が深刻な問題となっていた。

陸軍省軍務局軍事課長田中新一大佐は「軍規粛正」として所見を書いている。
「軍規頽廃の根元は、召集兵にある。高年次招集者にある。招集の憲兵下士官などに唾棄すべき知能犯的軍規破壊行為がある。”現地依存の給養上の措置”が誤って軍規破壊の第一歩ともなる。

すなわち、地方民から物資購買が徴発化し、掠奪化し、暴行に転化するごときが、それである。、、、補給の停滞から第1線を飢餓欠乏に陥らしめることも軍規破壊のもととなる。

軍規粛正の道はそれらの全局面にわたって施策せられなければならないが、当面緊急の問題は、後方諸機関にある。後方諸機関の混乱は動員編成上並びに指揮系統上の見落としものもちろん起因するが、後方特設部隊の軍紀的乱脈が大問題である。

軍事的無知、無規律、無責任、怠慢などおよそ、国体行動の要素は皆無というべく、これをこのまま放置しておいては全軍規律を動揺せしめることにもなる。問題は制度や機構よりも人事的刷新にある」(田中新一   支那事変記録   その3)

松井石根中支那方面軍司令官が南京を占領して国民政府に代わる新政権樹立する意図を表明してはばからないことに対して田中新一は、「松井大将としては南京攻略を切望す。目的は蒋介石を倒す、、ただし、師団の現状では戦闘能力なかんずく攻撃力に不足するものと,見あり。

軍紀風紀の維持については、憂慮すべきもの多く、その原因の重大なるものは、指揮官各級の威力なきにあるといえる。

軍再建に関する件として、情況上、整理可能なるに従って予後備役の招集解除を行い、できるだけ速やかに平常の体制に移し、兵員の不足は補充兵、新兵をもって充足する。下士官の精違整理を行い、徹底させる短期再教育を行う、将校についても同断、戦地教育の徹底をはかる。」(田中新一   支那事変記録   その4)


陸軍中央において、武藤章とともに拡大派の中心であった田中新一でさえ、軍紀紊乱した上海派遣軍を南京攻略に動員するのは無理と判断し、上海派遣軍の再建の方策として、予後備役兵の早期召集解除と国内帰還、将校・下士官の短期再教育の徹底を痛感していたのである。

予後備役兵の召集解除ということになれば、予備役大将の松井石根司令官の召還も対象となったはずである。(河辺虎四郎少将回想応答録)

参謀本部もこうした軍紀頽廃した将兵からなる上海派遣軍を南京攻略に駆り立てれば軍紀を逸脱した不法行為、残虐行為が激発する可能性を懸念し、上海戦を一段落として派遣軍を整理し、休養を与える必要を考慮していた。

その矢先に、、、参謀本部に「集団は19日朝、全力をもって、、、、、」の報告が第10軍より届く、、、

毒ガス戦

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/02 21:14 投稿番号: [9050 / 29399]
しかし、不思議な発想です。

nさんは、「東京裁判」で挙げられた証拠群が、この世に存在する「すべて」だとでも思っているんでしょうか?   じゃあ、それ以降、歴史家たちがやることは、何にもなくなってしまいますね。


「南京」関係では、論議の高まりとともに、80年代末から90年代にかけて、大量の「新資料」が発掘されました。これらの「新資料」群は、今では、「論議」の定番として定着しています。

あの東中野先生だって、はるばる台湾くんだりまで言って、新資料を発見してきました。正確性の上では大いに問題がある資料ですが、少なくとも、「これまで知られていなかった資料」であることは間違いありません。


個人が保管していた極秘資料の流出、アメリカの大学図書館での調査、ドイツ外務省保管文書、あるいは防衛庁にある「戦闘詳報」群でもいいです。

これまで誰も注目していなかったところから「資料」が発掘された例など、いくらでもあります。


「戦闘詳報」を例に挙げるならば、終戦直後、軍部から「焼却命令」が出されました。

大半が焼却されてしまいましたが、個人がこっそりと隠し持っていた写しが、戦後(もちろん、東京裁判より後)になって、大量に出現してきたわけです。

「東京裁判」に出てこなかった資料は怪しい、なんて、よく言えるなあ。



「毒ガス戦」は、東京裁判では認められなかった。これ自体は、たぶん事実なんでしょう。

しかしだからと言って、「毒ガス戦」自体が存在しなかった、と決め付けることは、できません。

「南京」だって、当時から見ると考えられないくらい大量の資料が出現しています。「毒ガス戦」だって同じこと、というだけの話でしょう。



>毒ガス疑惑に限定しても、これだけの疑問材料があって、後年発掘された資料の真偽に疑問を感じない貴方のセンスの方が私にはとんでもないと思えますけどね。

実際に、どんな資料であるか、どのような出自であるかを何にも調べずに、いきなり「疑問」がある、と断定しちゃうわけですか。これじゃあ、あのでりちゃんのレベルですよ。


例えば、私の手元にある「十五年戦争極秘資料集   第十八集   毒ガス戦関係資料」には、16の資料が掲載されています。

このうち、前回のレスでも登場した「武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告」(中支那派遣軍司令部、1938年11月)を見てみましょうか。


この資料は、「昭和十三年十二月十一日   中支那派遣軍参謀長   河辺正三」から、「陸軍次官   山脇正隆殿」に送付されています。これは、例の「陸支密大日記」に収録されたもののようですね。

どうして東京裁判に提出されなかったのかは私にはわかりませんが、少なくともこの資料の実在を疑う人はいないでしょう。

全部手書きで、80ページにも及ぶ膨大なこの資料、当時の軍司令部が著した、紛れもない一級資料です。


で、Nさんがこの資料に疑問を持つ理由は、一体何なのでしょうか?



