南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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済南事件 昭和3年(1928)

投稿者: yume215 投稿日時: 2004/05/12 18:17 投稿番号: [5148 / 29399]
済南事件   昭和3年(1928)
中国兵による略奪陵辱暴行殺人事件。略奪
被害戸数136、被害人員約400とある。中国
側も立ち会った、済南医院での日本人被害
者の検死結果。

藤井小次郎
  頭および顔の皮をはがれ、眼球摘出。内臓露出。陰茎切除。
斎藤辰雄
  顔面に刺創。地上を引きずられたらしく全身に擦創。
東条弥太郎
  両手を縛られて地上を引きずられた形跡。頭骨破砕。小脳露出。眼球突出。
東条キン(女性24歳)
  全顔面及び腹部にかけ、皮膚及び軟部の全剥離。
  陰部に約2糎平方の木片深さ27糎突刺あり。
  両腕を帯で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。助骨折損。
鍋田銀次郎
  左脇腹から右脇に貫通銃創。
井上国太郎
  顔面破砕。両眼を摘出して石をつめる。
宮本直八
  胸部貫通銃創、肩に刺創数カ所。頭部に鈍刀による 切創。陰茎切除。
多比良貞一
  頭部にトビ口様のものを打ち込まれたらしい突創。
  腹部を切り裂かれて小腸露出。
中里重太郎
  顔面壊滅。頭骨粉砕。身体に無数の刺創。右肺貫通銃創。
高熊うめ
  助骨折損、右眼球突出。全身火傷。左脚の膝から下が脱落。
  右脚の白足袋で婦人と判明した。

他の二体は顔面を切り刻まれたうえに肢体を寸断され、人定は不可能であった

>百人斬り?

投稿者: yume215 投稿日時: 2004/05/12 17:37 投稿番号: [5147 / 29399]
いや馬鹿シナ人とバカサヨ反日日本人
は頭が悪いから、日中戦争死者3千万人
ってのも、オカシナ数字だとは考えつか
ないんだよね。

シナ派遣軍最大時の50万人としても
軍医、衛生兵、飯炊き兵、砲兵、輜重兵、
司令部要員、通信兵、工兵などすべての
非戦闘兵まであわせて1人あたり
60人も殺さないといけないという
バカげた数字を疑わないんだからね。
南京虐殺40万人も同じこと。

しかも教科書にまで真実の数字だと掲載
されてる。   いい加減、きちんと反論する
なり、反日日本人を徹底的に論破しないと
後の世の日本人に申し訳ない。

もし反日サヨが分かってて、こういう数字
をもてあそんでいるとすれば、糾弾すべき
だな。

百人斬り?

投稿者: mazimeteya 投稿日時: 2004/05/12 16:46 投稿番号: [5146 / 29399]
こんな作り話、まともに騒いでるのは、
半日運動家とそれに乗っている、
中国・北朝鮮・韓国人だけ。

十数年前に亡くなった父が、同じ(?)部隊にいたらしいけど、
「そんな新聞記事は、ウソに決まってる。
一人二人ならともかく、二人で二百人以上も斬っていたら
部隊の多くの人間が目撃しているはずだ。
仲間内に、本当に、百人斬りなんて見た人はいない。」
と云っておりました。

中国政府の南京大虐殺もそうだけど、こんないい加減な話で、
個人や国を誹謗中傷する神経がわからない。

相手にしないに限ります。

>>>横から失礼・・4

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/12 16:06 投稿番号: [5145 / 29399]
>第2報には、向井少尉が
「丹陽中正門の一番乗りを決行」したという記述があるのですが、・・・
>しかし、当時の軍隊において「一番乗り」というのは極めて重要視された名誉であって、
こんなことで嘘を書いたら本当に一番乗りを果した側が黙っていません・・・
>この「一番乗り」報道が何ら問題にならなかったことは、それが実際そのとおりの事実であったことを示していると思われます

これも「??」と言う気がします。

何度も言っておりますが、「歩兵砲小隊」は大隊の「縁の下の力持ち」的存在です。
「一番乗り」が「歩兵中隊・歩兵小隊」ならなんら疑問はありませんが、重量物である歩兵砲(馬で引きますが、場合によっては5,6人かかりで人力の場合も)を数門(4門ほどですか。小隊ですと)牽引する部隊の移動速度は遅いと言う事。
火力支援部隊であるため、常に同じ大隊の各歩兵中隊、歩兵小隊より「後方」に位置している事。
指揮官は部隊指揮を放り出す事はできないと言う事。
等など。
「丹陽中正門の一番乗りを決行」は全く信憑性がないと考えますが。
*これが「歩兵中隊・小隊・分隊、若しくは戦闘工兵部隊」なら理解できるのですが。

>>>横から失礼・・3

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/12 16:04 投稿番号: [5144 / 29399]
>負傷した向井少尉は『俺は歩けるから』といって
馬を降り、疲労困憊した部下を代わりに乗せていたそうです。
>富山氏の
言うように向井少尉が「左膝頭部盲貫を受け」ていたとしたら、歩くこ
となど到底不可能なはずです。それどころか馬に乗ることすら困難で、
担架で搬送するほかなかったでしょう。

ふむ。食い違いがありますね。
しかし、匿名記事では少々説得性に欠ける気がしますね...
ただ言えるのは「左膝頭部盲貫」だとしたら、12日に負傷、15日に「原隊復帰」ではなく「野戦病院後送」→「内地陸軍病院入院」コースですね。
左足の膝頭を銃弾が貫通しているのですから。下手したら膝から下切断の重傷ですね。
とすれば「向井少尉が何らかの傷を負ったこと自体は事実のようですが、それは離隊治療を要するほどのものではなかったと思われます。」は部分的に頷けます。
ただ負傷した場合は、必ず「包帯所(簡易野戦治療所)」まで「離隊」します。
12日に包帯所へ。
傷の具合や化膿の有無など確認して 15日原隊復帰、というのは極めて自然と思いますが。
(小銃、ライフル銃による銃創は、実は後々の化膿のほうが怖かったりします)

>>>横から失礼・・2

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/12 16:03 投稿番号: [5143 / 29399]
富山氏は
(a) 大隊は昭和12年12月12日 麒麟門東方に於て行動を中止し 南京に入ることなく 湯水東方砲兵学校に集結す
(b) 大隊将兵は昭和12年12月13日から翌年1月8日まで外出を禁止せられ特に南京方面に外出せしめたることなし

