毒ガス戦の研究史
投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:48 投稿番号: [9025 / 29399]
とりあえずは、吉見義明氏「毒ガス戦と日本軍」の前書きの引用から始めてみましょう。「毒ガス戦」の研究史、こんな感じであるようです。
>この間、日本軍の毒ガス戦は日本国内でも海外でも意外なほど知られていなかった。なぜなら、第二次世界大戦後もそれが意図的に隠蔽されてきたからである。かくいう私自身も、日中戦争や第二次世界大戦で日本軍も毒ガスを使用しなかったという説をある時まで信じていた。
>このような認識が大きく変わりはじめたのは1984年であった。この年に日本軍の毒ガス戦の実態を明らかにする重要な基本資料があいついで公表されたからである。
>この新しい研究を最初に開始したのは立教大学の粟屋憲太郎教授であった。彼は、1983年に東京・池袋で開かれた東京裁判を問うシンポジウムで、日本の生物化学戦という戦争犯罪が敗戦直後に免責されたことを明らかにし、ついで、アメリカ国立公文書館NARAで、陸軍習志野学校「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」という、証拠書類として採用されなかった毒ガス戦に関する決定的な記録を発見した。
>ついで、慶応大学の松村高夫教授を中心とするグループが、八月十五日の「毎日新聞」に、加茂部隊編「きい弾射撃に因る皮膚障害並に一般臨床的症状観察」と題する、びらん性ガス(イペリット・ルイサイト)を用いた人体実験の極秘報告書を公表した。これは、当時大学院生であった児島俊郎長岡大学助教授が古本屋で発見したもので、関東軍による大規模な毒ガス人体実験の記録であった。
>さらにこの年には、中支那派遣軍司令部が作成した「武漢攻略戦間に於ける化学戦実施報告」という一大毒ガス戦の詳細な報告を、私自身が見つけることになった。
>その後、私は粟屋教授とともに研究を進め、翌年に共同で「毒ガス戦の真実」を執筆し、1989年に「毒ガス戦関係資料」を編纂した。また、松野誠也氏とともに、1997年に「毒ガス戦関係資料Ⅱ」を刊行した。この間、多くの資料が発掘され、日本軍の毒ガス戦の解明は大幅に進んだ。
このうち「毒ガス戦関係資料Ⅱ」は私は未入手ですし、他の入手した文献(えらく金がかかっています)もまだ読み込んでいない。吉見氏の文が正確であるという断定は避けますが、少なくとも、
>後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。
という文章は、無茶だと思いますよ。
しかし、
>証拠は普通、歳月が経過すればするほど収集が難しくなるものです。
>90年代以降になって資料が発掘された、という主張が、どれだけ不自然なものであるかを。(ゴメン、「80年代」の間違いだった・・・「ゆう」)
という発言、nさんは本当に「歴史研究」というものに興味を持っているのかなと疑ってしまう、とんでもない文章です。「南京」関係だけでも、「南京戦史資料集」「幕府山事件関係資料」「ラーベ日記」などが、いつ発掘されたのか、ご存知ないわけではないんでしょう? 要は、世間の注目を背景に、熱心な研究者が登場した、というだけの話です。
ついでですけれど、橋本群中将などは、しっかりと「毒ガス使用」を認めていますね。
>山西の山の中で匪賊をやつつける時に山地帯でどうにも作戦が思ふやうに行きませんので一部に許してやりましたこともあります。
http://www.geocities.jp/yu77799/siryoushuu/hasimoto.html
「匪賊」というのは、「共産ゲリラ」のことでしょうか。中将は、毒ガス使用がごく小規模にとどまったかのように応答していますが、皇族相手の会話でもあり、額面通りには受取れません。
余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。
>この間、日本軍の毒ガス戦は日本国内でも海外でも意外なほど知られていなかった。なぜなら、第二次世界大戦後もそれが意図的に隠蔽されてきたからである。かくいう私自身も、日中戦争や第二次世界大戦で日本軍も毒ガスを使用しなかったという説をある時まで信じていた。
>このような認識が大きく変わりはじめたのは1984年であった。この年に日本軍の毒ガス戦の実態を明らかにする重要な基本資料があいついで公表されたからである。
>この新しい研究を最初に開始したのは立教大学の粟屋憲太郎教授であった。彼は、1983年に東京・池袋で開かれた東京裁判を問うシンポジウムで、日本の生物化学戦という戦争犯罪が敗戦直後に免責されたことを明らかにし、ついで、アメリカ国立公文書館NARAで、陸軍習志野学校「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」という、証拠書類として採用されなかった毒ガス戦に関する決定的な記録を発見した。
>ついで、慶応大学の松村高夫教授を中心とするグループが、八月十五日の「毎日新聞」に、加茂部隊編「きい弾射撃に因る皮膚障害並に一般臨床的症状観察」と題する、びらん性ガス(イペリット・ルイサイト)を用いた人体実験の極秘報告書を公表した。これは、当時大学院生であった児島俊郎長岡大学助教授が古本屋で発見したもので、関東軍による大規模な毒ガス人体実験の記録であった。
>さらにこの年には、中支那派遣軍司令部が作成した「武漢攻略戦間に於ける化学戦実施報告」という一大毒ガス戦の詳細な報告を、私自身が見つけることになった。
>その後、私は粟屋教授とともに研究を進め、翌年に共同で「毒ガス戦の真実」を執筆し、1989年に「毒ガス戦関係資料」を編纂した。また、松野誠也氏とともに、1997年に「毒ガス戦関係資料Ⅱ」を刊行した。この間、多くの資料が発掘され、日本軍の毒ガス戦の解明は大幅に進んだ。
このうち「毒ガス戦関係資料Ⅱ」は私は未入手ですし、他の入手した文献(えらく金がかかっています)もまだ読み込んでいない。吉見氏の文が正確であるという断定は避けますが、少なくとも、
>後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。
という文章は、無茶だと思いますよ。
しかし、
>証拠は普通、歳月が経過すればするほど収集が難しくなるものです。
>90年代以降になって資料が発掘された、という主張が、どれだけ不自然なものであるかを。(ゴメン、「80年代」の間違いだった・・・「ゆう」)
という発言、nさんは本当に「歴史研究」というものに興味を持っているのかなと疑ってしまう、とんでもない文章です。「南京」関係だけでも、「南京戦史資料集」「幕府山事件関係資料」「ラーベ日記」などが、いつ発掘されたのか、ご存知ないわけではないんでしょう? 要は、世間の注目を背景に、熱心な研究者が登場した、というだけの話です。
ついでですけれど、橋本群中将などは、しっかりと「毒ガス使用」を認めていますね。
>山西の山の中で匪賊をやつつける時に山地帯でどうにも作戦が思ふやうに行きませんので一部に許してやりましたこともあります。
http://www.geocities.jp/yu77799/siryoushuu/hasimoto.html
「匪賊」というのは、「共産ゲリラ」のことでしょうか。中将は、毒ガス使用がごく小規模にとどまったかのように応答していますが、皇族相手の会話でもあり、額面通りには受取れません。
余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。
これは メッセージ 9001 (nmwgip さん)への返信です.