まあ、私自身、「毒ガス戦」にはまだとっかかったばかりですので、それほど知識があるわけではありません。でも、「毒ガス戦の実在がどのように証明されているのか」というのは、結構面白いテーマかもしれませんね。

「積んどく」になっていた手元資料を、少しじっくりと読んでみることにしましょうか。

パル判決

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/02 21:11 投稿番号: [9049 / 29399]
あのお、私は、「そろそろ失礼しようと思います」と言っただけなんですけど。これ、普通は、「もう帰りたいんだけど、どうかなあ」と帰るタイミングをうかがう言葉ですよね。

Nさん、宴席、あまり経験ないのかな。いきなり「撤退」扱いにされてしまったので、驚きました。


しかし、「未練がましいですね」なんて、nさんの本性、だんだん出ちゃっていますね。最初は、面白い話ができる人なのかなあ、って少しは期待したんですけれどね。



それはともかく、なあんだ、nさん、パル判決の英文、読んでいなかったんですか。どうりで話が噛み合わなかったはずだ。

問題の箇所の原文は、こうです。

"the evidence is still overwhelmong that atrocities were perpetrated by the members of the Japanese armed forces against the civilian population of some of the territories occupied by them ・・・"

間違いなく、atrocitiesの文字が見えますね。そしてパル判事は、その南京におけるatrocitiesが、「三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であった」、と言っています。

「パル判事は南京アトローシティズを認識していた」と書いて、何かおかしいこと、あるんでしょうか?(^^)

どうもnさんは、「南京アトローシテイズ」=「検察側の主張する南京大虐殺」というイメージを持っていたらしい。ニュアンスが微妙に違うの、わかりますよね?


ついでですが、パル判事は、"nanking rape"という言葉と、"nanking atrocities"という言葉を、あまり意識して区別はしていなかったようです。確認したら、講談社版では、両方とも「南京暴行事件」と翻訳されていました。



さて、本題に戻りましょう。

私のコンテンツの主旨は、「パル判事は「南京事件」の証人のうち数人を批判した。しかしこの批判、じっくりと読むと、どうも的外れである」ということでした。

しかしこれだけでは、パル判事の「事件認識」を正確に伝えているとは言えません。そこで私は、「パル判決」のうち、「南京事件認識」のエッセンスとなる部分を引用紹介しました。

http://www.geocities.jp/yu77799/palsaikou.html


ここでは、「パル判事が南京アトローシティズの存在を認識していた」ことを述べれば、必要十分です。

「パル判事の認識と検察側の認識、あるいは判決文の認識が一致していたかどうか」なんてことは、私は問題にしていませんし、またこのコンテキストでは、触れる必要もないでしょう。

それだけの、話です。


しかし、もう余談でしかないんだけど、東中野先生じゃああるまいし、「中国兵の犯罪行為が日本兵に転嫁されている」なんてトンデモネタ、どこから仕入れてきたのかなあ。

http://www.geocities.jp/yu77799/higasinakano126.html

でりちゃんの黄金のパターン

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/02 21:07 投稿番号: [9048 / 29399]
そんなもん、Aの根拠として不十分だろ、というと、突然関係のないBの話を始めて、じゃあ、こちらは証拠十分なのか、と無理やり話題を変える。

そちらのBも突っ込みどころ満載なので、ついついBにコメントすると、話はいつのまにかBに移って、Aはうやむやにされてしまう。


う〜ん、このパターン、何回使われたことか。でりちゃん、Bの方が根拠十分であろうがなかろうが、Aは根拠不十分、という話は変わらないんですよ。当たり前の話。



私は、ちゃんと書いたんだけどなあ。まさかでりちゃん、これ、全部やってしまうとは。

>念のためですが、「たいしたことではない」なんて指摘が理解できないふり、根拠のない「罵倒」でのごまかし、関係ない話を始めて「じゃあこっちはどうなんだ」なんていう強引な話題転換、なんて「逃げ」は、無用に願います。(M8832)



しかし何で、「盧溝橋事件」にはど素人の藤岡氏なのかなあ。坂本氏とか、岡野氏とか、もっとまともな論客がちゃんといるじゃない。

つまりでりちゃんは、「盧溝橋事件」についてもろくな文献を読まずに、

>支那共産党は盧溝橋事件を起こし、即座に「日本軍侵略開始」と宣伝した。

なんて大胆な「断定」をしちゃっているわけね。

よくこれで、文章を私に売り込もう、という気になったなあ(^^)



それでね、「中国共産党」が事件の拡大を望んでいた、というのは、誰も否定しない周知の事実。日本側に「拡大派」が存在したのと同様に、中国側にも「拡大派」が存在した、というだけの話。

問題は、それでは「事件」を引き起こした「犯人」が「中国共産党」であると断定できるか、ということです。


7月8日付けの「通電」、でりちゃん、ちゃんと読んでみた?   どうせ、『中国共産党資料集・第8巻』なんて、でりちゃん、見てもいないんでしょ?



まず、あて先は、こうなっていますね。

>全国各新聞社、各団体、各軍隊、中国国民党、民国政府、軍事委員会及び全国同胞

ところが、「全国各新聞社」で、この電報を直後に掲載したものは発見されていないんです。この「通電」の内容が新聞等に掲載され、人の目に触れたのは、少なくとも7月13日以降らしい。日本の外務省の公式文献に現われるのは、7月27日でした。

従って、この「通電」が本当に「7月8日」に出されたものか、疑問視されているのが現状です。

安井三吉氏、秦郁彦といった「盧溝橋事件」の一人者たちは、少なくとも「8日」の時点ではまだ打電されておらず、あとになって「起算日」で出されたものである可能性が高い、と見ています。

この「説」を覆したいのであれば、でりちゃんは、「7月8日」時点でこの電報が打電されていた、という確実な証拠を発見することが必要です。ま、無理だろうな。


内容自体も、別にたいしたものではない。秦郁彦氏の言葉を借りれば、

>通電の主旨は以前から中共党が主張してきた路線の延長線上にある。・・・通電の早さと激越性から第一発の犯人に結びつけるのは、いささか無理というものだろう。

ということになりますね。



大体、「盧溝橋事件」は、「衝突の原因が何もないところに突然起こった」事件ではありません。日本軍の演習強化をきっかけに日中両軍の間で緊張が高まって、その延長線上で生じた事件です。

別に「中国共産党が起した」なんて無理な話をしなくても、「起こるべくして起こった」事件として理解しておけばよいでしょう。


その後の「コミンテルン」だの「スターリン」だのは、「中国共産党が拡大を望んでいた」という当たり前のことの証拠にはなっても、「中国共産党が事件を起した」という証拠には、全然なりません。

でりちゃん、自分が挙げた資料、ちゃんと読んでいますか?