と言っておられるのですか。
ふむ。これは変ですね。
(a)は、確かに9連隊は湯水東方を通過していますが、それは12日以前の行動だったはずですし...
12日には中山門全面に展開していますから。
兵力に余裕の無かった日本軍がわざわざ1個大隊を後方に留めておくかな?
師団の戦術・戦略予備としたのかもしれませんが...
師団作戦行動詳細が判ればはっきりするのですが...
(b)は戦闘終結後の「自由行動」が制限された、と言う意味でしょうか。
道路清掃=戦場掃除はこれには含まれませんから、16日に中山門付近の戦場掃除を担当していても、富山氏の証言は矛盾しませんね。
>また11日には【向井隊の本部が紫金山麓の霊谷寺】におかれ〜
これは富山氏の証言と矛盾しますね。
どちらが正確かは部隊の行動詳細でないと判断できないかも。(残っていれば、の話ですが)
ただ「11日には向井隊の本部が紫金山麓の霊谷寺におかれ」と言うのは「?」ですが...
富山氏の証言通りですと歩兵砲小隊のみ部隊から離れているのはありえませんし。
証言通りでないにしても、11日に紫金山、12日に移動、部隊と共に布陣、と考える方が自然ですし...
(歩兵砲は大隊火力支援部隊ですから)

>中山門から5キロの範囲といえば、ちょうど紫金山の南麓を走る公道にあたります。となると、富山氏の主張する(a)(b)は否定されてしまいます。

これは、少々強引過ぎる気がします。
部隊が湯水から動かなかったか、動いたか。
11日に歩兵砲小隊本部が紫金山山麓にあった事。
16日に「道路清掃」をした事。
が、12日に向井少尉が紫金山に「いなかった」事の否定条件にはならないのでは?

>>>横から失礼・・1

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/12 16:01 投稿番号: [5142 / 29399]
まず、res有難うございます。

>【百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んどだ……】

ふむ。捕虜の「据え物斬り」ですか。
ありそうな話ですが。
不思議な点が一つ。
何故、富山大隊長は戦犯容疑で裁かれなかったのでしょう?
部下(直属の歩兵砲小隊長と、大隊副官)がこの様な事を行なうには上官(この場合、捕虜の取扱い・管理者は大隊長)の許可が「絶対に」必要となります。
許可無くこの様な事を行なえば、日中戦争中でさえ、野戦憲兵隊が出張ってきて大騒ぎになります。
直接手を下していなくとも「命令権者」であった為、B,C級戦犯として裁かれた指揮官は数多いのですが。。。

>うわあ、ものすごい【おこりんぼ】だな

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/12 01:45 投稿番号: [5141 / 29399]
>私もわかっている範囲で、【真心こもったご対応】をしたつもりですよ。

「はぁ?」、とか、「はいはい」とか、「カルシウムが足りないんじゃない? 」とか。
このような言い回しをdorawasabi5001さんは、【真心こもったご対応】と言うんですか?


>うわあ、きついわあ。
夏を8月と間違えただけで、そんなに怒らなくっても・・・。
私だったら、そんなに怒らないけどな。

なぜ、私が言及したのか、お判りでないようですね。   それとも判ってて知らん振りですか?
単にちょっとした興味でROMっている人にとっては、「夏と8月」は、どうでも良い内容です。dorawasabi5001さんは、このレスの流れの中では、そのような立場ではありませんよね。   ご自分の主張のために、いろいろお調べになって、そのなかで「あった」と結論をされてる訳ですよね。当然「なかった」という論旨の資料も検討されているわけですよね。それであれば、私がこの裁判の情報をお知らせしたとき、「え、そんなんあんの?」とお考えではなかったですか?今まさに進行中の、佐藤カメラマンもいよいよ出廷する、この裁判の経過を調べてみました?
調べれば、今度の公判は何月何日という情報はすぐにわかります。「そうかxx月xx日か。そのころはっきりする訳だな」という感覚でご返事いただけたのではないですか?【真心こもったご対応】ではないでしょ?   相手の示した情報をハナから懐疑的に考え、それに関してちゃんと議論しようという態度ではないですよ。

資料をきちんと示しながら議論を始められたdorawasabi5001さんとも思えません。

トピの中では、単に人格攻撃だけなさる方や罵詈雑言で荒れてしまうことも多いですよね。dorawasabi5001さんとは、結論は異なっていても、きちんと議論を進めたいのですよ。単に「半信半疑だわねえ。」では、議論にならないでしょ?

それとも、事件の重要な当事者の一人である佐藤カメラマンの新たな証言が得られそうな今回の裁判の意味する重要性を認識していらっしゃらないということでしょうか?

さんせい

投稿者: nennenkosaisai 投稿日時: 2004/05/11 23:06 投稿番号: [5140 / 29399]
ほんと、むなしくない。

dorawasabi5001殿下

投稿者: hasgtsym 投稿日時: 2004/05/11 22:12 投稿番号: [5139 / 29399]
すごいね〜〜。

あんたが大将!

syoumenkyousi 閣下

投稿者: hasgtsym 投稿日時: 2004/05/11 22:06 投稿番号: [5138 / 29399]
むなしくない・・・?

日本では、ウソ言って賠償金を せしめる 人を詐欺師と言います。
国家が相手の時はなんて呼べばいいのか教えて。

お〜い、

投稿者: hinekurwmono 投稿日時: 2004/05/11 21:32 投稿番号: [5137 / 29399]
  ドラワサビ、

  そんなに、日本を責めるなら
  日本から出て行ったらどう?

  何か日本人から悪い事をされたのかい。

うわあ、ものすごい【おこりんぼ】だな。

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/11 21:26 投稿番号: [5136 / 29399]
>>はあ?
じゃ、佐藤カメラマンが、その【新しい証言調書】で、【浅海証言は嘘っぱち】と言ってると言うのですか。



>dorawasabi5001さんには、信じられないことでしょうが、裁判関係者の発言ではそうです。だから歴史的なことだと申し上げているのです。



ふぇー。
半信半疑だわねえ。




>>これは、8月に注目だわねえ。


>それから、dorawasabi5001さん、私はべつに8月とは言ってませんよ。
夏とは申し上げましたが・・・。
夏といえば8月、というようにご自分の感覚で、決め付けないでください。




お、そうですか。
最近早起きさんやってるもんで、晩御飯食べるとすぐ気づかないうちに、ばったり倒れたりしています。


数十分後、やっと目が覚めて・・・。
しかし眠いなあ・・・・雑事を眠りながら・・PCを見る・・・投稿をする。


という事なので、【夏】と言うと、うっかり、ぎらぎらの8月を連想してしまったんだな、きっと。





>特にご自分の意見と異なる結論に関することであれば、調べられるものはきちんと調べてから発言すべきです。



>自分も資料を示しながら議論し、相手にも、資料を提示しろ、というように資料を前提において議論されるなら、少なくとも、相手が示した資料・情報に関する情報をきちんと集めてから発言するか、判っている範囲で、ご発言下さい。



はいはい。
私もわかっている範囲で、【真心こもったご対応】をしたつもりですよ。



>8月とどこかに書いてあったのですか?
勝手に作らないで下さい。




うわあ、きついわあ。
夏を8月と間違えただけで、そんなに怒らなくっても・・・。
私だったら、そんなに怒らないけどな。



カルシウムが足りないんじゃない?