でりちゃん、いつもの自信はどうしたの?

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/02 21:02 投稿番号: [9047 / 29399]
はてさて、私はこんなことを書いたはずなんですがねえ。

>穏やかなやりとりをしている時に、いきなりキレた文章に化けてしまったら、普通ロムの方は、ああ、この方、痛いところを突かれてパニクっているんだな、と理解します。

そういえばでりちゃん、一応は紳士的な文章から、いつのまにか、罵倒だらけの見苦しい文章に化けてしまっていますね。ま、これをどう解釈するかは、ロムの皆さんにお任せします(^^)


しかし、「とっとと消えろ」なんて表現を見ても、でりちゃんの心の傷、よくわかります。よっぽど私に消えてほしいらしいなあ。念のためだけど、私はこれまで、でりちゃんに「消えろ」と言ったことは、一回もないからね(^^)



そういえば、こんな会話をしましたよね。

(ゆう)
①オリジナリティがあること、②読んで面白いこと、③内容が正確であること、④可能な限り、誰もが納得できる議論であること。
で、お伺いしたいんですが、あなたのこの「まとめ」、上の基準を満たしていると、本気でお考えですか?

(でりちゃん)
当然です。


ロムの皆さん、ひっくり返っちゃったと思います。で、私は一応、その後2回ほど同じことを聞いてあげました。

>念のためにもう一度質問しますけど、あなた、便所の落書きレベルのあの「まとめ」、まだ、「オリジナルティがあって、面白くて、内容は正確で、可能な限り誰もが納得できる」文章だって、信じちゃっていますか?(^^)


さすがに、自信家(妄想家)でりちゃんも、「当然です」とはいえなくなってしまったようです。まあ、そうだろうな(^^)

でりちゃんも、私のボツ理由に納得しちゃった、てことで、話はお終い。



しかし、今度はこうですか。

(ゆう)
「軍事」トピでも、「右翼」アンノさんや「中道」jaさんにコテンパンのご様子。盤面の石が全部死んでいるのにまだ投了しない、というのは、いくら何でもみっともないです。

(でりちゃん)
( ´∀`)アハハ


何だか、ヤケになって笑っております。それとも、照れ笑いかな?   さすがのでりちゃんも、「いや、俺は二人を完全論破した」とは、言えないようですね。

戦争の最中にルールなんか有るか

投稿者: bestroute7777 投稿日時: 2005/06/02 20:27 投稿番号: [9046 / 29399]
殺し合いしているのに
馬鹿か、
おんな抱いて、敵国の人間皆殺し
当たり前やんけ
何処が悪いねん。
セルビアの内紛でもやっとるし、
アフリカなんか日常茶飯事し、
こんなん書いている奴、脳天ぶち抜いたらんと直らんな。
お前は口だけの黒柳   徹子か

>>世界中にリアルタイムで

投稿者: hundong1972 投稿日時: 2005/06/02 19:59 投稿番号: [9045 / 29399]
俺もあれはうそだと思うけど、なんでも自分の目で見ないとな!テレビで流れた反日デモの映像を信用するのも、お前は阿Qだ。“裏”“情報によるとあの映像は自作自演だってさぁ,いえいえCGだってよ!
中国政府は謝罪する必要ありませんが。^^

世界中にリアルタイムで映像が流れて

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/02 09:23 投稿番号: [9044 / 29399]
中共政府自身が当事者を公式に逮捕した上で中国人民には全く関係ありませんですか
真に面白いさすが漢人笑わしてくれます。

捏造写真を指摘されれば居直りの上はなしの無理なすり替え、だから阿Qなのだよ。

>面白すぎる

投稿者: hundong1972 投稿日時: 2005/06/02 01:34 投稿番号: [9043 / 29399]
そうやね、嘘かも^^
この間の反日デモ、テレビで流れた映像はきっと日本人の自作自演だ^・^うん―CGかもよ。中国人民には全く関係ありませんが。

面白すぎる

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/02 01:12 投稿番号: [9042 / 29399]
うそつき写真の有名なものばかりだ。その手の暗黒大陸びっくり写真なら大陸土産で有名だったから(シナ人が当時販売)今でも田舎の家に似たようなのが結構あるでしょうね。悪趣味な娼婦との記念写真やら、八路軍ゲリラや間諜の公開処刑の写真やら、ただ見ても切り貼りが丸出しの写真まであるね。そこには無いけど馬賊の生首が村の門にさらされてるのも見たことありますよ。ついでに日本兵士に奉仕するクーリーなんかの写真もだせば良いのでは?切り貼り分は別にしてびっくり大陸写真集にはできるでしょうね。南京攻略戦には全く関係ありませんが。

^・^証拠

投稿者: hundong1972 投稿日時: 2005/06/02 00:49 投稿番号: [9041 / 29399]
http://www.9skyca.com/300000/index.files/JAP5-60.jpg

http://www.9skyca.com/300000/index.files/JAP5-17.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index.files/JAP5-19.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index.files/JAP5-20.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index.files/JAP5-22.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index.files/JAP4-30.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/JAP5-38.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/JAP5-17.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/JAP5-28.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/JAP5-51.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/JAP02.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/japb.jpg
http://www.9skyca.com/300000/index1.files/jnk-27.jpg

( ´∀`)アハハ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/01 23:59 投稿番号: [9040 / 29399]
>「軍事」トピでも、「右翼」アンノさんや「中道」jaさんにコテンパンのご様子。盤面の石が全部死んでいるのにまだ投了しない、というのは、いくら何でもみっともないです。

( ´∀`)アハハ

大嘘吐きの糞チョンmamiyuよぉ

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/01 23:49 投稿番号: [9039 / 29399]
“嘘吐きわ中国人のはじまり”じゃぞ

おまい、“中国人”になってもよいんかのぉ?

“中国人”わ、つまり支那人じゃぞ。。。

朝鮮人とわ、大して変わらんのか、ん?


ところでのぉ…

蒋介石が“南京には大虐殺などありはしない。…   ”と言っておったそうじゃぞ。

(^ω^)


蒋介石の悔恨の涙

2005/ 5/30 0:33   メッセージ: 5816 / 5832   投稿者:heinz_bar

東京裁判とは何か、七烈士五十三回忌に当たって   興亜観音を守る会   会長   田中正明

  最後に私は、蒋介石総統の前に進み出て、御礼の挨拶をした後「私は総統閣下にお目にかかったことがございます」と申し上げました。
  すると「いつ?どこで?・・・・」とたずねられた。
  「昭和11(1936)年2月に、松井石根閣下と2人で、南京でお目にかかりました」
  その時「松井石根」という名を耳にされた瞬間、蒋介石の顔色がさっと変わりました。
  目を真っ赤にし、涙ぐんで 「松井閣下には誠に申し訳ないことをしました」手が震え、涙で目を潤ませて、こう言われるのです。
  「南京には大虐殺などありはしない。ここにいる何応欽将軍も軍事報告の中でちゃんとそのことを記録しているはずです。
   私も当時大虐殺などという報告を耳にしたことはない。・・・・松井閣下は冤罪で処刑されたのです・・・・」
といいながら涙しつつ私の手を2度3度握り締めるのです。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7154/15-2.html

未練がましいぞ、とっとと消えろよ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/01 23:49 投稿番号: [9038 / 29399]
>表から見えないような「陰謀」が行われ、またそれが効果を挙げた、という決定的な証拠は存在しない、というのがその結論。

それを言ったら、『日本軍が南京で市民を虐殺したという決定的な証拠は存在しない、というのがその結論。』で話が終わってしまうだろ?
違うか?

そもそも、決定的な証拠って何?
犠牲者名簿か?
命令書か?
公文書か?

●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(田中外相宛西田領事報告など)

●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(被害者側の日本外務省が公式声明)

●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿   △大体あり
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官、ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名)
3.各国政府の認識   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
被害を受けたポーランド   ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ   ○あり(事件の3年後に捕虜収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見)

●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり(全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などがあり○。死亡者は50万人超と言われ、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみが日本に渡された)
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載。
3.政府の認識
被害者側の日本   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
第3国の米国   ○あり

●南京事件
1.支那人犠牲者の名簿   ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.日本の命令書その他公式文書   ×なし
3.政府の認識   ×なし(当時は、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、事件の認識×なし)



>例えば「盧溝橋事件   中国共産党陰謀説」について、私は、こんなコンテンツを作成しました。

毎度、都合の良い編集、ご苦労。
―――――――――――――――――――
  中国共産党は早くも7月8日、延安から全国へ次の電報を打った。
  「7月7日夜10時、日本は盧溝橋でおいて中国の駐屯軍馮治安部隊に対し攻撃を開始し、(略)」
(日本国際問題研究所『中国共産党資料集・第8巻』)
 
  日本軍が応戦したのは翌日の朝なのに、夜10時と特定されていること、しかも日中両軍の司令部すら事態の真相をうかんでいない時点で早手回しにこうした電報を打ったことは、最初の一発から共産党のシナリオができていたことを推測させるに十分な証拠である。

  事件そのものはささいな摩擦にすぎず、直ちに停戦協定が結ばれ、局地解決がはかられた。ところが、コミンテルンは、次のような秘密司令を発していた。

①あくまで局地解決を避け、日支の全面衝突に導かねばならない
②右目的の貫徹のため、あらゆる手段を利用すべく、局地解決や日本への譲歩によって支那の解放運動を裏切る要人は抹殺してもよい
③下層民衆階級に工作し、彼らに行動を起こさせ、国民政府として戦争の開始のやむなきに立ち至らしめねばならない
④党は対日ボイコットを全支那に拡大し、日本を援助する第三国に対してはボイコットをもって威嚇せよ
⑤党は国民政府軍下級幹部、下士官、兵並びに大衆を獲得し、国民党を凌駕する党勢に達しなければならない

  この資料は1939年10月に興亜院政務部が発行した『コミュンテルン並びに蘇聯邦の対支政策に関する基本資料』という文献に収録されているものである。
(略)
  その後の事態は、まさにこのコミンテルンの司令文書の通り絵に描いたように進行した。

(略)

  一方でスターリンは、1937年12月、駐ソ中国大使に「蒋介石委員長に伝えて欲しい」として、次のように述べた。
  「戦争を続けるにあたって、人民の反政府行為をなくそうとするには、委員長は少なくとも四百五十万人を銃殺しなければならない。そうしなければこの坑戦を勝利に結びつけることはできないと思う」(サンケイ新聞社『蒋介石秘録12・日中全面戦争』)

(以下略)

藤岡信勝   産経新聞2004年12月18日

南京事件は現代国際政治の問題

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/06/01 23:44 投稿番号: [9037 / 29399]
南京事件は現代国際政治の問題    藤岡   信勝    「史」10年7月号