>>>>続き

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/09 12:18 投稿番号: [5135 / 29399]
>はあ?
じゃ、佐藤カメラマンが、その【新しい証言調書】で、【浅海証言は嘘っぱち】と言ってると言うのですか。

dorawasabi5001さんには、信じられないことでしょうが、裁判関係者の発言ではそうです。だから歴史的なことだと申し上げているのです。


>これは、8月に注目だわねえ。


私も、大いに楽しみにしています。

それから、dorawasabi5001さん、私はべつに8月とは言ってませんよ。
夏とは申し上げましたが・・・。
夏といえば8月、というようにご自分の感覚で、決め付けないでください。
今回の情報はdorawasabi5001さんもご存知なかったのものであるなら、ご自分で調べもせず、それに関して決め付けで話される、というのは軽率ではありませんか?

特にご自分の意見と異なる結論に関することであれば、調べられるものはきちんと調べてから発言すべきです。

自分も資料を示しながら議論し、相手にも、資料を提示しろ、というように資料を前提において議論されるなら、少なくとも、相手が示した資料・情報に関する情報をきちんと集めてから発言するか、判っている範囲で、ご発言下さい。

8月とどこかに書いてあったのですか?
勝手に作らないで下さい。

>>>続き

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/08 23:27 投稿番号: [5134 / 29399]
>>前投稿で、その【佐藤証言】は出しましたが、これとは別に【浅海証言は嘘っぱち・・】なんていう【佐藤氏の供述調書】があるのですか?


>>ぜひ、全文を提示してください。



>dorawasabi5001さんから要請があった供述調書ですが、関係者から回答がありました。
現在進行中の名誉毀損裁判で、改めて証言を得て作成された全く新しい証言調書だそうです。


>裁判中のため、裁判関係者以外には、見せられないものだそうです。
この夏の次回公判では、佐藤証人が出廷して証言する予定です。
少なくとも、その証言内容は裁判で傍聴すれば直接聞けるわけですから、より細かい情報が流れてくると思います。



>しかし、【浅海証言は嘘っぱち・・】という証言が【浅海記者と同行していた生き証人から出てきたとなれば、】
・・・(どら・・・佐藤カメラマンの事?)


>「あった」という前提を大きく覆すことになりますね。歴史的なことです。




はあ?
じゃ、佐藤カメラマンが、その【新しい証言調書】で、【浅海証言は嘘っぱち】と言ってると言うのですか。


これは、8月に注目だわねえ。

>>横から失礼・・

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/08 23:19 投稿番号: [5133 / 29399]
>プロの軍人で専従の大隊副官(優秀で常識のある人物が補職されていた)や、砲兵の専門家(ほぼ、希望してなった専門職)が『白兵戦』を望むでしょうか?





ですから、メッセージ5124の提示したように、野田少尉は【白兵戦で斬ったのではなく、捕虜を殺害】と講演しています。↓





  ★占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。【それを並ばせておいて片っぱしから斬る…… 】


  【百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んどだ……】








>次に「紫金山で両少尉と会った」とされるのが12日だそうですが。



>【12日は向井少尉は負傷・後送。原隊復帰は南京戦終結後の12月15日。】

>12日に向井少尉と「会う」事は不可能でしょう。(戦闘中、野戦病院にて治療の為)




>野田少尉も12日に紫山に行く事は不可能でしたでしょう。
直属上官の富山大隊長(歩兵砲小隊は大隊直属。大隊副官は当然)も、その点を証言されています。
*紫金山方面は、同じ第16師団隷下の第33連隊が配備されていました。



これらは、【戦後、彼らが戦犯に問われたので、】富山大隊長が証言しているものですね。
しかし、下記のような証言・証拠があるようですね。




★第三は、【第4報の共同執筆者である鈴木二郎氏の証言[5]です。】


| そして記事にあるように、【紫金山麓で二人の少尉に会ったんですよ。】


|浅 海さんと一緒になり、結局、その場には向井少尉、野田少尉、浅海さん、
| ぼくの四人がいたことになりますな。

あの紫金山はかなりの激戦でした
| よ。その敵の抵抗もだんだん弱まって、頂上へと追い詰められていった
| んですよ。最後に一種の毒ガスである“赤筒”でいぶり出された敵を掃
| 討していた時ですよ、

【二人の少尉に会ったのは】…。そこで、あの記事の
| 次第を話してくれたんです。

・・・


第四は、山本七平氏が自身の連載中で紹介しているいくつかの手紙です。
・・・

それに
よると、例えば向井少尉と同じ部隊にいたという衛生兵T氏は「入城式
の前日(16日)城外道路掃除命令をうけて、中山門(高橋注:南京城の
東門)から外へ5キロほど清掃した」といい、また11日には【向井隊の本
部が紫金山麓の霊谷寺】におかれ、12日から16日にかけては南京城外で野
営したとも述べているそうです[6]。


中山門から5キロの範囲といえば、
ちょうど紫金山の南麓を走る公道にあたります。となると、富山氏の主
張する(a)(b)は否定されてしまいます。



・・・によれば、

負傷した向井少尉は『俺は歩けるから』といって
馬を降り、疲労困憊した部下を代わりに乗せていたそうです。

富山氏の
言うように向井少尉が「左膝頭部盲貫を受け」ていたとしたら、歩くこ
となど到底不可能なはずです。それどころか馬に乗ることすら困難で、
担架で搬送するほかなかったでしょう。

・・よって富山氏の主
張(c)も崩れてしまいます。向井少尉が何らかの傷を負ったこと自体は
事実のようですが、それは離隊治療を要するほどのものではなかったと
思われます。




第五の反証は新聞記事自身の中にあります。

第2報には、向井少尉が
「丹陽中正門の一番乗りを決行」したという記述があるのですが、・・・

しかし、当時の軍隊におい
て「一番乗り」というのは極めて重要視された名誉であって、こんなこ
とで嘘を書いたら本当に一番乗りを果した側が黙っていません・・・


この「一番乗り」報道が何ら問題にならなかったことは、そ
れが実際そのとおりの事実であったことを示していると思われます


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/nangjin/hyakunin/fj960923.htm





>>【それぞれに当番兵がついている。その当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているのだ、という話だった。】



>当番兵と戦闘配置は無関係です。
なので「当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているのだ」と言う事はできません。
直属上官に抗議で捻じ込まれますよ。
それに、尉官程度なら当番兵は将校4〜5名に付1人程、です。
「とりかえっこ」は無理ですねぇ。いませんから。そんなに当番兵は。



しかし、当時の

>>続き

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/08 20:41 投稿番号: [5132 / 29399]
>へえ。
>前投稿で、その【佐藤証言】は出しましたが、これとは別に【浅海証言は嘘っぱち・・】なんていう【佐藤氏の供述調書】があるのですか?