アングロサクソンは戦略に秀でたものがある。
東京裁判において、南京事件の虐殺人数は広島・長崎の原爆犠牲者30万人とのバランスを考えて同程度の人数がでっち挙げられたという一説もある。
話は異なるが、三菱自動車セクハラ訴訟は、例のニューヨークのビルを日本企業が買い取った報復の一端だとも聞く。
ここで日本人も忘れてはならない事がある。非戦闘員の殺傷という無差別爆撃だ。
東京大空襲(なんと1平方メートル(換算で)当たり3個の焼夷弾が落とされたそうだ)では一夜にして十万人の一般住人が死亡した。
さらに日本の北から南まで60万人が無差別爆撃によって亡くなっている。
スペインのゲルニカどころの話ではない。
原爆に関してサルトルは、日本人が白色人種であったら落とさなかっただろうと言ったそうだ。
彼らは日本人を人間と思っていなかった節がある。
・・・・・
97年11月6日のモスクワ放送は、ロシア革命(1917)から70年間にソ連で6200万人が殺され、うち4000万人が強制収容所で死んだこと、同じように中国で3500万人(主として毛沢東の文化大革命)、ポル・ポトが200万人を虐殺したと伝えた。
そしてナチス・ドイツの2100万人、日本の600万人は共産主義国の「犠牲者の数とは全く比較にならない」と論じた。
中国人も他国のことを言う前に、自国の犯した、同胞3500万人殺害という数を少しは反省したらどんなものか。
以下本文より
【中国系アメリカ人、アイリス・チャンの「レイプ・オブ・南京」がアメリカでベストセラーになっている。
「南京事件」での日本軍の蛮行を描いた著作だが、内容は今までに書かれたありとあらゆるデマの集大成といってよい。
例えば、文中に挿入されている「揚子江にうち捨てられた南京市民」という写真は、市民ではなく兵士であったということが、当時の作戦に参加したもと日本軍兵士の証言などから明らかになっている。
「引き立てられる中国人女性達。彼女らの多くは従軍慰安婦にさせられた」と説明されている写真は、当時の日本の雑誌に掲載されたもので、日本軍が「宣撫工作」の一環として中国農村で農作帰りの女性達を警備する光景を撮影したものだ。
「南京を焼き尽くした日本軍の戦車」という写真に写っている戦車は、南京陥落以後に生産が開始された型式で、虚偽であることは明らか。
「南京事件は」本来、歴史教育のテーマではなく、現代国際政治の問題。
歴史とすれば、全体の中で特別取り上げるほどの出来事ではない。
なぜ取り上げられるのかといえば、世界遺産に広島の原爆ドームが登録されたことに対する反応ではないか。
登録に対し、アメリカは反対した。
結局登録はされたが、それに対する「埋め合わせ」的な反応が深層に存在し「レイプ・オブ・南京」がベストセラーになるような社会現象が生まれてきているのではないか。】

>逃げまとう子供も老人も殺された大虐殺

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/01 23:44 投稿番号: [9036 / 29399]
>日本人の残虐性は信じられません
>いったいどれほどの南京の市民が犠牲になったことか
>それを思うと涙を流さない人はいないでしょう

いつ見たんだい?

1976年4月5日、天安門広場でみたのかい?

逃げまとう子供も老人も殺された大虐殺

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/06/01 23:37 投稿番号: [9035 / 29399]
日本人の残虐性は信じられません
いったいどれほどの南京の市民が犠牲になったことか
それを思うと涙を流さない人はいないでしょう

日本語も理解できない「ゆう」

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/01 22:50 投稿番号: [9034 / 29399]
>余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。

おまえ、日本人?
それとも、馬鹿?
おまえのサイトの資料を見ると、『遂に実行するに至らず、後に至つて反対に敵の方からやられた訳です。』とある。
これって、「中国側に先を越されてしまった」という解釈になるのか?
『遂に実行するに至らず、後に至つて』という意味が理解できないのか?
ん?

忙しいでしょうから簡単に!

投稿者: sdt0088 投稿日時: 2005/06/01 22:00 投稿番号: [9033 / 29399]
そうでしたか。


『家内に宛てた日記の如き手紙』ですね。


”凄い”と”驚嘆”は、撤回します。

ついでに、(別に)には、いらないです。

>悲劇の南京大虐殺は何故起こったか

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/01 20:46 投稿番号: [9032 / 29399]
>二度と繰り返さないためにもとても重要なことです

そうですね、朝日の南京大虐殺捏造報道を、2度と繰り返さないことが重要ですね。

毒ガス使用の証拠について

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/01 20:45 投稿番号: [9031 / 29399]
  それから毒ガスについてですが。
  見事に日本側の文献資料ばかりですね。

>>後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。
>
> という文章は、無茶だと思いますよ。

  もしかして意図的に引用部を切ってますか?

> 「日本軍の毒ガス使用」問題が「東京裁判時点でその論議がなされていなかった」のではなく、検察側(連合国側)は日本(軍)を毒ガス使用の罪で訴追しようとしたが、証拠がなく断念せざるをえなかったというのが事実です。

  この部分を省略したら、何のことだか分からないじゃないですか。

  いいですか、連合国は日本軍を毒ガス使用の戦争犯罪で訴追しようとしたんです。
  東京裁判の時点で、「日本軍が毒ガスを使用したことが明らか」だと連合国は言っていたんですよ。
  「後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになった」のでないことは明白じゃないですか。
  それなのに連合国は証拠を提出できなかったんですよ。
  毒ガスを使用したことが事実なら、使用した戦場における連合国による現場検証資料、交戦相手の証言、地元住民の証言が何故出てこなかったんですか?
  日本の悪事ならあること無いこと言いたい放題だった東京裁判の法廷で。

> 日本の生物化学戦という戦争犯罪が敗戦直後に免責されたことを明らかにし

  はぁ?
  毒ガスの使用は訴因に挙がってますよ。
  「敗戦直後に免責された」のに、なんで東京裁判の訴因に挙げられているんですか?
  生物兵器と化学兵器の区別が分かっていないんじゃないんですかね、この人は。
  それとも、一旦訴因に挙げたものの、軍から圧力が掛かって実質的な追求を取り止めた、という意味ですか?
  これなら少しは納得できますが、同時に東京裁判というものが如何にいい加減な代物だったのかという証拠にもなりますね。

> という発言、nさんは本当に「歴史研究」というものに興味を持っているのかなと疑ってしまう、とんでもない文章です。

  証拠が時間経過に従い毀損していくのは当たり前です。
  物証も記憶も劣化していくものですし、証言も文献も傍証を得るのが年々困難になって行きます。
  証言や文献には立証が必要ないという、どこかの新聞記者みたいなスタンスに立つなら別ですが。
  古代史をやっているんじゃないんですよ。
  日記などというプライベートな資料ならともかく、戦場の現場検証や関係者の証言集めは、可能な限り早期に実施するのが当然です。
  毒ガス疑惑に限定しても、これだけの疑問材料があって、後年発掘された資料の真偽に疑問を感じない貴方のセンスの方が私にはとんでもないと思えますけどね。
  少なくとも、何故この問題に限って「当時から」「被害者側」の「証言」が無いのか、疑問に感じなかったんですか?

未練がましいですね

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/01 20:43 投稿番号: [9030 / 29399]
> 話も煮詰まったようですし、そろそろ去ろうと思いますので、ご了解を。

  じゃなかったんですか?

> 一旦撤退するとのことでしたので、言葉を換えて説明するのは止めておきます。

  とお断りしているでしょう。それなのに

> 人が、「わからない」と言っている文章を、そのまま貼り付けてどうしようというんでしょうね。私を納得させる気がないのでしたら、レスは不要です。

  とはどういうことでしょうね。言いがかりにしか聞こえませんが。
  続ける気があるなら、最初からそう言えばいいんですよ。

  パル博士は南京大虐殺など認めていません。(講談社学術文庫の中では南京残虐事件と表現されています。)
  検察側の主張から、明らかに虚偽と分かるものを取り除いてもなお証拠の量は圧倒的であり、また、弁護側も南京において残虐行為があったことは否定していないから、南京事件(訳文を見る限り、パル博士自身はこう表現しています)はあったと認められるが、検察側の主張を100%信頼することはできないし、弁護側はその規模が誇張されておりまた中国兵の犯罪行為が日本兵に転嫁されていると主張している――これがパル博士の認識ですよ。
  検察側の主張とともに、弁護側の主張も否定していません。
  松井大将に対する訴因についての分析の中でも、日本軍に戦争犯罪があった、と言っているだけです。
  南京で発生した残虐行為がアトローシティと名づけられるほど大規模なものであり、その全てが(大部分が、でも構いません)日本軍の仕業であった、なんて言っていないんですけどね。
  それをまるで、検察側主張を全面的に認めたような書き方をするのは「つまみ食い」であり不誠実だ、と言っているんです。
  それとも貴方の辞書では、いわゆる南京アトローシティは規模も実行犯も関係なく、南京における継続的な残虐事件の発生を意味しているんですか?
  もしそうなら、辞書の改訂をお勧めします。

  続ける気があると分かっていれば、こうしてちゃんと説明してあげましたのに。
  嘘はいけませんね、嘘は。

妄想全開じゃのぉ糞チョンmamiyuよぉ

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/01 18:44 投稿番号: [9029 / 29399]
節操無く、あちこちで恥じお晒しおって

ボケめ


(^ω^)

マギー牧師は

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 18:36 投稿番号: [9028 / 29399]
「日記」というものをつけていたわけです。東京裁判でも、その「日記」を参考にしながら証言をしていたようですね。

別に、「記憶力に驚嘆」する必要はありません。

フラッシュバック?

投稿者: sdt0088 投稿日時: 2005/06/01 11:48 投稿番号: [9027 / 29399]
凄い記憶力に驚嘆。(M証言)を読んで。


パル判事の自己矛盾?

しかし、未練がましいやっちゃ

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:52 投稿番号: [9026 / 29399]
1.あなたは、ご自身の「便所の落書き」レベルの「まとめ」を、私のページに載せろ、と強要した。

2.私は、編集権に基き、その「まとめ」をボツにした。

これで、話は終わりました。


「編集者」と「持込人」との関係は、これでお終いです。自分の愚にもつかない文章が採用されなかったからと言って、「トンデモ」だの「誤魔化し」だの「ダブスタ」だの、悔し紛れの悪口を言いまくるのは、一般には見苦しい行動である、とみなされます(^^)


で、あなたの「オリジナルティがあって、面白くて、内容は正確で、可能な限り誰もが納得できる」文章、どこかに売り込んでみましたか?   まさか、私にだけ売り込んでお終い、というわけではないんでしょ?

もしこれでお終いならば、この「売り込み」は、私の悪口を言いたいがためだけの、単なる「いやがらせ」だった、ということになりますね。



あなたの私に対する最初のレスは、M8784の、これでしたね。

>だったら、早くオマエのHPに追加しておけ。

それ以下は、あなたお得意の、単なる「論点拡散」作戦。

Aで負けてもBがある。Bで負けてもCがある。こんなものにおつきあいしたらどうなるか、私はもう身にしみております。

私は毎回、それなりに力を入れたレスを続けたのに、あなたのやったことは、どうでもいい一行レスと、何の論拠もないいい加減な思い込み宣言と、レスを水増しするだけが目的の大量コピペ。議論にも何にもなりゃしない。


「無視」されるのがご不満でしたら、もう少し、まともな議論ができるようになってください。

「軍事」トピでも、「右翼」アンノさんや「中道」jaさんにコテンパンのご様子。盤面の石が全部死んでいるのにまだ投了しない、というのは、いくら何でもみっともないです。

その悔しさを、私にぶつけられても困るんですけど。


あいにくと私は、こんな議論しかできない方のお相手をするほど、人間ができておりませんので(^^)

http://www.geocities.jp/yu77799/owarai.html



例えば「盧溝橋事件   中国共産党陰謀説」について、私は、こんなコンテンツを作成しました。

http://www.geocities.jp/yu77799/rokoukyou/inbou1.html

中国共産党が事件の拡大を望んでいたのは事実だけど、表から見えないような「陰謀」が行われ、またそれが効果を挙げた、という決定的な証拠は存在しない、というのがその結論。

この中身を一切無視して、何の論証もなしに、

>支那共産党は盧溝橋事件を<起こし>、即座に「日本軍侵略開始」と宣伝した。

なんて便所の落書きのような一行文を私のページに載せろ、と言われても、私は苦笑いするしかありません。

じゃあ私も、あなたの文章に続けて、「ただし、今日に至るまで、「中国共産党の陰謀があった」という決定的証拠は発見されていない」という一文を追加するように、要求しちゃおう、っと。


念のためにもう一度質問しますけど、あなた、便所の落書きレベルのあの「まとめ」、まだ、「オリジナルティがあって、面白くて、内容は正確で、可能な限り誰もが納得できる」文章だって、信じちゃっていますか?(^^)