>ぜひ、全文を提示してください。

dorawasabi5001さんから要請があった供述調書ですが、関係者から回答がありました。
現在進行中の名誉毀損裁判で、改めて証言を得て作成された全く新しい証言調書だそうです。
裁判中のため、裁判関係者以外には、見せられないものだそうです。
この夏の次回公判では、佐藤証人が出廷して証言する予定です。
少なくとも、その証言内容は裁判で傍聴すれば直接聞けるわけですから、より細かい情報が流れてくると思います。

しかし、【浅海証言は嘘っぱち・・】という証言が浅海記者と同行していた生き証人から出てきたとなれば、「あった」という前提を大きく覆すことになりますね。歴史的なことです。

横から失礼>野田・向井両少尉

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/08 17:12 投稿番号: [5131 / 29399]
>両将校は、かれらの部隊が末端の小部隊であるために、その勇壮な戦いぶりが内地の新聞に伝えられることのないささやかな不満足を表明〜

まず、両少尉の「配置」ですが。
野田少尉は「大隊副官」
向井少尉は「大隊砲小隊長」ですね。
役割は野田少尉が「大隊長の秘書・事務補佐官」で、向井少尉は「大隊火力戦闘指揮・副調整官」ですね。
野田少尉は大隊長の傍らを離れて、身勝手な行動を取れる配置ではありません。
そして、大隊長が配下の中隊や小隊より前面に出て戦闘参加する事は有りませんから。

向井少尉は戦場で部下砲兵に対し射撃指揮を行なわねばなりません。(直接戦闘・白兵戦は、大隊所属中隊より後方に位置する歩兵砲小隊では無理でしょう。敵兵を真近に見ることも無いでしょう。)

プロの軍人で専従の大隊副官(優秀で常識のある人物が補職されていた)や、砲兵の専門家(ほぼ、希望してなった専門職)が『白兵戦』を望むでしょうか?

まず、彼らの配置上での疑問が一つ。

次に「紫金山で両少尉と会った」とされるのが12日だそうですが。
12日は向井少尉は負傷・後送。原隊復帰は南京戦終結後の12月15日。
12日に向井少尉と「会う」事は不可能でしょう。(戦闘中、野戦病院にて治療の為)
野田少尉についても。
両少尉の所属部隊は第16師団(京都・中島今朝吾中将)隷下の第19歩兵旅団(京都・草場辰巳少将)隷下第9連隊(京都・片桐護郎大佐)ですが。
第9連隊は1937/12/9、南京東方約15kmの湯水鎮付近に布陣。
その後麒麟門を経て南西へ向かい、12/12に南京城南東部の中山門東方に配備されています。
紫金山の約5km南方です。
すでに両軍ともに戦闘配置についており、大隊副官(中隊との連絡将校でもある)は大隊長の傍から離れる事はできません。
野田少尉も12日に紫山に行く事は不可能でしたでしょう。
直属上官の富山大隊長(歩兵砲小隊は大隊直属。大隊副官は当然)も、その点を証言されています。
*紫金山方面は、同じ第16師団隷下の第33連隊が配備されていました。

>【それぞれに当番兵がついている。その当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているのだ、という話だった。】

「当番兵」と言うのは、司令官職(将官)以上につく「従兵、従卒」とは異なり専従者ではありません。
当然、自分の「配置」を持っています。
戦闘中はその「配置」で直属上官の指揮の元で戦います。
当番兵はあくまで、将校(佐官、尉官)に対し、兵営・野営での食事の用意、被服の洗濯・補修、等を各分隊から人数を出し、輪番制で行なう「普通の兵隊さん」ですから。
当番兵と戦闘配置は無関係です。
なので「当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているのだ」と言う事はできません。
直属上官に抗議で捻じ込まれますよ。
それに、尉官程度なら当番兵は将校4〜5名に付1人程、です。
「とりかえっこ」は無理ですねぇ。いませんから。そんなに当番兵は。

当時の軍内制度を全く知らない人が、適当に書いた、としか読めませんが...

「日本会議」の内部資料が発覚!

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2004/05/08 15:49 投稿番号: [5130 / 29399]
「日本会議」の内部資料〝裏技マニュアル〟が発覚!
http://www.h2.dion.ne.jp/~kyokasho/1106kousin/t0426-3.htm

syoumenkyousiさん

投稿者: yadanekonnnaninngenngairunannte 投稿日時: 2004/05/08 11:28 投稿番号: [5129 / 29399]
暴言の数々、人間として恥ずかしくない。

「南京大虐殺」マギー牧師の映像紹介 2

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/07 21:41 投稿番号: [5128 / 29399]
92年6月から日米で取材を始め、3年がかりで完成。最後まで事件の舞台、中国での取材許可が出なかったが、「むしろ当事者の感情に巻き込まれない意味で、かえってプラスだった」とチョイさんは割りきる。

「中国、韓国では、とにかく日本は極悪非道な加害者。一方、日本では事件そのものを否定しようとする人がいる。いま大事なのは、善玉と悪玉に分けるのでなく、何が国を戦争に駆り立て、何が人々を戦争に巻き込むのか冷静に見ることですから」


******************************


再掲:少女は・・・

  病院のベッドに座る「茫然自失」状態の少女、『南京大虐殺』関連写真ではかなり有名だ。

  撮影者マギー牧師は次のように解説している。
「この18歳の少女は1ヶ月も拘留され連日強姦され、あらゆる種類の性病を移された」と。
 
  「茫然自失」は「狂気」とも表現されるかもしれない。人は狂ってでも生き延びようとするからだ。狂気に逃げ込まなければ生き残れない程の過酷な体験を彼女がしたということだ。