毒ガス戦の研究史

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:48 投稿番号: [9025 / 29399]
とりあえずは、吉見義明氏「毒ガス戦と日本軍」の前書きの引用から始めてみましょう。「毒ガス戦」の研究史、こんな感じであるようです。


>この間、日本軍の毒ガス戦は日本国内でも海外でも意外なほど知られていなかった。なぜなら、第二次世界大戦後もそれが意図的に隠蔽されてきたからである。かくいう私自身も、日中戦争や第二次世界大戦で日本軍も毒ガスを使用しなかったという説をある時まで信じていた。

>このような認識が大きく変わりはじめたのは1984年であった。この年に日本軍の毒ガス戦の実態を明らかにする重要な基本資料があいついで公表されたからである。

>この新しい研究を最初に開始したのは立教大学の粟屋憲太郎教授であった。彼は、1983年に東京・池袋で開かれた東京裁判を問うシンポジウムで、日本の生物化学戦という戦争犯罪が敗戦直後に免責されたことを明らかにし、ついで、アメリカ国立公文書館NARAで、陸軍習志野学校「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」という、証拠書類として採用されなかった毒ガス戦に関する決定的な記録を発見した。

>ついで、慶応大学の松村高夫教授を中心とするグループが、八月十五日の「毎日新聞」に、加茂部隊編「きい弾射撃に因る皮膚障害並に一般臨床的症状観察」と題する、びらん性ガス(イペリット・ルイサイト)を用いた人体実験の極秘報告書を公表した。これは、当時大学院生であった児島俊郎長岡大学助教授が古本屋で発見したもので、関東軍による大規模な毒ガス人体実験の記録であった。

>さらにこの年には、中支那派遣軍司令部が作成した「武漢攻略戦間に於ける化学戦実施報告」という一大毒ガス戦の詳細な報告を、私自身が見つけることになった。

>その後、私は粟屋教授とともに研究を進め、翌年に共同で「毒ガス戦の真実」を執筆し、1989年に「毒ガス戦関係資料」を編纂した。また、松野誠也氏とともに、1997年に「毒ガス戦関係資料Ⅱ」を刊行した。この間、多くの資料が発掘され、日本軍の毒ガス戦の解明は大幅に進んだ。



このうち「毒ガス戦関係資料Ⅱ」は私は未入手ですし、他の入手した文献(えらく金がかかっています)もまだ読み込んでいない。吉見氏の文が正確であるという断定は避けますが、少なくとも、

>後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。

という文章は、無茶だと思いますよ。


しかし、

>証拠は普通、歳月が経過すればするほど収集が難しくなるものです。

>90年代以降になって資料が発掘された、という主張が、どれだけ不自然なものであるかを。(ゴメン、「80年代」の間違いだった・・・「ゆう」)

という発言、nさんは本当に「歴史研究」というものに興味を持っているのかなと疑ってしまう、とんでもない文章です。「南京」関係だけでも、「南京戦史資料集」「幕府山事件関係資料」「ラーベ日記」などが、いつ発掘されたのか、ご存知ないわけではないんでしょう?   要は、世間の注目を背景に、熱心な研究者が登場した、というだけの話です。


ついでですけれど、橋本群中将などは、しっかりと「毒ガス使用」を認めていますね。

>山西の山の中で匪賊をやつつける時に山地帯でどうにも作戦が思ふやうに行きませんので一部に許してやりましたこともあります。

http://www.geocities.jp/yu77799/siryoushuu/hasimoto.html

「匪賊」というのは、「共産ゲリラ」のことでしょうか。中将は、毒ガス使用がごく小規模にとどまったかのように応答していますが、皇族相手の会話でもあり、額面通りには受取れません。

余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。

結局、わかりません(^^;

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:46 投稿番号: [9024 / 29399]
おわかりになると思いますが、私は別に、nさんの言うことを頭から否定しようとしているわけではないんですよね。何とか理解してあげようと、それなりに一生懸命読んでいます。でも、この私にもわからないんですから、私ほど熱心な読者ではないロムの皆さんには、絶対にわからないと思います(^^)


パル判事は、こう書いたわけですよね?

>いずれにしても、本官がすでに考察したように、証拠にたいして悪くいうことのできることがらをすべて考慮に入れても、南京における日本兵の行動は凶暴であり、かつペイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない。事態に顕著な改善が見えたのは、ようやく二月六日あるいは七日すぎてからである。


これがどうして、その正反対の意味に化けるのか。

>少なくとも私は「パル判事が「南京アトローシティ」の存在を認識していた」ことを否定します。

さっぱりわからん。

>南京における日本兵の行動は凶暴であり、・・・残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない

って、「南京ではとんでもないことが起きた」という最低限の「事実認識」は間違いなく持っていた、ということですよね。「パル判事と検察側の認識の温度差」ということは、また別の議論になります。


私には、こういう論理のアクロバットにしか見えないんですけれどね。

1.パル判事は、Aと言った。
2.そのAを消しゴムで消して、
3.パル判事は、Aを否定した、という結論を出す。


  >例えばベイツの証言自体に詳細な検証を加えた痕跡はありません。

今話題になっているのは、「パル判事がどのような認識を持っていたか」ということ。「パル判事がどのようなプロセスでその認識に至ったか」ということではありません。

「パル判事の認識が違う」という話に持ってくるのであれば、まあ、それはそれで一つの「議論」です。でも「プロセス」の話をいくら書いても、「パル判事はそのような認識は持っていなかった」という話にはなりません。



>少なくとも、検察側の主張も報道記事も、割り引いて考える必要がある、と考えていたことだけは間違いないようですよ。

ま、本当に「少なくとも」です。割り引いて考えても、「南京アトローシティ」は存在した、と考えていただけの話でしたよね。


いずれにしても、「パル判事のアトローシティ認識は間違っている」というのであればともかく、「パル判事はアトローシティを認識していなかった」というのは、おそらく過去誰も唱えたことがない、新説です。でも、誰も理解できないのでは、その「新説」には何の意味もありません。


だいたい、人がわからないと言っているのに、

>もう一度貼り付けましょうか?

は、ないでしょう。

人が、「わからない」と言っている文章を、そのまま貼り付けてどうしようというんでしょうね。私を納得させる気がないのでしたら、レスは不要です。


私ももう、このやりとりに飽きました。最初はnさんに、少しは期待したんだけどなあ。結局、期待外れだったようです。

>私もそこまで暇じゃないんで。

って、nさんには他にどんな「やること」があるのかよくわかりませんが、「暇じゃない」ことだけはお互いに共通しているようですので、空しいやりとりはここまでにしましょう。このように話がさっぱり進まないレスしかできないのでしたら、どうぞこれ以上のレスは、ご遠慮ください。お互い時間の無駄だと思いますので。

一応、「毒ガス」戦の方にもレスをつけておきます。

日本兵に銃剣を突き刺され苦しむ

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/01 06:03 投稿番号: [9023 / 29399]
虐殺された多くの無抵抗な老婆や幼い子供が可哀想でなりません
あーなんということでしょう
こういうことが日常化していたんでしょうね

南京大虐殺の背景 百科事典によると

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/01 06:01 投稿番号: [9022 / 29399]
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(南京大虐殺について抜粋)

「事件の背景として、南京の前にも、日本軍は移動中に上海、蘇州、無錫、嘉興、杭州、紹興、常州のような場所でも捕虜や市民への虐殺・略奪を続けていたとされ、日本軍兵士・将校の従軍日記や回想録から、進軍中にそれらが常態化していたのではないかと疑われている。」

他の百科事典もたいてい同様の記述である

悲劇の南京大虐殺は何故起こったか

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/01 05:43 投稿番号: [9021 / 29399]
二度と繰り返さないためにもとても重要なことです

おぅい、糞チョンmamiyuよぉ。。。

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/01 00:09 投稿番号: [9020 / 29399]
ほほほほほほ

けつが丸出しじゃぞ

最近わ、papa0720nikoわどうしたんかのぉ、ん?

特攻隊にけんかお売っとるんか、

泣かされるから、やめとけ


ボケめ


(^ω^)   あぼ〜ん

おい基地外バエ

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/05/31 23:42 投稿番号: [9019 / 29399]
ボケ(^ω^)にそそのかされんな。
ワシわ   麻実湯先生とわ   別人じゃ。

だから、もうつきまとわないでくれる?

>南京大虐殺 隠蔽工作に必死の皆様

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/05/31 23:33 投稿番号: [9018 / 29399]
基地外ウヨ=在日だよ

必死はお前だろう馬鹿チョンmamiyu

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/05/31 23:31 投稿番号: [9017 / 29399]
無知でプロパガンダを繰り返す、
能無しの馬鹿チョン!
悪魔の共産主義の手下に落ちぶれた哀れな馬鹿チョン!!
脳みそ洗ってこい!!

■「南京事件」反論本

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/05/31 23:21 投稿番号: [9016 / 29399]
産経新聞・2000.10.21   ■「南京事件」反論本   英文併記


「米国の議論に一石」

【資料映像:001021「南京事件」反論本】
米国人読者を意識し、日本語と英語を併記して南京事件を論述した
『再審「南京大虐殺」−世界に訴える日本の冤罪』

※ 抜   粋(全文下記HP)

  中国側が三十万人虐殺があったと主張している昭和十二年の「南京事件」について、事件を立証する証拠がないことを日本語・英語併記で論述した『再審「南京大虐殺」−世界に訴える日本の冤罪(えんざい)』が、十月末に明成社から刊行される。著者は竹本忠雄・筑波大名誉教授、大原康男・国学院大教授ら。南京事件について英文で反論した本の出版は初めてで、著者らは「米国での議論に一石を投じられれば」と期待している。(鵜野光博)

  同書は竹本、大原両氏のほか、椛島有三・日本会議事務総長、伊藤哲夫・日本政策研究センター代表らが執筆・編集し、在日米軍の関係者らの協力を得て英訳文を作成した。英題は「The   Alleged   NANKING   MASSACRE(論証なき主張   南京大虐殺)」。

  内容は南京事件を一つの“殺人事件”とみなした刑事訴訟のスタイルで論述を展開。「犠牲者は三十万人以上」「虐殺は日本軍が組織的計画的に行った」などとする中国政府の『中国版   対日戦争史録』(中国国際戦略研究基金編さん、一九九五年)を“起訴状”とし、虐殺があったと主張する側が「犯罪の立証」という責任を果たしているか否かを再検証する「法廷ミステリー的手法」(大原教授)を取っている。

  そして中国側の主張が埋葬記録などから立証されないことを示し、逆に南京陥落後に秩序が回復したことを示す資料など反証を提出。想定読者である米国人に「一人の『陪審員』になったと仮定して、本件を公正中立な立場で再審理していただきたく、衷心より要望する」と呼びかけている。

  南京事件をめぐっては、一九九七年に中国系アメリカ人、アイリス・チャン女史の著書『ザ・レイプ・オブ・南京』が米国でベストセラーとなり、南京事件をナチス・ドイツのホロコーストと同列に論じる議論が米国で横行するきっかけとなった。

  同書は数多くの事実誤認と“にせ写真”の使用が日本人研究者により指摘されたが、英訳と米国での反論本の出版が困難であったことから、今回の『再審「南京大虐殺」』が米国人に向けた最初の反論となる。

  竹本名誉教授は「カリフォルニア州議会で日本軍の“戦争犯罪”に賠償を求める決議が出るなど、米国を舞台にした反日包囲網の広がりに危機感を抱いている。対日批判激化の折に、米国人の良識に訴えたい」。大原教授は「南京事件が『なかった』ことを一〇〇%立証するのは困難だが、挙証責任を『あった』と主張する側に投げ返すことで議論の土俵を作り直した。日本人にも南京事件を今までと違う視点で読み直してほしい」と話している。

http://www.meiseisha.com/katarogu/nankin/sankei121000.htm

南京大虐殺 隠蔽工作に必死の皆様

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/05/31 23:20 投稿番号: [9015 / 29399]
そろそろ無駄な工作はやめて素直に歴史に向き合いましょう!
否定派は一部の基地外ウヨだけですよ。基地外ウヨになりたいですか?
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)