・・・

*******

  ビデオ『天皇の名のもとに』の中に、この少女が登場している。

  ・・・最早私に言葉はない、ただ【ミニー・ヴォートリン】が語ってくれるだろう。

  彼女の日記が、マギーの映像と共に、このビデオで、こう紹介されている。

・・・


12月15日、今日は水曜日だろう

今日が何日なのかわからない

生活にリズムがなくなっているから

今朝も血相を変えた女性が難民区にやってきた

彼女らは日本兵から家を襲われたと言っている

少女も老女も強姦された

夫は部屋から追い出され

その間   妊婦が犯された

若い少女が連れ去られ戻ってこなかった話を

何度も聞いた

その一人は12歳だった

今夜もトッラクが8人から10人の少女を乗せて通り過ぎる

少女が叫ぶ

「助けて   お願いです」



・・・・・・


外に出るたびに悲しくなる

だから殆ど外出してない

南京は影に過ぎない

昔の面影をなくした

悲しい影である

「南京大虐殺」マギー牧師の映像紹介 1

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/07 21:39 投稿番号: [5127 / 29399]
  ドキュメンタリービデオ『天皇の名のもとに』(95/米、監督:クリスティン・チョイ/ナンシー・トン)には、「南京大虐殺」事件当時、米国人宣教師ジョン・マギーが南京で撮影していた映像がかなり使われています。

  http://member.nifty.ne.jp./videopress/

  上記のホームページのビデオ紹介をそのまま引用します。

  ドキュメンタリービデオ   50分   1995年作品(97年日本語版制作)   1937年12月の南京大虐殺とは何であったのか?   当時、南京に滞在していた米国人ジョン・マギー牧師は、密かに16ミリフィルムを回しその実態を記録していた。
               深傷を負って南京病院に運び込まれた人々、黒焦げの死体、強姦された女性、目を覆うシーンが続く。

  アジア系米国人のクリスティン・チョイさんとナンシー・トンさんは、92年から3年の歳月をかけて、映像資料の発掘と百人近いインタビューを行なった。
         約50分の映画の骨格は、マギー牧師の貴重なフィルムだ。それに、当時のニュース映像や虐殺に加わった元日本軍兵士、生き残った中国人の証言、南京に住んでいた外国人の日記などを加え、南京大虐殺を様々な角度から検証している。この事件をめぐる日本の論争にも一石を投じるものである。

  このフィルムは95年に完成したが、日本で公開できなかった。NHKは内容を見て「刺激的すぎる」と放映を断ったという。今回、関係者の努力で南京大虐殺60周年にあわせて、ビデオの日本語版が制作された。   現代史を知らない日本の若者にとっても、必見の作品である。

  TBSニュース23でも「ラーベの日記」と併せて、このビデオ映像が取り上げられ、全国的に反響が拡がっている。

★ドキュメンタリー   50分   (オリジナルはフィルム作品)

★1995年作品   (日本語版制作97年12月)

★監督   クリスティン・チョイ/ナンシー・トン

(チョイは1988年に記録映画「誰がビンセント・チンを殺したか?」を監督)

★この作品には、南京戦に参加した元日本軍兵士(東史郎・上羽武一郎・永富博道)をはじめ、ソン・シンドー、家永三郎、藤原彰、吉田裕、本多勝一、吉見義明、西野瑠美子、大沼保昭、渡部昇一などの各氏も登場している。


*******************************

  また朝日新聞(95/4月、ニューヨーク支局・沢村互)にはこう紹介されました。

・・・

  日本がアジア侵略に踏み出す「前史」から、虐殺事件、太平洋戦争、そして戦後まで、元日本軍兵士ら関係者や歴史家へのインタビューと記録映像で描く。
        事件当時、救援にあたった米国人宣教師ジョン・マギーさんが撮影した貴重な映像も含まれるが、ナレーションもなく映像と証言が交互に続く構成は、むしろたんたんとした印象を与える。

  「残虐さを示すことではなく、観客に考えてもらうことが目標。なぜ、普通の日本の若者があの狂気に身を投じたのか。何故中国人は防げなかったのか」と監督のクリスティン・チョイさん(42)。
共同監督のナンシー・トンさん(40)は「自分で判断してもらうため、あえてナレーションを省いた」。

・・・

  まず二人とも両親や祖父母から戦争の話を聞かされて育った。「広東州に住んでいた祖母は、日本兵に襲われないよう、黒いすみを顔にぬって外出したそうです」(トンさん)。
「終戦後、大勢の中国人につばをはきかけられながら、上海の港を去っていった日本兵の様子を祖父母から聞かされた」(チョイさん)

・・・

写真も見てね

投稿者: sento_bear 投稿日時: 2004/05/07 14:11 投稿番号: [5126 / 29399]
http://forum.itdoor.net/rightla.php?aid=107326

>映画と事実は違います

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/06 23:39 投稿番号: [5125 / 29399]
>中央大学教授吉見義明はバカの典型だ。


ええ?
【秦郁彦】の間違いでしょ?

この秦せんせの【慰安婦と戦場の性】は、プロからももちろん、私でさえ、【なんじゃこれ!!】の【買ってはいけないトンデモ本】ですね!!!



>(8) 1992年11月中央大学教授吉見義明編「従軍慰安婦資料集」が刊行されましたが、その中に「強制連行」を示す資料は一つもありませんでした。



ありますけど?
この人の本は落丁だね。
取り替えてもらったら?




>その本の解説の中で吉見教授は「一般には、強制連行というと人狩りの場合しか想定しない日本人が多いが、これは狭義の強制連行であり、詐欺などを含む広義の強制連行の問題をも深刻に考えてしかるべきであろう」と述べています。



はいはい。
植民地の女性達は、【職業詐欺】によって慰安所に連行された女性が多かったですから。





>この人はこれまで「強制連行はあった」と論じてきたのに、色々調べていった末、それを裏付ける資料がないことが分かると論点をすり換えて「広義の強制連行」を考えるべきだなどと言い始めました。



いいえ、狭義の【文字通りの強制連行】も占領地などでは多かったと言っています。
その資料もありますが。





>また「政府が資料を隠しているのかもしれないから、それが出てきたら事情が変わってくる」と暗示しているのも学者らしい狡さを見せつけられます。


実際、【未公開の公文書】は、防衛庁などにたくさんあるそうです。

そして、不思議な事に、【朝鮮総督府】関係や、【警察関係】がほとんど出てきていないと言う。

うーーん。

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/06 23:02 投稿番号: [5124 / 29399]
>百人切りが残虐行為だというのはどのような意味で言っているのでしょうか。

>敵を多く斬り殺した英雄伝説は数多くあるし、戦場で人を殺すのは必然的な行為です。
彼らが裁かれたのは敗戦国の軍人だからという以上の意味があるのでしょうか?




もちろん、通常の戦闘であったら、無罪でしょう。

しかし、彼らは、【捕虜・民間人殺害】で、死刑にされています。

以下のようにN少尉は、小学校で、【講演】して、自白しています。




★   さて、小学生を前にしたN少尉は、ずいぶんくつろいでいたようだ。世間でみる軍人という堅い感じは少しもなく、また私たちが数年後に自ら体験した気負いもなかったと、今にして思う。

それは戦火をくぐりぬけてきた人の落ちつきであったのかもしらないが、やはり母校の小学生、身内に話しているという気軽さでもあったのだろう。たんたんと話した内輪話は、ほぼ次のようなものであった。


「郷土出身の勇士とか、百人斬り競争の勇士とか新聞が書いているのは私のことだ……

  実際に突撃していって【白兵戦の中で斬ったのは四、五人しかいない】……


  占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。【それを並ばせておいて片っぱしから斬る…… 】


  【百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んどだ……】
  二人で競争したのだが、あとで何ともないかとよく聞かれるが、私は何ともない……」


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/shijime.htm

>続き

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/06 03:15 投稿番号: [5123 / 29399]
>へえ。
>前投稿で、その【佐藤証言】は出しましたが、これとは別に【浅海証言は嘘っぱち・・】なんていう【佐藤氏の供述調書】があるのですか?


>ぜひ、全文を提示してください。

了解しました。
これについては、私も伝聞なので、調書自体を見たわけではありませんので、何に対しての供述調書なのか、 dorawasabi5001さんのものと同一のものなのか、なども含め、全文の内容を問い合わせてみます。

とりあえず、以下

http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/boad/contents/E0700_29.html

>>>>>野田・向井両少尉の

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/06 01:57 投稿番号: [5122 / 29399]
>関係者が詳細な証言をしています。↓

関係者って言っても、基本的にあの新聞記事を書いた関係者のみの証言ですね。本人たちがこう言ってましたって。
唯一記事にかかわっていない志々目氏も本人がこう言ってました、の証言。

「実際に私が数えました」とか、「私は切っているところを見ました」、とか、「私は死体を検分しました」、とかの、少尉たち2人および記者たち以外の第3者の証言は無いですよね。

結局、本人が言ったからというだけの、ホラ話かもしれない話の記事のみで、「百人切り」をあったと断定しているのですね、という私がお尋ねした範疇に収まってしまってますよね。(志々目氏の話は記事ではないが本人が言ったという本人話だという意味では同じ範疇)

dorawasabi5001さんは記者たちの証言から、新聞記事の信憑性が高いと判断するので、見ていなくても、物証がなくても良い、との結論のようですね。

記事の信憑性については、野田・向井両少尉本人たちの戦後の証言や上司の証言、客観性の検討などから、信憑性が必ずしも高いとは言い切れないと思います。

しかも昨今の名誉毀損裁判で、記事にした関係者の一人で、まだ存命している佐藤振壽氏が供述調書のなかで、「百人斬りはうそである。浅海は嘘っぱちを書いた」と述べています。

このような現状では本人話以外の証拠・証言が出ていないということ(本当に行われたなら何かあるでしょ、考えてみれば不思議)で、「あった」と断定するのは強引過ぎると感じるのです。

>うーーん。

投稿者: tttsjp 投稿日時: 2004/05/06 00:32 投稿番号: [5121 / 29399]
百人切りが残虐行為だというのはどのような意味で言っているのでしょうか。

敵を多く斬り殺した英雄伝説は数多くあるし、戦場で人を殺すのは必然的な行為です。
彼らが裁かれたのは敗戦国の軍人だからという以上の意味があるのでしょうか?

少なくともあなたの主張は、特定の国や民族に対してではなく全ての国家民族に当てはまる非難です。
あなたが被害者と考えている国や民族に対してもです。

戦場で百人の敵を斬り殺したら普通は英雄でしょう。それは特定の国や民族に限りません。
あえて旧日本軍の特定の人間の行為を残虐という根拠は何でしょうか。

戦争は無いにこしたことはありません、しかし起きた戦争に対し勝者と敗者が生まれ敗者のみが責任を問われてきたのが過去の戦争です。   そのようなことの無い様人間は賢くなるべきとは思いますが過去の人類はそこまで賢くないと思わざるを得ません。

ロシア民謡なんかには異民族の村を攻め滅ぼす英雄の話が良く出てきます。
これは残虐行為ではないのでしょうか?   少なくとも民話では正義の英雄として描かれています。

現在進行形の人権侵害

投稿者: charizardjpn 投稿日時: 2004/05/06 00:27 投稿番号: [5120 / 29399]
http://www4.diary.ne.jp/user/401628/

>脱北者女性に対する恐ろしい人権侵害が、中朝国境で人身売買という形で行われていると言うのだ。悲惨な女性の運命に涙したオさんはこう告発する。
「拉致問題に対して従軍慰安婦を北朝鮮は持ち出すが、過去の従軍慰安婦を言う前に、現在の従軍慰安婦をどうするのかと言いたい。多くの女性が殴られ、強姦される姿を嫌というほど見てきました」
従軍慰安婦という存在自体が歴史上虚構のものであり、韓国や北朝鮮の反日歴史観に基づいたプロパガンダになっているが、その前提を考慮しなくても、彼女の告発は非常に力強いものだ。


現在進行形の人権侵害には無関心の朝鮮・韓国・中国人。
過去の歴史捏造の方が彼らにはずっと大事らしい。

映画と事実は違います(その2)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/05/06 00:22 投稿番号: [5119 / 29399]
>ちなみに大学にはバカ教授がはいて捨てるほどいますね。

中央大学教授吉見義明はバカの典型だ。

慰安婦強制連行のウソ
http://www.sagamiono-ch.or.jp/intercessors/2001/2001.05/2001.05.report.05.htm
(一部抜粋)
(7) 1992年1月14日、韓国ではマスコミが一斉に「小学生までが慰安婦にさせられた!」というショッキングなニューズを流しました。ところがこれがまた大言誤報で、真相は女子児童が挺身隊として勤労動員されたというだけの話だったのです。つまり挺身隊=慰安婦というデマを信じたマスコミの判断であったのです。
(8) 1992年11月中央大学教授吉見義明編「従軍慰安婦資料集」が刊行されましたが、その中に「強制連行」を示す資料は一つもありませんでした。その本の解説の中で吉見教授は「一般には、強制連行というと人狩りの場合しか想定しない日本人が多いが、これは狭義の強制連行であり、詐欺などを含む広義の強制連行の問題をも深刻に考えてしかるべきであろう」と述べています。この人はこれまで「強制連行はあった」と論じてきたのに、色々調べていった末、それを裏付ける資料がないことが分かると論点をすり換えて「広義の強制連行」を考えるべきだなどと言い始めました。また「政府が資料を隠しているのかもしれないから、それが出てきたら事情が変わってくる」と暗示しているのも学者らしい狡さを見せつけられます。
(9) 1997年1月3日の「朝まで生テレビ」に出演した吉見義明教授は、「植民地での奴隷狩り的強制連行は確認されていない」ことと、および「挺身隊が慰安婦にさせられた例も確認されていない」ことを認めました。これは日本政府の5年前に調査した公式発表と一致するものです。


>映画を見ろっていうのは、・・・

1987年アカデミー賞で全9部門を受賞した『ラストエンペラー』という映画があった。
ところが、あの映画でさえも嘘っぱちのでっち上げが盛り沢山。
〆   〆   〆
・溥儀が、もっとも心を寄せていたのが日本であった。溥儀は日本の皇室に対して、一種、崇めるような気持ちを持っており、日本訪問を強く希望していた。ヒョウ玉祥のクーデターによって紫禁城を追われ、彼自身の自動車で北京北部にあった父の住居のある北府に移ったときも、日本を頼っている。身の危険があったので、1924(大正13)年11月29日、強風が吹き砂塵で視界朦朧たる中を日本大使館に逃げ込み、吉澤謙吉公使の賓客となったのである。

・当時の日本は国際関係が複雑になることを好まず、彼をなかなか受け入れようとしなかったが、それから数年経つうちに満州の状況は大きく変わった。共産主義勢力に後押しされた排日運動が激化し、日本の企業や居留民を狙った”テロ”が続出するようになったのである。

・「シナ人は、日本人が皇帝(溥儀)をその意思に逆らって拉致し、連れ去るのだと言い立てようと努力している。この話は、ヨーロッパ人のあいだに広く流布され、多くの人がそれを信じた。しかしこれは、まったくの嘘である。・・・皇帝はご自身の意思で天津を去り満州に行かれたのである」ジョンストン(ロンドン大学教授)「紫禁城の黄昏」より

  ・実際、東京裁判の弁護団は「紫禁城の黄昏」を証拠書類として申請した。しかし、そのような証拠を認めてしまえば裁判そのものが成立しなくなる。それを恐れた連合国は、この申請を却下した。同様に、満州族が建国前からつづけていた民族独立運動に関する証拠も、すべて門前払いにしたのである。

http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/mansyu_jihen_1.html
より一部抜粋

yokokara

投稿者: tttsjp 投稿日時: 2004/05/06 00:14 投稿番号: [5118 / 29399]
関係ないかもしれないけど。
一定レベル以上の研究成果であれば学位はもらえるのではないでしょうか。

中身が自分の主義主張に合わないから認めないというのは、そのような意味においては差別といわれるのでは?

少なくとも日本は思想統制は行われていませんから、気に入らないから「ばか」というのは暴言ではないでしょうか。
説得力のある意見を述べれば罵倒は必要ないはずですから。

続き

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/05 22:50 投稿番号: [5117 / 29399]
>第4回公判では、そう言ってるが・・・
>第5回公判で、こんなこと言っとるぞ


>・・・次回【佐藤振壽氏】を証人として調べてほしいと上申していました。



>これに対し、毎日新聞社は驚くべき意見を述べました。すなわち、「佐藤証人の供述調書は公証人の面前でなされたものであるから、内容は真実だと思うのであらためて証人尋問する必要はない」といったのです。


>原告代理人らはみな耳を疑いました。証拠で提出している


>【佐藤証人の供述調書】のなかには、「百人斬りはうそである。浅海は嘘っぱちを書いた」と記載してあるのです。それを毎日新聞は認めたことになるのです。




へえ。
前投稿で、その【佐藤証言】は出しましたが、これとは別に【浅海証言は嘘っぱち・・】なんていう【佐藤氏の供述調書】があるのですか?


ぜひ、全文を提示してください。

>>>>野田・向井両少尉の

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/05 22:43 投稿番号: [5116 / 29399]
百人斬り・・・


>>【少尉二人の発言】を記事にしただけですからね、新聞記者は。

>見てもいない。
物証もない。
本人が言ったからというだけの、ホラ話かもしれない話の記事のみで、「百人切り」をあったと断定しているのですか?




関係者が詳細な証言をしています。↓


★報道関係者の証言




【浅海一男   元東京日日新聞特派員   】(第1報〜第4報共同発信者)

・・・・
あれはたしか無錫の駅前の広場の一角で、M少尉、N少尉と名乗る二人の若い日本将校に出会ったのです。


(中略)筆者たちの取材チームはその広場の片隅で小休止と、その夜そこで天幕夜営をする準備をしていた、と記憶するのですが、

M、N両将校は、われわれが掲げていた新聞社の社旗を見て、向うから立ち寄って来たのでした。


(中略)両将校は、かれらの部隊が末端の小部隊であるために、その勇壮な戦いぶりが内地の新聞に伝えられることのないささやかな不満足を表明したり、


かれらのいる最前線の将兵がどんなに志気高く戦っているかといった話をしたり、いまは記憶に残ってないさまざまな談話をこころみたなかで、


【かれら両将校が計画している「百人斬り競争」といういかにも青年将校らしい武功のコンテストの計画を話してくれたのです】。



筆者らは、この多くの戦争ばなしのなかから、このコンテストの計画を選択して、その日の多くの戦況記事の、たしか終りの方に、追加して打電したのが、あの「百人斬り競争」シリーズの第一報であったのです。



・・・

かれらは、どうせ君たちはその社旗をかかげて戦線の公道上のどこかにいるだろうから、かれらの方からそれを目印にして話にやって来るさ、といった意味の応答をして、元気に立ち去っていったのでした。


・・・



浅海一男「新型の進軍ラッパはあまり鳴らない」(本多編『ペンの陰謀』   1977年   p.340-347)


・・・



【鈴木二郎「私はあの“南京の悲劇”を目撃した」(月刊『丸』1971年11月号) 】

(本多『殺す側の論理』p.190-191)



そして記事にあるように、紫金山麓で二人の少尉に会ったんですよ。浅海さんと一緒になり、結局、その場には向井少尉、野田少尉、浅海さん、ぼくの四人がいたことになりますな。・・・

二人の少尉に会ったのは……。そこで、あの記事の次第を話してくれたんです。

本人たちから、“向って来るヤツだけ斬った。決して逃げる敵は斬らなかった”という話を直接聞き、信頼して後方に送ったわけですよ。浅海さんとぼくの、どちらが直接執筆したかは忘れました。

・・・
武勇伝的なものも含めて、ぼくらは戦場で“見たまま”“聞いたまま”を記事にして送ったんです
『週刊新潮』昭和47(1972)年7月29日号   p.36




【佐藤振寿カメラマン   (第4報掲載写真撮影者)】

・・・・


外にいた二人の将校を指して、“この二人が百人斬り競争をしているんだ。一枚頼む”という。 “へえー”と思ったけど、おもしろい話なので、いわれるまま撮った写真が“常州にて”というこの写真ですよ。


写真は城門のそばで撮りました。二人の将校がタバコを切らしている、と浅海さんがいうので、私は自分のリュックの中から『ルビークイーン』という十本入りのタバコ一箱ずつをプレゼントした記憶もあるな。
・・・・




  あの時、私がいだいた疑問は、百人斬りといったって、【誰がその数を数えるのか、】ということだった。



これは私が写真撮りながら聞いたのか、浅海さんが尋ねたのかよくわからないけれど、確かどちらかが、


“あんた方、斬った、斬ったというが、誰がそれを勘定するのか”と聞きましたよ。そしたら、野田少尉は大隊副官、向井少尉は歩兵砲隊の小隊長なんですね。



【それぞれに当番兵がついている。その当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているのだ、という話だった。】




――それなら話はわかる、ということになったのですよ。私が戦地でかかわりあった話は、以上だ。
『週刊新潮』昭和47(1972)年7月29日号   p.35




★当番兵を使って、人数を数えた・と言う証言も出た。

ここまで詳細だと、戦後、戦犯に問われた両少尉が【あれは、冗談話だった】などと言っても、説得力なしだ。


↓更に詳細な証言。


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/houdou.htm

居直ってリニューアルしてもらいましょう。

投稿者: mamiyu1953 投稿日時: 2004/05/05 20:59 投稿番号: [5115 / 29399]
機能しない脳は黴菌が入り繁殖し腐る。

アジアの人々の寛大な配慮で許されているのに居直るとは。

日本は正当な対価を支払う以外に目が覚めそうもありませんね。

日本人が優秀だとの倒錯も,丁寧に訂正されるでしょう。

そして一神教の厳しさも知ることでしょう。

被害者の記憶は日々鮮明に克明になります。

>>ちょっとツッコミ

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/05/05 20:24 投稿番号: [5114 / 29399]
さっぱり話が通じていない...

本気で話してこうなのか、話が通じない振りをして逃げているのか。

まあ、知能が低そうだから前者かな?

どっちですか?

>ちょっとツッコミ

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/05 19:45 投稿番号: [5113 / 29399]
>映画を事実として歴史を語ろうとするような連中に、何を言っても仕方無いんじゃないかなぁ・・・。

  中国映画はよく見ますからね、当然あの映画も見ますね。でああいう良心的日本人が実際にいたかという話?

  しかし早乙女ちゃんて、この頃見ないね。日本低国のせい?

>ハリウッドで「コピーウッド」と評されていた奴ですね。

  しかしあれだけ面白い映画を見ないとは可愛そうな人ですね。

  そうそうハリウッド映画の糞映画をまだ面白がっているようじゃ、もう時代遅れですよ。まあ名誉白人には近づいて小泉のような忠米忠犬には退化できるかもしれません。

  さて『猟奇的な彼女』はアメリカでリメイクされるようですが、あなたはご存じで?

>せめて現実とエンターティーメントの区別くらいは、つけて下さい。

  どういう意味だ?

  あなたがアメリカ好きになったのは理由があるのよ?(外れてないでしょ?)自然になったわけじゃない。分かる?

  映画は現実にかなりの影響力を持っているのね。だってチャン・ツーイーやチョン・ジヒョンを映画で見たら、あんたのようにはならいと思うよ。

>>>名誉毀損

投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2004/05/05 19:43 投稿番号: [5112 / 29399]
>言っていることがよくわからないのですが、国際情報社というのは裁判というものの対象にならない特別な組織なのでしょうか?


よく分からないが、昭和12年出版した日本全国向けの古い雑誌で、今どの雑誌社の前身となっているか分からないし、仮に裁判となると言われても、当の記者がもう死んだのではないかと思っています。
時効っての通用しませんかね!

>ちなみに、今、名誉毀損ということで裁判になっている「100人切り」の被告は、元記事を掲載した毎日新聞社、「南京大虐殺否定論13のウソ」を刊行している柏書房、「中国の旅」と「南京への道」を刊行した朝日新聞社、「中国の旅」の執筆者「本多勝一」氏です。
刊行物になっているから大丈夫、という考え方は日本では聞きませんが。


そうですか。私は、当の本人の名前も言っていないし、名誉毀損にならないと思っています。記者の名前も、確かに雑誌に載っていないような気がします!

まあ、気を付けるに越したことはないのですね!

気を付けます!
有り難うございました!

>映画と事実は違います

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/05 19:29 投稿番号: [5111 / 29399]
>私の恩師まで馬鹿呼ばわりするあなたは、きっと主席様より偉いのでしょう。

  だからね、あなたが「月は丸い」という結論の卒論で卒業したら、私はその卒論を審査した先生をバカと呼ぶのですよ。ちなみに大学にはバカ教授がはいて捨てるほどいますね。それにはあなたも同意しますね。

  どうしたら教授になれるかぐらい知っていますよね。処世術がかなりものを言うでしょ?

>虐殺は政治上、いまさら引っ込みがつかない為に、学問にまでいちゃもんをつける、中国や北朝鮮の常道です。

  あんたねえー、例えば「地下鉄サリン事件はなかった」という研究が学問ですか?それは政治的プロパガンダでしょ?

  元もとヤマト史観は歴史を捏造しましたから、捏造しても平気でしょうが、どんな事件でも良いですが、例えば被害者の声を聞かない調査研究などあるのですか?

  映画を見ろっていうのは、簡単な事です。差別主義者は何をやっても良い仕事はしないからです。だいたい南京事件を調べた人があの映画を見ないなんて、まったく怠惰な研究者の証拠ですよ。

>>名誉毀損

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/05 19:05 投稿番号: [5110 / 29399]
>どう争われるか、名誉毀損になりません。
ご心配なく、国際情報社の刊行物となっているので、大丈夫ですよ。


言っていることがよくわからないのですが、国際情報社というのは裁判というものの対象にならない特別な組織なのでしょうか?

ちなみに、今、名誉毀損ということで裁判になっている「100人切り」の被告は、元記事を掲載した毎日新聞社、「南京大虐殺否定論13のウソ」を刊行している柏書房、「中国の旅」と「南京への道」を刊行した朝日新聞社、「中国の旅」の執筆者「本多勝一」氏です。

刊行物になっているから大丈夫、という考え方は日本では聞きませんが。

映画と事実は違います

投稿者: gakkigoki 投稿日時: 2004/05/05 18:32 投稿番号: [5109 / 29399]
屁理屈ならべて人を罵倒するあなたは何様なのですか?

私の恩師まで馬鹿呼ばわりするあなたは、きっと主席様より偉いのでしょう。

虐殺は政治上、いまさら引っ込みがつかない為に、学問にまでいちゃもんをつける、
中国や北朝鮮の常道です。

「政治にこびた学問もどき」などに興味はありません。
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